悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~ 作:シャブモルヒネ
無線で報告を聞いても信じられなかった。
北上一人で、連合艦隊を撃滅。
仮に深海棲艦化したことでスペックが上がっているのだとしても、それはあまりにも突飛すぎる話だった。
「強い強いとは聞いてはいたが、ここまでやるとは思わなかった。もしかして大井も同じことができるのか?」
聞いてみると、険のある眼を向けてくる。
「できるわけないでしょう。せいぜい半分ね。相手の艦種や練度にもよるけれど」
それだって驚異的な数字だ。少なくとも新貝は、三対十二の状況で半分を撃破できるような腕の持ち主を他に知らない。
「あの女は頭がおかしいのよ。戦うことにだけ特化している」
まるで一緒にするなとでも言わんばかりに吐き捨てる。
「随分な言い草だな。喧嘩でもしてるのか?」
「喧嘩もなにも、単純にあの北上って女が嫌いなだけよ」
「なんだ、それ」
大井と北上はその戦果とともに、仲の良さでも有名だった。四六時中一緒にいて、誰も間に入る余地がなく、ちょっと行き過ぎてるんじゃないかと周りに心配されるほどに親しいと。
そう新貝が聞いてみると、大井は「そうするのが仕事だったもの」とにべもなく答えた。
「私とあの女はね、軍警察のスパイだったの」
唐突に、告げる。
「ぐんっ? はあっ?」
新貝は思わず目が点になる。
「あら、知能レベルが随分下がったようだけど大丈夫かしら?」
顔をぶんぶんと振って意識を取り戻す。
「ス、スパイだって?」
「そうよ、正確には違うけど、ほとんど似たようなものね。もう二度と戻ることもないから話すけど」
大井と北上は軍警察の内偵要員だったという。
大井がとある鎮守府に潜り込むときに相方として指名されたのが、他でもない北上らしい。
北上は元々別部署の戦闘要員だったらしいのだが、若くして訓練の要無しと判断されたため、他の経験も積ませることになったらしい。
そのときの大井は面倒ごとを押しつけられたとは思ったものの、それほど深く心配していなかった。
一分野でも熟達しているならば既にプロ意識は養われているはず。ならば最低限のルールやコツを教えれば、勝手に成長していくだろうと考えていた。
しかしその思惑は早々に撤回することになる。
初めて会った北上は、とんでもないコミュ障のマイペース女だった。
放っておくと周りの目を気にせずに好きなことばかりやっていて、スパイのくせに目立つことこの上ない。
仕方なく大井は表向きは親友としてポジションをとり、周りの艦娘たちとの繋ぎ役に徹するが、本人にいくら言い聞かせても改善する様子がまるで見られなかった。
そのフォローをするため、北上とのスキンシップという建前で日頃からついてまわっていたら、妙な関係性と不本意なキャラクターが周囲に確立されてしまったというわけだ。
そのケの無い大井は嘆いたが、それで任務を投げ出すわけにもいかない。
最大限の努力をした結果、皮肉にも「あの北上のフォローをできるのは大井しかいない」という厄介極まりない評価を受けることになってしまった。それからはどこに転属するときも同行するはめになってしまったという――
「それで最後に送られたのがブイン基地。ガ島奪還作戦が終わったら昇進してあの女から解放される目もあったけど、あえなく殉職して、まだ一緒にいるってわけよ」
どう、笑えるでしょ? と大井は肩を竦めるが、新貝は急な話についていけない。
「つまりアレか? 今までは嫌々面倒を見ていたけど、もうその必要はなくなったから後は知らないと?」
「正解よ。理解してくれて嬉しいわ」
「はぁ~、なるほどね~」
新貝は感心したように腕を組む。
「ま、合わないんなら別に無理して仲良くしなくてもいいけどよ。だが面倒を見なくていいなら嫌う必要もないんじゃないか?」
「さあどうかしら? ただこれだけは言っておくけど、あの女がこの先何をやらかそうとも私は尻拭いしないわよ。どこかの面倒見のいい提督が頑張りなさい」
