悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~ 作:シャブモルヒネ
その女は、突然やってきた。
新貝たちガ島泊地の面々が人類と多くの協定を結び終え、やっと一息つけるかなと思っていた頃だった。
その日、イムヤが哨戒に出ようと浜辺に出ると、女が一人でなんか普通に立っていた。
ネ級が一人、どでかいリュックを背負ったまま行儀よく直立して、「おはよーございまーす!」とにこやかに笑っている。まるで受付が戻るまでずっと待っていた営業サラリーマンのような佇まいだった。
イムヤは思わず周囲を見渡した。
他には誰もいない。
ガ島の浜辺にはイムヤと謎のネ級、ただ二人だけだった。
今は太陽が顔を出したばかりの早朝。早番以外の娘はまだ夢の中。
対応できるのは自分しか居ない。
「ええっと、どちら様でしょうか?」
敵――では無さそうだけど。
ガ島への来訪者。相手はいかにも旅路に慣れた様子に見える。偶然この島に辿り着いたというわけではなさそうだ。何らかの目的があって来たのだろう。
そんなイムヤの警戒をよそに、見知らぬネ級は礼儀正しく頭を下げてみせた。
「先日連絡させていただきました熊野と申します。動物の“熊”に、野原の“野”で“熊野”。かの日本の艦娘の血と記憶を色濃~く継いでいる航空巡洋艦でございます。以後、お見知りおきを」
「は、はぁ」
「ああっと! 漢字はお分かりかしら? ワタクシ、元が日本艦なものでして……。つい同郷のつもりで話してしまいました。申し訳ありませんね。ワタクシ、あの日本の航巡、く・ま・の、なものでして」
「い、いえ、私も日本の艦娘……だったので、漢字、分かります」
「あら、まあ! これは奇遇! だったらワタクシの名前もご存じでしょう? すぐに覚えてくれますね? 熊野ですよ、く・ま・の」
「は、はぁ。熊野さん。宜しく……」
ぐいぐいと、勢いがすごい。
――セールスマンみたい。ドアの隙間に身体をねじ込んでくる系の。
マシンガントークが止まらない。早朝にこの熱量は結構キツイ。
胸焼けしそうだったのでイムヤは頼れる上司に丸投げすることにした。
一名様、泊地へご案内。
「お手数おかけしますわ」
とりあえず、敵ではなさそうだと思った。
自称熊野さんには泊地の入り口で待ってもらうことにして、ささっと小走りで執務室に直行する。
うちのボスはまだ寝ていた。ハンモックの縁を引っ張って寝坊助を転がし落とす。
ドスン。
「ぬがっ! ……お、おお? なんだ? ……イムヤか。どうしたぁ?」
「おはよー。いい加減、起きたら? お客さんが来てるよ」
「お客さんー? 誰だぁ?」
「熊野って名乗ってるネ級さん。連絡はしたって言ってるけど」
「んん、熊野ぉ? ネ級ぅ? 俺は知らないぞ」
「えー? でも入り口で待ってるよ?」
「いやぁ、やっぱり知らんなぁ……」
新貝はのそりと身を起こして、握り拳も入るような大口であくびを一発、後頭部をぼりぼりと掻きながら立ち上がった。
「とりあえず会うしかないか。身支度整えるから五分だけ待ってもらってくれ」
「はーい」
イムヤはひらりとUターンして入り口に戻る。と、途中の廊下で大井とかち合った。人が往来する気配に気付いてやってきたらしい。
「何かあったの?」
眉根を顰めるお局様に事情を説明した。
この人は、話を聞いている間は無表情になる。それがイムヤには少し苦手だった。
「ふうん」
反応も平坦だった。
これでひとまず、ガ島泊地の二大責任者には報告したことになる。もう行っていいだろうかとそわそわしていると、察した大井が許可を出してくれた。
「ああ、貴女、哨戒任務だったわね。報告ありがとう、後はこっちで対応するわ」
こういうところは好きだと思う。
外に出て、足を揃えて待っていた熊野に事情を説明する。待たせてごめんなさいと謝ると「いえいえ、お気になさらずに」と微笑んだ。
