悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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果たし状でちょっと悪い人たちについて話し合うだけの話

正直に言えば、うんざりした。

女帝連合。

そんな厄介で強大な連中が、隣の海域にいるなんて。

しかもその根城が西方海域の入り口にあるために、世界一野蛮な西方の各勢力たちといつ衝突してもおかしくない状況らしい。大戦争が始まってしまう前に挨拶しに行って、立ち位置を明確にしておいた方が良い、とは熊野の弁。

頭痛がしてきた。

気分転換に、「ちなみにあんたは何派なんだ?」と聞いてみたら、「ど真ん中ですわ」という答えが返ってきた。

つまり、『人間の敵でも味方でもないし、生かすか殺すかもケースバイケース』という意味だ。

「……そりゃ思想も中立じゃなきゃワタリなんて生き方はできない、か」

そう、思想。

そして派閥。

あるいは政治。

溜め息しか出てこない。そういう面倒くさい世界が嫌で、人間時代は飲み会をばっくれていたというのに。だが深海業界ではそこに暗殺まで追加されるという。今は一体何世紀だ? 戦国時代か?

前職ではそんなことはなかったと――あの国はまがいなりにも平和だったのだと思い知らされる。

(……いや、前もボケっとしていたせいで死んだんだったよな)

また同じ目に遭うのはごめんだと思った。

気がついたときには部下が死んでいた、なんて間抜けなオチはもう味わいたくない。

「できることを積み上げる、か。……さて」

一息ついて。

ひとまず、メシにしようという話になった。

まだ朝であるからして朝食の時間。とはいえレパートリーがあるわけでもなく。

バナナか、不破提督からもらった肉か。なかなかヘビーな二択だった。

ブインからはそのうち他の物資を分けてもらえる予定になってるが……今はパンはおろか米も無い。

「肉と魚だけ……ときたら焼くしかないか?」

朝からBBQはキツすぎる。けれど、来客にその辺でもいできただけのバナナを出すわけにもいかないだろう。あまりにも雑すぎる。

「うーむ」

世界中の深海棲艦には知恵と理性がある、と教わったばかりだ。ならば礼儀や暗黙の了解もあるはずで、実際にこのワタリは挨拶をこなして、許可が出るまで泊地の前で行儀良く待つこともできている。更には手土産まで持参してきているわけで。とくれば、こちらもそれなりの対応をしなければ頭の出来を疑われるだけだろう。

そういうわけで。

選択肢はBBQ大会しかないわけである。大会といっても参加者は三人だけだが。

新貝、大井、自称熊野さん。

北上はバックレた。執務室でごろごろしている。

そんなわけで準備を始めているのであった。

勿論大井は手伝ってくれないから新貝の仕事だ。水場のすぐ傍の、レンガを積んだだけのコンロに網を乗っけて、火をかけた。

食材は……肉・魚・よく分からない植物の実。以上。

飲み物は、苦難の末にブイン基地から勝ち取ってきた紅茶パック。水出し紅茶。……これが無ければ朝から酒を出すしかなかった。

こんなのが精一杯なのがちょっと情けない。熊野は気持ちが大事と言ってくれたが早急に解決すべき課題だろう。心のタスクに仕事を一つ追加する。

そんな新貝の密かな決意とは裏腹に、熊野は大げさなほどにこのBBQ会を喜んだ。

なにせ肉。

深海棲艦にとっては滅多にお目にかかれない陸の食べ物、肉なのである。

「とおああやぁや!? こっ、これは何のお肉ですの!?」

「食べてからのお楽しみだ。魚ではないことだけは保障しよう」

「おっほほほぉう!?」

肩を揺すらせながら奇妙な声を上げている。焼きあがるのを待って目を輝かせていた。見てるだけでなんだかこっちも嬉しくなりそうだ。

「嗚呼、肉! 動物のお肉! いいですわねぇ……もう食べていいかしら!? 食べてもいいのかしら!?」

「どうぞどうぞ」

「では遠慮なく!」

がぶり、と。豪快にかぶりつく。

頬を膨らませてもぐもぐと、幸せ顔でマイナスイオンを発散させている。

――いや、すっげーな。朝からよく食えるわ。

新貝も大井もほとんど箸をつけていない。つけられない。魚で充分。

というか……冷蔵庫も無いこのガ島泊地でのナマモノの保存方法は言わずもがな、野ざらしみたいなもんなわけで。かなりやばい色になっていたブツを、相手が久しぶりの食材で変色具合に気付かなかったのをいいことにそのまま焼いてしまったのが現状だ。

