悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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自称第三戦隊と野蛮な姉妹たち『七生報復』
2-1:管制塔1


これは、新貝貞二がショートランド泊地で一人前の提督になりつつあった頃にあった話。

その日は近くの仮設神社でささやかな縁日が開かれていた。

艦娘たちの慰労を兼ねたイベント。

この戦時下、不幸に見舞われた一般庶民が少なくない中で祭り事に興じるのは不謹慎ではないか、との意見もあったが、新貝は押し切った。そんなときだからこそ守り立てていかねば生き残った者たちも辛いだけだろう、と。

陽も暮れ始め、艦娘たちの寮からは浴衣姿の娘たちがいくつもの団子になって出かけていく。時折上がる歓声は遠く、泊地施設は静まりつつあった。

 

ショートランド泊地の玄関口で、清霜は遠く離れていく仲間たちを見つめていた。

「おい、お前は行かないのか」

清霜が箒とちり取りを手に振り返ると、新貝貞二が壁に寄りかかってこちらを見つめていた。

「まだ掃除が終わってなくて」

清霜がそう答えると、新貝は訝しむように片眉を上げた。

「お前の担当は食堂だっただろう。いつから一人が二ヵ所を受け持つことになったんだ?」

「朝霜がさぼっちゃったから」

「代わりにやってくれって頼まれたのか。こんな日に酷いことをするな、あいつは」

「別に頼まれたわけじゃないよ」

「ん? じゃあ何でお前がやってるんだよ?」

「誰かがやらないとだめじゃない」

「……なんだって?」

新貝は目を丸くして、「信じられない阿呆を見た」という顔をした。何もこんな日にまで律儀にルールを守る必要はないだろう、と呆れたが、清霜は頑として手を止めようとしなかった。

「ルールは守らなくちゃ。ばちが当たるよ」

「どんな罰が下るんだよ」

「んー、改二になれなくなるとか?」

「それを決めるのは神様じゃなくて人間だろ」

「分からないよー? どんなことも巡り巡って自分に返ってくるんだから。インガオーホーってやつ?」

「そんなことを言ってるから貧乏くじを引かされるんだ」

新貝は大げさに溜め息をこぼしてみせ、用具入れから長帚を取り出した。

「仕方ない、さっさと終わらすぞ」

「え、でも司令官は……」

「うっせえ。口の前に手を動かせ。俺だって早く行きたいんだ」

人気のない玄関で駆逐艦と司令官が掃除をする。なんだかおかしな事になったと清霜は困惑した。ともあれ、流石に二人でやると掃除も捗る。本日の清掃ノルマはあっという間に完了した。

新貝はやれやれ、と背伸びをして清霜に目を向ける。

「お前はくそ真面目だよな。誰が見てるわけでもないのによ」

「だって仕事は仕事でしょ? 知らんぷりはできないよ」

「そんな事を気にするのはお前ぐらいだと思うよ。まあいい、ほらさっさと会場に向かうぞ」

「ダメです」

思わず背筋が伸びる、嫌な声。

「清霜さんの言う通りです。仕事には責任を持たなければいけません」

振り返ると見知った女がいた。

すらりとした長身に糊のきいたセーラー服をまとい、靡く黒髪は絹のよう。しかし眼鏡の奥にある目の周りには濃い隈が縁どられていて、その軽巡洋艦が本来もつ楚々としたイメージを台無しにしていた。

新貝の天敵が腕を組んで立っていた。

「お、大淀……」

じろり。

大淀はあくまで無表情のまま、淡々と新貝に問いかける。

「提督は、ここで、何を、しているんですか?」

わざとらしく言葉を区切る。

これは怒っている。間違いなく怒っているときの言い方だ、と新貝は思った。以前、「俺はお前みたいに賢くないんだから細かく言われないと分からないんだよ!」と逆切れして以来、機嫌が悪くなると馬鹿でも分かるような丁寧さで喋るようになったのだから間違いない。

