悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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5-7:管制塔5

南の島といえば海を思い浮かべる人が多い。

それも尤もだろうが、新貝は敢えて雲を推したいと思う。視界の先には巨大な入道雲がもこもこと、弾力さえあるような存在感を伴って浮かんでいた。青い空によく映える。このコントラストこそ南の島を象徴する景色だろう。

これで熱気さえ和らいでくれればガ島は天国だったかもしれない。眩しくて、掌で陽射しを遮った。ぎらぎらとした輝きに照らされて手元の手すりが焼けている。触れれば火傷してしまいそう。

ここは管制塔。そのてっぺん。

新貝は頬を撫でて抜けていく風を感じながら、今に至る経緯を思い返していた。

あの決戦からもう一ヶ月も経っていた

 

 

黒井との決着を果たし、佐世保の連合艦隊とかち合って……一度は撃たれる寸前までいったが、結局見逃された。

瀕死の深海棲艦を見逃す……それは艦娘としては通常ありえない行動だ。

どうして撃たなかったのかと問われれば、彼女たちは「そうしろと上から命令されたから」と答えるしかない。

『ブイン基地提督が停戦の約束を交わした深海棲艦たちに敵対行動をとってはならない。また、害する者があれば命に代えても守りぬけ』

……暖かいお言葉である。

勿論、総司令部に善意や人情があったわけではない。そうせざるを得なかっただけだ。

そう仕向けたのは、大井だ。

かつて軍警察だった大井と北上が調べ上げた情報、それを使ったらしい。

深海棲艦を研究するために行われた非道な極秘実験……その証拠と関係者のリストを彼女たちは持っていた。難破船から回収してきたという白いフラッシュメモリの中に。

艦娘たちの轟沈さえも盛り込まれていたその計画は明らかに人道に反しており、多くの条約に抵触していた。実行犯はもちろん黒井成一だが、彼一人に留まるわけもない。協力者もいれば、命じた者もいる。その真っ黒なメンバーが、実名と証拠つきで揃っていた。その中には総司令部の中核を成す大物も混じっていた。

と、なれば。

事が露見してしまえば一部の過激派の失態というだけでは収まらなくなる。責任問題がどこまで波及して何人の首が飛ぶことやら分からない。故に、総司令部としては絶対に明るみにするわけにはいかなかった。

要するに大井は、その弱みをついたのだ。

バラされたくなければ引き下がれ……と脅したのだろうと新貝は思っていた。

だが違った。

大井は誰も脅さなかった。

何故ならば、どんな致命的な秘密を握ろうと軍一つを思うように操れるわけがないからだ。

交渉事は――それが例え脅迫であろうとも、互いの力関係がある程度近くないと成立しない。経済的に、軍事的に、どちらがより力を持っているかで有利不利が決まる。とどのつまり……その交渉が成立しないとより困るのはどちらか? 誤魔化したり代替手段で対応できるのはどちらか? ……そういう意味で、大井たちは圧倒的に不利だった。のらりくらりと期限を延ばされて、条件を付け足され、譲歩させられて……いつの間にか僅かな安全と引き換えに切り札を渡すしかなくなってしまう、そんな未来が見えていた。

だから、何も言わずに暴露した。

マスコミに、売国主義の野党に、周辺の潜在的敵性国家に。ブイン基地のネットを通じて友好国にまでぶちまけた。

とんでもないことになった。

大井と北上の集めた情報はそれなりに……いや、かなり信頼性のある代物だったらしい。

常任理事国は大喜びだった。鬼の首を取ったように悪事を喧伝し、追及に追求を重ねた。

勿論、そこに善意や人情があったわけではない。国家間にそんな無駄は存在しない。食いついたのはあくまで足を引っ張るチャンスであったから。

先進国の皆様方、曰く――

 

日本は世界で最も邪悪で、不誠実な国家だった。

こんな国が対深海棲艦の力を多く持ち、自衛を名目に動き回れている現状はいかがなものか。

全く信用におけない。

やもすると更なる暴挙に至るかもしれない。

周辺国、あるいは世界を危機に陥れる可能性さえあるのではないか。

理性的な制限が必要なのは明らかだろう。

常任理事国の良識ある監督・管理が必要である。

我々は世界平和に向けて正しい判断ができると確信している。

――では、決議を。

承認。

承認。

承認。

承認。

承認。

 

「うっそだろオイ」と日本の政治家が言ったとか言わなかったとか。

どこの国も裏では似たような実験はやっているに決まっている。深海棲艦に対するアドバンテージになるような革命的な技術を握れれば、この世界のトップリーダーに位置したも同然。なのに清廉潔白に人道を歩んでどうする? アウト寄りのアウトを爆走するのが世界軍事情勢における不文律。なのに、偶々バレたというだけで、白々しい顔してこの仕打ち。

……まぁ、隙を晒してしまった日本が悪い。

あと、経済的・軍事的に力が弱く、他国に醜聞をスルーしてもらえなかったのも痛かった。弱小国家に発言権は無いのである。

……そんなこんなで、艦娘大国日本に噛みつく最上級の口実を得た常任理事国たちは、即座に日本海軍に内政干渉上等で介入し、その軍事行動を高度に政治的な忖度をもって無理やりストップさせた。特に、全てのカギを握るであろう南方海域の深海棲艦一派に対する手出しは厳禁とされた。例え事故であろうとも、彼女たちの身に何かあった際は結果の決まっているインチキ裁判に出廷してもらう、と証拠に残らない手段で通達された。

無茶苦茶な話だったが、それを己の利益のために通せるのが大国のパワーというやつである。

かくして。

日本の各鎮守府・泊地は、何をするにもお外国様の許可を頂かねばならなくなったのであった。

 

