悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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連続投稿その3


5-2:ショートランド泊地2

南方棲戦姫が現れてから一週間の時が流れた。

彼女が率いる大軍勢はその矛先をショートランド泊地へと定め、津波のように押し寄せた。

怒涛の波状攻撃が昼夜を問わず繰り返される。

敵は倒しても倒しても減らなかった。その練度こそ低かったけれど、まるで時をおけば蘇るゾンビのように沸き続けた。死を恐れぬゾンビたちは捨て身戦法を旨として、接近を許してしまえば自爆すら躊躇しない。

対してこちら側――艦娘はそうはいかなかった。命は有限である以上、どうしても後手にならざるをえなかった。

こういった事態は実は初めてではない。南方海域の深海棲艦は損耗を恐れない傾向があったから。対処法もとっくの昔に確立されていた。状況を整えて、一気呵成に道を切り開き、敵の首魁を獲ればいい。

だが。

今回の敵には知恵があった。

対深海棲艦のセオリーが通用しなかった。

通常、これほどの規模の敵勢力には基地航空隊を建設して対抗する。そのための手順は二つ。

まず潜水艦で構成される敵の偵察部隊を蹴散らす。

そして陸地を占拠する集団を対地部隊で追い払う。

それを成して初めて基地航空隊を使うことができるようになるのだ。

しかし、今回の敵の偵察部隊には必ず戦艦が混じっていた。対潜攻撃を得意とする軽巡洋艦と駆逐艦、海防艦では対抗しきれない。

仕方なしに、こちらも戦艦空母を組み込んだ決戦部隊を繰り出すと、待っていたといわんばかりに敵潜水艦の集団が群がった。

ならばと重い腰をあげ、決戦部隊に対潜艦を組み込んだ連合艦隊を編成するとスルーされ、別働隊でショートランド泊地を強襲された。こちらの主力をかき集めた連合艦隊は戻さざるをえなかった。

更に。

ここぞという局地戦では必ず駆逐水鬼が現れた。

ただの姫級ではなかった。攻撃が全く当たらない、そして向こうは必ず当ててくる。そんな悪夢のような練度の深海棲艦が、ショートランドとブインの合同戦力を翻弄し続けた。

もしも提督不在の泊地のままだったならあっけなく陥落していただろう。だが、事前にその数と脅威を知らされていたブイン基地の提督が精強な部下たちを伴って合流してくれたおかげで持ちこたえることができた。

しかし、それでも限界はある。

敵の兵力は無限に沸き続け、局地戦は突破できない。

ジリ貧というやつだ。

もはや今の戦力だけでは押し負けてしまうのは明らかだった。

援軍の要請は、勿論出している。

しかし本土は遠く、援軍がやってくるまで時間がかかる。

最も近いラバウル基地からの援軍は、駆逐水鬼が阻み続けていた。数を恃んでの強行突破は不可能ではなかったが、そうすれば何人が沈むことになるのか分からない。人道主義者のラバウル基地の提督にはそれができなかった。

大破した艦娘が増えれば引き返す、それをもう五回も繰り返している。

その間、敵は何度もショートランド泊地を襲撃した。

艦砲射撃を何度受けたか分からない。

建築物は破壊され、港はかつての整然とした在り様からはかけ離れてしまった。

陥落は、時間の問題だった。

 

そして、今。

ショートランド泊地の周辺をうろつく敵潜水艦を排除するために駆逐艦部隊が出撃していた。

霞、朝霜を含む、選りすぐりの対潜部隊。潜水艦潰しのエキスパートたち。彼女たちならば潜水棲姫だろうと蹴散らすことができただろう。

……潜水艦が相手だったなら。

現れたのは、戦艦を含む巡洋艦隊だった。

話が違う、と朝霜は吐き捨てた。

味方の偵察機は確かに『水上艦は近くに居ない』と言っていた。あれはなんだったのか。今更言っても始まらないが、それでも愚痴らずにはいられない。

爆雷はある。

投射機もある。

しかし対水上艦用装備は各々主砲一本しか持ち合わせていない。

こんな有様では敵の駆逐艦だって倒せるかどうか。

逃げるしか道はない。

しかし、敵は尚も用意周到で、泊地への帰路にも敵が現れた。

それも当たり前のように巡洋艦隊。

前門の虎、後門の狼。

最悪の一言に尽きた。

それでも各々が主砲一本で我武者羅に突撃し、一つの艦隊の足を止めることができたのは僥倖だった。幾多の弾丸を潜り抜け、敵の足を狙い撃ち、艤装を破壊することができた。そうして命からがら逃げ出して、もう少しで泊地に辿り着く――というところで、艦娘たちの足が止まった。

