悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~ 作:シャブモルヒネ
「中破、か。あの馬鹿……」
イムヤから帰還の一報を受けた新貝は、一人埠頭で待っていた。
無事を知らされても待っていられずに埠頭まで迎えにきてしまった。
清霜が突っ走ったと無線で聞いたときは本当に心臓が止まるかと思った。
喧嘩したまま死に別れるなんていう安っぽい展開はフィクションの中だけにしてほしい。
心配で禿げあがりそうだったが、祈ることしかできないのが提督だ。
その立場を呪ったのは初めてではないが、今回のも中々強烈だった。
本当に嫌な職業だ。
といっても今の新貝は誰に雇われているわけでもない自称提督に過ぎないのだが、まぁそれはそれ。
抜けるような青空の下、水平線の彼方に四つの人影が見えた。
清霜とイムヤ、それに戦闘中に遭遇したという元艦娘の二人だ。
逸る心を抑えてその到着を待つ。
ここで下手に甘い顔を見せてはいけない、と新貝は思う。ちゃんと言い聞かせて反省させなければ同じことが起こるからだ。
しかしそんな理屈とは関係なく、生きて帰ったことを褒めてやりたい気持ちも同時に存在した。
手を振っていたイムヤを始めとして、すぐに全員が上陸する。
新貝は相反する二つの気持ちに翻弄されて、叱りつけることも手をとって喜ぶこともできない。
埠頭から微動だにしないその姿にイムヤは何を勘違いしたのか、清霜にからかうように耳打ちする。
「ほら、滅茶苦茶怒ってるよ」
「ううう」
「命令無視はいかんよねぇ~」
北上はどこか面白そうに推移を見守り、大井は我関せずとばかりに周りを見渡して地形を確認している。
新貝は初見の二人に悪いと思いつつ挨拶を後回しにした。
正面の清霜を見下ろすと、清霜はもじもじとばつが悪そうに口を開いた。
「え、え~と、作戦は完了。ばっちり、かな?」
「……」
「ばっちり、じゃないよね……」
黙る新貝に清霜が根負けしそうになったとき、新貝はようやく一言だけ。
「無事、なんだな?」
「う、うん」
「なら、いい。早くドックに入れ」
新貝は帰還を喜ぶ気持ちをどうしても押し殺せそうになかった。きっとなし崩しで許してしまう。それなら場面を変えて、落ち着いてから話した方がいい。
そう決めて踵を返した。
歩き出しながら次善策をシミュレーションしていると、後ろから声がかかった。
「あのね司令官、その……無茶してごめんね?」
新貝の足が止まる。
息を吐いて、力を抜いた。
せっかく帰ってこられたんだ。不細工でいい、ありのままを伝えればいいんだと口を開く。
「お前な、本当に心配したんだからな。後で説教するから覚悟しておけ」
「うん。うんっ!」
清霜は小走りで新貝の横について、一緒に歩き出す。
(どうにも半人前だな、俺も清霜も)
ようやく肩の荷が下りた気分だった。
安心したところでようやく北上と大井を放置していることを思い出す。振り返って声をかける。
「ガダルカナル島泊地へようこそ。茶も出せないが歓迎する。悪いが挨拶と自己紹介は後だ。ついてきてくれ」
北上は目を細めてにへらと笑い、大井は白けた視線を向けてきた。
「なんだよ?」
「いんや~? ここの司令官は随分とお優しそうだなって思っただけ~」
「出世できないタイプね」
痛いところを突かれて一瞬、息が詰まる。
「うっせえ。んなことは自分でも分かってんだよ」
@
ひとまず清霜をドックに押し込める。
完治までの時間を示すカウンターが五時間を超えたことに驚いたが、仮にも戦艦ならそのぐらいかかって当然なのかもしれない。
むしろ清霜抜きで北上と大井に現状を説明する時間ができて好都合だった。
執務室に四人で集まって自己紹介を済ます。
北上と大井は、ガ島奪還作戦の時に応援にきていたブイン基地所属の艦娘“だった”らしい。
幸い、二人は自身が深海棲艦であることを把握しているようだった。
ならば話は早い。
何もかもを、包み隠さず話すことにした。
ガ島に集まった経緯や、元人間の新貝も深海棲艦もどきになってしまっていること、そして清霜が自身の境遇を理解しておらず、今のところ本人には秘密にしていることも話した。
それを聞いた大井の反応は冷ややかだった。
「それで? あの子から真実を隠して、今は廃墟で鎮守府ごっこをやってるってわけ?」
何が気に入らないのか凍りつくような目つきで新貝を見据え、脚を組み直す。
「まあそういうことになるな」
大井は片眉だけぴくりと震わせ、苛立たしさを隠しもせず言いきった。
「貴方、勲章ものの阿呆ね」
新貝は内心むっとしながら、言い返す。
「アホで結構。好き好んで悩ませることもないだろう。それに鎮守府ごっこと言ったが、ここが深海棲艦の領海内である以上、連中と戦うしか生きる道はない」
「あら、他にもできることはあるわよ。一つだけね。教えてあげましょうか?」
にこりと笑って告げる。
「死ねばいいのよ」
なんだこいつ。
口が悪いにしても限度というものがある。
(深海棲艦になっちまって、自棄になってるのか?)
