悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~ 作:シャブモルヒネ
ガラガラと、音を立てながら。
周りの全てが崩れ落ち、手を伸ばす間もなく消えていく。
そのスピードに新貝はついていくことができなかった。未知の体験だった。あまりに現実味がなさすぎて、脳が理解を拒否している。思わず「こんなことって本当にあるか?」と口に出してしまうほどにフワフワとした感覚が離れない。
「……ん?」
指の先に痒みを覚えて、視線を落とす。
血が出ていた。
どこで傷ついたのか、親指の腹がざっくりと切れていた。それを認識すると、痒みは痛みに変わった。ズキズキと脈うつのを感じる。
この傷は、本物だ。
「本当の、ことなのか……」
これは夢でも妄想でもない。現実だ。本物の危機なのだ。
――雷が落ちた。
と、勘違いさせるほどの大気の振動に、振り返る。
小さくなっていくガダルカナル島の浜辺、そこで大爆発が起きていた。提督時代にも見たことがないほどの爆炎が渦を巻いている。
その上で放物線状に飛ばされている物体は……木だろうか? 大地に根を張っている生木が、圧し折られて吹っ飛ぶほどの超火力。遠目にも分かるほどに島の形が変わりつつあった。凄まじいの一言だ。
大井の仕業だろう。
重雷装巡洋艦の姫級は、ここまでの雷装を持っていたのか。驚愕するしかない。
――だが、それでも生き延びられる保障にはならない。
戦争は、火力の比べ合いではないからだ。大井がいくら強大な力を持とうとも、被弾すればその薄い装甲は貫かれる。彼女がどうなるかは誰にだって分からない。
そして、それは新貝たちも同じ。
もはやこの鉄底海峡に安全な場所は無かった。
そこらじゅうに深海棲艦がうろついていて、視認されると同時に襲い掛かられた。
それを始末しながら、清霜が叫ぶ。
「どっちから逃げる!?」
北は、敵の本陣。あり得ない。
西は、撤退したショートランド勢への大追撃が始まっている。行けば巻き込まれるだけ。
対して東は、最も数が少ない上に、第三戦隊と北上のせいで大混戦になっている。
「東だっ!」
突破できるとしたらここしかない。
あわよくば彼女たちのうち一人でも救助していきたい。そう考えつつも、すぐに無理だと悟る。
北上が飛び込んでいった方向には、何十人もの深海棲艦の死骸と、それ以上の数の群れがいて、更に奥の方向へと砲の狙いを定めていた。
恐らくその先に第三戦隊と北上たちが居る。その渦中に飛び込むのは無謀を通り越してただの自殺でしかない。
それに……戦闘をするためには新貝が足手まといすぎた。
新貝は雲龍の背中にしがみつきながら密かに嘆く。己の無力が情けない。深海棲艦に成ったくせに航行もできないなんて。
「魚雷、一番から四番まで装填!」
進路を切り開くため、イムヤと清霜がありったけの魚雷を放つ。
撃沈した敵の横を駆け抜けて、飛んでくる砲弾を右に左に避けながら、邪魔者を何人も断ち切った。
それを実行している清霜の口元がほんの少しだけ悦びに歪んでいることに、新貝は気付かなかった。
@
必中必殺。
駆逐水鬼の砲撃は、狙った標的の装甲の隙間に吸い込まれた。その結果は、予め定められた運命のように確実で、狙われた者は例外なく沈められた。
戦っている第三戦隊だって何もしていないわけじゃない。
強敵の攻撃を避けるべく回避運動に勤しんでいる。しかし、そうする前の重心移動――の前の呼吸のリズムの乱れ――の前の眼球の動きを察知され、避けようのないタイミングで被弾してしまう。
あっという間に数は減り、生存者はとうとう一桁になって。
「……」
そして、ついに、駆逐水鬼は演技を止めた。
数が減り、どうとでもなる相手にわざわざ表情筋を動かしてやる必要なんて無いのだから。
意地の悪い笑みを消し去って、ロボットのような面相を顕にする。無機物のような鉄仮面。
そこには、何も無かった。
喜びも、優越感も、達成感も。
憎しみも、哀れみも、虚しさも。
流氷よりも熱に乏しい瞳で、じぃっと敗残者たちを見据えている。
「……くっ」
キリシマは、その視線から身を挺して姉たちを守っていた。猛獣を相手に一歩も譲らぬ母猫のように。
庇われている子猫――コンゴウは、その腹から黒煙を吐き出していた。
そこには穴が一つだけ開いている。明らかに致命傷。生存に必要な機関を破壊されていた。もはや大破を通り越して、轟沈寸前といっていい。その肩をキリシマに支えられていなければ彼女はあっけなく沈んでいただろう。
そして、今。そのすぐ隣から、
「助ケテ、アゲヨッカ?」
と、いつの間にか、見知った女が声をかけていた。
重雷装巡洋艦、北上。
気がついたときは視界の隅に居た。いつからそこに居るのか、その横顔からは窺い知ることができない。平常運転といった風貌で、正面の駆逐水鬼を見つめている。
(この女は……)
もう一人の天眼通。
彼女ならば、この窮地をひっくり返せるかもしれない。
けれどキリシマにはもう生き延びるつもりは無かった。
仲間たちはほぼ全滅し、長姉も助からない。ならば最期まで共に在ろう――そう思う気持ちに一片の偽りも無い。
「余計なことを、」
「アンタニハ聞イテナイ」
北上はぴしゃりと遮った。
「ソコノ旗艦様ニ、聞イテンノ」
その言葉に、支えた姉の身体が反応した。脂汗を浮かべながら、グググと顎が持ち上がる。
「御姉様っ!」
コンゴウは、何も言わなかった。
焦点が定まらない瞳。
そこに何が映っているのか……キリシマには想像しかできない。
もう殆どの仲間が沈んだ。
誰もが戦うことを望み、仇を討つために死地へと飛び込んだ。そして各々が承知していた通りに沈んでいった。
――では、皆が皆、自己責任なのか?
