悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~ 作:シャブモルヒネ
すっかり日が落ちた。
無人島の浜辺は真っ暗になっている。
今夜はこの島で寝泊まりしよう。そう決めた一行は、周囲から枯れ枝を集めて小さな火を焚いた。
囲むようにして清霜たちと先ほど助けた小柄な深海棲艦たちは座りこむ。
真っ白い装いの護衛棲姫――トゥリーに聞いてみると、どうやら彼女たちもグアム島に向かう途中のようだった。この島に立ち寄ったのは清霜たちと同じく質草を手に入れるためらしい。
「いやあ、うちの先生……参謀みたいなひとがですね、自分の食い扶持は自分で稼いでこいって言うもんでして。こうやって出稼ぎの旅に出てるってわけです」
「敬語じゃなくていいわ」
「そうっすか? えーと、雲龍さんでしたっけ。すいません、どうも艦娘時代の軍隊気質が抜けなくて」
防空棲姫が脇から口を挟んでくる。
「猫かぶりとも言いますよね」
元照月、今の名はピャーチ。
彼女も仲間らしかった。昼間にトゥリーたちがヤンキー崩れたちに絡まれているときは一人でジャングル奥地を探索していたらしく、いざこざが終わってしばらくした後に「……何かありました?」と不思議な顔をして現れたのだ。
「……お照はさぁ、肝心なときにいないんだからさぁ~」
「変な呼び方しないでください」
「まあまあ。ご飯食べよーよ」
ガ島一行の3人、そして奇妙な名前の3人。計6人の深海棲艦は焚火を囲んで即席の料理を作り始める。
ガ島勢は適当だ。
捕まえてきた野良のニワトリの首をきゅっと捻って、羽をむしむし、あとは怪力に任せてブチブチっと肉を割く。最後は適当な木の枝に刺してアラ不思議、原始的な焼き鳥の完成である。
「うわぁ……」
砂浜に飛び散った血飛沫を見てトゥリーたちがドン引きしている。
彼女たちのほうはもう少し丁寧だった。
無口な駆逐棲姫チェティーリがどうやら捌き方というものを知っているらしく、懐から年季の入った出刃包丁をとりだして、ニワトリを逆さに吊るして血を抜いたり、スパスパと肉を切り分けたりしている。
「すごーいっ」
「すげー」
「すごいわ」
「……でしょ?」
なぜか自慢げなトゥリーにピャーチが突っこむ。
「……どうしてあなたが得意げなんですか」
当のチェティーリは無表情のままくるくると動き回る。どこからか用意した中華鍋に油をかけて豆や謎の野菜を放りこみ、川の水を加えてスープを作る。と思ったらズタ袋から米を取りだして雑炊にしてしまう。
ほえ~、と清霜たちが感心しながら眺めていると、人形少女は「ん」とだけ呟いてトゥリーに手を伸ばした。
「ええ~……あれやんの?」
白い軽空母の少女はしばらく唸っていたが、無言の圧をかけてくる駆逐娘には屈するしかないようで、渋々、自身の艤装である真ったいらな飛行甲板を手渡した。
がつん。
チェティーリは容赦なく煮えたぎる鍋に乗せてしまう。
食材を炊き上げるための蓋にしたのだ。鍋の中からは、ぐつぐつと食欲をそそる音が蒸気とともに吹き上がっている。
「ああ~、あたしの飛行甲板がぁ~……」
空母の命ともいえる艤装を調理器具として扱われてしまい、トゥリーは口惜し気に嘆くしかない。だが背に腹は変えられない、その無念さを同じ空母である雲龍だけは理解した。
(かわいそう……でも私の飛行甲板じゃなくてよかった)
出来上がったのはモチモチしたチャーハンのような食べ物だった。
「おっおいしいっ!」
清霜は口に詰めこんで頬をリスのように膨らませる。
北上と雲龍も似たようなものだった。
鶏の串焼きと交互にがっついて、あっという間にたいらげる。
「ふぃ~……ごっそさん」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでしたーっ!」
素朴なのに豪華なメニュー、ガ島では味わえなかった文明の味だった。
腹を満たし、簡単な寝床を作ってしまえば後は寝るだけだ。満点の星空を眺めながらすることといえば女子トーク……はできる人材がいなかったので、身の上話と相成った。