あからさまな悪態に頭にきたが、ここで罵倒を返しても仕方ない。
視界の隅でイムヤがおろおろとしているのが分かる。
「お前さ、前向きって言葉を知ってるか?」
「お前って呼ぶのやめて」
ぴしゃりと言い返してくる。
新貝はめげない。
「たかが戻る場所がなくなって、全人類が敵に回ったってだけだろ」
「お先真っ暗じゃない」
「だが、まだ生きている」
「生きているっていえるのかしらね。こんなになって」
大井は自身の脚を見下ろす。
艤装を引っ込めている今は、新貝から見ても普通の脚にしか見えない。
だがそれは確実に化け物の脚なのだ。
でなければ艤装が生えてくるわけがない。
……大方そんなことを考えているのだろうと、新貝は思った。
「お前が何を考えようと勝手だがな、」
と新貝は腕を組んでふんぞり返る。
「俺は先が見えないからって死にたくないし、生きているから仕方なく生き続けるみたいなのもごめんだね。悲観していても良いことなんて一つもない。いつ死ぬか分からないなら尚更楽しい時間は長い方がいい」
違うか? といっそ挑発するように問いかける。
これは新貝の本心だ。その想いがなければ提督なんてやってない。
「楽しい、ねぇ?」
それまで黙って聞いていた北上が呟いた。
彼女は両手を頭の後ろに回した格好のまま、ピュウと口笛を吹く。
「ま、いいんじゃない。アタシは混ぜてもらおうことにするよ」
「は?」
大井は呆れたような声を出す。
今の話のどこに惹かれる要素があったかが分からない、という顔だ。
「ただの楽天家の戯言じゃない」
「あのなぁ」
こうまで言われると流石にいらっとする。一言言ってやろうと身を乗り出すと、北上は思いもよらないことを口走った。
「いいじゃん、明るい職場なら大歓迎。そりゃ最後は全滅するかもしんないけどさ、めそめそしてないうちは付き合ってあげるよ」
ぎょっとする。
北上の口調に、大井のような悪意はない。素で言っているようだ。
(そういうことを本人たちの前で言うか?)
