悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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3-2:ショートランド泊地近海2

思い返してみると、姉である雲龍の様子が変わったのはショートランド泊地で縁日が開催されてからだと思う。

雲龍の目は新貝提督に吸い寄せられるようになっていた。

彼が姿を見せるたびに雲龍の動きは止まり、どこかへ行ってしまうと溜め息を漏らす。

だから天城は聞いてみたのだ。「姉様は提督のことをどう思ってるんですか?」と。

「えっ?」

急須からお茶を注いでいた雲龍の手が止まる。角度はそのままなので器からお茶がこぼれていく。しかし雲龍は気付かずに目を丸くしたままだ。

「こぼれてますっ」

「あ」

慌てて布巾でテーブルを拭き始める。

ここはショートランド泊地の空母寮。その広さに対して入居者は少ない。機動部隊が入り用になっただけで無人化してしまうことも珍しくなかった。今日は同居人たちが出撃しているので残っているのは雲龍と天城の二人だけ。休憩スペースを自由に使える贅沢は、駆逐艦たちからすれば嫉妬の種でしかないらしい。けれど天城からすれば、閑散とした住居はどうにも淋しくて好きになれなかった。

天城は別の艦種の娘ともそれなりに交流する方だが、姉である雲龍は人見知りなところがあって、気軽に話せる艦娘も少ない。一人で出歩いている姿を天城もよく見かけた。着任歴も長いのに未だに謎の多い女として扱われているようだった。

なんだか勿体無い、と天城は思っている。

姉は確かに表情の変化が乏しいかもしれないが無感情なわけではない。外見は垢抜けた大人の女性なのに、時折子供のような純朴さを見せる。そういう魅力を皆が知ればもっと距離が縮まるのに、と天城は考えていた。

(今の姿がまさにそう)

天城が投げかけた言葉一つで固まってしまい、素の困り顔を無防備に覗かせている。唇に指を添えて、中空を見つめて、いかにも考え中ですといったポーズで、思考をそのまま口にする。

「私が提督を、どうって……? どう思ってる、かな?」

雲龍は少し考え込んで「分からないわ」と返した。

「なぜか気になるの。軍人っぽくないというか、子どものようで、大人のようで。どういう人なのかなって、つい見てしまうの。うん、これって気になるってことよね?」

「さぁ、それだけではないような気がしますよ」

天城は、そんな姉のことを皆にもっと知って欲しいと思うけど。同時に、こうして姉の素顔を独占していたいとも思う。これは我儘なのだろうか。

雲龍はじぃっと妹を見つめて言う。

「ねえ天城。どうしてにやけているのかしら」

「さぁ、なぜでしょう。私には分かりません」

「もしかして面白がってない?」

「さぁ、どうでしょう。私には分かりません」

「もう、生意気ね」

膨れる姉。慌てた姿を見せて謝り、和菓子を一つ進呈。するとすぐに機嫌は直った。

「そんなに気になるなら、秘書艦の子に聞いてみてはどうですか?」

「今の秘書艦って霞よね?」

「そうですよ。良い娘です。ちょっと口が悪いですけど」

「そうなの?」

「はい。他所の提督にクズって怒鳴りつけたとか」

「…………そう」

「あっ、今「聞くのはやめよう」と思いましたね? 大丈夫ですよ、怖くないですから」

「別に怖いわけじゃないわ。ただ、機会を伺った方がいいと思っただけ」

「駄目ですよ。思い立ったが吉日って言うじゃないですか」

「そんな諺は知らないわ」

「もう、大丈夫ですってば!」

 

 

主機よし、艤装よし、艦載機よし。

燃料メーターの針は満タンを示す。身体の調子も悪くない。

随伴艦の五人も同意を示す。

ならば出撃を躊躇う理由はどこにも無い。

背後から声をかけられたのは、天城がまさにショートランド泊地から出発しようとしたそのときだった。

「天城さん、待ってください」

振り返ると大淀が立っていた。

彼女が出撃ドックにまで来るなんて珍しい。わざわざ走ってきたのか、首筋にうっすらと汗を浮かばせている。平静を装っているが、今はその内面が揺らいでいるということを付き合いの長い天城は知っていた。

ガ島奪還作戦の失敗で何人ものショートランド泊地所属の艦娘が帰らぬ人となり、その直後には提督も謎の失踪を遂げた。雲龍も彼とほとんど同時に姿を消してしまい……けれど彼女からは唯一無線で連絡があった。

