地理的違う所があったらごめんなさい
「皆、忘れ物はない?」
「大丈夫だよ。一花こそあの一角に持っていく物埋もれてるとかないよね?」
「何回も確かめたから大丈夫」
「じゃ、行きましょうか」
「はい。では」
――
「ふわぁ……お兄ちゃん大丈夫? 忘れ物ない?」
「大丈夫だ。らいは、別に寝てても良かったのに」
「修学旅行の予行演習と思っておくね」
「そうか。じゃあ」
――
「行ってきます」
いつものような慌ただしい朝の駅内に、いつもと違う彩が一塊あった。白い上に、黒い下。皆一様に同じ格好をした、つまり修学旅行へ向かう俺達学生の一団だ。
俺は先に来ていた班員、武田と前田と合流して出発までの時間を他愛もない話をして潰している。
「フータロー」
少しすると最後の班員も合流してきた。目の前の男どもはにんまり唇を釣り上げて振り返れと顎をしゃくる。
そのニヤケ面が気に入らないと小突いてから振り返った。
そこには五人の女子が立っていて、その中から一人が一歩前に出た。
「おはよう、三玖」
右側にかかる髪をちょっといじって、俺の恋人は優しく笑う。その柔らかい髪がトレードマークでもあるヘッドホンにふわりとかかって、特徴的なシルエットを表す。初夏の陽気に青いヘッドホンがきらりと光って、身にまとう青いカーディガンと相まって三玖の涼やかな印象を増す。
「おはよう」
姉妹の中では小さい方な声だが、俺には良く通って聞こえた。
後ろの四人はからかうように笑って、右端にいる一花が口を開いた。
「じゃあフータロー君、三玖をよろしくね」
「分かってる」
「といっても最初の伏見稲荷は一緒に行くからね」
「そうだったな。二乃、お前は神社やお寺ってガラじゃないと思っていたが」
「上杉さん、二乃は映えが欲しいんですよ映え」
「映えねえ……」
京都への期待からあれこれ他愛もない話を交わしていると、五月が眉間に力を込めて難しい顔をしていたので声をかけた。
「どうした五月。腹でも減ったのか?」
「なっ……違います! 私を何だと思ってるんですか!?」
「悪かった。じゃあ何だ、そんな難しい顔して」
「それは……その」
五月は口をつぐんで黙りこんでしまった。修学旅行のどこにそんな難しい顔をする必要があるのだろうか。
「もうすぐ新幹線が来るぞ。一組から移動しろ。学級長、点呼」
黙ってしまった五月からの言葉を待っていると、先生が声をあげた。
「五月、お前が何に悩んでるか知らんがせっかくの修学旅行なんだ。そう難しい顔をするな。皆心配するぞ」
「……はい」
五月は納得していないようだが、不承不承に頷いた。もう少し辛抱強く付き合ってやっても良かったが先生直々のお達しを無視するわけにはいかない。
「おい、四葉、行くぞ」
「あ、はーい上杉さん。行きましょう」
出発時間前の点呼の後、ホームに到着した新幹線に一組から乗り込んでいった。
「赤のスキップです。上杉君が赤を持っていない事は知ってるんですよ」
「くそっ。だが五月、お前、ウノって言ってないな」
「えっ? あ! いえいえ、言ってます。よね、一花」
「言ってませーん」
「詰めが甘いのよ」
「ははは、スキップで上杉君が出せないとなると三玖さんかな」
「最後の勝負だから、五月の納得いくようにしてあげようと思う」
「三玖~」
「甘ちゃんね。いいわ、私が叩き潰してあげる。出しなさい五月。あんたのカードを」
「行きます。黄色の2ドロー、そしてウノ!」
「おっと、俺のワイルド4ドローだコラ。上杉、お前が赤を持ってない事は分かっているが、それじゃ面白くねえ。それ以外の三つから選ぶぜ。そうだな……青、だ」
「しゃあ青の2ドロー」
「前田君、上杉君は青に愛されているのに不用意な事をするね」
「は? ……あー、なるほど、青ね」
「青ほんと好き。マジ青サイコー」
「ふ、フータロー……」
「どうした三玖。俺はただ色の話をしているだけだぞ。そんなたまたま着てるカーディガンが青だからって自分の事だと思うのは自意識過剰ちゃんじゃないのか?」
「ばかっ! もう知らない」
「おっと君も青の2ドローかい。僕も出そうかな。とっておきのワイルドカード」
「はあ!? あんたドロー持ってるの!?」
「そうとも。さて何色にしようか……そうだね、黄色なんてのはどうかな?」
「い……やったー! 唯一持ってたドローの色!」
「あれ? という事は私の番……」
「五月の2、前田君の4、上杉さんの2、三玖の2、武田君の4、そして二乃の2。えーっとつまり……え、16枚のドロー!?」
「あはは、もう笑うしかないね」
「うぅ……」
「五月ちゃん?」
