三玖と恋するフータロー   作:アランmk-2

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学生の頃のこれって大変なことやと思うよ


3%も伝わらない

 ああこれは夢だ。

 目を開けた記憶がない。微睡を振り払って体を起こした覚えがない。

 そして何より、三玖が俺の家にいる訳がない。

「フータロー」

 朝とも夜とも分からない時間の中で、二人きりの勉強会をしているという状況のようだ。三玖はペンで問題を指して分からないと言っていた。

「ああ、それは」

 答えた問題は長篠の戦の事についてだった。三玖がこんなメジャーな戦について人に聞かなければ分からない事なんてないだろうと、この三玖は俺が夢の中で作りだした物なんだと確信を得た。寝る前に見ていた教科書が確かそのあたりだったのだろう。二つ三つ答えると三玖は顔を真っ赤にして、

「ありがと」

 と言った。可愛い。

 それから黙ってみているとあることに気が付いた。

 いつもより明らかに露出が多い恰好だ。

 シャツのボタンが開けられていて胸元が露わになっている。少し角度をつけて見れば下着が見えるだろう。半袖のポロシャツでその袖口が大きく、横から胸が見えそうなほど時折はためく。スカートが異様にミニでいつもははいているタイツをはいていない。何で三玖がタイツはいてねえんだよって? 俺もそう思う。

「えへへ……フータロー」

 いつものように可愛らしい声で、しかし普段の三玖がしない事をしてきた。

 三玖は俺の頭を抱き寄せ、胸を押し付けてきた。むにゅっと俺の顔が三玖の胸を押しつぶす。温かい柔らかさを両頬に感じた。

「フータローかっこいいよ」

 緩めた頬のまま、蕩けそうなほど甘くて熱くてやさしい声で三玖は囁いてくる。ゆっくりと俺を押し倒してきて、体の上にのしかかってきた。俺の胸板で三玖の胸がつぶれて、柔らかくて気持ちがいい。心臓が繋がった様にお互いの鼓動が重なり、俺はこんな言葉を思い出した。

 私達は半球であり、恋とは真球になるよう合わさる半球を探す事である。

 これは夢だが、現実の三玖に会ってこういう状況になれば、欠けた半球同士が合わさり真球になって、好きの感情が転がりだすだろう。

 うっとりとした目の三玖が身を乗り出すように顔に近づいてきた。襟ぐりが大きいせいで大きな胸が揺れる様が見えた。俺はそれに目が釘付けになる。

「フータローのえっち」

 と文句を言うが嫌がる様子もなく、はにかみながらキスをしてきた。

 俺の体はカッと熱くなり、下半身に血が集まった。

「フータローのここ、固くなってる」

 絶対に三玖はこんなことを言わないだろうが、分かっていても否応なく興奮した。

「わ、おっきい」

 いつの間にか着ていた服がなくなり裸になっていた俺の体を三玖の指が走る。浮き上がるような快楽に包まれて、俺は……

 

「……夢か」

 確信はしていたが、こうして現実を突きつけられるとガッカリした。下半身に不快感がある。パンツにべったりと夢精のあとがあり、大人しく洗い物をしに風呂に向かった。

 洗いながら俺は、さっきの夢とあの日の事を思い出していた。どちらも時間があれば『その先』に進んでいただろうか。触れたいという思いの究極系の行為を想像するだけで体が熱くなり、

「あ」

 そして俺は重大なことを思い出した。

 

 流れる景色が闇に変わる。外の景色を映していたガラスが今度は俺の顔を映す。それを見ながら前髪をいじった。

 俺は焦りにも似た不安感を抱きながら電車に乗っていた。今日は夕方からバイトで抜ける奴がいるとはいえ、全員の勉強を見れる貴重な日だ。しかし思い立ってしまったため、俺は動かなければならないという使命感の様なものに突き動かされてある場所へ向かっていた。

