悪いひとたち ~南方深海泊地へようこそ!~   作:シャブモルヒネ

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2-3:ガ島正面海域2

マキラ島に到着したイムヤたちは、信じがたい光景を目の当たりにしていた。

深海棲艦たちの同士討ち。

リ級の雷撃がハ級を砕き、ル級の砲撃がヲ級を貫く。

海原一面に彼女たちの残骸が撒き散らされ、その破壊活動は尚も続けられている。

無秩序な殺し合いに見えたそれは、しかしよく観察すると二つの勢力のぶつかり合いであることが分かる。

大混戦の中でも統率された一個の集団が在る。

破竹の勢いで周囲の深海棲艦を撃破し続けるそれは一際目を引いた。

先陣をきるのは顔に古傷のある一人のル級。その一団は二十に満たない数にも関わらず、五十を越える群れのど真ん中に猛然と飛び込んで縦横無尽に暴れまわっている。懐に入られた側も泡を食って反撃するが、当てるどころかフレンドリーファイアを招いてしまう始末だ。

二つの集団、そのどちらも同じ深海棲艦。しかし統率力と練度がまるで違っていた。片や一騎当千の兵たち、片や掻き回されるしかない烏合の衆。

主導権は古傷持ちのル級側が握り続け、相手が陣形の立て直しを図ることさえ許さない。もはや獲物でしかない一団は早くも壊滅へと追い詰められつつあった。

こうまで一方的な展開はそれなりに場数を踏んでいるイムヤでも見たことがなかった。

「あいつ、口裂け女だ」

すぐ隣で北上がぽつりと漏らす。

「知ってるんですか?」

岩陰に隠れながら、見つからないようにイムヤも声を抑える。

ここはマキラ島沿岸の岩礁地帯。

二人が偵察にきたときには既に戦いは始まっていて、様子を見るために身を隠していた。

イムヤも始めは少数側が負けると思っていた。けれど現実はまるで逆。少ない側が一方的に蹂躙している。この結果はけして運やまぐれによるものではない。

あのでたらめに強いル級たちの正体は何なのか? 問うと、すぐに教えてくれた。

「あいつは深海棲艦の最古参。この海に深海棲艦が現れた頃にはもう居たって言われてる。顔に傷があるでしょ? あれが目印」

視界の中で暴れ回る先頭のル級を凝視する。口元に大きな裂傷がある。言われてみれば確かに口が裂けているように見えなくもない。

「所謂ネームド深海棲艦ってやつかな。深海棲艦のエース。姫級でもないのにね」

「そのコードネームが、口裂け女?」

「そ。厳密にいえばエース級なのは口裂け女単体じゃなくて、あいつが率いる艦隊全体のことみたいだけど。チームプレイがすんごい上手いって話。特に口裂け女を含めた四人のル級たちが手強くて、戦艦のくせに精強な水雷戦隊ばりに連携してくるとか……ウン、確かに上手いね。ポジショニングが上手い。ほら見て、陣形が流動的でしょ? あれに下手に突っ込むと四方から群がられてミンチにされる……ってホラ、された。あーあー、多い方が各個撃破されてるよ」

浮足立った者が端から食われていく。相手も反撃しないわけじゃない。だがそうした者から秒殺される。そのせいで誰も前に出ることができず、気がつけば抗う意志さえ刈り取られていた。

「強い……あんな深海棲艦がいたんだ……」

「まーねえ、艦娘も結構やられてるって話だし」

「え? そうなんですか?」

「あいつら大和も沈めてるって聞いたよ」

「――え?」

大和。聞き捨てならない名前が出た。

「大和さんが、沈んだ?」

イムヤには初耳だった。

大和といえば最強の火力と無敵の装甲を備えた艦娘の最終兵器。それが落とされたなんて事件が万が一にもあったとしたら大事件だ。噂にならないわけがない。

しかし北上はそれを真っ向から否定する。

「公表できないから隠してるだけ。知らなきゃいけない立場の人は皆知ってるよ。口止めもされてるけど」

「うそ……」

大和が倒された――その話は想像以上にイムヤの心を打ちのめした。どんなに敵が強大でも大和さえいれば何とかなるという信仰が少なからずあった。いざとなれば後ろに最強の艦娘が控えているという安心感。それが長引く戦況に対する不安を軽減していたことは間違いない。

その大和がもう居ないなんて、簡単に信じられることではなかった。

「大和さんがただのル級にやられた……?」

確かにル級という戦艦も弱いわけではない。だが姫級でもない相手に大和が倒されることがあるだろうか? 少なくともイムヤには受け入れることができない。

「だからさ、“ただの”ル級じゃないんだってば」

北上は言い含めるように説明する。

「艦娘だってそうでしょ? 数と性能で勝る深海棲艦を相手に、知恵と努力で勝ってきた。同じことを相手がやっただけ。艦娘にできて深海棲艦にできない道理はないんだよ」

「それは、それは……理屈ではそうかもしれないですけど……」

知恵と努力という点で最も優れているのは人類で、深海棲艦が追い抜くことなんて有り得ない――そんな考えはただの願望でしかない。傲慢とすら言える。

北上は顔も向けずにこう言った。

「誰かにできることは、誰にでもできること」と。

イムヤはじっと戦場に目を凝らす。

視界の中で暴虐の限りを尽くすル級たち。あの連中はその練度をもって大物食いをやり遂げた。それは今この瞬間も、数で勝る相手に証明し続けている。“ただの”深海棲艦とは断じて違う。