霞の主機が破損したからだ。

 

その精巧に作られた推進機関からは不吉な黒い煙が立ち昇っていた。

もう殆ど速度が出ないそれを見て、霞は諦めたように頭を振った。

「……ここまでね」

あくまで平静。なんでもないことのように振る舞っている。

しかし、内心はそうではないとその場の全員が知っていた。

何よりも、この構図は誰にとっても忘れることができないものだった。

ガ島奪還作戦。月の無い夜の悲劇。とある駆逐艦娘が轟沈したときとあまりに似通っている。

敵艦隊は、もう一分もすれば追いついてくるだろう。

時間は無い。

けれど朝霜は頭の後ろをぼりぼりと掻きながら、それこそなんでもないようにこう言った。

「……深海棲艦ってさァ、白旗を上げたら助けてくれると思うかぁ?」

霞は腕を組んだまま、そっけなく。

「戦時法を気にするならね」

ふぅー、とわざとらしく溜め息をついてみせる。

「違反したらどうなるんだっけ?」

「さぁ。どこかで裁判にでもかけられるんじゃないの?」

「そいつを嫌がるほど頭はよくなさそうだなぁ……」

そう呟いて腕を組み、何の気なしに首を巡らせた。横を見る。水平線を。その上にはポツポツと黒い点が揺らめいている。

「ってことは、だ」

敵。

深海棲艦がやってきた。

「ヤるっきゃねーってこったな」

人が嫌がるのもお構い無しに追いかけてくるストーカー野郎ども。そんな頭の悪い連中の相手をしなければならないと思うと億劫で仕方ない……とでも言いたげに、朝霜はのそりと砲を持ち上げた。

霞は心底嫌そうな顔をした。

「止めてくれない? そういうの」

「あぁ?」

「私はね、別に悲劇のヒロインぶってるわけじゃないの。これがあの夜の罰だなんて思ってない。ただね、かつてあの娘を置き去りにしておいて、同じ状況になったときに自分だけ助けてくれなんて言うほど恥知らずじゃあないだけ。これは当たり前のこと、それだけよ」

「やーだね。止めねーよ」

「……朝霜、あなたね」

「だってさァ、その理屈で言うと、いつかアタイの番になったときは置いていけって言わなきゃダメになんじゃん? そんなんヤダよ。アタイのときは助けてほしいね。だから今は霞を助けんだ。文句なんか聞いてやんねーよ」

「……後悔するわよ」

朝霜は鼻で笑う。

「なーに、トラックにゃあ戦艦をも沈める駆逐艦がいたっていうじゃんか。だったらやってやれねーことはねーさ」

「その娘も沈んだって話だけど」

「そりゃソロで勝手に突っ込んだからだろォ? でもアタイらは六人だ。つまり無敵ってことよ。なぁ、そうだろ、皆ァ!?」

そうだそうだと声が上がる。駆逐艦は仲間を見捨てない、その信条はかつての悲劇を経てより強固になっていた。もしも見殺しを強制するならば総理大臣だってぶん殴ってやると全員が決めている。

彼女たちは鈍足の霞を奥へと押しやって、ノロマに口を開く権利はないと全員で抗議を封殺した。

何にも言えない霞に、朝霜が呟く。

「……清霜を無駄死ににしてやんなよ」

主砲の状態をチェックして、弾の装填を確認しながら小声で続ける。

「同じことを繰り返してたらそういうことになっちまうんだからな……」

「朝霜……」

「ったくよ、アタイにこんなこと言わせんなよな。アタイはまだ清霜は生きてるって信じてンだからよ。きっと今頃はどこかの島でサバイバルしてて野生動物たちの大将になってんだ。早く文明社会に連れ戻してやんねーと「ウキー」しか言えなくなっちまうだろ」

だからさっさと勝たなきゃなんねーんだ、と主機を駆動させ、顔を上げる。敵を見た。もうそろそろ姿形も判別できる。数は七。

「げっ、一匹増えてンな……いいぜ、やってやんよ!」

と、駆けだそうとして、気がついた。

空に機影。

敵艦隊の真上を白い球状の物体が飛び回っている。髑髏型の艦載機。通称、タコ焼き。

つまり空母がいる。さっきまではいなかったから援軍で来た奴がそうなのだろう。

(よりによって空母かよ……)

制空権を獲られるのは厄介だった。何がどうヤバいのかは今更確認する気にもなれない。とにかく多方面的にヤバイ、そう朝霜は毒づいた。

それにしても艦載機の数が多かった。蚊柱のように渦を巻いている。百……いや、二百にも届きそうに見える。

(正規空母だったとしてもそんなに多いか? ヲ級改ですら百機ちょいなのに……)

まさか空母棲姫じゃないだろうな、と危惧した朝霜。その彼女の目に、不思議な光景が飛び込んできた。

敵艦隊は全速力でこちらに向かってきている。その表情までは分からない。しかし全員が後ろをちらちらと振り返り、追い立てられるように陣形を崩している。

(なんだァ?)

