悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~ 作:シャブモルヒネ
今日も今日とて海は広い。
ぐるりと見渡した前後左右の全てが大海原だった。
波しぶきをあげながら、深海棲艦の娘たちが進み行く。
つま先が波を蹴るたびに視界は上下に揺さぶられ、乗り越えながら顔をあげれば水色の空が果てなど知らぬとばかりに広がっていた。
「う~ん、いい天気!」
旅は道連れ、世は情け。
南方勢と北方勢の合計六人の艦隊は一路グアムに向けて航行中。
その編成は、戦艦清霜、空母雲龍、軽空母トゥリー、雷巡北上、防空駆逐艦のピャーチ、駆逐艦チェトゥーリ。意外にバランスのとれた艦隊になっていた。
「じゃあ、ガ島のボスはその新貝さんなんすか?」
南方の3人と、北方の3人。会ったばかりとはいえ元の生まれは同じ日本。話は昨夜の身の上話の続きとなっていた。
「ボスっていうガラじゃないけどね~。ま、一応は元提督だし?」
「へえ~、男の人でも深海棲艦になることってあるんだぁ」
「まとめ役って感じかなー」
「ふーん。なんかいいっすね~。こっちはボスも参謀役も何考えてるかよく分かんないから」
「あ~……富士山に登ろうとしたんだっけ?」
「そうそう、それ! ほんといきなり! 無理に決まってんのに!」
トゥリーが大声をあげる。
北の魔女は思い付きで行動するから本当に大変だったのだと力説する。
富士山を目指して進路転換したせいで横鎮・呉鎮・佐世鎮の三大鎮守府にボコられるわ、壊滅状態からどうにか再起できたと思ったら今度はグアム島で観光ツアーしようと言い出すわ……。どうやら苦労するのはいつも連れ回される彼女たちらしい。
しかもその北の魔女とピースメイカーは、トゥリーを含む深海世界のハードモードに慣れていない元日本勢の面倒もろくに見てくれないらしい。
「ひどいんですよ~、「自分で考えて生き延びられるようになりたまえ」とか言って、指示出しすらしてくれないんスから。今回もグアムで使う金は自分で稼げって放り出されたし……」
「だから別行動してるんだ? だったらその二人は今どこにいるの?」
「自分たちだけ先にグアムに上陸しちゃいました」
「へえ~、放任主義っていうかスパルタっていうか……」
「適当なだけですよ! あたしはアットホームなほうがいいっす!」
「敬語はいいって」
「そっすか? うーん、じゃあそうしてみます。……ああっと。えへへ、やっぱ難しいな」
トゥリーは頭をかきながら話を進める。
「リーダーってのは人間味がないとダメだと思うんだ……だよね、照ちゃん?」
話を振られた防空棲姫は少しだけ考えて、私は深海側の事情を全然分かっていませんが、と前置きしながらはっきりと答えた。
「いくら優秀なヒトでも人徳がないと気持ちがついていかないと思います」
「えっと……防空棲姫のあなたは……」
「元は照月、今はピャーチと名乗っています」
「ピャーチさん、あなたはどこ出身だったの?」
「幌筵泊地です」
「最北端ね。私はそこを知らないけど」
「あそこの提督さんはいい人でしたよ」
「南方泊地は……そうね。こっちもいい人よ」
「いい人ですか」
「な~んか微妙な評価みたい。“いい人”って」
わはは、と一同に苦笑が漏れる。
いや悪い人じゃないし、いいところだってあるんだよと若干のフォローも入るなか、一人だけ硬質な顔つきのままの少女がいた。チェトゥーリだった。
「えっと……チェトゥーリさん? あなたのところはどんな感じだったの?」
雲龍が話をふると、トゥリーが「あっ」と声をあげた。
「チーちゃんは、その、出自がアレなんで……」
「アレ?」
「ええとお~……」
トゥリーはちらりと駆逐古姫を伺う。
少女は特に変わらない様子のまま、「別に構わない」と応えた。
「チーちゃんは、いわゆるブラック鎮守府にいたんだ……」
「ブラック?」
艦娘なら誰でも聞いたことがある単語だった。
ブラック鎮守府。
艦娘を消耗品として扱うような人でなしの提督が指揮する鎮守府を指す。
しかしブラックと言ってもピンキリで、チェトゥーリがいたのはキリのほう――つまり最低最悪のほうだった。