(最古参の、深海棲艦……)

艦娘でいえば本土の鎮守府所属の古強者たちに相当するのだろうか。あるいはもっと古く、更に精強なのかもしれない。

アレを、自分たちが相手にしなければならないのか――

「しっかしどうしてあいつらがサーモン海域にいるんだろ? トラック諸島を根城にしてたはずなんだけど。ここからけっこう距離あるよね?」

「トラック泊地が撃退した、とか?」

「それは無いと思うな~。トラックはむしろ押されてた側だったし」

「じゃあ自分から来た……何か理由があって来た、ということでしょうか?」

「そんなところじゃないかな~」

北上はひたすらに戦場を凝視している。

口調とは裏腹に、顔つきはいつになく真剣だ。

口裂け女たちの戦術や癖をじっと観察しているようだった。

深海棲艦同士の争い。それを見ながら、イムヤはふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「……あの連中は、どうして同士討ちしてるんでしょうか?」

「同士討ちって?」

「だって同じ深海棲艦なのに」

「アタシたちも同じことやってんじゃん」

「私たちも? あ、そうか……」

今の自分たちも深海棲艦だった。深海棲艦の身の上で、マライタ島の深海棲艦をやっつけている。

けれどそれは自己防衛という理由があったから。しかしあの口裂け女たちは違う。わざわざ遠くからやってきて殺し合いを吹っかけている。

それは一体何の為に?

イムヤには予想すらできない。

「はっきりとは分かんないけど……今やってるアレは拠点の確保と補給なんじゃない?」

「ほ、補給?」

「深海棲艦はさー、自分で資源掘ったりしないじゃん? 人間の輸送船団を襲って補給してるんだろうけど、足りない分はああやって別の深海棲艦から奪ってるんじゃないかな?」

「そんな、同類から奪うなんて……」

殺して、備蓄を奪う。敵の艤装や死体から直接補給する。

イムヤはその発想に思わず身震いした。

あまりにも野蛮で。あまりにも原始的で。

「あいつらには同類って認識は無い」

北上はぴしゃりと言い切る。

「深海棲艦同士でも敵に見えることがあるってのは、アタシたち自身の目で証明済み。敵なんだよ。なら略奪するのに躊躇いなんて無いでしょ」

イムヤは言葉が出ない。それを横目に北上は言う。

「驚いてるみたいだけど、他人事じゃないんだよ? アタシたちだってさ、ガダルカナル島の資源が尽きたら同じことをするしかないんだから。孤立無援ってそういうことだよ」

「え――?」

孤立無援。

言われてみれば、その通り。まだ心のどこかで自分が艦娘だと思っているのか、本土と自分たちが繋がっていると錯覚していた。資源が足りなくなっても送られてくるだろうという前世の常識に引きずられていた。そんなことがあるわけがないのに。

「まあでも襲うなら安全な方がいいねー。輸送船団が一番楽かな。新貝のおっさんなら輸送ルートも知ってそうだし」

人類の輸送船団を襲う、と北上は言った。

それは即ち、護衛の艦娘と戦うということだ。

物資を奪うため、かつて戦友だった者たちと戦う? イムヤは自身の魚雷発射管を強く握り締めた。これを見知った誰かに使う日がくる――その光景を思い浮かべることすらおぞましい。もし艦娘と遭遇しても逃げてしまえばよいと、そんなふうに思っていた。

しかし資源が有限である以上、自分から人類を襲わなければ生きられない日は必ずやってくる。

その時に自分はこの魚雷を射出することができるのか?

(でき、ない……)

自問するまでもなくその覚悟はイムヤには無い。

しかしやらねば皆が生きられないというならば無垢のままではいられない。

清霜が、新貝が、北上が、大井が、イムヤの選択次第で死んでしまうとしたら、何かを選んで誰かを捨てねばならないのだ。

それは今の仲間か、それともかつての仲間か。イムヤにはまだ分からない。

「んん? ル級が三人しかいないなあ。四人組だったはずだけど一人は死んだのかな?」

北上はそう呟いて、イムヤの袖を引いた。

「そろそろ終わる。バレる前に帰ろう」

その提案をイムヤはすぐに受け入れた。

こんなところに居たくなかった。一刻も早くガダルカナル島に戻りたい。あの暖かな泊地に。

「――戻りましょう」

その時丁度、深海棲艦同士の戦いが決着を迎えた。

口裂け女と呼ばれたル級が、敵のリーダーと思わしきヲ級の首を撃ち貫いたのだ。

彼女は勝利を宣言するかのように高らかに嗤った。

 

――ゲラゲラゲラゲラ!