そんなわけがない。
全責任は、総旗艦がとるものである。例え随伴艦の全員がそうすることを望んでいたとしても関係ない。戦って死ねと、決定を下したのは総旗艦なのだから。
だからコンゴウは、今更誰かに助けを求めるわけにはいかないのだ。絶対に。
故に彼女は、その口をけして開かぬように溶接し、キリシマから肩を解いて己の足で立つ。
その腹の穴から、バチンと何かがショートする音がした。黒煙が増す。
それでもコンゴウは、あくまでも無言で、ゆっくりと。震える人差し指を東へと向けた。何も無い空間へと。誰も居ない場所へと。
「オッケー」
北上は頷いた。
“どこかに消えろ”
姉はそう告げている、とキリシマは思った。
けれど北上は、承諾したくせにその場から動かなかった。
――こいつは一体、何がしたい?
キリシマが訝しんでいると、北上は呆れたような声を出した。
「分カラナイ? アンタノネーチャンハネ、逃ゲロッテ言ッテンダヨ。アンタニネ」
目を見開く。
まじまじと凝視しても、姉はやはり何も喋らなかった。
――もしや、この期に及んで我が姉は……共に逝くことを許さないのか。
絶望に包まれるキリシマ。
「コレカラ、アタシガ、偶々コイツノ相手ヲスル。“偶々”ネ。アンタハ運良ク逃ゲラレルッテワケサ。良カッタジャン」
北上の声が、耳から耳へと通り抜けていく。
と、キリシマの手の平に、柔らかい感触。コンゴウが何かを押しつけている。
「これは……?」
柔らかい布のようなもの。見ると、それは鉢巻だった。コンゴウがその頭に巻いていた鉢巻。それが今、キリシマの手の中にある。
どうして鉢巻なのか、死体のような顔色をした姉は一言も語らない。
けれど。
その遺志は確かに伝わった。
――お前が継げ。
「ああ……」
なんて、ことを。
継がせるということは、続けろということだ。ここで終わらせるなということだ。
そんなことをされたなら、第三戦隊を任されてしまったら、もう自分の代で途絶えさせるわけにはいかなくなってしまうじゃないか。
「――敗北トハ、失敗スルコトジャナイ。何モシナクナルコトダ。迷ウナ、動ケ。間違ッテイテモイイ、止マッテルヨリ百倍マシダ」
――分かったような、ことを。
コンゴウが言うような台詞を、北上が言う。諭すように。
なんて腹立たしい女だろう。
他人のくせに、何も知らないくせに……もう声が出ない姉の想いを代弁するような真似をするなんて。そんなのは言われるまでもない。そんなことは、もう、既に、何百回と叩き込まれて染み付いているいるのだから。
キリシマは電撃的に回頭し、麾下となった五人の部下たちに号令を放つ。
『全艦撤退、何が何でも生き延びよ』
新生第三艦隊。
一糸乱れぬ回頭をして戦場を離脱する。
かつての総旗艦――コンゴウを置き去りにして。
けして振り返ってはならない。でなければ、情けない姿を見せまいと立ち続けるその遺志を無駄にするからだ。
キリシマは、目の端の涙を、風で消し飛ばした。
新生第三艦隊総員、裂帛の気合を放ち、立ちはだかる敵の群れへと突撃していく。
@
その姿は、あっという間に深海棲艦の群れと高波に揉まれて見えなくなった。
もっとも、その場の二人は目も向けていなかったが。
北上。
そして駆逐水鬼。
彼女たちは注意すら払っていない。その興味は、互いに初めて目にする同類にのみ向けられている。
「待たせたね。これで邪魔者は居なくなった」
北上が声をかける。
相手は反応せずに、棒きれのように突っ立っていた。
先程からずっとそうしている。突如現れた北上を警戒し、その情報を少しでも読み取ろうと観察を続けている。
(まあ、そうなるか)
北上は独りごちる。
自分だってずっと前からそうしてる。
敵とか味方とか、友達にしたいとかしたくないとか、そんなことは関係ない。まずは対象を把握する。それは息をするよりも自然な行為。基本中の基本。
そして、そのアドバンテージは北上にあった。
北上の方がずっと先に、双眼鏡を使って観察していたから。
突然傍で、バシャンと音がした。
ル級が倒れ伏した音だ。
コンゴウと自称していた深海棲艦が、いよいよ力尽きたようだ。小さな泡を立てながら静かに沈んでいく。そして、すぐに海中へと消えて見えなくなった。
「お疲れさん」
第三戦隊。
この連中を生贄にすることで随分と多くの情報を読み取れた。正面の駆逐水鬼についてはもう殆ど理解したといっていい。
思った通りの同類だ。
そして、思った以上に愚かしい。
(コイツは、戦うことに拘っている)
だけど楽しいわけじゃない。
スリルを愉しんでいるわけでもない。
コイツはそんな過程に興味が無い。ただ結果を求めている。戦果という数字を欲しがっている。それを積み上げ続けることに固執している。
戦果。
それは、比べるためにある。周りの連中と自身の違いを明確にするために在る。
