悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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連続投稿その2


悪いひとたちと南方海域の艦娘たち『暁の水平線に勝利を刻め』
5-1:南方海域


昇る。

水から身体を引き上げる。

上の世界は酸素に満ちていた。

自由だ。

重力の気怠さが心地よい。

暖かい。

肌が少しずつ乾いていく。

前髪から雫がぽたりと落ちた。

耳を塞いでいた水も抜け、騒がしさが飛び込んでくる。

幾重にも重なった波の音。

辺りを見回して、ここが海の上だと初めて気がついた。

ぐるりと視線を巡らせる。

海だ。

海しかない。

在るのは一面の海に、果てしなく広がる大空。目を潰さんばかりに輝く太陽。

動くものは波だけだ。ひっきりなしに揺らめいている。

やがて全身が乾いた。

視界がオレンジ色の夕陽に彩られるようになってようやく思いつく。

――探さなきゃ。

人を探していた。

そのために上にやってきた。

下にいるのは寒かったから。

首を動かして、もう一度周囲を確認した。

何も無い。

誰もいない。

――どこにいったんだろう?

誰か。

誰でもいい、誰か。

記憶は一つの方向を向いていた。

東。

そう、東の方に行ったはず。

でも東ってどっちだろう。方角を知る方法が何も無い。

あったとしても、東のどこに行ったか分からない。

まるで迷子だ。どうしよう。

適当に進んでみようか。

けれど闇雲に動いてもいいのだろうか。

遭難したときは一ヵ所に留まった方が良かった気がする。

待っていれば誰かが救助に来るはずだ。向こうから会いに来てくれるはずだ。

だから待つことにした。

揺らめく波の上でただ待った。

太陽は沈み、空が暗くなって、海はそれ以上の速さで黒くなっていく。

色たちが去っていった。

夜になったからおうちに帰ったのだろう。別れの言葉も言わないで。

そんなに良いものなのだろうか、誰かが待っているおうちとは。

「……」

人の顔が浮かんだ。

知っている顔が、何人も。

探している人たちだ。

――会いたい。

きっと会える。

そう思うと胸の奥が暖かくなった気がした。

楽しみだ。

もう少しだけ待とう。暗い海は嫌いだけど、楽しみがあるなら待つことができる。今は誰もいないけど、そのうちきっと会えるから。

夜が来た。

真っ黒な夜が。

鮮やかさの欠片もない嫌われものが。

きっとこいつも孤独なんだろう。帰る場所がないからここにいる。可哀想な奴だ。

私の仲間たちが来るまでは一緒に居てあげよう。

夜は、辛抱強かった。

ずっと黙って傍にいた。

何を言っても返してくれない。きっと孤独すぎて言葉を忘れてしまったのだろう。

せめて傍にいてあげようと思う。

二人で波の音を数えていた。

やがて、ゆっくりと太陽が昇り始めた。

色たちが遊びにやって来た。

眩しくて、夜は逃げてしまった。一緒にいればいいのにと声をかけたけど、返事もせずに消えていた。

賑やかな朝が来た。

私の仲間もそろそろ来るだろうか。

しれいかん。

いむやさん。

おおいさん。

きたかみさん。

うんりゅうさん。

あと……何人かいたような。

それにしても暑い。太陽は仕事のしすぎだと思う。フードを被って陽光を遮った。

すぐに蒸してくる。フードをとる。

眩しい。どうしよう。

やっぱりフードを被ることにした。

海水を手で掬って頭からかけてみようか。けどそんなことをしていたらせっかく現れた仲間たちを見逃してしまうかもしれない。だから監視は緩められない。

ただじっと水平線を見つめていた。

暑い。

喉が渇く。

汗こそ出ないけど肌がじりじりと焼けるようだ。

耐えきれなくなって海水を飲んでみた。

しょっぱい。

けど飲めた。

飲んでから、塩水を飲むのは危険だと思い出した。

けど、全然平気だったから嘘なのだろう。新発見。

飲んで、飲んで、飲んだ。

お腹いっぱい。

これでまだ待てる。

昼が来て、夕方が来て、すぐに帰っていった。

また夜が来た。

挨拶しようと思ったけれど、「なんだお前まだ居たのか」と馬鹿にされるのが嫌だったから声はかけなかった。

黙って夜と一緒にいた。

周りが見えないと、どうしても色々考えてしまう。思い出してしまう。

待っている人たちの顔と名前もしっかりと思い出した。別れたときのこともはっきりと。

皆は無事だろうか?