 

随伴艦たちも応じるように嗤い声を上げる。

下卑た声の大合唱。

その足元には、沈みきらない死体の群れがクラゲのように浮いていた。

白い腕が、天に縋るように海から突き出ている様は、まるで出来損ないの墓標のよう。作りたての墓地。その上で、口裂け女の艦隊は狂ったように哄笑を続けていた。

勝ち鬨をあげている。この血を啜って明日も戦える、と。

何年も前から戦い続けているという口裂け女たち。それは即ち、勝ち続けたということだ。生き延びるために、勝って勝って勝ちまくる。その末にまともではいられなくなった。この海ではただ生きるということがこんなにも難しい。ありとあらゆる手段を受け入れなければならないのだ。

生への執着。それをイムヤは初めて醜いと思った。

 

 

「くそっ、マキラ島の奴らが来たのか!?」

新貝は走りながら愚痴をこぼす。

偵察に出たイムヤ達はすれ違ってしまったのだろうか? それともどこかでこちらの動きを確認してから奇襲してきた?

判断材料が少なすぎてなんとも言えない。

分かっているのは敵が四人であること、そして手練であること。

敵の数が比較的少ないのは幸いだが、それでもこちらの倍だ。しかも他人に厳しい大井をして手練と言わしめたなら楽な相手ではないはずだ。

ならば新貝なりの手段で彼女たちを援護しなければならない。

その手段が一つだけあった。

整備したばかりの野砲。

深海棲艦相手にはきっと効果がないだろう。しかし砲撃して泊地に新手が居ると思わせれば敵の意識も逸れるはず。あわよくば増援が来ると勘違いさせて撤退させることもできるかもしれない。

そんな微かな可能性でも、やれることはやっておきたい。

「提督ってのはつくづく無力だな……!」

毒づきながら建物の角を曲り、ようやく資材庫の裏に辿り着いた。

そこには磨き上げられた重厚な野砲と、一抱えもある砲弾が山と鎮座していた……はずだった。

何も無い。

準備していた野砲がどこにも無かった。

「ど、どういうことだ?」

生い茂る雑草の陰まで探したが当然見つからない。当たり前だ。三メートル近い砲身は、隠そうと思って隠せるものじゃない。

目立つものといえば、重い物を引きずったような地面の跡だけだ。

「誰かが持っていったのか?」

地面の跡を目で追いながら考える。

野砲が移動した跡に違いない。

しかし誰かに移動させろと指示した覚えもなかった。

「泥棒……なんかいるわけがない」

かといって野生動物が気まぐれで運べるような重量でもない。砲弾一つだけでも新貝が腰をすえないと持ち上がらないほどの重さだ。野砲に至っては戦艦清霜の怪力でなければ容易に動かせないほどなのに。

「じゃあ一体誰が……?」

浜辺へと向かう二本の車輪の跡を辿ると、あることに気付いた。

轍がところどころ途切れている。

右、左、右、左……と交互に跡が消えていた。

それはまるで右の車輪と左の車輪を交互に浮かせながら移動しているように見えた。

いやむしろ、それこそ二本の足で歩いているような跡で……。

 

 

ガ島沿岸では静かな戦いが繰り広げられていた。

大井の武器は中口径主砲のジャブと魚雷のストレート。型通りの戦法と侮ってはいけない。その精度は機械よりも精密なのだから。

雷巡にとって本命は魚雷。対して主砲は牽制にしかならないが、大井はそれ一本で相手の行動を見事に制限しつつあった。敵に有利なポジショニングを許さず、ここぞというタイミングで機先を制して反撃を最小限に抑える。職人芸といってもいいだろう。

しかし悲しいかな、大井は所詮一人なのだ。

結局のところ戦争においてモノを言うのは数。

まして今回の相手は歴戦の兵だ。

研ぎ澄まされた大井の砲撃は直撃することはなく、敵は危険を冒さずに獲物を徐々にガ島の浅瀬側へと追い込みつつあった。

水深が浅くなれば、当然座礁の危険性が高くなる。つまり足が止まるということだ。その瞬間をこの熟練の敵艦隊はけして逃さないだろう。

秒単位で状況は不利になっていく。

だというのに大井は敵艦隊の練度に感心しつつあった。

自身が血の滲むような努力を重ねてきたから分かる。この相手もまた気が遠くなるような修練、あるいは実戦を連ねてきたに違いない。それを大井は好ましくさえ思う。

誠実なのは良いことだからだ。

 

大井は平たく言えば狭量だった。

人生とは人と人の繋がりだと誰もが言っている。しかしどうしても他人の粗ばかりが目について、嫌いになることはあっても好きになることができない。彼女は根が攻撃的すぎた。

それは自身に対しても例外ではなく、よく分かる分追及も苛烈だった。

短所一つがいつまでも許せない。

弱みは徹底的に潰さないと、自分がどうしようもない愚か者に思えて仕方なかった。

それはもはや強迫観念にまでなっていたけれど、生まれ持った性だからどうしようもない。

完璧な存在なんていないのに、そうでなくては己を肯定することもできない。

だから大井は誰よりも誠実に仕事に取り組んだ。誰から見てもケチのつけようのない成果を目指した。

艦娘にとって成果とは戦果である。つまり強くなければ話にならない。逆に言えば、強くなりさえすれば他はそれなりで大丈夫。

大井はそこからの人生の全てをトレーニングに費やした。それは訓練であり演習であり自己研鑽。海水を飲んで気絶から目覚めた回数は十や二十では済まず、夢の中でも強くなる術を考え続けた。筋肉痛は慢性的になり、ストレスで拒食症になりかけ、実績が伸び悩んだ時期は声もでなくなった。