「えっ!? 着任して三日で実戦にだされたの!?」
清霜が憤慨するのも無理はない。
三日などあってはならない短さなのだ。
自動車の教習所でいえば、信号に従って交差点をスムーズに曲がれる程度の技能しか身につかない。そんな素人がもしエアバッグの無いカーレースに出場させられたらどうなるか。
轟沈。
そして深海化。
火を見るよりも明らかとはまさにこのことだった。
いったいどこのクズ提督がそんな真似をしたのかと問いかけると――
「佐伯湾?」
あっ、という声が南方勢の全員から漏れた。
「もしかしてそこの提督って、黒井って名前じゃなかった?」
「確かそうだった」
「ああ……あいつかぁ……」
しみじみと、北上も雲龍も遠い目をした。
日本で最もカスな提督は誰ですか? という質問があったなら、まっさきに名前が挙がるであろう奴だった。
「知っているんですか?」
「知ってるも何も……あたしら全員、あいつの謀略で轟沈したしなあ……」
「え」
「ガ島にいる元艦娘はほとんどそうだよ。……は~黒井かあ~。あいつマジでファッキンクソ野郎だよね~。でも安心してよ、ちゃ~んとリベンジはしてやった。ねっ、清霜?」
「うんっ」
清霜、一点の曇りもない晴れやかな笑みを浮かべ、
「ボッコボコにしてやりましたあ!」
「そ、そうなんだ……」
あ、別に復讐目的ってわけじゃないんだよ、と補足するもそのノリに北方勢はついてこれない。
いくら深海化していたからとはいえ、仮にも提督だった奴をやっつけちゃっていいんだぁ……って感じに。
「いいも悪いもないっていうか。やるかやられるかって感じだったし。あとムカつくこと言われたし」
小難しいことは分からないけど、と清霜は続ける。
「自分が自分らしく生きていくためには戦わなきゃいけなかった。だから戦ったの。そんだけ」
「ふうん……」
「あっ、もしかして自分でリベンジしたかった? だったら先にやっちゃってごめんね」
「いえ別に……。私も復讐したかったわけではないので」
でも、と言葉を続ける。
「少しスッキリした、かな。……世の中は理不尽がまかり通るもので、私のような弱者は抑えつけられるしかないって思ってたから……。清霜さんみたいに抗うひともいるんだなって」
「そーだよ! 私もね、ヘタッピだってよく言われるけど、縮こまる必要なんかないって思うの。だって人生の主人公はいつだって自分なんだから!」
「……そう、ですね。私もそうなりたい、かな」
「うん! そのためには、まず楽しいことしなきゃ! えーと、ちぇ、ちぇとーりーちゃんは、」
「チーでいい」
「チーちゃんはグアムでしたいことってある?」
「ん……特には。強いてあげれば、色々見てみたいかな……」
「私はね、グアムで美味しいものいっぱい食べたい!」
「私も、食べてみたいかな。北方基地の食べ物は味がしかなかったから」
「じゃあ一緒に回ってみない!?」
ぐぐいと清霜は顔を近付ける。
チェトゥーリはしばらく無言でいたが、やがて前方を向いたまま小さく答えた。
「うん」
太平洋を真っすぐ北上、グアム島までおよそ半分は来たところ。
ここから西へ進めばパラオ泊地方面に向かうだろうという海上の分岐点にさしかかったときだった。
「え」
それに初めに気付いたのは雲龍だった。
「あれは、何……?」
見れば、遥か遠くの水平線の向こう側から、黒い点のようなものが飛んできていた。
それは偵察機であり爆撃機。
海に生きる深海棲艦としては珍しいものではない。
それでも雲龍が困惑し、我が目を疑って仲間に声をかけてしまったのには理由があった。
様々な種類の艦上機。
その数が尋常ではなかった。
水平線を起点として黒い点が続々と沸き上がっていた。それらはもはや点ではない。一つに連なった線ですらなく、今や面積をもつ長方形となって大空の一部を塗りつぶしていた。
群れと呼ぶにはあまりにも数が多かった。
水平線とは通常、人間の高さの視点から見ればおおよそ4km遠方までは視認できると言われている。つまりあの艦載機の群れは4km向こう側から現れていることになるわけだが、今だに煙のごとく伸び続けて途切れないのは一体どういう話だろう?