「うわーん! 皆がいじめます!」
「よしよーし。まだあきらめちゃダメだよー」
……
「あがり」
「結局五月の負けか」
「あの後もドローの業を一身に受けてたらそりゃあね」
「もう絶対やりません。絶っっ対」
「あ、着きますよ。上杉さん、クラスの先導をしに行きましょう」
「ああ。じゃあ後で」
京都駅構内に学生がごった返すが、行きかう人々は気にした様子がない。京都へ修学旅行に来る学生など珍しくもないからだろう。
彼らにとっては見慣れた日常の一つでも、俺達にとっては非日常の始まりの一つだ。キョロキョロと落ち着かなく視線をさ迷わせる生徒に注意をして教師は主に三点を言った。
・ホテルに戻ってくる時刻は5時。
・しおりに載っている京都市内の範囲から外に出ない事。
・時間に間に合わない時にはすぐに知らせる事。
京都駅のほど近くにあるホテルに徒歩で向かい、大きな荷物を預けて、さあ自由散策の開始である。
「皆そろったね。で、どうやって行くの?」
「一花、お前話聞いてなかったな」
「あはは……ちょっと最近お疲れだったもので」
そういえばここ最近は学校を早退したりしていたな。撮影場所が遠いと帰りが遅くなる日もある、と三玖の話にも出ていたが、ギリギリまで予定を詰め込んでいたのだろう。
「そうだったな。これから京都駅に戻って奈良線に乗るんだ。そして稲荷駅で下りる。下りたら目の前に鳥居が見えるそうだからまあ迷う事は無いだろう」
「うん。オッケー」
「じゃあ行こう? フータロー」
音もなく俺の隣に来た三玖が、そっと俺の手をとった。俺はその手を握り返して先を歩く武田達について行く。
他にも京都駅から端を発する予定の班がちらほら道を歩いていた。その中でも四人班と四人班が一緒に行動する俺達はかなりの大所帯だ。
数分歩いて京都駅にまた戻って来た。その階段を見ていると、小学生のころの修学旅行を思い出す。
あの時憧れていた女の子に仲の良い男の子がいて、あぶれ者だと沈んでいた俺を必要だと言ってくれたあの子。初めて会ったのはこの階段だったな。
少し物思いに耽っていると、三玖が不思議そうに手を引いてきた。
「どうしたのフータロー?」
「……いや、ちょっと思い出してただけだ」
「小学校か中学校の修学旅行も京都だったの?」
「まあそんなところだ」
まさか他の女の子の事を考えていたとは言えまい。その子のおかげで今の俺と三玖の関係があるとはいえ、あまり面白い話ではないだろう。俺だって三玖の口から『あの時会った男の子のおかげで、フータローと付き合う事ができたんだよ』と言われたら面白くない。
「電車が出るまで十分ほど時間があるから、今のうちに所用を済ませておいた方がいいだろうね」
武田はその良く通る声で俺達にそう言った。
「四葉、今のうちにトイレ行っときなさいよ。いつもギリギリまで我慢するんだから」
「二乃、しー! 男子がいる前でそんな事言わないでよ」
四葉が真っ赤になって二乃に怒っていた。そういえば前に買い物に行った時もそんな事を言っていたな。
「境内にいくつもトイレがあるとは限らないんだから今のうちに行っとけよ」
「もー上杉さんのデリカシー無し男!」
べーっと舌を出して怒り心頭な四葉は駈け出して行った。さすがに言いすぎたか。隣の三玖が呆れた目で俺を睨みつけてくる。三玖に言ってもらえばよかったな。
「三玖」
「なに? デリカシー無し男くん」
「後で謝っておくから。あと俺もトイレに」
「分かった」
繋いでいた手がほどけると、俺はトイレに小走りに向かった。幸いな事にさほど混雑もしておらず、すぐに用を足せた。
皆の所へ戻ろうとすると、構内に黄昏ている四葉を見つけた。
「四葉、どうした。もうすぐ電車の時間だぞ」
「あ、上杉さん。いえ、皆の飲み物を買っておこうかなーと」
……さっきのは俺の考えすぎか。自販機を前に呑気に笑う四葉はいつも通りだ。俺の方が思い出の地に来たからって浮ついてるのか。
「自販機じゃ時間がかかりすぎる。売店でまとめて買えばいい。電車が来るぞ、急げ」
「待ってくださいよ上杉さん」
四葉が後ろから慌てて追いかけてくる足音がして、そしてすぐに抜かされる。余裕綽綽といった様子で俺の方を向いて、軽やかにバックステップを踏むように走る。
「上杉さーん、い・そ・げ」
明るく笑って走る四葉に先導されてホームに駆けこんだ。たいした距離でもないがそれだけで俺の息は切れ切れだ。
「四葉、フータローは体力無いんだからあんまり引っ張りまわさないであげて」
「あはは、ごめんごめん」
「はぁ……はぁ……言い返せねえ」