呆れる新貝と対照的に大井は平然としていた。北上の空気を読まない言動には慣れたものだと言わんばかりに。
彼女は埒が明かないと思ったのか、ひらひらと手を振りながら立ち上がった。
「私はパス。仕事でもないのに殺し合いなんてやってられないわ」
出口へと足を向ける。新貝は慌ててその背中に声をかける。
「お前はこれからどうするんだ?」
「疲れたから宿舎を借りるわ。敵が来たなら宿泊料代わりに戦ってあげるけど、上司でもない人の指示には従いたくないわね。邪魔なら追い出せば? あと、」
振り返って新貝を睨みつけた。
「お前って呼ばないで」
@
結局、北上だけが作戦行動に加わることになった。
大井は宣言通り宿舎に入って休んでいるようだ。
彼女のことをせっついても仕方がない、と新貝は考えている。
艦娘から深海棲艦になったというこの状況は、常識的なものの考え方で扱うにはあまりにも特殊すぎた。
危機が迫っているというだけで皆が皆手を取り合えるというのなら、今の人類は億単位で数を減らしていないだろう。
大井とは腰を据えて向き合っていくしかない。
「さて、とにかく今はお前ら三人だけが頼りだ」
執務室で新貝は目の前の娘たちを見渡した。
戦艦の清霜。
潜水艦のイムヤ。
重雷装巡洋艦の北上。
艦種のバランスが悪すぎるが、戦力が増えたのは単純に喜ばしい。
清霜も輪に加わって、改めて自己紹介をかわした。
「どうもです! 夕雲型の最終艦、清霜って言います。今は改二で戦艦です! よろしくお願いしまーす!」
「よーろしくー。アタシは北上。スーパー北上様って呼んでね」
あ、今の突っ込むところね、と北上は指を立てる。
大井もアレだが、北上もかなり癖が強いな、と新貝は思う。
特に先程のあの発言は何のつもりだろう、ブラックジョークにしても笑えない。
せめて最低限の協調性はあってほしいが、どうなんだろう。
北上と大井はブイン基地の所属だった。その性格を新貝はほとんど知らない。
「おーい、おっさ~ん」
と北上が片手を上げる。
新貝は最初、呼ばれているのが自分だと気付かなかった。
「俺をおっさんと呼ぶな。おにいさ……提督か司令官と呼べ」
「え~、私の提督はブイン基地に居るんだけど……ってもう違うか」
「え、違うんですか?」
と清霜。
「もう辞めちゃったっていうか、うん、大体そんな感じ」
「辞めた……?」
清霜が不思議な顔をする。
(おいおい、大丈夫か)
ちゃんと設定を打ち合わせするべきだっただろうか、と新貝は危ういやり取りにひやひやする。
一応、秘密は守ってくれるつもりはあるようだが。
北上は新貝に向き直る。
「ところでさ~、ここって空母いないの? 制空権とられっぱなしじゃおチビちゃんたちには厳しいよ~?」
「んな事言われてもな。いないもんはしょうがないだろ。転籍を要請しようにも無線も届かん」
そう、電波が届かないことにしている。
下手に艦娘を呼び込んでも争いごとにしかならないだろうから、無線機はガ島の身内専用で使うと清霜には伝えていた。
「じゃあさー、どっかでスカウトしてきてよ。人員確保も司令官の仕事だよ?」
「どっかってどこだよ。野生の空母でも見つけてこいってのか。捨て猫じゃねえんだぞ」
「求人広告を出そうよ。ガ島泊地はアットホームな職場です、給料とお休みはありませんが充実した生活をお約束します、とか? どう?」
「あまりにもブラックすぎる」
どこぞの居酒屋社長も真っ青だ。
ちえ~、と北上は唇を尖らせる。
「おチビちゃん、アンタ艦載機とか出せないの? レきゅ、れ、れ、練習すれば、出せるんじゃない?」
(こいつ今、「レ級なら」って言おうとしたな)
「出せませんよ。戦艦なんですから」
「航空戦艦じゃないの?」
「そうなんですか?」
「いや~、分かんないけど。何となく」
「じゃあ試しにやってみます」
清霜は格闘ゲームのキャラクターのような構えをとり、顔を真っ赤にして「う~~!」とりきんでみせた。
何も起こらない。
やたらシュールな絵だな、とその場にいる全員が思った。
やがて脱力して大きく息を吐く。
「だ、出し方が分かりません」
「そっかぁ」
じゃあ仕方ないねと北上はあっさり諦めた。
新貝はパンと手の平を叩いて皆の意識を集める。
「はい、お喋りはここまで。今はこれだけの戦力で戦わなきゃならん。相手は最近までここガ島を占拠していた集団の生き残りだと思うんだが……」
新貝は一つずつゆっくりと説明する。
敵は偵察を出してきていることからガ島奪還を狙っていると思われること。