しかし大井にとってはそれが充実した日々だった。

己に誠実であればあるほど矜持という名の足場が固くなる。自然、余裕が生まれ、笑顔を作るには至らないけれど皮肉をこぼすこともできた。

――私はまだ大丈夫。

その副産物で艦娘屈指の実力者へと登りつめていたことは、彼女にとっては些事でしかない。

ただ自身に恥じない自分を作るのに必死だっただけだ。

 

だから。

大井は自身と同じくらい誠実に殺しの術を磨いてきたであろう目の前の敵に敬意を抱いた。

「嬉しいわ」

勝てるか分からないぐらい強い相手でいてくれて。

おかげで戦闘に没頭できる。

大井の艤装が唸りを上げた。彼女の戦意に同調するようにこの世ならざる声が背中を押す。

 

――早く始めよう

――相手を嫌いになる前に沈めよう

――そうすればこれ以上自分を嫌いにならずに済む

 

全くもって、その通り。

思考リソースを残らず戦う術に割り当てる。悪意なんて微塵もない。これはただの仕事なんだから粛々と誠実にこなすだけ。

「死になさい。私が生きるために」

大井の頭から余計なものが消えていく。ガ島で待つ新貝も忘れ去り、随伴する清霜すら戦力値だけの存在と化す。在るのは、どうやって目の前の相手を沈めるかという方法論だけ。

まずは、丁重にご挨拶。

大井は軽く主砲を放ち、機先を制すると魚雷を三本射出した。

その間隔は狭い。

これで相手の進路を限定するつもりだが、その手はくわないとばかりに敵の駆逐ロ級二人も魚雷を二本ずつ放つ。

同じことをやられた。攻撃に有利なポジションをとりきれない。

ここは互いに一度距離をとるのが安全策。

後続の清霜もそれに従った。

「わっわっ……!」

たどたどしい回避行動。さすがに遠距離からの魚雷なら避けられるようだが、続く敵の主砲も警戒するとなると迂闊な反撃態勢はとれないとみえる。

大井の魚雷の到達まで、あと九秒と四分の三。

清霜との位置関係を波を駆る音で確認しつつ、大井は敵に向けて進路を変更する。

「貴女は魚雷を回避してからついてきなさい!」

清霜には始めから期待していない。無茶をしなければ充分だ。

大井は敵の魚雷に向けてまっすぐに突っ込んだ。

単艦行動をとる大井に敵艦隊は一瞬躊躇するも、すぐに突出した雷巡に向けて主砲を放つ。回避運動へと転じつつ。そんな、ながら砲撃は精度を欠くものだが、それでもきっちりと夾叉を狙っていた。どうせ当たらぬなら観測射撃にしてしまおうというわけだ。

「……にしてはやけに近くに落とすじゃない!」

水飛沫を浴びながら大井は思う。いい相手だ。もっと夢中にさせてほしい。

「大井さん、魚雷が!」

清霜が叫ぶ。敵が撃ったのろまな魚雷がようやく大井に迫る。

さてどう避けたものかと脳裏に選択肢を並べてみる。

横にかわすのでは芸がない。波に乗って飛び越えたら面白いか? どちらにせよ、軌道が制限される動きはするべきではない。

ならば避けなければいい。

大井は腕を海面に向け、即座に主砲を一発撃つ。下方に向けられたそれは海面に弾着。

爆炎が巻き起こる。

大井の弾が敵の魚雷に命中したのだ。

炎が壁となって互いの視界が遮られた。

その瞬間だけ射程差の優劣が消える。

ル級艦隊は迷わずに一斉射撃を爆炎に向けて撃ちこんだ。狙いは当然、大井の進路上。

砲弾が炎の中に消える。

命中音は、無い。

逆に炎壁から砲弾が飛び出してロ級に直撃。足が砕けて沈んでいく。

「こっちよ!」

背後から炎を突き破って現れた大井が高らかに声を上げる。被弾は無い。焦げた服から煙を靡かせながら敵艦隊の真後ろについた。

敵艦隊は単縦陣のせいで味方が邪魔になって数の差を活かせない。

対して大井は単艦なので撃ち放題だ。

「海の藻屑となりなさいな!」

二人目のロ級を撃破する。

残るは戦艦と重巡。

追撃される形のル級とリ級、三度の攻撃がくる前に九十度回頭。海上をドリフトするように派手な水飛沫を上げながら進路を左に変えて位置関係を変えようと試みる。

そうはさせるかと大井が砲を構えた刹那、ル級が身体を無理矢理に捻りながら砲撃した。

「うぐっ!」

回避しきれずに左腕に被弾。

衝撃に引きずられて身体が軽く宙に浮くが、どうにかバランスを崩さずに着水することができた。

(あの態勢から背後に命中弾を撃てるなんて!)

