三玖と恋するフータロー   作:アランmk-2

2 / 32
この話の風太郎はだいぶ思春期しています


溢れるほどの血が巡り

 自慢じゃないが俺は優等生である。

 息を吸うように関数を解き、息を吐くように英構文を覚え、瞬きするように歴史年表をそらんじ、鼓動を打つように文脈を読み解き、眠るように化学式を組み立てる。それをおかしいと思った事はないし、進学するにしろ就職するにしろ同じように学ぶことを止めないだろう。

 それがこの間からどうだろう。

 息を吸うように三玖の事を思い、息を吐くように三玖を探し、瞬きするように三玖を見つめ、鼓動を打つように三玖に触れたく、眠るように三玖とキスがしたい。

 寝ても覚めても三玖三玖三玖。

 どうやら俺は完全に三玖にやられてしまったらしい。

 昔なら鼻で笑い、『バカの病気だ』となじっただろうが過不足なく理解してしまった。

 

 これが恋の病というやつなのだと。

 

「フータロー」

 どちらが言ったでもないが、登下校は二人でするようになった。朝っぱら、または帰りしなまでそんなにべたべたしなくていいだろう、と揶揄していた物だが自分が同じ立場になればそんなことは言えなくなった。どれだけ一緒にいても、なんて時間がないんだと嘆いてしまうほど、二人の時間を短く感じてしまうのだ。

 ガードレールに身を預けた三玖が、俺の元に走ってくる。

 走る一歩のたびに髪がふわりと流れ、スカートがはためく。喜色満面の様子が、前髪で顔半分近く隠れていても分かる。引力で物体が引き寄せられるように、俺の視線は三玖に引き寄せられて離れない。

「おはよう」

 三玖が目の前までくると、俺の顔を上目遣いで覗き込んできた。

 すこし走って軽く息があがり、頬が赤らんでいる。

 そういう顔を見るだけで俺の心臓は早鐘を打ち、体は雷がはしったように痺れるほどの心地よさに包まれた。

この目の前の女の子が自分を必要としてくれて、恋人という関係である事実は何て幸福なのだろう。

「おはよう、三玖」

 それだけで、三玖の顔がぱっと華やぐ。口元が緩み、目元が笑う。笑顔というのは、他の姉妹からやクラスメイトから向けられる物もあるが、どうしてこの三玖という子からもらう笑顔はこんなに嬉しいのだろう。

 恋人になったからといって、話すことが劇的に変わったということはない。

 俺は勉強のこと、その過程で読んだ本のこと。三玖は好きな戦国時代のこと、姉妹や友達のこと。他愛もない話かもしれないが、その他愛のない時間こそが何より愛しい時間だった。

 学校が近づくにつれ同じ制服を着た生徒が増えてきた。

 三玖の視線が先の女子グループに止まる。そこにはクラス内で三玖とよく話している女子達がいた。一歩俺の前に出てくると胸の前で小さく手を振った。

「フータロー、また後でね」

「なあ三玖、何で秘密にしてるんだ。別に隠さなくたっていいだろ」

駆け出そうとしていた三玖にそう尋ねると、振り返ってこちらに戻ってきた。

 少し俺の顔を見ると、赤くなって俯き、指先をつつき合わせたり遊ばせたり何をいうか考えているらしい。

「それはフータローが……」

「俺が?」

 言う事が決まったのか顔をあげて言った。

「フータローがかっこいいって分かって好きになる女の子が増えたら嫌だから」

 言い切ると、湯気があがりそうなほど顔を真っ赤にして俯いた。熱くなったのか両手で顔を扇いでいる。

「そ……そうか」

 聞いた俺も顔が熱くなった。きっと鏡で見たら真っ赤な顔をしてるだろう。

「それにね」

 踵を返して俺に背中を向けると、

「私達だけの秘密ってドキドキしない?」

 そう言って女子グループに駈け出して行った。

「……言い逃げはずるいぞ、三玖」

 ただでさえ頭の中は三玖でいっぱいなのに、そう言われたら余計に意識してしまうじゃないか。

 