『――ソウイウ訳デナァ、ブイン基地ニモ海外ノ艦娘ガ、タクサン所属スルコトニナッタンダ』

そう言って、不破雷三は無線越しにも届くような重い溜め息をついた。

「いいじゃないか。文句を言っても始まらないだろう?」

新貝には何が不満か分からない。考えようによっては恵まれた環境じゃないかと慰める。

「パツキンで? ボンキュッボン? 最高じゃないか」

『オ前ナ……。外国人ハ全員、金髪碧眼ダト思ッテナイカ? ……マァ、ソウイウ美人バカリダガ』

「パイセン! 一人でいいから派遣して下さい!」

『駄目ニ決マッテンダロ、阿呆』

不破提督は、こうして偶にガ島泊地に無線をかけてくる。

深海棲艦との友好維持という名目で。

本来ならば彼は国に処断されていたはずだった。深海棲艦と勝手に停戦協定を結び、国を揺るがすようなデータ通信を許してしまったから。

しかし、諸外国から待ったがかかった。

ブイン基地の提督は、深海棲艦の提督(?)と友好関係を結んでいる。前世がどうのとかいう話は眉唾だが、それでも現在この世でたった一つの深海棲艦との懸け橋だ。メンツや慣習にとらわれてクビにするなんてとんでもない。

というわけで、今、ブイン基地は世界で最もホットな軍事施設と化している。不破提督を通じて希少な情報が手に入るかもしれないし、ひょっとすればそれをヒントに自国周辺の深海棲艦たちを抑えられるかもしれない。やもするとブイン基地のように手懐けられる可能性すらある。これを見逃す先進国ではない。米国艦と欧州艦が山のように転籍してきた挙句、今では通訳すらも基地内を自由に闊歩しているらしい。

『米・英・仏ノ艦娘ガナ、怖ェーンダヨ。同席スルト、空気ガ凍ル。アト、言ッテルコトガ、分カラナイシ』

「何語で喋ってんの?」

『イヤ、日本語ダケド……。内容ガナァ。皮肉ナノカ、自虐ナノカ……』

「ああ、そういう文化的な言い回し……。でも、そういうこと言っていいのか?」

この無線の内容は、深海棲艦との貴重なやり取りなわけで。

一言一句漏らさず記録されることになっている。

そして世界中の軍関係者に翻訳され、その内容を吟味・研究されるのだ。

変なことを言ってしまえば不破の身に不利益が降りかかるのではないか、と新貝は心配したのだが、

『イインダヨ別ニ。首ニデキルナラ、シロッテンダ』

不破は、やさぐれていた。

「パイセン、どうした?」

『上司トイウ上司ニ、嫌味ヲ言ワレマクッテンダヨ。今ノ仇名ヲ教エテヤロウカ? “売国奴”ダト。……情報ヲ流シタノハ大井ダロウ? 大井ガ、勝手ニパソコン使ッテ、流シタンダ。私ジャナイ』

「そういうことになってるんだ?」

『ソウイウコト。私ハ、何モ、シテイナイ。ソレガ真実ダロウニ……。老害ハ早ク退役シテホシイ』

「ひゅー。危なすぎる発言にこっちまで肝が冷える」

『ナハハ。今ノ私ハ、米・欧州様ニ守護ラレテルンダ。身内デ派閥争イシカシテコナカッタ爺様方ニ、手出シハデキンヨ!』

「調子に乗りすぎぃ!」

『……デモナ、諸外国ニハ、感謝モシテルンダ。勤務体系ヲ変エテクレタ。オカゲデ徹夜シナクテ良クナッタ』

「へぇー。人手が増えたのか?」

『アア。無理ヲ無理ト言エル職場ハ素晴ラシイナ。ヨウヤク人間ニナレタ気ガスル』

「良かったじゃないか」

『タダ、弊害モアッテナ……。ショーモナイ新人提督ガ増エタ』

「それって、ここで言ってもいいやつ?」

『駄目ジャナイ? 国ノ恥ダカラナ。デモ、知ラン。私一人ガ隠シタトコロデ仕方ナイ』

「そんなに酷いのか?」

『挨拶デキナイ、人ノ目見ナイ、常識無イシ、機転モ利カナイ。言ワレタ事シカヤラナイシ、ソレデ何カアルト「どうして言ってくれなかったんですか」ッテ平気ナ顔シテ言ウ。説教シタラ「パワハラ」「モラハラ」ウルセーシ、面倒ナコトガアルト走ッテ逃ゲル』

「……わぁお。……最後の“走って逃げる”って、何?」

「片付ケトカ、次ノ日ノ準備トカ……ソウイウ“特に担当は決まってないけど皆でやる業務”ガアルト姿ヲ消スノヨ。デ、コソコソ走ッテ寮ニ帰ルトコロヲ目撃サレテ、付イタ仇名ガ『走って逃げるくん』」

「そのままじゃないか」

『面白イダロウ? コレガ新人提督ノ現状ヨ。立派ナノハ学歴ダケ。今ジャ体育会系ッテダケデ引ク手アマタヨ』

「こりゃガ島泊地もしばらく安泰だな」

『他人事ジャナイゾ。ソウイウ新人ガ、今度ショートランド泊地ニ着任スルンダカラナ』

「げっ、マジで?」

『大マジ。ソイツノ管理ヲ、私ガセニャナラン。憂鬱デ仕方ナイ』

「どんな奴なんだ?」

『聞イテ驚ケ。ナント、異世界カラヤッテキタラシイ』

「…………は?」

『ナンデモ「深海棲艦のいない世界線」トカイウ所カラ転移シテキタンダッテ。ウケルダロ?』

「わ、笑えねぇ。頭、大丈夫なのか?」

『精神鑑定ノ結果ハ“シロ”。……マァ狂言ノ類ダナ』

「…………。大淀、大丈夫かな」

『ナーニ、ショートランド泊地ニハ霞ト満潮ガイル。性根、叩キ直シテクレルダロウ』

「だといいが。……ところでな、そろそろ聞きたいことがあるんだが」

『ナンダ?』

「黒井の“上”は、どうなった?」

『アア、一番悪イ奴ネ。イヤァ、ヤッパリ偉イ奴ハ凄イナ。余所ノ国マデ捜査シテルノニ、追イ詰メキレナンダ』

「逃げ切ったのか……」

『マァ、ソウナッタ。証拠不十分ッテヤツ。……ケドナァ、因果ッテアルンダナァ』

「どうなったんだ?」

 

