悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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1-3:サボ島沖

ベッドで寝ると暑いから、イムヤからハンモックを借りた。

昼間に使った木造の建物にわざわざ戻って取り付けるのも面倒なので、泊地で使える部屋がないか探してみる。その中でも比較的まともな状態であり、大きなテーブル一つしか無い部屋を自分の執務室と定めて、そこで寝起きすることにした。

新貝はハンモックを吊るして乗り上げる。

網戸を探してきて取り付けた甲斐あって、虫は入らず夜風が涼しい。

――あと何日で敵は来るのだろうか。

楽観はできないが明日すぐということもないだろう。

だが敵の本拠地がわからないのは痛い。これからずっと後手に回り続けることになる。

せめて監視レーダーのような便利な道具がほしいが、あったとしても深海棲艦は通常のレーダーには引っかからない。そして高価で特別なレーダーはこんな廃墟には当然無い。

となれば目視で対応するしかなかった。ひとまず最低限の警戒線を設定しなければならないだろう。清霜たちに地道に哨戒してもらうことになるが、その前に周辺の地形を調べて要地を定めておきたい。

等と、つらつら考え込んでいるとノック音が聞こえた。

「司令官、起きてる~?」

「起きてる。なんだ?」

見ると清霜がドアから顔を覗かせていた。

暑くて寝られないとのことで、彼女もハンモックを持参していた。

「ここで寝てもい~い?」

「いいけどその尻尾で寝たら網が破けるんじゃ……って無いな!?」

あの凶悪な鋼鉄製の尾が、影も形も無い。

清霜はこともなげに答える。

「ああうん、引っ込めた」

「そんなことができるのか」

――どうなってるんだ、深海棲艦の構造は。

それとなく聞いてみると「自分の艤装なんだから自由にできるに決まってるでしょ?」とのことだった。

その感覚は想像もできなかったが、ふと思ったことがある。イムヤ曰く深海棲人であるところの新貝も頑張れば艤装が生えてきたりするのだろうか?

(ありえない。妄想もいいとこだな)

元人間にそんなことができるわけがない。海に立つことだってできやしないのに。

ふと我に返ると、清霜はするするとハンモックを取り付け終わってあっという間に横になっていた。

「すーずーしーいー。この部屋いいねー」

「この網戸の、もとい俺の苦労のおかげだ。もっと讃えるがいい」

「すごーい。頑張ったねー。えらいえらい」

「適当だな、おい」

ハンモックの縄が擦れる。微かに風が流れ込み、外の草葉が揺れる音が聞こえた。

ガ島泊地には自分たち三人と虫しかいない。控えめにいって廃墟だった。

かつてのショートランドでは皆が寝静まっても人の気配を感じたものだが、ここではそれもない。

(そりゃそうか。ここには人間や艦娘は一人もいない)

ぼんやりとした月明かりだけが部屋を照らす。

木造の建物は闇夜に溶けて、彼我の区別も曖昧だ。

清霜はもう寝たのだろうかと思ったとき、声をかけられた。

「ねえ司令官?」

「なんだ?」

「なんだか楽しいね」

「そうか?」

「ほら、秘密基地みたいで」

言い得て妙かもしれない。確かにここは見つかってはいけない秘密の基地だ。他の深海棲艦から、そして艦娘からも。

だが清霜が言いたいのはそんな悲観的な現実のことではないだろう。言葉通りの秘密基地。

彼女は遭難中というこの状況下でも前向きだ。見習うところがあるのかもしれないと新貝は思う。

「ま、楽しいなら何よりだ」

「ものの例えだってば」

「そうかい」

「司令官? ねえ?」

「なんだよ?」

そろそろ寝かせろ、と新貝は言おうとした。

「大丈夫だよ。司令官は私が守るから」

それきり喋らなくなって、やがて穏やかな寝息が聞こえてくる。

(もう寝たのか)

新貝の不安が表に出ていたのだろうか。

(清霜に心配されるようじゃ俺も修行が足りないな。もっとしっかりしなきゃいかん)

今度こそ眠るべく瞳を閉じた。

 

 

朝から太陽がぎんぎらぎんに輝いて、ガ島泊地を照りつけていた。

早朝に採ってきたバナナを食べながら執務室で汗をぬぐっているとイムヤと清霜が現れた。

「食うか?」

「食べまーす」

「いただきます」

バナナの甘さに水が欲しくなる。そういえば深海棲艦も腹は減るし喉も渇くんだなぁと今更なことに思い当たる。自分たちみたいに陸地を根城にしてない連中はどうやって食料を確保しているのだろうか、魚でもとって食べているのだろうか?