無事じゃなくても今は無事になっただろうか。

今の私と同じように。

どう思う? と夜に聞いてみたけどやっぱり何も言ってくれなかった。

なんて酷い奴だと思った。

頭に来たからこっちも無視してやることにした。謝ってくるまで絶対に口を聞いてやらない。

朝が来た。

夜はとうとう何も言わなかった。強情な奴。

代わりに朝と仲良くなってやることにした。

朝は思っていたより初心で、恥ずかしがりやだった。照らすことしか知らないし、何か言いたそうにするだけで黙りこんでしまう。だから色々教えてあげることにした。今日は敬礼の仕方。キリシマさんが最後にしてくれた敬礼を思い出したから。

……あれはどういう意味だったんだろう。

そんなことをしていたら人が来た。

仲間だと思って喜んだはいいけれど、よく見ると知らない人たちだった。

敬礼のポーズで固まってしまった。恥ずかしい。

誤魔化したくて、怒ったふりをして追い払った。

何人か死んじゃった。

ごめんねぇ、と謝ったけど反応はなかった。そりゃそうか。

けど大丈夫、そのうち直るから。私みたいに。

そうしていたら太陽が一番高くなって、昼が来た。

昼はうざい。

ああいうのを陽キャっていうんだと思う。ちょっとは大人しくなってほしい。

上ばかり睨んでいたせいで水平線を見るのを忘れていたと気付く。

焦った。

仲間たちを見逃してしまっただろうか。そんなことはないと思いたい。それに今はこんなに明るいんだから、向こうが来ていたら自分を見つけてくれるはずだ。それがなかったということはまだ来てないということ。ああ、良かった。

……良かったのかな?

ここには何も無い。目印が無い。

波だけが揺れている。

もしかしたら自分は海流に流されているかもしれないと不安になった。

元いた場所はどこだろう。

分からない。

どうしよう。

もしかしたら、司令官たちは現れないんじゃないかと思った。

夕陽に聞いてみたけれどおうちに帰りたがるだけで何も答えない。せめてこっちを見るぐらいはしてくれてもいいと思う。

しょうがないから、夜が来るまで待ってみて、聞いてみた。

昨日は無視してごめんなさいと謝った。なのに、何も言ってくれなかった。

言葉は言わなきゃ伝わらないのに。

伝えたところで無駄なんだ。

ここには何も無い。

誰も現れない。

司令官たちはもう来ないと思った。

色々と考えてしまう。

前世で、北上さんの腕を見たことを思い出す。

あの腕はなんだったんだろう。……と、自分の左腕がついていることに気がついた。

――とれたはずなんだけど。

まじまじと見つめてみる。

右腕より少しだけ大きい。

綺麗な肌。

北上さんの腕だった。

ああそっか。北上さんは死んだんだ。

死んで私になったんだ。

お腹を見ると、ごっそりと抜け落ちたはずの穴も塞がっていた。

ここのは多分、雲龍さん。

他の人たちも入ってるのかもしれない。

大井さんはどうなっただろう? ガ島に残っていたから分からないけど、囲まれたならきっと無事ではないんだろう。

じゃあ司令官は? イムヤさんは?

潜って逃げたからには無事だと思う。

思いたい。

けれどこうやってずっと待っているのに来ないということは、やっぱり死んじゃったんだと思う。

そっか。

そうなんだ。

もういないのか。

司令官たちはもう来ないと知った。

じゃあこんなところにいても仕方ない……。

でも、待ってほしい。

それなら私はどこに帰ればいいんだろう?

考える。

考える。

結局、分からなかったから進むことにした。西へと。誰もいない東を見ていてもしょうがないから。

太陽が帰る方角が西。

知ってるよ。

私もおうちに帰るんだ。

いつものように海水を飲んだ。

口から胃までまっすぐ落ちていく。

全然おいしくない。

けどお腹は膨れた。

ガ島の傍を通る。

人がたくさんいた。

嬉しくなって手を振った。けれど敵だと思われた。砲撃された。

なんて奴らだ。

腹が立ったから撃ち返してやった。たくさん死んだ。ざまあみろ。

あんな連中がたむろするガ島になんて行きたくない。素通りして、もっと西へと進むことにした。

ところどころに島が見えた。けれど行くべき場所はそこじゃない。

進みながら、考える。

思えば駆逐艦だったときよりずっと強くなった。ル級もタ級もぶっ飛ばせる。もう一人前といっていいんじゃないだろうか。

私はずっと成りたかったものに成れたといえるんじゃないか?