新貝は内心震え上がりつつもなんとか表に出さずに言葉を返す。

「お、俺は清霜の手伝いをしていたんだ」

「もう終わりましたね?」

「ああ、そう、終わったかな」

「では執務室にきて下さい。決済していない書類が山ほどあるんです」

「いや、しかしだな……」

大淀は小首を傾げて、敢えての無言。言い訳の続きをただ促した。それがまた新貝によく効いた。

清霜は事情を知らなかったけれどある程度の予想はできた。どうせまた仕事をほっぽりだしてきたのだろう、と。

大当たりである。

新貝が仕事をサボって秘書艦が連れ戻す、それがショートランド泊地の日常風景だった。

しかし今の秘書艦は大淀ではない。霞だ。

大淀がいるのなら霞もいるに決まっていた。

「まさか縁日に行ってからやるとか言わないでしょうね!?」

苛立ちを隠そうともしない声。

言うまでもなく霞だ。今日も全開である。

「や、やぁ霞クン……」

「トイレに行くんじゃなかったの!? ここは玄関に見えるんだけど!」

「道に迷っちまった……んじゃないかなぁ」

「はァ!?」

ただでさえ上がりやすい怒りのボルテージが上限を突破して今にも爆発しそうだ。

前門の大淀、後門の霞。

ともすれば勝機は一ミリだって見いだせなかったが、それでも新貝は抗った。それだけ今日という日を、縁日を楽しみにしていたからだ。

「縁日を起案したのは俺だぞ? 三ヶ月も前から準備してきたんだ。俺が出なきゃおかしいだろ?」

「別に提督が出なくても縁日は運営できます」

「そういう問題じゃない! 俺だって、参加したいんだよ! 締め切りなんざ事務の爺婆をちょっと残業させれば一日ぐらい延ばせるだろーが! あいつらいっつも定時に帰りやがって!」

「事務方は私たちとは管轄が違いますから」

こちらの都合で迷惑をかけられない、と大淀は取りつく島もない。新貝がいくら吠えたところで蛙の面になんとやら。

新貝はいっそ前後に立ちはだかる秘書艦たちを振り切って逃げてやろうかとも考える。そのせいで今夜徹夜することになったとしてもいい、それほど今日の縁日に参加したかった。

(だって浴衣なんだぜ!?)

新貝が望むのはただの浴衣姿ではない。目の前に立ちはだかる貧相な艦娘たちとは一線を画す、戦艦空母たちが持つ豊満な母性の象徴。それが薄布一枚隔てて揺れる様を拝むことだけを心の支えに、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた。ここで諦めたらこの三ヶ月間の自分があまりにも哀れだった。

そんな新貝の邪心を感じ取ったのか、霞はぴくぴくとこめかみを震わせながらゆっくりと間合いを詰める。その瞳は氷点下。逃げ出そうものならいつでも飛び掛かってやると言外に訴えている。

「か、霞。待て、話せば分かる」

このクソ生意気な秘書艦ドノは、しかしその気迫とは裏腹に若干の隙を見つけることができた。よく見れば霞の目の下にも濃い隈ができており、足取りも確かではない。ここ半月の超・超過勤務のせいだ。そのことを新貝は誰よりも知っていた。

新貝は考える。

自分一人ならもう一日ぐらい徹夜したっていい。いいのだが、それをやると細かな修正や確認の都合上、どうしたって大淀と霞を巻き込むことになる。そして間が悪いことに二人とも明日の朝は外せない会議があり、連勤が確実だった。代役を新貝に押し付けることもできようが、二人の性格はそれを許さないだろう。

ならば。

新貝は天を仰ぐ。

できることは一つ。夢を、諦めること。

それだけが新貝貞二に残された最後の道だった。

新貝は断腸の思いで未練を飲み下す。体内で『でも』『けど』『だって』が暴れまわっていたが一つ残らず抹殺した。そうして僅かに残った意志の力で横隔膜に鞭を打ち、絞り出すように敗北宣言を吐いた。