 

時を戻して約一ヶ月前。

「……傷は直ったか?」

「はい、はぁい! すっかり全快です! 心配してくれるのね!」

「別に、心配なんて。現状を確認しただけだ」

駆逐水鬼と、深海雨雲姫。

南方海域を中心とした戦争が終わってから、二人の深海棲艦は島を巡りながら傷を癒し……それももう終わった。これからは次の段階、何を目的にどう動くのか? それを決めなければならなかった。

「で、これからどうします~? お仕事しようにも与えてくれる人がいないとねぇ?」

……深海棲艦にも様々な性格の者がいるけれど。

この二人の場合、“兵器”としての性質が濃い傾向にあった。つまり、上位者に従って任務を達成することに喜びを見いだすタイプ。イデオロギーを殆ど持たない。根本的に他者ありき。味方殺しをするのも提督との関係があってこそ。そんな忠実なだけの猟犬は、放り出されれば何もできない。

だから次の主を求めるのは当然のことだった。

「……これから、次の提督を探す。あては無いか?」

「デス子ちゃんのお眼鏡に叶う提督さんよねぇ。中々難しいけど……」

「デス子と呼ぶな」

「じゃあトロ美ちゃん?」

「略すなと言っている」

「だぁって呼びにくいんだもの!」

「お前だって、雨雲姫なんて呼びにくい」

「それって人間がつけた仮称でしょう? 呼ぶなら、雨雲……? うーん、しっくり来ないわ」

「じゃあ、私はD1、お前はD2でどうだ?」

「もしかしてデストロイヤーだからDなの? 嘘でしょ、センス無さすぎ!」

「……」

「あっ、じゃあ昔の名前はどう? 艦娘時代の名前。私はねぇ、村雨と峯雲と、あとはぁ」

「……村雨? 白露型、か。私の一部も白露型だった」

「あはっ、本当ぅ? 艦名はなぁに?」

「……さぁ、何だったかな」

「私の一部である村雨はねぇ、三番艦だからぁ、あなたの中の白露型ちゃんが白露か時雨じゃないなら私の方がお姉さんってことになるわ。……ねえ、ちょっとお姉ちゃんって呼んでみて?」

「絶対に嫌だ」

「もう! ノリが悪いんだから。……ま、いいケド。えーと、提督だったわよね。好・い・人、知ってるわ」

「どんな奴だ?」

「黒井提督の上司。とびっきりの冷血漢で、効率のためなら親をも売るってウワサ。これ、本当よ? だって行けたはずの親の葬式もすっぽかしてたもの」

「訳知りだな。かつての提督か?」

「せいかーい。そんな私が保証するワ。黒井提督よりもずぅっと優秀で、勝利だけに拘ってくれる“最高の”提督よ」

「……よし、じゃあ獲りにいくぞ。所属は?」

「柱島。一年以上前だから今は分からないケド。彼の名前は海城五衛っていうだけどぉ……」

「……なんだ、何かあるのか?」

「私ねぇ? 艦娘時代に、酷い目に遭わされたの。故意の轟沈よ? 後から知ったんだけど、資材を回収して切り捨てたかっただけなんですって。すごいでしょう、最高でしょう?」

「最高すぎるね」

「だ・か・ら。そのとき沈んだ艦娘ちゃんのわだかまりがね、まぁだ残ってるの。このままじゃお仕事に集中できないわ。一度清算させてもらわないと。……分かる? 私の言いたいこと?」

「いいよ」

デストロイヤーはほんの数ミリだけ顔を上げて水平線に目を向けた。この広い広い海の向こうにいるであろう“真の提督”を手に入れることができるなら、他の全ては完全にどうでもいいことだ。

「報告を聞く耳と、作戦を考える頭と、命令を伝える口があれば、それでいい。他の機能は要らないよ。雨雲の好きにしろ」

「さっすがー! デス子ちゃんは話が分かるッ!」

 

それから時が流れ――

 

 

『――ソレデナ、車デ移動中ニ突然現レテ、ソノママ攫ワレタラシイ』

「攫った? どうして?」

『ドライブレコーダーニ、音声ガ残ッテテナ、「私ノ提督ニナッテモラウ」ダトヨ。……ドウイウ事カ、同ジ深海棲艦トシテ分カルカ?』

「理解はできないが、そのままの意味じゃないのか?」

『ト、イウト?』

「頼り甲斐のある男が欲しかったんだろ」

『……ゼッンゼン、分カラン』

不破はそれ以上先を語らなかったが。

ドライブレコーダーには続きがあった。海城提督の苦痛に満ちた呻き声が。そして現場には、彼の一部がいくつか残されていた。

……何の意味があってそんなことをしたのかは誰にも分からない。やはり深海棲艦は残虐なのだ、の一言で片づけられた。そういうものである。この世の暗部では、誰かが納得するために因果が巡るようになっているのだ。

『トコロデナ、チョットハ仕事ヲシナイトイケナイカラ、質問スルガ』

「ん、なんだ?」

『オ前ントコノ、ガ島泊地。深海棲艦ガ、増エテルダロ。正直ニ言エ』

「んんー? どうだったかな……?」

『トボケルナ。ネタハ、挙ガッテルンダヨ』

「ちっ、バレてるなら仕方ない。そうだよ、増えてるよ」

『アノサァ……言ワナカッタ? 手出シシナイカラ、変化ガアッタラ逐一報告シロッテ』

「なんで? うちは属国や植民地じゃないんですけど」

『契約シタダロウ』

「約束破ったのはそっちが先だろ。甘味が届いてない。おかげで毎日俺が責められんだよ」

『ハァ? ソノ件ハ、先ニ伝エテオイタダロウ。輸送途中デ妨害サレタカラ、遅レルッテ』

「ブイン基地には洋菓子があるだろ。ティータイムが大好きな海外艦ちゃんがいるんならよ。それ、寄越せや」

『アレアレェ、ソンナ事言ッテイイノカナ? 海外ノオ嬢様方ハ、俺ミタイニ甘クナイゾ? 「Power is justice」……暴力デ躾ケロ、ッテ方針ダカラナ?』

「おっ、やるかね?」

『フム……。実ハナ、米帝様ガ、痺レヲ切ラシテイルンダ。「契約を違えるような嘘つきがどうなるかその身で分からせろ」ッテナ。俺モ宥メルノモ、ウンザリシテイタ所ダシ? ココラデ演習シトキマスカ。実弾、使ウケド』