数キロに及ぶ列をなす飛行群体。その数はゆうに万を超えるに違いない。
到底ありえる話ではなかった。例え日本海軍が保有する艦載機をまるごと集めたとしても届かない規模になっている。
「やっば……!」
同じく警戒にあたっていたトゥリーが遅まきながら気付く。
唾を飛ばして南方勢の清霜・北上・雲龍に警告する。
「攻撃禁止! 攻撃禁止です! ぜっっったいに攻撃しないでください!」
焦りすぎて口調が艦娘時代のときのそれに戻っていることに本人も分かっていなかった。
非常事態。そんなことは言われなくても一目で分かる。
誰もが唖然と空を見上げるしかなかった。
なにせ戦うというレベルの戦力比ではない。こちらの弾の数より敵機のほうが多いのだ。
「へたに動かないでください……刺激しないように……。いいですか、アレは一応、敵対しなければ平気です」
「どういうこと?」
北上の目線は水平線上に向けられている。目を凝らしても通常の視力では気付けないゴマ粒程度の大きさではあったが、彼女だけはこれら大量の敵機を飛び立たせた母艦の存在を視認することができているようだった。
人の形をした集団が航行している、と北上はこぼした。
「50……60……70はいるね。あれって、もしかすると全員が……」
「そうです。空母系の、姫級です」
トゥリーが言葉を継ぐ。
「昨夜話した『鉄雲』で、『小便ババア』です。……どうしてこんなところにいるんだろ。縄張りは東南アジアのはずなのに」
まさに雲のごとき巨大な立体感をもつ艦載機の群れが飛び交っていた。
粗いクレヨンで空を塗りつぶしていくように黒々とした弧が描かれていき、あっという間に清霜たちの頭上を黒に染め上げていく。
下にいる清霜たち6人に影がさす。頭上に日傘をさされたようだった。
全員、上を見上げるしかなかった。
「9……?」
雲霞のごとき艦載機群には、全て『9』のナンバリングがなされていた。
「これは第九偵察艦隊、ですね……。敵とみなされたら本隊である爆撃艦隊が集まってきます。大丈夫、何もしなければ去っていきますから」
「本隊って……これで本隊じゃないの?」
空母である雲龍には特に信じがたい話だった。
この規模で偵察部隊にすぎないなんて。
天災がごとき艦載機の群れは轟音を幾重にも震わせながらしばし清霜たちの頭上を旋回し、やがて興味を失ったかのように離れていく。大群は水平線上を航行しているらしい空母軍団の元へ舞い戻り、その深海棲艦たちもまた姿を消した。
「……ふう」
しばらく誰も言葉が出なかった。
頭上一面を爆弾を抱えた機体が飛び交っていたのだ。生きた心地がしないどころの話ではなかった。
「あれはいったい、何なのさ」
ネームドクラスの深海棲艦群。
そのうちの一つ、『鉄雲』の連中が世界一の空母戦力を持っているというのは知っていた。
しかしここまでの規模であるとは南方勢の誰もが思ってもいなかった。
「私も話に聞いていただけなんですけど……」
トゥリー、曰く。
『鉄雲』とは、ネームド唯一の第一世代。
つまり世界大戦の記憶に縛られた深海棲艦たちである。
生まれは東南アジア。抱えた憎悪は欧米諸国に向けられている。
植民地時代に人ならざる仕打ちを受けたこと、特にベトナム戦争で失われた命たちが基幹となっており、欧米人種、あるいはそれに連なる深海棲艦への憎しみに満ちている。もし発見したならば地の果てまでも追いかけて髪の毛一本すら残らない物量の爆弾を投下してくるらしい。