――ならばコイツは頂点に居たいのか? 我こそは最強だと証明したい? いいや違う。だってそんなことはとうの昔に知っている。誰が一等賞かなんて骨の髄まで知っている。自分自身だ。それ以外ありえない。赤色と青色を比べて「どっちの方が赤に近い?」と聞いているようなもの。論ずるまでもない。当たり前のことすぎる。
それは、コイツだって自覚しているはずだ。
だからそんなのは証明する意味が無い。
なのに、コイツはまだ数字に拘っている。
――どうしてだ? もうとっくにてっぺんに居るくせに、尚も戦果を稼ぐ理由。何のため? 自己満足のはずが無い。だったら焦る必要は無いからだ。もっと丁寧で確実な挙動をするはず。でもコイツにはそんな悠長さが無い。ただ必死に、最高の結果を叩き出そうとしている。
ならば、その拘りは、きっと自分自身が納得するためじゃない。
他人を納得させるためだ。
誰かに分かってもらいたい。
自分こそが最強だと。
――なんだそりゃ。
そんなのは簡単に分かってもらえるだろう?
だって、戦えばすぐに結果が出せるんだから。
なのに分かってもらいたいとは、一体どういうことだ? つまり、分かってもらえなかったことがある? 結果を見せているはずなのに? 私たちは単艦で連合艦隊を撃滅できる力があるのに、それを見せても、まだ信じてもらえないってどういうことだ? そんなことってあるか?
「……あったなぁ」
むしろ、たくさんあったと北上は思い出す。
凡人にはけして届かぬ領域だから、戦果を水増ししていると思われるのだ。大本営発表かよと笑われる。そんなことが何度もあった。
それでも北上は気にしなかったけれど。
コイツはどうやら違ったらしい。
その裡深くを言語化すると、きっとこうなるはずだ。
私は嘘なんてついてない。
どうして信じてくれないんだ。
口で言っても信じない。ならば目で見せて証明してやろう。死体を並べて数えさせる。そうすれば疑う余地が無い。
願いは一つ。嘘つき呼ばわりを正したい。そんなマイナス評価を取り消したい。だって全部、誤解なんだから。私は本当のことしか言ってないんだから。ただありのままの自分を見てほしい。それだけなんだから、そのための行為もきっと正しいに決まってる。
手に取るように分かる。
コイツはそうやって深みに嵌っていったのだろう。
きっと誰かを好きになったに違いない。いいや、好かれようとしたといった方が正確か。
そうとしか考えられない。そうでなければ他人の評価なんて気にしない。
コイツは、誰かに好きになってもらうために、自分の優れた面を見せようとした。
そして当たり前のようにドン引きされたのだ。
……そうなることぐらいちょっと考えれば分かるだろうに。
異星人の理論で、地球人に好かれるわけがない。
頑張れば頑張るほど気色悪いと敬遠されるに決まってる。だってそうだろう? 頑張らなくったって嫌われて、相手によっては深海棲艦より憎まれて、演習と称して実弾を使われるんだから。
自分たちのような異星人が自分らしく振舞ったとき、世間でどういう扱いをうけるかを、北上は辟易するほど経験している。
――馬鹿な奴。異星人のくせに、地球人にありのままを好きになってもらおうとするからそうなる。本当は誰のことも好きになれないくせに、誰かを好きになるという行為自体に憧れるからそうなる。
可哀想。
その感情はよく知らないけど、これはきっと可哀想ということなんだと思う。だから、ここはこう言ってあげるべきだと北上は思った。
「アンタのことなんて誰も好きになってくれないよ。けどね、私が友達になってあげる。おめでとう」
駆逐水鬼はピクリと指先を動かした。
どうやら言葉は通じるらしい。
(良かった、だったら教えてあげることができる)
異星人の相手は、異星人でいいということを。
目の前の同類は、おもむろに首をカクンと傾けた。左に四十五度だけ、計ったように。そして、目を細めながら口を開いた。
「チャンスヲ、逃シチャッタンダネェ?」
何か言った。
妙なことを。
「可哀想。本当ニ、可哀想ォ。マダ叶ウト、思ッテルンダ? 手遅レッテ知ラナインダ?」
「ん……」
反撃、と理解した。
目の前の同類は、何か致命的なことを言おうとしている。北上にとって都合の悪いことを。
“誰かにできることは、誰にでもできること”
そんな文句を偉そうに嘯いていたのは他ならぬ北上自身だが、実際のところその言葉通りの体験をしたことは無い。それは理屈だけのお話で、北上のできることはいつだって誰にもできなかった。
しかし、コイツは違う。
本当に、自分と同じことができる。
だから、たった今まで北上が相手の挙動からその本質を覗き込んでいたのと同様に、きっと向こうも北上を裡深くまで覗き込んでいたに違いない。
つまり。
――この自分もまた、芯の芯まで見透かされている?
