悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~ 作:シャブモルヒネ
「取引ですって?」
自称キリシマから持ちかけられた提案。
問答無用で二回も仕掛けておいて、撃退された途端に話し合おうとは虫のいい話だと大井は思う。
それと同時に思い出す。
昨日の戦いでも似たような状況があったことを。
水面下。
慌てて探るが、何も居ない。潜水艦の影もかたちも見えない。
冷や汗をぬぐいながらイムヤの存在を思い出す。海中を見張る彼女が何のアクションも起こしていないところを見ると、どうやら周囲には本当に敵潜水艦はいないらしい。
『交戦ノ意志ハ無イワ。少ナクトモ今ハネ』
無線機から静かな呟きが響く。
大井たちとの距離は遠い。近寄ってもこないが、武器を向けてもこなかった。彼女たちなりに敵意が無いことをアピールしているのかもしれない。
もっともどこまで信用できるかは分からない。
『アル輸送部隊ヲ止メテホシイ。ソノ物資ハ、沈メテモ奪ッテモ構イマセン』
「……どうして私たちが? そんなの、自分たちでやりなさいな」
『デキナイカラ、取引シテルンデスヨ。馬鹿ナンデスカ?』
「なんですって?」
大井の眉間に皺が寄る。鮫よりも冷たい目つきに傍の清霜は震え上がる。
『オット失礼……。失言デシタ。気ヲ悪クシナイデイタダキタイ』
この通り、と両手を上げて頭まで下げてみせる。
なんなんだ、このル級は。今まで出遭ったことのないタイプの深海棲艦に大井たちは困惑する。交渉を持ちかけてきたと思えば、軽口を叩き、謝意を見せる。その姿は、まるで……。
大井は思う。口裂け女一派は、友好的かは別にしても理性的ではある。もしかしたら他にも似たような者たちがいるのかもしれない。自分たちのような、中身は艦娘とほとんど変わらないような深海棲艦が。
『明日ノアル時刻、トラック諸島方面カラ輸送部隊ガヤッテキマス。私タチ第三戦隊ノ輸送部隊、ソレガ標的デス』
「……貴女たちの輸送部隊を、私たちに止めろと?」
『ソウデス。ソノ輸送部隊ハ、私タチ攻撃部隊ガ持ッテコレナカッタ資源ヲ積ンデイマス。モシ合流シタナラバ、アト一ヶ月ハ交戦デキルヨウニナルデショウ』
「それを止めろと?」
「ハイ」
意味が分からない。
艦娘にとって資源は生命線。それは深海棲艦の身でも変わらない。なのにそれを運ぶ輸送部隊を止めてくれという。
「貴女は自殺志願者なのかしら?」
『イイエ。生キルタメニ頼ンデイルンデスヨ』
これには清霜も疑問の声を上げる。
「資源がいらないの? なんで?」
彼女たちは物資を求めて南下してきたのではないのか?
それを差し出してまで何を得る? 大井には皆目見当もつかない。
『チナミニ、ソレダケノ資源ガ私タチノ手ニ渡レバ……ソコノ貴女モ、』
キリシマは細い人差し指をぴたりと北上に向ける。
『沈メルコトガ、デキルデショウネ』
指された北上は「へぇ」と唇の端を吊り上げた。やれるものならやってみなと言わんばかりに目を細めるが、キリシマも不適な態度を崩さなかった。
『長期戦ヲ、仕掛ケルワ』
とキリシマは告げる。
『攻撃部隊ヲ四ツニ分ケテ、ローテーションヲ組ミ、時間ヲ問ワズ攻メ立テル。貴女ガ疲労デ倒レルマデ。ケシテ無理セズ、ジワジワト真綿デ首ヲ締メルヨウニ』
連戦ハ苦手ナンデショウ? と微笑む。
北上の頬がぴくりと震えるのを大井は見逃さなかった。
キリシマの指摘は当たっていた。北上は連戦を苦手としている。全力を出すためには頭をフル回転させる必要があり、凄まじい勢いで疲弊するからだ。限度を越えると鼻血を吹いて倒れることになる。
『戦狂イノ天眼通。貴女ノヨウナ戦鬼ヲ、私タチハソウ呼ビマス。ツマリ、相手ニスルノハ初メテデハナイトイウコトデス。勿論対処法ダッテ知ッテイマス』
「……ますます分からないわね」
大井がキリシマの口上を遮る。
「勝算があるならそのまま攻めればいいじゃない。なぜ自分たちが不利になるようなことを頼むのかしら?」
