悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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5-5:ガ島泊地執務室3

足柄は、芸能人やアイドルについて語りたがる人の気持ちがよく分からなかった。

確かに有名人という生き物は凡庸な存在ではないのだろう。

歌や踊りが上手い。

愛嬌があって面白い話ができる。

それは分かる。

けれどそれは単に特定の分野において優れているだけであって、それ以外の方面では一般人でしかないはずだ。

なのに話題の種として弄び、不倫しただの、不謹慎な発言があっただのと議論して、「あの〇〇さんはこういう人なんだよ」と会ったこともないのに決めつける。

その行為の何が楽しいのだろう?

所詮、断片的な情報じゃないか。

モニター越しで、情報誌のフィルターにかかった情報だ。

そんなもので人は量れやしない。

実際に会って、言葉を交わし、行動を共にしなければ、人となりは分からない。

それが足柄の信条だった。

だから今回の戦いで不破が「深海棲艦と共同戦線を組む」と指針を定め、多くの艦娘たちが困惑に揺れたときに、足柄は決めたのだ。

実際に会って話をするべきだ、と。

後は行動あるのみである。

「一緒にご飯を食べましょう!」

唐突すぎて、誰もが戸惑った。

仲間たちの賛同を得られなくても足柄は止まらなかった。

食堂の一角を貸し切って、深海棲艦たちに何を食べたいかをアポ無しで質問し、「海ノ幸以外ナラ、ナンデモイイガ……」と言質をとると、自ら腕をまくって包丁を握った。

短絡的すぎるという諫言も「おもてなしの精神よ!」と言って聞かなかった。

――かくして食堂に深海棲艦が十二人も座らされ、ブイン&ショートランド有志の艦娘たちとテーブルを囲むという前代未聞の光景が出来上がることとなった。

ナンダコレ、と白髑髏が呟いた。

その意見には遠くから見守っているたくさんの艦娘たちも内心で頷いている。

ちょっと意味が分からない。

理解しているのは満面の笑みでワゴンカートを走らせてきた足柄だけだろう。

件の深海棲艦たちは身を固くして警戒していたが、足柄が自慢げに皿を並べ始めると表情を一変させた。

「オ、オ肉ゥ!?」

「揚ゲ物!?」

「トンカツ……ダト……!?」

初手メインディッシュ。

前菜も主食もすっ飛ばしている。

おもてなしとは一体……。妙高は額に手をあてて天井を仰いだ。

しかし深海棲艦たちは狂喜した。

「肉! 本物ノ肉ゥ!」

「カリットシテ、ジュワッ!」

「舌ノ上デ蕩ケル……ハ、犯罪的ダ……!」

まるで長年探し求めた幻の料理を前にしたように目を輝かせ、がっつくように平らげた。

更に足柄はリクエストまで受け付けた。

「お飲み物は何がいいかしら?」

深海棲艦たちは神の慈悲を目の当たりにしたかのように固まった。

「何デモイイノ!?」

「水ジャナイノカッ!?」

「コ、コンナコトガ……許サレテイイノカ……」

酒だジュースだラムネだと、矢継ぎ早に声が上がった。

狂乱に満ちた注文のなか、白髑髏とレ級だけは顔を見合わせて頷き合っている。

「そこのお二人は?」

「クリームソーダ!」

即答だった。

……しかしクリームソーダって。

いくらなんでも無茶な注文であったが、期待に輝く二人に応えようと足柄はドンと力強く胸を叩いてみせた。

「なんとかするわ!」

ショートランド泊地にはアイスもメロンソーダも無かったけれど、足柄は諦めなかった。

食材庫をひっくり返し、代用品を探し当て、謎の配合と不思議な盛り付けを経て、とにかくなんとかした。

「コノ、ワザトラシイ、メロン味ッ!」

……炭酸ジュースを混ぜ合わせただけですが。

閑話休題。

そんなふうにして、食事自体は一瞬で終わった。