「仕事、します……」

中年男の泣く姿は、控えめに言ってキモい。

「当たり前のことです」

大淀はそれだけを告げて踵を返した。霞は新貝の後ろについて退路を塞ぐ。おかしな動きを見せたらその尻に蹴りが飛ぶだろう。

そこに清霜が見かねて、

「あの、私にも手伝えることってない?」

連行する者、される者の三人が振り返る。

「大したことはできないけど」

新貝の瞳に光が宿る。

「……手伝ってくれ」

「提督、それはちょっと」

「俺と大淀がちゃんとチェックすればいいだろ? 中身は見ない。ファイリングとか判子を押すだけだ」

膨大な量の書類を整理する。判子を押して提出先毎に振り分ける。それだけでも随分と助かる。他にも諸々、知識がなくともできることはたくさんあった。

「清霜」

平坦な口調で呼びかけたのは霞だった。

「あんたはそれでいいの? 縁日に間に合わなくなるかもしれないのよ」

清霜はまっすぐに頷いた。

「霞ちゃんだってこのままじゃ行けないんでしょ?」

「あたしは別にいいの」

「良くないよ。皆で行った方が絶対楽しいよ」

「それは……そうかもしれないけど」

ごにょごにょと口をへの字に曲げる。霞は不真面目な新貝には冷たいが、真っ直ぐな清霜には弱い。

そこに勝機を見た新貝は声を張り上げる。

「よぉーし分かった! 四人で協力して終わらせてから縁日に行こう! さあ今は一秒だって惜しい! 行くぞ行くぞー!」

「ちょ、提督!」

大淀の肩をぐいぐい押して執務室に向かう。

霞は納得しきれない様子だったが、「おーっ」と拳を突き上げる清霜になし崩しにされてしまう。

よく見れば、大淀さえも困った素振りをしつつも嫌な顔はしていない。

閑散とした建物にほんの少し華やいだ空気が宿る。それはささやかなお祭りのようだった。

 

 

「――ってことがあったよな」

しゃがみこんで、作業を続けながら新貝は清霜に語りかけた。

ガダルカナル泊地の資材庫の裏は日陰になっているとはいえ、雑草が伸び放題で、蒸すような暑さだ。

気を紛らわそうと昔話を始めたのは正解だった。清霜が表情をころころと変えながら反応してくれるのはなんだか気持ちいい。つまらない整備作業も捗るというものだ。

「四人でぎりぎりまで頑張ったよね~」

あの時の仕事が終わったのは、結局お開きの直前だった。浴衣に着替える暇もなく駆け付けたけれど、ほとんどの出店は片づけの最中で。

「そこで余ってた焼きそばをもらったはいいけど、これがパサッパサでさあ」

「全然美味しくなかったね~!」

新貝が楽しみにしていた戦艦娘や空母娘はもう帰った後で、がっかりしながら急造の神社で参拝だけをした。あれには本当にがっかりした。せめて一目だけでも拝みたかった。遠く、久しい桃源郷を。

(ん、空母?)

その単語にピンと思い出すことができた。

一人だけ待っていてくれた奴がいた。

「そういやぁ、雲龍が神社にいたなあ。来ると思って残っていた、なんてなかなか嬉しいことを言っていた。うん、あれは実に良かった……」

「雲龍さんはおっぱいがおっきいもんねー?」

「ああ、あれは実にいいものだった……って、はっ!? ば、ばっかお前、俺は別にそんなことは考えてない!」

あははと笑う清霜、新貝の主張をまるで信じていない顔。

「まあ司令官のおっぱい好きは今に始まったことじゃないし」

「ちょっと待て、証拠はあるのか? ……っていうか、もしかして皆知ってるのか?」

「うん。目線でバレバレだって戦艦と空母の人たちがよく言ってたよ」

「おいおいおい、冗談きついな。……えっ、まじで? まじなのか?」

「まじ」

「うおーーい!」

違うんだ待ってくれ。確かに目がいってしまうことはあったかもしれないが、極力その部分を凝視しないように気を張っていたつもりだ。大体俺だって男なんだからふとした瞬間に視線が吸い寄せられてしまうのはしょうがないことだろう。そのぐらいは大目に見て頂きたい。ていうか肌を露出しすぎなんだよ艦娘は。胸や太ももを当たり前のようにさらけ出して一体どういうつもりなんだ。それで目がいやらしいと言われても困る。むしろセクハラをでっち上げられる男の方が被害者ではないか。つまるところ俺も被害者。証明終了、俺は悪くない。

「……だよな?」

「知らなーい。そんなことよりね、神社で何をお祈りした?」

「そんなことってな……。なんだったかな、おっぱいのことじゃないのは確かだぞ」

「おっぱいの話はもういいから! ちなみに清霜はね~、『戦艦になれますように』ですっ! これは叶ったね」

「七夕の願い事じゃないんだからよ……。俺は『できるだけ平和な日が続きますように』だった気がする」

「えー普通。つまんなーい。あっ、つまんないなんて言っちゃだめか」

「そうだぞ」

「ちなみに私は『オリョクルが永久に凍結されますように』よ」

唐突に、頭上からイムヤの声が降ってきた。

顔を上げるとイムヤが幽鬼のような表情でこちらを見下ろしている。

「ちなみにその日は潜水艦はみんな仕事で、せめてお祈りだけはって海の中でしたんだけどね。へー、司令官たちはぎりぎり間に合ったんだぁ~? 楽しそうで良かったじゃない」

