Same Ol'   作:草之敬

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1.

「あー……」

 

 突然己を襲った寝苦しさに目を覚ませば、思わずそんな唸り声が喉から漏れ出した。

 結い上げた髪が乱れるのも構わず、乱雑に頭を掻き毟る。

 とりあえずケツが熱い、と立ち上がり、眉の上に手で笠を作り、辺り一面を見渡した。

 砂。

 砂、岩、砂、砂。

 腰に取り付けた水筒を探して、その存在を確認するとひとまず安心する。

 これでしばらくは干からびないだろう、と。

 

「さてはて、人がいたらいいんだけどなあ」

 

 言って、彼女は歩き出す。

 轍じみて残る足跡も、舐めるように吹き荒ぶ風に埋もれてしまう。

 いずれ彼女自身も、この風に攫われるように消えてしまうだろう。

 だけど、それまでは。

 それまでは、彼女の物語。

 

 

 新免武蔵守藤原玄信――宮本武蔵ちゃんの物語。

 

 

      §

 

 

「死ぬかと思った!!」

 

 月が目立ち始めたという頃合いに、武蔵ちゃんは岩陰に身をひそめ、消え入りそうな声で怒鳴るという器用な真似を誰ともなしに披露していた。

 砂漠といえば夜は極寒が常。だというのに、ここら一帯は昼間のようとはいわずとも、過ごしやすい程度には温かいままだった。そういう地域なのかと勘ぐっていたのも束の間、やおらソレは現れた。

 

 山のような巨躯に、岩石を練り固めたような表皮。間抜けな眼窩と口腔、節々に流れる溶岩のような肉。以前、同じく山のような像の鼻を叩き切ったこと記憶に新しいが、その大きさの怪物が平気な顔で闊歩している。

 おまけにその怪物の間抜けな頭には、まっすぐに天を衝く角が二本。つまり。

 

「鬼か、あれ!?」

 

 相変わらず押し殺した叫びに、信じたくない現実を突きつけられてしまう。言うんじゃなかったと後悔する余裕もなく、暫定鬼の様子を岩陰から窺った。

 武蔵ちゃんの見るところ、獲物を探している、というよりはただ徘徊しているようだった。このまま息を殺し続ければ、いずれ離れて見つからずに済むだろうとも。

 

「うわー、うわー。もう、ホント勘弁してよ。このまま寝たらすぐに別世界ってわけにはいかないかしら」

 

 逃避じみた愚痴をこぼすものの、同意してくれる者はいない。

 だがまあ、と武蔵ちゃんは考える。辺りに一晩過ごせそうな場所もなく、砂漠のど真ん中では枯木もない。暖が取れないと内心焦っていたところだったので、ある意味では渡りに船かと思えないこともない、と。

 

 というのも、武蔵ちゃんがここら一帯が夜になっても過ごしやすい気温のままなのは、あの暫定鬼のおかげだろうと予想したからだった。あの節々から見える赤く発光するような肉は、そのもの溶岩でないにしろ陽炎を伴っていることから相当の高温であることが窺える。

 眠れずに体力回復できないのは痛いが、凍死してしまうよりは万倍マシ。

 生きていれば儲けもの、と生き汚い武蔵ちゃんらしい思考が働いていた。

 さて、しかし、どうしたものか、とも思う。

 

 隠れてはいるものの、実はかなり距離がある。あの距離感の狂う巨体のせいでかなり間近に思えてしまうが、おそらく十町といったところ。なのにこの距離でこれだけ温かくなっているのも脅威的ではあるが、なにより武蔵ちゃんが懸念しているのはそこではない。

 

「なんか小さいのもいるしさぁ~」

 

 距離のせいで米粒のように小さいが、武蔵ちゃんの目測では六、七尺といったところ。自分より頭ふたつ、みっつは大きい。そのような小鬼らが、複数匹。

 そこらじゅうの世界を飛び回った経験則から、幾度か鬼に遭ったことはある。

 だが、武蔵ちゃん自身の知る鬼とは姿かたちが違いすぎる。夜であることと遠く離れているから正確ではないにしろ、武蔵ちゃんが見る限り、小鬼の方はがらくたに襤褸切れで無理やり人型に組み立てた絡繰り人形のような容貌なのだ。

 

「ただの木っ端なら苦もなし。けどなあ……」

 

 以前訪れた下総国……英霊剣豪と名乗る悪鬼たちと同じく、倒すために〝何か要る〟のなら、来たばかりの今では挑むのも無謀というものだろう。

 武蔵ちゃんは勝てないなら逃げる選択ができるえらい子なのだ。

 死んでないなら負けてないという暴論を振りかざすような脳筋だが、必要もないのに勝てるかもわからない勝負は挑まない程度には頭は回る。えらい。

 