最近の俺は少しずつではあるが体力作りに勤しんで、体力がついてきているんだ。ようやく三玖に勝てる程度だが。
「電車が来るよ」
「あの、……一花、さん。飲み物でも買ってきま、あー、こようか」
「大丈夫だよ、ありがと。でも前田君、彼女さんと一緒に回らなくて良かったの?」
「あ、はい。アイツは部活の仲間と一緒に回るって。むしろ付き合ってるから一緒に回るっていう上杉達の方が珍しいんじゃ」
「そうなのかな。そーなのかなぁフータロー君」
「俺に振るな」
ホームに電車の到着音が鳴り響いた。ホームに滑り込み、キィッと耳障りなブレーキ音が耳朶を打つ。開いた扉から乗り込むと、さすが京都だ、外国人の乗客が多くいた。
考えていたより近い場所らしい。話題の一つも消化しきらないほどの時間で稲荷駅に到着した。
下りて駅を出ると調べた通り目の前に大きな朱色の鳥居が鎮座していた。
「わ、本当に目の前なんですね」
五月はその光景に目を白黒させる。鳥居と言うものは俺達の身近にもあるが、これだけの物はそうそうお目にかかれない。
「おーい君達」
鳥居の前にいた大人が何故か馴れ馴れしく声をかけて来た。よく見ると首にカメラを提げている。学校の雇ったカメラマンだろう。
「わお、大所帯だね。早速だけど一枚いいかな?」
「もちろんです。いいよね、皆」
「まあ反対する理由もないでしょ」
武田と二乃に促され、俺達は鳥居の前に立ってポーズをとる。何枚かポーズを変えて撮って、うんうんと頷いた。
「ありがとう、良い写真が撮れたよ」
「あの、すみません」
俺はカメラマンが手を空けた所を見計らって声をかけた。
「これで撮ってくれませんか」
そう言って使い捨てカメラを見せた。彼は意外だという顔をして、そして笑った。
「うわ、渋いね。いいよ、じゃあ皆もう一度……」
「そうじゃなくて……」
旅の恥はかき捨て。俺は三玖の手を握ってこう言った。
「二人で」
「ししし、そういう事なんですカメラマンさん」
呆気にとられた顔をしたカメラマンに、四葉はおかしそうに笑いながら語り掛けた。
「あぁなるほどね。ははは、そりゃもちろん構わないよ」
俺は持っていた使い捨てカメラを渡した。とすると、三玖は俺の袖を引っ張ってきて、赤らめた頬のまま言う。
「フータロー、何でそんなすぐに言っちゃうの?」
「せっかくだからプロに撮ってもらえばいいだろ。どうせ俺達の積み立てからあの人の給料は出てるんだし」
「フータローの貧乏性、久しぶりに見たかも」
どうやら納得してくれたようだ。観念したようにため息を吐いて鳥居の前に立つ。
「もうちょっと近づいて」
十分近づいているが、プロの言う事に従っておこう。隣の三玖にもう半歩近づいて、その肩を抱いた。いつになく大胆な事をしているように思えたが、周りの観光客を似たようなポーズをとっているのだ。木を隠すなら森の中、ということわざではないが、いまさらカップルの一組二組増えた所で気にする人はいないだろう。
「ふ、フータロー……」
「旅の恥は搔き捨て、だ」
「ばっちり記録に残るんだから捨てれないよ……」
三玖はまごまごとして俯き気味な顔は暗く見える。こうあってはせっかくの可愛い顔も台無しだ。一つ策を弄してみよう。
「嫌か?」
これは少しいじわるだろうか。こう聞けば、
「嫌じゃない……けど」
と答えてくれる事は分かっているんだから。
「こっち見て。背筋を伸ばして少し顎を引いて」
言われた通りに姿勢を正してシャッターが押されるのを待つ。
「はい、撮るよー。はいチーズ。……はいオッケー」
「すみません、もう一枚」
「使い捨てってスマホみたいに何枚も撮れないけどいいのかな?」
「お願いします」
「はいもう一枚いくよ」
俺は三玖の肩に置いていた手を腰に回す。
「撮るよー」
カメラマンは手をあげて撮る時を知らせてくる。シャッターを押そうとするその瞬間に、俺はそっと三玖に囁いた。
「好きだぜ」
「えっ……ええっ!?」
驚いて、そして真っ赤に染まった顔がぽかんと大口を開けて、そこからびっくりする声があがった。
「あはは、三玖―、良い写真じゃないの」
「もう! フータローのばか!」
「ははは。修学旅行のベストショットが撮れてよかった」
「まだ一日目ですけれど」
「それでもだよ」
カメラマンは笑顔のまま使い捨てカメラを俺に返す。それを鞄に収めて礼を言い、俺達は境内の奥へと入って行った。
「大きいね」
朱色の鳥居をくぐり少し歩くと、これまた朱色の門が目の前にある。
「この楼門はね、豊臣秀吉が造営したんだよ」
三玖の目がキラキラしてそんな事を話し出す。最近は鳴りを潜めていた三玖の歴女な所が顔を覗かせて、俺はその話に聞き入る事にした。