「魚! そういうのもあるのか」

「はい?」

「今度釣りでもするか。ここに釣り道具はあるのか?」

「あったかな? 装備保管庫にあったような気もするけど」

イムヤは自信なさそうに答える。

「この辺はカツオが獲れるって聞いたことがある。暇ができたらやってみよう」

「うーん、どうだろう。深海棲艦がいる場所の近くは魚がいなくなるって言うけれ、ど……っ」

はっと己の発言に気付いた様子で言い直す。

「あーっとほら、ここって最近まで深海棲艦が占拠してたじゃない?」

「ああ、そうだなー。確かになー」

新貝は言いながらイムヤに向けてこいつ鳥頭かと呆れた視線を送る。

イムヤは何事もなかったように装いつつも、微妙に眉毛をハの字に傾けて謝意を表明するという器用な芸当を行った。

「???」

頭上で交わされる無言のコミュニケーションに清霜は不思議な表情。

「それで結局、釣りに行くの? 行かないの?」

「行ってみよう。ただし仕事が一段落したらな」

朝っぱらから面倒な腹芸なんてやってられない。新貝は早々に話題を変えることにした。

「さて、真面目な話に移るとするか」

言ってパンと手を叩く。

「ここを狙ってる敵艦隊がいるはずだ。俺たちはそいつらを迎撃しなけりゃならん」

「昨日やっつけた敵の本隊だよね?」

昨夜のうちに清霜にも軽く説明していたので理解が早い。

「そうだ、あれは偵察のはず。恐らく前作戦で叩いた敵の残存部隊だ。まだ勢力を回復させるには時間がかかる……と思っていたが、早くもやってきた。楽観はできん」

「前作戦の目標だった敵本隊は撃滅したんだっけ?」

イムヤが確認する。彼女は途中で“リタイア”しているため結末を知らない。

「敵の大物……姫級とそれを守る敵精鋭部隊はもういない。残るは決戦地から離れた場所にいた雑魚だけのはずなんだが」

「じゃあ大したのはいないんじゃないかな?」

「分からん。他所の深海棲艦の勢力と合流したのかもしれん。だからこんなに早く偵察を出せたと見ることもできる」

「司令官は心配性だなぁ」

「慢心するよりはましだ」

実際そのあたりは憶測でしかない。敵が本当に勢力を回復させ、軍が定めるところの“小規模”や“中規模”になっていたら対抗することは不可能だろう。しかしそれでも戦うしかない理由があった。

「イムヤ。ショートランド泊地への航路には大量の深海棲艦が待ち構えているんだったな?」

「戻るのは無理だね。絶対に」

そう、帰ることはできないのだ。

新貝は喋りながら、どの道“この姿”では帰れないなと思う。

(待てよ、本当に深海棲艦が網を張っているのか?)

考えてみれば位置的におかしい。ガ島とショートランド泊地にはそれなりの距離があるが、その間に拠点に適した島は少ない。深海棲艦が本格的に網を張るならば、このガ島泊地をまっさきに狙うはずだ。しかし、まだそうなってはいない。新貝たちが暢気にバナナを食べていられてる時点で、イムヤが言うショートランド泊地近辺の敵艦隊は存在しないという証明になる。

イムヤは嘘をついたのだろうか。

新貝たちがショートランド泊地に向かうことがないように。

(ということは、ガ島から向かってショートランド泊地の方向……西方向には深海棲艦はいない、と考えてよさそうだ)

ちなみに昨日の敵艦隊は東方向からやってきた。

ならば二人を東に出撃させても、無防備になったガ島を別の深海棲艦に襲撃される可能性は低いといえるだろう。多分。恐らく。いや、きっと。

憶測だらけで不安だけれど、それでも決断して行動するしかない。

「じゃあ東方向に偵察を出そうと思うんだが」

イムヤに周辺の地形を詳しく知りたいと伝えると、持参していた地図を渡してきた。用意がいい。

三人で机の上に身を乗り出して覗き込む。

清霜がガ島周辺を指差す。

「もう色々調べてあるんだね」

よく見ると手書きで『この辺は水深が浅い』とか『潮の流れが速い』などと注釈が書き込まれていた。

「必要かと思って、分かっていることを書いておいたよ」

「でかしたイムヤ。オリョクルを三日間免除してやろう」

「もっと休暇を下さいよぉ」

おかげで早速、対抗策を練ることができそうだった。

昨日敵と遭遇した地点から東方向に視線を向けて、次の敵が通るであろうルートのあたりをつける。

敵は間違いなく一艦隊かそれ以上で来るはずだ。つまり最低六人はいるだろう。対するこっちは二人。まともに戦えば勝ち目は薄い。いや、勝てなくても追い払えればいい。しかし、どちらにせよ先制攻撃は必須条件だ。