どんなに恋に浮かれトンチキになっていても、授業となれば頭のスイッチが入るのか、冷静に先生の話を聞けている。

「それでは③を……中野さん、読んで下さい」

 クラスの中で小さく笑い声が聞こえた。

「どうしました?」

「せんせー当店ではより取り見取り五人の中野さんがいまーす」

 いつもふざけている男子が面白おかしくそう言うと、クラスの笑い声が大きくなった。

「本当……あ、そうだった。ええー五人もいるの?」

 先生はクラス名簿を見ながらうんうん唸ると、

「では③なので三……みく、でいいのかな。三玖さん読んでください」

「はい」

 三玖がすっと静かに立ち上がり、綺麗な声で読みだした。

 一花のように人に聞かせるために磨き上げた声とも、二乃のように多くの友人と話すために身についたよく通る声とも、四葉のように体育会系にもまれる中で出るようになった大きな声とも、五月のように性格の真面目さがそのまま表れたような芯のある固い声とも違う、ともすれば埋もれてしまいそうな三玖の声。けれど俺はその優しい声が好きだった。

 こっそり三玖を見る。

 その片目を隠すようにかかるセミロングの重めの髪型や、他姉妹に比べて物静かで少し暗いとも取られる性格から猫背や俯きがちといったイメージを抱きやすいが、意外にも(と言ったら失礼か)しゃんとした姿勢をしている。

 人に見られる仕事の一花や、お洒落に熱心な二乃が身近にいるからだろうか。

 真っすぐに伸びたすらりとした足、背中は丸まらずに胸を張っていて立ち姿が綺麗だ。

 胸……

「はいありがとう中野さん。ああ、中野三玖さん」

 読み終わった三玖を座らせて、要点を黒板にまとめつつ話を始めた。

 座った三玖は俺の視線に気が付いて、微笑みながら小さく手を振った。

「っ!」

 いつもはクラスメートが答えられずに授業が詰まるなら最初から俺に当てろとすら思っていたが、この時はどうか当ててくれるなと信じてもいない神さまに祈った。

 こんな赤い顔で立つなんていいさらし者ではないか。

 

「焼肉定食、焼肉抜「ありで」

 昼食。俺がいつものように注文をしようとしている所に、横から口が入った。

「三玖……て、どうした」

 俺の出した200円の上にもう200円を置いたのは、何故かヘッドホンをしていない三玖だった。

「行こう。あの席空いてるよ」

「え、おい待てって」

 焼肉皿のある焼肉定食(当たり前だが)のトレーを持って三玖を追いかけた。窓側でもなく、ウォーターサーバーも置いていない比較的人目につかない席に座った。俺は三玖を知る人なら誰でも抱く疑問をぶつける。

「ヘッドホンはどうしたんだ」

「当ててみて」

 三玖の返しにはてなが浮かんだがすぐに見当はついた。

「一番の特徴を外せば、五つ子の誰が誰だか分からないってことか?」

「正解」

 初めて三玖を見分けられたあの瞬間を引き合いに出してからかってきた。

 付き合うようになってから三玖から何回も聞いた話だが、あの時は今までで三番目に嬉しかった瞬間らしい。ちなみに一位は同率で告白が成功した時と初めてキスした時だとか。

「三玖ー、上杉君」

 学食に入ってきた女子グループの一人がこちらを見つけると駆け寄ってきた。

 星の髪飾りをつけた長い髪。五月だ。俺達の席のそばにくると一呼吸おいて、

「すみません、二人の邪魔をするつもりはなかったのですが……」

 ポケットから掌サイズほどの箱を取り出した。キャラメルフラペチーノ味と書かれているお菓子の箱だ。

「今朝買ったお菓子がとっても美味しかったので、どうしても皆に食べて欲しかったんです」

 五月の顔がぱっと華やぐ。きらきらと光る目はご飯を前にした子犬のようだ。

「五月、お前またそんな……」

 俺からお咎めの言葉が出てくるのを察したのか、五月は俺の顔の前に手を突き出して言葉を遮った。

「いじわるを言う上杉君……」

 とそこまで言うと言葉を切り、くつくつと小さく笑って、

「いえ、お義兄さんにはあげません」

 声を潜めてそう言った。

「五月!」

 三玖は席から小さく腰を浮かし、五月に詰め寄る。その顔はすぐに赤く染まった。特徴を消すために前髪を流して、普段隠れている顔右側が露わになっているせいか、いつもより五割増しで恥ずかしがっているように見えた。