 何の気なしに本を読んでいると、電車の中が浮足立ったような雰囲気に包まれている事に気が付く。ある一点に男性客達は注目している。

 その視線の先を俺も見ると理由がすぐに分かった。とびきりの美人が立っていたからだ。

 背中にかかるほどのセミロングをアイロンで巻いたのだろう、カールしていわゆる『ゆるふわ』な髪型だ。けぶるような睫毛に覆われた目はぱっちりと大きく、少し釣り目ぎみだが目元の力を抜けば可愛く、力を籠めればクールに見える得な目の形だ。服装はボーダーのシャツで、その上にデニムの丈の長いシャツを着て、細いパンツをはいて足元はヒールなので足がほっそりとして長く見える。

 見惚れるほどに美人だった。

というか三玖だった。

 何してるんだあいつと思いつつ観察することにした。いつものようにヘッドホンではなくイヤホンで音楽を聴いている。

 ややもすると駅へ到着し、開いたドアから出て行った。呆けたようにその姿を見ていたが、俺の目的地でもある事を思い出して慌てて駆けだした。

 駅を出て向かっていく足取りは、いつもより大股で自信に満ち溢れているように見える。あんな恰好をしてどこに行くのだろうか。あそこまで気合の入った格好を俺は見たことがない。

 まさか浮気……

 いやいやまさか、あの三玖に限って。しかしあんなに可愛い女の子を世の男子が放っておくだろうか、いやない。

「すみません」

 もやもやと考え事をしていると声をかけられた。まずい、もしかして三玖が気が付いたのか!?

 考え事をして散漫になっていた焦点を目の前に合わせると、カメラを持った洒落た女性と男性が立っていた。

「私、こういう者なのですが」

 と言うとポケットから名刺を取り出した。それを見ると名前と会社名が書いてあった。

 女性はファッション誌のストリートスナップを撮影するスタッフなのだと説明した。

「悪いが少し急いで……」

「今ですとハンバーガー一個無料券を差し上げ「何してるんですか早く撮って下さい。はっはっは天下の〇〇に掲載されるなんて嬉しいな」

 許せ、これも貧乏学生の悲しい性なのだ。

 何枚か向きやポーズを変えて撮影した。カメラを持った女性と男性が写真を見て何か言い合うと、

「はい、ありがとうございました。こちらお礼の無料券です」

 と言って赤い券をくれた。時間にすると五分にも満たなかっただろう。

 よし、今日の昼飯は行き先でもあるショッピングモールでこの券を使って水をしこたま飲むことにしよう。

 ……ってこんなことをしている場合じゃない。三玖を追いかけないと。

 駆け足で角を曲がるとポーズをとっている三玖がいた。俺のようにファッション誌のスタッフに捕まったのだろう。ありがとう名も知らぬファッション誌。

 電柱に隠れて携帯をいじるフリをしつつ撮影を横目に見た。

 恋人だからという欲目を引いても、三玖はとびきりの美少女だ。一花が美人女優と言われているのだから、同じ顔の三玖も第三者の目から見て美少女なのに相違ないだろう。しかも普段は化粧をしないが、今の三玖は化粧バチバチで可愛さ増し増しだ。ファッション誌スタッフが連絡先を欲しがるのもむべなるかな。

 三玖はスマホを出すそぶりさえ見せず立ち去って行った。スタッフはがっくりと肩を落とし物欲しそうな顔で歩いていく三玖を見送った。

 俺は充分三玖との距離が離れるとその後ろをついていった。三玖は人の横を通るたび振り返られていた。十人いれば十人振り向くという美人を評する言葉があるが、今の三玖はまさにそれだ。

 どうやら俺と三玖の目的地は同じらしい。ショッピングモールの自動ドアをくぐり店内へ入って行った。

 店内は休日ということもあり、人でごった返していた。走っていた子供が俺の足にぶつかった。その勢いのままこけて尻もちをついて俺を見上げてくる。

「おい、大丈夫か?」

 屈んで手を貸そうとすると少し後ろに下がられた。怖がられただろうか。人混みの中からこの子の母親であろう女性が走ってきた。

「翔ちゃん大丈夫!? あ、ごめんなさい家の子がご迷惑を」

「いえ、大丈夫です。そちらのお子さんも大丈夫ですか?」

 母親は子供を抱き上げ軽く揺らしながらあやしていた。

「ほら翔ちゃん、ぶつかってごめんなさいは? ごめんなさい」

 母親に促された子供はおっかなびっくり俺の方を向くと小さく、

「ごめんなさい」

と言った。

「ちゃんと言えたな、偉いぞ」

 俺は髪をくしゃっとさせて子供の頭をなでる。母親がばいばいと言うと抱きかかえられた子供は大きく手を振ってきた。手を振り返して一つ息を吐くと大変な事に気が付いた。三玖を完全に見失ってしまっていた。