つまり奇襲をしかけることになる。

清霜とイムヤが隠れながら敵を発見しやすく、退路を確保することもできる地形。

新貝は顎を撫でながら地図を一瞥し、ガ島に近い小島に目をつけた。こっそりと潜伏して通りがかったところに一撃を入れられるかもしれない。

一応イムヤに現地確認に向かってもらい、清霜にはまだ使えそうな装備がないかガ島施設の捜索を頼んだ。何がどう転ぶか分からないので備えはいくらでもほしかった。

「司令官は何するの?」

と聞いたのは清霜。

「俺は無線機器をチェックする。指示が出せなきゃ暇になっちまう」

「でも下手に無線を飛ばすと敵に気付かれるかもしれないよ?」

「勿論使うのは定期連絡と奇襲した後だけだ。撤退か攻撃続行か、その見極めをしなけりゃならん。ちゃんと戦況報告しろよ?」

「りょうかーい!」

清霜はキレのある敬礼をして、一歩ずつ膝を振り上げてきびきびと行進していく。

「なぜに軍隊式」

ふざけてるわけではないようだが清霜にはどうにも危機感が足りない気がする。

(戦艦になったからって楽観視してるんじゃないだろうな)

だとしたらよろしくない。

戦艦だって無敵の艦種ではないのだ。攻撃を受ければ傷つくし、重なれば当たり前のように砕けて沈む。新貝は後で言い含めようと決めると、埃をかぶった無線機を執務室に運ぶために肩を鳴らしながら歩き出した。

 

 

気がつくと夕暮れだった。

やることだらけで一日が早い。ずっと屈んで作業していたので腰が痛む。

背中を伸ばして腰を叩いていると、イムヤが執務室に戻ってきた。

件のポイントは奇襲に使えるようだった。ガ島周辺の再調査もついでに頼んでいたが、目ぼしいものは見つけられなかったらしい。

「ヘンダーソン飛行場は?」

「ぼっこぼこだね。誰もいないしガラクタしかなかった」

その言葉に新貝はほっと胸を撫で下ろす。飛行場姫が生き延びていたらどうしようかと頭を悩ませていたのだ。

そう、飛行場姫。

それは前奪還作戦の要であったヘンダーソン飛行場に陣取っていた陸上型深海棲艦を指す。想定以上の制空力にかなりの苦戦を強いられたが、ショートランド泊地の戦艦勢が艦砲射撃で滅多打ちにした効果はあったようだ。

これで懸念事項もなくなった。

「それで、無線機の方は使えるの?」

「使えるぞ。感度もばっちりだ」

「いいね。あとはやるだけ」

「ああ。できれば一度の接敵で全部倒したいが無理だろう。先制で何人か落として状況を見て撤退だ。減らせればいい」

「敵が怖気づいて逃げ出したら追撃する?」

「しない。深追いできる人数じゃない。ただ、できればそのときはお前にこっそり追跡してほしい」

「敵の本拠地を見つけるってわけね」

「そうだ。とれる戦略は増やさなきゃいかん。待ち伏せなんて何度も通用しないしな。ただし、」

「分かってる。無理はしないよ」

「ならいい」

「ところで清霜はどこにいるの?」

「ああ、なんでも面白いものを見つけたから持ってくるとか言っていたが……」

と、その時。

すさまじい衝撃が執務室を襲う。

建物が大きく揺れる。

新貝のすぐ横の壁がひしゃげて裂けて何かが飛び込んでくる。子供の胴ほどの太さがある巨大な砲身が網戸を突き破ってきて新貝の顔面スレスレを伸びていった。

「うおおおおっ、敵襲か!?」

思わずイムヤをかばって反対の壁際に押しつけるように退避。

が、窓から現れた砲身は、室内に砲弾を撃ち込むでもなく、ただそこに鎮座するだけだった。

「う~、いたたた……」

代わりに窓の外から知った声が聞こえてくる。

「そ、その声は清霜か?」

「あっ、司令官? そこにいるの?」

明るい声が届く。窓の外にいるのは清霜で間違いないようだ。

「見て見て? 大砲見つけてきたよ!」

「これは、清霜の仕業か……」

とりあえず、敵襲ではないようだ。

新貝はほっと胸を撫で下ろしてイムヤの肩から手を離す。

「あ、ありがと」

部屋を見回すと壁はへし折れて木屑が飛び散り、せっかく張った網戸は無残にも破れてしまっていた。ただでさえぼろい部屋が更に酷くなった。

イムヤは呆然と砲身を見上げている。

よく見ると野砲の砲身のようだった。錆と苔がびっしりと付着してずいぶんと古めかしい。先端しか見えないが、高さと角度から察するに砲身長は三メートルほどだろうか。

こんなものをどうやって運んだのだろう。

いかに清霜が戦艦の馬鹿力を発揮したところで楽に持ってこれる重量ではないように思うが、深海棲艦の馬力なら可能なのだろうか。あるいは裏手の坂道を走らせて、勢いがついて止まらなくなってしまった、とか。どちらにせよ執務室のこの惨状は、清霜のせいであることは間違いない。