「はい、質問でーす」
満腹感でいい感じに空気が緩みきった頃合いに、北上がしゅたっと挙手をして爆弾を放り投げる。
「おたくら、もしかして北の魔女んとこのひとたちじゃない?」
「ええっ!?」
「名前、ロシア語だし。あと北の魔女から送られてきた『果たし状!』に書かれてた北方四天王ってのと特徴似てるし」
「そうね。私も疑問だった」
雲龍も頷いてみせる。
どうやら気付いていなかったのは清霜だけのようである。
「あ、そうッスよ」
トゥリーのほうも事も無げに返す。
「うちらのボスは北の魔女っす。……あの、果たし状って?」
雲龍が事の経緯を説明する。
南方海域に浮かぶガダルカナル島が自分たちの住み家であり、そこに突然果たし状が送られてきたこと。
北の魔女と配下の北方四天王について事細やかに記載されていたこと。
襲来予告の日を一ヵ月過ぎても音沙汰がなかったこと。
「あー……。なるほどね。出すなって言ったのになぁ……」
「じゃああの手紙は字面通りの宣戦布告ではないのね?」
「はいはいそれはもう! だよね照ちゃん、うちら戦う気なんてないよねえ?」
「ご迷惑をおかけしたようですいません。その、私たちの総旗艦は、頭がちょっと……アレなので」
「アレですか」
「アレなんです」
「じゃあ仕方ないかー」
「仕方ないっす、あっはっは……。ていうか、お姉さんがた、ガダルカナル島のひとたち?」
「そうだよ?」
北の魔女一行の3人は顔を見合わせる。
「なんかそんな感じしないっていうか……」
「どゆこと?」
「いやあ、その……『因縁と憎悪の坩堝、アイアンボトムサウンド!』ってうちのボスが言ってたもんだから……」
「うん?」
まあ言われなくても大体予想はつく。
南方海域をナワバリにしているというだけで余所の連中から過剰に恐れられるのはいつものことだった。
「危険なひとたちって思われていたのかしら」
視線を向けられたチェティーリは、人形のような顔つきで、
「飢えたライオンみたいって言ってました」
ピャーチとやらは申し訳なさそうに、
「エイリアンやプレデターだと思ったほうがいいって……」
と風評を述べた。
清霜は唇を尖らせる。もっとカッコいい感じの噂がいいのに。
「悪く思わないでほしいッス。あたしら、南方海域は第一世代的な連中ばっかりって脅かされてたんで」
聞きなれない単語に北上が反応する。
「第一世代? なにそれ?」
「あれ? 深海棲艦の世代分けっす。知りません?」
トゥリーは簡単に説明する。曰く、
第一世代。
『過去』……世界大戦の記憶に縛られた深海棲艦たち。会話もままならず破壊活動を何よりも優先する。
人類がイメージする深海棲艦といえばコレにあたる。
第二世代。
『現在』……前世の未練に縛られた者たち。個人主義者が多く、未練を解消するためなら死をも恐れない。
現状の海を生きる深海棲艦たちの大半はこの世代にあたるという。
第三世代。
『未来』……なんのしがらみも無い生き物たち。社会性を持つ者もおり、将来を見据えて戦力を蓄える等、最も人間に近い気質を持つ。
女帝連合と呼ばれる新鋭の大規模群体らがこれにあたる。
「ふうん……そういうのあるんだ。それで言うとあたしらは第二世代かな?」
清霜と雲龍は同意する。
思い当たる節がある。確かについこの前の戦いでは「未練が残ったままでは死ぬに死ねない」といった心地だった。
「あとその世代分けのルールに則るなら、
殺意満点、言葉が通じない。腹をすかした獣と同じ。
そんな調子なので、北の魔女の総評もあながち間違ってはいないと説明した。
「あたしらのとこの世代分けはちょっと分からないなー」
北の魔女サイドは揃って頷いた。
第二世代か、第三世代か。未練があるといえばあるし、縛られているかといえばそうでもないと言う。
「まああたしたちがどっちかはいいんで。それよりガ島の皆さんは、その感じだともしかしたら知らないかな~って思うんで聞くんですけど……」
「なに?」
トゥリーは焚火の根元を小枝でつつく。
「ネームド深海棲艦、知ってます?」