悪い人ではなさそう、と評価を上方修正。
会釈をして浜辺へと駆け出した。
イムヤは哨戒を清霜と代わらなければならない。急ぎながらも振り返り、その姿をもう一度だけ確認した。
バックパッカーみたいなネ級だ。
海の旅路は、潮風と無縁ではいられない。身体中がべとべとになるはずだ。それを彼女から感じないのはリュックにひっかけたタオルで拭い取ったからだろうか。貴重な水も使っているのかもしれない。よく見れば、腰まで伸びた髪もさらさらと靡いている。頭に何か被っていたのだろうか。だとしたら相当根性が据わっている。この熱気まとわりつく南方海域でそこまでするなんてオシャレ好きな艦娘でも難しい。
身綺麗にしている深海棲艦なんて初めてかもしれない。文化の香りがする。
彼女がどこからやってきたのかが気になった。
――後で司令官か清霜に聞いてみよう。
「……にしても、どうして連絡が届かなかったのかな?」
@
結論からいうと北上のせいだった。
熊野と名乗るネ級は、二日も前に来訪を告げる手紙を送っていたらしい。自前の艦載機を使って、管制塔の上で昼寝をしていた人物に渡したとか。
「それ、アタシだ」
北上は中身を見るところまではしたらしい。が、そのままポケットに突っこんで存在を忘れてしまっていたと自白した。
「いやーごめんごめん。ついうっかり」
北上はしれっと謝った。言いながら執務室のソファーに身を預け、差し出された手土産の菓子をむしゃむしゃと食い始める。全く反省していない。
「あ、ありえませんわ!」
「うちの馬鹿が本当に申し訳ない」
まぁ、言い繕いようがない。
大井は北上の頭を引っぱたいて謝罪した。新貝も一緒に。
北上、新貝、大井の三名一列で座り、来客一名様には対面のソファーに座って頂いた。
聞けば彼女はワタリと呼ばれる旅ガラスをしているらしい。行商人まがいの取引もやっているとのことで、このままにしておけば世界中の海にガ島泊地の悪評を広められてしまうかもしれなかった。そんなのは困る。新貝としては他所の深海棲艦ともそれなりに友好的にやっていきたいと思っているのだ。
そう伝えると、熊野は大いに喜んだ。
「あら、まぁ! 今度の代表者さんは話が分かるようで助かりますわ!」
「そうなのか?」
「前の代表者――ガ島の飛行場姫さんは問答無用でしたから。自分たちのことを艦娘と思いこんでしまっていて、取り付く島もありませんでしたの」
「ああ、ヘンダーソンのことか。あいつやっぱり自分から孤立していたんだな」
「あら、お知り合いで?」
「こないだ復活してな。真実を教えたら愕然としていたよ」
「あらあら……。でもそうなると、今度は打倒人類となりませんでしたか? 勝手に信じて、勝手に裏切られたと思って……そういうの、黄金パターンなんです」
「いんや? その憎き人類ってのが当時まだ提督だった俺なもんで。その怒りは今んとこ全部、俺に向いてる感じかな」
「それはまた……。けれど、それでも一緒に住んでるんですか?」
「いやだってさ、飛行場は移動できないみたいだから。あいつ、ガ島の中ぐらいなら歩き回れるようだけど出ていくことはできないんだよ」
「向こうはできなくてもあなたは動けるじゃないですか。島から出て行けって爆撃とかされないんですか?」
「そこまではされないなぁ。ただ毎日死ねって言われるけど」
「へぇー、ほほぉーん」
「……なんだよ、その半笑いは」
「いえ別に。ただとっても想像力がかきたてられるな、って。後ほどじっくりと聞かせてもらいたいですわね」
「面白いもんかね? こんな話が」
「ええ。ワタクシが活動拠点にしている中部海域には刺激に飢えている方がたくさんおりまして。そういうエモいお話は高く売れるんですの」
「エ、エモい……?」
「出会いは最悪な方が燃えるんですの」
「は、はぁ……?」
疑問符を浮かべる新貝には応えずに、自称熊野はにこりと微笑んだ。
「でも本当に、新貝さんがまともで良かったですわ」