「あっそう、嘘つきねぇ? ……インディアン嘘つかない、だって全員殺したから……はっは、米帝様は容赦ないですなぁ。今度は俺たちがインディアンってわけだ」

『アッ、オ前……。ソノ台詞ハ、洒落ニナランゾ。知ラナイカラナ』

「いいよぉ? 来いよ! 鬼畜米英、なんぼのもんじゃい!」

 

 

そんなふうに。

人類側とはそれなりな距離感を保つ関係となった。

深海棲艦側はというと、中部海域からワタリ鳥のような手合いが一人やってきて、そこから様々な勢力と友好関係を結んだり敵対関係になったりすることになった。そのときに深海棲艦の世界の情報もたくさん仕入れることができた。

今は、それを交渉材料に人類側とやり取りをしている状態だ。

深海棲艦側も同様に、人類の情報を欲しがった。連中は思っていたより平和的で、新貝たちが人類と繋がっていても許容する者が多かった。実益重視というわけだ。そういうのを許せない感情的な輩は全体の三割ほどしかいないとかいう話。……それが多いのか少ないのかは意見の別れるところだろうけど。

まぁ、要するに。

今のガ島泊地は、人類と深海棲艦の橋渡しをしているようなポジションで、両方からまぁまぁ大事にされている。おかげでわりと平和な日々を送ることができていた。

「……その平和も、そろそろ終わりそうなんだけどな」

新貝は管制塔のてっぺんで、持っている手紙に改めて目を向けた。

その封筒の表にはでかでかと下手くそな字でこう書かれていた。

 

『果たし状!』

 

うんざりしながらひっくり返して、送り主の名前をもう一度見た。

『我こそは超スーパーウルトラ深海棲艦!

 深・海・王!! 否!!! 深・海・神!!!! 究極無敵の大ホッケ海』

……そこで途切れている。文字が封筒の左端のところで終わっていた。記名が入りきらなかったのだ。

で、結局、お前は誰やねん? という疑問に対する答えは、中の手紙に書いてあった。この手紙の送り主は、その記名部分から察せられる通りの大馬鹿者で、果たし状だというのに自軍の戦力について事細やかに書いていた。自己紹介という名の情報開示。そんな馬鹿をやらかす首魁の名は誰もが知っていた。大ホッケ海の疫病神。およそ二年前から毎月欠かさず幌筵泊地に果たし状を送りつけて馬鹿正直に攻めてくるハイテンション女。

――通称、“月刊”北の魔女。

「なぁんでわざわざ南半球までやって来るんだか……。それにこの手紙、自己紹介で終わってて肝心の戦う理由が書いてないし……」

おかげで新貝含むガ島泊地の面々は、この『果たし状!』に対してどう動いたらいいか分からずにいる。こうやって襲来に備えて外海を監視するしかないのだった。

管制塔のてっぺんで風を感じていると、少女の甲高い悲鳴が響いた。

「ひやぁーー! 高いーーっ! 怖いーーっ!」

……せっかく高所でひたっていたのに。男の時間が台無しだ。

「お前なぁ……」

振り返ると、清霜がへっぴり腰で管制部に頭だけ出していた。

そんなに怖ければわざわざ来なければいいのに。

よく見ると手すりに力をこめすぎて、鉄製のそれがぐんにゃりと曲がりつつある。

「落ち着け、手すりが壊れる。そんなに強く握らなくても落ちたりしない」

「でっでもさぁ~!」

「そんなに怖いもんかね」

「だあって、戦艦は高いところには行かないし!」

それを言うなら、駆逐艦も軽巡も、空母だって普通は高所に登らない。

ひとまず手を差し伸べて引き上げる。

清霜は生まれたての子馬のような足取りでなんとか管制部の中央まできて、そこで精も根も尽き果てたといった感じにへなへなと倒れこんだ。

「死ぬかと思った……」

「ご苦労様」

「むっ、なんか余裕な感じ」

「もう慣れてるんでね」

「なんかずるい」

清霜は新貝の横に並ぶ……と見せかけて、一歩だけ後ろで止まった。手すりの近くだと縁が近くて怖いらしい。

新貝は笑った。南方棲戦姫と戦ったときはあれだけの無茶苦茶をやり通したというのに、高いところが怖いなんてなんだかおかしかった。

清霜はむくれたが、新貝が一歩下がって横に並ぶと少しだけ照れくさそうにした。

「……ねぇ、煙草やめたの?」

「ん。止めた。ってか、なくなっちまったからな」

「不破提督に頼めばもらえたんじゃないの?」

「だってお前、臭いって言ったじゃないか」

「言ったけど。それで止められるもんなの?」

「安心しろ。俺は禁煙のプロだ。もう二十回は止めている」

「へぇー、すごいんだねぇ」

普通に感心されてしまった。

「ええと、今のツッコミどころはだな……」と説明しようとして、止めた。

「……まぁ皆から不評だったし。一度なくなったのもいい機会だしな」

「ふーん?」

それきり清霜は黙り込んだ。

……管制塔の傾きは、完全には直らなかった。支柱が一本、役目を果たさなくなったせいだ。馬力のある娘たちがタイミングを合わせて押したり引いたりしてみたが、無理に直立させようとしていたら鉄骨の接合部が三つも割れたので中止ということに相成った。

それでも一応、立ってはいるわけで。余程の負荷をかけなければ登っても大丈夫だろうということになった。

「私のため?」

零れた言葉に、理解が追いつかなかった。

「……ん?」

「私のためだったの?」

「ああ、いやだから、皆が煙草の臭いが嫌だって言うから……」

「そうじゃなくてさー」

「?」

清霜を見てみると。

眉間に皺を寄せて、不満そうに唇を尖らせたりへの字にしたりと、表情をむにむにと動かしていた。

――なんだ、こいつ。

怪訝な顔をしていると、清霜は「なんでもなーい!」と踵を返していった。

その足が、階段の手前でぴたりと止まる。仁王立ちして動かなくなった。背中が何かを言いたそうにしている。

――なんだろう。

清霜のためって?

