私は悪くありません。私の手が悪いのです
電車の窓からコバルトブルーの海が臨むと、一心不乱に外を見ていた子供達から無邪気に喜ぶ声が飛び出してきた。
ある子は久しぶりに会う遠方の友人とどんなことをして遊ぼうか、車両中に響くのもお構いなしに兄弟と話している。ある子は大きなキャリーバックに乗って、両親に行儀悪いと怒られながら、ハワイの海はこれより綺麗かと夏の日差しのように目をキラキラさせた。
ある女の子は、そんな海を見ながら歌を口ずさんだ。夏の海で恋に溺れるのだと、軽やかに歌っている。
それから駅を二、三通り過ぎて、窓から見える青が、海の透き通るような青から夏草の青々しさに変わっても、そのまま海の歌を歌っていた。
「二乃」
「何よ?」
「これから山に行くのに海の歌を歌ってるのは未練がまし過ぎるから止めて」
機嫌よく歌っていた女の子、二乃は妹にそう言われると、ぷっくりと頬を膨らませて山へと向かっていく景色の流れを不機嫌そうに見送る。
「何で山のコテージなのよ。海の方が良かったのに」
「もー、貰い物に文句言わないでよ」
「らいはちゃんも海の方がよかったわよね」
「えっと……」
「答えにくい質問止めてあげて」
連れてきてもらった立場からはっきり物を言いにくい上杉らいはは、あははと愛想笑いをして誤魔化した。
中野姉妹と上杉兄妹は、中野マルオが知り合いから貰ったリゾート施設の宿泊券を利用して旅行に出ていた。山間にある湖のすぐ傍にあるホテルの施設の一つであるコテージに、この時期に泊まれる中々の代物だ。
「もう着くんだから、諦めて」
「もう、分かってるわよ。次は海行くんだから」
「そんな余裕がお前らにある訳がないだろ。夏の遠出はこれきりだ」
「えー。一花ともどこか行きたいのに」
二乃は一花がいない自分の隣を眺めて寂しそうに呟く。
次のブレイク間違いなし、とまで言われるような女優になった一花は、今回の旅行は仕事を理由に欠席していた。
「えーじゃない。受験生だろ。五月を見ろ。こんな車内でもずっと勉強……」
「すぅ……」
風太郎はいつでも真面目に、ここ最近は特によく勉強している五月を引き合いにしようとしたが、帰って来たのは威勢のいい返事でもなく、集中している沈黙でもなく、穏やかな寝息だった。
「五月?」
「ここ最近もっと勉強頑張るようになってるから、ちょっと寝不足ぎみなのかもね」
「おいおい、そんなんでこっから半年もつのか?」
『次は〇〇。お出口は左側です』
「もう着くよ。可哀そうだけど起こしちゃおっか」
四葉は背筋を伸ばしたまま人知れず眠っていた五月の顔の前で手を振り、確かに眠っている事を確認してポケットからスマホを取り出した。
はぁぁ、とバトル漫画のように気を溜めながらスマホを持っている右手を額に持って行き、空いている方の手で眠った妹をちょんちょんと小突いて五月が薄っすら目を開けたと共に叫んだ。
「太陽拳!」
と、威勢のいい掛け声と共にスマホから強烈な光が放たれた。突然の事に五月は肩をびくりと震わせて弱々しく手で目を覆う。
「ま、眩しい……違う……違うんです先生。私は寝てません……ただ目を瞑って考え事してただけなんです……」
「眠ってる人はいつもそう言う」
「ふわぁ……ああ、何だ、四葉でしたか」
「おはよう。もうそろそろ着くから起きて」
「ふわい」
姉妹だけでない事は忘れているのか、あくびをしながら四葉の言葉に生返事をして眺めていた問題集を鞄にしまった。
「しかし何でクリリン」
「知ってるんだ」
「いや知らない男子がいるのか?」
「夏期講習で来ている特別講義の先生が居眠りしてる生徒によくやってるんです。自分の頭を指してふざけながら。その事を皆に話してたら……ふわぁ……こんな形で餌食になるなんて」
愉快な教師をいたもんだ、と思いながら風太郎は自分とらいはの荷物を手に取った。
まだ眠気が残る五月が停車の際にふらつく事に些かの不安を覚えながら、クーラーの効いた車内から、むわっと湿気を帯びた熱気が肌に纏わりついてため息を零した。
「お待ちしておりましたよ」
駅から出て目的地に行くバスを三玖が探していると、姉妹にとっては聞きなじみのある声がかけられて、驚きながらその方向を向いた。
父の運転手を務める江端が停めたリムジンの傍らに立って、穏やかに微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「江端さん!? どうして?」
「いくらなんでも娘達の旅行の輪の中に男一人など、ちょっといただけませんからね」
「はは、い……いやですね。何も危惧しているような事は起きませんから」
「えっ、起こしてくれないの?」
「黙ってようか三玖」
すました顔からとんでもない言葉を発した三玖を窘めながら、風太郎はもう一度誤魔化すために、はははと力なく笑った。すうっと江端の笑顔から温かさが急速に失われて行くのを見て、暑さから流れる汗に冷や汗が一つ混じった。