敵の本拠地を見つけなければ防戦一方であること。
こちらの数が少ない以上、なんとか先手を取って打撃を与えたいこと。
「その本拠地って東の島の海岸じゃないかなあ」
北上が軽い調子で口を挟む。
「ここに来る前に、いっぱいいたのを見たよ」
「どこだって?」
「いやだから、東の大きい島。難破船を根城にしてるっぽかったよ。攻撃してきたから何人かやっちゃったけど」
「東の島ってマライタ島か? それともマキラ島?」
「え~っと、北東のほう」
「マライタ島か」
だとしたらものすごく近い。清霜たちが速度を出せば一時間もかからないだろう。
「そんな近場に敵の本拠地があったのか……」
今にも敵襲が来るのではないかと思わず窓から外を確認してしまう。
イムヤも横に並んで窓から海岸を眺める。
「あの島の海岸には確かに廃船が座礁していたね。けど周りに深海棲艦がいる様子はなかったと思うな」
既に調査していたイムヤが言う。
「それって夜だったんじゃない? 見張りだけ立てて他のは船の中で寝てたとかじゃないかな~」
「深海棲艦にそんな生活周期みたいなものがあるわけ……」
と言いかけて自分たちの生活を思い返す。
「いや、そういうこともあるかもしれんな」
うん、と頷いて執務室の娘たちを見渡す。
「確認はすべきか。イムヤ、一休みしたら偵察に出てくれるか?」
「分かりました」
まだ陽が落ちるまで余裕はある。上手くいけば今夜中に攻勢をかけることも可能かもしれない。
「夜になるとその船の中に敵が引っ込むというなら、奇襲の成功率は大きい。状況次第では今夜出撃するぞ」
新貝が決めると、清霜がうきうきとした様子で身を乗り出す。
「清霜はっ?」
「お前は謹慎! ……と言いたいところだが、流石に戦艦を抜く余裕はない。出てもらうが、絶対に、絶対にイムヤの言うことを聞くんだぞ?」
「やった、出撃だー!」
「おい! 今度言うこと聞かなかったら本当に許さんからな? 分かってんのか!?」
はーい、と明るい声を上げる。これはもう絶対に忘れている。イムヤが偵察している間にみっちりと教育し直さなければ、と新貝は心に誓う。
そのイムヤが、あの~と遠慮がちに手を挙げた。
「もしかして、私が旗艦やるの?」
ちらりと北上を見やり、
「北上さんの方がいいんじゃないかな~って思ったり」
と小さな声で言う。
北上といえば艦娘の中でもかなりの有名人だ。沈めた姫級の数は片手では収まらないという。イムヤが気を使うのも無理はない。
「いや、北上は来たばかりでお前ら二人のことをよく知らない。だったら。イムヤに清霜の手綱を握ってもらって、北上にはある程度自由に動いてもらった方がいい」
「んー、司令官がそう言うなら……」
「おっけー、アタシは自由に頑張るよ~」
「ちょっと司令官、私の手綱って何!?」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出す清霜の首根っこを掴んで「むぎゅう」と黙らせる。
「よし、じゃあイムヤは偵察。あくまで慎重にな。北上は、夜に備えて待機。以上、解散」
手の下から清霜が抗議する。
「私も休みたーい!」
新貝はできるだけ爽やかになるよう努めて笑顔を作る。
「お前は、俺と、戦闘原則の復習をしようか」
「え~っ!」
もがく清霜を椅子に座らせ、新貝は目の前に陣取った。
清霜はイムヤと北上に助けを求めるが、二人は無情にもひらひらと手を振りながら退室していった。
@
件の難破船は大当たりのようだった。
イムヤによると、十人以上の深海棲艦の姿が確認できたらしい。
前作戦であれだけ叩いて、更に清霜達でもう十人は倒しているのに、まだそんなに残っているとは思わなかった。
だがきっとこれで最後だ。ここを潰せば、以前ガ島を占拠していた深海棲艦の郡体は壊滅することになるだろう。
夜戦と決め、清霜とイムヤと北上の三人に待機を伝えた。
執務室に戻ると、大井が手持無沙汰に機材を眺めていた。
試しに声をかけてみるが、完璧に無視された。ありえない。これが本土の鎮守府なら厳罰ものである。
しかし今は誰もルールで縛る者はいない。だからこそ大井も好きにしているのだろう。
「……大井、か」
北上と並ぶ有名人だ。彼女も激戦区の第一人者として各鎮守府から引っ張りだこになっていると耳にしたことがあった。
それが本当なら、是が非でも一緒に出撃してほしいというのが本音だった。
しかし悠長に説得している時間はない。
角を矯めて牛を殺す――そんなタマには見えないが、腕に自信があるであろう彼女はいかにも偏屈そうに見えた。臍を曲げたらガ島から出て行ってしまうかもしれない。