俺は清霜のために、何かしただろうか?

色々した、気がする。というよりも、ありすぎて何を指しているのか分からない。思い返せば艦娘時代に初めて会ってからこの前の決戦のときまで様々なことに付き合ってきた。それが彼女ためかと問われればYESとしか答えようがない。だが清霜が聞きたいのは恐らくそんな字面通りの答えではないだろう。

どうしてここまで付き合ってくれたのか? こんな、死を越えた先にまで。

……とまぁ、そんなことが気になったのだろう。ひとまず事態が落ち着いて、色々と冷静に考えられるようになったというわけだ。

――さぁて、なんて答えたものやら。

ここで“愛のため”とでも言えれば素敵な話になるのだろうけど、新貝は別に清霜を愛しているわけではないし、清霜もまた新貝を男として慕っているわけではないだろう。そういう安易な関係ではない。

だったらどんな関係? 上司と部下……と言うには深く関わりすぎた。精神年齢が近くて気が合った? 認めたくはないが間違ってもいない。けれど正確でもない気がする。仲間? 友達? 共犯者? 上手く言えない。

だからありのままを伝えた。

「俺もな、よく分からないんだ。……お前だってそうだろう?」

結局、よく分からないけれど、放っとけない。それはお互い様なのだろう。相手の中に自分に似たものを見ているのかもしれないし、自分にできないことを相手に期待しているのかもしれない。

確かなのは、これからも互いに放っておくことができずに気にかけ続けるだろうということだけ。

「それじゃあ駄目か?」

そう伝えると、清霜はゆっくりと振り返った。

「……司令官!」

「な、なんだ?」

「やっぱ駄目ー!」

「えぇっ? 駄目なのかぁ!?」

清霜は切羽詰った表情でごくりと喉を鳴らし、

「お、降りられないぃ……」

と情けない声で助けを求めた。

「一緒に降りてよ~」

拍子抜け。

「……聞いてないのかよ」

真面目な話をしてるのに、と言いながらも新貝は満更でもない様子で手を貸してやった。

「まぁこんなもんだな、俺らは」

「なに? 何の話? あっ、あ、あ、ちょっと! 落ちるって!」

「落ちねーよ。……ところでさぁ、お前、何の用があってここまで登ってきたんだ?」

「あっ、そうだ。あのね、新しいお仲間が来るってさ!」

 

 

目が覚めたら無人島だった。

選ぶべき道は二つしかない。

海に飛びでて脱出するか? それとも救助を待つか?

 

朝雲は、後者を選んだ。

共に遭難した山雲とともに生活基盤を整え、外敵から身を隠す秘密基地をこしらえた。

危険な外海より、安全な無人島。引き籠って大人しく救助を待っていた方がマシだと思ったからだ。そうして生存に必要な道具を作った。水のろ過装置を作り、食べられる木の実などを集めて籠に入れ、野鳥を仕留める弓も用意した。(主砲は音で深海棲艦にバレるから使えない)

狼煙も上げずに、ただ救助を待ち続けた。

無為な日々。

時間だけが過ぎていく。

そうやって、半月が過ぎたある夜に。

謎の深海棲艦群が近海で暴れまわっていた。艦娘とも、深海棲艦とも戦っていた。あれが一体どういう争いだったかは分からないが、貧弱な駆逐艦娘である朝雲と山雲が入っていけるような半端な争いではなかったのは確かだ。

二人で肩を震わせながら夜をやり過ごした。

それからというもの、鉄底海峡には深海棲艦が大量に出没するようになった。

その頃にはもう、朝雲は、救助は来ないだろうと悟っていた。

……そんな諦めを気取られてしまったのかもしれない。

山雲が少しずつおかしくなっていった。

朝起きると寝床からいなくなっていて、探すと大抵高いところにいた。丘の頂上や木の上で両手を大きく掲げながら、「ほ、ほー、ほああー、ほあー!」と謎の言語を叫んでいるのだ。

初めて見たときは気が触れてしまったのかと思った。

山雲がそうやってお空と交信していると何故か野鳥が下りてきて彼女の腕に止まるのが常だった。そして山雲は撫でるように鳥の首に手を伸ばし、きゅっと捻って仕留めてしまい、そのまま流れるように踵を返すと、隠れ見ていた朝雲の方向へピタッと顔を向けてこう言うのだ。

「朝雲姉、ご飯にしましょう~」

更に一ヶ月が経った。

山雲は奇行に磨きがかかり、食べているときと寝ているとき以外は謎の言語を発し続けるようになっていた。しかも声量が大きくなっている。

「ほ、ほーっ、ほああーっ! ほあーっ!」

マジで怖いから止めてほしい、そう半泣きで肩をがくがくと揺するとようやく正気に戻る。

「朝雲姉~、そこはデリケートですぅ~。……ほーっ、ほああーっ!」

……山雲はもうだめかもしれない。

危なっかしいところはあるけれど柔なメンタルはしていないと思っていた。しかし、やはり希望の無い遭難生活は幼い少女から正気を容易く奪うのだろう。そういう自分だっていつまでまともでいられるか。もしかしたら自覚していないだけでとうにおかしくなっているのかもしれない。

朝雲は決意した。

もう無人島生活を続けるわけにはいかない。

無茶でも脱出しなければ。

そう告げるために山雲を探した。

すぐに見つけた。

浜辺にいた。水平線に向けて交信を続けている。

「山雲! ショートランドに戻るわよ!」

「ほ、ほーっ、ほああーっ! ほあーっ!」

「ねぇってば! 聞いてる!? 帰るの、か・え・る! 分かる!?」

「ほっちゃーんっ! ほ、ほーっ!」

「この……いい加減にしなさーいっ!」

――バシィ!