 なら迷うことはないだろう、と武蔵ちゃんは行動に移す。

 見つからないよう、凍え死なないよう、距離を取りつつ一晩を明かす。

 あの暫定鬼らがどこに向かっているのか――あるいは彷徨っているだけなのか――はわからないが、とにかく生き抜くことが肝要だと武蔵ちゃんは思う。

 

 

      §

 

 

「大将、大将! おい、起きろ!」

「ああ、起きた。起きてるよ」

 

 気怠げな言葉遣いとは裏腹に、機敏な動きで起き上がると、胸当て、具足や小手をよどみなく装備し、枕元に置いてある刀を腰に差して、そのうえから黒装束を纏う。「行くぜ」と起こしにきた男が声をかけるとうなずいて、風のように部屋から飛び出す。

 滑るように階段を下りると、すでに表の通りはドヤドヤと騒がしくなっていた。

 

「犬っころとキジは先に出た」

「鳥の王国の方面からか」

「ああ。キジの野郎が言うには、規模からして先遣だろうとよ」

「だろうな。鳥の王国にはまだ数日かかる」

 

 話しながら厩舎へ向かい、二人はそれぞれの馬へ歩み寄る。

 騒がしい村の様子にも動じず、泰然と佇む頼もしい馬だ。黒装束の男は馬に飛び乗り、村の大通りへ出ていく。追い付いたもう一人も並ぶと、村の正門へ向けて駈足。

 

「おおい、どうなってる!」

「へい!」正門横に作られた物見櫓の上から顔が出る。「村から一里半ほど遠方に、大鬼の影が見えやす!」

「近いな!」

「地形の問題でやす。二里ほど先に砂丘がありやして、その方向から近づかれやした!」

「なるほどな。サル!」

「あいよ大将!」

 

 物見役からそれだけ聞くと、黒装束の男ともう一人――サルと呼ばれた男――は襲歩で大鬼へ向かう。夜明け前の一番暗い時間、一里以上の距離からでもわかる溶岩人形のような大鬼めがけ、二人は駈け抜けていく。

 近づけは近づくほど、周囲の気温があがっていくのがわかる。

 一里を駈け抜けたあたりで、二人は何か様子がおかしいことに気付く。

 

「おいおい大将、俺の見間違いか? オレたち以外に鬼退治しようなんて物好きがいるなんて聞いたことないぜ?」

「俺も聞いたことないな。できる人に心当たりはあるが」

 

 だが、黒装束の男が思い浮かべる人物は、鬼退治をするような人間ではない。

 試しに斬ってみようとか、降りかかる火の粉を払う程度はしそうだが、それ以外では視界に入らない限りは放っておくだろう。

 

「……強くね?」

「ああ。相当使うぞ」

 

 どこか忌々し気に、サルはいう。

 それに対して、黒装束の男も目を細めて件の人物を観察する。

 鮮やかな瑠璃を思わせる色の装束を身に纏い、小鬼を相手に八面六臂の活躍を見せている女だった。とはいえ、サルにはそう見えなかったようだが。

 

「女だよな?」

「ああ、女だな」

「マジかよ……鬼婆か?」

「犬とキジが一匹始末する間に三匹は斬ってるな」

「お、オレだってそれくらいできらあ!」

「そいつは頼もしい。行くぞ!」

 

 襲歩のままさらに鞭打って馬を加速させる。ぐんぐん近づいてくる大鬼の巨躯と、小鬼の群れ。黒装束の男は腰からすらりと刀を抜き放つと、姿勢を低く突撃の構えを見せた。

 

「助太刀する!」

「お?」

 

 馬の速力そのままに、真一文字に刀が閃く。

 小鬼は胴から真っ二つに割断され、どさりと砂漠に転がった。

 続くサルも手近な小鬼に襲い掛かる。馬上から飛び上がり小鬼の肩に着地すると、鋭い鉤爪を拵えた小手を首筋に突き立てた。振りほどこうと抵抗した小鬼の肩の上で器用に踊りながら、骨格の隙間を縫って内臓に届く突きを幾度も放つ。

 やがて小鬼がガクガクと体を痙攣させ始めた頃、指笛で己の馬を呼び戻し、倒れ伏す直前に走り寄った馬へと飛び移る。

 

「キャホウ!!」

「助太刀かたじけない!」

 

 サルはそのまま戦線に飛び込み、瑠璃の女と共闘し始めた。

 黒装束の男はそれを横目に、先に戦っていた犬とキジの二人へと駆け寄る。

 

「犬、キジ、無事か」

「ああ、馬を失ってしまったが……」

 