盛大な破裂音。

その大気の振動が、離れた場所にいる朝霜たちにまで伝わった。と同時に、敵先頭を走っていた戦艦タ級の上半身が蹴り飛ばされた空き缶のように吹っ飛んだ。残された下半身は慣性に従って石きりのように水面を転がっていく。

「んなっ!?」

一撃必殺。

それはまぎれもなく戦艦の砲撃だった。

残る深海棲艦たちの表情がようやく判別できた。

恐怖に染まっている。

彼女たちの頭上を飛び回っていたタコ焼きの群れが一斉に爆弾を投下した。二百に近い爆裂の花が無秩序に咲き乱れる。敵艦隊が飲み込まれて見えなくなった。

何がなんだか分からない。

同士討ちかと、誰もが思った。

二人のタ級が爆炎の嵐から抜け出した。負傷しながらも反転する。ヤられる前にヤるつもりだ。左右に大きく分かれて追跡者に迫る。右側に向かったタ級が主砲を構えたが、撃つ直前で水柱に包まれて木っ端微塵に砕け散る。

機雷に引っかかった――わけではない。そんなものがこの大海原のど真ん中に設置されているはずがない。今のは魚雷。……とはいえ、ただの魚雷とは思えない。普通の魚雷による水柱は艦載機にかかるほどには上がらないのだから。その威力が通常の駆逐艦や軽巡洋艦のものとはかけ離れている証拠だ。アレは雷巡に近い高威力。いいや、ひょっとするともっと高い。

生き残りは左側のタ級、ただ一人。彼女は駆けながら主砲を連打した。三発。

そのうち一発が裏切り者の胸部へと吸い込まれた。

謎の深海棲艦はそれを腕の一振りで弾き飛ばした。

「お、おいおい……」

そんなことができる深海棲艦は殆どいない。

タ級とは明らかにスペックがかけ離れている。

朝霜は知っていた。

敵艦隊を壊滅に追いやりつつあるその深海棲艦の名称を。

武装らしきものは持っていない。真っ黒い、穴だらけのパーカーのような上着を着こんでフードを頭からすっぽりと被っている。艦娘と言われたらそう見えないこともないだろう。――その脊髄から、凶悪な尾さえ生えていなければ。あるいはソレこそが本体と言う者さえいる不気味な器官。死人のような白い鮫肌に、夜闇のような真っ黒の艤装を身につけて、ずらりと並んだ牙をガチガチと擦り合わせている。無垢な子供が『さいきょうのせんかん』を描いたらきっとこんな性能になるに違いない。空母ヲ級改の艦載機を搭載し、雷巡棲姫の魚雷を併せ持ち、大和型をも一撃大破させうる破格の火力を持っている。

艦種は重雷装航空巡洋戦艦。

分類はエリート。

仇名は、それこそ山のよう。

“一人連合艦隊”

“南方海域のテロリスト”

“誰でもヤっちまうクソビッチ”

人間たちからは、こう呼ばれていた。

“戦艦レ級elite”