今は黙認しておくしかない。
まずは目の前の敵。
先手をうって叩けるだけ叩いておきたかった。
@
定刻になり、夜戦任務を開始する。
三人が出撃していき、新貝は無線機の前に座って連絡を待つ。
今回も奇襲だが、今度は本拠地を直接叩く。ここでどれだけ減らせるかが今後の進退に大きく関わってくるだろう。
指を組んで、頭の中で作戦をシミュレートしていると、執務室に大井が入ってきた。
「あの子たちはもう出たのね」
「ああ、いよいよ敵本隊を叩く。なんなら今から合流してもいいんだぞ?」
一応、聞いてみる。
が、大井はにべもなく断った。
「嫌よ。大体なんで戦わないといけないの?」
「なんでって……先に叩かないとやられるのはこっちなんだぞ?」
「本当にそうなのかしら?」
「何が言いたい?」
聞いてみると溜め息混じりに返答があった。
「あの国は野蛮だから今のうちに潰しておかないと危ない、とか。防衛戦略のために力を削いでおくべきだ、とか」
大井はソファーに腰を下ろしながら続けた。
「歴史上の指導者たちはそう煽って侵略を正当化していたけれど、本当にそれは必要だったのか、って話よ」
「だが現に、マライタ島の深海棲艦は攻めてきているだろう」
「それって奪還しにきてるだけなんじゃない? だってここガ島は元々そいつらが占拠していたんでしょ? 自分の立場で考えてみなさいな、もし貴方がまだ提督で、ショートランド泊地が深海棲艦に奪われたとしたら?」
「そりゃあ……」
獲り返すに決まってる。だが、ショートランドとガ島では話が違う。
「ガ島泊地だって元をただせば人類のものだ」
「そんな昔の話、深海棲艦には理解できないんでしょ。ずっと住んでいたところが奪われた、だから獲り返す。そいつらが攻めてくるのは、きっとそれだけの話なのよ」
「じゃあなにか、黙ってここを明け渡すべきだと言いたいのか?」
「そこまでは言わないけど。ただ、積極的に殺しに行くのは気が進まないのよ」
へえ、と思わず声が出る。
「エース様も案外優しいところがあるんだな」
茶化すように言うと、じろりと睨みつけてきた。
正直、怖い。が、めげずに新貝は続ける。
「まず言っておくがな、俺は自分が正しいことをしているつもりはないぞ」
なるべく堂々と見えるよう、はっきりと語る。
「清霜とイムヤと、今はお前ら二人もだな、知ってる奴を生かすために戦っている。それ以上でも以下でもない」
提督に着任したての頃は、深海棲艦をただの侵略者だと認識していた。人類を排除して、縄張りを広げる。それだけのために侵攻してくる謎の生物。そこに理念や善悪はなく、どちらが生き残るかというだけの原始的な争い、それがこの長きに渡る生存戦争の正体だと思っていた。
けれど深海棲艦はただの侵略者ではなくて、本当は艦娘や人間の生まれ変わりかもしれないと知った。ならば戦う理由も違ってくる。害意だけを原動力に人類を襲うような、悪なる深海棲艦も確かに居よう。だが大井の言うような、故郷を取り戻したいだけの善なる深海棲艦もどこかに居るのかもしれない。
だがそんなことは関係ない、と新貝は言う。
「やらなきゃやられる、それだけだ。確かに回避できる戦いもあるかもしれないが、そこんとこの判断は、神ならぬ身の俺には分からない。憶測でやるしかないんだ。それで善い奴を意味無く殺しちまうこともあるだろう。それが正しくないことぐらい分かってる」
でもな、と立ち上がって窓から外を見る。
見えるのは木々と浜辺。仲間たちはもう見えない。けれど想いは届いてると信じたい。
「それでもやるんだよ。間違いを犯したら他の誰でもない自分のせいだって分かった上でな」
自分がまだ人間だった時に倒してきた深海棲艦はどうだったのだろうか。
奴らだって、生き残るために仕方なく武器を手にしていただけかもしれない。
「そんなの全部分かってて殺し合うんだよ。当たり前だろ、それが戦争なんだから」
いくら指導者がプロパガンダをばら撒いて正当性を与えてくれたって、殺し合いの本質を変えられるわけじゃない。
敵も愛する者のために戦っていて、本当は殺しなんてしたくなくて、帰れば家族や仲間と笑ってすごすような、そんな優しい誰かなのかもしれない。そいつを土足で踏みにじることができないなら戦争なんかに参加してはいけないのだ。
「仮にマライタ島の深海棲艦が住処を獲り戻したがっているだけだとしても、俺は攻撃を辞めない。白旗を揚げるっていうなら考えるけどな」
そこまで言うと、大井は意外なものを見たように軽く片眉を上げてみせた。