冷静になると徐々に怒りがこみ上げてきた。

「あいつは何を考えてるんだ」

執務室の入り口から清霜がおでこをさすりながら現れた。

「頭をぶつけたのか?」

「えーっと、坂道で勢いが止まらなくなっちゃって……」

思った通りである。

清霜はてへっと舌を出す。

それを見た新貝は、握りこぶしを作って清霜の頭頂部に容赦なく振り下ろした。

がつんと凄まじい音がした。

「なにが、てへっだ、この馬鹿!」

「いったーい!」

清霜は両手で頭を抑えて抗議するが、新貝の怒りは収まらない。

「危ねえだろーが!」

「だって役に立つと思ったから……」

「一人で運ぶなって言ってんだ! こういう危険物は万全を期して取り扱う、基本だろーが!」

むっと清霜が表情を変える。

「清霜一人でも運んでこれたんだから大丈夫だもん!」

「ぶつけてるだろ!」

「ま、まぁまぁ二人とも」

イムヤが取り成すが、新貝も清霜も聞く耳を持たない。

「ちょっと勢いがついちゃっただけじゃん!」

「この部屋見てみろ、下手したら笑い事じゃ済まないだろ!」

「ストップストーップ!」

イムヤは両手を伸ばして間に割ってはいる。

「司令官も熱くならないでよ! 清霜もちゃんと謝りなさい!」

清霜はぐぬぬと引くに引けない様子で歯噛みする。

上手く言い返すことができずに悔しい気持ちをどう表現したらいいか分からない顔だ。

「司令官の、分からず屋ーっ!」

言い逃げを体現するように走って部屋から出ていく。

「あっ、待てこら!」

新貝はちっと舌打ちして清霜を追いかけようと出口へ足を向けるが、すぐに踵を返す。

「くそっ! あいつが謝るまで俺は知らん!」

テーブルの足を思い切り蹴飛ばして、拾ってきた背もたれ椅子に身体を投げ出すように座る。そしてそのままむっつりと黙り込んでしまった。

「ええええ、その対応はちょっと……大人としてどうなの?」

イムヤの抗議に、新貝は無言。

「明日は出撃するんじゃないの?」

「……する」

「こんな状態で?」

「軍人は任務に私情を挟まない」

こいつマジか、とイムヤは目を丸くする。

後で私が清霜のフォローしないとだめなんだろうなぁとイムヤは内心げんなりし、上司の大人げのなさを嘆いた。

こういった尻拭いを今後も自分がするのだろうか、それは嫌だなぁと考えはするが、「上司なら部下と良好な関係を保てるよう努力しろ」と新貝にはっきり指摘することもできない程度にイムヤは日和見主義者だった。

 

 

次の日。

呆れたことにそんな冷戦状態のまま待ち伏せ作戦が始まってしまった。

流石の新貝もこれがよろしくない事態とは分かっているが、間違ったことを言ったわけでもないのに何故自分から謝らなければいけないのかとつまらない意地を優先させてしまった。

すると不思議なもので、思い出したいわけでもないのに「そういうところが駄目だって言ってるの!」とかつて秘書艦だった霞に説教された記憶まで蘇ってくる。ますます面白くない。

結果、新貝はロボットのように必要事項しか喋らず、清霜は不機嫌丸出しの態度で黙り込み、イムヤは胃痛に悩む中間管理職と化した。

二人はそんなコンディションのまま泊地から出撃していく。

新貝は一人、無線機の前で腕を組んだまま微動だにしない。

汗もぬぐわずに解決策を考え続けてはいるが、良案は一つも浮かばなかった。

下着が尻にはりついて気持ち悪い。立ち上がるのも億劫だ。

「どうして、こんなことになった」

堂々巡りを続けているとイムヤから定時連絡が入った。

『司令官へ。こちらイムヤです。敵影見えず、監視続行します。ぴーえす、現場の雰囲気が最悪です。何とかされたし』

「こちら新貝。報告了解。申請に関しては、貴艦の奮戦を期待したい」

駄目もとで丸投げしてみる。

無線機は五秒間だけきっちり沈黙。

平坦な声で返答をよこしてきた。

『そろそろ軽蔑してもよろしいでしょうか』

「待ってくれ。……正直、どう切り出していいか分からん。きっかけを頼む」

『承諾しかねます。次の定期連絡は清霜です。自分で頑張ってください』

「……了解。終わり」

新貝は万策尽き果てて天を仰いだ。

なぜか自分が悪い流れになっている。相手は子供で女、こちらは大人で男。当たり前といえば当たり前だが納得しきれない程度に新貝の中身は子供だった。しかし納得できなくても行動しなければ何一つ改善しないことぐらいは分かってる。