そのモンスターは、己の側面へと回り込もうとするタ級へと回頭し、身構えた。そのときに、肩と腕にグッと力が入った。奇妙な動作。見栄えが良いだけの意味の無い動き。

その、独特のルーティン。

「!!」

視界の隅で霞が反応する。が、朝霜に気にかけている余裕は無い。

レ級eliteは容赦なく尾先から副砲をばら撒いて、タ級の身体に12.5inchの穴をいくつも開けた。

哀れな反抗者はあっけなく海にばら撒かれる。

勝負にもなっていない。レ級eliteと相対すれば誰でもこうなる。例え鍛えぬいた艦娘であろうとも。

「……ウ、ウ、ウ、ウウウ!」

レ級の目が、うっすらと赤く輝いた。

「や、やべえ」

緊急事態だった。

特別な指定がない限り、艦娘には司令部の指示を待たずに作戦行動を中止してよいとされる事態が三つある。

一つ、主機や艤装が故障したとき。

一つ、航行に危険が生じるレベルの天候不良に遭遇したとき。

一つ、“姫級”及び“レ級elite”に遭遇したとき。

それほどまでにレ級eliteの脅威度は高い。特に装甲の薄い駆逐艦娘にとっては天敵以上の存在だ。手数が他の深海棲艦とは段違いなのだから。爆撃ができて、雷撃もできて、主砲も副砲も撃つことができる。その全てが即轟沈に繋がるのだから洒落にならない。戦艦棲姫を相手にする方がましだと駆逐艦娘なら誰もが口を揃えて言うだろう。

朝霜だってそう思うし、この場の他の艦娘たちも同じ意見のはず。

だが、こともあろうに霞は。

大声をあげて手を振った。

「清霜ーっ! あなた清霜でしょ!?」

「ちょ! 霞、馬鹿、止めろ!」

気でも狂ったのかと思った。

いくらもう捕捉されているとはいえ、挑発まですることはない。そりゃあどうやったって見逃してはくれないだろうがこちらの存在をアピールして何の得があるというのか。

「まだそんなこと言ってンのか!? 清霜の顔をしたレ級がいたなんてよ!」

以前、ショートランド泊地に侵入したというレ級normal。ソイツを追いかけた霞がそんな妄言を報告したというのは知っていた。――誰だって参ってしまうときはある。何ヶ月かしたらネタにしてからかってやればいい、朝霜はそう思っていた。

しかし、そんな妄想を理由に命を捨てるとなれば話は違う。そんなことはあいつは絶対に望まない。

だからぶん殴って目を醒ましてやろうと手を振り上げて……止まった。

霞の目は決意に漲っている。

けして逃げ出した者の目ではない。

「な、なんだよ?」

「朝霜、信じられないと思うけど聞いて。あの娘は清霜なの。私には分かる!」

「分かるって……何が?」

「分かるったら分かるの! 私はずっと清霜と一緒に訓練してきたんだから!」

「い、意味わかんねぇ……。顔に名前でも書いてあんのかよ」

「馬鹿、そんなわけないでしょ!」

「だったらどう信じろっていうんだよ!」

「いいから! あの娘は清霜なんだってば!」

ヒステリックになってしまって話にならない。

仕方なく、仲間たちに助けてもらおうと目を向けてみると、

「は、はわわわ……」

全員が顔を青くして歯をかちかちと震わせていた。

朝霜の肩を凝視している。

「……ん?」

正確には、その少し向こう側を。

――嫌な予感。

ゆっくりと、油の切れたロボットのように振り向いた。

目が合った。

三十センチの距離にレ級が居た。

小便を漏らすかと思った。

「 」

死ぬほど驚いて声が出ない、そんな朝霜に向けてレ級の両腕がにゅるりと伸びた。両頬が挟まれる。

ひやりとした感触。

ショック死するかと思った。

大蛇に巻きつかれている気分。多分漏らした。いっそ心臓よ止まってくれと白目を剥きそうになる。けれど両頬を固定されているからレ級から目を逸らせない。

「あわわわ…………あ、あれ?」

その顔。

知っていた。

幼いながらも整った顔立ち。

本人は子供っぽくて嫌だとブー垂れていたけれど、あと数年経てばさぞ美人になるに違いないと内心羨ましく思っていた顔。その瞳は紫色で、歯はサメのように尖っていたけれど――清霜と同じ顔だった。

「お、おま、清霜……か? ほ、ほんとに?」

「だから言ったじゃない!」

後ろで霞がふんぞり返っているのが分かる。物凄く気に入らないが、とりあえず今はこの清霜(?)の方が先決だ。

(ほ、本物なのか?)

偽物だったら……もしも似ているだけの深海棲艦だったら死ぬしかないので考えないことにする。

本物だと仮定して……清霜が何故かレ級eliteになっているのを認めるとして……とりあえず、この手を顔から放してもらえないだろうか。超腕力の持ち主に挟まれているのは生きた心地がしない。このレ級に知性と記憶があるとしても「力加減を間違えちゃった!」と首を折られてはたまらない。というより、むしろ本物の清霜ならそんなウッカリをやりかねない気がしてきた。

なので、どうにか刺激しないようにやんわりと声をかけようとして、

やっと気がついた。

「ウ、ウ、ウウウ……」

そのレ級はさめざめと。

「泣いて……んのか? 清霜……?」

何も言わずに、泣いていた。

邪悪なはずの深海棲艦が。

獣のはずの深海棲艦が。

か弱い少女のように泣いていた。

「清霜? どうしたの、何か言って。ねぇ……」

霞だって困っている。レ級の傍に寄って手を伸ばし、けれど触れることができずに宙を掻く。

こういうときはどうすればいい? どんな言葉をかけてやればいい?