だったら無理する必要はあったのか?

「……」

そもそも一人前になるって何だろう?

戦果という数字を稼ぐことによって他者より優れていると証明することだろうか?

そんな虚栄心のために私は人生を捧げたのか?

数字の高低に拘って……。

いいじゃないか、負けたって。

失敗して何が悪い。

誰だって最後は同じように死ぬんだから。

どこかで手を抜くとずっと手を抜き続けることになる、と軽巡の先輩たちは言っていた。そんなことをしていたら大切なものを守れない、と。

それを信じて頑張り続けて辿りついたのがここならば、大切なものってなんだろう?

私は何を守りたかったのだろう?

黒井に勝ちたかったのは確かだけど、あいつに勝たなければいけない理由なんて本当にあったのか?

確かに酷いことはされた。けれどやり返すなんて不毛なことだ。恨みを晴らすための人生なんてそれこそくだらない。深海棲艦でもあるまいし。

……ん?

ああ……私って、深海棲艦だった。

でも、私はあんな獣じゃない。

人の心だってちゃんとある。

理性があるからこうやって西へと進んでいる。

ショートランド泊地に行くために。

あそこにはきっと艦娘時代の仲間たちがいる。

一目でいい。

会いたい。

もう仲間と呼べる存在はそこにしかいないから。帰るべき家はそこしかなくなってしまったから。

もう司令官もイムヤさんも大井さんも北上さんも雲龍さんもいなくなってしまったから、せめて霞ちゃんや朝霜たちに会いたいんだ。

それだけが今の原動力。

――そういえば、こんな話を聞いたことがある。

どこの鎮守府でも泊地でも、単艦で突撃してくる間抜けなイ級がいるって。

そいつらの正体は実は轟沈した艦娘で、かつての仲間たちに会うために危険を顧みずやってくるとか……。

そんな救いようのない三流の怪談話みたいな真似をまさか自分で体現することになるとは思わなかったけど。

今ならそんな間抜けたちの気持ちが分かる。

だってこんなに会いたいんだから。

独りでいることの淋しさに比べたら、何をされても構わない。

撃たれたって許してあげられる。

だからその姿を見せてほしい。

暗いだけの海の底も、誰もいない海の上も、もうまっぴらなんだ。

人に会いたい。

大切な仲間たちに。

さぁ行こう。

意地の張り合いなんてしなくてよかったんだ。

私たちはもう泣かなくていい。

死ぬんだよ。

頭の隅で誰かが呻いた。

北上さんか、雲龍さんか、それともコンゴウさんだろうか。

説教なら明日にしてほしい。

今日は頭を使うには暑すぎる。

駆けた。

波を乗り越えて、風を振り切って。

そしてとうとう、見つけることができた。

――あ、ああ……!

いた!

制服に見覚えがあった。

朝潮型の制服だ!

夕雲型の制服だ!

戦っている、けど、苦戦していて、負けてしまいそうで、逃げていく。

――待って! 行かないで!

離れていってしまう、どうして?

誰のせい?

あの人たちのせいで――深海棲艦!

……どうして。

どうして、そういうことをするんだよ。

せっかく仲間たちに会えるのに。

お前らはいつも、邪魔ばかり。

いつもそうだ。

私のことなんて一つも知らないくせに。

勝手なことを言って邪魔をする。

知ってるよ?

お前らはそうやって人の願いを潰しておいて、良いことをしたと讃えあうんだ。

その後は祝杯を挙げて、シャワーを浴びて、ふかふかのベッドで眠って、キレイさっぱり忘れちゃうんだ。

そして次の私の、次の願いを潰すんだ。

お前らはいつも、いつまでも、そうやって。

全部なかったことにしちゃうんだ。

喜びも悲しみも、楽しかった想い出も、乗り越えてきた苦しみも、夢のような時間も優しい嘘も。

全部……全部!

そんなことを許してやるもんか。

これからはお前らが泣く番だ。

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