深海棲艦は体調を崩さない――つまり腹を壊さない――みたいだから、問題は無いはず。だけど、それでも元人間としては気分的に遠慮したい。

新貝も大井も数切れだけ食べて見せ、後は「どうぞどうぞ」の連呼で場を押し切ろうとしていた。

そこに、清霜が帰ってきた。

「たーだーいーまー。疲れたよ、もー」

少女は徹夜明けみたいなものだったので、言葉通りに目元をどんよりとさせていた。それでも声は努めて溌剌と、けれども足取りはずりずりと姿を現した。

「あら、お邪魔しています。ワタクシの名前は熊……」

ぴたっと。熊野の幸せ顔が固まった。

清霜は、ずりずりと。両手にそれぞれ一人ずつを引きずっていた。

タ級と、タ級。

自分よりも背が高い女を二人、その首根っこを掴んでいる。

「ハ、離セ……!」

「何ヲ、スル気ダ!」

喚いてる。

彼女たちの腹には漫画みたいな鉄拳の跡がくっきり残っていたけれど、わりと大丈夫じゃない感じの冷や汗をかいていたけれど、それでもまだ生きているタ級を二人、連れていた。

「おっ、今日のは喋れる奴か、珍しい」

捕虜ではない。

勧誘である。……ちょっとだけ強引な。

これは最近のガ島泊地の日課であった。すなわち、哨戒のときに喧嘩を売ってくる愚か者をとっつかまえて連れ帰り、治療という名の教育を施すこと。未修復なオツムに海水をぶっ掛けながらヒトの道理を叩き込み、ある程度快復したら話し合う。そこで意見が合うようなら仲間にする。意見が合わないなら……まぁ開放するだけなのだが、どうやら今回の候補生たちはそこを盛大に勘違いしたらしい。

「ヒ、ヒイッ!?」

「オ前ラ、何ヲシテル……!」

二人のタ級は信じられないとばかりに目を大きく開いてBBQ器具を凝視した。

……そう、タイミングが悪かった。肉なんて滅多にお目にかかれない。特に南方海域では人間の集落が泊地施設しか存在しないのだから奪ってくることもできない。それなのに今このガ島泊地では普通に肉を食っている……ここでタ級たちは思った。(この肉はどこから湧いてきた?)と。――その回答を、この二人のタ級は誤った噂として知っていた。

「ウ、噂ハ本当ダッタ……。ガ島ニハ、食人族ガ居ル……!」

「ヤメロ! 何デモスルカラ、食ベナイデクレェ!」

「……ふへぇ?」

素っ頓狂な声を上げる清霜。

目の前では、肉を焼いていて。

タ級たちは『ショクジンゾク』と言っていた。

「なにそれ」

少し時間をかけてから意味を理解した。疲れているのであまり感情が表に出ない。淡々と否定した。

「だいじょーぶだって。私たちは仲良くなりたいだけだからさぁ」

平坦な声色で言う。

その言い方が、逆に“手馴れた感”を出していた。

タ級たちはおおいに青ざめた。仲良くしなければどうなるか? その答えは目の前の鉄網の上にある。彼女たちは首を何度も縦に振った。

「……あ、あのぅ」

そのやり取りを見ていた熊野。

「この、お肉って、ひょっとしてぇ」

彼女は箸でつまんだ肉切れをまじまじと見つめている。『食べてからのお楽しみ』『魚ではない』――もしかして、とは思いつつ、否定しきれないのはここが狂気の南方海域であるからで。

清霜はやっとそのワタリに気付いて声をかける。

「あ、お客さん? おはよー。BBQやってるんですねー? そのお肉ねぇ、美味しいよ? 前の戦いでとってきたんだぁ」

「と、獲ってきた……?」

――まさか、と熊野は思ったらしい。

もう何枚も食べてしまった彼女は石と化し、ギギギと油のきれたロボットのような動きで新貝を伺った。救いを求める目。それは「嘘ですよね?」と暗に聞いていた。

「……ん? ああ、これはブイン基地からの戦利品だ」

「ブイン基地? ……艦娘?」

「おう。あいつらマジで実弾使ってきやがったからなぁ。許せんので菓子から肉にしてやったのよ」

演習の景品を、という言葉が抜けていた。

「肉に、した……って?」

菓子から、肉にした。

それはつまり――甘くてふわふわしてファンシーなものから、食欲を満たす歯ごたえのある単なる食用品にした――という意味にもとれるわけで。

「嘘ぉぉ……?」

来客はぺたんと腰を抜かしてしまった。

彼女の誤解に、大井だけは気付いていたけれど、敢えて何も言わなかった。どうせすぐに解ける誤解だ。ちょっと肝を冷やしてもらった方が侮られなくて都合がいい。……それと、ちょっと静かになってほしかったので。

「なんだ、どうした?」

新貝が覗き込むと、熊野は「ひぇっ」と仰け反った。

大井が白々しく誤解を正すまでもうしばらくかかった。

 

 

「いくらなんでも人肉なんて食わんぞ」

「そ、そうですわよねぇ、西方の食人姫でもあるまいし!」

不穏すぎる名前は聞かなかったことにした。

そんな奴はこの世に存在しない。いいね?