撃たれた左腕を見ると、新しく関節ができたかのように肘から先が捻じ曲がっていた。

「ちぃっ」

油断したつもりはない。ないのだが、あの程度の深追いも許されないとは思わなかった。

ここからの戦闘プランに大幅な修正を加える必要がある。大型艦を倒すにはどうしたって魚雷を直撃させる必要があるからだ。相手の練度を考慮したうえで足の遅い魚雷を当てる方法は……。

「ペテンにかける、しかないか」

それにしても、だ。振り向きざまとはいえせっかくの好機に腕止まりかと大井は思う。北上だったら確実に胴……いや、頭に命中させていただろう。

(――北上ね)

あの戦闘馬鹿が深海棲艦として目覚め、正気を取り戻すまでの時間は楽しかった。

勝ち筋がまるで見えず、安定策しか取れない。

それでいてジリ貧。北上の癖なんて有って無いようなもので、常に最適解に向けてアルゴリズムが進化する化け物だ。あと一分でも北上が正気に戻るのが遅れていたら、きっと自分は再び海の底だったろうと大井は思う。

それに比べたら、好機をとらえて腕一本止まりの相手なんてたかがしれている。

「――あるいは艦娘だったときの私なら厳しかったかもしれないけど」

速力も、旋回能力も、耐久性能も段違い。魚雷の火力に至っては比べるのも馬鹿らしい。どんな戦艦だって一撃で沈められるであろう威力に進化している。

主砲が変わらなかったのは残念だけど、要は魚雷を当てればいいというだけの話。つまり戦法は艦娘時代と何一つ変わらない。息を吸うよりも知り尽くしたやり方だ。

少し腕がたつぐらいの相手が、この私に勝とうなんて十年早い。

「大井さん! 援護します!」

ようやく追いついてきた清霜が大口径主砲を放つ。

砲撃の大音量に大気が震える。威力だけは凄まじい。

弾道は、及第点。

だが正直すぎて、それでは駄目だ。

敵艦隊は難なく避けてそのまま大きな弧を描いて回り込んでいく。

こちらの進路を塞ぐか、悪くても同航戦を狙う気か。

これも悪くない。

しかし凡手だ。

「そんなんじゃ駄目よ」

大井は言うや魚雷を一気に射出する。その数、七本。

「清霜、ついてきなさい!」

自分の雷撃を追いかけるように最大戦速。

ル級たちの進路を塞ぐように魚雷が進む。そのせいでル級たちは旋回を続けることができない。

大井と清霜はあくまでも敵の尻に喰らいつき続けて、距離を詰めたところで砲撃を狙う、はずだった。

大井の撃った魚雷が突如爆発した。

隣接する魚雷に次々と誘爆して海を揺るがす。水柱が連なって海上に水霧の山を描いた。

「なっ、なんで!?」

清霜が驚愕の声を漏らす。

岩礁に当たったわけでも、敵の主砲で迎撃されたわけでもない。

「信管過敏!? こんなときに!」

焦る清霜。不慮の事態に頭が回らない。

「こっちよ!」

大井は下手に動こうとする清霜の軌道を修正しようとするが、一手遅い。

ル級たちはこの機を逃さずに回頭し、既にこちらの進路を抑えにかかっていた。

こちらは縦で突っ込むのに対し、相手は艦隊の横面で迎え撃つ形。

丁字不利だ。

ル級たちが斉射するのに絶好の位置取り。

大井たちからすれば戦艦の横腹に突っ込むという最悪のポジション。

今更速度は落とせない。そんなことをすれば停止した的と同じだ。ならばこのまま速度は緩めずに相打ち覚悟で撃ち合うしかない、そう思って清霜は16inch三連装を構えるが、前方の大井が壁になって撃つことができなかった。

単縦陣が仇になった。

間違って大井の背中に当たりでもしたら雷巡の華奢な背面装甲なんて一発で吹き飛ぶ。

「こ、このままじゃ……!」

焦る清霜は陣形を変えようと、主機の回転数を上げていく。

しかし大井はその動きを手を伸ばして制した。

「……重雷装巡洋艦っていうのはね、雷撃が全てなのよ」

正面のル級とリ級が砲を構える。

もう表情まで見える距離。撃たれれば当たってしまう。

にも関わらず大井は回避行動をとる素振りを見せなかった。

「雷撃は、威力は高いけど、当たらない。素直に撃てば見てから簡単に避けられる。だから雷巡はね、如何にして命中させるかを必死に考えるのよ。寝ても覚めてもね」

「大井さん! 進路を変えないと!」

「このままでいいの。そうすれば奴らはあそこに居てくれるんだから」

大井はこれまでガ島泊地での戦いに参加してこなかった。

ただ遊んでいたわけではない。その間に深海棲艦と化した身体の使い勝手を確かめ、慣らしていた。

胸を張って生きるため、矜持を保つためには何だってやる。

それは深海棲艦となった今でも変えることのできないライフワークだった。

「ねえ、清霜。私は装備の点検を怠るような女に見える?」

敵の足元から――突如として酸素魚雷の影が現れた。

通常の魚雷よりも速度の遅いそれは、大井が手ずから用意した特別製だった。

「わざと遅く進むよう調整したのよ。作るのは大変だったけど、その甲斐はあった」

先の誘爆は、囮。先行する五本を意図的に誘爆させ、速度差をつけて遅れる本命の二本が密かに後から迫る。もう雷撃が無いと安心した敵は有利な位置につこうと自らそのコースに入るという寸法だ。