原因が分からない以上、慰めてやることもできない。

深海棲艦になってしまったことが辛いのか?

それとも一人きりで轟沈したことを悲しんでいる?

聞き出そうにも、言葉が通じるのかも定かではなく。

困り果てた朝霜の脳裏に、居なくなってしまった司令の声が蘇る。

 

――人の感情ってのはな、自分らで思ってるほど崇高なもんじゃない。悲しいときや辛いときは、飯を食って寝ちまえばいい。それで大体スッキリする。

……ん? それでもスッキリしなかったら? そりゃあお前、食っても寝てもダメならな、三大欲求の最後の一つを満たせばだな……。

 

あほらしい、と思いつつも他に案がなかった。

「な、なぁ清霜? ……プリン、食うか? 前に食いたいっつってたからとっといてあんだよ。消費期限は切れちまってるけど……」

レ級は反応しない。

そりゃそうだよな、と少し反省。「何言ってんの」と文句を言う霞に「だったら霞が何とかしろよ」と抗議して、「あ、いやアタイは別にそんなつもりはなくてだな」と言い訳していると、レ級もどきがずずっと鼻水を啜った。

「…………食ベル」

――喋れるんだ!? と霞と目を見合わせた。

「じゃ、じゃあ泊地に……行こっか?」

と聞いてみる。

こくんと頷いた。

――来るんだ!?

 

 

不破雷三はブイン基地の提督である。

その厳めしい名前を聞いた殆どの者は剛直な高齢男性を想像するが、会ってみると意外な若さに驚くものだ。とはいっても、もう三十代後半。お爺さんではないが立派なおっさんである。ただしそれを言うと「私はまだ若い方だ」と臍を曲げてしまう。

これが一つ目の注意点。

提督歴は四年半。新人ではないがベテランでもない。所謂、中堅というやつ。まぁたかが四年ちょいで中堅と呼ばれるあたり、提督業も業が深い。多くの者がその激務と精神的負荷に耐えかねてすぐに辞めてしまうから。

そこで「それに耐えて提督業を続けている不破提督は立派な提督だと思います」とか褒めてしまうと「そうでもない」と冷めた声が返ってくる。本土の、特に三大鎮守府のエリート提督たちと比べるとまだまだ甘い、と半日ぐらい鬱になる。

これが二つ目の注意点。

人と話をするはわりと好きな方で、艦娘に対しても隔たりなく接してくる珍しいタイプの提督といえる。プライベートな話題についてもオープンで、恋愛歴についてすら明け透けに話してくれる。そのため艦娘の方もつい色々な話題を振ってしまいがちになるが、名前についてだけは掘り下げてはいけない。「“ふわらいぞう”って“付和雷同”に語感が似てますね」とでも言った日には誰とも口をきかなくなる。何故か遠い目をして、着任当初の写真を眺めるだけの地蔵と化してしまうのだ。

「……これが三つ目の注意点。なんでも優柔不断と馬鹿にされているようで腹が立つらしいですぞ」

「要するにぃ、ナイーブで面倒くさい中年男ってことかしら~?」

ここはショートランド泊地。その執務室前の廊下。

女三人寄れば姦しいというが、駆逐艦娘にとっては二人で充分らしい。

ブイン基地所属の漣と、ショートランド泊地所属の荒潮。

彼女たちの賑やかな声は窓の外にまで漏れていた。執務室に当の提督が不在なのをいいことに、その人となりについて遠慮なく語っている。

「荒潮さん、アウトー。それ妙高さんに聞かれたら滅茶苦茶怒られるのでー」

「あら~、それは大変ねぇ。……でも優秀なんでしょう?」

「あいさ、それはこの漣が保証いたします。初期艦として共に勤めて四年半、数々の苦難を乗り越えてきたご主人様はもうどこにだしても恥ずかしくない立派な……」

と言いかけた漣の後ろから、

「そうでもない」

と、おっさんの冷めた声がした。

若々しい駆逐艦娘たちが振り返る。

無精髭を生やした中年男が立っていた。白い制服を着用し、胸には真新しい勲章がじゃらじゃらとついている。最近薄くなってきたという頭髪を隠すために帽子を深く被っているが、そのせいでかえって目つきの悪さがよく目立つ。