「どうしよう」

思い返せば、遭難してから四回目の喧嘩だった。

いずれも正論をぶつけて始まった喧嘩だ。そしてそれは今回も同じ。ならば解決法も同じはず。

過去三回をどうやって乗り切ったか思い出す。

「また感情論で訴えなきゃいかんのか」

新貝は深く溜め息をついた。

 

――お前の言いたいことは分かってる。

その気持ちは嬉しい。

俺だってこんなことを言いたくないんだ。

お前が大切だから言ってるんだ。

どうか分かってくれないか――

 

といった胡散臭い台詞を吐かねばならないと思うと新貝はうんざりする。

それに、甘言を弄して相手の気持ちを動かすのはとても不誠実な気がする。だから本当に言いたくない。

しかし表現方法はともかく、本音でもあることは確かだ。単に本音を他人に晒したくないだけかもしれない。

――そういうところが駄目だって言ってるの!

「ちっ、うるせーな。分かってるよ」

あの暴言の台風みたいな娘とももう会えないと思うと胸が締めつけられるようだ。

だからこそ今いる頑固なチビ娘を大切にしなければいけないのかもしれない。

「ええい、仕方ない。これも仕事のうちだと割り切れ!」

気合を入れて無線機に視線を向ける。

すると手を伸ばす前に反応があった。

定期連絡には早すぎる。

もしやイムヤが清霜に何か言い含めてくれたのだろうか。

なんだかんだ言っても肝心なところでは助けてくれるイムヤは頼りになる。

「オリョクル免除を一週間に延ばしてやろう」

無線機をとる。

飛び込んできた声は、予想と違って切羽詰った叫びだった。

「イムヤより司令官へ! 接敵、敵一人撃破! 戦艦ル級が二、軽巡ト級一、駆逐ニ級ニ! 交戦中です!」

一瞬、思考が止まるが、すぐ頭を切り替えて指示を飛ばす。

「島を回りこんで逃げろ!」

 

 

砲撃音が立て続けに大気を揺らす。

清霜は浅瀬や岩場を迂回して敵の移動を制限しながら攻撃を続けたが、当たらない。

清霜の砲撃精度はお世辞にも高いとはいえなかった。

最初に奇襲をしかけ、こちらを横切る形の敵を一人倒せたのは幸運でしかない。

そもそも本来狙っていたのは輪形陣の外周部にいた戦艦ル級だった。それが弾道が逸れて陣形の真ん中にいた軽母ヌ級に直撃したのは全くの偶然である。

とはいえ空母を排除できたのは嬉しい誤算。

空母が残っていては空からの攻撃に気を払わねばならず、逃げるにしても艦載機を振り切るのは困難を極めただろう。

空母撃沈で大金星とするべきだとイムヤは判断し、撤退の指示を出す。

「清霜、さっさと逃げるよ! 戦艦二隻は想定外! 敵が地形を把握しきれてない今しかないって!」

長期戦は不利だ。

清霜の命中率には期待できず、浅瀬や障害物が多いためイムヤは雷撃が難しい。

敵が態勢を整える前に切り上げるべきだった。

しかし清霜は言うことを聞いてくれない。

「まだやれます!」

「やれないって! 二対五だよ!?」

「昨日は四人でも倒せました! 今日はイムヤさんもいるんだから、五人なんて楽勝です!」

清霜は口を動かしながら砲撃を繰り返す。

イムヤの目から見ても意地になっているようだった。それは新貝に怒られたせいなのか、推し量っている時間はない。奇襲によって得たイニシアチブは秒単位で削られていく。

(前にできたから今回もやれるって思ってるみたいだけど……!)