 どうしようかと考える。連絡するか? いやそれなら俺に気を使って三玖の本当の目的が分からなくなってしまうかもしれない。だが見つけられるか? この休日の人混みの中で? どうにも現実的じゃないな。

 あれこれ考えた末、さっさと目的を果たして帰ることにした。今日は午後から勉強を見ると五人に連絡を入れているからそれまでには帰ってくるだろう。

もし帰ってこなかったら?

頭にかっと血が上った。胸の奥がつぶされそうなムカつきを覚える。

嫉妬しているのか? いるかどうかすら分からない相手に。三玖だって女の子だ、ああいう可愛い恰好をして出かけたくなることだってあるだろう。しかし、俺に見せずに誰に見せに行くのだろう。

 ……ダメだ。今は考える事を止めておこう。

 俺は目的地に歩を進めた。気恥ずかしさを押し殺し、平静を装い目的の品が置いてある陳列棚の前に立ち、商品を手に取った。会計を済ませて急いで鞄にしまう。過剰なほどに何もないですよという感じを醸し出して帰路についた。目的を果たした達成感で注意力が散漫になっていた。

 目の前にいる三玖に気が付かないほどに。

「え……フータロー?」

 その声で俺は現実に引き戻される。三玖は驚きに目を真ん丸に開き、開けた口に手を当てていた。

「み、三玖」

「フータロー、どうして……

 金髪なの?」

 その言葉にバツが悪くなり、金色の前髪をいじった。

 

 俺たちはフードコートで向かい合わせに座っていた。机には互いにストリートスナップで貰った券で注文したハンバーガーと、無料券はそれだけ使うということができないので追加で俺はもう一個ハンバーガーを、三玖はお茶を頼んだ。