何としても助けたいと誰もが思った。その救助部隊の旗艦として、天城は危険な海域に休むことなく出撃し続けている。

天城は思う。大淀はきっと不安なのだ。提督のように、そして姉のように、この自分もまた居なくなってしまうのではないか、と。

そこまで分かっていてなお、天城はこの救助部隊から降りるつもりはなかった。

なぜなら救助対象である雲龍は、自分の姉だからだ。

「天城さん、少しは休んでください。疲れているのではないですか? 一時的にでも他の方と交代するべきです」

「ご心配ありがとうございます。けれどこれは泊地近海への救助活動です。戦闘が目的ではない以上、さほど負担になっているわけでもありません」

「でも毎回交戦しているじゃないですか」

「いつも一戦だけです。それに今のショートランドには空母が少ないですから。私が出るのは当たり前のことです」

行方不明となっていた雲龍から無線連絡を受けたのはこれで四回目だった。

天城はその度にショートランド泊地から出撃したが、雲龍と落ち合わせたポイントに現れるのは決まって同じ深海棲艦だった。

どのルートに変えても同じヲ級と遭遇する。奴の艦隊はやたらしぶとくて、天城たちが弾薬を使い切る勢いで攻撃しても仕留めきることができなかった。

奴と遭遇しているのは雲龍側も同じらしい。

戦闘の後に無線でそう連絡があった。

二度目は偶然かと思った。しかし三度も続けば必然だろう。

もしかしたら無線を傍受されているのかもしれない。そう思った天城は合流地点の情報を二人しか分からない符丁を使ってやり取りした。ルートについても同様に。これで敵はピンポイントで待ち伏せすることはできないはずだ。

「今回こそ必ず成功させなければ……」

補給を受けていない雲龍は、次の交戦で本当の限界になってしまうから。

あのヲ級がもし再び姿を現すようなら、命に代えても轟沈させると決めていた。

「あのヲ級がまた現れたら、今度こそ沈めます。必ず」

「私が心配しているのはそういう事ではなく……」

このままでは止められないと思ったのか、大淀は一瞬迷うように視線を揺らす。

ややあって、意を決したように天城を見据えた。

「雲龍さんがショートランド泊地から居なくなって、もう十日が経ちます」

「そうですね。少しでも早く助けなければなりません」

「そして、ここ南方海域で遭難して一週間以上生き延びた艦娘はいません」

「つまり、こうやって話している余裕はないということです」

「……天城さん、本当は分かっているんでしょう?」

「なんでしょう。はっきり言ってもらわなければ分かりません」

しん――とドックが静寂に包まれた。

大淀にしてはやけに回りくどい。きっと言葉にしにくいことを伝えようとしている。そして天城はそれを望んでいない。そのことに、ドッグにいる全員が気付いていた。

このまま何も言わずに出撃していけば誰も不幸にはならないかもしれなかった。

だが、大淀は既に覚悟を決めていた。

「雲龍さんにはもう会えないんだと思います」

「……なぜ?」

「十日です、天城さん。雲龍さんは十日間も帰ってきていないんです。補給も修理も受けられずに、ですよ? きっと、もう……」

もう死んでいる。

大淀が言いたいのはそういうことだろう。その場の全員が凍りつく。姉を必死に助けようとしている妹に言っていい言葉ではない。しかし、それでも天城は表面上は冷静だった。

「……雲龍姉様から直接無線がきているんですよ。その声を貴女も聞いたはずです」

「喋る深海棲艦もいます」

流石に天城の表情がこわばった。

「あれは、間違いなく姉様の声でした」

「艦娘が深海棲艦になるという話は貴女も聞いたことがあるはずです」

「そんな噂話を、し、信じて、いるんですか? 馬鹿馬鹿しい……」

言っていいことと悪いことがある。

天城の随伴艦たちは目配せをして事の成り行きを見守っている。この最悪の空気の中、横槍を挟める図太さを持ち合わせている者は居なかった。

大淀がどうしてこんな意地の悪い言い方をするのか天城には分からなかった。

連続出撃して疲弊する自分を止めたいとしても、他に言いようがあるだろう。たちの悪い嘘をついて良い理由にはならない。

それとも別に、嘘をつく理由があるのだろうか?