そこでキリシマは初めて口を止めた。軽く目を瞑り、『御姉様タチガ……』とだけ零して、沈黙する。すぐ後ろのリ級がせっつくように何かを囁いて、ようやく口を開いた。
『私タチ第三戦隊モ、一枚岩デハナイトイウコトデス。言ワバ私ハ裏切リ者。コレ以上、戦イタクハナイノデス』
@
「――で、俺に決めろ、と?」
「そうよ。腐っても提督なんだから決断ぐらいはしなさいな」
「腐っても、は余計だ」
新貝は舌打ちして大井を睨みつける。
(そりゃあ確かにこの肉体は本当に腐っているようなものだが)
白い骸骨。それが我が身だ。
自分の目には人間そのものの手足が映るが、それはまやかしに過ぎない。
(まあ、それは今はどうでもいい話だ)
ガ島泊地の執務室の、据え置かれた無線機の前。新貝は戻ってきた大井と北上から事の顛末を聞いていた。
「それにしても、裏切り者、ねえ……」
ガ島正面の海上では件のル級が返事を待っていた。清霜と砲台小鬼は埠頭で一応待機しており、イムヤも海中に潜伏中。増援が来ないか警戒中だ。
「早く返答がほしいと言っていたわ。コンゴウ……口裂け女に気取られるから、と」
「そんな事を言ったって、結論はもう決まってるじゃないか」
乗るしかない。
その輸送部隊とやらが本当に資源を豊富に持っているというのなら、新貝たちガ島泊地の面々はもう詰んだに等しいからだ。合流されれば宣言通りに長期戦を展開されて、緩慢な死を迎えるしかないだろう。
生き延びる方法はただ一つ、キリシマと手を組んで輸送ルートを教えてもらい、補給を阻止するしかない。
「しかし戦いたくないから資源を奪えとは、回りくどいやり方だな」
「んー、そうだねー」
北上はあまり興味がなさそうに相槌を打つ。欠伸をしながら固いソファーで横になる。
「気を抜くのが早すぎんだろ」
「疲れたのよー」
新貝は気を取り直して無線機の電源を入れる。
反応はすぐにあった。
『――返答ハ?』
「受けよう」
『話ガ早クテ助カリマス』
「質問がある。戦いたくないのならお前が仲間を説得すれば済む話じゃないのか? なぜこんな回りくどい手段をとる?」
コンゴウにばれてしまえば、敵と内通していると処断される可能性だってあるのに。わざわざ危険を冒す意味が分からなかった。
当たり前といえば当たり前の問いに、キリシマは一寸言葉に詰まるがすぐに口を開いた。
『……モウ御姉様タチニ、私ノ声ハ届カナイノデス』
「お前ら姉妹は話し合いもできないのか」
『初メハ、アアデハ、ナカッタ。深海棲艦トナッテモ元ノ優シイ御姉様ト変ワラナカッタ。シカシ天眼通トノ戦イデ一度沈ンデカラハ……争イノ理由ヲ探シテ回ル悪鬼ニナッテシマワレタ』
「待て、待て……。深海棲艦になってからもう一度沈んだだって?」
『ソウデス。深海棲艦ニ完全ナ死ハ無イ。ソンナコトモ知ラナイノデスカ?』
「……初耳だ」
『アア、貴方タチハ、本当ニ成リ立テナノデスネ』
キリシマは感嘆するように息を吐く。
『私タチ深海棲艦ハ、損傷シテ沈ンデモ、時ヲ経テバ復活シマス。タダシ、ソレハ治癒シテイルワケデハアリマセン。無クナッタ部品ガ挿ゲ替ワッテイルダケ』
「そう、なのか? 部品が挿げ替わるとはどういうことだ?」
『ソノママノ意味デス。ツマリ、損傷シタ場所ハ“他人”ニ置キ替ワルトイウコトデスヨ』
「……別の深海棲艦が、融合していると?」
『有体ニ言エバ。人間デイウ、生体移植ノヨウナモノダト思ッテクダサイ。海底ニ沈ンダ別ノ深海棲艦ガ材料トナルノデス』
「そうすると……どうなるんだ?」
『復活スル度ニ、他人ガ混ザル。核デアル元ノ自分ハ薄レ、言葉ヲ亡クシテイキ、イズレ本能デ動ク獣トナル。ソノ姿ハ、貴方タチモヨク知ッテイルデショウ?』
確かに知っていた。人類と艦娘を殺すことしか頭に無い獣たち。そのおぞましさは提督時代に散々教えられ、そしてこの目で見てきた深海棲艦の姿だ。