「秀吉はお母さんの祈願が成就したら一万石寄付するっていう“命乞いの願文”があってね。昭和48年に楼門の解体修理をした時にその願文の年次と同じ秀吉の墨書が見つかって天正17年に建てられた事が分かったんだって」
三玖史上一番の長文に並ぶほどの長文を一息に言うと、満足したように息を漏らす。
「三玖―、フータローくーん、早く千本鳥居に行こうよー!」
話に夢中になって気が付かなかったが皆は本殿の横まで行っていて、一花が大きく手を振って呼んでいる。少し罰当たりかもしれないが手短に参拝を済ませて皆の下へ合流する。
「これがそうなんですか?」
「いや、五月さん。僕たちが想像している千本鳥居はもう少し先だよ」
本殿の横を抜けて少し階段を登ると、大鳥居の立ち並ぶ場所へ出た。早とちりした五月がぱっと顔をほころばせてスマホ撮りだしたが、武田の指摘に赤くなってポケットに収めた。
「別にいいじゃねえか」
「もちろんこの鳥居だってここでしか見られない物だよ。ごめんね五月さん、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだ」
「いえ、私の方こそ……」
「お詫びじゃないけど写真を撮ろうか。ほら、中野姉妹は集まって」
武田の声に俺の持っているパンフレットをのぞき込んでいた四人は顔を上げる。
「強引ね」
「いいじゃん。二乃、あんな嬉しそうな五月ちゃんを裏切るつもり?」
「うっ……そんな事言ってないでしょ! いくわよ四葉」
「わわっ、引っ張らないでよー」
先を行く三人に、三玖は俺を一瞬ちらりと見上げてからついて行った。
五人が鳥居の前に並ぶと周りにいた男どもの視線が突き刺さる。やっぱりあいつら顔がいいよな。普段はそんな事特に考えないが、今ばかりはそう思った。
「いくよー。1+1は?」
「「「「「にー」」」」」
にこやかに、華やかに、密やかに、元気いっぱいに、生真面目に、五者五葉の笑顔を写真の一枚に収めた。周りの視線がチクチク刺さる事に気が付いた五人はさっと忍者のように散り散りになった。
「ただいま」
それこそ忍者かと疑うほどに静かな足音の三玖が、いつの間にか隣に来ていて俺の手を握った。
「うお、びっくりした」
「失礼な」
むっと頬を膨らませた三玖は握っている手の力を込めて抗議の意を表する。
「悪かった。行くぞ」
そそくさと大鳥居の先に行っていた皆を見つけたので慌てて追いかけた。朱色の太い柱が、間から見える苔むした緑と不思議なコントラストを生み出し、異世界のように感じられる。人が来たがる訳だ。一人納得しながら千本鳥居の前に到着した。
「うわーこれが有名な千本鳥居かあ……」
四葉が開いた口から驚きと、そして圧倒される声が零れ落ちてくる。口には出さないが皆同じような事を思っているだろう。
朱色の鳥居が幾重にも重なるように並んで、赤の幻想的なトンネルをつくる。鳥居と鳥居の僅かな隙間から光が木漏れ日のように漏れて、行き交う人々の髪をキラキラと煌めかせる。
「ねえ二手に分かれてるけど、どっちがどっちとかあるの?」
スマホを片手に写真を撮りだした二乃が三玖に聞いた。
「どっちでもいいらしいけど、でも巡礼の基本は時計回りって何かで見たから、向かって左側から行く方が正しい……と思う。四国のお遍路巡りも徳島高知愛媛香川の順で時計回りでしょ?」
「当たり前のようにお遍路を引き合いに出さないでよ」
「あれ、どこがどうだっけ?」
「もうしっかりしてください四葉。四国の右上が香川県でその下が徳島、その左が高知県で上に愛媛ですよ」
「地理の問題だと0点の説明だぞ。なんだ上とか下とか言いやがって。北とか南とか言え」
「あ? 何か変だったか?」
「喜べ四葉。同レベルがここにいたぞ」
「ヨツバ、マエダ、トモダチ」
「なぜカタコト」
「写真撮っておこうよ皆」
くだらない話に終始しそうだったところに一花の救いの手が差し伸べられた。人がごった返す合間を縫って、千本鳥居の前に立つ。
俺達の班、姉妹、そして俺と三玖のツーショットの順で撮り、俺のカメラでも一枚撮っておく。
「さあ行こーう」
四葉が切込み隊長となって先頭を進んでいく。
しかし、人が多いとは言えここの不思議な魅力はいささかも薄らぐことがないようだ。
鳥居の足元が黒だから、下の方がこころもち薄暗くて気味が悪いような気がするのに、朱色に光が当たって起こる明るさとの対比は、そこに人ならざる何かでもひょっこり顔を出してきそうだ。連なる赤が緩やかに湾曲していって、視界に映るのは赤赤赤。先の見えない道は、永遠にこのままではないだろうかと楽しくもあり、ぞわりと心をかき立てる。霊なんてものは信じていないが、ここにいるとそんな心情も奉納したくなる。