噂をすればなんとやら。ブイン基地の提督である。

「あ、あらあら~」

失言を聞かれてしまった荒潮の対応は速かった。

「漣さんにぃ、言わされたのよぉ?」

「アイエエエエ!? 荒潮サン!? 荒潮サンナンデ!?」

「そうか、漣が全て悪いのか……」

「えええっ」

「そうなのよ~? 荒潮はぁ、なぁーんにも悪くないの~」

「それは迷惑をかけたな。漣には後でお仕置きしておこう」

「やめて! 私に乱暴するつもりでしょう!? エ、エロ同人みたいに!?」

「……意味を分かってて言ってるのか?」

「分かってますよぅ? ご主人様のベッドの下にある本で勉強してますからぁ」

「止めろ。唐突に爆弾を放り投げるんじゃない。あと私はエロ本なんて持ち込んじゃいない」

「てへりこ☆」

「妙高に教育してもらおうか?」

「ひえっ、それだけは! お慈悲っ」

祈るように両手を合わせてみせる漣に、不破はやれやれと肩をすくめてみせた。

「……聞かれたくない話をするときはちゃんと場所を選びなさい」

「ごめんなさーい」

猛烈な勢いで話が畳まれた。これがブイン基地流の会話術なのだろうか。そう荒潮が若干引いていると、不破提督は気にするなとばかりに首を軽く振り、

「そろそろそこを通りたいんだがね」

と執務室のドアを指した。

「あら、ごめんなさい。そういえばそろそろ霞ちゃんたちが帰ってくる時間ねぇ。それでは不破提督、また今度ね~?」

「ああ、またな。それと漣の言ったことは全部嘘だから変な噂の種は撒かないように」

「了解で~す」

荒潮はスカートの裾をふわりと翻して去っていく。

その後ろ姿を、不破はじっと見つめて一言。

「……朝潮型はいいものだな」

「分かる」

「って、そこは突っ込め」

「よっ、このロリコンっ」

「失礼な。私はロリコンじゃない」

「あんたが言ったんじゃん! かーっ、めんどくさっ!」

漣は「うぇーっ」と苦い顔を作って舌を出しながら執務室のドアに手をかけた。

「で、漣はこれからどうしたらいいです?」

「荒潮ちゃんと一緒に対潜部隊のお出迎えをしてくれ」

「あらま、そっちですか」

「ああ、少し大変そうだからな」

「と、いいますと?」

「捕虜がいるらしい。要注意だ」

「ふへぇっ、捕虜!? ど、どういうことです?」

「私にも分からん」

「博士ーっ!」

「誰が博士だ。とにかく、霞ちゃんがそう言ってるらしい」

「さいですかぁ……。ああ、ご主人様?」

「なんだ?」

「駆逐艦にちゃん付けは止めましょう。普通に気持ち悪いです」

「なにっ。朝潮ちゃんは喜んでくれたぞ」

「お世辞ですから!」

「そうか……。じゃあ今度、本人に確かめてみる」

「止めれーっ!」

賑やかに去っていく漣を見送って、不破はようやく執務室に入室した。

五人の艦娘が来訪者を迎え入れた。

大淀と、戦艦の四姉妹。

全員が温和な表情を見せてはいるが、視線はどこか冷たかった。

「……私たちも何か突っ込んだ方がよろしいですか?」

不破提督は「ふむぅ」と無精髭を撫でる。どこ吹く風だ。

「君たちも気分を紛らわせたいのなら、どうぞ」

「イイエー。私たちはもう大人のレディですから。仕事の話を進めまショー!」

「それは助かる」

執務机を横切って、執務椅子へ。

かつてショートランド泊地の提督が座っていた椅子に、どかりと座る。

今の責任者は彼なのだ。

一息ついた兼任提督に、大淀が問う。

「今日の出撃は?」

「必要ない。昨日追い払ったばかりだから来ないだろう。泊地の復旧を進めたい」

「えー! 気合! いれてたんだけどなぁ……」

「警戒は必要ですよ」

「分かってる。偵察は怠りない」

「それにしては情報が錯綜しているようですが……」

「多少の誤報は仕方ない。……いや、多少ではないようだが」

「やはり、敵はこちらの戦略を知り尽くしているみたいですね」

「ああ、見事に裏をかかれ続けている。認めたくはないが。……深海棲艦も知恵をつける時代、か」

「これからどうするつもりです?」

「このまま篭城しかないだろう」