『貴方タチハマダ“一回目”ノヨウダカラ、実感モ薄イカモシレナイ。ケレド思イ当タル節ハアリマセンカ? 生前ノ自分ト、現在ノ自分。ソコニ違和感ガアルハズデス』
「さぁ、どうだろうな……」
自分自身のことはよく分からない。
しかし生前からよく知っている清霜を思い返すとどうだろう? 言われてみれば少し好戦的になったような気がする。確かに艦娘であったときから強くなりたがってはいた、戦艦になりたいなどとも言っていた。しかしそれは微笑ましい強がりの類の話であって、敵陣に真正面から突っ込んでいくような壮絶な決意を孕んではいなかったはずだ。
大井と北上に目を向ける。お前らはどうなんだ、と。
「言われてみれば~、大井っちは堅苦しくなった気がするね」
「……そういう貴女も能天気に磨きがかかっているわ」
お互いに引っかかるところはあるようだった。
『コンナ言イ方ハ変デスガ……死ナナイヨウニ気ヲ付ケテ下サイ。損傷具合ニモ寄リマスガ、自我ヲ保ッテイラレルノハ、セイゼイ“三度目ノ人生”マデデスカラ』
「三度目、ね。俺たちは既に二度目の生というわけか」
なんという話だろう。
自分が既に自分ではないなどと考えたこともなかった。
骸骨の化け物と化した今の自分。その中に人間であったときの新貝貞二は果たして何パーセント残っているのか? 教えてくれる者はいない。
『次ニ死ネバ、中身ハガラリト変ワルデショウ。……私ノ御姉様タチノヨウニ』
キリシマは無念でならないとばかりに抑揚を殺して言葉を紡ぐ。
『今デハスッカリ好戦的ニナッテシマワレタ。今ノ御姉様タチガ十分ナ資源ヲ手ニスレバ、必ズ攻勢ニ出テ貴方タチヲ殺シ、ガ島ヲ占拠スルハズデス。ソウスレバ次ニ狙ウノハ、ショートランド泊地。ソシテ、ブイン基地、ラバウル基地……。ドコマデ戦エルノカハ分カリマセンガ、人類ハソウ容易イ相手デハアリマセン。イズレ我々ハ撃滅サレルデショウ』
キリシマは言葉を区切り、決意を篭めて続ける。
『ソレダケハ避ケタイノデス。変ワッテシマッテモ姉ハ姉。未練ヲ果タセズトモ生キ続ケテホシイ』
だから自分たちの資源を奪って足を止めてほしいのだとキリシマは訴えた。
「……分かった。どちらにせよお前らにまた攻められたら俺たちはもたないんだ。お前らの物資を奪わせてもらう」
『デキレバ輸送部隊ノ護衛艦ハ、沈メナイデホシイ。アレモ私タチノ仲間ナノデス』
「保証はできない」
『ソレデモ構イマセン。恩ニ着マス』
「あのさー、話ぶった切っちゃって悪いんだけど、一つ質問いーい?」
北上が、新貝の肩越しに割り込んでくる。
「アンタの言っていた、前の天眼通さんとやらは、今どこにいんの?」
『トラック海域ニ沈メタワ。穴ダラケニシタカラ復活スルコトハナイデショウ』
「そっかぁ」
『……正直ナトコロ、貴女ガマトモデ本当ニ良カッタト思ッテイマス。アノ狂ッタ駆逐艦ニ、大勢ノ仲間ガヤラレタノデスカラ。アレハ話ガ通ジル相手デハナカッタ』
「私は会ってみたかったけどなぁ」
北上はそれだけ言うと再びソファーの住人となってしまった。海水でべたつく髪を手櫛で整える。暇ならさっさと入渠してこいと言おうと思ったが、彼女は無傷なので修理する必要も無かった。
「……じゃあキリシマ、その輸送部隊の進むルートと時間を教えてくれ」
『エエ。始メハ、マーシャル諸島方面ニ迂回シテ……』
無線で段取りを始める。
それを北上は心底つまらなそうに眺めていた。
@
元々北上の感性は他の艦娘からずれていた。
それは他の艦娘たちとは決定的なまでの差異。異星人と地球人ほどの違い。
北上は今も昔も、他人に共感したことがない。
誰かが辛い表情をしている時に、それが「辛い思いをしている」という実感に直結することがなかった。ただ「辛い表情をしている時に優しくするとウケがいい」という理屈だけは学習した。それだけで群れの中で生きていく分には問題ないように思えた。
ある日、仲間を助けなかったことを詰問されたことがある。
そのときに北上はこう言った。