そんなの相手がたまたま素人だったからに決まっている。けれど今の敵艦隊は明らかに違う。限られた足場の中で、相手が清霜一人とはいえ砲撃を避けながら反撃も加えてきている。間違いなくエリート級。下手をすればフラグシップ級ということも考えられた。

「まともに展開されたら終わりだよ! いいから逃げる!」

「でも、でも……!」

イムヤは歯軋りする。もう一刻の猶予も無いのに説得の手立てが見つからない。

このまま意思統一ができなければ最悪の結末もありえた。選択肢は二つ。説得を続けて後手に回るか、悪手でも協力するか。イムヤは瞬時に頭を切り替えて声を荒げる。

「……分かった、戦う!」

「イムヤさん!」

「でもやり方は私に従ってもらうよ。今の旗艦は私!」

「はいっ!」

現金なもので返事だけはいい。後で新貝に言いつけてやると心の隅で決めて戦術を構築しながら口に出す。

「基本的に島を回り込みながら後退する。攻撃するのは、岩壁を曲がって敵が角から頭を出したとき。後はその繰り返し。これなら敵も連携できない」

「後ろを取られるのは不利じゃないですか!?」

「真正面からぶつかるよりはマシ! とにかく行くよ!」

いくら尻を抑えられても上手く岩礁の間を抜けていけば相手も攻撃には専念できないはず。

意識半分の攻撃なら、練度の高くない清霜でも避けることはできるだろうと踏んでの決断だった。

イムヤが先行して清霜が後ろについて進んでいく。

背後を見やると、敵艦隊はスムーズに陣形を立て直して追撃してきていた。

イムヤは、清霜が浅瀬にひっかからないよう進路を示し、前方の岩壁を見る。

(あそこを曲がれば最初の攻撃ポイント)

さっきはああは言ったが、清霜の言うとおり退却戦が難しいのは事実。一手遅れればあっという間に砲撃の網にかかってお陀仏だ。とにかく重要なのはスピード。距離を保つためには、先ほどのように攻撃に執着されるわけにはいかない。

「砲撃は二回までよ! 撃ったらすぐに逃げる、復唱!」

「砲撃は二回まで! 撃ったらすぐに逃げます!」

主機の速度をほとんど落とさないまま岩壁を曲がる。

敵が見えなくなってから攻撃と退却に適したポジションを即断し、反転。敵を待つ。移動速度からいって五秒もかからないはずだ。

(四、三、ニ、)

「今! 撃てーっ!」

敵艦隊の先頭が見えたと同時に清霜が砲撃を開始する。

轟音に空気がびりつく。

弾丸は吸い込まれるように先頭の駆逐艦に命中し、炎を吹き上げた。

二発目、狙いは戦艦ル級。悪くない弾道を描くが、ル級は身体を大きく傾けて、進路を変えることで砲撃を避けた。

(惜しい!)

遅れて肉薄するイムヤの魚雷もかわされる。単発の魚雷など目視されれば簡単に避けられることは知っていた。あくまで反撃を遅らせるための牽制攻撃だ。

岩壁の影からすぐに後続が現れる。数が減ったばかりだというのに早くも陣形を作りつつあった。

「清霜、退くよ!」

反転、主機が唸りを上げて回転する。

背後に小さく、砲撃音。

「回避っ!」

先程まで立っていた場所に水柱が立つ。

(もう撃ってきた。やっぱり雑魚じゃない!)

次の曲がり角では距離を稼ぐため攻撃せず移動に徹した。対して敵は岩壁が邪魔でこちらが見えず、砲撃に備えるために速度を落とす必要がある。幾ばくかの余裕ができた。

「次から砲撃は一回だけ!」

「了解です!」

三度目の断崖を曲がって、砲撃。

今度の攻撃は当たらなかったが、反撃が届く前に逃げることができた。

このまま続ければ敵も諦めて帰ってくれるかもしれない。

そう思ったときイムヤは違和感を覚えた。

振り返って確認する。敵が二人しか追いかけてきていない。

(陣形が乱れた?)

イムヤは頭の中ですぐに否定する。今まで悪路でもきっちり陣形を維持して追撃してきた連中だ。甘い期待が通じる相手ではない。

ならばどこに――次の曲がり角を抜けたときだった。

はるか前方に小さな人影を二つ見つけた。

「えっ?」

当然、味方のわけがない。そんなものはいないのだから敵に決まっている。目を細めて確認すると、戦艦ル級と駆逐ニ級だった。

(新手じゃない! 別れて回りこんできたんだ!)

イムヤと清霜が待ち伏せに使い、今障害物として利用しているこの島はとても小さい。逆走すればすぐにかち合うのは道理だった。

挟み撃ちは、まずい。

交戦は勿論、速度を上げて対面の敵と交差して振り切るのも危険だ。

敵が激突覚悟で進路をふさいできたら速度を落とすしかないからだ。

そうなれば位置を調整されて十字砲火を喰らう。

この敵の練度ならそれぐらいの芸当はできるはずだ。

ならば横に逃げる? この小島から離れるコースを選ぶしかない。

前か後ろの敵に追いつかれることになるが、両方を相手にするよりは逃走して片方の攻撃を回避することに賭けたほうがマシだと思えた。

それに不幸中の幸いか、唯一の逃走経路はガ島方向でもあった。上陸してしまえば流石に諦めるだろう。

イムヤが進路を変えようとしたとき、清霜は言った。

「やりましょう! 前の敵に近づかれる前に、反転して後ろを倒すんです」

イムヤはぎょっとして一瞬言葉が出ない。

「いやいやいや、無理だって!」

「わざわざ分散してくれたんです。各個撃破のチャンスですよ!」

「それでも、同数! しかも私は潜水艦、分かってる!?」

潜水艦は戦闘向きではない。偵察や奇襲が主な任務だ。

ましてあの練度相手では、正面から何度か雷撃したところで簡単に避けられてしまうだろう。

実質、清霜一人の戦いになる。

では清霜一人であの練度の二人を瞬殺できるのか?