「まあまあ三玖、甘い物でも食べて落ち着いてください」

 少し五月の策に載せられた気がするが、言葉通り三玖は差し出されたお菓子を一つ摘んで食べた。

 一口二口食べると、三玖の顔が喜の色に塗り替えられた。

「私は甘い物は得意じゃないけど、これは良いと思う」

「でしょう!」

 五月は自分が褒められた様に得意げに胸を張った。俺の方にも一つ差し出してくる。

「三玖に免じて、一つあげます」

「それはどうも」

 お言葉に甘えて俺も一つ貰うことにした。

 かじるとキャラメルの甘さと少しのほろ苦さが口の中に広がり、甘い香りが鼻に抜けた。

「普通に旨い」

 素直に感想を述べると、はあ、と五月は少しの呆れ顔で言った。

「あげ甲斐のない人ですね」

 離れた席から『五月ちゃーん』と呼ぶ声が聞こえた。席を確保した女子が手を振ってこちらに呼び掛けている。

「はーい。では三玖、上杉……お義兄さん、またあとで」

「い・つ・き」

 三玖からの文句を軽く受け流しながら、五月は女子グループに戻っていった。

「あいつは……」

 少しの文句を呟きつつ箸をとろうとすると、親指からジャリっという感覚がした。さっき摘まんだお菓子の砂糖が指に付いていたのか。軽く親指と人差し指に付いた砂糖を舐めとる。

 三玖を見ると、俺と同じように指に付いた砂糖を舐め取ろうとしていた。

 小さい桜色の唇から、ぞくりとするような赤い舌が出て指を舐めた。

 食事をしているなら別に変な行動でもないが、魔法にかかった様に俺はその光景から目が離せない。

 右親指がうずく。くすぐったい様な感覚が呼び起こされて、もう消えた噛み痕に軽い痛みが走った気がした。

 消化のために内臓に集められた血が下半身に流れて行くのが自覚できた。

 指の砂糖を舐め取った三玖が目線だけでこちらを向く。その上目遣いの顔がかっと赤くなった。

 両腕で胸を抱くようにかばいながら小さく呟いた。

「フータロー、えっちな目してる」

「誤解だ」

「あの時と同じ目をしてるもん」

 思い出した恥ずかしさからか、瞳をうるうるさせて俺を睨みつける。

 涙で大きな目がきらりと光り、磨き抜かれた宝石のように耐えがたいほどの魅力を放っている。

「三玖……」

 俺の手は、吸い寄せられる様に三玖に触れた。

「だ、ダメだよフータロー、ここ学校……」

 三玖の言葉にはっとして、慌てて手を引いた。周りを見渡してみる。幸いにも見ている生徒はいなかったようだ。

「悪い」

 謝罪の言葉が出てきたが、三玖は口をとがらせそっぽを向いた。

「えっちなフータローとは一緒に食べてあげない」

 サンドイッチの一かけらを口に放り込むと、トレーを持って立ち去って行った。

「あ、三玖……」

 去っていく三玖をただただ見送った。立ち上がって追いかけてもこの下半身の状態では何の説得力もないだろう。

「あらフー君、愛しの三玖ちゃんはいないのかしら」

「……二乃、お前の精神は鋼で出来てるのか?」

 ふふふと口元に手をお上品に当てながら二乃が話しかけてきた。友達に先に行っててと一声かけている。

 自分で言うととても自意識過剰に聞こえるが、俺をめぐって争い妹に取られた形になったのに、こうやってからかい交じりに話しかけられる精神には驚嘆するしかない。

「何で出来てたっていいでしょ。それより追いかけないの?」

「あー……大した事じゃないから、後で時間をとるよ」

「さっさと立って追いかけなさいって言いたいけど、まああんたの言うことを信じるわ」

 二乃は手を振って立ち去って行った。

 こんな事誰にも言えないだろう。

 起ってるから立てないなんて、バカな中学生の下ネタじゃあるまいし。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。