「凄いですね。世界がここだけになったみたいな、そんな錯覚を覚えます」
五月がそう言うと他の姉妹も、武田や前田すらもうんうんと頷く。
目もくらむほどの朱色の世界に終わりの兆しが見え始めた。ずっと続いていた鳥居が途切れてお社が見える。
先頭の四葉が飛び出すと狭い箱から解き放たれたように大きく伸びをした。
「う~ん、圧倒されすぎて気疲れしちゃいました」
「私もだわ。凄いわ、さすがパワースポット」
先を行く二人に追いついて参拝所に手を合わせる。こっちこっちと三玖に手を引かれ建物の横を抜けると上に石が乗った灯篭が二つあった。
「おもかる石。フータロー、一緒にしよ」
願いを込めながら石を持ち上げて、それが軽かったら叶いやすく、重かったら叶いにくいという伝説をもつ石だ。
にこりと笑う三玖に水を差すわけにもいかないので一緒に持ち上げている人達の列に加わる。
「あ、三玖抜け駆け~。私達もやろう」
そんな俺達を見つけた一花が皆を引き連れて来た。
「明日あいつと地主神社ってところでなんとか石の試しをするとか言われてんだよ。京都って石ばっかりじゃねえか?」
「えー前田君恋占いの石やるの? いがーい」
「言われてだよ、言われて」
「もっと乗っかってあげないと。そんなんだと彼女さん傷つけちゃうよ。結構気にしてたりするんだからね」
「そ、そういうもんスか」
「そうッスそうッス」
苦い顔をした前田の肩を一花はバシバシ叩いて笑った。
「こういう物に女性は恋愛の願いを込めるのかな。くくく、上杉君と三玖さんがしたら紙屑のように軽いんだろうね」
「女性は恋愛ばっかりっていう偏見だわ偏見」
「おや、それは申し訳ない。では二乃さんは何を願うのかな?」
「人に聞くなら自分から先に言いなさいよ」
「僕かい? 僕の願いは宇宙飛行士になる事さ」
「えー! 武田さん宇宙に行くんですか!?」
「四葉、声が大きいですよ」
「あ……す、すみません、えへへ」
いつものような声を出してしまった事を恥じ入りながら、四葉は誤魔化すように小さく笑った。
「私達の番だよ」
ぼけっと後ろの会話を聞いていると、三玖がくいっと袖を引いてきた。ちょこんと小首をかしげて上目遣いな彼女は相も変わらず可愛らしい。
そんな三玖の頭を一撫でしておもかる石の前に立った。
何を願うか、なんて……
「?」
隣にいる三玖の大きな蒼い瞳が瞬いて、俺が映っている。
俺の願いは、もちろん。
石を握る。指の腹にざりざりとその感触を感じながら持ち上げると、あっけない程に軽く感じた。リレーで持たされるバトンのように、これを持ったまま走りだせそうにすら思えてくる。
石を戻して後ろの人のために横にどいた。
三玖はにこにこと微笑みながら尋ねて来る。
「フータローどうだった?」
「紙みたいに軽かったぞ」
「えへへ、私も」
「何を願ったんだ?」
「んー? えっとね……」
そのまま踊りだしそうなほどに上機嫌に体を揺らしながら、三玖は俺の手を握って来た。
「こういう事、だよ」
今日の京都の陽気のように、爽やかに笑いながら、首元の青色が光る。
「フータローは?」
「分かってるだろ」
「聞きたい」
三玖は手を離すと、俺の真正面に向き直る。その期待に光る顔をちょっと驚かせたい。
俺は一歩踏み込んで、そっと三玖の背中に手を回した。
「こういう事、だ」
「……うん」
小さく声を漏らした三玖が背中に手を回し返す。
「そ・こ・ま・で!」
華奢な体から伝わってくる温かさを感じていると、頭を思いっきり叩かれた。
「いてえ。何すんだ二乃」
「何すんだはこっちのセリフよ! あんたこんな京都くんだりまできていい加減にしなさい」
「旅の恥は……」
「うるさい。それは普段秘めやかに過ごしている人間だけが言って良いセリフだわ。ただでさえ恥ずかしい事を平気で普段からしているくせにまだしたりないの?」
「人生という旅を生きているから、普段から恥はかき捨てても良しという結論を俺は最近考えたんだが」
「いちびってんと!?」
「え、何?」
「お、使うか分からなかったけど、調べた京都弁出たね」
「ふざけてるの、って言ったんですよ」
「ああ、なるほど」
「お喋りはそのへんにしておこう。早く行かないとお昼の時間が遅くなるよ」
「下で稲荷寿司食うんだろ」
男二人は呆れ顔で俺の背中を叩いて先を進んで行った。そうだ稲荷山の上まで行って帰ろうとすると二時間近くかかると事前に調べたじゃないか。今の時間から言えば、参道を巡って下れば昼食の時間に丁度よくなるが、こう話し込んでいては予定が狂ってしまう。