まずい焼きそばしか食えなかったからなんだ、文句を垂れるなら海の底に沈めるぞ、と威圧する氷の視線に新貝も清霜も苦笑い。ここは素直にごめんなさいの一手だった。イムヤは仕方なくといった感じに留飲を下げる。

「で、二人で何してるの?」

「ああ、前に清霜が持ってきた野砲の点検だ」

二人で立ち上がる。長時間しゃがみこんでいたので腰が痛むのか、新貝は何度も伸びをする。清霜はなんともないようだ。若いってすごい。

「もう使えるぞ。後は砲弾を装填するだけだ。思ったよりも時間がかかっちまった」

見上げてみれば、太陽はもう中天からかなり下がっている。もう少しすれば夕方になるだろう。

「でも野砲なんて深海棲艦には通じないんじゃない?」

と聞いたのはイムヤ。確かに、通常兵器は深海棲艦に通じないだろう。

新貝も特に否定しなかった。

「倒せなくてもいいんだ。戦力が他にもいると思わせることができればいい。その勘違いが明暗を分けるかもしれん」

「相変わらず用意周到というか、回りくどいというか」

イムヤが感心していると、清霜が口を挟む。

「ところでイムヤさん、何か用事があって来たんじゃないの?」

「あっそうだった」

ぽん、と手を叩く。

「北上さんが面白いものを見つけたから来いってさ」

「面白いものぉ?」

三人で顔を見合わせる。その単語には軽くトラウマがあった。

「清霜のときはコイツだったからなあ」

コンコンと野砲を叩く。

清霜はたはは、と頭を掻いて誤魔化す素振り。

「北上だと何が出てくるんだろうな?」

 

 

結論から言うとVHS、つまりビデオテープとその再生機器だった。

北上が寝床にしている部屋に行くと、テーブルの上に大量のビデオテープとデッキが並べられていた。

どこで見つけたのかを聞くと、北上は天井を指差した。梯子が立て掛けられた先に四角い穴が空いている。

「あそこの天井板が他と色が違うから、調べてみたら出てきたんだよね~」

「それがこのビデオの山か」

「そ。きっと前に住んでた人が隠してたんだね」

「なんでまたこんなものを隠してたんだろうな。どこの鎮守府でも映画を観るぐらいの娯楽は許されてるだろうに」

「でも好きなのは観れないじゃん? お偉いさんの承認が降りるようなつまんないやつ以外はさ」

「ははぁ、そういうことか」

ビデオの山を一瞥して納得する。別段、過激な品揃えというわけでもなかったが、頭の硬いお歴々はきっと許可しないだろう。連中は中学校の文化祭でも流せるような毒にも薬にもならないような代物しか認めないのだ。

イムヤと清霜もビデオを確認し始める。

ビデオは全て、ご丁寧に販促ケースにいれて保管してあった。

この山を集めた奴は貸しビデオ屋でも始めるつもりだったのか、様々なジャンルが揃っている。

「あっ、仮免ライダーシリーズがある。これ好きなんだよね~」

「ジュラ記の世界だ。そういやまだ観てなかった」

にわかに部屋が活気づく。

「なによもう、騒がしいわね」

と現れた大井も巻き込んで、一室は喧噪に包まれた。彼女は渋々といった体を見せつつもすぐに品定めを始めた。娯楽に飢えているのか、思いのほか熱心だ。意外にも恋愛物が好みの様子。

「――でさぁ、皆もこれ観たいよね?」

全員の視線が北上に集まる。

「けどさ~、モニターが無いんだよね~。モ・ニ・ター」

新貝には心当たりがあった。

「テレビなら廃材置き場にたくさんあったぞ。年代物ばかりで使えるかは分からんが」

と答える。それを聞いて北上は、腕を組んで難しい顔を作る。「そう、点検が必要なんだよねー」と大仰に肯く。何か言いたげなのにそれっきり無言。誰もが事の推移を見守って喋らなかった。