「こほん。お見苦しいところをお見せしました。……生のカンディル師範に会ったので、つい動転してしまって」

「かんでぃる? しはん?」

――誰のこと?

ときょとんとする清霜に向けて、人差し指をびしっと向けた。

「あなたのことですわ! 世界初のレ級flagshipさん!」

全員の視線が集まった。

新貝、大井、北上。

場所は再び執務室。朝食を終えて戻ってきた形だ。

ちなみに候補生二人は雲龍と南方棲姫に連行されていった。今頃はビシバシと教育中のはずである。

「私、そんな名前じゃないよ?」

カンディル師範。

聞き覚えの無い名前に目をぱちくりさせた。

それもそのはず、清霜はこのワタリと初対面であるし、そもそも身内以外の深海棲艦に知り合いがいるわけでもない。誰かと間違えているのではないかと聞き返したが、熊野はきっぱり否定した。

「話せば長くなるんですが……あなた、ここの浜辺で南方棲戦姫とタイマンしてたでしょう?」

「あ、うん。してたけど」

「実はワタクシもあの場におりまして。コレで映像を撮らせていただきましたの」

と、荷物から小さなビデオカメラを取り出した。

新貝はぎょっとする。

「お前、あの場に居たのか!?」

「ええ、こっそりと。ガ島から出れなくなってしまいまして。どうしましょうと悩んでいたら、突然ガチンコ勝負が始まったので、これはありがたいと応援がてら、記録撮影を」

「……なーにが応援だ。最後まで出てこなかったじゃないか」

「何やら因縁の勝負のようでしたので、横やりはいけないかと」

「まぁ、いいけどよ。……にしても周辺は敵がたくさんいただろう? よく上陸できたなぁ」

「挨拶に来ただけでしたの。そう告げると上陸だけはさせてくれたのですが……あの黒髑髏さんにまんまと騙されまして。追いかけまわされちゃいましたわ。もう死んでしまうかと」

「いやぁ、逃げ出せただけ凄いよ」

「ふふ、逃げ足だけは自慢なんです」

「――それで? そのビデオ映像がなんなのかしら?」

大井は、脱線にまた苛々していた。

「ああっと、そうでした。その映像がですね、中部海域で大ヒットしたんですの!」

「あ、あれが? というか、売りさばいたのか?」

「はい! 勝手ながら随分と稼がせてもらいました。そういうこともあってワタクシはあなた方に借りがあるというわけです。色々とタダで相談にのってあげてるのもそれがあるからですわ」

「は、はぁ。あの戦いの映像をねぇ……」

新貝は、かつてガ島の浜辺で起こった決闘について思い出す。

(あんなもん、見て楽しいもんじゃないだろうに……)

一言で言って、グロ動画だと思う。欠損アリ貫通アリのデスマッチ。それをたくさんの深海棲艦が観賞しているというのは中々まずい事態ではないだろうか? あんなものを見てしまったら新貝たちガ島泊地へのイメージは大暴落するに決まってる。それで『やはり南方海域は野蛮すぎる……戸締りしとこ』などと距離を置かれたらどうする? ああいうのが普通の集団と思われるわけにはいかないのだ。

そう抗議すると、熊野はやけに嬉しそうに、

「ええ、仰るとおり、観賞した方の九割がドン引きしてましたわ!」

と現実を教えてくれた。

「あのさぁ……」

「ガ島に人が来ない理由はそのせいね? どうしてくれるの、貴女」

「まあまあ、お待ちくださいまし。残りの一割! その一割は、カンディル師範の戦いぶりに魅了されたのですわ! 『この在り方こそ我らの道標!』と奮発し、今ではあなたの熱心なファンとなってA1サイズに引き伸ばした顔写真を毎日拝んでいるのです!」

「ふぁ、ふぁん……? 写真を拝む……?」

「カルト宗教かな?」

なんでも。

清霜の死闘っぷりに感化された一部の深海棲艦たちが一念発起して、潰れかけたカラテ道場(?)を再興したらしい。連日常軌を逸した訓練に打ち込んで、ついには他流の姫級を打ち負かすに至ったとか。