大淀は何の根拠も無しに人を傷つけるような娘ではない。つまりこの与太話には根拠があるのではないか? 慎重な彼女をも納得させるような、決定的な何かが。

もしかして。

あの噂は、真実なのか。

艦娘が沈むと、深海棲艦になるという噂は。

「……仮に、そういうことがあるのだとしても、雲龍姉様がその、そうだとは限らないじゃないですか」

「では何故、いつも深海棲艦が現れるんです? 彼女の言った航路と時刻にぴったりと合致するように」

「それは……あのヲ級が無線を傍受していて……」

「そのヲ級、ですが、」

言葉を遮るように重ねる。今日の大淀は別人のようだ。淡々と相手を追い詰めるさまは冷酷という表現が相応しい。ならば次に続く言葉がナイフのように鋭かったのもまた当然なのかもしれない。

「状況からいって、そのヲ級こそが雲龍さんなんだと思います」

「――やめて!」

天城は叫ぶ。それは天城自身も驚くようなヒステリックな声色だった。

「やめてください! 何か証拠があるんですか!? 雲龍姉様はまだ生きています!」

今日の大淀は一体なんなのだ。どうしてこうまで自分を苛めるのだろう。天城は自分でも制御できない感情の波を持て余し、同時にそれを冷静に眺めている自分もいることに気付いた。今の振る舞いはまるで図星を突かれたようではないか。いいや、まさに痛いところを突かれたのだ。大淀の言う話を全く考えていなかったといえば嘘になる。

いつも現れるあのヲ級。

あいつはただの深海棲艦ではない。

その戦い方は艦娘のそれと似通っていて、動作の癖が雲龍のそれとほとんど同じだった。

最初のうちは似ても似つかなかった。しかし遭うたびにヲ級の戦闘技術は洗練されていき、天城の記憶にある雲龍の姿と重なっていった。戦闘経験をゼロから蓄積して成長しているというにはあまりにも急激な成長速度で、まるで知識だけは初めから持っているようだった。

その仮説は天城にある一つの想像をもたらした。

即ち、成りたての深海棲艦が新しい身体に徐々に慣れ、前世の戦闘技術を使いこなせるようになっている……そんなおぞましい想像だ。

――でもそんなのは全部、姉といつまでも会うことができないために生み出してしまったただの被害妄想にすぎないではないか!

「私は、雲龍姉様が生きていると信じます!」

「天城さんっ!」

もはや大淀の声も聞きたくないとばかりに天城は艦隊に号令をかけ、随伴艦とともにショートランド泊地から出撃した。

追いすがるような大淀の声はもはや届かない。

天城の艦隊は遮る波を切り裂くように直進し、あっという間に泊地の正面海域を抜けていく。

「下らない、ことを……」

旗艦の動揺は、艦隊全員に伝わる。

天城の様子を伺う随伴艦たちは不安そうに顔を見合わせていた。

このままではいけない。天城は一言謝って、なんとか苦笑いを浮かべた。

それはまったくの空元気ではあったけれど、表情を取り繕えるだけマシだと天城は思った。十日間も遭難している雲龍の辛さは、きっと自分の比ではない。

頬を叩いて気持ちを切り替える。

「さあ、速度を上げますよ!」

目指すは泊地の南南西、モノ島を迂回するルート。

雲龍が無線でそれを指定したからだ。

(今度こそ……お願い!)

天城は願うように拳を握り締めた。

ただの一度だけ合流できればいい。そうすれば雲龍はショートランド泊地に帰ることができる。

示し合わせたポイントまであと僅か――と思ったときに前方の空から黒い影が現れた。

羽虫のような耳障りな音を立てて飛ぶそれは、深海棲艦特有の索敵機。

つまり敵の空母がいるということだ。

「……また、あいつ」

確認するように随伴艦たちに声をかける。

にわかに艦隊に緊張が走り、戦闘態勢に移る。

水平線の彼方を見ると、異形の影が三つあった。

忌々しい奴、と天城は口の中で呟く。

その旗艦は、黄金の輝きを放つ眼をした正規空母。

勿論、雲龍のはずがない。

自分たちの大敵である深海棲艦。

四度目のヲ級。

こいつは敵だ。いくら雲龍と同じ戦法を使おうが、断じて雲龍本人ではない。そうやって自分の戦意を削ごうとする卑劣な深海棲艦でしかないのだ。

「今度こそ、沈めてやります!」

天城は戦意を振り絞って、ヲ級が展開した艦載機を迎撃するために烈風を発艦する。

避けられない戦いが始まろうとしていた。

 

 