じぃっと熱っぽく自分を見つめる北上の視線に、新貝はようやく気付いた。

「もしかして、俺にテレビの点検をやれってことか?」

「そう! 正解でーす!」

ぱんぱかぱーん! と擬音が出てきそうな笑みを浮かべて両手を上げた。

「どうせだから一番綺麗に映るやつを使いたいなー?」

「えっ、あれ全部を運んでチェックするのか? ブラウン管だぞ? 十個ぐらいあるのに? 俺一人で?」

嘘だろお前、と言い募るが北上は平気な顔だ。

「だってアタシたち、そういうのできないし? 女の子だしぃ?」

くねりとしなを作って、そうだよねー? とイムヤたちに目配せを送る。

「そ、そりゃあお前らに家電の知識なんて無いのかもしれないがな、俺だって殆ど素人同然なんだぞ」

なんだかハメられたようで新貝は面白くない。

北上のやり口は学生時代を思い出させた。女ってやつはこういう時だけ男を上手く使おうとする生き物だ。

「おい、せめて運ぶのぐらいは手伝ってくれよ!」

「そうしたいのはやまやまだけど、このビデオを天井から下ろすときに腰を痛めちゃってぇ~」

よよよ、と急にテーブルに寄りかかる。

「痛めたって、お前……」

艦娘、もとい深海棲艦のくせに。

仕方なくイムヤに目を向けると「えっ、わたし!?」という顔になって「そろそろ偵察の時間だし……」と目を逸らした。大井はすでに部屋から姿を消していて、協力を約束してくれたのは清霜だけだった。

話は決まったとばかりに北上は手を叩く。

「いやーん、男の人ってほんと頼りになるワァ! 司令官かっこいー。惚れちゃうー」

「うるせえ! 覚えてろお前!」

大井め、何が“北上はコミュ障”だ。自己中の類だろ、と新貝が悪態をついても北上は構わずに「後はよろしく~♪」と手を振って軽快に出て行ってしまった。腰を痛めている設定は早くもどこかへいってしまったらしい。

「し、司令官がんばろ? 清霜も手伝うからさ?」

「俺の味方はお前だけだよ……」

清霜の頭をぽんと撫で、大きく溜め息を吐き出した。

「あーあ、夜までに終わるかなぁ」

 

その後、テレビを運んでいると、清霜が転んだり力を入れすぎたりして二台も粉砕してしまった。

結局新貝が一人で全てやることになった。

 

 

テレビの点検はなんとか夕食前に終わった。

使い物になったのは殊更でかいブラウン管の一つだけで、時々映像が乱れるがそこは諦めてもらうしかない。道具も知識も足りないので修理するにも限界がある。

ちなみにそのビデオセットは新貝の執務室に置いた。

それぐらいの特権は認めてもらわなければやってられない。

夕食の席でそれらを伝えると、イムヤと北上は勿論、あの大井ですら労いの言葉をかけてくれた。

女子に褒められると男は無条件で嬉しくなる。それだけで「まあいいか」と機嫌を直してしまうから男の立場はいつまでも弱いんだと新貝は思った。

閑話休題。

新貝は夕食後に上映会を開こうと提案した。

もとより全員そのつもりだった。

「じゃあ、何を観る?」

揉めることは分かりきっていたので、ジャンケンで勝った順番に好きなものを選んで観ていこうということになった。

夜更かしは禁止で、一日に一本まで、とルールを定める。

食事を終え、片付けを済ませていたらすっかり暗くなってしまった。逸る気持ちを抑えて執務室に足を運ぶ。

ソファーにクッションを並べ、足りない椅子は別の部屋から持ってくる。

イムヤと清霜はココヤシのジュースを用意して、北上はどこから捕まえてきたのか二十センチぐらいのトカゲを炙っていた。

「いや~森でヒルが降ってきてさぁ~」

放っておくとヒルが服の中に入り込んだ話を生々しく語ろうとするので適当にあしらっていると、大井が日本酒を持って現れた。お猪口を並べ、見ていると新貝の分まで注ごうとする。酒が苦手な新貝は断った。