「なんだその深海カラテってのは? ハワイ諸島はどうなってるんだ?」

「まぁまぁ、色々流行りがありまして……」

そんな前代未聞の下克上が達成できたのも全てはそのビデオの中のレ級様が道を示してくれたおかげ。この少女こそ深海カラテの師範と呼ぶに相応しいと、その道場の全員が同意したらしい。

しかし、肝心の名前が分からなかった。どう呼ぼう? と考えて……

「それで、仮の名で呼ぶことにしたのです。それが、カンディルです」

「カンディルってなぁに?」

「小さなナマズのことですわ」

「ナマズ? ああ、私の尻尾がナマズっぽいのかな? それで身体も小柄だから、カンディルなの?」

「大体そんな感じですわ!」

「いやぁ、俺は違うと思うな……」

新貝は勘付いた。

そもそもカンディルは、清霜が想像しているような可愛い生き物ではない。魚のエラや人間の尿道に潜り込み、ドリルのように回転しながら中から肉を食い破る最悪の肉食魚だ。一度食いつかれたら返し針があるから引っ張り出すことはできない。痛みでショック死するか、そうなる前に切開して取り出すかの二択しかない。

そんな凶悪極まりない殺人魚がどうして清霜の仇名なのか……。それは恐らく、あの執拗な戦法のせいだろう。

南方棲戦姫を倒すための、胸部・胸部・胸部への三連攻撃。

貫き手で割って、主砲でこじ開けて、牙で炉心を食いちぎる。それはまさに穴をこじ開けて食い殺すというカンディルの生態に通じるものがある。

「いや、しかしなぁ」

その仮称はあまりにも酷い。流石に本人には真実を伝えられない。

が、要らぬ心配だったようだ。

熊野が「写真を撮らせてくださいまし!」と詰め寄っているおかげで本人はテレテレしている。このまま何も知らずにいてほしい。新貝はそう祈った。

「……そんなに酷い戦い方だったの? 清霜は」

実際の現場を見ていない大井は疑問顔。

「後で映像を見せてもらうといい。滅茶苦茶だから」

「ふーん、まぁいいけど」

わいわいと。そんなふうに熊野と清霜が撮影ポーズにこだわりだした。

とりあえずそっちは放っておくことにして、大井・北上と一緒に手紙の山を見ることにした。ワタリの手によって届けられた他勢力からのアプローチ。じっくりと眺めてみる。

「深海棲艦って字ぃ書けるんだな……」

およそ二十枚の手紙の山を、わさわさと漁ってみる。

英語で書かれているものが半数で、気が滅入った。直訳するだけならともかく、文意や行間を汲み取るとなると頭を使う。

「お……?」

そんな中、日本語で書かれている封筒があった。字がでかくて下手くそ。そして何よりも不穏な単語だったので、目を惹いた。

 

『果たし状!』

 

「なんだこりゃ」

思わず手に取ってしまう。

果たし状。決闘でも申し込んでいるのだろうか?

「もしかして、宣戦布告なんじゃない?」

「なにぃ?」

裏返して送り主の名前を見る。そこには、

 

『我こそは超スーパーウルトラ深海棲艦!

 深・海・王!! 否!!! 深・海・神!!!! 究極無敵の大ホッケ海』

 

と書いてあった。

意味不明である。

これには北上も興味を示す。「開けてみてよ」とせがんできた。

是非もない。

封筒の口をきって中身を取り出した。その一行目はこうだった。

 

『フゥーハハハハハハハ!』

 

思わず、手紙をそっ閉じしてしまった。

「ちょっと、ちゃんと見せてよー」

「すまん。手紙で高笑いされたのは初めてでな……」

「誰でも初めてだと思うわ……」

読み進めてみる。

二行目からは、自己紹介の続きがあった。

 

『我こそはファイナル・アトミック・エリアル・ロシアン深海棲艦!

 アルファにしてオメガ!! 歴史に生まれた歴史の女!!! 人呼んで北の魔女!!!! ノーリ様だッ!!!!!』

 

スゥ――と。

固く目を瞑り、眉間の皺を指で抑えた。新貝と大井は、かき氷を五杯一気に食べたような顔になった。

「き、北の魔女……」

「なんてこと」

北の魔女、といえば。

ある意味、日本で最も馴染み深い深海棲艦である。大ホッケ海に居を構え、毎月欠かさず果たし状を幌筵泊地に送りつけ、真正面から攻めてくる馬鹿女。

最初はなんてことない敵だった。だが轟沈しても次の月にはけろりと復活し、少しだけ強くなっている。そんな繰り返しをなんと二年間も続けた結果、先々月にはついに世界最強の性能を持つ姫級になっていた。……少なくとも日本が知る深海棲艦の中で肩を並べる者はいなかったはずだ。