「ただの新米提督かと思っていたけど、少しは考えている新米提督のようね」
「だったらその新米を取れよ」
「いやよ。だってその考えを部下に徹底できてないじゃない」
大井は腕を組んで首を傾ける。その眼には優しさなんて一欠片もありはしない。
「清霜とイムヤ。あの娘たちは“害獣”は殺せても“元艦娘”は殺せないでしょう?」
大井は、暗にこう言っているのだ。
口でいくら偉そうなことを言ったところで実行に移せなければ意味がない。自分達のような、意思をもつ深海棲艦が敵に回ったらどうするのだ、と。
「……そこなんだよなぁ」
新貝はぼりぼりと頭を掻く。
「俺には指導力ってやつが足りなくてな、どうにも甘やかしちまう。今はまだいいが、そのうち困ることになりそうだ。大井よ、お前に協力してもらえると助かるんだが」
請われた大井は、憮然として固まる。不意を衝かれた顔は少し愛嬌があるなと新貝は思った。
「何を馬鹿なことを……。自分でやりなさい、それが貴方の仕事でしょ?」
ぷい、と横を向いてしまう。
「まあ、その通りなんだが。それを教えるには深海棲艦とは何ぞやというところから教えきゃならん」
清霜はまだ自分を艦娘だと思っている。自分が正義の味方だと信じているからこそ戦うことができているのだ。それを否定してしまっては、貴重な戦艦枠がボイコットしかねない。だから言えない。
(……クズ司令官、と呼ばれても否定できないな)
何も知らない娘に手を汚させているのだ。地獄行きは免れまい。いいや、地獄にも拒否されたから、未だに現実という名の本当の地獄に縛られているのかもしれない。
@
灯りのない夜の海は墨汁を垂らしたようにただただ黒く、暗がりに慣れた潜水艦娘の眼をもってしても見通すことはできなかった。
イムヤは速度を落として水平線を睨むように凝視する。
闇の中にぼんやりとその輪郭が浮かび上がった。
――難破船。
誰にも言ったことはないが、夜の海は嫌いだ。あまりにも黒すぎて、己と世界の区別が曖昧になる。気付かないうちに暗黒の内へと引き擦り込まれるのではないかと被害妄想が膨らんでしまう。
「着いたよ。あれが敵がいる難破船だね」
イムヤは二人の存在を確かめるように声をかける。小さく返事があった。密かに安堵する。
一呼吸置いて、手順を確認する。
「最初に清霜が砲撃して、出てきたところに私と北上さんが魚雷を撃ちまくる。敵が散開したら九時方向から囲んで各個撃破。なるべく他の敵から離れるように動きながら攻撃すること。やばそうなら合図を出すから西から大回りで……って、清霜? 聞いてる?」
清霜は、遠い目をして難破船を眺めていた。
イムヤもつられて見てみる。あれは軍用船だ。穴でも開いているのか、傾いて後ろ半分が海水に浸かっている。あれではもう航行することはできないだろう。
清霜がぽつりと漏らす。
「あの船に乗っていた人達はどうなったのかな」
「それは……」
深海棲艦に補足された船の乗員がどうなるのか? 少なくともイムヤは、生きて帰ったという事例を知らない。
何と言ったものか濁していると、北上が横から口を挟んできた。
「殺されちゃったんでしょ。もうあそこに生存者は居ないよ」
だから遠慮しなくてだいじょーぶ、と小声で伝える。
「そっか……そうですよね、深海棲艦はやっつけなきゃですね」
「そうそう、敵は倒す。当たり前のこと」
北上は陽気に振る舞う。これから奇襲が始まるというのに未だに緊張感の欠片もない。
(なんなんだろう、この人)
実力者とは聞いていたけどこうまで気を抜けるものなのだろうか。生き死にそのものに頓着がないようにしか見えない。
最前線で長く戦っているとこうなってしまうのだろうか。
それとも、深海棲艦化した影響でもあるのか。一度死んだから価値観が変わってしまった、というのは大いにありそうだ。
――それでは困るのに。
もしこの人が本当に私が見捨てた人だったなら、謝ったときに「別にどうでもいい」で済まされそうだ。それではとても困る。そんなんじゃあ死にぞこなった甲斐がない。ちゃんとこう、もっと……。
その時、イムヤの視界の隅にぽつぽつと小さな影が見えた気がした。
北上から目線を外して確認するも、暗さと波の揺れが相まってよく分からない。波飛沫と間違えたのだろうか。
「あ、敵だね」
北上が平坦な声で報告する。
敵? と声に出す寸前、イムヤも捉えることができた。
遠く、自分たちが通ってきたルートから、真っ黒い影が五つ。いいや、その後ろにもっといる。
――七、八、……もっとだ!