深海棲艦たちは法悦の表情。

同じ釜の飯を食う……その効果を足柄は勿論考えていなかったけれど、とにかくお互いの警戒レベルが下がったのは確かだった。

それからは遠慮の無い質問がぶつけられていた。

「……じゃあ、あなた達は正義の深海棲艦なの?」

「正義ッテ。単ニ、アノ南方棲戦姫ト相容レナイダケダ」

「そんなことして親玉に怒られないのかしら?」

「親玉? 何ダ、ソレ?」

「深海棲艦の一番偉い奴。女王蜂みたいな?」

「ソンナノ居ナイ。勘違イシテルミタイダガ、深海棲艦ハ、一ツノ組織トシテマトマッテルワケジャナイ」

「そうなの? 確かに世界中でばらばらに侵攻してるけど」

「三人集マレバ派閥ガ出来ル……知恵ガアル生キ物ナラ当然ダ。人間ダッテ世界政府ハ作レナイダロウ?」

「ふうん。深海の世界でも仲良しこよしってわけにはいかないのね」

「ソウイウコトダ」

「じゃあどうして艦娘の味方をしに来たの?」

「マァ色々アッテナ。嫌ウ理由モ無イシ。ソレニ……」

「それに?」

「コンナニ旨イ料理ヲ食ワセテクレル。争ウナンテ、トンデモナイ」

「あらっ。嬉しいこと言ってくれるわね」

「毎日デモ食ベタイト思ッタヨ」

「あなた、収入はいかほど?」

「ゼロ」

「それじゃあ流石に受けられないわ」

「ソウダ、商売ヲシヨウ。世界中ノ海産物ヲ集メテ人間ニ売リツケルンダ。独占事業ニナル……コレハ儲カルゾ」

「マッチポンプだって怒られそう」

「需要ノ声ニハ抗エンサ。アンタモ引退シタラ雇オウカ?」

「役員待遇でお願いするわ」

がっはっは、と艦娘と深海棲艦が笑い合う。

見守る艦娘たちは若干引き攣っていたけれど。

足柄は、こほんと一つ咳払い。

「あなたたち、協力してくれるのはいいけれど、他の深海棲艦と見分けがつかないわ。同型艦が敵にいたら困っちゃう」

「腕章デモ、ツケヨウカ?」

「そうしてくれると助かるわ。……あ、でも敵側が真似したらどうしましょう?」

「IFF……。符丁デモ決メトクカ」

「それがいいわね。つまらない事故はごめんだわ」

「違イナイ」

そんな感じに。雑談と実務を兼ねた話し合いが進められ……艦娘と深海棲艦の間に理解めいたものが芽生えることになった。

それはほんの小さな芽だったけれど、天地がひっくり返るような認識の転換点だったのかもしれない。

話し合いは夜更けまで続いた。

 

 

そんな小さな一歩のおかげかもしれない。

艦娘たちの連合艦隊が、自分たちの側面を衝こうと現れた敵の群れを白髑髏一味に任せることができたのは。

ショートランドとブインの連合艦隊は前面の敵に集中し、陣形を乱すことなく敵を撃滅することができた。

正面からまともに戦えば艦娘側に負ける要素は無い。

懸念していた側面からは、ついぞ敵がなだれ込んでくることはなかった。

無線が入る。

『モウ大丈夫』

あの深海棲艦たち――白髑髏一味の第一艦隊も、敵を撃滅したらしい。

轟沈者は互いにゼロ。

敵の練度が低かったとはいえ、赫々たる戦果といっていいだろう。

「天城さん? なんだかとても嬉しそうですね」

「そうでしょうか? ……いえ、その通りかもしれません」

霞に応える天城は晴れやかな表情だった。

それまでの欝々とした雰囲気が嘘のよう。

天城はずっと周りから心配されていた。姉が――雲龍が行方不明になってから暗い表情のままだったから。

「何かいいことでもありました?」

「ありました」

「聞いてもいいですか?」

「心配事が消えました。あなたと同じです」

「ああ……なるほど」

「ほんと口数が少なくて困ります。『大丈夫』って、それだけなんですから。こっちがどれだけ心配したことか」

「ええ、ほんとに」

身内に問題児がいると気苦労が絶えない。

雲一つない空の下、天城と霞は互いの健闘を讃え合った。

 