そして同じことをされる?
自覚していない綻びを衝かれてしまう?
「ホントハ知ッテルンデショ? 知ッテテ見ナイフリヲ、シテルンデショ? 本当ノ理解者ナンテ、絶対ニ見ツカラナイッテ事ニ」
「……アンタがいるでしょ?」
「私ト、アナタ。互イニ前世ダッタラ、理解シ合エタカモシレナイ。ケド、モウ違ウ生キ物。ソレゾレ他人ガ、混ジッチャッタカラ。私モ、アナタモ、違ウ形。……分カル? ガラスッテ、割レタラ、同ジ形ニハ、ナラナインダヨ?」
「深海棲艦になったから? アタシとアンタ、それぞれ違う雑種になったって言いたいの?」
「ソウ!」
同類であるはずの少女が嗤う。
その嘲笑は、演技である。そう分かっていても心をかき乱される。
「アナタノ、オ名前ハ?」
「北上」
「アア、聞イタコトガアル……。ソンナ名前ノ艦娘ガ居ルッテ。……デモネ、違ウデショ? アナタハ、北上ソノモノジャナイ。100%ジャア、ナイ。北上以外の人ガ混ジッテル」
「ああ、うん、そうだね……確かにね。今のアタシは大体91%の北上と、残りはよく分からない連中で構成されてるよ」
「ジャア“北上モドキ”ッテワケダ。フフフ」
「……アンタはどうなのさ?」
「私? 私ハ27%ノ、ユウ……」
そこで唐突に。
得意げな口上が止まった。
北上は首を傾げる。
「ゆう……誰? 夕霧かな?」
駆逐水鬼はわざとらしく頭を振り、
「違ウ、違ウネェ? 100%ジャナイナラ別人ダッテ言ッタノハ私ダッタ。27%シカナイナラ、尚更ソウ。ウン、ソウダネ……今ノ私ハ、新シイ私。ソノ名前モ、新シクシナイト……」
そう零して、己に相応しい名前を考えようとして。
ふと、あどけない疑問符を浮かべた。
その首に巻いたマフラーを人差し指と親指で摘まんだ。ネチャリと糸を引かせながら解いて、まじまじと見つめる。
なんだコレ? とでも言いたげな表情。
真っ黒い布。それは、血と油で固まってしなやかさを失っている。身体から離れても首を包む形になっていた。ずっと身に着けていたであろうその布を、彼女は心底不思議そうに眺めた。
その顔は、こう語っている。
――どうしてこんなものを後生大事に抱えていたんだっけ?
@
新しい自分に、相応しい名前。
それはすぐに思いつくことができた。
口の中で反芻してみれば、しっくりと馴染んだ。もう他には考えられない。この新しい自分を示す記号はそれしかないと思った。
「“デストロイヤー”」
そして、摘まんだマフラーを手離した。前世からのトレードマークをあっけなく海に棄てる。
――こんなものはもう要らない。前世からの名前だってそうだ。要らないものが多すぎる。それらを捨てて、私は“新しい私”に生まれ変わるんだ。
「デストロイヤー。それが私の、新しい名前。駆逐艦。駆逐する艦。本当に駆逐することができる艦――それが私。その辺の嘘っぱち共とは、違う。誰も駆逐できないような、名前だけの貧弱デストロイヤーじゃない。私こそが本物で、私だけが唯一のデストロイヤー!」
新しい名を得ると、全身が燃えるように猛った。演技ではない喜びが満ちていく。
――この世の全ての駆逐艦と呼ばれる雑魚どもは誇大広告の偽物で、この自分一人だけが本物の駆逐艦である!