そのインチキじみた火力は、海に大穴を穿つに至り、

冗談みたいな装甲は、大和砲を十発も弾き返してのけた。

……練度はゴミだったけど。

とにかく、当人が強くなりすぎていた。

それでもかろうじて撃退できたのは、ひとえに頭が悪かったからだ。彼女が送りつけてきた果たし状には、自軍の戦力と、攻めてくるルートと、その時刻が細かく書かれていた。そのおかげで毎回ハメ倒すことができたのだ。しかしそんな出来レースすら厳しくなっていた。もう単純に、装甲を抜けなくなっていたのだ。このままでは近いうちに詰んでしまう。

「そこで先々月に、アタシが呼ばれたんだよね~」

ぐいと首を伸ばして割り込んできたのは、北上だった。

「軍警察の一番偉いお爺ちゃんからさー、「八つ裂きの木っ端微塵にしてこい」って命が下ったってわけさ」

「そ、それで?」

「やってきたよ。八つ裂き。木っ端微塵」

冗談に聞こえなかった。

「試作品っていうすんごい魚雷を三本ももらってさー、こう……シャッシャッシャッ、ドーン! って感じの飽和攻撃を食らわしたわけ。哀れ、北の魔女は爆発四散」

「……私も横で見ていたわ」

北上、曰く。

北の魔女さんは全身ばらばらのミンチになって、首だけがぽーんと放物線を描いて落ちたらしい。

「……こっからが、ちょっと嘘みたいな話なんだけど」

北上にしては珍しく、声質を落として真剣な表情を浮かべてみせた。

「その魔女の首がね、海に刺さったんだよ。ざくっと、直立したわけ」

「……は?」

「海にドプンと沈まなかったのさ。首の断面が、海面にくっついた。そんで喋ったの」

 

――おのれ艦娘! やるではないか! だが忘れるな! 例え私を倒そうとも第二第三の私が現れるだろう! フゥーハハハハハハハ!

 

新貝は、どうリアクションしていいか分からない。

「冗談じゃないわけ?」

北上はその問いを無視した。

「あのさ、まず首だけで喋れるわけがないんだよ。漫画やゲームじゃないんだから、胸から下が無けりゃ空気を送れなくて発声できないのよ。でもあいつ、喋ってたんだよねぇ」

「聞き間違い、じゃないんだよな」

「そりゃ勿論。誰も信じてくれなかったけど」

「私も聞いていたわ。あれは、確かに、喋っていた」

そんな生き物がいるだろうか。

生態が謎に包まれた深海棲艦であろうと物理法則は無視できない、はずだ。

「実はね、原理は分かったんだ。アタシはこの眼でちゃんと確認した」

北上は、喉を指して、言った。

「あいつの首の下の、赤い海がね、泡立ってた。空気が、首の断面に吸い込まれていってた。つまり、海から喋るための空気をポンプのように取り込んでいたってわけだね」

「海からぁ?」

「そう。あいつは海を操っていた。そうとしか思えない」

「そんなことって……」

可能なのだろうか。そんなわけがない。もしそんなことができる生き物がいるとしたら、それは、

「あいつは本物の“魔女”なのかもしれないねぇ」

「……」

首だけになっても平気。

海を操って空気を取り込む。

おまけに際限なく進化する。

そんな魔女が、やって来る――

「あー、めんどくせ」

考えても仕方ない。分からないことは分からない。

「で、その首はどうなったんだ?」

「爆破した。魚雷でシューっと。おミンチになりました」

「ああ、そう……」

それでもまだ復活できたということは、もう深海棲艦としての限界をも逸脱しているのだろう。全身ぐちゃぐちゃのバラバラからまた本人として復活できるなんて普通にありえない。だって基が無いんだから。それでも同じ個として戻れるなんて、その女の身体はプラナリアで出来てるんじゃないだろうか。

「それが、先々月の出来事なんだよな?」

「うん。アタシらはその後すぐにブインに転属になったからねー」

そしてガ島奪還作戦に参加して……。

だから、北の魔女が一ヵ月後にどうなったかは分からないという。

「……でも果たし状がきてるってことは、やっぱり復活したんだよなぁ」

どうなってるんだろう、こいつは。できれば同じ深海棲艦として敵対したくないのだが、この手紙の題は『果たし状』だ。きっと戦いに来るに違いない。

「しかしなぁ、会ったこともないのに戦う理由が分からんぞ。しかもわざわざ大ホッケ海――北海道の北から来るなんてどういう了見だ? 幌筵泊地は落とされたのか? その他の鎮守府は?」