「そ、それが俺の仕事だ。仮にも提督だからな」
「今は本当に“仮”だけどね」
「んなことは分かってるよ」
北上といえば評判のエースで、対して自分は出来の悪い提督だ。新貝は奇妙な巡り合わせにただ感心するばかりだった。
気がつくと、大井はソファーに身を沈めて、意味ありげな目つきをしている。
「……聞きたいことはそれだけ?」
「ん? それだけって、何がだ?」
「内偵要員って聞いて、他に何か思うところはないのかって言ってるのよ」
「うーん、そもそも存在を知らなかったしなぁ。軍警察や憲兵なんてたまにやってくる偉ぶったおっさんだけだと思ってたが、まさか艦娘に紛れ込んでいるとは……ん、待てよ?」
――ということは。
新貝がショートランド泊地で好き勝手にやっていた“色々”も筒抜けだった可能性がある。それに気付いた新貝は、恐る恐る生前の記憶を掘り起こす。
水上スキー大会、とか。
ちょっとした禁制品の入荷、とか。
“思うところ”が色々と頭に浮かんでくる。
「思うところが無いとは、言わんが……」
それはあくまで提督時代の話で。
強制的に退職させられた今となっては関係ない。
「チクられたところでカットされるボーナスがあるわけでもあるまいし」
「ふぅーん……」
「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言え」
「ま、どうせ貴方みたいな低評価のアホ提督は関与してないんでしょうけど」
そう言いつつも大井の目つきは鋭いままだ。一欠片の動揺も見逃すまいと眇めたその瞳は、きっとまだ新貝への疑いが晴れていないことを示していた。
「南方海域で展開された作戦には、“必要の無い犠牲”が盛り込まれる傾向があった。私と北上はそれを調べるためにガ島奪還作戦に潜り込んでいたのよ」
「なん……だって?」
ガ島奪還作戦の司令部。あの連中の言動を、新貝は死んだ今でも覚えている。
――人類の勝利のために。
――暁の水平線に勝利を刻むために。
そう言って、奴らは艦娘に犠牲を強いた。憂い一つなく味方を切り捨てたのだ。
「おいおい……この俺が知ってて艦娘を沈めたって言うのか? 清霜を? イムヤを? ……ふざけんな! あいつら司令部の連中がそれだけ無能と知ってたら、ぶん殴ってでも指揮権なんか渡さなかった!」
気が付けば、言葉は叫びになっていた。
「俺の見る目がなかったのは認めよう。そのせいで今じゃ深海棲艦の仲間入りさ。だがな、それでもあの連中より墜ちたつもりはねぇぞ。仲間を使い捨てるような屑にはな!」
息荒く想いを吐き出す。それでも大井は、見ているだけで。
「おい、何とか言ったらどうだ」
長い沈黙。小さい溜め息とともにぽつりと呟いた。
「……悪かったわ」
何が、とは言うまでもない。
「疑ったことは謝ります」
淡々とした口調で謝罪を述べる。けれど新貝は納得がいかない。艦娘殺しに加担していたのではないかと、そんな反吐が出るような発想をよくも自分に向けたものだ、と。
大井はその気持ちを察したのか、言い訳するように言葉を続けた。
「私だってあの作戦で死んだのよ。その関係者かもしれない人間と暢気に過ごしていられない気持ちぐらいは分かってほしいわ」
「……」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
それに繋がるように新貝の中で一つの疑問が氷解した。これまでの大井の人を人とも思わない対応、その原因に。
ガ島奪還作戦はショートランド泊地が中心となって実行されていて、新貝はそこの提督だったのだ。思うところがあって当然だろう。
今はもう疑っていない、と言ってはいるが……しかし潔白だという証拠もまた無いのだろう。大井の目から信用の色を読み取ることはできない。
ならば新貝にできることは、ただ一つ。言葉を重ねることだけだった。
「俺は、誰も、見捨てはしない。昔も今もだ」
「そうね、そうだと嬉しいわ」
無実の証明。それができる日はくるのだろうか?