そう宣言する、駆逐水鬼に。
――ぱちぱちぱち
と空虚な拍手が贈られた。
「カァ~ッコイイネェ。デストロイヤー? ソノ名前ノ前ト後ロニ、記号デモツケタラ、モット格好良クナルヨ? †デストロイヤー†……ッテネ」
前触れは無かった。
デストロイヤーの弾が飛ぶ。
主砲を構えた音よりも速く標的へと吸い込まれたその鉄の塊は、北上が放り投げていた鉄屑に軌道を逸らされて、もう反撃し終えている北上の頬の横を掠めて消えた。交差して突き進む北上のカウンターはデストロイヤーの眉間ド真ん中を目指しているが、これは牽制であり次手への繋ぎであって命中を期待したものではないと彼女は理解していた。とはいえ無視して頭蓋骨の曲面で弾けばその硬直へと連撃が刺さるので避けざるを得ない。右、身体を倒して位置エネルギーを消費、しながら主砲を撃ち、敵の追撃を封じながら態勢を整えて主導権を取り戻し、
そこに、認知していない魚雷が置いてあった。
「!!?」
その悪辣な一手を避けることができたのはデストロイヤーが慎重だったからに他ならない。まだ完治しきっていないと己を過信せず、行動にコンマ数秒の安全マージンを持たせていたおかげでギリギリ助かった。
だが、無茶な回避動作は、その後の主導権を大きく奪う。
北上の三撃目が、デストロイヤーの左手の砲門の先端を潰した。
「……アタシト、アンタ。別物ダナンテ、トックニ知ッテルヨ」
デストロイヤーは使い物にならなくなった左手の主砲を即座にパージ。重心が変化した反動を利用して身を起こし、今度こそ可能性を取り戻す。
敵は、悠々と立っていた。
北上と名乗った深海棲艦が。
その女は、顎に指を添えて、軽く撫でていた。
「ソノ程度?」
挑発である。
とデストロイヤーは理解している。
「マダ直リキッテナイ、ミタイダネ? モウチョト突イテクルッテ、思ッテタケド……。アア、悪口ノ方ネ? ダッテサ、サッキアンタガ言ッタコトッテ、全然承知シテル範囲ナンダモン。アタシト、アンタガ、今ハモウ別種ノ生キ物ダッテコトグライ、ネェ?」
自称北上の弁を聞きながら、デストロイヤーは周辺へ向ける意識を強化した。
――さっきの魚雷がどこから来たのか分からない。
目の前の雷巡棲姫が放ったものではない……否、そんなはずもない。対面してから放っていないなら、答えは一つ。
先程の魚雷は、対面するよりも前に放たれたものだ。
分単位で過去に放たれた魚雷。それがゆっくりと、ゆっくりと進んで、今になってようやく戦場に到達した……そういうことだろう。
「アタシト、アンタ。今ハモウ、違ウ生キ物。ソンナノハ承知デ、来タンダヨ。ソノ意味、分カル? ソレグライハ掘リ下ゲテ理解シテホシイナァ。ネェ、チョット読ンデミテヨ?」
そう言って、雷巡棲姫は受け入れるように両手を広げてみせた。
余裕かましやがって――などと苛立つ感情は、デストロイヤーには存在しない。隙を晒してくれるなら付け込ませてもらう。奪われたアドバンテージを少しでも取り戻すために。
水面下への警戒を怠らずに、集中力を北上に向けてみた。
“優先順位”
それがこの二人に共通するキーである。
(この北上とやらの最優先事項は、理解者を得るということ。それは間違いない。そして、それを期待して自分に会いに来た……いや、違った。理解者には成りえないと知りつつもここに来た。それは何故? 敵として倒しに来た? それも違う。コイツはまだ執着を見せている。まだ諦めきれていない。そっちの方がしっくりくる。でも、叶わないと知っていて、尚も縋るような真似を我々のような人種がするだろうか?)
……叶える方法が、ある?
どうやって?
「深海棲艦、化……?」
「ソウ。正解」
深海棲艦という生き物は、沈むとその欠損部位に他人が埋め込まれて復活する。その分だけ別人に変化する。損傷具合に応じて中身が変わるのだ。
逆に言えば、損傷していない部分は変わらない。
損傷が少なければ中身もほとんど変わらないということになる。
だとしたら、もしかして――
「“今ノアンタ”トハ、友達ニナレナイ。ダッタラ“次ノアンタ”トハ、ドウカナア?」
つまり、この北上という女は。
今のデストロイヤーではなく、次代のデストロイヤーに期待している。
要するに、このデストロイヤーを、ほんの少しだけ欠損させて沈める気だ。都合の悪い部分を切除して、そして復活を待ち、自分の理解者たりえるかをテストする。その結果、また合いそうにないなら、もう一度穴を空けて沈める。そしてまたテスト。それを繰り返す。延々と。
己と意気投合する生き物になるまで、永遠に。
「ソウイウ事。アンタハネ、来世デ友達ニナルンダヨ」
「……気色悪い」
それが、デストロイヤーの感想だった。
生と死の輪廻を、弄ぶ。その行為自体は別にいい。その辺の役立たずどもは忌避するだろうが、必要があるならやるべきだ――デストロイヤーはそう思う。
しかし。
その必要性は、艦船の本分とは全く関係ないところにある。
ただの趣味嗜好。
そのために弾薬を、油を消費するなんて、あってはならないことだ。
己の目的のためだけに武器を使う。時間をたくさん使う。それらは無駄になる。しかもやっている当人には有効活用するだけの技術があるにも関わらず、だ。
その非効率極まりない考え方が、デストロイヤーには気色悪くて仕方なかった。
「あなたは、有能だけど、役立たず。しかも生き延びてしまうからたちが悪い。さっさと消えればいいのに。そうすればその資源は、別の人がマシに使う。あなたは、分かっていて、顧みない。気色悪い」
「ウヘェ。散々ナ、言ワレヨウ」
「あなたは、何? 艦船でしょ?」
「今度ハ哲学的ナコト、言イ出シタ。定義ナンテ知ランヨ? アンタノ上官風ニ言ウナラ、“ドォーーウデモイイ”ッテヤツ?」