「私も近くに宿をとっておりますので、まあお手伝いと思っていただければ」
「ありがとうございます。でもお父さんの仕事は大丈夫なのですか?」
「お父様は製薬会社の方と視察……という名目の接待旅行に出かけておられますから」
「意外。そう言うのお父さんも行くんだ」
「傷心旅行と……おっと。さあ、お送りさせていただきます」
「よかった。次のバスはちょっと待たないといけなかったから」
そう言った三玖を筆頭に、姉妹達は勝手知ったるリムジンに乗り込んだ。
漫画等でしか見た事のない雲の上と思っていた乗り物が目の前にある事に、らいはがポカンと口を半開きにしながらリムジンを眺める。
「ホントにお金持ちってリムジンに乗るんだね……」
「らいはちゃん? 行くよ」
ぼうっと車を眺めたまま動かないらいはに四葉は声をかけて手を引いた。らいはは乗り込むと車内の広さに、はへーと情けない感嘆の声をあげて、目的地に着くまで始終キョロキョロと品定めするように視線を送っていた。
――
「写真で見るより立派」
コテージを見た三玖は開口一番そう言った。
二階建ての、まだ木の匂いがしてきそうなほどに手入れの行き届いた木造建てで、二階の南側にはテラスが張り出している。そこにある小ぶりな望遠鏡が空を見上げていた。
庭にはバーベキュー用の石窯が組んであって、五、六人は掛けられる丸い木のテーブルが二つ設置してある。
これを全部払うとなるとおいくら万円になるだろうか。風太郎は頭の中でそろばんをはじきだしたがあまりに貧乏くさい気がして止めた。
「部屋割りどうしよっか」
「三玖とフー君は同部屋にする?」
「いいよ」
「ほほう」
「らいはとだな! やっぱり家族と一緒の方がお前らも落ち着けるだろ!」
お目付け役である江端から厳しい視線を受け、にわかに風太郎は姉妹と距離をとってらいはの後ろに立って盾にしながら言い張る。
恋人の三玖も合わせて姉妹からの視線が冷たくなったが、風太郎としては節度のある付き合いをしているのだとアピールしておくべきと思った。マルオからの心証を良くしておけば、後に役に立つかもしれない。
もっとも娘と一緒に旅行という事実があるだけで、彼からの心証が良くなることは無いので無駄な努力だが。
「では私はこれで。用のある時はいつでも呼んで下さい」
意外にもあっさりと江端は引き下がって、マルオが取ったコテージへと向かった。
幼少のころから見ているとは言え、そろそろいい年ごろだから恋の一つや二つ、と思っているのかもしれない。
「まあ私達だってこんな避暑地にまで来て二人のお熱い声を聞きたくないし? 姉妹と兄妹で分かれるでいいわね」
「それでいいよ」
「そもそも何部屋あるの? 一人一部屋くらいありそうな広さだけど」
「部屋があるなら一人一部屋でいいのではないですか? ……あ、らいはちゃん、夜は川の字になって寝ますか?」
「いいの? 五月さん」
女性陣はそんな夜の予定を立てながらコテージに入って行った。
川の字のあと一本は誰のつもりで話してるんだ。まさか俺を勘定に入れてないよな。しかしあいつら、いや五月は違うだろうが、完全に遊ぶ気分でいるな。と風太郎はため息を吐く。
勉強の息抜きは勉強と言ってもいい風太郎である。遊びという物を必要としなかった悲しき勉強モンスターは、無駄と思っていた恋愛を受け入れる事で態度に軟化が見られたが、本質のとことんやる気質に変わりはない。
「と、いう訳で」
二階の部屋が良い。南向きの部屋が良い。湖の見える窓が付いてる部屋が良い。などと荷物を置いて部屋割りを姦しく議論し始めた中野姉妹に、風太郎は無慈悲に紙束を突きつけた。
「何ですか上杉さん? その紙束は……」
「もちろんお前達にやってもらうテスト用紙だ」
「ええー!?」
二乃は目を真ん丸にして信じられないと顔全部で叫ぶように不満を露わにする。
夏休みの宿題以外への勉強のやる気を持って来ていない彼女は、まさかここで勉強漬けさせられるとは微塵も思っていなかったのだ。
上杉風太郎はお堅そうに見えて意外と行事にはしゃぐタイプなので、勉強を免除してくれるんじゃないかしらと淡い期待を抱いていたが、物の見事に裏切られた形になった。
「こんな風光明媚な所に来たのに、あんまりですよ上杉さん」
「やかましい。微妙な成績のくせにバカンスはいっちょ前に取りやがって。……だが俺も鬼じゃない。合格ラインを越えたら好きなだけ遊びに行っていいぞ」
「やった。話が分かるじゃない。で、何点取ればいいの?」
「八十点」
「は?」「ちじゅっ点」
「被せてこないでよ。それ遊びに行かせる気ないでしょ」
「勉強してたら取れる点数にしてあるぞ。まあ俺の言う勉強とお前達の言う勉強の意味が同じならだがな。フハハ!」