「あら、そ」

飲みたい人だけ飲んでちょうだい、と自分の分だけ注いで早速一口。ほんのりと口の端を緩ませる。

こういう雰囲気は嫌いじゃない。

「なんだか昔に戻ったみたいだね」

隣に座った清霜が小声で呟く。

ショートランド泊地時代のことだろう。

「昔ってほど時間経ってないだろうよ」

「でもなんだかずっとここにいる気がするよ」

「言われてみれば確かにそうだ」

思えば厳しい状況の中で生き延びてきたものだ。食料調達にも苦労した。この南方の孤島ではその日を生き延びるだけで精一杯。ショートランド泊地での日々もそれなりに大変だったが、密度が違う。

「ねえ、ここにずっと住んじゃおうよ」

「ガ島に?」

「周りの深海棲艦を全部やっつけて私たちの領海にしちゃうの。それでショートランドと連絡できるようになったら物資とか送ってもらって、新しい泊地にしちゃうんだ」

「それはいいな。ここを俺の天下にしよう。そしたら秘書艦を三人同時に任命して働かせて、俺は定時にあがるんだ」

「え~? 元から二人体制だったじゃない?」

「あれは大淀が勝手に手伝っていただけだ。心配だとか言って」

「司令官は“駄目男オーラ”が出てるからね」

「なにぃ?」

自覚はしていなくもない。しかし清霜にまで言われるとは思わなかった。

「……って朝霜が言ってた。どんなオーラなの?」

「あいつめ、帰ったらくすぐり倒す」

「オーラってどうやったら出せるの? あったら強くなる?」

「強くならん。俺にあるのは“イケメンオーラ”だ。分かるな?」

「分かんない」

テーブル前でビデオを漁っていたイムヤが、清霜を呼ぶ。

そろそろ始めたいらしい。

清霜は立ち上がって輪に加わる。

「俺の順番は最後でいいぞー」

ソファーに寄りかかって薄汚れた天井を見上げる。

「ショートランド、か」

あいつら今頃どうしているんだろう、と新貝は想いを馳せる。仮にも提督が居なくなったのだ、苦労しているだろう。それとも案外、大淀や霞が上手く取りまとめて自分が居た頃よりもきっちりやれているかもしれない。