「……結局、あなたも出来損ない。艦船の本分を理解していない。戦って勝つ、それ以外は余計。すべきじゃない。評価は、マイナスされるべき」
「ソレガ、アンタノ言イ訳? 私ハ戦ウ機械ダカラ、ソノタメノ行為ハ正シインダ、ッテ?」
「真理」
「嘘コケ。ダッタラドウシテ、認メテモライタガッテンノ? ……褒メテホシインデショ? ソレッテサァ、艦船ノ本分ジャアナイジャン」
「正しい評価は、大切なこと」
「ナンデ?」
「次の編成が狂うから。強い人が露払いして、どうする? 弱い奴が決戦に出て、どうするの? それで勝てる? 評価が正しくないと、皆が迷惑する」
「ハエェ~、意識高ェー。……ケド、面白イコト言ウネ。“皆”ッテ……ネェ?」
北上は嗤う。さも大切な概念のようにその単語を使うんだな、と。どうでもいいと思っているくせに。自分の評価だけが大切なくせに。
「矛盾シテルッテ、気付イテル?」
皆のためにと言いながら、その皆を見下して踏みつけていることに。
結局のところ、
自分の評価だけが大切で、
そのために味方さえ沈め、
その責任を“艦船の本分”とやらに押し付けているだけだ。
そう北上は追及している。
その批判を、デストロイヤーは真っ向から跳ね返した。
「だって、それが最善なんだから、仕方ない」
「フムン?」
「知ってる? 最も厄介なのは、無能な働き者だって。無能のくせに、一番強い私の邪魔をする。これがもう、最悪。例えば、私の射線に入る奴、私の進路を横切る奴、私の集中を乱す奴。文句を言う奴、肯定しない奴、嘘つき呼ばわりする奴。苦笑いする奴、避ける奴、気色悪い奴……これ、ぜーんぶ、邪魔。利敵行為。つまり敵」
デストロイヤーは、目を細める。
この雷巡棲姫は、やっぱり出来損ないだ。こんなシンプルな話が分からないなんて。同類であるはずなのに、思った以上に愚かしい。
「敵になった奴はね、“皆”じゃないの。排除しなきゃあ。一番稼げる私を稼げなくするような奴は、居ない方が“皆”のため。違う? 違うと言う奴も敵。味方じゃない。提督でもない。あいつもあいつもあいつもあいつもあいつも味方じゃなかったし、あいつも私の提督じゃなかった。それだけの話」
「私ノ提督? アンタノ前世ノ話?」
「そう」
――ああ、そうだった。
(だから私はあの男を新しい提督に選んだんだ)
黒井成一。
あの冷血漢は、能力でしか艦船を計らないから。頑張ってるとか、姿形が好みだとか、そんないい加減な理由で艦船を選ばない。贔屓しない。ちゃんと、純粋に、数字だけで評価してくれる。平等でいてくれる。
それだけで、どれだけ救われたか。
(だから、好意なんて要らないんだ。最高効率で最優秀な艦船で居続けて、それを認知してもらえれば充分なんだ)
デストロイヤーは最優先事項が更新されたのを自覚する。
「私はもう、褒めてもらわなくていい」
己の傍らに必要なのは、好きになってくれる提督ではなかった。戦果を正しくカウントし、上手に運用してくれる提督だ。
その真実を手に入れるのに随分と時間をかけてしまった。前世をまるっと無駄にした。けれど、これからは違う。今この瞬間からは正しい道を歩むことができる。
頭の中の歯車が、カチリと嵌った音がした。
また一つ全快に近づいたという実感を得る。
「北上といえば、有名人」
新しい最優先事項を諳んじる。
「エースオブエース? そいつの姫級って、どれだけ価値がある? 持って帰ればどれだけ認めてもらえる?」
戦果を稼ぐ。
実力を認めさせる。
それだけが全てだ。
だったら、今からやるべきことは一つ。
駆逐水鬼としての力を十全に奮ってこいつを潰す。
そのために彼女は肩の無線をオンにして「来い」と合図した。
それは前世での反省を活かした、敵への備え。遠巻きに伺わせていた味方を呼び込んだ。
戦艦三隻、重巡二隻、軽巡一隻、駆逐艦五隻の連合艦隊。
――圧殺の構えだ。
確かに遅れはとっている。思考ルーチンを先に把握されたのは痛い。が、そんなものは数の差で埋められる。
そう考えたデストロイヤーに向けて、敵はにこりと微笑んだ。
表情を作る余裕。
真剣には至らず。
その程度の援軍で埋められると思うのか……そういう意図を見せている。
「ソノ連中モ、既ニ、把握済ミ」
この北上とかいう女が、随分前から双眼鏡で自分“たち”を観察していたことは知っていた。だから、これも承知の上だ。
「そのぐらい知ってる」
例え、この女がこの連合艦隊の行動を全て読みきることができるとしても、無効化できるわけじゃない。撃たれたら、避けるという動作が必要になる。行動が制限される。だったら、そこを狙い撃てばいい。それならば読みが浅くても精度でカバーできる。
それに――奥の手だってある。
「ダッタラ話ハ早イネ、デス子チャン」
「そういうあなたの、名前はなぁに?」
「サァ……考エルノモ面倒ダナァ、新シイ名前ナンテ。アンタニ決メテモラウヨ。友達ニナッタ、アンタニネ」
「じゃあ名無しでお終いね」
お喋りはここまでだ。
ここまでで手に入れた情報を吟味する。
感知能力、僅かに劣る。
処理能力、同じく劣る。
出力精度、互角。
運動性能、互角。
装備、威力だけなら主砲は同等、雷装はあっちがグンと上。
「ふん」
やはり自分はまだ直りきっていない。大脳新皮質の一部がまだ繋がりきっていないという実感がある。観察力が足りてない。処理能力もぼんやりしている。有象無象が相手ならどうってことないが、同類相手だとその僅差は致命的だ。正面衝突は避けなければならない。
長期戦を狙う。
味方を生贄にして隙を狙いつつ、時間を稼ぐ。
そして情報収集に努める。
同時に、相手の疲労を誘う。
なにせ向こうは、連合艦隊分の人数を観察・把握してるのだ。脳への負担は膨大であるはず。
(じゃあアイツは、どうして会話を続けている?)