こいつぅ~。と二乃がちょっと風太郎をぶん殴りたくなっている所で五月はぽんぽんと姉の肩を叩いた。
「二乃、学生の本分は勉強ですよ」
「あーもう、分かってるわよ」
――
「でこうなるのね」
採点の終わった答案を見ながら二乃は肩を落として、唯一合格ラインを越えた三玖を恨みがましい目で見た。
風太郎が作ったのは五教科まとめてのテストだったので、特に苦手な英語を覗いて得意科目以外でも点が取れる三玖がラインを越えたのだ。
まさか越えられるとは。少なくとも半日ほどは机に縛り付けるつもりで作ったテストで合格された事は素直に賞賛に値する、と風太郎は上機嫌の三玖の頭を撫でた。
「やった。じゃあ出かけようフータロー」
テストを突破した事による達成感と、風太郎に撫でられた事に気を良くした三玖は、高揚のままに頬を赤らめてデートをおねだりした。
「癒着だとか忖度だとかを感じるわ」
「馬鹿な事言うな」
「はいはい。こっちはこっちでやってるから、さっさと行ってきなさい」
「らいは、一緒に来るか?」
「パンフレットで見たけど色んなアクティビティがあるんだって」
「いやー、夏休みの宿題してるから。二人で楽しんできて」
「ほらほら、妹に気を遣わせてないでさっさと遊びに行ってください」
テストの結果がよろしくなかった四葉は、風太郎から新たに課せられた課題に辟易しながらも二人を力任せに後押しして玄関に向かわせた。
「あー、午後からは自由にしていいから、昼までは頑張れよ」
「え、優しい。怖……」
「人が優しさを見せたら……」
夏休みだから遊びたいだろうと気を遣ったのに。風太郎は釈然としない物を感じながらも楽しそうな三玖を放っても置けないと玄関に向かった。
「それで? どこか行きたい所はあるのか?」
「うん。少し歩いた所にカフェがあるから、散歩のついでに行こうと思って。途中で自転車も借りれるから乗って行けばすぐだよ」
「カフェか」
五月みたいな事言うんだなと口を滑らせそうになったが、ここ最近は食レポブロガーMayという趣味と実益を兼ねた活動もせずに頑張っている彼女に申し訳なく思って滑らせそうになった口をつぐんでおく。
「フータロー?」
「いや、なんでもない。行こう」
歪めた口を隠すように風太郎は頬を掌で撫でて、しっかりと夏草が刈りこまれたれた道を歩いて行った。
「あ、待って。フータロー場所知らないでしょ。反対の道だよ」
その言葉にピタッと風太郎は足を止めた。隣に来た三玖が手を引いて反対の道を指し示すのを、反対の手で前髪を触って黙りこくってしまう。
早とちり、と三玖がおかしそうにぷぷぷと笑うのでますます居心地が悪くなって誤魔化すように早足で歩いた。逃がさないと言う意思表示として三玖が手を繋いできたので、観念して歩みをゆっくりにして繋いで来た手にそうっと指を絡めた。
わっ、と嬉しそうに三玖は小さく息を漏らすと、満面の笑みのまま腕を絡ませてきた。
「暑いぞ」
「うん。ごめん」
風太郎は文句を言いつつも、絡ませた指に力を込めて離れないように物言わず訴えた。素直じゃないなあと三玖は呆れながら、もっと身を寄せた。
「……って自転車借りるのにも金かかるのかよ。歩いて行こうぜ」
「びんぼーしょー」
木陰が夏の日差しを和らげて、爽やかな風が吹く道を歩く二人の横をマウンテンバイクに乗った家族連れやカップルが通り過ぎていく。
貸出所が近いのか、と風太郎がすれ違う人に視線を向けてよそ見をしていると、自分の頭からカツーンと軽いが固い音が響いた。
「いてっ!」
「え、何?」
「いや、何か急に頭に」
左の側頭部をさすりながら、木の実でも落ちて来たのかと空を見上げて、そして変な物が落ちてないか下を見た。
土色の道に蛍光色のイエローの円盤が落ちていて、フリスビーだと気が付くと三玖は屈んでそれを摘まみ上げた。
「このすぐ上に運動広場があるから、そこから飛んで来きゃっ!」
「三玖!?」
その運動広場に繋がる階段を見上げていた三玖に、いきなり大きな金色の塊が飛びついて来て倒れこみ、一瞬風太郎の視界から消える。慌ててその飛びついてきた物を見ようと下に視線をやると、金色の毛に覆われた生き物がぱたぱたと尻尾を振っていた。
それは立派な毛並みのゴールデンレトリバーだった。
「きゃっ、もう、このフリスビーで遊んでた子? やっ、くすぐったいよ」
「三玖、大丈夫か?」
「うん。下は草だし痛くは……あはは、やめてよー」
人懐っこい性格なのか、ゴールデンレトリバーは嬉しそうに尻尾を振り乱しながら三玖の顔をペロペロと舐めていた。
怪我をさせるような意思がないと分かると、風太郎はこらこらと犬の頭を撫でながら窘めるも、そのままにしておいた。どうせすぐに止めるだろう、と。
「もう、ちょっとフータロー見てないで……きゃあ」
ペロペロ
「しょうがない子。もっ……ダメ、わふっ」
ペロペロ
「うう、ちょっと、もう」
ペロペロ
……長くね?