……まぁ、最悪、戦うことになったとしても。

こちらには艦娘時代よりも火力を増した雷巡コンビと清霜がいる。合わせれば大和砲以上の破壊力を生み出すことも可能だろう。やってやれないことはない。

ひとまず、手紙を読み進めてみる。

「なになに……『ホットでコールドな北方四天王を紹介するッ!』だって?」

「わーお、本当に自軍の戦力を書いてるよー、コレ」

「ありえないわね……」

大井も並んで覗き込む。

「えーと? これは、その四天王さんの名前ね。『アドナー・ドヴェ・トゥリー・チェティーリ・ピャーチ』……はぁ、なるほど。ロシア語の数字よこれ。一、二、三、四、五だわ。北の魔女の『ノーリ』は零ね」

「なんだそりゃ、中二病か? ……っておい、四天王なのに五人いるじゃねーか! どこまでふざけてるんだ?」

「でも全部、姫級よ」

「厄介極まりない!」

「……んー? おかしいな、二番から下の奴は居なかったはずだけど。四人も新加入したんだ」

「おいおい、すげーことまで書いてあるぞ……。『トゥリーは元艦娘でタイヨーと呼ばれていたのだッ! イッコーセン流・爆撃ジツが強い! でも深海デビューでイキってるって言うと――』……ぐちゃぐちゃに上書きされて読めなくなってる」

「……」

「タイヨー……大鷹。大湊警備府にいたような」

「なんだろう、この手紙を読んでるとどんどん知能指数が低くなってくる気がする」

「同意するわ」

そんな話し合いをしていたら、ようやく熊野・清霜の撮影会が終わったらしい。北の魔女・対策本部に加わった。

二人は新貝たちの座るソファーの正面に回りこむ。

「ああ、北の魔女さんですわね。その手紙を受け取ったのは……幌筵泊地の近くの海でしたでしょうか」

「こいつら、どうしてガ島泊地に来るんだ?」

「情報をたくさん買われていきまして。一番興味を示したのがここなんです。なんでも……」

 

――なにっ、そのガトー泊地は人間と交流しているのか……? 気になるッ! よし、行くぞーーッ! いざガダルカナル! ……ってどこだぁッ!? 南方!? それはどっちなんだッ!?

 

「……だ、そうで」

「お前が原因かい!」

熊野は大げさにホールドアップして見せる。

「ワタリは中立。情報を売っただけですわ」

「そうかもしれないけどよ……。くっそ、意味わかんねえ。こいつは『人間は敵だから殺す派』なのか?」

「さぁ……。まだ決めてない感じでしたけど」

「決めてない!? なんだそりゃ! 幌筵と長年戦っていたんだろう」

「ええっとー、あんまり他勢力の内情についてバラすのもちょっと……」

「なんだよケチくさいな。ここまできたら教えてくれよ」

熊野にぐいと詰め寄って、聞き出そうとしていると、

「ああっ!?」

と驚く声が飛び込んできた。

珍しくも大井の奇声だった。手紙の一部分を指している。

「この二番目の、ドヴェって人……」

なんだなんだ、と全員で覗き込む。

清霜が読み上げた。

「えーと……『ドヴェはすっごいユーメー人でテレビに出たことがあるのだ! しかも頭がいい! 北極海をセーフクしたこともある! すごいッ! 私もセーフクしたい!』 ……なにこれ?」

「……」

「……」

聞き捨てならない話が二つも入っていた。

テレビに出た。

北極海を征服した。

そんな深海棲艦がこの地球上にどれだけいるか……。

「……こいつ、ピースメイカー?」

「そうですわね」

熊野は軽く握ったグーを頬に添えて小首を傾げた。「それが何か?」という顔で。

「そうですわね、じゃない!」

新貝の血圧が一気に昇る。

「なんでだ!? ピースメイカーは女帝連合とやらに参加してるんじゃないのか!?」

「だぁって、双子ですもの。ピースメイカーは二人組って知ってるでしょう?」

「え? じゃあなに? 双子の片方は女帝連合に、もう片方は北の魔女についたってこと?」

「正解ですわ。ちなみにそのドヴェという名前になったお方は、『人間は敵で、生死は気にしない派』です。彼女は袂を分かった片割れについてこう語っていました……」

 

――どうして人間を特別視するのか分からない。同じ知的生命体なら死を超越した深海棲艦こそが次世代の主役に相応しいと思わないのか?