「助けないと死ぬんなら、これからずっと助けなきゃだめってことじゃん。それならさっさと次にいったほうがいいよ」
“次”とは“次の艦娘”という意味である。
つまり助けずにさっさと死なせて、補充要員で“助けなくても大丈夫”な艦娘が来るのを期待したほうがいい、と言ったのだ。
そんな態度ばかりとっていた北上は当然のように嫌われた。相手によっては深海棲艦より憎まれたし、演習と称して実弾を使われたこともあった。
北上はその全てを実力で叩き潰してきた。
しかし長くは続かない。
ガ島奪還作戦の当日、主機が突然ウンともスンともいわなくなって戦場のど真ん中で動けなくなってしまったのだ。
明らかに細工だった、と北上は思っている。
思い当たる節は勿論あった。
出撃直前に主機が失くなったこともおかしければ、それまで無視を貫いてきた駆逐艦たちが急にアドバイスを求めてきたのも不自然だったから。
結局北上は予備の主機を使うしかなく、試運転する時間もとれずにぶっつけ本番に挑むハメになった。
そして激戦の最中、計ったように主機が止まった。
同じ艦隊の味方は当たり前のように誰も助けてくれなかった。
勿論、敵が容赦してくれるはずがない。
十手先で死が確定したことで、北上は楽に死ねる部位に砲弾を喰らうことにした。
「それがアタシの前歴。……なに、その顔は?」
草木も眠る、丑三つ時。
管制塔の錆びた手すりに身を預けながら北上は唇を尖らせる。
新貝が眉間に皺を作っている理由が分からないという表情だ。
「いや、主機に細工って、お前……」
明日の出撃――キリシマの言っていた輸送船団への襲撃――に備えて全員寝ろといったのに、居残り組なのを理由に北上は、管制塔に篭って監視する新貝のところまでフラフラやってきた。
戻れといっても駄弁るばかりで動かない。仕方なく昼のキリシマの話について話を振ったら北上の艦娘時代の話が始まって、気がつけば爆弾を放り投げられていた。
いくら何でも嫌がらせで命に関わるような真似をするやつはいない、と新貝は思う。
「お前がどれだけ嫌われてたかは知らないが、そこまでする奴はいないだろ?」
「ん~、新貝のおっさんは提督といっても着任歴が短かったもんねぇ。まだ変な幻想を持ってるのかな?」
そうかそうかと北上は得心がいったように手すりを叩く。
「艦娘が純粋な子ばっかだと思ってんだねぇ」
新貝に向き直って肩を竦める。間抜けな友人を嗜めるように。
「知ってる? 艦娘はよく出撃する仲間同士でグループを作るんだけど、違うグループのことを表向きはライバルだっていって、裏では嫌がらせするんだよ。勝手に演習申請を出したり部屋に爆竹を投げ込んだりしてね。で、ここからが面白いんだけど、グループ内でもそういう嫌がらせはよく起こるんだ。ボスの子が調子に乗ってきた一人を選んで無視させるとかね。理由は下克上の予防で、十分に凹むまで仲直りはしない。その後で言うんだ、「あの時はごめんね」「私たち本当の友達だよね」って」
北上は口の端からぺろりと舌を出して上唇を舐める。
「そりゃー提督の前じゃそんな素振りは死んでも見せないさ。けどこんなのは艦娘の間じゃ当たり前。アタシが転属してきた5つの鎮守府ではどこも似たようなことがあったよ。ブインやトラックみたいな僻地は閉鎖的なのもあって特に陰湿になりやすい。アタシみたいに轟沈させられた子もいるんじゃないかなあ?」
どう、心当たりはない? と北上が見つめてくる。目が全く笑っていない。
「…………冗談だろ?」
勿論そんな黒い話は知らないし、艦娘はなんだかんだいってもみんな平和のために身を捧げる立派な軍人だと新貝は思っていた。
(そうではない、のか?)
そういえば大昔の海軍でも過激な懲罰が問題になったと聞いたことがある。それが原因でとある戦艦が沈んだこともある、と。
考えてみれば艦娘はまだうら若い少女で、精神的に未熟な艦娘もたくさんいる。怨みつらみも限度を越えれば何かのきっかけで魔が差してしまうこともある、というのだろうか……?
