ジャンプのチェンソーマンのマキマさんのセリフがエモかったのでこの話を書こうと思いました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
切っ掛けは何だっただろうか。上杉風太郎は考えた。
落とした文房具を拾った時に指先が触れあった事だろうか。それとも質問しに来た三玖の顔が、思ったより近くにあった事だろうか。
どんな言葉や事実を並べても意味が無い事は分かっていた。しかしあの幼い頃の少女との出会いから比較的理性の人として生きてきた彼の頭が、最もふさわしい因果を導き出そうとしていた。
「フータロー」
目の前には数日前から付き合い始めた恋人、中野三玖がいる。
大きな目はくりくりと黒目がちで、すっきりと通った鼻筋。小さな桜色の唇で、それを囲む細くて流麗な顎は希代の芸術家が作り出したかのようだ。
その大理石のような白い肌に朱がさして、その大きな目に自分が映って、桜色の唇から可愛らしい吐息が零れる。
熱っぽく見つめられて、どうすれば良いのだろうかと心がざわついた。彼女にしてあげられる事は何だろうか。どんなリターンをもたらす事ができるだろうか。普段の自分のように損得のそろばんを頭の中ではじいた。
ねえ、と三玖が小さく呟いて彼の頬に触れた。彼女も自分の中の思いと同じだとうぬぼれても良いのだろうか。つまり損得をかなぐり捨てでもなし得たい単純なこの思い。
上杉風太郎は中野三玖に触れたかった。
「三玖」
風太郎はゆっくりと三玖に手を差し出し、壊れ物を扱うかのように触れた。
「あっ……」
熱をもった頬に風太郎の手が触れると、三玖は目を細めて嬉しいという表情をみせる。
その手に三玖は自分の手を重ねる。
「フータロー、大好き」
真っ赤な顔から熱い思いがこぼれた。風太郎は好意の爆弾を受けて頭が揺さぶられる思いに捕らわれる。
「夢みたいだ」
「夢?」
「三玖が告白してくれた時から、三玖とこうやって触れあう夢を見る様になった」
風太郎は全てをさらけ出した様な恥ずかしさを感じた。
それを聞いた三玖は少し膨れ面だ。
「どうした三玖」
呼び掛けにも応じず、いきなり三玖は抱きついた。風太郎の耳元に口を近づけて、妖精の羽音の様な小さい声で囁く。
その言葉は三玖の口から飛び立ち、風太郎の耳にとまった。
「フータローの一番は私だもん。夢の中の私にだって先を越されるのはやだ」
それを聞いて風太郎の頭の中は、燃え上がる血流のままに溶けてしまいそうになる。
ああ、何てこの人は可愛いのだろう。
そして、そんな可愛い人の恋人である自分は何て幸せなのだろう。
「三玖、顔を上げてくれ」
三玖は彼の胸に顔を押し付けたまま離れない。耳が真っ赤になっている。気恥ずかしさに顔を上げられないのだろう。
風太郎は三玖の細くて柔らかい髪を指ですくと、旋毛にキスを落とした。
「ふ、フータロー……」
三玖は上目遣いに風太郎を睨むと膨れ面になった。
風太郎はその膨れた頬をつつく。ぷすっと間抜けな音が漏れて、三玖は「もうっ」と可愛らしく怒った。
その怒りも彼の手で顎を上げられると霧散した。友人とはあまり恋の話をしなかったり、恋愛について書かれた小説なり漫画なりの読書量が少ない恋愛偏差値の低い彼女にも、彼が何をしようとしているか分かった。
三玖は期待に潤んだ瞳を閉じる。この世の何より美しい彼女に、風太郎はゆっくりとキスをした。
「んっ……」
ふさがれた口の代わりに恍惚のため息が鼻から漏れた。
痺れるほどの快感が唇から始まり、頭の回路をを焼き、背筋を駆け抜けて全身に余す所なく広がった。二人は溢れるほどの快感と愛の喜びを感じていた。
だから人は人を愛するのだ。恋愛に不得手な風太郎と三玖は、なぜ恋愛は皆の関心なのか身をもって理解した。
風太郎と三玖はキスで何もかも繋がったかの様に同じ事を考えていた。
このまま時が永遠に止まればいいのに。