 

「……とね。つまり、そういう方ですわ」

「それで? それがどうして北の魔女を主に選ぶことになるんだ? いくらなんでも相応しい相手じゃないだろう」

「手紙だけで判断するのは早計では?」

「手紙だけで分かるわ! というか北の魔女はこの二年間、幌筵泊地に対して馬鹿をやり続けた実績があるんだぞ!」

「んー、まぁ、そうですねぇ。賢い、と言い切れないのは否定できませんわ」

「なんだその政治家みたいな言い回しは。要するに馬鹿ってことじゃないか」

「ワタリは、個人的な悪口は言いませんので」

まぁ、熊野を問い詰めても仕方ないのだけども。

果たし状を送りつけてきた相手の部下に、北極海の覇者が居るというのは大問題だった。

「くお~~、ピースメイカーが相手かぁ~~」

その少女たちの成り上がり方は、かつて出版されていた自伝にも細かく書いてあった。新貝もよーく知っていた。たった二人から始まった弱小勢力が、いかに知恵と機転と話術と確かな実力を奮って危機を乗り越えてきたのかを。まるでライトノベルさながらの冒険劇にいい歳こいて夢中になったものだ。

そんな相手が、敵になるのかもしれない。

しかも、相手のボスはスペック最強。

上手に運用されれば太刀打ちできない。

「……いや、運用するのは北の魔女の方なのか? ピースメイカーは従うだけ? うーむ?」

「どっちも同じでしょ。魔女の方が『主』でも「良い作戦を立てろ!」って命じるだけなんだから」

「ああ、そっか。じゃあ真正面から馬鹿正直に攻めてくるようなボーナスゲームはもう期待できないんだな……」

手紙をざっと流し読みしてみたが、確かに進軍ルートと到着時刻は書いていなかった。きっとピースメイカーが諫言したに違いない。

ずるい。

幌筵泊地のときは毎回書いていたはずなのに。

「まいったなぁ」

「いいじゃない!」

突然、清霜。

「向こうが北方四天王なら、こっちは南方四天王よ!」

何故か闘志を燃やしていた。どうやら四天王という単語が琴線に触れたらしい。

言われてみれば、確かに、こっちも姫級の数なら負けてない。

北上・大井・雲龍・イムヤ。清霜も実質姫級みたいなものだろう。それに新入りの南方棲姫も含めると合計六人! 飛行場姫は……手を貸してくれるか分からないけど。

「おお、数だけなら負けてないな!」

「五天王? 六天王? こういうのはなんて呼ぶの?」

「五……五、ゴレンジャイ?」

「六……六波羅探題?」

「それ違くない?」

「七は色々ありますわね。七本槍、七英雄、七つの大罪……」

「二つ名とか欲しい!」

わいのわいのと話が逸れて。

「……あのねぇ、貴女達」

大井は「はぁ」と溜め息をついて、皆の頭が醒めるまで建設的な話はできないと諦めた。それまで場を離れようと立ち上がる。すると、ちょうど入室してきた雲龍と目が合った。

「あら、お帰りなさい。もう勧誘活動は終わったの?」

雲龍、騒がしい室内をぐるりと見回してからぼそりと告げた。

「逃げられたわ」

「あら、そう」

よくあることである。

雲龍は大井と目を合わせて「何かあったの?」と聞いた。

「お手紙が来たのよ」

「お手紙?」

大井は肩を竦めて、テーブルの中央を指差して、そのまま部屋を出ていった。

自分の目で確かめろ、と受け取った雲龍は、皆の輪の外側、座る新貝の後頭部にもたれかかって件の手紙を覗き込む。

「ぐえ。……あ、雲龍か。おかえり」

「ただいま」

「今な、北の魔女からの果たし状を読んでいてなぁ……」

「ふぅん」

手渡された手紙を透明な瞳で読み流していく。速読か、と思えるほどのスピードで読み終えて、感想を述べた。

「子供みたい」

「あらっ」

熊野が驚きの声をあげる。

「どうしてそう思うんですの?」

「だって……自分の友達を紹介してるみたいな内容なんだもの。自慢してるみたい」

「あら……あらあら。正解ですわ」

全員の視線が熊野に集まる。そういえば彼女は北の魔女本人に会っている。ということは会話もしているはずで、その人となりについてもある程度分かっていてもおかしくない。

「この魔女さんは手紙の通りのあけっぴろげな性格なものでして。聞いてもいないことまで色々教えてくださいましたわ。彼女ね、確かに子供なんです。なんと驚きの二歳児です」

「二歳だぁ? あんな豊満なボディで……いや、なんでもない」

深海棲艦は外見的な成長をすることがない。生まれたときから成人のナリをしていたりする。

けれど、それでも前世はあるわけで。

新貝だってそうだ。深海棲艦として数えればゼロ歳児だが、前世の経験があるから提督として指揮ができている。

それを北上が突っ込むが、熊野はやんわりと否定した。

「それが、前世は無いみたいです。彼女は生粋の深海棲艦、だとか」

「生粋……ってなんだ?」

「正直、私にもなんだかよく分かりません。前世は人でも艦でも地上施設でもないと。彼女は深海そのものであり、王であり神であるとピースメイカーさんが言ってました。持ち上げすぎだと思いますけど……とにかく、生まれて日の浅い子供なのは本当みたいです」