 答えたのはキジと呼ばれた男だ。今も戦う瑠璃の女に負けぬほどの極彩色を散りばめた大翼を模して造られた大袖を纏う戦士で、つい先日黒装束の男らに合流した新参だった。

 彼の言葉通り、二人が乗っていたはずの馬は後方で小鬼の餌になっていた。

 

「お前たちが無事でいれば仔細問題ない。あの女は誰だ?」

「貴公の知り合いではないのか」

「いや、あいにく武芸に通じる女の知り合いはいないな」

「鬼と死合うともなればなおさらか。……彼女は馬を失い進退窮まった我々に加勢してくれた恩人だ。なにより麗しの乙女だ、捨て置くこともできまい?」

「麗しの乙女?」

 

 疑問を呈しながら黒装束の男は、荒ぶる女に目を向けた。

 鬼の返り血を浴びながら、冷徹な表情のまま相手を切り伏せる姿を見て、その表情は苦笑いに変わる。この伊達男はあの鬼婆が守らねばならない小娘に見えているらしい。

 

「おおよそ理解した。俺は大鬼にかかる、小鬼は続けて任せたぞ」

「承知した。ゆくぞ、犬殿!」

「オウ!」

 

 獣のような吠え声をあげ、犬と呼ばれた白髪の青年がキジに続く。

 そして黒装束の男は、宣言通り大鬼と向かい合う。この距離になると気温は肌を焼くような温度に達しており、大鬼の頭部を見上げようものならほぼ真上を向く羽目になる。

 普通に考えれば、この巨躯相手に刀一本馬一頭で立ち向かうなど正気の沙汰ではない。

 それでも己ならば何とかできるという自信を、この男からは感じることができる。

 

「ハッ!」

 

 再び襲歩で駈け出すと、大鬼の注目を浴びるよう猿叫に似た咆哮をあげ、刀をぐるぐると頭上で振り回す。夜明けを迎えた空の光を反射して煌めく刀に誘われたか、大鬼は黒装束の男を狙って動き始める。

 大鬼が腕を振り上げる。その動きは戦場にいる全員が見えていた。

 このまま振り下ろされれば、掠るどころか、その衝撃だけで大打撃を受けるだろうことは容易に想像できる。

 

 だからこそ、と黒装束の男は決断的に懐へと飛び込む。

 股下へは拳は振り下ろせない。足元へ辿り着いた黒装束の男を潰すのならば、踏み潰すほかない。拳をおさめ、大鬼は右足を持ち上げた。そしてそれは、黒装束の男が待ち望んだ態勢でもあった。

 

「デェヤッ!」

 

 巨体を支える片足――左足を目掛け、馬の速力を乗せて刀を振り抜く。

 例え大鬼の巨躯に対して刀がどれほど小さくとも、切り裂けるのならば痛撃は与えられる。その実、刀身に似合わない裂傷を大鬼の足に刻んでいく。

 

 黒装束の男が大鬼の股下を駈け抜けると、大鬼は刻まれた裂傷にたまらず膝から崩れ落ちた。片足を上げた態勢からの転倒だったこともあり、膝をつくだけでなく、全身が傾いでいく。

 

「馬鹿野郎この大将馬鹿!」

「サル殿! 乗せてくれ!」

「犬も乗るぞ!」

「だーっ! てめえらもふざけんじゃねー!!」

「悪い!」

 

 傾いでくる大鬼から逃げるため、馬を失ったキジと犬がサルの操る馬に群がるという地獄絵図が展開され始める。

 それに一言だけまったく悪びれる素振りを見せず、黒装束の男が謝る。

 もちろん犬サルキジの三人も別に本気で潰されるとは思っていない。半ば悪ふざけだ。

 

 だが、本気で潰されようとしている人物が一人いた。それに最初に気付いたのはサルだった。黒装束の男からは大鬼に隠されて見えず、犬とキジはサルに続いて気付く。

 

「おいアンタ!?」

「サル殿、戻るぞ!」

「戻ったところで間に合わねえし、間に合ったところで四人も乗せて走れねえよ!」

 

 ここまで騒いで、ようやく黒装束の男も事態を把握した。

 瑠璃の女が、倒れようとしている先にいたのだ。サルの叫び通り、彼らからでは間に合わない。だが、己ならばと黒装束の男が襲歩を刻む。掻っ攫うように走り抜ければ助けることもできるとの判断だった。

 だが。

 

「っ――!?」

 