「あっ、もう、どこ舐めて……やん」
……ちょっと感じてるし。
「おいお前いい加減に」
「こらー! このエロ犬!」
階段の上の方から女の子の叫び声が響いた。
それまで無遠慮に三玖の顔を舐め回していたゴールデンレトリバーの動きがピタリと止まってその方向を向いたので、恐らくこの犬の飼い主だろうと風太郎は思う。
「ヒデヨシ、どきなさい! 知らない人をべろべろ舐めちゃダメっていつも言ってるでしょ!」
きりりと吊り上がった目元が威圧的にも見える、小学生か中学生くらいの美少女だった。
小さな体から放たれる裂帛の声に、天下一の成り上がり者と同じ名前で呼ばれた犬はブンブン振り回していた尻尾を垂れさがらせてシュンと小さくなり、風太郎の影に隠れた。
いやいやなぜ俺がお前をかばうと思っているんだ。ひできらい。
風太郎は首輪をもって飼い主の前に引きずり出そうとするも、犬は頑として譲らぬとばかりに四肢に力を込めて抵抗したが、じいっと女の子がキツイ目つきで睨むと観念したのか頭を垂れて前に歩み出た。
のっそりのっそり歩く大きな背中が幾分か小さく見えて、風太郎は少しだけ同情する。少しだけだが。
「ごめんなさい、デートの邪魔しちゃったみたいで。うちの犬可愛い女の子が大好きだから」
「全くだ。どういうしつけをしているんだ」
「ごめんなさい……。あ、そうだ。これあげるね。彼女さんとのデートに役立てて。私達はもう帰っちゃうから」
女の子はポケットから紙を一枚取り出して風太郎の手に握らせた。
「何だ……?」
「おーい」
この紙が何なのか、と犬の首輪を引っ掴んだ女の子に尋ねようとすると同時に、女の子の降りて来た階段の上から凛としたよく通る声が響いて、風太郎は尋ねる言葉を飲み込んでその方を見る。
「江―!」
江、と呼ばれた目の前の女の子より年上の、高校生程に見える女子が優雅な所作で階段を下って来た。余裕というか、風格すら感じる歩みでゆっくりとこちらに来て、犬を一撫でしてからペコリと頭を下げた。
「初姉。ヒデの奴こっちに来てた」
「で、女の子をべろべろ舐め回していたと。ごめんなさい。大丈夫ですか? うちの犬がとんだ失礼を」
お転婆そうな妹とは対照的に落ち着き払った様子の初という少女は、地面に倒れた三玖に手を貸して起こさせ、高そうなレースのついたハンカチで砂や草の切れ端をはたき落とした。
大丈夫です……といやに歯切れ悪く答えた三玖に、二人の姉妹は小首をかしげながら気遣わしげに犬の涎まみれの顔を拭っていた。彼女達の待ち合わせの時間か、二人のスマホから同時にアラームが鳴るまでそれは続く。
お母さんからだ、と妹の江が呟いたので、三玖は「ありがとう。もういいよ」と言葉短くお礼を言った。
姉妹はもう一度頭を下げて、しっかりと犬の首輪にリードをかけると、木立の間の木漏れ日を受けて光る髪を揺らしながら階段を登って行った。
「茶々姉も来れば良かったのにね」
「受験生だからしょうがないでしょ?」
そんな会話をしているのを、三玖は興味深そうに聞き耳を立ててうんうん頷いていた。
「……やっぱり浅井三姉妹」
うむむ、春蘭、秋菊、冬の梅。妹二人があれだけ美人だから長女の茶々さんもきっと美人に違いないのでは。
三玖が世に名高き美人三姉妹を見出したのも無理はない。
「ようやく口を開いたかと思えばそんな事考えてたのか」
「茶々に初に江で完全に。あの犬たぶん茶々に……淀殿に一番なついてるんだよ」
「顔も知らない他人に勝手にあだ名をつけるな」
「む、それもそうだね。そう言えば何貰ったの?」
「これは……チケットか。ボートに乗るだとか用具の貸し出しとかが無料で受けられるって。何だ、えっと、このチケットに書かれたコードを読み込ませるといいらしい」
「じゃあそこの貸し出し所によっていこう。お金がかからないなら自転車借りてもいいよね。ついでに顔も洗いたい」
飼い主の姉妹が持っていたウェットティッシュで拭われたとはいえ、じっくりたっぷりべったり舐め回された三玖の顔周りには残った犬の涎でてらてら光る部位がある。
いくら理性をなくした俺だってここまで舐め回さないぞあの犬畜生。
よく分からない対抗心を燃やしながら風太郎は三玖の手を取って歩きだした。
二人は歩きながら小さな子供にヘルメットや肘当てを付けている親の光景を横目にちらりと見て微笑ましく思う。