「行こう」
俺は三玖の手を引いて歩き出した。
「そうそう。こっちはお荷物二つも抱えてるんだから、早め早めに行動しないと」
「誰の事」
「あら三玖、心当たりが御有りのようで」
「大丈夫だよ。いざとなったら私がおんぶしてあげるから」
「ははは、じゃあ上杉君は僕がおんぶしてあげようかな」
「俺史上一番運動に対してやる気が出たぞ」
そこからは足を止めずに、回る口も止めずに歩き出した。額から軽く汗が流れるほどに歩くと、ある階段を登ったところで五月の目が輝きだした。
「甘味処ですよ。ちょっとお団子でも食べて休憩しましょう」
反対されるとは全く思っていない五月が一花と店に入っていった。やれやれと肩をすくめながら他の皆も入って行く。
「俺、小学生の時にもここに来たんだけど、そのときはここまで登ってこなかったな。班の女子が『高いの清水寺で十分じゃん』とか言ってよ」
甘い物が出てくるまでの会話で前田がそんな事を言いだした。途中の女子のセリフを甲高い調子で言う物だから、その顔面のおっかなさとのギャップに皆吹き出した。
「あはは、確かに小学生の足だと厳しいかもね。ここだけ見るならいいけど、他に行きたい所があるならちょっとここは時間がかかるから一部諦めるのも手かな」
一花がそう話を区切ると、図ったかのように団子とお茶が出て来た。
「そういえば、皆は過去に京都に来たことがあるのかい?」
武田は団子を食べながら皆に聞いた。五姉妹は顔を見合わせて、二乃が答える。
「私達はそうね。前田と同じで小学生のころに来たわ」
「フータローもなんだよね?」
「ああ」
「そうか。じゃあ修学旅行で京都に来てないのは僕だけかな」
「どこだったんですか?」
「小学校の時は北海道だったよ。行ったのが秋でね、本州は熱いのに北海道は涼しかったな。冬でも半袖短パン君は震えていたね」
昔を思い出しながら、武田がくっくと小さく笑っていた。二乃は四葉を見て思い出し笑いをする。
「そういうやらかす人ってどこでもいるのね」
その視線に呼応するように、三玖も思い出したように笑い出した。
「そういえば私達にもあったね。あの時は四葉が……」
「やめて」
四葉の口からピシャリと会話を遮る、さほど大きくはないのだが良く通る声が飛び出す。俺のみならず、姉妹も驚きを隠しきれない顔で四葉を見つめていた。
「いや、その……あはは、小学生のころの黒歴史を掘り返して欲しくないかなーって」
「あ、そう? ごめんね四葉」
「私こそいきなり大声出してごめん」
二乃と三玖は正直よく分かっていないような顔で、けれども怒っているかもしれない妹の機嫌を損ねないように優しく謝った。
皆が食べ終えて会計を済ませると、参道に戻り頂上を目指して歩き始めた。四葉は普段通りに五月と会話を交わしている。よほど恥ずかしい思い出だったのだろうか。
道中には小さな祠と、納められた大小様々な鳥居が数えるのが億劫なほどに溢れている。
「あそこだけかと思ったけどよ、結構どこでも千本鳥居みたいな感じに並んでるんだな」
「そりゃあそうさ。なんたって納められた鳥居は万を優に超えるらしいからね」
そんな話をして、俺と三玖の体に汗の一筋でも流れるころになってようやく頂上へたどり着いた。
稲荷山の頂から京都の街を一望できる。クラスメートの誰かが言っていたが昨日の夜に少し雨が降ったらしい。そのおかげか空は澄み渡って、街の遠方までをはっきりと見通せる。
「見て、さっきまでいた京都駅が見えるよ」
隣の三玖が晴れ渡る京都の街を指さしながら笑って言った。その言葉にどこか引っかかる物を感じながら、その指の先を目で追う。
特徴的な作りをしたタワーが見えるので、すぐそばが京都駅なのだという事は用意に分かった。
それだけだ。ただ、それだけなんだ。……しかし俺は、何が引っかかっているのだろうか。
「どうしたのフータロー?」
三玖は心配そうに俺を見つめてくる。
「いや、ちょっとな」
自分の中で言語化できていない物を、人に伝える事ができるだろうか。この朝の霞のような不確かな胸の内をさらけ出すのは、少しカッコ悪い気がして、この事を話すのならもっと自分の中で固まってからにしよう。
「むむ……」
「そんな顔するな」
不満そうに眉根を寄せる三玖の髪をさらりと触れながら誤魔化す。こんな変な事を思うのも、京都の街がそうさせるのだろうか。
「まだ見るのー? 先に下りてるよー」
「すまん、今行く」
スマホを片手に大きく手を振る一花に手を振り返し、
「行こう、三玖」