「なんだか含みのある言い方だな?」
「南方海域ですもの。こう言ってはなんですけど、皆クレイジーじゃないですか」
「……他所は違うのか?」
「ええ、全く。中部は勿論、北方も南西も、西方ですら喋れるのが普通です。こんな未開の海のままなのは南方海域だけですわ。……本当に何も知らないんですわね」
「なにせ前世まで人間だった初心者なもんで。色々と教えてほしいぐらいだ」
「ここにはコンゴウさんのところの生き残りが居るんでしょう? さっき聞きました。……キリシマさん、でしたっけ? 彼女は元々中部海域にいたんですし、聞けばいいのではなくて?」
「あんまり教えてくれないんだよなぁ……。説明が苦手ってタイプでもないんだが」
「あー……第三戦隊は、ちょっと浮いてましたからねぇ……世間の事情に疎いのかもしれません」
「ふむ?」
「第三戦隊は、やる事なす事が過激でしたので。周りからは距離を置かれていたという感じでしょうか」
「あー、分かる。とてもよく、分かる」
新貝は苦笑いしながらコンゴウの顔を思い出していた。
指を落としまくった口裂け女。
彼女はかつて、手打ちの条件で腹切りを強いてきた。そんな思考回路の持ち主は深海棲艦の世界でも浮くのだろう。
「ああいうのが一般的な深海棲艦のやり口だって言われたらどうしようかと思った」
「まさか! 少なくとも中部海域では異端者もいいところでしたわ! 彼女たちはきっと西方海域の方が合っていたに違いありません!」
「へえ。西方ではあんなのが普通なのか?」
「はい。あんなのばかりです」
「それはそれは……恐ろしい話だな」
かつて黒井が言っていた。「西方海域は手に負えない」と。それはどうやら規模だけの話ではないらしい。あの苛烈さ・凶暴さも持ち合わせているのなら確かに手に負えないだろう。けしてお近づきになりたくない。
「ええ、西方だけは止めておきなさい。……といっても南方も同じように言われているんですけどね」
「さっきから良い話を聞かないんだが……南方ってそんなに評判が悪いのか?」
「最悪です。だからワタクシしか来ないのですのよ?」
南方海域は未開の海。そこに今回、知性のある新勢力が生まれたのだから多くの深海棲艦群が注目している。だが、それでも場所が悪すぎた。なにせ南方海域である。悪名高き鉄底海峡といえば挨拶と殺人が同義の海である。そこで発生してきた狂人たちの記憶が鮮烈すぎて、興味があろうとも誰も近寄ることができないのだ。
「……そう、この勇気ある熊野だけが! 荒野を切り開く先人となれたのです!」
「おおー」
熊野は立ち上がり、ドヤ顔で拳を掲げる。そしてパチパチと自分で拍手。誰も応じてやらないものだから仕方なく新貝が合わせた。パチパチパチ……。なんだ、この茶番劇は。
「それはともかくとして、」
大井がずいと割り込んだ。
「まずは貴女がここに来た目的を教えてもらえるかしら?」
苛立たしげな雷巡に向けて、自称熊野は「んふっ」と微笑んだ。
「目的? それは勿論、顧客の開拓ですわ。特にこの南方海域では取引はおろか交流できる相手も皆無でしたから。そこに生まれた新勢力というだけで情報的価値があります。それに、人間と対話している点でも注目されているのですのよ?」
「む」
「……へえ」
人間と対話している。
来訪したばかりの深海棲艦がもうこちらの内情まで知っているとは思わなかった。
新貝と大井は顔を見合わせて素直に驚いた。
熊野は「ふふーん」と自慢顔。
何故分かるのかを聞いてみると、どうやら艦娘たちの動きで大体推察できるらしかった。
まぁ確かに……艦娘の連合艦隊にチェックメイトをかけられて生き延びた深海棲艦がいたのだから、何らかの取引があったことは想像に難くないのだろう。
「……しかし、なんかイメージと違うな。深海棲艦がそんなに他所の動向を気にかけるものだとは思わなんだ。もっと行き当たりばったりだと思っていたよ」