 

そして第二艦隊。

榛名と北上。

海中経由で彼女たちを連れてきた潜水艦娘たちの姿は、もう無い。

足手まといになるから安全な場所で待機、兼周辺警戒させている。

髪の先からぽたぽたと海水を落としながら、榛名は眼前の惨状をもう一度確かめた。

屍が、四人分。

今も真新しい煙を立ち昇らせている。

榛名たちが手を下したわけじゃない。やったのは駆逐水鬼。

「……酷いことしますね」

敵の中で最も強いその姫級は、北上の姿を確認すると即座に味方を死体に変えた。以前、北上が予想したとおりに、容赦なく。

誤算があったとするなら、随伴艦を一人だけ残したことだろう。

「ハイ、ハァイ! ヨセバイイノニ、来タンダネェ!」

自らの旗艦が凶行に及んだのを歯牙にもかけず、その生き残りは嬉しそうに身体をくねらせた。

深海雨雲姫。

ツインテールを揺らすその姫級はやけにファンシーな衣装に身を包んでいる。

およそ一年前にブイン基地を襲撃した深海棲艦群、その前衛部隊を率いていた姫級だ。

そのときに沈んだはずなのに……という言い訳は深海棲艦には通用しないのだろう。復活して、南方棲戦姫の群体と合流した。……それぐらいの予想は榛名にもできた。

「ウ~ント、イイトコ、見セタゲル!」

そう舞い上がっている雨雲姫に、冷や水をぶっかけたのは北上だった。

「アンタ、利用サレテルダケダヨ? 勝ッテモ口封ジサレル。分カッテル?」

「……アラアラァ?」

北上が指したのは駆逐水姫。自称デストロイヤー。

自らの正当性を捏造するためなら味方殺しも厭わない最悪の駆逐艦。

忌々しげに北上を睨んでいるその旗艦様に向けて、雨雲姫は愛らしく首を傾げてみせた。

「ホントォ? 私ッテ、殺サレチャウノカシラ?」

「アア、生キ残ッテモラッテハ困ル。終ワッタラ沈メル」

デストロイヤーは完全に肯定した。

にも関わらず雨雲姫は毛ほども驚かない。

「了解シマシタ~。終ワッタラ、私ヲ沈メテ頂戴ネ? ソレトモ自沈シマショウカ?」

この反応には流石の榛名も目を丸くして驚いた。

「深海棲艦って皆こうなんですか?」

「マサカァ」

当の雨雲姫は心外だ、といわんばかりに唇を尖らせる。

「ソンナニ変? 命令ニ従ウノハ当タリ前ノ事ジャナイカシラ?」

「利用されて死ねというのが命令になるんですか?」

「勿論! 私ネ、提督ハ嫌イダケド、コノ娘ハ別ヨ。ダッテ強クテ可愛イモノ! ダカラ今ノ主様ハ、コノ娘。戦ッテ死ネトイウナラ、喜ンデ従イマショウ。ダッテ、ソレガ仕事ナンダカラ!」