 脳天から股下まで一刀のもと両断された錯覚が、黒装束の男を襲う。

 鬼にさえ怯えず走破する馬が、足が折れても構わないのかと疑うほどの急制動をかけた。

 次瞬、大鬼の胴が輪切りにされた。

 瑠璃の女は潰されることなく、大鬼の肉の谷に佇んでいた。

 涼やかな血振りの音の後に、甲高く切羽が詰まる音が響く。

 巨体が巻き起こした風を受けて、瑠璃の女の、異様に白い髪が揺れている。

 大鬼の赤く熱を持った肉に照らされる女を見て、黒装束の男はごくりと唾を飲んだ。

 

「…………」

「あ、さっきは助太刀ありがとう」

「いや……」

 

 助太刀は必要なかっただろう、とは言わなかった。

 瑠璃の女の傍まで行くと、黒装束の男は馬から降り、しかし近づきすぎることはなかった。四間ほどの間合いを取り、向かい合う。瑠璃の女も相手が警戒していると察したのかやや緊張した面持ちになった。

 

「うちの者が助けられたと聞いた」

「ああ、あのド派手な伊達男と野生児くんね。いえいえ、こっちもあの……鬼? どうしたもんかと頭を悩ませていたところですから、倒せるってわかって一安心」

 

 明るい人柄を覗かせる言葉遣いに、黒装束の男は毒気を抜かれかける。

 が、黒装束の男は気を抜くことはなかった。軽やかに紡がれる言葉とは裏腹に、瑠璃の女は刀の柄から手を放していない。とはいえそれは黒装束の男も同様なのだが。

 

「……ひとまず、礼を言う。助かった」

「どういたしまして。それで質問なんだけど、コレって結局なに?」

「お前も言った通り、鬼だ。おそらく鳥の王国から流れてきた尖兵だな」

「へえ、やっぱり鬼なんだ。……うん、鬼らしくて大変よろしい」

「なにがだ?」

「いえいえこっちの話。続けて?」

「……ああ。俺たちは今、お前が伊達男と呼んだキジの故郷である、鳥の王国へ向かっている途中だ。お前も王国方面から来たようだが、出身は鳥の王国か」

「…………っすぅー」

「なんだ?」

 

 黒装束の男が仲間の名前を言ったあたりで瑠璃の女の表情がひきつり、途中から話を余所になにかを考える素振りをしたと思えば、頭を抱えて大きく息を吸う始末だ。

 このような反応を予想していなかった黒装束の男は、今度こそ完全に毒気を抜かれる。

 瑠璃の女も完全に警戒を解いた様子で、腰に手を当て天を仰いでいた。

 

「……参考までに、なんだけど」

「ああ」

「キジさん以外のお仲間の名前を伺っても?」

「構わん。野生児と言った方が犬。俺と共に助太刀に入ったのがサルだ」

「…………ぅそでしょー…………」

「なんださっきから」

 

 黒装束の男も、名を名乗っただけでこれほど困惑するは思っていなかった。

 さすがに怪訝に思って「そちらの事情を話すまではもはや語らん」という構えを見せる。

 それは瑠璃の女の方も思っていたのか、いまだ困惑の渦中にありながらも姿勢を正し、名乗りをあげるため大きく息を吸い込んだ。

 

 

「私は新免武蔵守藤原玄信――人呼んで、宮本武蔵よ」

 瞬間、黒の風が瑠璃の女――武蔵ちゃんに殺到したのだった。

 

 

 

 




ここまで本編
ここから戯言。読む価値なしです。
 
 

性懲りもなく新作。
武蔵ちゃんの口調難しくない?
時折まざる丁寧語の塩梅ムッズ……。
それはそれとして渡れい先生の「英霊剣豪七番勝負」すっごいので皆も見て(大胆なステマは二次創作者の特権)(唯一の立香ちゃん)(黒タイツすこ)(武蔵ちゃんはおっぱいより足)(ギャグ顔まで完備)(胤舜エロい)(酒呑ちゃんのプリケツ)(朧裏月ナイスゥ)(マガポケで配信中)(第四話まで無料公開中)(第五話は四月二日更新)。
 
それはそれとして、この小説ではできる限りカタカナ語とか英語とかは使わない予定。

ジュード・ロウも別に英語はしゃべらないし、出演予定もないです。
小栗旬以外明らかに海外の人っぽいけど全員日本語しゃべります。
わがんねえ。わがんねえよう。
わがんねえからよう、日ノ本言葉しゃべれよう。

そもそもタイトルからして英語で、あらすじにも書いてる?
(目逸らし)
 
今作のモモタロサァンのイメージは小栗版銀時が白夜叉演技して適度に生真面目な性分だったらという感じになってます。自分で書いてて意味がわからんけど、つまりそういうことだ。サルは加瀬あつし先生の漫画に出てきそうなイメージで、キジは色男で紳士、犬は幼い少年(たぶん武蔵ちゃんが一番好きになる子)というイメージでキャラを作っています。


ここまで戯言
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