「それも南方育ちの弊害ですわねぇ。知恵があれば未来を考えるのは当然です。不測の事態に備えて、利益を逃さぬように……情報を集めるようになるのはむしろ自然な流れですわ」
「なるほどね。けど、深海棲艦的にはどうなんだ? 俺たちみたいな立場の集団は?」
「興味深い、というのが普遍的な意見でしょう」
「そんなもんなのか」
意外な言葉だった。
「この深海棲艦の面汚しめ! ……なぁんて言う者は殆どいませんわ。人間のように大義があるわけではないですし。「どうぞご勝手に。でも役立つ情報は流してほしい」という意見が大半を占めているのではないでしょうか」
「へぇー。そいつはありがたい話だ」
――考えてみれば。
狂人だらけというこの南方海域でも『人間絶対殺すべし』な者は居なかった。一番近かったのは黒井だが、奴も深海棲艦としての矜持で言っていたわけではない。むしろ人間的な感情から恨みつらみを言っていた。……憎悪を持て余しているのはむしろ人間に近い者だけなのかもしれない。
「――というわけでして、ワタクシ熊野はガ島泊地に発生した新勢力と友誼を結ぶべくやってまいりました。個人的な取引相手として……というのは勿論、様々な勢力からも様子を伺ってきてほしいとの依頼がありましたのでね。ほら、こーんなにお手紙を預かってきているのですよ?」
そう言って、来訪者は大量の手紙を並べてみせた。二十枚近くあるかもしれない。
想像以上に注目されている。
流石の新貝も、これにはちょっと腰がひけた。
これって結構……いや、かなり、物凄く重要な分岐点だと思う。
ここからがガ島泊地の真のスタートだ。新貝たちはこの手紙を第一歩として外部勢力たちと線で繋がっていくことになる。交流・同盟・貿易、エトセトラ。そんな交渉事を、このいくつもの勢力を相手に重ねていかねばならない。友好関係を築けるのか、敵対関係になってしまうのか、あるいは持ちつ持たれつの綱渡りを続けていくのか、全ては自分次第。そんな舵取りをこの自分が取り仕切らなければならないことに重責を感じた。
「……もっと真面目に勉強しておけばよかった」
と新社会人みたいな愚痴を呟くしかない。
何故だか霞の説教が聞こえるようだ。あんたはそんなんだから云々かんぬん。ぐうの音も出ない。人をまとめる立場の者として経験しておくべきことは山のようにあった。それらをサボってやり過ごしてきた過去の自分が恨めしい。
「はぁ~……」
隣に座っている大井のしかめ面がなんだか頼もしかった。北上は「ほーん、大変そうだねー」と我関せずな態度で論外だ。
大井に(二人で頑張ろうな)と縋るような視線を向けてみたら露骨に迷惑そうな顔をしたけれど。
仕方ない。
自分は――自分たちは、この深海業界の初心者である。それはもうどうしようもない。ならばこれからどうするか? この現状を脱するためには,まず目の前の情報通に教えを請うしかないだろう。
「……なぁ、熊野さん。このガ島泊地は、わりと注目されてるんだろう? 俺たちが交渉可能な集団と分かれば後からわんさと人が訪れると思って間違いないか?」
「はい、その通りです」
「じゃあ、あんたを優遇する。貴重な情報はまっさきにあんたに流そう。独占したいと言うなら応じよう。だからその他の連中と交渉するために必要な知識を教えてくれないか?」
「あらあら、まあまあ!」
自称熊野は心底驚いた、とばかりに長い睫毛をぱちくりと瞬かせる。
「あなた……本当に南方海域生まれですの? とても理性的で、その、感心してしまいました。砲を突きつけられることも覚悟していたのですが……いいでしょう! あなたとは良いビジネスパートナーになれそうです!」
「そいつは良かった」
握手のために手を伸ばす――が、熊野はすぐには握らなかった。
「で・す・が。情報の独占は結構です。そんなことをすればワタリとしての信用に関わりますわ」
「む。そうなのか」