「なんでも過去の戦争で空から一方的に攻撃された意趣返しをするために空母戦力をひたすら増やし続けているって話です。嘘か誠か、最終目的はアメリカ大陸北部を焦土にすることだとか……」
バカげた話である。しかしそんなことができるわけがないだろう、と笑うことは誰にもできなかった。
先ほどのあれは狂気であり、妄執であり、信仰だった。
けして余人が触れてはならぬものだ。
第一世代。
会話がままならぬ者たち。
彼女たちに敵対者を選別する知能が残っていることに感謝するのみだった。
「……ま、すんごいヤバい連中ってことは分かったよ。ちなみに他のネームドもあんぐらいすごいの?」
「いえいえ。あんな規模なのはそうそういません」
「だったらよかった。あんなんがゴロゴロしてたら世界は終わってるよ」
胸を撫でおろしつつ、北上は大きく伸びをしながら首をこきりと鳴らした。
「あの数はハンパじゃないね~。
「今のヘンダーソンではとても対抗できないわ」
「はいっ、提案です! 空母本体を先に潰しちゃうのはどうかな?」
「……どうして戦う話してんスか」
呆れるトゥリーに、南方勢は当たり前のように返してみせる。
だって誰がいつ敵対してくるか分からないじゃないか、と。
「それにさ、鉄雲の連中ってアメリカ人が嫌いなんでしょ? ガ島泊地には居ないけど、ショートランド泊地にはアメリカの艦娘がたくさん居るしなあ」
「いやいや流石にソロモン海域までは来ませんよ。縄張りの東南アジアから離れすぎてる」
「わかんないよ~? もしかしたらアメリカ大陸を攻めるための前線基地にしようとするかもしれないじゃん? ほら、ガ島って世界大戦のときも要衝になってたし……。ねえ、ピャーチだったらアレ、落とせる?」
「私ですか?」
「うちは防空艦いないからなー。ちなみに秋月型とアトランタ級ってどっちが対空性能高いの?」
「むっ」
ピャーチはあからさまに唇を尖らせる。
「秋月型に決まってます!」
「そうなの? でもさあ」
「秋月型は防空において最強なんです! あんなの全部落とせますから!」
「ほー。そうなんだあ。分かった分かった、そういう見方もあるかもね」
「なんですか。言いたいことがあるならハッキリ仰ったらどうですかっ」
北上の顔にははっきりこう書いてある。
マジメな奴をからかうと面白れ~。
わいのわいのと弛緩した空気が醸しだされていく。
グアムに着くまであと少し。
雑談を再開させる少女たちの中、雲龍だけは潮風に白い三つ編みをなびかせながらいつまでも『鉄雲』たちが消えた方角に目をやっていた。
(さっきの攻撃機のなかにスカイレイダーがいた……)
スカイレイダー。
通称、『空の襲撃者』。
量産された単発プロペラ機としては世界最大・最重量の機種であり、アメリカ海軍の主力攻撃機としてベトナム戦争で活躍した艦上攻撃機である。
『バスタブ以外に運べぬ物はない』と評された搭載力により過剰な火器弾薬をばらまいて枯葉剤をも巻き散らした機体……つまりベトナム産の『鉄雲』たちにとっては、親兄弟と自身の仇も同然の悪魔の機体なのである。
それを敢えて使っている。
おそらくは戦力増強、その一点のためだけに。
その理解しがたいまでに研ぎ澄まされた殺意のほどに雲龍はうすら寒いものを感じた。
最低限の理性と、最高純度の狂気。
それらが両立したときに出来上がるものを雲龍はよく知っていた。
ことごとくを殺し尽くさんとする怨霊。かつて自分を殺し、北上を殺し、清霜を殺した元人間の黒髑髏の記憶がしばし頭から離れなかった。
次回、やっとグアムに着きます。