貸出所に詰めている係員に自転車大人二人と風太郎が言おうとした所で、隣の三玖が袖を引っ張った。
「どうした?」
「あれ」
「あれ?」
あれ、と言葉短めに指さした先には、さきほど風太郎の頭を狙撃したフリスビーと同じ形の物が色違いを含めて五、六個ほど箱に収められている。
「やってみたい」
「カフェはどうした? それにさっきの姉妹みたいに犬いないぞ」
むうっ、と三玖は唇を尖らせて悩む仕草をする。しばらくそうしていると、何か思いついたようで、ぎゅっと腕にすがり付くようにしながら上目遣いに風太郎を見上げて口を開いた。
「わんわん」
「よしよし。まあ俺は何でもいいけど」
キラキラと円らな瞳を向けられた風太郎は三玖の頭を撫でた。うわあとんでもねえバカップルが来たぞ、と係員に内心ドン引かれているとは露ほども知らずに。
「じゃあカフェは諦めるか。行って帰ってくるだけでも結構かかりそうだしな」
「午後から行こうよ」
「ダメだ。午前に遊んだんだから午後からは勉強しろ」
「えっ。結局の所勉強する時間は変わらないじゃん。何その朝三暮四みたいな話」
「で? どっちがいい? 俺はどっちでも構わないがどっちかだけな」
うむむ、と三玖はほっそりとした顎に手を添えながら考えて考えて、結論を出した。
「カフェ」
「決まりだな。すみません。自転車の貸し出しお願いします」
風太郎は浅井三姉妹(仮)に貰ったチケットを係員に渡して面倒な処理を教えてもらって、三玖が御手洗いに顔を洗いに行っている間に自転車を二台受け取る。六段変速ギアが付いた、オフロードタイヤを履いたマウンテンバイクだった。
「じゃあ私が先に行くからついて来て」
真夏でも黒ストッキングを忘れない三玖がその足をペダルにかけてすいっとこぎ出した。
三玖のお目当てのカフェというのは、風太郎達が泊まっているコテージが立ち並んでいるエリアから湖を挟んで丁度反対側にある。二人は煌めき波打つ湖を横目に駆け抜けて行くと、桟橋の並んだボート乗り場を通り過ぎた。
城。
お目当てにたどり着いた風太郎が建物を見て抱いた第一印象はそれだった。白亜の石造りの外壁に、紺色の重厚感ある屋根。見栄えのための尖塔が右と左の一対あって、写真を撮っている客がいるのも納得できる出来だった。
カフェはホテルやコテージの客以外にも利用できるように、山の下から直接通じる道路と広い駐車場を備えている。湖の方向に開けたテラス席には、真夏の昼前にも関わらず人がごった返していた。
「一施設にしてはずいぶん立派だな」
「今のオーナーのお父さんがフランスのお城をイメージして作ったんだって。このあたりの建物の中で一番最初に作った物らしいよ」
「へえ。席は中でいいよな。汗かいたし」
「うん」
重厚な見た目の割には軽い扉を開けて中に入ると、メイド服というほど華美な物でもないが明らかに仕立てのレベルが高いエプロンドレスを身に纏った店員がこくりと会釈をしながら迎えて来た。
「いらっしゃいませ。何名様でお来しでしょうか」
「二人で」
「かしこまりました。お席へご案内させていただきます」
案内された席に座は一番奥の二人掛けの机が置かれた小ぢんまりとした席で、中央の喧騒から少し離れた落ち着ける場所だと三玖は満足した。湖の方角とは反対方向だが、景観の為に森を少し切り開いているだけあって遠くまで広がる山々の景色が目に飛び込んでくる。
「ご注文がお決まりでしたらこちらのボタンを押してください」
「はい」
「ではごゆっくりどうぞ」
女性店員は折り目正しく一礼して、ゆっくりと踵を返して他のテーブルの注文を取りに行った。
「すまん。ちょっとトイレ。メニューに何かいいのないか見ておいてくれ」
「うん。分かった」
合皮に覆われたメニューの冊子を広げていると、風太郎は短く言って立ち上がった。
今座っている奥の席すぐ横に、木目調のフィルムが張られたパーテーションパネルがあって、その後ろがトイレになっている。丁度出て来た中年の男性がチャックをあげているのを見て、風太郎はパネルの意味を理解した。
「えーと……」
「ここのお店はカヌレがおすすめなのよ」
パンケーキ、パフェ、あんみつ。どれにしようかな。私は甘さ控えめの抹茶あんみつにしよう。
と思っている最中にいきなり声がかけられて、人違いかなと思いつつ三玖は声のした方を見た。
細見のスラックスを履いて黄色の花が描かれたアロハシャツを着た人物。その人は余裕をもった佇まいから、優雅に腰に手を置いた。