「アッソウ。忠犬ココニ極マレリ、ダネ」

「アンマリ褒メナイデネ?」

北上ですら呆れて追及を止めた。

榛名も同じく。

倒す相手の趣味なんて関係ない。

気持ちを切り替えて、状況を確認した。

こちらは二人。

相手も二人。

デストロイヤーとやらに聞いていたような損傷は見てとれず(直ったのだろう)、雨雲姫の方も当然無傷だった。

デストロイヤーは練達の兵。雨雲姫も立ち振る舞いから察するに横鎮の艦娘を相手にできる程度の練度はありそうだった。

「厄介ダナァ」

北上は敵から目を逸らさない。けれど意識は榛名に向けていた。

榛名を案じているのだ。

この味方の戦艦娘はどれぐらい“使える”のだろう、と。

舐めてもらっては困る。

「榛名は大丈夫です」

少数戦は得意分野である。

一対一なら敗北を知らず。

二対二なら許容範囲。

この程度の相手ならやってのける自信がある。

対峙している二人の姫級を改めて観察した。

――なるほど、確かに厄介な相手だろう。

特に、デストロイヤーと名乗っている駆逐水鬼は他に類を見ないほどに腕が立つと思う。

眼がよくて頭も良くて腕も良い。特に頭脳が特筆に価する。スパコンでも搭載しているのではないかと疑うほどの性能だ。

ただし。

そのスパコンは並列処理に重きを置きすぎている。

そう、彼女は確かに艦隊戦なら無双の活躍ができるかもしれない。

だが少数戦――単純処理なら己に分があると見た。

仮に一騎打ちができたなら、この榛名に負ける理由は見当たらない。

駆逐水鬼でも雨雲姫でもいい、北上がどちらかを抑えてくれれば主導権を握ったまま押しきれる。

準備はもうできていた。

骨の髄まで透けている。

「オ」

「……ム」

北上とデストロイヤーが気付いた。榛名が早くも始めたがっているということに。

――この世のありとあらゆる争い事は攻めた者勝ちである。

それが恋でも、戦争でも。

攻めて攻めて攻めまくり、相手に立て直す隙を与えずに落としきる。

それを可能とさせるだけの熟達した手管を榛名は持っていた。

「私は、35.6cmのガトリング砲……」

ずっとこの時を待っていた。

得意分野に持ち込める、この時を。

後は詰ませるまで一直線。投了されても止まらない。対象を穴そのものにするまでは。

(給弾、装填、発射、排莢……)

そのサイクルで脳裏が埋め尽くされて肉体が合理に向けて回りだす。

「はるな……ぜんりょくで……」

参ります、という台詞は終ぞ出てこなかった。全神経伝達回路が戦闘行為に一極化され、榛名は。

鬼人と化した。

 

 