「ありゃー、連合艦隊だねー。待ち伏せされてたってわけだ」
真横から軽口が聞こえてくるが、全く頭に入らない。
連合艦隊と正面きって戦うだって?
絶望的な状況だ。こうなれば夜戦もくそもない。三対十二なんて勝負にもならない。
@
『司令官、こちらイムヤ! 奇襲は失敗! 敵は連合艦隊! 繰り返す、敵は連合艦隊!』
無線機から突然差し込まれた声に、新貝は狼狽する。
「奇襲失敗、だと……!」
敵は夜襲を警戒していたに違いない。
十人以上いるのは分かっていたが、今回の作戦はあくまで無防備なところを狙うことが前提にあった。正面から対峙するとなれば話は違う。
全ての計画が崩れた。
逃げるしかない。
だがどうやって? 既に退路は塞がれていると報告にある。前方、マライタ島を大きく回りこんで逃げるという手はあるが、大きな島の裏側に別の深海棲艦の群れが居ないという保障は全くない。
焦る新貝、それを大井は一瞥し、冷静な口調で無線機に声をかける。
「敵は全部で十二人? 他はいないのね?」
無線機からの返答は、YES。
「だったら問題ないわね」
そう言うと大井はソファーの上で鷹揚に脚を組む。
髪先をいじって「あら、枝毛」とまで呟いた。
我関せず、といった大井の調子に、新貝は開いた口が塞がらない。
それを大井は横目で見つつ、至極つまらなそうに言った。
「あの女なら十二人ぐらい、どうってことないわ」
@
「深海棲艦は夜でも艦載機を飛ばせていいよねえ。艦娘より夜目が利くのかな?」
北上の悠長な呟きを合図としたように、上空からは虫が鳴くような甲高い音がいくつも唱和し始めた。
敵の艦載機が飛び立ったのだ。
既に制空権は奪われた。もう攻撃が届く奴もいるだろうに、敵艦隊は最大戦速でひたすら距離を詰めてくる。
「絶対に逃がさない、という意気込みを感じるねぇ」
「何を暢気なことを!」
旗艦のイムヤは焦る。焦ることしかできない。
頭上を抑えられたら逃げきることは不可能だ。艦船の足より艦載機の方が速いのだからいつまでも場所を報告されてしまう。
いいや、そうやって逃げ出す前に、大量の攻撃機と連合艦隊の連携攻撃を避けなければいけないというのがあまりにも厳しかった。ろくな反撃もできない程の数の差が憎い。
だというのに、北上は未だに棒立ちのままでお喋りを止めようとしない。
「空母の艦載機ってさ~、空母がやられたらどこに戻るのかなあ?」
「北上さん、下がって! 死んじゃうって!」
こんな馬鹿な話があるか、とイムヤは心が折れそうになる。いくら助けたいと願っていても自殺志願者を守りきることはできない。
見ろ、猪突猛進の清霜でさえ及び腰で北上を説得しているというのに。
当の北上はあくまでもマイペースのままだ。
「いやさ~、これから空母が死んじゃうわけだからさ、どうなっちゃうのかなって思ったのよ」
北上は右手を高く伸ばす。
(この人は、一体何をしているの!?)
あの手から対空レーザーでも出して敵の艦載機を落とすつもりなのか? そんなことができるわけがない!
北上はきっと頭がおかしくなったのだ。それはきっと私達に会う前からで、ならば今までの言動にも納得がいく。妄想の世界に生きているのだ。だから死ぬことだって怖くない、イムヤはそう思った。
しかしそれでもイムヤは北上を置いて逃げることができない。例え狂人であろうとも、一度仲間と決めたからには見捨てて逃げることだけは絶対にしないと誓ったから。
だけど。
本当にそれでいいのか?