「ワタリは特定の相手に肩入れしません。だからこそ七つの海を渡り行けるのです」
「中立を貫く、というわけだな」
「その通りです。ついでに、ワタリについてもお教えしましょう。……ワタリは中立。物資や情報を運んで見逃されるのもその信用があってこそ。逆を言えば、そんなワタリさえも襲うような海賊まがいの深海棲艦は一気に信用を失います。周り全ての勢力から総スカンを食らって孤立するでしょう。……日本でいえば、村八分というやつですわ」
「……肝に銘じよう」
言いながら、二人の手が結ばれた。
ひとまずここに交渉成立。よそ者との小さな同盟が組まれたのだった。
……そんな話をしている横で、天井を見上げる北上がぽつりと呟いた。
「危ない、危ない」
「?」
熊野は不思議な顔をしていたけれど。
新貝と大井はすぐにピンときた。
北上はこんなふうに思っていたに違いない。
『情報なんて脅して吐かせればいいじゃん』と。
……危ない、危ない。
新貝は「さて!」と手を叩いて場の空気を切り替えた。
「早速、色々教えてくれないか?」
「ええっと、そうですね。それで、知りたいことは何でしょう? その調子ですと、基礎の基礎から教えた方がよろしいでしょうか?」
「ああ、深海棲艦とはなんぞや? ってとこからお願いしたい」
「お任せくださいまし! お任せくださいまし!」
なぜか二回言いながら胸を張る。
そのようにして、世界中の人間の指導者たちが国民を人質に差し出してでも出席したいであろう深海棲艦講座が始まるのであった。
「……と言っても。『深海棲艦がどこからやってきたのか?』なんてことは分かりませんわ。世界中の誰にもね。人間だって、猿から進化したのか、神が土から作ったのか、そんな昔のことを記憶している者など居ないでしょう? それと同じで、深海棲艦も『今も生きている』としか言えないんですの。ですから、ワタクシがお教えできるのは現状と歴史だけ。それは宜しいでしょうか?」
「はいはい、それでお願いしますよ。熊野先生」
「よろしい」
自称熊野は、むっふーとご満悦。
「あなたたちに必要なのは、私たちの世界の常識……先程申された『深海棲艦とはなんぞや?』というところでしたわね」
そう言って、持参したリュックから百円ショップで売ってるようなミニサイズのホワイトボードを取り出した。続いて、ポン、とボードペンの蓋を取る。
彼女はまず題名を書いた。
『人間に対する態度』
そしてその下に、シンプルな十字を、でかでかと加えた。
それはどうやら、X軸とY軸らしい。
X軸の右側に『味方』、左側に『敵』と書いた。
Y軸の上側に『生かす』、下側に『殺す』と書いた。
熊野はそのホワイトボードをよく見えるようにテーブルの中央に置いて、説明を始めた。
「深海棲艦の傾向は、この図にあてはめて大体四つに分類できます。即ち、
人間が『味方』だから『生かす』派。
人間が『味方』だから『殺す』派。
人間が『敵』だから『生かす』派。
人間が『敵』だから『殺す』派です。
同じグループなら話が合います。違えば噛み合いません。……といっても憎しみあっているわけではないです。人間でいうと……宗教が違うだけ、と考えてください。表面上だけならつき合えるんです。深海棲艦も多くがそうしています。……ここまでで何かご質問は?」
新貝も、大井も、北上さえも。思わず顔を見合わせてしまった。
「いやぁ、どこからどう質問していいのやら……ひとまずは……」
「はい、どうぞ」
「『味方だから生かす』は分かる。『敵だから殺す』も分かる。でも他の二つは……?」
味方だから殺す派。
敵だから生かす派。
この二つがよく分からない。
「オッケーですわ。ではまず『敵だから生かす』派。これは単純ですわ。本気を出して滅ぼしたら戦う相手がいなくなってしまう、だから可能な限り殺さない……例えば、そうですね……彼女たちの間には『大破した艦娘に攻撃を当ててはならない』というルールがあります」