うわ、腰細。
「え? あの……」
「知ってるかしら? カヌレっていうのはフランスはボルドーの修道院で生まれたお菓子だそうよ。ワインの澱を取り除くために卵白を使うんだけど、その時余った卵黄を何かに使えないかって考えだされたお菓子なんですって」
「はあ」
勘違いであって欲しい考えを打ち砕くように、声をかけて来た人物は明確な意思を持って三玖の目の前まで来て風太郎の席に座った。
その得体の知れない人物はポケットから煙草を取り出して一本つまみ、口元まで持ってきて「いやだから禁煙だって」と一人でノリツッコミまでしている。
「この建物がフランスが好きだった先代のオーナーがお城をイメージして造ったってのは知ってるかしら?」
「え? はい、パンフレットに書いてて……」
基本的に知らない人には話しかけて欲しくない三玖だが、今は恐々会話を試みる。何をしてくるかわからない、下手に刺激して怒らせたら嫌だし。そんな風に考えながら風太郎が速く帰って来てくれる事を祈った。
「そう。でもね、お城はお城でもワイナリーを参考に造ったそうよ。ボルドーワインの頭に着くシャトーって言葉はお城って意味なの。まだお酒を飲めないあなたには分からなかったかしら。まあそれは相当なワイン好きだったそうで、ここは夜になるとお酒が飲めるようになってるのよ」
「え、ああ、はい」
「で、お話はここまで。ツイてるわ。私もうちょっとでここを出る所だったんだもの。あなたにとってはツイてない話かしら?」
肘をつきながら優雅に足を組んで、いかにも長閑なバカンスと言った体勢を取っていた正体不明さんは、組んでいた足を直して真っすぐ三玖の方へ向いた。
「あなたは何をしているの? 白昼堂々とサボり? ここは端っこの席だからバレないとでも思ったの!?」
「ひゃっ」
いきなり飛び出した迫力のある声に三玖はビクッと肩を震わせた。
そこまで大きな声ではない。だが人々の雑多な喧騒に混じらないよく通る声は、少し凄んだだけで三玖を驚かせた。
「一つ大きな仕事をしたからってもう天狗? 今からそんな調子でこの先やっていけると思うの?」
「あの……あの」
知らない人にいきなり怒られて平然としていられたり、あるいは怒って言い返すことの出来ない三玖は助けを求めておろおろし、目線をあっちにこっちにキョロキョロさせる。
「おい」
トイレの方から低く唸るような声が聞こえて来た。トイレのすぐ傍の席に座っていた二人は、一人は誰かが喧嘩でもしてるのかしらと思い、一人は助けが来てくれたとほっと安堵の顔色に変わった。
「いきなり来て怒鳴りつけて何のつもりだよおば……おっさん!?」
風太郎はトイレから出て来た瞬間に聞こえて来た怒鳴り声に三玖が気弱な声を返しているのを聞いて、思わず声を出して勢いのまま飛び出すと目の前の光景に面食らった。
いささか低い声ではあったが、明らかな女言葉に怒鳴っているのは女性と思い込んでいたが、三玖の目の前に座っていたのは声の印象そのままの男性であった。一花の事務所の社長とそこはかとなく同じ匂いを感じる。もっとも社長は「それっぽい」だけで娘もいる異性愛者だが。
「あら? 君、多様性の認められる現代で、ずいぶんつまらない事言うじゃない」
「つまらないって……まあそれはどうでもいい。あんた何のつもりだ。いきなり怒鳴りつけられる用な事を何かしたか?」
「してないわね。けどしてない事が問題なのよ」
「意味が分からん。禅問答がしたいなら山を下って寺でも探すんだな」
「減らず口を。けど鼻っ柱の強い男は好みよ」
男は無駄に色っぽく流し目を風太郎にくれながら舌なめずりをした。見せられた風太郎は、肌が粟立つような寒気を感じて腕をさする。
「ヒェッ……。行こう、言葉は通じるが会話が出来そうにない奴だ」
「え、う、うん」
「ちょっと、行かせないわよ。これ以上は本気で怒るわ」
そっと風太郎は三玖に耳打ちして立ち去ろうと言い、三玖が腰を浮かせかけて所で男は先んじて立ち上がり、威圧感たっぷりに腰に両手を添えて立ちふさがった。
うわ、腰細。
鍛えられた逆三角形の上半身とがっしりした下半身の対比から生じるウエストの細さに、奇しくも三玖と同じ事を思いながら、しかし三玖とは違って物怖じしない質の風太郎は意味が分からんともう一度呟いてから、自分より少し高い目を睨みつけながら毅然と言い放つ。