「ふぅーん……? なんかよく分かんねえけど、その子供に興味を持たれちまったってわけか、俺たちは?」

「そういうことですわ。だからこの『果たし状!』、特に宣戦布告の意味はないと思いますよ。多分、会ってどうするかまで決めてないでしょう。とにかく会いたいと思った、ただそれだけ」

「じゃあどうして『果たし状!』なんだよ?』

「今までずっとそう書いていましたからね。手紙ってそういうものだと思ってるみたいですわ」

「ええ~……」

――と、いうことは。別段戦う必要もないかもしれない。

なぁんだ、という空気が執務室内を漂った。

そんなガ島泊地の面々に向けて、熊野は意地の悪い顔をしてみせる。

「けれど部下は違いますからねぇ」

意味深な台詞。

「特にピースメイカーさん。彼女はこの無限の可能性をもつ子供をどう導くつもりでしょうか? 魔女さんは原理不明なマジカルパワーを使えるみたいですし? 己の主として認めたのもそういう部分が大きいと思いますわ。つまり、未熟なのは精神だけ。後は自分好みに育てればいい……と思っているのかもしれませんわね?」

「うへぇ。やっぱり面倒くさそうな連中だ」

新貝は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「やっぱ対策は必要だな。北の魔女だけでなく、その部下たちも。一体どんな連中なんだ? 教えてくれよ」

「今後も人類の動向について教えてくださる?」

「そりゃ勿論」

「では、交渉成立ということで」

熊野は居住まいを正して咳払い。

「――大ホッケサークル、って知ってます?」

「聞いたことはある。バミューダトライアングルの円状バージョン……大ホッケ海に出現した魔の海域。一度入ったら出られないっていうやつだろ?」

「はい。そこのど真ん中が北の魔女さんの棲家でした。自称、北方深海基地。その全周を不可侵領域に守られた真の孤島。……さて、彼女たちはどうやって出入りしていたか分かりますか?」

「どうせマジカルパワーだろ?」

「正解。北の魔女さんはね、その大ホッケサークルを制御していたのです。出入りするときだけ消していた」

「もう何でもありだなぁ……」

「荒唐無稽でしょう? でも、あの魔女さんは本当にそれができるみたいですわ。私も、見せてもらいましたから」

「原理はー?」

「さっぱり。部下の皆さんは知っているみたいでしたけど教えてくれませんでした」

「不思議だねぇ」

「まさか魔法とか言い出すんじゃないだろうな……」

「まあ、それはさておき。ここからが話の本筋です。彼女、魔女さんはね、先々月に轟沈してからその制御ができなくなってしまったんだとか。孤島に閉じ込められて出れなくなってしまったわけです」

「そのまま出てこなきゃ良かったのに」

「こらっ」

清霜が咎める。

熊野はにこりと笑い、ガ島泊地執務室にいる深海棲艦たちを見回した。

白髑髏、新貝。

レ級flagship、清霜。

雷巡棲姫、北上。

空母棲鬼、雲龍。

他にも、出て行ってしまった雷巡棲姫・大井に、哨戒中の潜水新棲姫・イムヤ、南方棲姫に、飛行場姫もいるらしい。第十一戦隊も近場にいるだろう。他にもメンバーがいるかもしれない。

――はてさて。

この奇妙な新勢力と、北の魔女一派が一堂に会したとき、一体何が起こるやら。

自称熊野はぺろりと舌なめずりをしてから語りだす。

北の魔女一派から教えてもらった、彼女たちの結成秘話を。

「これは、北の魔女さんたちが北方深海基地から脱出するまでの物語です」




――と、いうわけで番外編、終了です。
多分こっちのシリーズではもう更新しないと思います。続きは続編で。そのときは良しなに。

今作の反省を活かして、かなり単純化した話にしたく思ってます。
そのための大ホッケサークル、閉鎖空間。

・外敵はやってこない
・ゲス野郎はいない
・提督もいない
・明るい雰囲気にしよう
・戦闘はタイマンのみ。
・章毎に話が完結する、水戸黄門形式
・前作を知らなくても大丈夫

わりと間が開くと思います。
ああでも発作的に短編も書くかもしれないです。艦娘といちゃいちゃするだけの話、書きたい……書きたくない? あと鬼滅の刃も書きたいッス。並列で進行させちゃう作者さんの気持ち、分かりました。
それでは、改めてここまでお読みいただきありがとうございました。
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