三玖と恋するフータロー   作:アランmk-2

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アニメ終わって悲しみ


君は空から来た天使

 灰色の空から霧雨が降っている。

俺は図書室から外を眺め、ペンが紙の上をすべる音を聞いていた。

「あと五分」

 そう言うと、三玖と四葉と五月はビクッと肩が震え、ペンを動かす速度が速くなった。

 外を見る。霧雨が収まっていき、光が雲を突き破ろうとしているのか、外の明るさが増してきた。

「終了。ペンを置け」

 三人はペンを置き、四葉は解放感そのままに机に突っ伏した。

「はーやっぱりテストは何回やっても慣れません」

「四葉、突っ伏してないで答え合わせだ」

 はい、と四葉は起き上がって回答を受け取る。

「と、思ったが雨が上がってるうちに帰ろう」

 そう俺が言うと赤ペンを持った三玖と五月は互いに顔を見合わせ、四葉は弾かれたように立ち上がった。

 三人はごそごそと帰り支度を始め、俺も教科書を閉じて鞄にしまった。

 さっきやったテストを、ああでもないこうでもないと三人が言い合い、俺が答えと解説を軽く話しながら下足場に向かっていると突然四葉が声をあげた。

「あっ! すみません、教科書を教室に置いたままでした。ちょっと取ってきます。一緒に来て、五月」

 四葉はえ、と困惑した五月の襟首をむんずと捕まえ、俺にウィンクしながら五月を引きずって教室に向かっていった。

「気を遣わせたか?」

「そうかも」

 三玖は苦笑すると、手を差し出してきた。

「学校だぞ」

「お昼の学食じゃないんだから誰も見てないよ」

「あれは悪かったって」

「つないでくれたら許してあげる」

 俺は降参とばかりに手を挙げて、三玖と手をつないだ。

 細くて小さい三玖の柔らかい手と、俺の手をつなぐと体温が一度二度上がったかのような感覚がした。

 三玖の白い頬にさっと朱が差すと、俺を見上げて微笑んだ。胸がどくんと跳ねて、その微笑みにキスを重ねたいと思ったが、さすがに自重した。

「フータロー」

 三玖はその赤い顔のまま、少し寂しそうに言った。

「これからバイトに行くけど、フータローと勉強したかったな」

 それを聞いて俺は嬉しくなった。俺を好きになってくれた事、嫌いだった勉強を好きになろうとしてくれている事。出会ったころと比べて、三玖の心に差した二つの輝きにそうだ、俺は惹かれたんだ。

 見上げてくる三玖の額に、そっと口付けをした。

「ひゃっ……フータロー」

「頑張ってこい、三玖」

「……うん」

 三玖はつながっていた手を離すと、小さく手を振りながら駈け出して行った。

 正門に向かって走る三玖に、空からきらりと光が降りてきた。

――天使の梯子だ

 その雨のもたらした一間の奇跡に、俺は三玖と付き合うようになったあの日のことを思い出した。

「学校でイチャイチャするのは誰だ~」

「うわ!」

 いきなりかけられた声の方向を見ると、角から顔だけ出してニヤニヤと笑う四葉と、赤くなった顔を見られないように手で顔を覆う五月の姿があった。

「すみません上杉さん。さっきからいたんですけど、お二人があまりに熱いから出るに出れなくて」

 四葉は、えへへと映画にでてくる三下のような笑い方をしながら五月を引っ張って来た。

「いや、俺も周りが見えてなかった」

 わお、とことさら驚いた姿を見せながら四葉は言ってくる。

「でもあんなに恋愛に否定的だった上杉さんが、まさかこんなにデレデレになるなんて」

「しかたないだろ……好きになったものは」

「信じられません、あの上杉君がこんなセリフを言うなんて。背中にチャックついていませんよね?」

「あのな、俺だって人間だぞ」

 俺が過去にした言動のせいとは言え、言いたい放題な二人にため息をついた。

 四葉と五月は顔を見合わせて笑うと、

「「上杉さん(君)」」

「な、何だ」

 寸分違わずに言い始める。思わず重なった二人の声にたじろいだ。四葉は五月に言うように目で合図を送る。

「三玖と付き合うようになった日の事、教えてくれませんか?」

「何で……」

 言わないといけないんだ、と言おうを思ったが二人の目が爛々と輝き、圧力を放っているのでそれに屈してしまった。

「分かった。だからそんな目で見るな」

 そう言うと二人はポカンと口を開け、喜ぶ顔に変わり、やったとハイタッチした。こんなとこで五つ子シンクロを見せるんじゃない。

「歩きながらで良いか?」

「はい! もちろんです」

 三人で靴に履き替え、家路へと歩を進めた。

「では上杉さん、教えてください、三玖との愛の始まりを」

 祈るように手を組みながら、四葉はおどけてそう言った。

 俺は観念したとばかりに息を一つ吐くと、あの日のことを思い出した。

 