気付いたときにはもう遅い。

雷撃が敵二人に吸い込まれ水柱が上がった。

「当たった……? 大井さん、すごい!」

信じられないといった顔で清霜が声を上げる。

敵のいた場所から鉄片が撒き散らされ、海面に音を立てて着水する。

大井は油断なく水霧の山を見据えたまま口の端を上げた。

「遅ければ悪いというものではないわ。何にでも使い道はある、ということよ。貴女も勝ちたいのなら頭を使いなさい。優れた者がいつも勝つとは限らないのだから」

「魚雷にこんな当て方があるなんて……!」

大井はまだ動かない。正面を睨み続けている。

「まだ終わってないわね」

水霧が晴れると、そこにはル級とリ級がまだ立っていた。

無傷ではない。二人の身体にはあちこちにヒビが入り、ル級の両手には艤装がない。

魚雷が直撃する前に投げつけて爆発させたのだ。

撃破ならず。

だが勝敗は決した。

戦艦が主砲を失ったとなれば、もはや敵艦隊に勝ち目はない。

大井の手持ちの無線機が、音を立てて反応する。

『……ヤルデハナイカ。若イ連中ハ腰抜ケバカリト思ッテイタガ、骨ノアル奴モイルラシイ』

眼前のル級から思わぬ賛辞がかけられる。

その声からは戦意が感じられない。

(さて、どうしたものか)

話すつもりなら、少し情報を探ってみるのも悪くないと大井は思う。

こちらを伺う清霜が暴走しないよう目でコミュニケーションをとりつつ、大井は慎重に言葉を選んだ。

「貴女、見覚えがあるわ。トラック諸島にいた口裂け女の仲間? こんなところまで一人で来るなんて、他の三人は死んだのかしら?」

大井にはこのル級に覚えがあった。正確にいえばその動きに。映像資料で何度も見返したそれは、かつてトラック泊地近海で猛威を振るった四人組のル級の一人と同じだった。

問われたル級、大井の言に覚えがあるのかくつくつと喉を鳴らす。

『口裂ケ女ァ? ……フフフ、ナルホド、面白イ呼ビ方ヲスルモノダ。姉上ガ知レバ烈火ノ如ク怒リ狂ウニ違イナイ』

「つまりお仲間は健在という訳? 面倒ね、これから救援にくるご予定かしら」

『フン。逆賊風情ニ姉上ガ出ルマデモナイ』

「またそれ。第三戦隊とも言っていたわね。貴女たちってもしかしたら過去の戦争の亡霊というやつなのかしら?」

『過去ノ、ネ。ドイツモコイツモ似タヨウナ事ヲ言ウ。イツマデ戦争ヲ続ケルツモリダ、トナ』

「戦争はとっくの昔に終わったのよ。知らないの?」

『イイヤ、何モ終ワッテイナイ。我々ノ戦争ハ続イテイルノダ。続ケサセタノハ貴様ラダ』

「何を言ってるのか全く分からないわね。戦争の続きをしたいなら、太平洋を横断して勝手に特攻してくればいいじゃない。どうしてわざわざサーモン海域なんかに来たの?」

『我々ノ敵ハ、奴ラデハナイ』

ヒエイと名乗るル級はきっぱりと言い切る。

『我ガ故国。浅マシイ非国民ト、ソノ犬――艦娘コソガ不倶戴天ノ大敵ヨ』

「……それは、何故?」

『何故? 何故ダッテェ? ハーッハッハッハ!』

突然笑い出したヒエイに、流石の大井も面食らう。

『言ウニ事欠イテ、ソレカ! 貴様ラガ先ニ裏切ッタクセニ、都合ノ悪イ事ハ何モカモ無カッタ事ニシヨウトイウ訳ダ!』

発狂したように声を荒げるヒエイ。

その言動に演技はないように見えた。

しかし何が“裏切り”なのかが全く分からない。自分が知らない情報のピースがある、大井はそう感じた。

しかしその溝を埋める手持ちの材料は無く、いちいち斟酌している余裕もない。

ただ単に、目の前のル級が正常な判断能力を失っているだけという可能性もあるのだから。

どちらでも構わない、と大井は考える。

彼女たちが何を大義名分としていようと、戦争をするために南下してきた事に違いはない。そしてその標的は、恐らく艦娘と、彼女たちが住まうショートランド泊地。

(ガダルカナル島に来たのは拠点確保のためかしら。どうせならトラックに近いラバウル基地の方に行けばいいのに)

そう仮定すると、自称ヒエイのお仲間は今頃、サーモン海域の各島に展開しているのかもしれない。そうしてサーモン諸島を制圧してから本格的にショートランド泊地に攻め込む……彼女たちの戦略は概ねそんなところなのだろう。