「これ以上はこっちだって人を呼ぶぞ」
「意味が分からない訳ないでしょ。別に付き合うなとは言わないけど時を選びなさいよ」
男はタレントのように細く長い指で風太郎を指しながら言い放った。
「君、うちの女優から手を離しなさい!」
その言葉を聞いた風太郎と三玖の二人は、目の前の男がどうして怒っているのか完璧に理解できた。できると、変な奴、怖い人だなと思っていた気持ちが急激に薄れて行って、おかしさがしだいにこみ上げて来る。
「「はははは」」
「な……何よ気持ち悪い」
思い返すのは、五つ子と出会って一月もしない頃の、九月の終わりの夏祭り。
あの時もこんな風に知らない人に振り回されたんだったっけ。
風太郎と三玖は顔を見合わせて、同じ事を思い出しているなとくすくす笑った。
「アンタ人違いしてるぞ。こいつは一花じゃない」
「そんな訳ないでしょう。その顔、ウィッグで髪型変えて顔を隠しても間違える訳ないわ」
その言い草も一花の事務所の織田社長と同じだ。そしてここまで同じなら、一花が来さえしてくれれば納得して引き下がってくれるだろう、という妙な確信を風太郎は抱いた。
「じゃあ一花に連絡を取ってみろよ」
自身たっぷり、余裕たっぷりに風太郎は言う。
男は、あまりにも目の前の彼が余裕そうなので、その一見バカげた提案にも乗ってやることにした。
「意味が分からないけど、そうして君の気が済むならしてあげる。その後でちゃんとトレーニングに戻すからね」
男はビシッと三玖を指さす。よく見ると薄ピンクのマニキュアを塗っているというどうでもいい事実に気づいて、三玖は自分の何もしていない爪をちょっと撫でた。
『はいもしもし』
「えっホントに出た」
男は目の前の一花……と思っている三玖から着信音が鳴る間抜けな展開を想像したが、その思いは裏切られてきちんと一花のスマホに繋がり聞き慣れた女優の声が耳元で響いた。
スマホと三玖を交互に見比べて困惑の様相を呈している男の姿は見えないはずだが、どうも様子がおかしい事に気が付いた一花は、いつものように少しからかいの声音で尋ねる。
『えー、何ですか? 寂しくなっちゃいました?』
「おバカ。あなた今どこにいるの?」
『今ですか? ボート乗り場の辺りを走ってますけど』
「そう。ごめんだけどそのまま池をもう半周してカフェの方に来てくれないかしら」
『え? まあいいですけど……』
「場所分かる? ……分かるわね。はい、お願いね」
通話を終えた男はどかっと椅子に座って「どういう事なの?」と言いたげな目をしてジロジロ三玖を品定めする目線で見つめた。
「こいつは中野三玖。あんたの所で世話になっている中野一花の妹だ」
風太郎は三玖の肩に手を置いて、困惑と疑いの目で見つめてくる男に説明する。
彼はそれを聞いてこめかみのあたりを撫でて眉根を寄せた。恐らく一花が話していた、姉妹がいるという事を思い出したのだろう。
「ふーん。でも本人が来るまでは何も言わないでおくわ。声真似出来る子に電話を持たせてサボってる可能性だってあるんだから」
「しつこいな」
「本当にそうやってサボってた奴が過去にいるんだからしょうがないでしょ」
そんな不真面目な奴がいるのか。一花はあんなに女優業に真剣に取り組んでいるのに。
風太郎と三玖はそんな風に考え事をして微妙な気分になった。
「あ、いたいた」
嘘をついてたらそちら持ち、という事で男が注文した紅茶が二杯目を迎えた所で、三玖より少しトーンは高いが同じ声が響く。声の主は近くの客がする「あれって中野一花?」「まさか」などという会話の間をすり抜けて、自分を呼びつけた人の席まで行った。
目立つシャツを目印に、優雅に紅茶を飲む演出家の下に行くと、よくよく見知った顔があったのでポカンと口を開けた。
「阿国さん……あれ、三玖? え、フータロー君まで!?」
「ほら」
「ホント同じ顔……」
阿国と呼ばれた男は今来た一花の顔をよーく見て、充分印象を叩きこんでから三玖の顔を見て、という事を間違い探しでもするように何度も繰り返す。風太郎が紅茶を飲み終わってカップをソーサーに戻して、そのカチンという音が合図だったかのように両手を上げて降参と小さく呟いた。
「えーっと、なんで三人は席を仲良く囲んでる訳?」
タマコちゃんでなくても良く分からないのですぅ~な状況に、一花は小首をかしげながら三人に問いかけた。