答えはNOだ。

敵だって馬鹿じゃない、少し時間を稼げば挟み撃ちになるのだから、防御に専念するに決まってる。そうなれば清霜の技量で二人を落とすのは相当に難しい。いや、不可能といってもいいかもしれない。

だがイムヤがいくら止めても、清霜は反転を始めてしまう。

ああ、とイムヤは嘆いた。

実質一対二で実力差もあるというに、清霜は愚かにも死地に飛び込んでいく。

もう助からないかもしれない。

そうなれば敵の駆逐艦に爆雷を撒かれて自分も死ぬ。

各個撃破されるのはこちらの方なのだ。

だとすれば今のうちに自分だけでも離脱するべきかという悪魔の誘惑が一瞬頭をよぎる。潜水艦にはそれができる。潜ってしまえば水上艦を振り切るのは難しいことではない。

だがそんなことはけしてできないとイムヤは非情の選択を捨てた。

もう二度と逃げないと決めているからだ。

 

それは前作戦のときのイムヤの記憶。

けして忘れることのない記憶。

死んだときの記憶。生まれなおしたときの記憶。

ガ島奪還作戦の途中、すぐ近くの味方の一艦隊が総崩れになった。

偵察部隊の旗艦だったイムヤは助けに向かうべきか迷った。

敵は連合艦隊、潜水艦が助けに行ったところで撃退することは難しい。それどころか、逆に自分たちが餌食になる可能性もあった。

イムヤは迷いに迷って、司令部の指示を仰ぐことにした。

帰ってきた答えは『待機』。見捨てろという判断だった。

そうなるだろうと知っていた。

今回の作戦に出張ってきていた総司令部の偉い人は成果しか興味がないタイプで、最悪をさけるためなら小数の犠牲も厭わないことは明白だった。イムヤはそれが分かった上で司令部に聞いたのだ。

自分では非情の決断をしたくないから。

無線機からは、他所の基地から応援にきていた駆逐艦娘たちの悲鳴が聞こえた。

『助けて、誰か!』

『いやだ、私、沈むの……?』

イムヤは罪悪感にとらわれて無線から耳を離すこともできなかった。

だってしょうがないじゃないか。自分たちの偵察部隊には新人もいて最前線に連れて行くわけにはいかないし、味方の手前おおっぴらに退却を命じることもできないんだから。

そんな言い訳ばかりを考えていて、意識を散漫にしていたから頭上の敵艦を察知するのが遅れてしまった。

気がついたら爆雷がすぐ目の前にあって、どかん。

そこで記憶は途切れ、気がついたら海の底で膝を抱え、鉄屑をじっと見つめていた。

曖昧な記憶の中でずっと誰かを探していた気がする。

会って何かを伝えなければいけないと、そんな使命感だけが残っていた。

それから彷徨って、ガ島を見つけて、鏡を見て。

自分がどうなったのかを知った。

イムヤは思う。

きっと未練があったから深海棲艦になったのだと。

見捨ててしまった彼女たちにただ謝りたくてこの世にしがみついたのだ。

けれど謝る相手はもうこの世にいない。いたとしても深海棲艦になっていて、互いにそうだと気付くこともないかもしれない。

だから自分はいつまでも許されることなく彷徨い続けるしかない。それが私に科せられた罰なんだ、とイムヤは思った。

 

――だから清霜と司令官に会ったときに誓ったのだ。今度は何があろうと仲間を見捨てはしないと。命に代えても守るのだと。

「清霜っ!」

呼びかけるが彼女が止まる様子はない。その執着心は新貝への意地だけではない気がする。

きっと清霜も自分と同じだ。何か未練があるゆえに止まれない。自分で愚かだと分かっていても突っ走るしかないのだ。

(司令官ごめんなさい。私、あなたを一人にしてしまうかもしれない!)