「……なんだか舐められてるみたいだな」
「深海棲艦には基本的に『敵を苦しめたい』『抹殺して安心したい』といった願望はありません。戦う行為自体が目的なんです。だから敵の生き死にはあまり重要ではない。任務や目的が達成できるなら殺す必要はないんです。行動不能にできたら自分の勝ち。それで満足なんです」
「ふーむ。スポーツ感覚なのか? まぁ理屈は分からないでもない」
「そうねぇ。何が楽しいのか理解できないけど」
「ほーん」
新貝たち三人はとりあえずの納得を見せた。
熊野は大仰に頷いて、次の派閥について話を進める。
「お次の『味方だから殺す派』。これは一番特殊なグループですわ。深海棲艦全体で数えても一割もいないでしょう。……といいますか、ほぼ女帝連合のことを指すと思ってもらって構いません」
「女帝連合? なんだか物騒な名だな」
「あら、ご存じない? ……ああ、そうね。人間側では違う集団名がついているのでしょう。女帝連合とは、最近、南西海域に根を張った大規模群のことですよ」
「いや、知らないが……」
「ええ? オーストラリア、南西海域、北極海の覇者たちですよ? 彼女たちが手を組んだなんていう大ニュース、人間側でも流れていないわけがないでしょう?」
……と言われても。
新貝は首を捻りながら大井に確認する。軍の情報に詳しかった彼女なら知っていると思ったからだ。
しかし、彼女も首を振った。
北上も頭上に「?」を浮かべている。
その様子を見た熊野は、頭痛をこらえるように眉間の皺を揉んだ。
「日本って……重要な情報ももらえていないんですのね……」
何故だか深海棲艦に憂慮されている。
大丈夫か、日本。国際情勢から置いてきぼりにされているようだぞ――と新貝は他人事のように思った。後で不破に教えてやろう。
「でもですね。この同盟はもう性質を変えました。彼女たちは人間を殺しません」
「性質が、変わった? よく分からないな」
「目的が次のステージに進んだと言えばいいでしょうか。ええと、どこから説明したらいいのやら……」
熊野はウンウンと腕を組みながら唸っていたが、結局最初から説明することにしたらしい。「いいですか」と前置きしてから口火をきった。
「生きるための目的というものは本能に根ざしています。人間でいうと、三大欲求。寝る、食う、ヤる。つまり、生きること、増えること。それらが安定したときに次のステージに進みました。人生の意義について考え始めたんです。各々が幸福とは何なのかを模索し始めました。……ここまではいいですか?」
「はぁ。まぁ異議は無い」
深海棲艦から語られた人間観。それについて否定すべき点はあまり見当たらなかった。
「じゃあ深海棲艦の本能とは何なのか、という話になります。三大欲求は……ないとは言いませんが、根幹ではない」
「……未練、か?」
「それは後付けです。本能ではありませんわ」
「本能、ねぇ」
「深海棲艦の本能は、兵器としての本分です。色々ありますが……このケースで主題となるのは二つ。『自分に備わった機能をどこまで発揮できるか?』と『誰かに管理されたい』です」
熊野は指でピストルの形を作って、虚空に向けた。
これも一つの兵器。
「深海棲艦が戦うのは、幸福や安心のためではありません。己の本分を果たすため。戦うために作られた兵器がどこまで成果を出せるのか? それを証明するのが一つ目の本能」
熊野は指のピストルを撃つゼスチャーをした。何度も何度も。そして最後は指を開いてパーにしてみせる。
壊れた、という意味だ。
「そんな深海棲艦という生き物は、戦うこと自体が目的だから、終わりが無い。いつか別の誰かに壊されます。仮初の安寧を願う者もいますが、そんな平和主義者も心の底では闘争の炎を燃やし続けているんです。戦っていつか壊れるか、戦わずに燻り続けるか。そのどちらかしか道は無かった。しかし、」
熊野は、今度は両手をがしりと組んで大きな銃を作って見せた。