平手打ち。

「あ……」

やってしまった、と思った。

焦りがあった。苛立ちもあった。けれどそんなの言い訳にしかならない。親友を叩くしかなかった自分が情けなくて、何を言っても自分を見てくれない親友が悲しくて、涙が溢れる。

「う、うぅ……山雲ぉ、正気に戻ってよぅ……」

その願いが通じたのかは定かではないけれど。

山雲の奇行はぴたりと止まった。

「……? 山雲?」

「来たわ」

そう言って、山雲は真っ直ぐ空を指した。

「朝雲姉ー、やぁっと、救助が来たわー」

見上げてみると、偵察機が飛んでいた。こちらを向いて、あれはきっと発見を報告しているところだろう。これで着艦元である空母がやってくるはずだ。

待ちに待った救助がやってくる。

ただ、気になるのは――

――あれって……深海棲艦の艦載機じゃないだろうか?

山雲はゆるゆると身体を揺らしながら微笑んだ。

「だーいじょうぶよー。あれはー、味方~」

 

 

来たのは雲龍のような空母棲鬼だった。いや、空母棲鬼のような雲龍かもしれない。もう分からない。事態は精神的に疲れ切った朝雲のキャパシティをとうにオーバーしていた。夢を見ているのかもしれないと思った。頭がフワフワする。

もう艦娘だろうと深海棲艦だろうと、どっちでもいいと思った。

あの狂気の無人島から脱出させてくれるなら、怪しいおじさんにも平気でついていける。もうどうにでもなぁれ。そんな感じに成すがまま、雲龍のような女に連れられていると、波の影に白い頭が見えた。潜水艦娘。こちらに気付くと浮上してきて手を振った。

潜水新棲姫。……のようなイムヤのような、そんな自己紹介をされた気がする。わけが分からない。今ならやばい宗教に勧誘されても一発で入信してしまうと思う。山雲は……と見てみると、そのイムヤさんみたいな人と流暢に挨拶を交わしていた。

「おはようございま~す。朝潮型駆逐艦、六番艦、山雲です~」

「知ってるわよ。同じショートランドだったでしょ?」

「でもー、挨拶は大事ですからー」

「そ、偉いわね。せっかく来たところ悪いけど、哨戒中だから送れないわ。雲龍さんと先に行ってて。仕事が終わったらお話しましょう」

「はーい。お仕事、頑張って下さいねー」

……山雲が急にまともになっている。おかしくないのが逆におかしい。一体何がどうなってるのか。皆で自分を騙そうとしてるんじゃないか?

そんなこんなで、大きな島にやってきた。

「ここってぇ、どこですかー?」

「ガダルカナル島よ」

ガ島といえば。飢える島と書いて飢島――そう呼ばれた呪われた島だ。かつてもの凄い数の兵隊さんたちが苦しんで死んだらしい。そんなところに連れてくるなんてこの人はやっぱり空母棲鬼なのかもしれない。

(あーもう、別にいいや)

促されるままに浜辺に上陸した。

聞くと、朝雲たちと似たような境遇の人たちが寄り集まっているらしい。

要するに遭難者。その中にはブイン基地所属の北上と大井もいるらしい……という話をしていたら、浜辺の向こうから二人の人影が近付いていることに気がついた。

「! ひゃあぁ!」

一発で目が醒めた。

とんでもない生き物が肩を並べて歩いている。

「飛行場姫と! 南方棲姫が! 浜辺を練り歩いてるぅー!」

真っ白い相貌のハイレグ女、飛行場姫。

黒いジャケットを着こんだ長身の、南方棲姫。

二人の姫級が、上陸した三人を出迎えるように見つめていた。

「……うるさい娘」

「元気なのは好いことですよォ……」

もう、何がなにやら。

案内された先に悪魔が二人。これはもうハメられたとしか思えない。

……いや待て、深海棲艦という生き物はもっと凶暴なはずだ。本物だったらとっくに攻撃されている。つまり、コレは偽物。変装。ドッキリだ。

――ははぁん、なるほど。遭難していた朝雲たちを驚かせて笑いものにしようって魂胆だな? そうはいくか。やっと仲間と会えると思って気を緩めているところをからかおうとは根性が悪いにもほどがある。許さん。ぎゃふんと言わせてやる。……そうだ、敵と勘違いしているフリして主砲を突きつけてみるのはどうだろう? きっと驚いて腰を抜かすはずだ。そしたら痛快だ。逆に笑いものにしてやる。性悪娘にお仕置きだ。例え戦艦が相手だろうと関係ない。やってやる。

「……?」

……でも、何か。何かがおかしい。

雲龍が一歩進み出て、飛行場姫と会話を始めた。

「提督は?」

「知らないわ、あんな男」

「どこ?」

「あいつ嫌いよ」

「執務室?」

「……あなた、めげないのねぇ」

「いるのね?」

「いるわよ。まったく」

――提督?

そちらに気を取られていたら、いつの間にか南方棲姫がこちらを覗き込んでいた。

正面から覆いかぶさるようにしてこちらを見下ろしている。上背のせいで威圧感があった。

ちょっと……いや、かなり怖い。

――そうだ、違和感の正体が分かった。こいつがでかすぎるんだ。二メートル近くある。超えてるかも。……こんなにも背が高い艦娘って、いたっけ?

金剛型でも扶桑型でも伊勢型でもない。長門型でもない。彼女たちはもっと背が低い。こんなにでかい女は大和型ぐらい、なんだけど……この顔、大和さんでもないし、武蔵さんでもない。

――じゃあ、誰?