 俺はウォーターサーバーから紙コップに注いだ水で口を湿らせると口を開く。

「三玖、どうしてそんな恰好で出かけているんだ?」

 三玖は質問に俯いた。少し考えて頭をあげると俺の恰好に突破口を見出したのかこう切り返してきた。

「フータローこそ、何でそんな恰好なの」

 その質問に思わず言葉に詰まった。言葉を選びながら慎重に話す

「俺は……ちょっと用事があっただけだ」

 自分が少し後ろ暗いことをしている自覚があったので三玖に顔を合わせず、机に呟くように言った。

「私もそう」

 と三玖は短く言うとハンバーガーの包み紙を剥がして一口かじった。

「そんな俺にも見せないお洒落をしてか?」

 三玖の柳眉がぴくりと動いた。こんなことを言うつもりはなかった。しかし目の前にいる綺麗に着飾った三玖を見ると胸のムカつきが収まらない。

 認めよう。俺は嫉妬していた。いるかも分からない相手にだ。

「フータローだって……フータローだって、そんな、髪を金髪に染めてまで誰に会いに行くの?」

「これはカツラだ」

「どっちでもいいよ」

 三玖の周りに剣呑な雰囲気が立ち昇る。いつもの可愛らしく繊弱な雰囲気の三玖とは違い、綺麗な姿のせいで迫力も一塩だ。

「フータローだって髪色まで変えて出かけてるのは、何か私に言えないことがあるからじゃないの?」

 俺の閉じた口から唸り声が漏れた。ふんと三玖は鼻白み、お茶に口を付けた。その様は異常に冷たく見えて恐怖すら覚えた。こういうのを心胆寒からしめるとでもいうのか。

「俺は、三玖のために……」

「フータローだって分からないような恰好をすることが?」

 言葉に棘がある。これは間違いなく怒っているな。

「フータロー……」

 三玖の吊り上がった眉が困り眉になった。怒りが度を越して悲しみに変わったのだろうか。

「言えない事なの?」

「そんな事はない……」

「ね、言ってよフータロー。いやだよ、ケンカなんてしたくないよ」

 三玖はいきなり赤面して、

「ふ、フータローが言ってくれたら、私も言うから」

 と言ってきた。俺も三玖とケンカなんかしたくない。内心にある気恥ずかしさを守って三玖とケンカするくらいなら、さらけ出して何とでも言われた方が楽だろう。三玖に手招きしてもっと近づくように示した。三玖は身を乗り出して俺の顔ほど近くまで来た。俺は鞄で周りの視線を遮りながら中身を見せた。

「あ……え、フータロー……こ、これって」

 中身と俺を交互に見ながら、三玖の顔がどんどん赤くなっていった。

 こんなこと言えないだろ、

 コンドームを買いに来ただなんて。

 三玖は湯気が昇りそうなほどに顔を赤くして俯いてしまった。それはそうだろう。これを買うということは、『俺は三玖とセックスするぞ』という意思表明も同じだ。

「俺は教えたぞ」

 恥ずかしさを誤魔化すように強がって言った。出してしまったからにはもうごり押すしかない。

「うぅ……」

 三玖は俯きながら持っていたポーチを押し付けてきた。

「開けていいのか?」

 こくりと弱々しく頷く三玖を見てからポーチを開けた。そこには……

「はは、はっはっは!」

 俺は思わず笑い声をあげてしまった。

「笑わないで……」

 と言われても、笑うなというのが無理だろう。

 なぜなら三玖も俺と同じものを、コンドームを買っていたのだから。

 両手で顔を覆う三玖。しかし隠し切れていない耳まで真っ赤になっていた。

「み、見ないで……フータロー……恥ずかしくて死んじゃう」

 さっきまでの冷たい雰囲気は何処へやら、いつものように恥ずかしがり屋で可愛い俺の恋人が目の前にいる。

「そんな恰好してるのも俺と同じ理由だろ。知り合いに見られたら恥ずかしいから、一目で自分と分からないように変装しようって事か」

「ん……」

 頷いて肯定すると俯いて小さくなった。

 俯いた三玖の頭をなでた。乱れた髪を押さえながら睨んできたが、

「ははは、もうそんな目しても怖くないからな」

 それが恥ずかしさの裏返しと知っているなら、なんて可愛らしい顔だろう。

「なあ三玖、そんな可愛い恰好してどこに行くんだ?」

 俺の質問に要領を得ないのか小首をかしげて疑問を示す。

「良かったら俺とデートしに行かないか?」

 少しキザだっただろうか。いや、聞いた三玖が笑顔になったからこれでいいんだ。

「うん」

 

 

 

 数週間後。

 家庭教師をしにきた俺に二乃がニヤリとしてからかうように言ってきた。

「お洒落をした三玖ちゃんとのデートは楽しかったかしら?」

 内心どきりとしながら、表には出さずに返した。

「何の事だ」

「とぼけたって無駄よ無駄。どうりで三玖がいない訳だわ」

 だから、と口を挟もうとした俺の目の前に二乃は雑誌を一冊突き出した。

 そこには三玖と、そして後ろに金髪のカツラをかぶった俺が僅かに映っている写真が掲載されていた。後ろから一花も覗き込むようにその写真を見てきた。

「あー本当だ。フータロー君べつにこんな変装しなくても。言ってくれたら三玖との時間くらい作ってあげるよ」

 見せてと来た四葉に一花は雑誌を渡した。

「あ、本当だ。三玖とこれ小さいけど上杉さんだ。こんなお洒落して何してたんですか?」

「何って……」

 勉強していた三玖が顔を上げてこっちを見てきた。俺と目が合うとかっと顔を赤くして俯いた。胸をかばうように腕を組んでもじもじしている。

「あれ? どうしたんですか上杉さん。顔赤いですよ」

「よ・つ・ば、野暮なこと言っちゃダメだよ。恋する二人の間には、余人の立ち入る隙は無しってね」

「一花、それ何の言葉?」

「知―らない」

 その日は雑誌をダシに散々からかわれた。

 

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