どちらにしろ様子を知りたいと思う。そんな日がくればいいのだが……。

「どれを観ようかな~」

清霜はうきうきとした調子でビデオの山を崩しながら面白そうなタイトルを探していく。

アクション、サスペンス、恋愛物、子供向けアニメ。

何でもあるから逆に決められないのだろう。

するとケースに入っていないまま埋もれていたビデオが一本現れた。

安っぽいシールには黒マジックで人名が書きなぐられており、ビデオ本体には細かい傷がびっしりとついていて中のテープの残量がよく見えない。

他のビデオと扱いが違う。まるで中華料理屋のメニュー表にカップラーメンが混じっているような、そんな違和感があった。

「あれ、人の名前しか書いてないのがあるよ?」

清霜がそれに気付いて手に取った。

「“カミハラアイそのいち”? 誰? ドキュメンタリーものかな?」

その特有の違和感に、清霜もイムヤも、北上だって気が付かなかった。

大井は嫌な予感がした。

新貝は確信した。

それを再生したらまずいことになる、と。

清霜が興味を惹かれる前に先手をうつ。

「それを観るのはやめよう」

「なんで? 司令官はこれを見たことあるの?」

「いや、あくまで勘なんだが、あまり良くないものが映っている気がするんだ」

「なになにー? 見たら死ぬとか、そういう系ってこと?」

面倒くさいことに北上が興味を示す。

「アタシ、ホラー好きなんだよね。ノンフィクションっぽいのは大好物。よし、アタシはこれにしようっと」

「えええ~!」

悲鳴を上げたのは清霜。

「私、怖いのはちょっと苦手で……」

イムヤは別にどっちでもいい、といった顔。順番争いに興味はないらしい。

大井は特に口出ししなかった。ただ「本当にアレなの?」という顔で新貝を伺っている。新貝は目立ちたくなかったので黙殺した。

「順番はジャンケンって決めたよね。観たくなければおチビちゃんが勝てばいいのさ」

北上はヒッヒッヒと山姥のような声を出して笑った。

「ほんじゃいくよ、じゃーんけーん、」

「わぁっ、いきなりずるいっ!」

慌てて手を出した。

北上はパー。

清霜はグー。

悪い予感通り、北上の勝ちだった。

あーあ、と新貝は全てを諦めた。

ここで必死に止めようものなら後の批判の矛先が理不尽にも自分に向かう気がする。選ぶべきは無関心という名の戦略的撤退だ。

そしらぬ顔で部屋を出るために立ち上がる。

「俺はちゃんと忠告したからな」

「もー、おじさんは前振りが上手いんだからぁ。あんまり期待させないでよ~」

北上は鼻唄を歌いながらビデオを機材にセットする。

「いやーっ、やめてーっ! 今なら間に合うからぁ、北上さーん!」

背後に賑やかな声を聞きながら、新貝は廊下に出て合掌する。

南無阿弥陀仏。成仏してくれ。

 

『ああ~~~~んっ! いくいくいっちゃうの~~~!』

 

深夜にAV女優の嬌声が響き渡る。

新貝は菩薩の顔で走り出した。

部下たちよ、祟ってくれるなよ。

 

 

泊地施設と浜辺の中間地点には管制塔が立っている。

管制塔といえば聞こえはいいが、その胴体部分は鉄骨がむき出しで、それに這うようにくくりつけられた階段は急勾配のため常に転落に注意しなければならず、辿りついた先の管制室があるべき場所には壁も天井もなかった。

管制塔というよりも造りかけの送電鉄塔と呼んだほうがしっくりくる。

ちなみにこの塔が無骨すぎる造りなのは、長年放置されて劣化したせいでも、戦火にさらされたせいでもなく、最初からそのように設計されたようだから驚きだ。物資不足はあらゆる妥協を正当化する。

安全性とは無縁の構造。転落に注意する必要があるが、眺めだけは抜群だった。

うっそうと茂る熱帯樹林を眼下に、遠方に映える水平線の丸みを視線でなぞるのはなかなかに気持ちがよい。

そんなわけで、使う予定のないこの管制塔は新貝貞二の憩いの場となっていた。

強風を浴びながら、難破船から北上が拾ってきたという新しいライターの火をつける。

「男には独りの時間が必要なのだよ」

管制塔の上で一服。

ニコチンが毛細血管に染み渡る感触。

一息に、大きく煙を吐き出した。

「うまい」

やはり煙草というやつは、高所で景色を眺めている時と、ラーメンを食べた後が最高だと思う。

「ラーメンかぁ。食いてえなぁ」

懐かしい単語に思いを馳せていると、背後から階段を登る甲高い音が聞こえた。

振り向くと、丁度大井が上がってくるところだ。

「馬鹿となんとかは高いところが好きって言葉を知ってる?」

「隠す単語が逆じゃないか?」

大井は言いながら新貝の横に並ぶ。共に景色を眺める。夜でも月さえでていれば意外と景色を把握できるものだ。

新貝も水平線に目を向ける。

西がショートランドで、東はマライタ島。初めに目を覚ました無人島はどっちにあるのだろう?

「私の横でソレ吸うの、やめてくれるかしら」

大井が嫌そうな顔で文句をつけてくる。

「お前が勝手に横に来たんだろーが」

ここは高所だけあって風も強い。大井に煙は向かっていないので新貝は取り合わなかった。

大井も追求することはなく、ただ風の音を聴いていた。

「あのイ級、元々は艦娘だったのかしら」

ぽつりと呟く。

ちらりと目だけ向ける。大井は返答を待たずに淡々とした口調で続けた。

「あのイ級はイムヤたちのことを“深海棲艦”と呼んでいたわ」

「ああ。自分たちは違うと言いたげだった。つまり、元は艦娘だったのかもしれない」

「“元艦娘の深海棲艦はお互いのことが生前の姿で見える”。一概にそうとも言いきれないようね」

「だろうな。向こうからも深海棲艦に見えたんだろうよ」

元艦娘同士でも、互いが敵に見える場合があるかもしれない。

どうしてそんなことが起きるのだろう?

同じ深海棲艦でも味方と敵がいる。そのグループ分けはどういった法則でされるのか?

生前に知り合いだったかが関係している、とか?

いいや、違う。大井と北上は他所からの応援で、清霜やイムヤと面識はなかった。生前に知己だったかどうかは関係ないのだろう。

ならば死んだ場所、あるいは時期が関係あるのか?

(それはいかにもありそうな話だな)

清霜もイムヤも、大井と北上も、ガ島奪還作戦で“轟沈”している。

だが、ちょっと待て。

新貝自身はどうなのだ?