南方棲姫みたいな恰好をした女はにたにたと笑みを浮かべている。

「柔らかそうで、可愛い。持って帰りたいわァ」

そう言って、ゴツゴツした鉄の艤装の爪の背で、朝雲の頬を撫でた。

その冷たくて、硬い感触。

コスプレじゃない。

本物だ。

「ひ、ひぇぇ」

震え上がる朝雲を余所に、山雲は横から割り込んできて南方棲姫の爪をつつっと触る。

「すごく尖がってて、かっこいいですー」

そう首を傾げた。

頼むから刺激するのは止めてほしい。

「あらあらァ……こっちも可愛いですねェ……」

南方棲姫がますます笑みを深める。

それみたことか。

雲龍さん助けて、と横を見ると、薄情なことに飛行場姫とともに背を向けてさっさと進もうとしていた。

(ちょ、ちょっとぉー!?)

なんて女だ、最後までちゃんと面倒を見ろ! と叫びそうになる朝雲に、救いの声がかけられた。

「あっ、二人もいるんだ! こんにちわ!」

快活な挨拶とともに現れたのは――レ級だった。もう勘弁してほしい。野太い尾をぬるぬると動かしながら近づいてくるが、どう見ても本物の尻尾だった。

「はわわ」

「うひェ」

朝雲と、なぜか南方棲姫も一緒に顔をひきつらせた。

「あのね、ここはガダルカナル島でぇ、私たちは――」

レ級に色々説明されたけれど全く頭に入ってこなかった。清霜とかいう単語が聞こえたが、彼女もこの島に居るのだろうか。ショートランドの駆逐艦仲間。恐れ知らずの彼女なら、この超弩級な深海棲艦たちを追っ払うことができるかもしれない。

――いるなら助けて、清霜! レ級と南方棲姫にからまれてるの!

そう叫べるのは、頭の中でだけで。朝雲は動けなかった。山雲の腕にしがみついているだけで精一杯。

(そうか、ここは遭難した艦娘を監禁している秘密基地なんだ! 私たちは捕虜になったんだ!)

どうしよう、何をされるだろう。山雲の袖をぎゅうと握り締める。

「朝雲姉ー? どうしたのー?」

――どうしたもこうしたもない。山雲、しっかりしてくれ。捕虜の待遇なんて期待できそうにないんだから! 大鍋に入れられて煮込まれちゃうかもしれないのに!

レ級は南方棲姫に声をかけ、南方棲姫はじわじわと後ずさる。どうやら南方棲姫は彼女を恐れているようだった。

「あ、あんまり寄らないでほしいわァ」

「ええ、なんで?」

「あなたを見てると……何故だか分からないけど、お腹が痛くなるのよォ」

「えーっ? 気のせいじゃない? 仲良くしようよ」

「いた、痛たた……。ほら、冷や汗も出てきたァ……」

「大丈夫? 肩、貸そっか?」

「いいです、いいですよォ。ほんとに大丈夫だからァ」

この隙に逃げ出したい。動け、足! と震えていると、背後から肩に手を置かれた。

振り返る。

「ぎゃあ!」

知らない女が立っていた。天龍さんみたいな眼帯をしているがきっと伊達じゃない。全身が拷問でも受けたみたいに傷だらけ。無事な方の眼も、鋭さがハンパじゃなかった。神通さんを思い出す。ゲロ吐きそう。反射的に背筋が伸びる。

「お前らが新入りか。ついて来い」

「はーい」

「あわわ」

もう泣きたい。

レ級と南方棲姫は話し込んでしまってついてこない。傷だらけの女に連れられて島の奥地へ進んでいく。

どんどん引き返せなくなっている。

どうしよう。

どうしようもない。

これなら無人島に居た方がましだった。よく分からないまま連れてこられて、深海棲艦に囲まれて、気分はドナドナされる豚さんだ。山雲は事態の深刻さをまるで分かっておらず「だーいじょうぶよー」とゆらゆらしているだけ。せめて彼女だけは守らねばならないと思うが、どうやって? 守る手段が無い。

「うぅ……」

林を抜け、ボロくさい木造の建物に入った。上陸してから初めての人工建築物で、なんとなく察した。

ここに多分、ボスがいる。そいつに自分たちは面通しをして処遇を言い渡されるんだと思う。

怖い。

……そういえば、さっき空母棲鬼が「提督」と言っていた。

(提督……。ここに居るのは、深海棲艦の提督なの……?)

深海提督。

その存在だけは噂されていた。敵の司令官。実在していたのか……。

ごくり、と唾を飲み込みながら、ドアすらない部屋の仕切りをくぐった。

一人の男が居た。

そいつは顔を上げて、こう言った。

「よく来た、新入り君」

知っている顔だった。

「あ、あーーっ!?」

思わず大声を上げて指を差してしまう。

「し、新貝司令じゃない!?」

「おあっ? ……なんだ、朝雲じゃないか。隣にいるのは山雲か。久しぶりだな」

「久しぶり……じゃなくて! こんなところで何してるの!?」

「何って、そりゃ提督業だよ。深海棲艦の」

「ええっ!? ど、ど、どうして!? 司令って敵のスパイだったの!?」

何度瞬きしても見間違いじゃない。よく知っている人だった。自分たちショートランド泊地の提督だ。

私の目がおかしいわけじゃないわよね――と、隣の山雲に確認しようと目を向ける。と、

山雲が。

仰天していた。

目と口をお月さまのように真ん丸にして朝雲の顔を凝視している。こんな顔は今まで見たことがない。司令よりも朝雲のほうに驚いている感じ。

そして、彼女はよく分からないことを口走った。

「あ、朝雲姉が、喋った……」

「……へ?」

「喋ったわー! 朝雲姉、正気に戻ったのねー! 良かった……良かった~!」

「え、え、正気? 喋った? なに、どういうこと?」

理解不能。

山雲はぽろぽろと涙さえ零しながら、がばっと抱きついてきた。

「や、山雲……?」

「大丈夫、もう大丈夫よー。朝雲姉は~、なぁーんにも心配しなくていいのよ~」

理解不能……ではあったけど。なんとなく想像はできた。

――もしかして、おかしくなっていたのは自分の方だったのだろうか?