「援軍が間に合えばいいのですが」

「吉報を祈るばかりだ。……それにしても、その艤装。執務室にまで持ち込むことはないんじゃないか?」

不破が目を向けた先は、戦艦四姉妹。彼女たちは全員が主機と艤装をつけていた。普通は施設内で装備したりはしない。装備保管庫に預けておくものだ。

けれど戦艦の末娘は真っ向から反対した。

「一度侵入を許した泊地の警備体制に信用はおけません」

不破はちらりと窓へと目を向ける。

「侵入経路は既に潰している」

「他にもあるかもしれないでしょう?」

「ちゃんとぐるりと一周、調べたが」

「それでも、です。調べたといっても素人仕事。専門家の保証が得られたわけではないのですから」

眼鏡をくいと持ち上げて、油断は大敵と言わんばかりの態度だった。

「……疑り深いことで。まぁ、頼もしいと言っておこう」

「ありがとうございます」

戦艦娘は笑みを返した。

「実際のところ、偶然とはいえ君たちが横須賀から来ていたおかげで随分助かっている」

「そんなこと。私たちは微力を尽くしているだけです」

「謙遜はいい。本当に感謝しているんだ。君たちがいなかったらとっくに陥落していたと言っても過言じゃない」

「ならば素直に、どういたしましてと言いましょう」

「うむ。……さぁて、そろそろ本題に入ろうか。妙な報告が入ったと聞いているが?」

「ええ、潜水艦を追い払いに行った駆逐艦たちが深海棲艦を鹵獲したと言っています」

「そいつは結構な話だが、捕まえて何になる? 寝返ってくれるわけじゃないだろう?」

「いいえ、それがどうも……」

言いかけた口が、止まる。

「どうした?」

不破が問いかけるも、戦艦娘の三女は続きを口にしなかった。代わりに零れたのは、こんな言葉。

「……この泊地内を、艤装を装備して歩くような子はいますか? 私たち以外に」

「ん? いや、いないはず……だよな?」

問いかけに、大淀は同意してみせる。

「そうですね。理由と申請がなければ例外は認めていません」

「んー、おかしいですね……」

戦艦娘の三女が目を細めて壁を見る。その向こう側の廊下を透視するように。

「八、九……いえ、もっと? 誰でしょう、大勢で歩いてきます」

「何の話だ?」

「足音が重い子が、何人かいるんです」

「足音だって? ……私には何も聞こえないが」

横須賀の艦娘は五感まで鍛えているらしい。不破が感心していると、タイミングを計ったようにドアがノックされた。

ドアノブが返事を待たずに回される。

「あ、あのぅ~」

顔を出したのは漣だった。その横には荒潮もいる。

二人とも何故か引き攣ったような顔をしていた。そして両手を挙げている。

「なんだ、そのポーズは?」

「お客様、みたいなんですけど……そのぅ」

「客? ああ、もしかして……」

艤装をつけている来客。とくれば本土からの援軍か。

早すぎると思いつつ、期待してしまった不破たちを誰が責められよう。

荒潮と漣に続いて現れたお客様は艦娘名簿に記載されていない女の子だった。

白い。

それが第一印象。

真っ白いワンピースだけを身に着けて、裸足でリノリウムの床の上を歩いてくる。腰まで伸びた髪を揺らして小首を傾げ、執務室の不破たちを見つけるとぱっと表情を輝かせる。

指を差して、こう言った。

「アーッ、ヤッパリココニ居タァ!」

不自然に甲高い声。

真っ白い肌。

真っ白い髪。

そして、水色の輝きを放つ両瞳。

それは艦娘なら誰もが知っている幼女だった。通商破壊のエキスパート。彼女によってもたらされた間接的被害は絶大で、一般人への影響力という意味では深海棲艦の中でもぶっちぎりのナンバーワン。艦娘たちからもクソガキの蔑称で忌み嫌われている道中大破の申し子だ。

潜水新棲姫。

ショートランド泊地の執務室に深海棲艦が現れた。

そのあまりの場違いさに全員が咄嗟に動けなかった。実は艦娘が変装したドッキリですと言われれば納得してしまうほどの悠長な空気を振りまきながら、その幼女はぺたぺたと足音を立てながら入室してきた。