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一方、現地組の三人。
新貝の指示で、残された難破船を探索することになった。
深海棲艦が根城にしていたならば、使える装備や資材が残っているかもしれないからだ。
イムヤが先頭となり船に近づく。
思っていたより大きい。海上から船の縁までは高さがあって手が届かない。どうやって乗り込んだものか悩んでいると、北上が船の横腹を興味深そうに眺めながら呟いた。
「よく見たら観測艦じゃん。イムヤっちゃーん、無線機貸してくれない?」
「いいですよ」
渡すと、慣れた手つきで会話を始める。
「おーい、大井っちいるでしょ? こちら北上。難破船ね、やっぱり例の船みたいだよ」
『……あら、そう。けど今更調べたところで昇進できないわよ』
「そうなんだけどさ、気になるじゃん?」
『ところで、私がなぜ執務室にいると分かったのかを聞いても?』
「だって大井っち心配性だし~、って言うと怒るんだった、今のナシ。ま、なんだかんだ言って情報収集しに来るって思ったわけ。不安要素は放っておけないでしょ?」
『……まあ、そうね』
「そこの司令官殿も似たような傾向あるよねえ。気が合うんじゃない?」
『重ね重ね、不愉快なご指摘、どうも』
「はいよー。また連絡する」
北上は乱雑に無線機を切った。
会話が終わると、うーんと大きく伸びをして清霜の背後に回る。
「ちょいと失礼」
「え? あ、はい」
清霜が背負っている軍用リュックにずぼっと手を突っ込んで何かを探す。ヘッドライトや探照灯の持ち合わせはないので手探りだ。やや時間をかけて目的の物を取り出す。鉤つきロープ。
いつの間に入れたんだ、と清霜が目を丸くしているうちにその鉤をぶんぶんと振り回して船の縁にひっかけたかと思うと、一人でするすると登っていってしまう。
「ほーら早くして。先に行っちゃうよ」
「ええー!? そんなに早く登れないですよ!」
イムヤと清霜は、何度もずり落ちそうになりながらロープを登る。一応こういったケースの救助訓練の経験はあったので、ロープさえ垂れていれば登ることはできた。
甲板に身を乗り出す。
北上は、船室の壁際で腰に手をあてて突っ立っていた。
「何を見てるんです?」
「血の跡」
ほら、と指を差す。
壁には人間大のトマトを思い切り投げつけたような黒い血痕が残っている。
よく見れば、血痕のど真ん中には大型主砲を撃ちこんだと思われる大穴が空いていて、傍の船の縁の一部も大きく抉られていた。
「こりゃ海の上から砲撃されたんだろうね」
「砲撃って、直接撃ったということですか?」
乗組員を?
艦娘も深海棲艦も、見た目は人間サイズでも破壊力は軍艦のそれだ。攻撃されて命中すれば百パーセント死ぬ。
――この船では人間が殺された。
そんな当たり前のことが今更現実感を帯びてくる。
人が、殺された船。
それを思うと途端にこの船がおぞましい怨念を孕んでいるように感じられた。
清霜も船の不気味さからか黙り込んでしまう。
時刻はまだ明け方で、船内は暗闇に支配されているというのに、北上は気にする様子なくずんずんと入っていってしまう。
イムヤと清霜は気が気でないが、かといって自分たちだけ残されるのも恐ろしい。ここは真夜中の幽霊船。いかにもナニカが出てきそうで。
勿論そんなものは存在しないと頭で分かってはいるが、その理屈が揺らいでしまうほどにこの船のもつ雰囲気は不気味だった。何事もなく探索が終わりますようにと祈りながら、北上の後を縋るように追っていく。
誰も船の外周には気を向けなかった。
そのせいで誰も気付かなかった。傾いた船の反対側に打ち捨てられた、上半身が無くて腐っている、かつて人間だったものに。イムヤが知れば卒倒し、清霜が気付けば大変なことになっただろう。似たような死体は船の影にたくさんあった。皆、深海棲艦にやられたのだ。
船内を進む北上。イムヤはおっかなびっくり、気になっていることを聞いてみた。
「あの、さっき無線で“例の船”とか言ってましたよね? この船のこと、何か知ってるんですか?」
「あーここね、軍の偉い人の船なんだ。いかがわしいことやってた人で、それについて調べるのがアタシたちの仕事だったってわけ」
「い、いかがわしいことって?」
「エロいことじゃないよ~」
はっはー、と北上の空虚な笑い声が真っ暗な船内に反響する。