 

 あの日はそうだな、こんな風に薄い雨雲がかかった天気だった。昼飯を食って午後からの勉強を始めようとした所にらいはが来て言ったんだ。

「お兄ちゃん、また勉強? 友達の家で見たテレビで言ってたよ。ずっと座ってるとけっせん? っていうのが出来て大変な事になるんだって」

「血栓な。血の栓って書いて血栓」

「そうなんだ。じゃなくて、お兄ちゃん買い物に行ってきてよ」

 そう言うとらいはは買い物袋とチラシを俺に渡してきて、チラシにこれこれと赤丸を付けだした。

「結構量あるな」

「お願いねお兄ちゃん」

 らいはの頼みにさすがに嫌とは言えず、まあ気分転換だと思って買い物に出かけた。

 外に出てしばらく歩くと、空模様が思わしくなく、傘でも持ってくるんだったかなと考えた所に三玖が現れた。

「フータロー、偶然……」

「あ、ああ、三玖か」

 その時はお前たち五人にあまり会いたくなかったから、気のない返事をしてしまったかもしれないな。

「どうしてですか!?」

「四葉、今は聞きましょう」

 そうだな、恥かきついでに言うが、春休みの旅行の最後にお前たちの誰かからキスされたんだ。そうだ、お前たちが全員五月の恰好をしている時にだ。

「私じゃありませんよ!」

 分かってる。でもその時の俺はあれが誰だか分からなかったから、会うことに少し怯えていたように思う。

 三玖と会ったところに話を戻すぞ。

 春休みの旅行はこのスーパーの懸賞で当てたんだ。その時も三玖がいて、あまりに似た状況が起きて俺はため息交じりに、愚痴のように言った。

「こんどは何が当たるんだ?」

「え、えっと……」

 三玖はどもる様に言葉に詰まっていた。今なら俺に会うために俺の生活圏を歩いていたんだろうなと分かるが、その時の俺はそんな事分からなかった。ましてや数時間後に三玖と付き合うようになるなんて想像もしてなかっただろう。

 俺の質問に返事を窮した三玖は、何か良い言い訳のヒントがないか辺りに視線を走らせて、ある言葉を見つけた。

「今日はこっちの方がお得」

 そう言ってスーパーの旗を指さした。

 そこには『本日カード会員5%オフ』の文字が躍っていた。ああ、だかららいはが頼む買い物の量が多かったのかと納得して店内に入って行った。

「フータローも買い物?」

「ん……ああ、らいはに頼まれてな」

 手に持っていた買い物袋とチラシをひらひらさせながら三玖に答えた。見せて、と三玖がチラシを指さしながら言ったので渡した。畳んでいたチラシを広げてなにやらうんうん頷いている三玖を見て何だかおかしくなって少し笑ったんだ。