明けない夜がないように、暮れない日もありはしない。

だから幸せな日々が崩れてしまうのは避けることのできない運命なのかもしれない。

天城は今でも鮮明に覚えている。

あれは新貝提督がガ島攻略作戦の司令部と揉め、彼らに拘束された二日後の夜だった。

痛ましいほどに落ち込んでいる雲龍をどうやって励まそうかと悩んでいたら、その当人とばったり廊下で出くわした。

その時の雲龍は見たことがないほどに動揺し、何かに追い立てられていた。

「ッ、天城……!」

「ね、姉様? どうしたんですか?」

「新貝提督が……」

それだけ言うと口を噤んでしまう。

一体、何があったのか。天城には見当もつかなかった。その時の雲龍はとにかく尋常ではない様子で、どうにか呼吸を落ち着かせると、天城を正面から見据えてこう告げた。

「黒井提督には、気をつけて」

それだけ言うと薄暗い廊下を高速艇のように走り去っていく。

「どうしたんでしょう……」

あっけにとられてしまう。

その時は何が起きているのかまるで分からなかった。敵が攻めてきたわけでもあるまいに、何を焦っているのだろうと見送ってしまった。詳しい話は後で聞けばいいと思ってしまった。

――だって仕方ないじゃないか。まさか空母が無力になる夜に、そのまま無断で単艦出撃していくなんて夢にも思わなかったんだから。

夜が明けると大変な騒ぎになった。

新貝提督と雲龍、そして黒井提督とその部下である佐伯湾泊地の艦娘たちが、煙のように消えてしまっていたからだ。

一体、何処へ行ったのか?

彼ら、彼女たちがショートランド泊地を離れる予定なんて勿論無い。

深海棲艦の生き残りが攫っていったのではないか、という与太話まで上がったが、すぐに否定された。

目撃者がいて、こう証言したのだ。

「黒井提督が観測船で夜中に出航していくところを見た」と。

安堵の空気が広がったのを覚えている。

消えた者たちはきっとその観測船に乗っているに違いない。だからすぐに戻ってくるはずだ。佐伯湾の精鋭たちが護衛についているなら安心だろう。その時は誰もがそう思った。

しかし何日たっても彼らが戻ることはなかった。

 

 

そして一週間が過ぎ、唐突に雲龍から無線があった。

詳しい事情を聞こうとしてもはっきりとした答えは返ってこない。

ただ、「新貝提督は見つからなかった」「これから戻る」とだけ告げた。

雲龍以外の者たちがどうなったかは全く分からなかったが、しかし天城はそれでも良かった。

薄情なようだが、姉だけでも生きて戻ってくれさえすれば他には何も望まない。姉にただ一目会いたかった。

そして、それはもうすぐに叶う。

目の前のヲ級を倒せば姉の帰投を邪魔する者はいなくなるのだ。

 

爆炎が、敵の駆逐艦を包み込む。

ロ級とハ級が断末魔を上げながら沈んでいった。

残るは因縁のヲ級、ただ一人。

思えばこの深海棲艦には随分と苦戦させられた。

彼女たち空母一人と駆逐艦二人を追い詰めるためだけにこちらは三人も中破してしまった。

六人の艦娘を相手によく粘ったものだ。

しかし、それももう終わり。

ヲ級の頭上では彼女の艦載機が威嚇するように螺旋軌道を描いているが、ここにきて逆転を許す天城たちではない。

進路に軸を合わせて味方の戦艦娘が砲撃し、ヲ級の肩を打ち抜いた。

敵は姿勢を崩しながらも顔を上げて艦載機に指示を出す。

上空の攻撃機が一斉に天城たちに襲いかかった。

(単純な軌道ね)

進退窮まって自棄になったのか、あまりにも直線的な動き。

艦載機が塊となって速度を揃えて向かってくる。あれでは撃ち落としてくれと言っているようなもの。天城は迎え撃つべく自身の艦戦に指示を、

 

――そうやって意識の死角を作るのよ。

 

「――っ!」

瞬間、直上を見上げる。

一体いつ飛ばしたのか――敵の艦爆がまさに爆弾を落とす瞬間だった。

「総員退避ッ!」

叫んでがむしゃらに距離をとる。

背後で轟音。

水しぶきが身体にかかる。

仲間たちも何とか回避できたようだ。

ヲ級の艦爆をすぐさま落とす。今度こそ奴の攻撃手段を完全に奪った。

味方が主砲を構える。動きが鈍くなっている今のヲ級は避けられない。

倒せる、今度こそ。

 

けれど。

本当にいいのか?