「その、北上さんたちのお仕事っていうのは?」
「それ聞いちゃう? ま、もう辞めてるし、怒られることもないから別にいいけど。アタシと大井っちはね、なんと軍警察だったのだよー」
「ぐっ、軍警察!?」
艦娘の憲兵なんて存在したのか、と驚く。
清霜に目で確認してみるが、やはり知らないようだった。
というより、それどころではないという様子。胸元で両手を小さく握りしめ、心なしか顔色も悪い。やはりこの得体の知れない雰囲気は清霜には辛かったのかもしれない。早々に切り上げようとイムヤは思う。
「アタシたちの仕事はね、無垢な駆逐艦に手を出すようなわるーい提督とかを本土の憲兵に突き出すことだったのさ。それと軍規違反するような馬鹿の調査もね。それがこの船の持ち主ってわけ。けーど、もう死んじゃったみたいだしな~。あの世に逃げられちゃお手上げだー」
あっけらかんと、物騒な話を続ける。
イムヤはもう話を振るのはやめようと口を噤む。会話はすぐに途切れた。
ドアが軋む音、鉄板の上を歩く甲高い音だけが耳に残る。
船内は傾いていて歩くバランスをとるのが大変だった。
一度滑ってしまったら大変なことになりそうだが、所々に手すりになるような鉄パイプやロープが取り付けられていた。
本当にここに深海棲艦が住んでいたということだろう。
「清霜、大丈夫? 一緒に外で待ってる?」
「……大丈夫、です。私も探索します」
とてもそうは見えないが、本人が言うなら無理強いしずらい。
本当に辛そうになったら戻ろう、と思ったその時。
なにか、聞こえたような気がした。
耳を澄ましてみる。すると突き当りの部屋から僅かに何者かの声がする。それはまるで、獣のような唸り声。
イムヤは即座に無線機をつける。
「司令官、こちらイムヤ。船の奥に誰かいるかも」
『こちら新貝。どういうことだ?』
「誰かの声が聞こえたの」
『無茶はするなよ』
もし何者かが居るとしたら、それは深海棲艦しかない。
三人で油断なく部屋の前に立つ。
ドアはついていなかった。
今はもう暗闇に目が慣れて判別することができる。
豪華な執務机が正面にある。窓には分厚いカーテンがかかっていて、壁の掛け軸は文字まで読めそうだ。壁には大きな穴が開き、床の半分まで浸水していて、その水際には一匹の深海棲艦が佇んでいた。
イ級後期型。
それはイムヤ達の姿を認めると咆哮を上げ始めた。
――グルル、ギギギィ、ギギギイイイェェエエエエエ!!
それは呻くような鳴き声を漏らした。
攻撃してくる気配は無い。
「なーんだ、イ級か~。ヲ級なら勧誘したのに」
北上は目の前の深海棲艦の動向を気にかけずに舌打ちする。こんな雑魚はどうとでもなると。それは全く正しい。連合艦隊を単騎撃滅できる女が、イ級一匹に身構える必要はない。
当のイ級はまだ威嚇するような鳴き声を上げ続けている。
どうしたものかとイムヤは考える。
勿論放置するわけにはいかないが、ここは船内。魚雷は使えず、かといって主砲なんて撃った日には、跳弾や飛び散る破片で大変なことになる――
と振り向いた先で、こともあろうに清霜が16inch三連装砲を構えていた。
イムヤと北上は揃って目を剥いた。
「ちょ、ちょっ、清霜っ! こんな狭い部屋で大口径を使ったらっ!」
言い終わる前に、鼓膜を破るような破砕音。
撃った。
破片が飛び交い、視界があっという間に煙で埋まる。
伏せた背中にぱらぱらと木屑が積もり、辺りが静寂に包まれてからイムヤはようやく口を開くことができた。
「清霜のばかーっ! どうしてここで撃っちゃうわけ!?」
「……だって、敵だったから。それに私、イ級は嫌い」
見ると清霜の頬が裂けて、血が垂れていた。自分の弾が跳弾して当たったのかもしれない。
「おチビ、怪我してるよ。痛くないの?」
「平気です。こんなの何ともありません」
「ふうん?」
北上はそれだけ言うと部屋を見回す。
清霜の砲撃のせいで部屋には新しい大穴ができていた。
イ級の姿は、どこにも無かった。
「こりゃ逃げたか。元から穴開いてたし、最初からそのつもりだったんだろうね~」
無線機で報告しようと手に取ると、口を開く前に新貝の声を受信した。
『今のは、誰だ?』
「イ級後期型が居たんだよ。壁の穴から逃げちゃったけど」
『イ級だって?』
訝しがる声。
『俺には人の声に聞こえたぞ』
「嘘。だってあんな鳴き声、深海棲艦でしかない」
『でもなぁ。大井も人の声に聞こえたよな?』