「……ねえ、山雲? 今までの私って、どんな感じだったの……?」

「朝雲姉ったら「ほあー、ほあー」しか言わなくなっちゃうんだもの。どうしようかと思ったわ~」

「えええ!? あれを言ってたのって私なの!? 嘘でしょう!?」

――だとすると。自分は山雲の前でどれだけ醜態を晒していたのだろう? そして迷惑をかけたのか。頭を抱えたくなる。穴があるなら入りたい、とはまさにこのことで。

悶える朝雲に、山雲は更なる追い討ちをかけた。

「あのね、朝雲姉。私たちー、とんでもないことになっちゃったのよ?」

「ええ……まだ何かあるの?」

「落ち着いてー、よーく聞いてね? 山雲とー、朝雲姉はー、深海棲艦になっちゃったのよ~?」

フリーズ。

――今、なんて言った?

混乱する朝雲に対して、山雲はふわふわと頬に握り拳をあてながら微笑んでいる。現実感が無い。もう一度だけ、確かめた。

「な、なんですって? よく聞こえなかったわ」

「深海~、棲艦~」

親友をじっと見る。彼女のことならよーく知っている。嘘をつけば一発で看破できる自信があった。けれど、

「……はは」

念のため、司令も見た。更に振り返って、自分たちを連れてきた傷女も見た。彼らの瞳にも悪戯めいた茶目っ気は見当たらない。

「マジで?」

と言葉で確認するしかなかった。

新貝は無慈悲に頷いた。

「マジ」

「ええー!?」

「俺も清霜も雲龍もイムヤも、ついでに言うとこの島にいる奴はみーんな深海棲艦だ」

「そ、そんなことってある!? えええー!?」

朝雲は狼狽し、その手を山雲がきゅっと優しく繋ぎとめた。

本来ならば行くあてのなかった少女たち。世界から消えていくしか道が無いなんてそんな悲しい話はないだろう。

どやどやと入り口が騒がしくなる。雲龍や清霜たちが戻ってきたのだろう。たくさんの深海棲艦の気配がする。それは、朝雲がそれまで認識していたような、凶暴で排他的なものではなかった。

「歓迎する。俺はここを深海棲艦の安住の地にしたいと思っている。お前らにも協力してほしい」

人類の敵。その司令官は、いっそおどけるような調子でこう言うのだった。

「南方深海泊地へようこそ!」




「くぅ~疲れましたwこれにて完結です!」

いやーほんとにやっとです。この一行を書きたいがために頑張ってきた気がします。


◎説明しきれなかったこと
・5-2で新貝たちはどうやってショートランド泊地に侵入したか?
雲龍の艦載機に掴まってフェンスの上、かつ防空センサーの穴の隙間をハングライダーみたいにシューっと。

・飛行場姫
ぼっこぼこだったヘンダーソン飛行場を直したらどうなるんやろ? と整備して海水バケツリレーやったら復活した感じです。直してくれた新貝にはヒヨコの刷り込み的な好意があるんですが、元を辿ればその壊した犯人こそ当時ショートランド提督だった新貝なわけで、頭では「ゆ゛る゛さ゛ん゛!」って感じです。面倒くさいですね。

・南方棲姫
黒井が千切れてとれた南方棲戦姫がグレードダウンして復活。破損しすぎたせいで弱体化してます。記憶ゼロ。大和要素も多分ないです。清霜怖い。

・不破提督
ロリコンじゃないです。過去の出来事からつい駆逐艦に目がいってしまうだけです。


◎この話の世界の設定みたいなやつ
原作ゲームであえて曖昧にしてるところをわざわざ固める必要もないと思ってなるべくぼかすようにしていましたが、所々で無理がでていました。その辺の説明もすっとばしていたのでここに書いておきます。……あとがきで説明するほどみっともないことはないでしょうが、お兄さん許して。

・艦娘について
突然の「辞める」発言に「??」となった読者さんも多いと思います。艦娘って辞められるの?って。 人間が艤装つけてるだけって設定なので辞められます。艦娘はお仕事。
つまり、轟沈した艦娘のポジションには補充要員が入ります。次世代の艦娘はきっとゲームと同じ性格をしていることでしょう。その大井北上はイチャイチャしてますし、夕立は曖昧さを許容できる可愛い女の子になっているはずです。

・深海棲艦について
半分機械、半分生身……継ぎはぎゾンビ……なイメージです。
ところで『装甲』って単語がよく出てきますが、何のこっちゃ分からなかったかと思います。私は、皮膚に発生する防御膜のようなものをイメージしてました。実際に金属が入ってるわけじゃないはずです。やっぱ女の子は柔らかくないとね。
それと、この世界では「深海棲艦→艦娘」の転生?はありえない設定となっています。ゾンビが人間に戻れるわけがない。
あと……発言のカタカナ表記が果てしなく面倒くさかった。次からはひらがなにしたい。

・海水の回復効果について
一応理屈は考えてます。詳しいことは後々に書ければいいな。


◎以下、隙あらば自分語りみたいなやつ
一話書き上げると「最高傑作できちゃったかなァ!?」と有頂天になるんですが、一日経って見返すと「なんだこれ……圧倒的ゴミクズ!」ってなります。それで修正してまた有頂天になって、次の日にまた頭を抱える。……この現象はなんて呼べばいいんでしょうか。おかげでアップロードした話も丸一日経つとまったく直視できなくなります。
書くスピードがどうにもならんです。最初の文章が無茶苦茶で直すのに時間かかります。そこんとこどうにかしたい。コツとかあるんでしょか? お知りの方はアドバイスお待ちしています。
あと身の丈に合わないアレもコレもやりたい詰め込みまくりは良くなかった。けど駄目って分かっただけ良かったかも。


ここまで長々とお付き合いありがとうございました。
本編はここまでとなります。番外編だけもうちょっとだけ続くんじゃ。なので更新したら読んでくれると嬉しいです。では。
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