「悪かったわね。三玖ちゃん……って言ったかしら?」
「あの」
「あれえ~私の質問は……」
一花のもっともな質問を、阿国はしっしと払いのけて先に小さく頭を下げて三玖に謝罪した。
「いきなりしらないおじさんに怒鳴られて怖かったでしょ。お詫びにここの注文奢ってあげる。彼氏さんと一緒に楽しんでね」
彼は立ち上がってもう一度頭を下げると、ポケットから財布を取り出して万札を一枚机に置いた。
どうでもいいが女言葉を話しているのに一応おじさんという意識はあるのか。などとお金を渡されて困惑している三玖の横で風太郎がそんなどうでもいい事を考えていたが、口には出さず行く末を見守っていた。
受け取る、受け取らないの押し問答をしばらく繰り広げていた二人だが、ついには三玖が折れてお洒落なカフェとは言え一番高いメニューを頼んでも余裕な一万円札を受け取った。
「えっと、ありがとうございます」
「一花も急に呼んでごめんなさい。話をしてたって事にしておくから妹さんと少しくらい遊んでもいいわよ」
軽く手を振りながら彼は立ち去って行った。急に呼び出されて状況に翻弄されっぱなしな一花は、かしげていた首を今度は反対に倒す。
「ねえねえどういう事?」
「人違いだよ」
ほら、去年の花火大会みたいな。
そこまで言えば事態を理解した一花は、先ほどの三玖と風太郎のようにクスクス笑い出した。
「なるほどね」
「どうする? お前もなんか食ってくか?」
「お金は気にしないで」
「気にするなってそれ阿国さんのお金じゃん」
人のお金で食う飯は基本気が咎めて食欲が湧いてこない風太郎だが、今回の場合は三玖の怒られ損にしないように遠慮なしに注文した。
来たかったんだよねー、と一花は三玖と一緒にメニューを見ながら小さなケーキとコーヒーフラペチーノを頼んだ。
高いだけの事はある甘い物に舌鼓を打ちながら(風太郎はよく分かってないが)そもそもの疑問を三玖は口にする。
「そう言えば一花はどうしてここに? 稽古があるからって来れなかったのに」
「あーそれ? ここね、もう少し下ったら学校の研修施設があるんだよ。監督がその学校のOBで、今空いてるから格安で使わせてもらってるんだって」
「へえ。意外と安上がりな方法を使うんだな」
「華やかな印象だけどお金を切り詰めるために皆頑張ってるんだよ。意外とね」
風太郎は感心したように真面目な顔をして頷きながらも、「あーん」と三玖から差し出された白玉をそのまま口に入れた。うへえと苦虫を嚙み潰したような顔を一花はして、コーヒーフラペチーノに口をつける。
「そうだ、せっかくだから皆に会っていくか?」
「そーだね。ちょっと顔出そうかな。お昼ごはんの前には戻らなきゃだけど」
「二乃は海行きたかったって文句たれてたけど、一花が来たら掌返して喜ぶ」
「あはは。じゃあ行こうか。皆が泊まってるとこ」
風太郎は会計が書かれた伝票を片手に立ち上がりレジに向かった。合計金額を見ると自分の財布から出ている金では無いとは言えくらくらしそうになる。頑張れば一月は余裕で生きられるな。などとしょうもない事を考えながら執事風の衣装を着た店員相手に会計を済ませた。
「二人は何で来たの? 歩いて?」
「最初はそのつもりだったんだけど」
「三玖の尊い犠牲のおかげで財布を傷めずに自転車に乗って来れたんだ」
「えー、何それ? あ、私も自転車乗って楽しちゃお」
一花は貸し出し自転車専用駐輪場に停まっていた一台を適当に選ぶと、スマホから支払いして開錠したそれにまたがる。
一切躊躇なしの一花を見て、何やら視線を感じた風太郎はそばの恋人を見て、目が合うと三玖は呆れたように首を振った。
「ほらフータロー、普通の人はあれくらい気楽にお金払うよ」
「いーや、非日常のせいで財布の紐が緩くなってるだけだろ」
「コテージの近くの駐輪場で乗ってたら私も顔べろべろ舐められなくて済んだのに」
「それが無かったら一花に会えなかったぞ。運命と思って諦めろ。女子は好きだろ、運命」
「偏見」
「何してるのー? 私いくらでも時間がある訳じゃないんだからね」
大きく手を振る一花が、楽しそうに二人を呼びつける。
偶然でも何でも、楽しい夏休みになればなんでもいいか。……一年前の自分が聞いたら卒倒しそうな事を考えてるな。
風太郎は自分の変化に笑いながら自転車に乗って三玖と一緒に一花の下に行った。