さっきから自分がダラダラと話しているのは時間を稼ぐためだ。観察して情報を処理するための時間。それに応じてくれるのは好都合だが、向こうからすれば不都合なはず。何故、応じる? 時間をかけて得なことなんて……援軍待ち? それは無い。では、ガ島の仲間を逃がすための時間稼ぎ? それこそ無い。
――では、何のため?
「私モ、ヤッテミヨッカナ。厨二病ゴッコ」
雷巡棲姫の周りに、酸素の跡が、ゴボゴボと。
更には、ヌルリと、魚雷の影が。
突き従うように、無数に浮かび上がった。
それらはゆっくりと航行する地雷。一つ一つが必殺の威力を持つ。もしも直撃してしまったら、その脚は姫級だろうと蒸発するに違いない。
その魚雷は他でもない雷巡棲姫の魚雷なのだ。
それら魚雷の群れはわざと視認できるように浅い深度で航行されていた。それらを認知させて、行動を制限するために。そして同時に……視認できない深度にも必ず魚雷が仕掛けられているはずだった。
それらがどれだけの数で、どのようなタイミングで飛び出してくるかは仕掛けた当人にしか分からない。
ここ一帯の海は一瞬でとびっきりの火薬庫と化した。
「……なるほどね、これを待っていたと?」
北上は、わざとらしく両手を軽く広げ、薄笑いを浮かべた。
半目、半笑いで、「支配者ノポーズゥ」と嘯きながら、顎を軽く上げて見下してみせる。
黒より暗い闇と、魚雷の群れを従えて、開戦の合図を告げた。
「ヨウコソ、我ガ領域ヘ」
@
清霜たちが突き進む進路の先に、深海棲艦の群れが斬り込んだ。
「――っ!?」
整然とした陣形で、ずらりと並んで壁になる。
今までの深海棲艦たちとは違う、一定の練度を伺わせる動き。
使い捨ての連中じゃない。恐らくこの時のために温存されていたであろう部隊。およそ二艦隊分の数だった。
この数、この練度。
今の清霜一向が無傷で突破するのは不可能だ。
否、それさえも怪しい。ただの一人でも突破できるかどうか……
「“哀レデ、役立タズナ、ガラクタデモ、生キル権利ハアルハズダ”……貴様ハソウ言ウノダロウ? 新貝貞二」
その声は。
清霜たちのすぐ後ろから届いてきた。
黒井成一。
北の本陣に居たはずである。しかし振り返ると、タ級の群れとともに追い縋っていた。
南方棲戦姫。正確にはその肩にへばりつく黒髑髏が、にたりと嗤う。
「違ウ、違ウ、違ウゾォ? 生キル権利トイウヤツハナ、平等ニ与エラレルモノジャア、ナイ。勝チ獲ルモノダ。ソレガ出来ナイ奴ハ、害悪デシカナイ。コストヲ消費スルダケノ、ゴミ……ソレガ貴様ラダ」
いつの間に、などと言っている場合ではない。黒井が自分たちをターゲットにしているのは明らかだった。
この男は、新貝たちたった四人を撃滅するために西のショートランド勢への追撃を切り上げている。その執着は、黒井らしからぬ不合理。多数の艦娘を無視してでも成し遂げるという意志がある。その意志の正体は――復讐心だ。
「食ウナ、飲ムナ、息ヲスルナ。コノ世ノアラユル資源ヲ消費スルンジャアナイ。ソウシテ得タ活力デ、マタ人ヲ殺スノダカラ……ソウダロウ、“キヨシモ”?」
問いかけられた清霜は、応えなかった。だからなんだと落ち着き払った態度で、ゆっくりと全周を確認した。
ものの見事に囲まれていた。
逃げ出す隙は見当たらない。
「ここまで……読んでいたというのか……」
新貝から零れた言葉に、黒髑髏が答える。
『ソンナ事ヲ言ッテルカラ、貴様ハ無能ナノダ。戦況トハ、読ムモノデハナイ。伺イ、応ジルモノダ。アリトアラユル事態ニ備エ、対応ヲ繰リ返ス。カードヲ切ルノハ、必勝ノ確信ヲ得タトキダケデイイ。……コノヨウニ、ナ?』
前方は塞がれて。
後方からは悪夢がにじり寄る。
新貝もイムヤも雲龍も、絶句した。
もう助かる道はどこにも無い。
けれど。
たった一人だけ、清霜だけが違った。
「逆恨みを、偉そうに。あなたが先にヤってきたんでしょ? ヤり返されて当然じゃない」
彼女に怯えは無かった。口角を大きく釣り上げて、むしろ不敵に笑っていた。
何故ならば――ここから先の行動が、どうしたって一つしかなくなったからだ。
決戦の時。
清霜は、この瞬間をずっと待ち望んでいた。
自身の有用さを証明できる、この時を。
「……清、霜?」
新貝は、まさに今、状況が最悪にまで転げ落ちたと思っている。
だが、清霜は逆だった。
黒井成一が現れてから、状況はドンドン好転していると思ってる。
――だって、そうだろう?