隣の手を取って歩き出した。ちょっと誤魔化し臭いか。三玖は膨れて言え言えと言葉には出さないが伝えてくる。
「なあ」
「なに?」
なおも口を尖らせて不満そうな三玖の額にそっと顔を近づけた。
「ひゃっ!」
「機嫌直してくれ」
「ご、誤魔化されないんだから」
握っていた手を離して、三玖は両手で額を抑える。山登りで良くなった血色の頬に、それ以上の赤色が上書きされて、わなわなと口元が震える。
「さ、行こう。五月が怒りだしそうだ」
一度笑いかけて、そのまま一人で歩き出した。
「あれ、三玖は?」
「置いてきた」
「ふふ、そうなの? じゃあお姉さんが隣にいてあげよっか」
皆の後列にいた一花は振り返ると一人の俺に不思議そうな顔を向けたが、俺の言葉に悪戯っぽく笑ってそばに来た。
後ろから力ない足音が立つ。その発信源は俺と一花の間に割り込んだ。
「だめ」
「あはは、取らないよ」
一花はおどけて両手を上げると、今度はおかしそうに笑った。そのまま一花を交えて会話する。しかし、余裕そうな一花とバテだしている俺達を見るとどれだけ体力がないんだとがっくりくるな。
下りは千本鳥居の通っていない方を通り、祭場、本殿、楼門と戻っていく。
「えーっと……稲荷駅から、あ、こっちです!」
食事は五月が伏見稲荷大社に行くなら稲荷寿司を食べたいと言っていて、あいつが事前に調べていた店に向かった。
少し古めかしい木の外観の店に入ると、俺達のような修学旅行に来た学生や、観光に来た外国人が席に座っていた。
席は少し空いていたが八人がいっぺんに座れるほどには空いていない。
「あ、武田くーん」
どうしようかと悩んでいると、とある一団から声がかけられた。その方向を見ると同じクラスの班がおいでおいでと手を振っている。
俺達は相席にも助けられて皆で席に座る事が出来た。武田と、友人がその班にいた二乃が相席する事になった。残された六人は残念ながら少し離れた席に座る。
事前に決めていた稲荷寿司とうどんを注文して舌鼓を打つ。
「美味しいね五月。お稲荷さんでお稲荷さんってなんの冗談かと思ったけど、来てよかった」
「でしょう?」
四葉に褒められた五月は誇らしげにふふんと鼻を鳴らしながら答えた。甘い油揚げと酢飯のコントラストがきいていて、黒ゴマの食感が口を楽しませてくれる。ここの稲荷寿司は持ち帰りもできるらしいが、さすがにらいはのお土産に持って帰る事はできないだろう。
「そういえば、お前らはこれからどうするんだ?」
「わはひ……」
「あーもう五月ちゃん私が話すよ。とりあえず京都駅までは一緒に行くよ。そこから二乃について行ってショッピングしたり、いろいろかな」
「京都に来たのにお寺を見ないなんて……」
「まあ京都っていくつもお寺あるから、駅の近場の建物を適当に見るよ」
二乃と並んであまり神社仏閣に興味のない一花は気楽に答えた。
「あ、じゃあ私達と本願寺見に行く?」
「本願寺? うーん二乃は早く買い物に行きたいだろうからどうかな~」
「私がどうかしたの?」
早めに食事を終えた二乃がこちらの席にやって来た。三玖の席に無理やり座って会話に加わる。
「邪魔なんだけど」
「いいじゃない」
ケンカするほど仲が良いと言うが、二乃と三玖は姉妹の中でも特別な感じがするな。なんというか一番想像しやすい姉妹っぽいとでも言おうか。
食事を終えた俺達は駅に戻り、京都駅への電車に乗った。
疲れた体を電車の席に沈めるように深く腰掛けると、肩にポテンと何かが乗る感覚がした。
「ありゃ、三玖寝ちゃったのかな」
四葉の言う通り三玖は寝てしまったようだ。俺の頭に乗ったのは三玖の頭だった。その白い肌に昼の光が差して真珠のように光り輝く。伏せられた瞼に、長い睫毛が虹色に彩られて、桜色の唇から小さく息が漏れる。
可愛いな、こいつは本当に。
そっと起こさないように頭を撫でてやると、むずむずと嬉しそうに身をよじってへにゃりと笑った。
甘い少女の香りが俺の鼻をくすぐる。満腹になった事と、温かい日差しに思わず俺の瞼も重くなる。
「おい上杉、寝てる場合じゃねえぞコラ」
「ふぁ……分かってるさ」
この電車はすぐに京都駅に着く。のんびり眠っている時間なんて無い。
「起きろ三玖」
「ん……」
伏せられた瞼がゆっくりと開かれると、三玖の青い瞳がぼうっと焦点を結ばないまま、何となく俺の方へ向けられる。寝ぼけ眼が俺を捉えると、柔らかく、優しく、温かく、愛しく、およそ恋人に向けられる全ての好感情を込めた笑顔がふわりと三玖の顔にまとう。
「おはよ……フータロー」