一方、第三艦隊。

新貝と清霜は、ガ島に上陸を果たしていた。

人の気配はしなかった。

二人で林をただ進む。

目的地にはすぐ着いた。

懐かしささえ覚えるガ島泊地、その建物の前に。

互いに目配せし、小声を交わして別れを済ませた。

新貝は一人で泊地の玄関をくぐった。

ここまで誰にも会わなかった。

予想通りに護衛をつけていないのだろう。

新貝は音を立てないように慎重に歩を進め、執務室の前に辿り着いた。

ドアすらないその仕切りを越えてしまえばもう戻れない。

中にはきっと奴がいる。

会えば賽が投げられる。

けれど中止しようとは思わなかった。

踏み出した。

身を晒して、中を見た。

見知った執務室、その机の向こう側に……南方棲戦姫が座っていた。

不思議な光景だ。

かつて自分が定位置としていた場所に怨敵が座っている。

だというのに何の感慨も沸いてこない。

緊張しすぎて頭が馬鹿になってしまったのかもしれない。

「……コレハ、コレハ」

棲戦姫の肩にへばりついている黒髑髏が口を開いた。

驚きを隠さずに首を傾げている。

「生キテイタノカ……。無様ニ逃ゲタ負ケ犬ガ……一体、何ヲシニ来タ?」

警戒は、殆ど無かった。

当然だ。

この場に居るのは新貝一人。

武装の一つも持っていない。

そんな雑魚が、姫級に害を成せるわけがないのだから。

「……ドウヤッテ来タ? 島ノ周囲ハ、警戒シテイルハズ。アノ能無シドモハ、目マデ腐ッテイルノカナ……?」

南方棲戦姫が、ゆっくりと立ち上がった。

腕を大仰に持ち上げて、16inch三連装砲の狙いをつける。

新貝の返事を待つつもりはないらしい。

新貝は急に笑い出したくなった。

「まさかお前と気が合うなんてな」

「……何?」

新貝だって今更お喋りしようとは思っていない。

人差し指を立てた。その腕をゆっくりと水平まで持ち上げてぴたりと止める。右手方向を指す。

そこにあるのは、ただの壁。

木造で、隙間があって、防諜には適さないただの壁。

何事かと訝しむ黒井に、新貝は教えてやることにした。

つい先程、清霜が別れる前に零していた、決意の言葉を。

「舐められっぱなしで済ませる道はねェんだよ」

その瞬間。

すさまじい衝撃が執務室を襲った。

新貝が指していた壁が木っ端微塵に砕け散り、木片がいくつも反対側に飛んでいく。

「!?」

黒井は電撃的に防御態勢に移行する。

巻き上がる粉塵の向こう側を睨みつけ、両腕で顔と胸部をガードした。

これが艦砲射撃なら水平もしくは上方から弾が飛んでくるはずだから。

――そのせいで、最後まで気付くことができなかった。

地面を這いずるような低さから弾丸のような勢いで黒い人影が突撃してくることに。

 

ずどごん。

 

そうとしか表現できない音がした。

 

 

「――『後に、那智は語る』って見出しはどうです? カッコよくないですか!?」

「だから、そういうのは止めてくれと言ってるだろう」

那智が困り、青葉が密着するほど身を寄せる。

これが男と女だったら修羅場のように見えなくもない。

グラスの氷が溶けて、カランと音を立てた。

薄暗い灯りに照らされて、琥珀色の液体が艶やかに揺らめいている。

バーのカウンターで頬肘をつきながら、那智はブランデーを一息であおった。

「いいじゃないですか。『誰も知らない第二次ガ島奪還作戦の真実が今、明らかに!』 ……これは大スクープですよぉ!」

「声が大きい」

ジャズのBGMをかき消してしまう青葉を黙らせて、那智はマスターに軽く頭を下げた。

「……何度言われても返事は変わらん。大体、機密事項を吹聴する艦娘がどこにいる」

「そんなぁ」

「何より今はプライベートだ。静かに呑ませてくれ」

那智は細く長い吐息をついた。

お気に入りのバーにいるところを青葉につかまったせいで眉間に小さな皺を作っている。

隣に座っている青葉はへこたれなかった。「一言お願いしますよぉ~」と唇を尖らせながら、メモ帳とペンを手に機密事項を聞き出そうと目を爛々と輝かせている。

「……でもでも、流石は佐世保艦隊ですよね! 援軍要請のあったブイン基地へは向かわずに、ささっと洋上で補給を済ませてそのまま敵泊地に突撃するなんて!」

「敵の足並みが乱れている好機だったからな。……それは貴様だって知ってるだろう?」

「はい、報告にありましたから。でもそこから先が曖昧なんです。敵の主戦力は倒された……その一行しか無い。普通はもっと記録が残ります。一体誰が、どうやって倒したんです?」