 

一瞬の、躊躇があった。

艦娘が沈むと深海棲艦になるという噂。

大淀の確信めいた口調。

否定しきれない疑念。

そして今まさに目の前のヲ級が実行した奇襲戦法、それは天城がよく知るものだった。一部の艦載機を囮とするそのやり方は、他ならぬ雲龍から教わったやり方なのだ。

轟音が、思考を中断させる。

声を上げる間もない。味方の徹甲弾がヲ級を貫いていた。

ヲ級は断末魔を上げながら沈んでいく。

あっけない光景。こんなのは見慣れた一幕にすぎないのに。どうしてだろう、取り返しのつかないことをしてしまったという焦燥ばかり募るのは。

もはやヲ級は、片腕が海面から覗いているだけで、それさえもずぶずぶと沈んでいき、やがて消えた。残るのは、時折浮かび上がる泡。

「あ、ああ……」

そしてそれさえも無くなった。

傍で仲間たちの歓声が響く。

――なんてことはない、いつもの風景じゃないか。私は深海棲艦を倒しただけだ。そうだ、きっとそれだけだ。私は、姉様が生きていると信じている。だから、何も問題はないんだ。

しかし天城の足は、錨が降ろされたかのようにまるで動かなかった。

 

 

雲龍には初めから分かっていた。

新貝貞二はとっくに死んでいる。

あんなおぞましい計画を実行する者が、秘密を知った者を生かしておくわけがないからだ。

だからあの日、天城に何も言えずに無断で出撃し、それでも新貝の乗せられた船に追いつけなかったあの夜に、何もかも諦めてしまった。

どうしようもなくなってショートランド泊地に帰るしかなかった。あるじを奪われた負け犬は、未練たらしく住処に戻ることしかできないから。

けれどそれすらも失敗に終わった。

相対するル級の徹甲弾に貫かれて、雲龍の命は尽きつつあった。

指の先まで石になってしまったように動かない。海水が冷たく全身を包み込む。闇の底へと落ちながら雲龍はぼんやりと思う。これが轟沈するということか、と。しかし恐ろしくないのは何故だろう? 懐かしい感覚すらある。この体験はなぜだか初めてではない気がした。自身がバラバラと砕けていくというのに心地よささえ覚えた。

それはきっと向こう側へと逝くからだ。

ずっと探していた新貝の居る、向こう側へ。

 

 

誰も守れなかった。

皆を死なせたくせに自分だけは生きようとしていた。

だからバチが当たったのかもしれない。

だから死んでしまうのは、きっと仕方のないこと。

けれど、それでも私は、やっぱり提督に会いたい。

そうだ、会いたいんだ。

向こうにあの人はいるだろうか?

同じところに行くのならきっと会える。

死ねば終わりなんて嘘だったんだ。

会いたくなったら初めからこうすれば良かったんだ。

そう、同じ世界に行けばいい。

もしくは、

同じ世界に連れてくるか。

そうすれば良かったんだ。

次からはそうしよう。

きっとそうしよう。

 

 

背中が、焼けるように熱かった。

逃れようと腕を動かすと、手の平が柔らかな平面――地面を掴んだ。

頬がざりざりと擦れて痛い。

これは多分、砂だ。

身を起こそうとして力の入れ方が分からないことに気付く。立ち上がり方が分からない。重力に抗うことができずに不自由を強いられる。

せめて周囲を確認したい。

瞼を開く、ただそれだけでも気力を振り絞る必要があった。

視界を光が染め上げる。

眩しい。

(ここは、どこだろう?)

「――さん! 大丈夫ですか、雲龍さん!」

「中身はなんだろ。やっぱりヲ級かな? ねえ鏡持ってる?」

誰かが、傍にいる。

頭の上で、騒いでる。

「それどころじゃないでしょう! 雲龍さん! 聞こえますか!?」

「ん、ん? おおおーっ?」

「もうっ、一体なんなんですかっ!?」

二人の少女の声が聞こえる。

「見て見て、やっぱりヲ級! しかもこの特徴的な目の色はっ! ペロッ、これはヲ級改! さっすがショートランドの筆頭空母だ、痺れるねえ~」

「今はそんなのどうでもいいでしょう! 北上さんは司令官を呼んできて下さい!」

しれいかん。

そうだ、提督を探さなくちゃ。

そのために“こっち”に来たんだ。

会いたいな。

会えるかな。

会えたらもう離さない。

今度は、誰にも連れては行かせない。




なんでか分からんが斜体が使えなかった。


今回の話に限らないんですが、こう時系列がポンポン飛んでいくのはやっぱり分かりづらいですかね?
あと地の文が多いとかくどいとか、不穏な感じになるのが嫌とか、キャラ付けがちょっと……とか。どうでしょう。
うーん、こんなんでええんじゃろか。宜しければ感想どうぞ。
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