息が出来ないほどに胸が跳ねる。こんな他の人に見られる場所でそんな笑顔を見せるんじゃない、と文句すら言いたくなる程に、その顔は魅力的だ。じりじりと三玖の顔が近づいている事に気が付く。俺は磁力に引かれるように、三玖の唇に引き寄せられそうになっていた。
《次は京都、京都》
車内放送が響く。自分の置かれた状況を思い出してさすがに赤面した。三玖はまだ状況がつかめないのかふにゃふにゃ笑って俺に抱き着いてきた。
「本当にお前らいつもベタベタしやがって。クラスの奴らが公認カップルの誕生だとかアホな事言うのも頷けるぜ」
「は、あいつらそんな事言ってんの?」
もっと詳しく聞こうと思って前田に質問を差し向けようとするが、電車は止まってドアが開き、皆はさっさと下車の支度を整えた。
「薄情者」
「さっさと三玖さん起こして来い」
言われなくても。
「三玖、起きろ」
立ち上がりそうにない三玖を無理やり引っ張って立たせる。正直おも……いや何でもない。
三玖は毛づくろいする猫のように顔をこすると、小さくあくびを漏らして体を震わせる。
「ふあ……」
「お前ほんと可愛いな」
「え、何?」
「何でもない。もう京都駅着いたぞ」
三玖の手を引いてホームに下りた。駅構内から出て皆と合流する。
「三玖、大丈夫ですか? 疲れているのでしたら私達と一緒に行動しますか?」
京都駅から出て来た俺達を真っ先に見つけた五月は、眠たさの残る眼付きの姉を心配して労わるように体に触れた。
「ううん、大丈夫。せっかく京都に来たんだもん。めいいっぱい楽しみたい」
三玖はぎゅっと握っている手の力を込めて、俺の方に顔を向けて微笑む。
さて、それは誰とでしょう? と質問をされているように感じて、なぜだかむずがゆい気さえしてくる。握っていた手の力を抜き、そして指を一本一本絡ませた。答えは、俺と。
「じゃあ、私達とはここで解散ね」
二乃はそんな俺達を見て呆れたように笑うと、一歩二歩、通りへと足を向ける。いわゆるお洒落な店に行って買い物を楽しんでくるのだろう。
「上杉さん、学級長なんですから点呼の時間には帰ってきてくださいよ」
「あれ、点呼ってそんなすぐだっけ?」
「ご飯の前、としおりには書いてありますけど」
「そうやって余裕だと危ないんだよ。自爆、誘爆、御用心」
「物騒な事言わないの。四葉また何かのアニメか映画でも見たんでしょ」
「ししし、バレた?」
「じゃあまた後でねー」
一花が先だって手を振ると他の三人も手を振り、そして街の方へと歩いて行った。
俺達はしおりに書き込んだ一日目のスケジュールを確認した。
「さあ僕たちも行こうか。タイトなスケジュールになるから覚悟しておくように」
と前を歩いている武田はさらりとそんな事を言う。こいつらは平気なんだろうが、俺と三玖に向けて言ったセリフだろう。
「なあ予定決めの時から気になってたんだけどよ、何で最後に一番遠い所に行くようになってんだ?」
「何だい前田君、金閣寺には行きたくないのかな?」
「そうじゃねーけど、普通こういうのって先に遠い所に行って段々集合場所に近づくルートを作らないか?」
確かに学級長の仕事の一環で他の班がどう行動するかを見たが、前田のいう通り先に遠方に向かってホテルへ近づいて行くような、集合時間に間に合うように考えられた物が多かったように思う。
「ふふふ、実は時間を越えてもいいのさ」
「え?」
「どういうことだ?」
「超えてもいいとは正確じゃないね。まあ、カメラマンがホテルに戻ってくるまでに帰っておけばいいと言い直そう。そしてここにカメラマンの予定表がある」
「お前そんな物をどこで……」
「おや、上杉君は覚えがあるはずだけど?」
憎たらしいほどの爽やかな面を見ながら記憶を辿ると、そういえばあったな。模試の時、関係者以外が入手できないような回答を持っていたっけか。今回もこいつの親父が特別に用意でもしてくれたのだろう。
「これによると彼は最後に金閣寺に立ち寄るそうだ。そしてその帰りについて行けばなんとか怒られずに済むという具合さ」
「普通に帰ったほうがいいと思うけど」
「いいじゃないか、たまにはこんな事も。それに信頼できる大人と一緒なんだから、他の遅刻する生徒よりよっぽど良いと思うけどね」
にやりと少し意地の悪い笑みをこぼして武田はそのコネの塊みたいな紙を鞄にしまった。
「馬鹿とハサミと金とコネは使いようってね」
「何か増えてるぞ」
軽口に軽口で返しながら、京都の街を歩いて行く。あまり旅行というものに縁のない俺としては、少しでも楽しめるならそれに乗っかるのは、まあやぶさかではない。少しの悪知恵くらい使ってやろうか。
三玖の顔を見て、ふっと微笑みをつくる。
俺達の京都散策を始めよう。