せめて一パーセントでも清霜が生き延びる可能性を上げるために、イムヤは追随した。

勝負は初手で決まる。

清霜がル級を倒しきれば勝ち、逃せば負けだ。

イムヤは被弾を恐れず海面ぎりぎりに浮上した。

魚雷装填。

一度に撃ち出せるだけの魚雷を扇状に射出する。海面近くの見え見えの雷撃、だからこそ敵は必ず避けると分かる。

「清霜っ! 敵は魚雷と魚雷の隙間に入るはず。その瞬間を狙うのよ!」

魚雷が敵艦に迫る。

敵が回避行動を始める。

数秒先の敵の位置が分かる。

これなら清霜だって砲撃を命中させることができるはずだ。

だが危険なのはこちらも同じ。潜水艦は潜行に時間がかかる。戦艦に狙われたらイムヤの薄い装甲なんて紙くず同然、間違いなく命は無い。

それでもイムヤは浮上して、撃った。

仲間を守るために。

火中に飛び込む清霜を、そうと分かって助けるために。

清霜はイムヤの意図を悟り、砲撃姿勢に移る。

「イムヤさん、ありがとう。必ず、当てます!」

清霜の瞳孔が猛禽類のように細まる。

「チャンスは一度! 絶対に決めて!」

狙うはル級。相手は砲撃を始めて清霜の砲撃態勢を崩そうとするが、清霜は避けようともしない。

イムヤはル級のペアである敵の駆逐艦を抑えにかかる。

そのときル級の攻撃が、清霜に直撃した。

鉄が激突する甲高い音が打ち鳴らされる。

「清霜!」

黒煙に包まれた清霜は、しかし微動だにしない。けして狙いをぶらさない。

イムヤが先程撃った魚雷がようやくル級に迫る。

ル級は回避のために魚雷の隙間に入る。入らざるをえない。

その瞬間を見計らって、清霜は尾から突き出た16inch三連装砲を放った。

破砕音。

戦艦ル級が火炎に包まれた。

のけぞって、弾薬に引火して爆発していく。

「た、倒した……!」

その姿を見たペアの駆逐艦は逃げようとするが、無理に進路を変えようとして速度が落ちたところを清霜が撃ちぬいた。

敵艦二人、撃沈。

残るは、島を回り込んできた二人だ。接近される前に態勢を整えなければ!

「いたた……」

だが清霜の損害も激しいようだ。小破、いや中破か。

ル級の砲撃が直撃したのだから当たり前だ。

同じ戦法はもう使えない。

今度こそ逃げるべきか、イムヤは迷いながら振り返った。

見えたのは当然、戦艦ル級と軽巡ト級。

想定より近くまで迫っていた敵影が、しかし突然、轟音とともに爆発した。

「なっ……!?」

敵二人は断末魔を上げながら沈んでいく。

状況を理解できない。自分も清霜も攻撃していない。ならば攻撃したのは誰?

「どうも~」

吹き上がる火炎の後ろから、暢気な声が届いた。

「おたくらピンチっぽかったから勝手に手ぇ出したよ~」

「……貴女たち、無事? 言葉は通じるのかしら?」

二人の艦娘が姿を現した。

いいや違う、艦娘ではない。

艦娘の艤装は生き物のように蠢かない。

その口から魚雷が覗いていたりするわけがない。

その大腿部。寄生しているのか肉体そのものなのか、白い生物たちが癒着して蠢いている。一匹につき魚雷五本。片脚につきニ十本、左右で四十本の魚雷。見たこともない形状の艤装だ。確信をもっていえるのは、この二人が深海棲艦だということ。

「アタシは北上。こっちは大井っち。よろしくね~」

それは艦娘の名だ。聞いたことのある名前。

清霜は、我に返ってぴょこんと頭を下げた。

「あ、どうも。清霜です。よろしくお願いします!」

敵ではない、のだろう。

敵ならばもう攻撃されている。

イムヤはしかし警戒を解くことができない。

まだどんな相手か、何を考えているかよく分からない。

「私は潜水艦のイムヤです。助けていただいてありがとう、ございます」

北上と大井。

記憶を洗う。確か前作戦に参加していた、他所の基地の、

「……っ」

イムヤの心臓が凍りつく。

もしかしたら、と。

(そんな、ことって)

目の前の北上は、イムヤの心情とは対照的にへらへら笑っている。

「あ~いいのいいの。進路上にいたからどのみちやってたしね」

「そんなことよりも、貴女」

大井と呼ばれた女がイムヤに声をかける。

イムヤは硬直して目を逸らすことができない。

「燃料と弾薬がほしいのだけど、あてはないかしら?」

「あっ、ここからすぐのところに――」

清霜がガ島泊地のことを話している。だがイムヤはそれどころではない。

 

目の前の二人は自分が見捨てた誰かかもしれなかったから。




飛行場姫ちゃん?
あっすいません、もういないんですよ。
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