雲龍は首を傾げ、
「『鉄雲』とか、『雷鳴』とか?」
「そういう奴です」
「なにそれカッコいい!」
目を輝かせる清霜に北上は説明する。
日本国が手に負えないと判断した深海棲艦に名付けられる二つ名で、命名規則は自然現象にちなんでいる。
『鉄雲』は、雲かと見紛うほどの数の艦載機を飛ばしてくる空母が複数所属している群体。
『雷鳴』は、雷がごとき破竹の攻勢を仕掛けてくる少数精鋭艦隊。
他にも『大渦』『酸津波』……多数登録されている。
トゥリーは軽く頷いて、
「……で、日本の海軍はぶっちゃけあんまり深海側の事情を知らないんスね。名付けられてないツワモノがけっこう居るんで、深海側のネーミングで覚えたほうがいいです」
「どんな奴がいるの?」
火の粉がぱちぱちとはぜて、浜が照らされた。
「深海側は、何らかの分野で『世界一』って認められたら名前がつけられるって話スね。例えば……」
先ほどの『鉄雲』。
深海側では航空戦力世界一の群体として、『小便ババア』と呼ばれている。
理由は、神様の小便かという勢いで空から爆弾と魚雷を投下してくるから。
『雷鳴』。
突破力世界一、『マザーファッカー』と呼ばれている。
南西海域を支配していた古参の深海棲艦たちを気に入らないという理由でシンガポールから台湾の手前まで一筆書きで落としていった。女帝連合の一人。
潜水戦力世界一、『糞食いビッチ』。
海底を白く染めあげるほどの数の潜水棲姫と潜水新棲姫が所属しているといわれ、20人のフレッチャー級を擁するアメリカの大連合艦隊でも太刀打ちできなかった。西方海域最悪の集団で、通りがかる水上艦を水中に引きずりこんで嬲り殺しにするのを趣味とする。
身体の凹凸が分からないほど真っ黒で、空間にヒト型の穴が空いているようにしか見えない存在。
砲弾・魚雷・爆弾の一切が効かず、体表から飲みこまれるように消えてしまう。一昔前までは『食人姫』と呼ばれており、人間・動物・深海棲艦問わずに飲みこんでいた。言葉を発さず、意思疎通ができた者はいない。その他詳細一切不明。深海棲艦とはまったく別の生き物なのではないかと言われている。
「――遭遇したらヤバイのはこの辺っすかね。他は交渉の余地ありっていうか、敵対しなけりゃ大丈夫って話です」
「名前がカッコよくない……すごく下品……」
「深海のセンスなんてそんなもんっす。……で、どうしてこんな話をしたかっていうと~」
二本の枝で、火の起こった炭をはさんで持ち上げる。
風を食って赤熱化し、盛んに火の粉を飛ばす。
「ネームドと戦ったら死にまくりますからね! 絶対に手ぇ出さないでください! ……って言いたかったんス」
「はあ」
「まあ別に戦いたいわけじゃないし」
「一応ね、念押ししたいだけなんスけど」
ピャーチが補足する。
「グアムを仕切ってるのは、ネームドなんです。通称『ゴミ屋敷』、防衛回数世界一、海賊まがいの深海棲艦や奪還に燃えるアメリカ合衆国に狙われ続けているグアムが未だに栄えているのは彼女が守っているからです。絶対に、絶対に敵対しないでくださいね」
「分かった、分かったけどさ」
どうやらものすごく信用されていないらしい。南方勢の2人は苦笑いで応じたが、清霜は少し違った。未だに渋面のまま腕組みをしている。
「う~ん……」
「どうしましたか?」
聞かれた清霜は、一言。
「私も『ネームド』になりたい……」
「ええ……?」
「カッコいい二つ名がほしいっ! ねえっ、どうやったらなれるかな!?」
「……話分かってんのかな」
溜め息をつくトゥリー。
その肩を雲龍が人差し指でつついて空母トークを持ちかける。「艦娘時代の大鷹が一航戦の肝煎りって話は本当?」「ホントっすよ」「赤城さんと加賀さんの訓練ってどんなだった?」「そりゃもう鬼っす、鬼の中の鬼……」等々。
ピャーチは溜め息とともに夜空を見上げる。
信じられないほど澄み切っていて、視界に収まらないほど広大に星々が瞬いていた。
(喧嘩を売るにせよ、相手ぐらい見るか……さすがに心配しすぎかな)
とりあえず祈るぐらいはしておく。
明日はいい日になりますように。