「その報告書には何て書いてあった?」

「那智さんたちが撃滅した、ってありました」

「じゃあそういうことだろう」

「嘘です!」

「どうしてそう思う?」

「なんとなく」

「……あのな」

「っていうのは嘘で、勘です」

「どっちも同じだろう」

「いいえー。だって佐世保に戻ってきた武蔵さんがずっとつまらなさうな顔をしてましたから。あと「存分に撃ち合えると思ったのに」って零してましたし」

「あの戦艦は……。はぁ」

「それで、本当のところはどうなんです? 一体何があったんですか?」

ずずいと身を寄せてくる青葉。

那智はますます嫌な顔。

「しつこい奴だな」

「ブイン基地の提督が唆して裏切らせたっていう深海棲艦の一味、いましたよねぇ? 彼女たちがやったんじゃないですか?」

「……」

「でも艦娘が撃滅したってことにしないと格好がつかない。だから佐世保がやったということにした。どうです、この推理?」

「……」

「うーん、分かりました! こうしましょう! ここからは私の個人的な興味ということで記事にはしません。メモ帳もしまっちゃいます!」

「ICレコーダーが動いてるな」

「はい、止めました」

那智は溜め息をついて首を振る。

「その袖に仕込んでいる機械はなんだ?」

「あらら、これはうっかりです」

白々しく予備のレコーダーの電源をオフにする青葉。

彼女は「止めたんだから話してくれるよね?」という空気を露骨に漂わせている。

流石の那智もこれには辟易して、とうとう白旗を揚げることにした。

「分かった、分かったよ。言ったらとっとと帰るんだぞ?」

これから言うのは独り言。絶対に記事にはしない……そう念を押した。

「はいはい、青葉は約束を破りません!」

「調子がいいな、まったく」

「それでそれで?」

那智はもう一杯だけと酒を口に含み、ゆっくりと呑み下してから話し始めた。

「私もな、詳しいことは分からないんだ。敵泊地に着いたときには終わっていた」

「ってことは……やっぱり深海棲艦の同士討ちだったんですか?」

「まぁ、そうなるかな」

「へぇー!」

「ああ、でもちょっと違う。終わってはいなかった。終わりかけていたんだ」

「おお! 現場を目撃したと! どんな感じでした!?」

那智は遠い目をして、ドライフルーツを口に放り込んだ。

むぐむぐと口を動かしている那智を見ていると青葉も欲しくなったが、思考を遮ってしまうかもしれないのでぐっと我慢した。

(みかん美味しそう……)

那智はようやく飲み込んでから言った。

「――貴様、大和砲を見たことはあるか?」

「え?」

想定外の話だった。

青葉は目をぱちくりと瞬かせ、なんとか答えてみせる。

「え、ええ。見たことありますよ。武蔵さんの主砲を」

「そっちじゃない。実艦の方だ」

「呉にあるやつですか? はい、見ましたよ。冗談みたいに大きいやつですよね」

「あれを見てどう思った?」

青葉は少しだけ考える。

「……あんなの砲っていうより建物じゃないですか。よく造ろうと思ったなぁ、って思いましたけど」

だから何なのか。疑問の目を向ける。

那智は、うんと頷いて、

「私もそう思った」

と同意した。

「私は技術者じゃないからあれを造るのがどれだけ大変なのか分からない。費用がどれだけかかるのか、もな。けどそういう話じゃないんだ。あれを初めて見たときの感覚は、なんというか……」

「現実感が無い?」

「そう、それだ」

那智はグラスを手の中で傾けながら話を続ける。

「こればっかりは実際に目にしないと分からない感覚だと思う。大和砲はとにかくでかすぎるんだ。普通に暮らしていたら……例え戦争していても、主砲をあそこまで大きくしようって発想にはまずならない」

「まぁ偉い人が性能だけで要求したんでしょう。造る側じゃないから突飛な事も言えたんですよ」

「そうだろうな。より遠くまで飛ばせて、他国を恐怖に陥れるような砲を造れと命じたんだろう。つまり必要性があれを作ったということになる。必要性が、技術を進化させた……とも言える」

「……それがガ島奪還作戦の決着とどう関係あるんです?」

「深海棲艦も同じはずなんだ」

「??」

青葉は、那智が何を言いたいのか分からなかった。

「深海棲艦はどんどん強くなっている。進化している。それも必要性に基づいているはずなんだ」

「はぁ……?」

「進化の方向性がおかしいとは思わないか? 有用性を重視するなら、より遠距離に、より精密に命中させられるように進化するはずなんだ。現実の艦艇と同じようにな。……だがそうはなっていない。連中はひたすら火力を高め、装甲を厚くしている。そのことが私にはずっと不思議だった」

「言われてみれば確かにそうですね。姫級の火力は明らかに過剰です。大和型でもビッグセブンでも一撃で倒せるでしょう」

「なのに連中は未だに火力を伸ばし続けている」

それは何故か?