「どうしたのフータロー」

「いや、あんまり熱心に見るもんだから」

「らいはちゃんは節約の先輩だから」

 一通り目を通すと折り畳んでチラシを返してきた。まずは油だったかなと売り場に歩こうとしたら、三玖が後ろから付いてきた。

「フータロー、この前の旅行から来てくれないけど、何かあった?」

「ただ自分の勉強をしてただけだ」

 まさかお前ら姉妹の誰かにキスされたから顔を合わせにくいだけだとは言えず、とりあえず俺らしい回答でお茶を濁してこの場を乗り切ろうとした。

「お前たちこそ勉強はどうなんだ? 新学期早々春休み課題が範囲のテストだってあるぞ」

「大丈夫。ちゃんと課題は終わらせてる」

「本当か?」

 勉強の事なら、話すことはいくらでもあった。話しながら俺は春休みの旅行のキスの事を聞こうと考えていた。もちろん少しの遠回りな質問でだ。

 買い物を終えて袋に詰め替えている時に隣にいる三玖にこう聞いた。

「三玖、ほかの四人はどんな様子だ?」

「上杉さん全然遠回りな質問じゃないですよ」

 そう言うな。俺が考えられるだけの配慮を働かせて出たのがこの質問なんだ。

「気になるなら見に来ればいいのに。いつも通りだよ」

 三玖は荷物を買い物袋にいれて俺についてきた。

 スーパーから出ると空模様が怪しくなっていた。光が透けてきそうなくらい薄い雲なのに、ところどころ黒い雲が今にも無軌道な雨を降らせてきそうな、そんな天気だ。

「フータロー、どうしたの? 今日なんか変だよ」

「変か……いや、ちょっと気を遣う事態にあってだな」

 三玖の質問に答えようと考えながら歩いていると、顔に冷たい雫が落ちてきた。

「あ……雨」

 手のひらを空に向けながら三玖が言って、俺は雨宿りできる所はないか辺りを見渡した。

 少し先に公園があるのが見えて、そこの屋根がついているベンチで雨宿りしようと提案した。三玖は頷いて二人でベンチまで駈け出した。

 雨は霧のように粒の小さいものだったが、密度が高かった。傘もささずに歩いていたら本降りに出くわしたくらいずぶ濡れになることを覚悟しないといけないだろう。

 髪や服についた細かい水滴を払った。三玖を見ると俺と同じように水滴を払いながら、物憂げに空を見上げていた。

「三玖、大丈夫か。その、ヘッドホンとか」

「簡単な防水加工されてるらしいから大丈夫」

 それから、雨は止むかなとか洗濯ものは大丈夫かなという散発的な受け答えが続いたが、すぐに沈黙に取って代わった。

 小さな雨音が二人の間に流れてしばらくすると、三玖が口を開いた。

「フータロー、迷惑だったよね」

「何がだ、三玖」

「だってフータロー全然私の方を見ようとしてない」

「そうか? いや、気のせいだろ」

「旅行の帰り際」

「!?」

 その言葉に驚いて、思わず三玖の方を見た。

 三玖は俯いて、雨に濡れた寒さか不安からかその肩が震えていた。

「あの時、もう一度フータローと話しがしたくて鐘の所へ行ったんだけど、足を滑らせて、その……えっと……」

 俯いたままの三玖はしばらく指を遊ばせて、意を決したように顔を上げた。その目は雨に降られたように濡れていたんだ。

「キスしたみたいになったけど、あれは事故だから、フータローは気にせずにまた私達の所へ来てほしい」

そう言い切ると悲しいように眉根を下げて笑っていた。

 三玖は買い物袋を手に屋根から出て行った。振り返って、俺にこう言ったんだ。

「ごめんねフータロー。でもあんな事故のせいでフータローが悩む必要ないよ」

 三玖はその悲しそうな顔のまま、一歩二歩後ずさった。

 その時、その時にだ、本当に偶然なんだろうが、薄い雲の切れ間から太陽の光が零れてきて三玖の立っている所が明るくなった。

天使の梯子だ、と俺は思った。

 まだ宙に細かく舞う雨がダイヤモンドのように輝いて、濡れた三玖の髪に虹色の綺麗な天使の輪が光っていた。

 その時、俺は今にして思えば馬鹿な事をと言うかもしれないがこう思ったんだ。

 三玖がその光の梯子を上って行ってしまって、もう会えなくなるんじゃないかと。

 心臓を鷲掴みにされたように胸が苦しくなって、喉に物を詰まらせたみたいに息ができなくなって、俺はとっさにこう言った。

「行くな三玖」

 三玖は驚いた顔をしていたな。

 俺は買い物袋をほったらかしにして三玖の下まで走った。そしてどこにも行かないように手を握った。

「どうしたの、フータロー」

 照れのはいった三玖の赤らんだ顔を見ると、俺の中で不思議な感覚がした。

 そうだな、目が啓いたとでも言おうか。

「どういうことですか上杉君?」

「上杉さんはパッチリお目目とは言いませんが、そんな糸目でもないですよ」

 そういう物理的なことじゃなくてだな。お前ら五つ子という柄の同じカードの中で、三玖だけは光って見えるみたいな感じだ。

「もうちょっと分かりやすく言ってください上杉さん」

 そうだな、例えばお前たち二人が姉妹の誰かに変装したとしよう。たぶん俺はどちらが四葉で五月か分からないと思う。でも三玖だったらどんな格好をしていても分かるだろう、という感覚がそのとき俺の中に出来たんだ。不思議な物だよな。