頑強で、強力な兵器。
戦争を終わらせてしまった兵器。
「勝ち残ってしまった者たちが、三人居た。彼女たちは立ちはだかる艦娘と深海棲艦を撃破し尽くして、それぞれがオーストラリア大陸を、南西海域を、北極海を制覇した。つまり、誰の目から見ても分かりやすい一定の成果を得たということです。彼女たちは思いました。これで己の性能を証明することができた、と。そして満足したのです」
熊野は手製の銃を下ろして床に向ける。
それは戦争の終わりを示している。
「これが人間なら更なる領土の拡張を望むでしょう。覇権を確立し、安定を得て、繁栄の礎を築こうとする。けれど深海棲艦は違う。後のことなんて興味が無い。だから「もういい」と歩みを止めた。これ以上勝ち続けても同じような満足感しか得られないなら、別の欲求を満たす方にシフトしようと思った。そうして次に選ばれたのが――『誰かに管理されたい』という願望です」
「ふーむ……」
新貝にはさっぱり分からない。管理されたいとはどういうことか?
己の人生を他者に任せきりにしたいということだろうか? それは怠惰の道だ。深海棲艦とは、進んでヒモになりたい生き物なのだろうか? でも戦って死ねと言われたら喜んでそうするという。死んでもいいから身を委ねたいとはどういうことか。
管理とはなんだろう。兵器としての本能とは?
「それは、優秀な管理者に上手に運用してほしいという欲求です。兵器とはあくまで『従』の立ち位置。『主』ではない。だから我々は、本能的に目的を掲げてくれる誰かや具体的な任務を与えてくれる誰かを求めている。そして命令されたいとさえ思っているのです」
「なるほどねー」
そう呟いたのは、北上だ。
三人の目が集まる。
「デス子ちゃんがそんな感じだった」
それは、かつて第三戦隊を全滅の憂き目にあわせた破格の駆逐艦。彼女は深海棲艦になる前の人生で身体を破壊されすぎて元の人格を喪ってしまった。人間的な感情は殆ど消えて、残ったのは自己防衛のための身勝手な論理と……兵器としての本能だ。
だから彼女も主を求めていた、ということだろうか。
「そうですね」
熊野は肯定した。深海棲艦としては珍しくないケースらしい。
「そんな三人の女帝たちは、ずっと率いる側だった。部下たちは最優秀といっても過言ではない主を持ててさぞ満足だったでしょうが、肝心の女帝たち自身はまるで満たされなかった。これからは自分が誰かに管理されたいと思ったのでしょう。……しかし、彼女たちの主たりえる者などそうそういるはずがないのですわ」
「それは、そうでしょうね」
大井は一応の納得を見せた。
「それだけの実力と実績があるのなら、今更格下の相手に命令されたくないでしょう。とびっきり優秀な管理者を望んだのね。……でも見つからなかった」
「その通り。そこで彼女たちが始めたのが、人間判定試験です」
熊野はホワイトボードを手に取って、そこに書いた図を消し去った。
そして次に書いたのは簡単な世界地図。
六つの大陸。七つの海。
更にその世界地図に、大きな丸を三つ追加した。
オーストラリア大陸。
南西海域。
北極海。
それぞれを丸で囲み、そこから矢印を周辺へと伸ばしていく。
「彼女たちはせっかく手に入れた支配域を棄てて世界へと飛び出しました。それぞれ別に、しかし同時に、シンクロするように似たような行動をとりました。己に相応しい主を――“真の人間”を探し始めたのです。ペルーを、メキシコを、アメリカを。あるいはフィリピンを、マレーシアを、インドネシアを。あるいはロシアを、中国を、日本を、部下を率いて彷徨いました。それぞれが人間を捕まえて独自の基準で判定試験にかけたんです。こやつは真の人間や否や? ……そして当たり前のように失格者しか現れず、そのたびにこう嘆いたといわれています」
いくつもの地域をバツで塗りつぶしながら、熊野は淡々と呟いた。