那智の言いたいのはそこだろう。

「答えは、仮想敵だ」

那智は断言した。

「連中は仮想敵に勝つために火力を高めて、装甲を厚くする必要性があったのさ」

「……その敵って、誰なんです?」

那智は、もう青葉を見ていなかった。

その目は遠い過去に向けられている。

かつて佐世保の連合艦隊の一員としてガ島に攻め寄せたときのことを。

そして、そこで深海棲艦の同士討ちを目の当たりにしたときの衝撃を思い返していた。

「深海棲艦の過剰な火力。それは、深海棲艦の過剰な装甲を抜くためにある。逆もまた然り。……深海棲艦の敵は、艦娘じゃない。深海棲艦だったんだ」

「……一体、何を見たんです?」

青葉の疑問に、那智は上手く答えることができない。

「あれは、何だったんだろうな……」

見た事実を並べることはできる。

しかし、確かなことは実際に目にしないと分かりようがない、と那智は呟いた。

「おぞましい争いだった」

 

 

奇襲である。

不意打ちである。

主砲でガ島執務室の外壁を撃ち壊し、粉塵巻き上がるその渦中に清霜は突撃した。

地面すれすれに尻尾を滑らせて、トカゲのように這い寄りながら、勢いを殺さずに足を床へと突き立てた。足首から膝へ、そして腰から脊髄へと運動エネルギーを伝わせて上半身へと集約し、更に人理を超越したボイラーが灼熱の炎とともにタービンを100%回転させることで冒涜的な腕力を実現させる。

その瞬間になっても黒井はまだ襲撃者の存在に気付いていなかった。

――満願成就のときである。

その無防備な脇腹に二十八万馬力の貫き手が一片の慈悲も無く突き刺さる。

 

ずどごん。

 

まごうことなき直撃だった。

戦艦レ級eliteの放つ渾身の一撃だ。

それに耐えきれる生物はこの地球上に存在しない。

「……?」

黒井と南方棲戦姫は、信じがたい光景を見下ろしていた。

己の横腹に、小娘の腕がずぷりと肘まで突き刺さっている。

口からごぽりと黒血が溢れた。

それでも尚、黒井は状況を理解しきれていない顔だった。

今の清霜に“容赦”の二文字は無い。

鉄の臓腑を掻き分けて、竜骨に指をかけた。

渾身の力で握りこむ。

「私には何もできないって、言ったよねぇ……?」

トラ・トラ・トラ。

ワレ奇襲ニ成功セリ。

――第一関門突破である。

このゼロ距離なら――いいや、腕がめり込んだ分だけマイナス距離ならば――どんな格闘技術も使えやしない。

攻撃を避けることはできず。

打てば必ず命中する。

双方の性能には大きな開きがあったが、そこには共通点もあった。

それは、火力。攻撃力。殺傷力。

互いに過剰すぎる超腕力を秘めているということ。

「何ができるかァ! 教えてやるよォ!」

南方海域生まれの深海棲艦に相応しい狂気をまとわせて清霜は吠えた。

その叫び声が開戦の合図となった。

決着までジャスト六十秒。

棲戦姫の脊髄を直握りする清霜の左手は、争う二者のどちらかが絶命するまで離されることはなかった。

超弩級戦艦のノーガードデスマッチが始まる。




次回、大怪獣決戦です。
私の脳内では2018初秋イベのBGMがかかっています。そんな感じの戦いにしたく思います。

・『後に、那智は語る』
バキの『花山VSスペック』が好きすぎるのでリスペクトで後日談形式やりました。

・大和砲
私は見たことないです。呉に行きたいなぁ。
陸奥砲は見ました。その時に抱いた感想が那智の言ってたようなことです。呉に行きたかったなぁ。

・馬力について、補足というか言い訳。
どっかの動画でレ級をアイオワ(当時未実装)と呼んでいたのを参考に、このお話では、
レ級normalの馬力 = アイオワの馬力 = 21万馬力
としました。
その延長で、『馬力:火力』の比率を乱暴にレ級eliteに当てはめた結果が、
レ級eliteの馬力 = 28万馬力
です。やったぜ、三割増しだぁ!
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