考え込んでいると、北上は突然破顔した。
「あはっ、信じちゃった? うそうそ、ブラックジョークだってば~」
「は、はああぁっ!?」
「安心してよ、どっかで聞いた作り話だからさ~」
どこ吹く風で北上はケタケタ笑う。罵声を浴びせられても腹を押さえて身を捩るばかりだ。
「お前なあっ! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「ごめん、ごめんって~。……けどねー、提督やるなら、艦娘を単なる正義の使者みたいに思わない方がいいよ」
「どういう意味だ」
「キリシマが最後に言ってたでしょ? 深海棲艦になるような奴は強い未練が残ってるって」
「俺にはお前に未練があるようには見えない」
「そんなわけないじゃーん」
それは、キリシマが別れ際に言っていたことだ。
深海棲艦はその未練故に死に切れず、似たような未練を持つ者が寄り集まるのだと。
「アタシにだって未練はあるさ。自分でよーく分かってる。アタシはね、ずっと友達が欲しかったんだ」
「友達ぃ? 大井じゃダメなのか?」
「大井っちは違う人種だし。うーん、なんて説明したらいいのかな」
北上はこめかみを人差し指でトントンと叩いてこう言った。
「アタシ頭がおかしいの」
「まあ、とびっきりの無神経だしな」
「そういうのじゃなくてさあ~」
北上は不満そうに溜め息をつくと、手すりに肘を乗せて眼下の森に視線を落とす。新貝もつられて地上を見下ろすが、そこは灯り一つない完全な暗闇だ。何も見つけることはできない。
「例えば超能力を使える人間がいたとしてさ、その人は普通の人間と分かり合えると思う?」
「超能力だぁ?」
「念動力でも読心能力でもなんでもいいんだけど」
「漫画の世界じゃ普通の人間と仲良くなってたぞ」
新貝も馬鹿じゃない、北上の言いたいことは大体分かっている。
北上は、その突出した戦闘能力のせいで周囲から孤立していたとか、そんなことを言いたいのだろう。
そんな新貝の考えを知ってか知らずか、北上は言葉を続けながらも新貝の方を見ようともしなかった。森に目を向けたまま足元の小石を拾って手の平の上で弄んでいる。
「……面倒だから答えを言っちゃうと“分かり合うことはできない”。なぜって、できる事が違うと、考え方も違うから」
「何を言うかと思えば。そんなことはないだろう、特技が一つ増えただけで何が変わるっていうんだ?」
「念動力をもつ人間は、見えない暴力を振るうことができるってことだよね。だから他人を恐れない。自意識が肥大化して他人を見下し、自分の権利を主張して憚らないようになる。都合が悪い相手をこっそりと排除することだって選択肢に上がるかもしれない。自分で道を切り開くことの出来ない人の気持ちは絶対に理解できないし、しようともしない」
「……それはちょっとネガティブが過ぎないか?」
「読心能力がある人間は、もっと変化が激しい。相手の好みも弱みもすぐに分かるんだからね、回りくどいコミュニケーションをする必要がなくなる。共感を得るための地道な話題作りをしないし、積極的に誰かと時間を共にすることもない。人と人との繋がりを神聖化して礼儀や思いやりを重視する人たちの振る舞いを宗教的だと言って笑うだろうね」
「……お前さぁ、自分のことを特別だと思ってるだろ」
北上は手にした小石を一つだけ握って振りかぶって投げる。放られた小石は真下の暗黒に吸い込まれガサリと音が返ってきた。黒い塊が驚いて上空に羽ばたく。野鳥だ。
北上は少しだけ目を細める。
「思ってないよ」
言いながら反対の手に握ったもう一つの小石を思い切りぶん投げた。
グエッという鳴き声とともに鳥の影が墜落していく。投げた小石が当たったのだろう。
「特別なのは、アタシ以外の全員だよ」
「おおー……」
この視界の効かない闇の中、距離感だって掴めないのに。見事としか言えない曲芸だ。
「アタシはここじゃ異星人なんだ。地球人の言う事はよく分からないし、こっちのことも分かってもらえない。……だから他人と分かり合うっていう体験をしてみたくってさ、ずーっと同類を探してたんだよね。アタシと同じぐらい色々見えて、色々できて、自分のことしか考えてないような、そんな“アタシの普通”が通じる奴をさ」
夜風が吹いて前髪を乱す。管制塔から見える海もやはり真っ暗闇で、そこに誰かが居たとしても分かりようがない。