まず、艦娘と戦わなくてよくなった。
代わりの相手は、黒井成一。
因縁の相手であり、全ての元凶。その男は疑う余地のない悪そのもので、例え殺したところで誰の非難を浴びることもなく、自身の良心も痛まない。
しかも戦艦の姫級に成っていて、この場で倒しきれるのはレ級である自分しか居ないときた。
更には、これから始まる戦いには司令官を守り逃がすという大義名分まで付いている。
――すごい。
こんなに恵まれていていいんだろうか――そう打ち震えるほどに清霜の胸は高鳴っていた。
清霜は、まさにこういう状況を待ち望んでいたのだ。
「ふ……ふふ、あなた、まだ似たようなことをやってるんだね?」
誰彼構わず、海の底に沈めるような行為を。
馬鹿は死んでも治らない、とはいうけれど。どうやら黒井は一度殺されたぐらいじゃ分からなかったらしい。
「だったら……分からせてやるのが私の使命だね」
――これは自分の責任だ。以前は胴を上下で真っ二つにする程度で済ませてしまった。けれどそんな中途半端なヤり方じゃ駄目だったんだ。今度は何一つ残らないように未練ごと潰しきってやらなければならない。
「こんな悪い奴はやっつけてやらなきゃ、ね」
清霜は神も運命も信じることを止めたけど、それでも何者かに感謝せずにはいられない。
これ以上無い敵を用意してくれてありがとう。
(私が戦うべき相手は艦娘じゃない。あいつだった。全ての元凶であるあの男をやっつけるために私は生まれ直したんだ)
これは、清算だ。
今までの努力はこの時のためにあった。
あいつを倒せば、全てを取り戻せる。
今までの自分はずっと役目を果たせなかった。しかし今回ばかりは違うと断言できる。
強い身体を手に入れて、努力を重ねて使いこなせるようになった。そして、二回分の人生で積み重ねてきた勝利への執念は、誰よりも厚いと自負できる。今までの苦悩を思い出せ。劣等生としての苦しみを。汗と涙と鼻水と、疎外感とみじめさと悔しさと、自分は一生このまま何も成せずに終わるんだという絶望感。それらは全て、この時のためにあったのだ。この試練を乗り越えれば栄光を掴むことができる。生まれて初めての勝者になれる。
そのためのチャンスがついに巡ってきた。
何があろうと絶対に逃すわけにはいかない。
たった一つの成すべきこと。
それは。
黒井成一、あいつに――
「勝つ! そのために私は居るんだ!」
清霜は――否、戦艦レ級は。
この瞬間、そのためだけの存在になると決めた。
そういや聖剣伝説3がリメイクされるらしいですね。
あのゲームのせいで私は変なこじらせ方をするようになったと思います。
……未プレイの方にはネタバレなんですが、マナの聖域で三つの悪い勢力が潰し合う場面があるんです。
生き残るのは一つの勢力だけ。他の二つの勢力は、確かテキストウインドウ二枚分ぐらいで「負けちゃった」と説明されて退場し、そっから二度と出てきません。
これが私にはえらく衝撃的だった。
だって、ここの三つの勢力って、それぞれが神様を倒せるぐらい力を持っていて、ラスボスを張れる背景もあるんですよ。なのにそれが敗者になってもうストーリーに関わらないって理由だけでバッサリと切り捨てられてしまうんですからね。
あぁ、そういう扱いをされるひとたちもいるんだぁって……。
陽の目を見ない連中。それに惹かれるようになりました。
そんなわけで、この話はそういう連中が主役側に回ったものになっております。
そろそろ転機がやってきます。よろしければお付き合いください。