遅れて砲門を向けようとした艦娘たち。それを制するように、続々と深海棲艦たちが入室してくる。

二番手と三番手は、少しだけ背が高かった。

戦艦四姉妹は動けなくなる。その新手の二人に隙が無いせいで。下手に動いてしまえば人質役の漣と荒潮が死体に変わる、その光景を想像させられた。

とにかく魚雷の数が多かった。大腿部の艤装――白い生物型の艤装からは物騒を通り越した数の魚雷が覗いている。誘爆すれば執務室の全員が灰になるだろう。なのに、当の二人は平然と、歩くたびに魚雷同士を擦らせてカンカンと寿命が縮む音を鳴らしている。その威力がどこまで高いかは誰にも分からない。喰らった者がいないから。しかし当てるのが下手というわけでは決してない。明らかに手加減されていたと対峙した艦娘たちが腹を立てていた。最近報告にあがったばかりの新種の深海棲艦、その名は、

雷巡棲姫。

それが、二人も。

そのうち一人は不機嫌そうに腕を組んでいて、もう一人は鋼鉄製の左腕でなぜか横ピースをきめながら「イエーイ」と軽薄な笑みを作っていた。

更に背の高い女が現れる。

四人目となればもう驚かない……わけがなかった。

しなやかな肢体を真っ黒いセーラー服に閉じ込めて、その三つ編みは踵まで届くほど。

真っ白い髪を揺らしながらヒールを鳴らして歩くその女こそ、艦娘たちに最も印象付けられている深海棲艦だった。――そう、誰もが恐怖とともに覚えている。敵艦隊にその女が一人いるだけで戦場が地獄に変わるといっても大げさではない。反則じみた制空力でこちらの空母をねじ伏せて、全ての敵巡洋艦に弾着観測射撃という名の死のスキルを付与する凶悪な女。その攻撃機の威力たるや、直撃して生き延びた者は一人もいないという。故に、戦場で彼女を見かけたら真っ先に沈めなければならない。こちらがそうされてしまうから。

空母棲鬼。

そのあまりの忌まわしさにいつしか誰も名前で呼ばなくなった。口に出してしまえば遭ってしまうような悪寒に捉われて、誰もが「あのおばさん」とか「あのババア」と呼んでいる。

蔑称は、恐怖の裏返し。

執務室の戦艦娘たちが速射を耐えられたのは奇跡に近かった。

そして、その後ろから現れたのは随伴艦たちだろうか。

分類としては姫級たちから一枚落ちる。フラグシップ級の深海棲艦たち。

けれどただのフラグシップではないということを横須賀所属の戦艦娘たちだけが瞬時に見抜いた。特にあの戦艦――眼帯と鉢巻をつけた古傷だらけのル級こそ只者ではない。体幹が全くブレていない。何が起ころうと即座に最適解へと移行できる立ち振る舞い。そしてそんな彼女に連動するように、後続の深海棲艦たちは硬い防衛陣を幾重にも張り巡らせている。理想的な連携配置。どう攻めてもカウンターをもらう未来を見せられては手を出すことなどできやしない。

最後に、その彼女たちの中心に。

奇妙な深海棲艦がいた。

……あれは、深海棲艦なのだろうか。

武装が無い。

主機も無い。

背中に小さな酸素ボンベのような艤装が一つついているだけで、まったくの手ぶらだった。

そもそも深海棲艦という生き物は女か化け物の姿をしているはずで、だからその存在は一際目を引いていた。

どう見ても男だった。ぼろの軍服を着た骨人間。B級海賊映画だってこんな捻りのない怪物を登場させはしないだろう、と思えるような単純なフォルム。

その白い髑髏が、傲岸不遜に顎をしゃくってみせた。

「ヨォ~、パイセン、久シブリィ! ナンダカ苦労シテルミタイダナァ。泊地ガ滅茶苦茶ジャネエカ」

人語を喋った。そんな深海棲艦がいることは周知の事実だが、親しげな口調で挨拶する敵などまずいない。しかも既知の間柄であるかのように振る舞う。

――何者だ、この白髑髏は。

執務室内の艦娘たちと不破はそう訝しんだ。

ただ一人、大淀を除いては。

「白い骸骨……まさか……!」

震える声。

骸骨は応じず、ただ用件のみを口にした。

「コノ辺ニ、ウチノ部下ガ、迷イ込ンダハズナンダガヨ……知ラネェカ?」

狭い室内に、艦娘が五人、深海棲艦が十人。そして提督が二人。

その異様な空間で、白髑髏は飄々と、前代未聞の提案を口にした。

「見ツケテクレタラ助ケテヤルヨ。艦娘ト、深海棲艦ノ、共同戦線ダ」




勘のいい人は察してるかもしれませんがこの戦いは5-5で決着をつける予定です。
頑張りまーす。
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