「艦娘時代は見つからなかった。だからそれがアタシの未練なんだと思う。けどね、流石に諦めてはいたんだ。深海棲艦になったら周りが敵だらけで、話せる奴自体がいないしね~」
新貝は無言で、監視のために用意した昼夜兼用双眼鏡を覗き込む。そこは波が押し寄せて引いていくだけの穏やかな海。
当たり前のように誰もいなかった。
「けどさ、天眼通とかいう奴はアタシと同じことができたって言うじゃん? キリシマはもう死んだって言ってたけど、深海棲艦は生き返るとも言ってたし? これはアタシも少し生きる希望ってやつが沸いてきたよね~」
新貝の見える範囲には誰もいない。けれどあの水平線の向こうには確実に口裂け女たちが居て、探せば自分たちの味方だってどこかに居るのかもしれないのだ。
「会いたい。すっごく会いたい。それが悪い奴でも狂ってる奴でも関係ない。会って話をしてみたい。そして友達ってやつになれたらいいなって思うんだ」
「……そうか」
話はお終い、とばかりに北上は手すりに反動をつけて身を起こす。踵を返して去っていった。
正直なところ、北上に悩みなんて無いと思っていた。
仕事はそつなくこなすが協調性が無く、度を越えたマイペース。重いものを背負うことはせずに刹那的に生きている快楽主義者。
その程度の理解で、彼女の全てを分かったような気になっていた。
どうやら自分の目は節穴だったらしい。新貝は少しだけ反省した。仲間を表面的にしか見ていなかった。誰にだって夢や目標があり、同様に悩みや苦しみがある。それを分からずに人を導くことなどできやしない。提督業なんてもっての他だろう。
「あ、そうそう」
背後から声がかけられる。振り返ると北上が階段から首だけ出してこちらを見つめていた。
「アタシの主機が細工されていたってのはね、嘘じゃないよ。戦闘中に確認したから」
「……ってことは?」
泊地の装備庫に入り込めるような者は限られている。犯人はどう考えても身内の者しかあり得ない。
「まぁ目星はついてんだけどね」
「……誰だ」
「ひ・み・つ」
「お前な、そういう……」
聖人なんてどこにもいない。あるいは善意が裏返り、憎しみへと転じてしまうことも……あるのかもしれない。
だとしても、確証もないのに艦娘を疑うような話を新貝は聞きたくなかった。
「……いい。この話は終わりだ」
りょーかーい、と手をひらひら振って北上は降りていった。
現実至上主義者の彼女がわざわざ管制塔にやってきた理由は、ただ胸の内を明かしたかったからではないだろう。
つまらない幻想を、甘さを捨てろと言いたかったのだ。
新貝たちは確かに今まで勝利を収めてきた。ガ島から退避した生き残りの深海棲艦郡を倒し、明日にはおそらく口裂け女たちを停戦状態に追い込むことができるだろう。
しかしそれは運が良かったからに過ぎない。
何かが一つ間違っていたらこうはならなかった。そしてこれからは、何一つ間違わなかったとしても悲劇が避けられない事態がくるかもしれない。
厭な予感があった。
それは確実に訪れると理解している故に、もはや確信といってもいい。
――艦娘と戦う日がやってくる。
それも、そう遠くない未来に。
先日、人類が決行し、失敗に終わったガ島奪還作戦。その成果を確かめるために偵察が出されるはずだ。それが明日か、一ヶ月後かは分からない。ただ一つ分かるのは、それが訪れた時、ガ島泊地にはごく少数の深海棲艦しか居ないと人類にバレるということだ。そうなってしまえば後は流れるように事態は動き出すだろう。
全面対決だ。
前回のガ島奪還作戦ではショートランドを中核として、ブイン、ラバウル、佐伯湾の精鋭が終結する大艦隊が編成された。
もしもそれに近い未来が訪れたら、新貝たちはどうなる? 一艦隊分にも満たない今の戦力で戦うことはできるのか?
その結果は想像するまでもない。
「どうすればいい?」
もはや甘さがどうとかいう次元の話ではない。
艦娘が相手となれば話は違った。敵に回してこれ以上恐ろしい相手はいない。本土と連携する彼女たちは、口裂け女たちのように資源切れに陥ることは絶対にない。人類最高の頭脳たちが打ち出した効率的な戦略で怒涛の如く攻め寄せて、目標となった深海棲艦の息が完全に絶えるまで出撃を繰り返すのだ。
そのことをかつて提督だった新貝貞二は誰よりも理解していた。
天眼通っちゅうのは、天狗のスキルらしいです。
天に眼がついてるように全てを見通す力、だったかな?