無線機の奥で逡巡する気配。
『ええ、明らかに人語だったわ。それも、姫級のような不明瞭な喋り方ではない、はっきりとした知性と感情があった』
「ええ?」
清霜、北上と顔を見合わせるが、わけがわからないという表情だ。
自分の耳がおかしくなったわけではなさそうだ。しかし新貝と大井の口ぶりに嘘を言っている様子はない。
『もしかして、だけど』
大井は躊躇いがちに仮説を述べる。
『無線機を通すと、深海棲艦の言葉が分かるのかも』
「鏡の時みたいに真実が分かるってこと?」
『多分ね。道具でフィルタリングすると余計なものが排除される、みたいなことじゃないかしら? 根拠は無いのだけれど』
あの、と清霜が会話に割り込んでくる。
「鏡の時って、何のことですか?」
「えっ? ああっとね、鏡っていうのは……」
清霜がいるのを忘れていた。頭の中が真っ白になる。これは教えても大丈夫なことなのか、瞬時には分からずイムヤは狼狽した。
本当のことを伝えたところでガ島泊地に鏡は無い。
イムヤが隠し持っている手鏡がばれなければ問題はないはずだ。下手に隠す方が怪しい、に違いない。
イムヤはそう結論を出して、開き直って鏡と深海棲艦の関係性を説明することにした。
「へぇー、知らなかった……。もしかして皆知ってるの?」
「うん、まぁ……」
『あくまで一部の艦娘の間だけで伝わっていた噂話よ』
大井が補足する。
『都市伝説と言っていいかもね。鏡に映すと、深海棲艦になる前の艦娘の姿が見える。そしてそれを見た艦娘は鏡に引きずり込まれて……』
「きゃー! どうしてそういう話するんですか!?」
『聞かれたから説明しただけよ』
「う~……もういいです、大体分かりましたから!」
清霜は怯えたようにイムヤの指先を掴む。
もうこの話はしたくない、といった様子だ。
イムヤは密かに大井のフォローに感謝した。
『とりあえず、船の中は大体見たんだろ? だったらもう戻ってこい』
新貝が話を切り上げる。
「うん、分かった」
「アタシはもうちょっと調べたいんだけどー」
「早く帰りましょうよー!」
ぞろぞろと連れ立って部屋を出る。その間際、イムヤはふと振り返り、イ級が逃げたであろう穴を見る。
(あのイ級、何を喋っていたんだろう?)
@
その後、ガ島泊地に帰ってきて。
「室内で砲撃するやつがいるか、この馬鹿!」
新貝の怒鳴り声とともに、入渠ドックに浸かる清霜の頭にげんこつが落ちる。
「いたーいっ!」
清霜が頭を抑えて言い訳する。
「だってぇ、敵がいたんだもん」
「場所を考えろっての。昼も言ったが、戦艦だって無敵じゃないんだぞ。ましてあの場所にはイムヤと北上も居たんだろ」
「ごめんなさい……」
「二度とやるなよ!」
新貝がやれやれと腕を組んでいると、入渠時間を示すカウンターがぱたぱたと動いてきっちり三秒だけ繰り上がった。
「うお……」
思わず、清霜と顔を見合わせる。
「強く叩きすぎたか?」
「ほんとに痛いんだからね。人の頭ぽんぽん叩いてさあ」
清霜、ジト目で睨む。
「わ、悪かったな」
が、すぐに噴き出した。
「ぷっ、ふふふ」
「なに笑ってるんだ」
「だって可笑しいんだもの。司令官なのにしゅんとしちゃって~」
「やかましい」
「変なのー。あ、ところでさ、あのイ級はなんて言ってたの? ちゃんと聞こえたんでしょ?」
「ああ、それはな、『ちくしょー、覚えてろよ!』って言ったんだ」
「なにそれ、漫画みたい!」
「こうも言ってたぞ、『あーばよ、とっつぁ~ん!』ってな」
「嘘だぁ! 絶対そんなこと言ってないって!」
あははと無邪気に笑う清霜を見て新貝は思う。
(ああ、嘘だとも。世の中には知らない方がいいことだってあるんだからな)
本当は、こう言っていたのだ。
『――あなたたちは、どうしてこんなことをするの? 私たちはただガダルカナル島で平和に暮らしていただけなのに……』
『ああ、ああ……皆、死んでしまった。穏やかに暮らしていたかっただけなのに、あなた達が、全部壊した。なにがそんなに憎いの? おぞましい、深海棲艦どもめ!』
『私は、私たちは、あなたたちを許さない。地獄に墜ちるときはあなたたちも一緒だ。絶対に連れていってやるからな……!』
それは呪いの言葉だった。
だが新貝にはどうすることもできない。
――なんで戦わないといけないの?
――積極的に殺しに行くのは気が進まないのよ
そんな大井の言葉だけが頭の中で繰り返されていた。