「詰まる所、貴女たちは艦娘殺しに奔走する“まっとうな深海棲艦”ってわけね。楽しそうな人生で羨ましいわ」

――もう、切り上げるか。

大井はそう判断した。

太股の艤装に新しい魚雷を装填する。

その僅かな音に気付いて清霜が息を呑んだ。今の今まで話していた相手をもう殺す、その切り替えについていけない様子だ。

『嘆カワシイコトヨ。忠君愛国、滅私奉公ト焚キツケテ、都合ガ悪クナレバ切リ捨テル。アノ連中ノドコニ誇リガアッタトイウノカ……』

ル級が武器を持たない右腕を水平に上げて、止まる。

『ダガ、我々ヲ無カッタ事ニハサセン。消エルノハ貴様ラダ』

「まだ戦う気? 艤装も無しにどうやって?」

『マダ、砲ハアル』

と、ヒエイは隣に立つリ級に顎を向ける。

「重巡一人で私達二人をやるつもり?」

『動ケヌ的ナラ充分ヨ』

ル級は水平に伸ばした右手を勢いよく振り上げた。

その時、大井たちの両足首が何者かに捕まれた。

「っ!?」

海中から二本の腕が伸びていた。

その持ち主は、水死体のように真っ白な顔。その二つの眼球は白濁として感情が読み取れず、しかし確かに生きていて、その証拠に嘲笑うように細められていた。

潜水艦である。

「わあっ!」

見れば隣の清霜も別の潜水艦に足を捕まれて動きを封じられていた。

(伏兵!)

それも、二人。

大井は遅まきながらヒエイの狙いに気付いた。

奴が会話を始めたのは勝利を諦めたからではない。

足の遅い味方の潜水艦が接近する時間を稼いでいたのだ。

『我々ガ四人ダケデ敵地ニ来タト思ッテイタノカ? 間抜ケメ! 己ノ愚カサヲソノ身デ思イ知ルガイイ!』

リ級が主砲を構える。

狙いは大井。

ル級の言う通り、動けなければただの的だ。一発では死ななくても二発、三発と撃たれれば、いずれ死ぬ。

そうはさせるかと清霜が砲撃する。

しかし相手の主機はまだ生きている。簡単に避けられてしまう。

大井も攻撃するがまるで当たらない。足を封じられるのは全身の動きが制限されるに等しい。魚雷は勿論、砲も当たることはないだろう。

絶体絶命だった。

僅かな油断がこの結果。大井は数十秒前の自身を殴りつけてやりたい思いだ。

どうせなら一人でも道連れにしてやる、と大井がゼロ距離で爆雷を投下する覚悟を決めた。その時に。

ひゅひゅひゅひゅと聞き慣れた音がした。

それは長距離から砲弾が落ちてくる音。

空から砲弾が降ってきた。

ヒエイたちと大井たちの中間で大きな水柱を立てたそれは、真横からの砲撃だった。

その場の全員が目を向ける。ガ島の浜辺。そこに見たことのない何者かが、居た。

『ナンダアレハ……。砲……台?』

ヒエイが呟く。

遠目にはよく見えない。だが突き出た砲身は間違いなく人工物。

その砲口が光った。

『新手ダト? ダガ、コノ距離デ当タルモノカ!』

避けようとしたル級、その瞬間、中口径の砲弾が刺さる。

『グアッ!?』

「余所見をするなんて余裕じゃない?」

大井の主砲だ。

いつでも避けられると注意を逸らした瞬間を大井は見逃さなかった。ル級の態勢が崩れる。

『シマッ……!』

丁度重心を変えようとしたタイミングで命中したために建て直しが効かない。

そこへガ島からの砲撃が降り注ぐ。

ル級に命中する――その刹那に割り込む影。リ級だ。

その背に砲弾が直撃した。

――ギャアッ!

爆発とともにリ級の背面装甲が砕け散る。割れた皮膚から紅い脈動と鋼の管が覗いた。

ル級にもたれかかって動かなくなる。

意識を失ったようだった。

『チッ、余計ナコトヲ……』

悪態をつくヒエイ。同様に、大井もまた混乱していた。

今の砲撃は、新貝が修理していた野砲によるものではないのか?

深海棲艦相手に通常兵器が通じるなんて話は聞いたことがない。

「後で聞けばいい話ね」

効果があるなら、是非もない。

敵は今度こそ無力化した。

となれば、残るは足元の潜水艦。

大井が足元の潜水艦に爆雷を投下しようと目を向ける。

『……今回ハ退コウ』

無線からヒエイの声が入る。見ると、リ級を抱えて後退していくところだった。

『次ハ必ズ沈メテヤル。忘レルナ!』

「逃がすと思う? ……と、言いたいけど」

ル級は撤退も迅速であった。ぐすに大井の射程外へと逃れる。その肩に重巡を抱えながら、スムーズな動作で退却していく。清霜の砲撃ならまだ届くが、当てるのは難しいだろう。