触れあう唇から愛を渡して受け取って、そんな心と体の充足感は他の事では得られないだろうと二人は思った。
しかし二人の意志に反して、互いは唇を離した。唇の間に銀糸の橋がかかりぷつりと切れる。
「はっ……はぁ」
キスの間止めていた息を取り返す様に二人は息を吸い込んだ。
「三玖……っはあ、鼻から、息をする、んだぞ、っはぁ」
「ふぅ、フータローっはぁ、こそ」
途切れ途切れに話しながら息を整える。
風太郎はもっと触れたいという思いのまま、三玖の頬に右手を添えた。
「あっ……」
彼の手は下に滑り落ちていく。首筋をなぞり、鎖骨に当たり、ついには三玖のブラウスの一番ボタンに手をかけた。
「待って」
その手を三玖は両手で掴みとった。
「す、すまん三玖。いやだったか?」
「ううん、いやじゃないよ」
風太郎の右手を三玖は顔の前に持ってきて、まじまじと見つめる。
「えっちな事をするなら、もっとフータローの事知りたい」
三玖は彼の右手に左手を絡ませた。一本一本確かめる様に、慎重にじっくりと指を探る。
三玖が探るように風太郎も彼女の指を探った。
細い指に、柔らかい手のひら。風太郎は自分を男らしいと思ったことはあまりないが、三玖の手と比べると自分の手は明らかにごつくて男らしい。
「どんな手の形をしてるかな、指の形をしてるかな」
あ、ペンダコ、と嬉しそうに風太郎の手を堪能した三玖は、
「耳の形は?」
彼の右手を自分の耳に持っていった。
三玖の体は恥ずかしさと照れの感情が心臓に早鐘を打たせて血が巡り、真っ赤な耳は炎の様に熱い。
風太郎は耳たぶの柔らかさを味わいながら、指で外耳の溝をなぞっていく。それすら愛しいという不思議な気持ちになった。
三玖はもう一度風太郎の手を自分の顔の前に持ってきた。
「フータロー、顔真っ赤」
「三玖こそ」
ふふっと三玖が微笑む。
三玖は、風太郎の手を自分の口の前に持ってくると、
「っ三玖!?」
桜色の唇からちろりと赤い舌を出してその親指を舐めた。
全てを味わい尽くそうと、爪の形から指紋まで舌で覚えるかの様に丹念に舐め尽くし、甘く噛みついた。
少しして口から指を出す。風太郎の指から三玖の唇に彼女の唾液の橋がかかる。その不思議なエロチックさに、風太郎の胸が痛いほど大きく跳ねた。
「覚えて」
恋人に対する愛の熱さと、少しの不安に三玖の蒼い瞳が揺れる。
「他の四人が私の格好をしても、フータローの目が見えなくなっても、私の噛む力で私だってわかるくらい覚えて」
そう言うと、再び風太郎の指を口に含む。三玖の歯が風太郎の指に食い込み刻印を刻む。
風太郎は三玖の蒼い瞳を、空の様だとか、氷の様だとか、どちらかというと冷たい物に例えていたが、彼女の蒼の本質を垣間見た。
つまり、太陽よりも遥かに熱い恒星が放つ、蒼い炎の光ということである。
「覚えた?」
噛むことを止め、三玖が風太郎の目を真っすぐ見つめてきた。
夏の日の陽炎のように熱で揺らめく蒼い三玖の瞳に、風太郎は溶かされそうになる。
「あ……ああ」
口から零れる息に、何とか音を乗せる事で精一杯の返事をした。
三玖は微笑み、風太郎の手を両手でつかむ。三玖の瞳から弱々しいともとれる揺らめきが消え、決意の瞳に変わった。
三玖は風太郎の手を、自分の胸に押し付けた。
「っ! うあ……」
風太郎はまともに言葉を発せられなかった。頭の中が三玖でいっぱいになり、他の事は何も考えられなくなる。
右掌が雷に打たれたようにじんと痺れ、感覚が鋭敏になっていく。
服の上からでもわかる豊満な女性の神秘に触れた風太郎は、それからもたらされる快楽に圧倒されるしかない。
さっき触れた耳たぶとは比べ物にならない質量を右手で押しつぶし、そこから脈打つ三玖の鼓動を感じた。
「んっ……フータロー……」
少しでも手を動かすたびに、三玖の口から色っぽいささやきが聞こえてきた。
「三玖……」