「ここに人間はいなかった、ここにも人間はいなかった」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がした。
「彼女たちにとって失格者は人間未満なのです。何故ならば人間とは――兵器を生み出した親である人間とは、当然兵器の上位者でなければならないのですから。神のような存在でなくてはならない。そうでない者は人間ではない」
「……失格者は、どうなった?」
「さぁ。きっとどうもしなかったと思います。人間でないなら用は無い、それ以上でもそれ以下でもなかったはずです。けれど……その試験とやらは苛烈を極めた内容であったと聞いていますわ。本性を暴き出して量るためにあらゆる手段を講じた、とか。それで仮に死者が出ようとも、女帝たちにとって失格者は人間ではないのですから問題ありません。こう言い捨てたと聞いています。「間引いてやったのだ」と」
「……」
胸糞が悪くなるような話だった。
――これが『人間が味方だから殺す派』とやらの実態か。
女帝連合。そんな連中が南西海域に巣くっているという。
が、ふと思った。
連合……というからには手を組んでいるのだろう。世界をまたにかけて別々に放浪していた連中が、どうして寄り集まって手を組んだ?
その答えを示したのは、やはり熊野だった。
「主が見つかった、らしいです」
彼女はホワイトボード上の地図のある一点に大きく丸を書き加えた。ぐるぐると。そこは、西方海域の入り口に位置する国だった。
――ベトナム。
「三人の女帝たちが心酔するような天上人が見つかったらしいです。私も詳しくは知りませんが……今では、頑強な防衛線を築いて大帝国を作り上げているところらしいですわ。幸いだったのは、そのご主人様が常識人だったことでしょう。“彼”か“彼女”かも分かりませんが……とにかくそのご主人様が殺生禁止を言い渡したおかげで女帝たちは虫も殺さぬ仏のようなレディになったとか何とか。……これがもし「世界を征服したい」という命令だったなら、女帝たちは喜んで全ての能力を奮ったはずです。そして、その任務はきっと短い時間で達成されたに違いありません。……『ピースメイカー』、知ってるでしょう?」
その名は、人間なら誰もが知っていた。世界で最も有名な深海棲艦。かつて人類との融和を掲げてロシアの野党と手を組んで、とうとう北極海まで制した双子の少女たち。彼女らはメディアにまで姿を晒して多くの者たちを「平和」や「融和」という甘い言葉で魅了した。そのせいで親深海棲艦派の団体が雨後のタケノコのようにぽんぽん増えて、『ピースメイカーに学ぶ経営術』みたいな本も出版されて羽がついているかのようにバカ売れした。……もっとも、あの有名な裏切りのせいでタケノコ団体は全て解散し、エセ啓発本は発禁処分となったわけだが。
そんなピースメイカーの片割れが、女帝連合の一人だと熊野は言った。
「もう一人のオーストラリアについて。……知ってます? ああ、知らない。これ、名前です。彼女はオーストラリア大陸を支配してそう名乗るようになりました。彼女は昔、オーストラリア大陸を奪還……占領しに来たアメリカ・中国・イギリスの連合軍を単体勢力で追い返しています。そして世界中の他勢力と連携して追撃し、挟み撃ちにして大損害を与えました。……これもご存じない? 情報統制されてるんですわねぇ。
――そんなワケですので、実力は確かです。けして逆らってはいけませんわ。今は極めて温厚な集団になっておりますが、もし主に害を成す可能性が毛ほどもあると認定されてしまえばオシマイです。ご主人様にばれないようにこっそりと始末されてしまいますから」
「……さいですか」
うんざりするような話だった。
解説のような導入のような妄想です。
もっと悪いひとたち
~女帝連合VS西方海域の極悪人たち~
みたいな感じでしょうか。悪役VS悪役って燃えますよね。
この続きは多分すぐに投稿しやす。