ル級たちは射程外まで逃げていった。

すると大井たちの足を掴んでいた潜水艦も、その手を放して急速潜行していった。

駄目もとで爆雷を投下してみたが手応えはない。まんまと逃げられたようだ。

しばし周囲を警戒するが、反応はなかった。

聞こえるのは波の音、そして自身の艤装が擦れる金属音だけだ。

先程までの激戦が嘘のような平穏が戻っていた。

戦いは終わった。

「取り逃がすなんて失態ね……」

勝った、なんて言えない。

清霜は何も答えなかった。

今回の戦いで清霜は何もしていないに等しい。何か一つでも仕事をしていれば倒しきることもできたかもしれない。いくら「回避に専念していればいい」と指示されたからといって、敵の一人も沈められないようでは戦艦としての立場がない。

(……とでも思っているのかしらね)

清霜の心中を察していても、大井は何も声をかけなかった。

己の無力を痛感しなければ次に繋がることはない。安易な慰めは成長を阻害する。

清霜にはもっと強くなってもらわなければ困るのだ。

けして将来、自分を助けてもらうつもりなのではない。

成り行きとはいえ、同じ釜の飯を食った仲間が無様に死んでいくところなど見たくなかったからだ。

その程度の良心は大井にもあった。

清霜はおずおずと顔を上げると、口を押えて悲鳴のような声を上げた。

「おっ、大井さん、腕が!」

言われるままに目を向けて、ようやく自身の損傷を思い出す。

「ああ、被弾してたわね。さっさと戻るわよ」

戦いが終わって緊張の糸が切れたのか、思い出したように左腕がズキズキと痛み出す。

帰投すべく反転。清霜も慌ててその後を追う。

(それにしてもあの浜辺の……砲台? なんなのかしら。敵ではないようだけど)

 

 

「無事で良かった!」

埠頭に着くと、新貝と、砲台らしきものが揃ってこちらを出迎えた。

そう、“揃って”出迎えた。

その砲台らしきものには意志があるようで、その大きな砲身を揺らしながら前進してくる。埠頭に上がった大井と清霜に呼びかけるように、動物のような鳴き声を上げた。

「シャーーーッ!」

砲身の根元には頭に相当する丸みを帯びた鉄塊があり、その左右には紅く発光する目のような窪みが確認できた。胴体部に手は無いが、下部には砲身よりも太く頑強そうな脚が二本ついている。その脚で帰ってきた二人に近寄り、身を寄せた。

「シャシャーーーッ!」

流石の大井も一歩引いてしまう。

敵意は無いように見えるが。

鉄塊そのものといった体躯に清霜も戸惑っていたが、その表面に恐る恐る触れてみると砲台は応じるように声を上げた。

「この子、何? 誰?」

当然の疑問の声を清霜が上げる。

新貝の回答は明快だった。

「分からん」

俺には分かるのは、と前置きしてから新貝は言葉を続ける。

「敵が来たから整備した野砲を使おうと思ったんだ。そしたら無くなっていてな。地面に動かした跡があったから、追ってみたら浜辺にこいつがいたんだ」

「司令官が野砲を魔改造しちゃったってこと?」

「そんなことはしていないし、できない。……っていうかよくそんな言葉知ってるな」

「じゃあ、整備した野砲が勝手にこんな生き物? みたいになっちゃったってこと? うーん、不思議!」

清霜は意志を持つ砲台を見上げる。

大きい。頭部の位置だけでも新貝より高いところを見ると二メートルはあるだろうか。砲身を上げれば更に高くなるだろう。

新貝もつられて顔を上げる。

一応味方と考えていいのだろうか。

けれどコミュニケーションの取り方が分からないのは問題だ。発語はできないようだが、こちらの言葉は理解しているように見える。しかし知能レベルがどの程度なのかが分からない。もし戦力にするとしても、“待て”さえできないようなら連携をとることは難しいだろう。

「色々考えているところ悪いのだけど、」

大井の声が思考を遮る。

見れば大井の額には玉のような汗がびっしり浮かび、顔色も悪い。抑える左腕をよく見てみれば前衛芸術のように捻じ曲がっていた。

「入渠設備を使わせてもらっていいかしら……」

「おいおい! 被弾しているなら先に言えよ!」

新貝が肩を貸そうとすると大井はやんわりと拒絶して己の足で進もうとする。

「馬鹿、こんな時に意地を張るな!」

「貸しを作りたくないの」

強い口調と裏腹に、その足は力なくふらついた。誰が見ても平気ではない。

「仲間が辛いときに手を貸すのは当たり前のことだ。貸しなんかじゃない」

「私は貴方たちの仲間になった覚えは……」

「だとしてもだ。何もさせないっていうお前の我侭を通す方がよっぽど“貸し”だ。分かったら黙ってろ」

強引に大井の怪我をしていない方の肩を支える。

大井は聞こえよがしに舌打ちするが新貝は黙って連行する。

彼女には振りほどく余裕もないのか、されるがままだ。

「清霜はそのでかいのと一緒に来い! 足が遅いからゆっくりな!」

「う、うん!」

「シャーー!」

分かっているのかいないのか、清霜に並んで砲台も声を上げた。

自律行動する砲台。

新貝は心中で改めて考える。アレはどう見ても砲台小鬼だ。ただの野砲がどうして深海棲艦化したのだろう? そして新貝たちに懐く理由は?

分からないことばかり増えていく。

全ては深海棲艦という存在に根ざした疑問だった。

深海棲艦とはいったい何なのだろう?

自分のこともよく分からないのだった。

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