 手を取られて困惑交じりに三玖は言った。

「あれは事故なんだから、フータローは気にしなくていいのに」

「だったら、何でそんな顔をするんだ」

「それは……それは……」

 三玖の目が、涙に潤んできらりと光っていた。

そんな三玖を綺麗だなと思ったんだ。

「嫌われたらどうしよう、嫌がられたらどうしよう、もう会いたくないって言われたら……言われたら……」

 三玖はぐっと言葉を溜めて、思いの丈を打ち明けるように言った。

「私はまたフータローに会いたい、勉強を教えてほしい。だって、私はフータローの事が好きだから……」

 頬を伝う涙を見て俺は思った。この子の涙を拭いてあげたい、泣いてほしくない、ずっと笑っていてほしい。

 今にも嗚咽をもらしそうな悲しい顔をした三玖に、俺は言った。

「俺も、また三玖に会いたい。一緒に勉強したい。俺も三玖の事が好きだから、あの時の相手が三玖で良かった」

 俺の言葉を受け止めきらないのか、三玖はぽかんと口を開けていた。

 理解してきたのか段々と顔が赤くなってきて、でも信じられないことがあったかのように驚きで目が見開かれた。

「フータロー……今、何て言ったの」

 もう一度言うのは気恥ずかしさもあったが、三玖の目が不安に揺れる所を見ると、何回でも言ってやろうと思った。

「三玖の事が好きだって言ったんだ」

「本当に……? 友達として?」

「違う、一人の女の子としてだ」

「ふ、フータロー、もう一回言って」

「だから……三玖の事が好きだ」

 そこまで言うと、三玖は喜んだ顔になって俺の手を握り返してきた。目から涙が溢れて頬に河ができる。

「泣くなよ、三玖」

「ごめん、でも、嬉しくて。フータローは恋愛する気がないんだって言ってたから」

 俺は三玖の頬を流れる涙を指で取り去った。

 三玖は笑って、俺に抱き着いてきて、そして俺も抱きしめ返した。

 

「まあこんな所だな」

 そこまで話をして四葉と五月を見ると、顔を赤くしてむずがゆそうな顔をしていた。

「そうなるなら聞くなよ」

「ちょっと驚いてるだけです。上杉君にそんな情熱的な面があったなんて」

 四葉は赤い頬から熱を逃がそうと両手で扇いでいた。

「なんだか熱くなってきちゃいましたね。ね、五月、冷たい物でも買っていこうよ」

「そうですね、頭の芯まで冷えるようなやつを買いましょう」

「上杉さんのおごりで」

「なんでだよ。お前らが話せってせっついたんだろ」

 四葉と五月に手を引かれて路肩に止められていたジェラートの販売車に向かわせられた。

「ジェラートを奢ってくれる上杉さんに、お礼に愛の詩でも送りましょうか?」

「俺が自発的に奢りたがってるみたいに言うな」

 四葉の声がいつもより歯切れよく弾んで聞こえる。こいつにも恋バナでテンションが上がるという事があるのか。

「笑わないでくださいよ」

 四葉はおどける様に詩を詠った。

「四葉、いいじゃないですか」

「え? ちょっと五月、笑わないでって言ったら笑ってって前フリだよ」

「お前に詩の才能があるとは知らなかったな」

「上杉さんまで!?」

「えーと、何だったかな。――」

「わー! 適当に考えた物を詳しく解説しないでください!」

「お返しだ」

キャーキャー言っている四葉をからかいながらジェラート屋に足を向けた。

「もう怒りました。伝説の七色ジェラートを注文しますからね!」

「そんなけったいな物がある訳……」

「あるよ」

「あるの!?」

「ストロベリーオレンジレモンピスタチオミントグレープブルーベリーで」

「なんだその悪魔の召喚みたいな注文は」

「私は……」

「五月、お前は遠慮と言うものを覚えろ」

雲の切れ間から光が覗いて、空に大きな虹を架ける。

二人には話さなかったがさっきの話には少し続きがある。

 

あの後、互いに抱きしめていた手の力を抜いて顔を見ようとした。

赤い顔の三玖が笑いながら俺を見上げてくる。その大きな目に自分が映ることを嬉しく思った。

「虹……」

 三玖が小さく呟いて空を見ていたので俺も空を見上げた。

 そこには青が見え始めた空に、大きな虹が架かっていた。

「ねえ、フータロー。虹って神様との約束の証なんだって」

 そう言うと、三玖は俺の胸に顔を押し付けてきた。

「神様っているのかな。ずっと前からこうしたかった私の夢が叶ったんだもん」

 俺は天使の輪が輝く三玖の髪に触れて囁く。

「三玖」

 なに、と顔を上げた三玖の唇にキスをした。

 三玖の唇の柔らかさに、甘い匂いに、飛び上がるほどの衝撃を感じた。

 ゆっくりと唇を離すと、なぜか三玖は不満そうな顔をしていた。

「ちゃんと心の準備したかった」

 そう言って頬を膨らませている。

 俺は小さく笑って虹を見上げて言った。

「神様との約束だ」

 そういうと頬が緩み、三玖はまた抱き着いてきた。この小さくて可愛らしい女の子に溢れるほどの愛が湧いてくる。

「ずっと一緒にいよう、フータロー」

 

 

――愛の奇跡が閃いて

  僕の瞳が啓いたら

  虹の(きざはし)降りてくる

  君は空から来た天使

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