そんなささやきごと食べたいと思い、三玖の唇に噛みつくようにキスをした。
「はぁ……んっ……」
思いの丈が器に収まらず零れるかのようにキスとキスの合間に嬌声が漏れる。
「はっ……はぁっ」
一呼吸するため唇を離す。しかし、風太郎の目には三玖しか、三玖の目には風太郎しか映らない。寒風が窓を揺らしても、二人の熱気にいささかも影響を与えることはなかった。
三玖は風太郎の目を見てどきりとした。
いつも涼やかで黒曜のような黒い瞳が、熱せられた刃のように揺らめきながら、自分の顔を、胸を、体を突き刺している。
三玖の想像の何倍も熱くて、恐怖すら覚えるほど研ぎ澄まされた男の目だった。
「いいよ、フータロー……」
言葉尻がかすれながらも三玖は自分の意志を示した。何が、とは言わなくても互いに触れ合った唇から、触れた胸から分かっていた。
風太郎はゆっくりと三玖の体を押し倒し、覆いかぶさるようにキスを落とした。
張り裂けそうなほど鼓動を打つ心臓のせいか、緊張のせいか震える指に集中し、三玖のブラウスのボタンに手をかけた。
一つ、二つ。
ほとんど日の下にさらされない三玖の真っ白な胸元から、甘い少女の香りが放たれ風太郎の鼻腔をくすぐる。
一人で抱えられずに死んでしまうのではないかと思うほどの愛をこの少女に抱いたことを、風太郎は信じてもいない神に感謝した。
三つ。
その豊かな胸を守る、普段着ているカーディガンのような空色の下着に目を奪われる。
四つ……
「ただいま帰りましたー!」
「「!?」」
四つ目のボタンに手をかけた所で、玄関から元気な大声が聞こえた。四葉だ。
三玖と風太郎は慌てて跳ね起き、三玖はボタンを留めなおし、風太郎は乱れた髪をすいて整えてやる。
「この靴……三玖―、上杉さん来てるのー?」
四葉の足音が大きくなってくる。最低限隠さないといけないものは何かどうすればいいか目が回りそうなほど慌ただしく考えながらなんとか身だしなみを整えた。
四葉の足音が扉の前で止まった。バンと勢いよく扉が開け放たれた。
「よ……四葉……早かったじゃないか。今日は午後まで練習に参加じゃなかったか……?」
「え、はい、そのはずだったんですけど、業者が工事に入るからって練習を切り上げたんです」
「そ……そうか」
風太郎は四葉に様子が変だと悟られないように必死で口を回すが、きちんと会話できているか自信がなかった。
「あれ、三玖、ボタン変だよ」
げっと二人は固まった。三玖の胸元のボタンが、留める穴を間違えて不自然なしわを作っている。
「ほ……本当だ、今直す」
「? 三玖、どうかした?」
普段と違う姉の様子を感じた四葉は、首をかしげながら問うた。
「あー四葉! 早く帰ってくるとは感心だなー! そんなに勉強がしたかったのか、はっはっは!」
ごまかすように大声を上げた風太郎を怪訝な目で四葉は見るが、飛び込んできた勉強という言葉に不信感が掻き消えた。
「えー……そうですね、あの……ご飯の後でします!」
「あ、逃げるな四葉!」
踵を返した四葉は、脱兎のごとく駆け逃げた。
「まったく……」
「フータロー」
「ん? 三玖どう……」
どうした、という言葉は言えなかった。三玖が精一杯背伸びしてキスをしてきたからだ。
気恥ずかしさにはにかみながら三玖は言った。
「私……フータローを好きでよかった」
四葉の介入で油断したところにこの一言は、ボクサーに顎をかち上げられた様に風太郎に効いた。
「まって四葉」
風太郎の返事も聞かぬまま、三玖は四葉を追いかけた。
「そんなのありか……」
思わず風太郎はへたりこむ。
キスされた唇を親指でなぞる。その親指に三玖の噛み痕があることに気が付き、一人で赤面した。
胸に溜めた息が熱をもって吐き出された。一人きりの部屋で、しかし言わないとどうにかなりそうな思いを口にする。
「俺も好きだ、三玖」
胸の内が温かい思いでいっぱいになり、目を閉じてその幸福感にしばらく身を預けた。