(俺はあの作戦では死んでないぞ。清霜が、イムヤが――何人もの艦娘が沈んで作戦が終わったのを覚えている。死ぬほど後悔して、それから……)

それから?

そこで記憶が途切れていた。

いくら思い返してみても何も浮かんでこない。

記憶の欠落。

それは一時的なものだと思っていたが、こうして数日経った後も依然として蘇らなかった。まるで人間として死んだときに置いてきてしまったかのように。

(そもそも俺はどうやって死んだんだ?)

乗っていた船が深海棲艦に襲われたことはぼんやりと覚えている。

だがどんな船に乗っていたのか、なぜ船に乗っていたのかを思い出すことができない。

(船、か)

深海棲艦が我が物顔で泳ぎ回るこの危険な南方海域で、どうして船になんて乗ったのだろう?

あるとすれば、本土を往復する時ぐらいだが、そのときは何十人もの艦娘たちが護衛につくことになる。そんな手間のかかる出来事のことも自分は忘れてしまったのだろうか?

仮にそうだとしても、後任の提督への引き継ぎぐらい覚えているはずだ。そのぐらいの責任感はあったと思いたい。

しかしそんなことをした記憶も全くない。

もっとも、その自分の記憶に穴がある以上、記憶を根拠にするのも怪しいのだが……。

「――あのときのイ級、誰かと立場が似ていると思わない?」

大井の声に、意識が現実に引き戻される。

「イ級が何だって?」

そう、昨夜のイ級の話をしていた。

新貝は今更ながら、大井が何をしにここにきたのかを疑問に思った。

「まだ自分を艦娘だと思っている。深海棲艦は殺すべきただの敵。これって今の清霜みたいね?」

「……まあ、そうだな」

「このまま隠し続けられるのかしら?」

「どうだろうな」

自信はない。そもそもずっと隠しておくつもりもなかった。ただ何となく切り出すきっかけがなかっただけ。

大井は視線だけを新貝に向けて淡々と問い詰めていく。

「あの子は、相手がそんな“元艦娘”と知っても戦うことができるのかしら?」

「……」

そんなことは答えるまでもない。

あの心優しい娘が真実を知ったらどうなるか?

きっと砲を向けることすらできないだろう。

「これは貴方にも言っているのよ」

大井は身体ごと新貝に向き直る。その瞳は新貝の心を見定めるように真剣な光を帯びている。

「もし“元艦娘”が敵としてガ島にやってきたら? あるいはそれがショートランドの見知った艦娘たちだったなら? 貴方は清霜に殺してこいと命じることができるのかしら?」

「なんだと?」

胸糞が悪くなる台詞に思わず視線が強くなる。しかし大井は微塵も怯まない。

「これは十分ありえる話なのよ? ガ島奪還作戦の失敗でたくさんの艦娘が沈んだのだから。敵として現れないという保証はどこにもない」

「だとしても俺は……」

「まさか「元々仲間だったんだから争いは止めよう」なんて言うつもりじゃないでしょうね? そんなの無謀もいいとこよ。言葉が通じず、見た目も深海棲艦なのだから。何より相手に理性が残っているかの保障もない」

大井はこれ見よがしに溜め息をつく。

「そもそも今のこの戦力で悠長に説得している余裕はないわ。貴方は戦わないから分からないかもしれないけど、先手を取るということは十万の資源を得るより価値のあることなのよ」

反論できない新貝に呆れたと言わんばかりに首を振ってみせる。

「何も考えてないとは恐れ入ったわ。だから新米なのよ。早いうちに優先順位をつけておきなさい。時間は待ってくれないのよ」

男ってほんと楽天的、と背を向けて塔を降りていく。

新貝だって何も考えていなかったわけではない。

しかし決断してしまうには余りにも重い選択肢だった。

「優先順位か……」

何と何を天秤にかけろというのか。

無知なふりをするほど新貝は愚かではない。だが、しかし。

「分かっちゃあいるんだよ……」

けれどもう少しだけ。平和な日が続いてもいいじゃないかと願うのはいけないことなのだろうか。

「……命がかかってるんだよなぁ」

やらねば、やられるのだ。だからこそ手を打たねばならない。

戦う準備をする必要があった。用意周到に。回りくどくとも。

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