せめて清霜だけでも逃がすべきじゃないか――?
「憎しみ、恨み、復讐のチャンス、」
北上は相変わらずの調子でぶつぶつと、よく分からないことを言い続けている。
「敵は少ない、必ず殺せる、報いを受けさせるんだ――」
北上は、夜空に伸ばした右手を小さく握りこんだ。まるで星を掴むように。
「喜びが透けて見える」
その時、イムヤは見た。
北上の瞳は狂気に支配されてはおらず、はっきりとした意志の光が宿っている。
それは嘲笑の色をしていた。
「あいつら殺すことしか考えてない。だからバレバレなんだよ。ほんっと、どいつもこいつも馬鹿だよね~」
握りこんだ指をぱちんと鳴らす。
同時に、敵艦隊の前衛が、一斉に大爆炎に包まれた。
闇夜を破壊音が切り裂く。
敵の前衛四人が、あっけなく沈没していく。
イムヤはあまりの出来事に頭の中が真っ白になる。声も出ない。
視界の中では、北上がけたけたと笑みさえ浮かべて、無邪気に人差し指をくるくると回していた。
「なんだなんだ、罠か機雷か? 避けろ。右左、右右、左左左右」
北上が台詞とともに人差し指を左右に振ると、ぴったり同じタイミングで敵が左右に別れていく。
半々に別れた各部隊が、それでもなんとか陣形を組もうと速度を緩めぬままに大きくカーブする。と、そこでまたしても爆発。
右と左の艦隊で、同時に炎柱が立ち上がった。
夜闇が一層明るく照らし出される。
「な、なんで?」
思わず、疑問が漏れた。
誰も攻撃していないのに。
北上の動向はずっと視界に入れていた。彼女は喋りながら指を振っていただけだ。
清霜だって一度も攻撃していない。
その時に気付いた。
海面にわずかに残る、白い泡。航跡の余韻。
――雷撃?
(いつ撃った? 私が北上さんから目を離したのは、敵を発見した瞬間だけで――)
まさか、あんな初動の段階で? 敵の軌道を読んで先撃ちした? あの距離で?
イムヤの中の常識はありえないと告げている。
しかし、それしか可能性がない。
北上はそれをやり遂げたのだ。常人の技ではない。ましてやそれが十二人同時ともなれば、凄腕という表現にすら収まるものではないだろう。
イムヤは北上が艦娘だったときの仇名を思い出していた。
――エース・オブ・エース。
イムヤが戦慄を覚える暇もなく、爆炎の中から敵が一人抜けてくる。
「おおっと、炎で雷跡が見えちゃったかな?」
生き残った敵が、せめて一矢を報いようと雄たけびを上げながら砲身を構えた。
慌てて清霜が迎撃態勢に移ろうとする。が、北上はひらりと腕を伸ばしてそれを制した。
「アタシの魚雷は四十本。連合艦隊相手なら、撃ち漏らしても余りが出るのさ」
宙を彷徨っていた人差し指を、銃の形に置き換えて、生き残りに照準を定める。
「既に、攻撃は完了済みなんだよねー」
BANG!
敵の重巡が砲撃しようとしたまさにその瞬間、足元から浮かび上がった酸素魚雷が直撃した。
重巡は傾き、断末魔とともに海底へと沈んでいった。
「ふふん。これがスーパー北上様の実力ってやつよ」
イムヤと清霜はようやく我に返る。
――空は!?
敵の艦載機を警戒して顔を上げると、コントロールを失ったそれらが真っ逆さまに海水に落ちてくるところだった。
ぼちゃぼちゃと音を立て、一機残らず沈んでいく。
それを見届けて、北上は残念そうにぼやいた。
「あーあ、寝返らせたら航空戦力になると思ったのに。空母とリンクしてるなら、本体は生かしておかなきゃだめか」
殺すのは勧誘を断られてからでもできるしね、次からはそうしよう。そう言いながら振り返って、難破船へと進んでいく。
もうここには興味がないと言わんばかりに。
イムヤも清霜も後ろをついていくだけで精一杯だった。
北上強くしすぎた問題。
うちの大井・北上はものすごく仲が悪くて、廊下ですれ違ったりすると目を合わさずに舌うちするような関係です。
けどそんな話を見せるのもあんまりなので物語用に多少仲良くなってもらいました。うん、多少。