三玖と恋するフータロー   作:アランmk-2

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グッズを買う金が足りない(切実)


蠱惑の糸に絡まれば

「じゃあね。六時には帰ってくるから、それまでにイチャイチャしつくしときなさいよ!」

「二乃、私たちは勉強するだけ」

「ふん、どうだか」

「二乃、いじめないの」

「あれ? 四葉、今日は予定はないと言っていませんでしたか?」

「五月~さすがに私でも気を遣うよ」

 五姉妹のうち四人が玄関にひしめき合う。休日の正午ほどになぜ慌ただしく出かけなければならないのかというと、家に残る三玖と風太郎が恋人関係であり、誰も人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくないからだ。

「行ってきます」

 四人の声がピタリと重なり次々玄関から出て行った。四人がいなくなると先ほどまでの姦しさはどこへやら、寂寥感すら覚える静けさが広がる。

 二人は顔を見合わせる。どきりと心臓が脈打ち、互いの顔が赤くなった。

 風太郎は気恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻くと、

「あー……三玖、分からない所はあるか? 今日は徹底的に教えてやれるぞ」

 あくまで教師としてここに来ているのだと心の体裁を整えた。

「え……うん。フータローに聞きたいところがあるから来て」

 そして三玖もその茶番に付き合うことにした。そうでもしないと恥ずかしさに消え入りそうだった。

 先を歩いて机に座る三玖を見ながら、風太郎は内心自分のヘタレ野郎と毒づいた。

 三玖は問題集を開きノートをぱらぱらと捲った。ノートを見ている伏せられた顔に、「綺麗だ」そう素直に思った。

「え……フータロー、あの、えっと……」

 三玖はいきなりあたふたして顔を赤らめた。思わず口に出てしまっていたらしい。

 誤魔化すように風太郎は軽く咳払いをして三玖の隣に行き、問題集を覗き込んだ。

「これは……」

 それは関数の問題だった。彼は頭の本棚から数学を引っ張りだして、流れる様に問題の解法を唱えた。

 三玖はもっとよく話を聞こうと風太郎の顔を見た。それがいけなかった。

嫌な気持ちになったから? その逆だ。彼の真剣な顔を見るとどうしてこんなに好きなんだろうと、血が沸騰したように体が熱を帯びてきたからだ。

「分かるか? 三玖」

 問題の解法を一通り言い終えると確認のために視線を落として三玖を見た。風太郎は息を呑んだ。顔を赤らめた三玖が、熱に浮かされたような目で自分を見てきたからだ。

 彼は熱風を吸い込んで喉が焼けたように息が出来なくなった。

「フータロー……」

 三玖は甘く、しかし耳をそばだてなければ聞こえないほど淡く恋人の名を呼ぶ。

 花の甘さに引き寄せられる蝶のように、風太郎は言葉の甘さに引き寄せられ、三玖の小さな桜色の花にとまった。

「んっ……」

 あまりに甘美なキスの快楽に、鳥肌が立つほど感覚が鋭敏になっていく。

息が漏れる。感情が昂る。そしてなにより、恋人への愛が高まる。

「はっ……ぁ」

唇を離す名残惜しさが熱い吐息となって零れた。二人はその名残惜しさを取り戻そうとゆっくりと近づき、

「ごめーん忘れ物」

 しかし玄関から聞こえる声に弾かれるように距離をとった。

「あら? お邪魔だった?」

 二乃は悪びれる様子もまるでなく、二人に目線を向けるとテレビ台の上に置いてあるスマホを取った。

「ごゆっくり~」

 目元がにんまりとし白い歯をみせて笑いながら二乃は出て行った。

 残された二人は先ほどまでの、うっとりとした耽美な雰囲気が霧散してしまい気恥ずかしさに頬をかいた。

「お茶淹れるね」

沈黙に耐えられなくなった三玖は逃げる様に台所へ立った。

「あ、ああ」

 ヤカンに水をいれて火にかける。棚から茶葉を探して三玖の後ろ姿がゆらゆら揺れる。そんな彼女を見ていると、風太郎は無性に抱きしめたくなった。

 それはこんな風に家事をしていたかもしれない母親への憧憬なのか、それとも自分にかまってほしい子猫のような嫉妬なのか確かめたくなり、後ろからそっと抱きしめた。

「わ、フータロー……?」

 抱きしめられた三玖は驚いて一瞬固まる。しかし抱きしめてくる腕の力強さに安堵の気持ちを覚えて風太郎に体を預けた。

「三玖」

 耳元で風太郎は囁いた。三玖は愛しい声が頭にびりびりと響き、過剰な電力を流された回路のように焼き付いて思考が真っ白になる。

「フータロー……フータロー……」

 もっと頂戴とねだる小鳥のように、三玖は彼の名前をうわごとのように呼ぶ。

 彼女は風太郎の腕の中で振り返り彼の背中に手を回す。そんな三玖の腰に手を回し、力強く引き寄せた。

 腹が、胸が、腕がくっついて、後はどこをくっつければいいだろう。

 答えは、互いの瞳に映っている。

 二人は押し殺した息でさえもかかる距離に近づくと、答え合わせを終えた本のように瞼を閉じた。

「あ……っ……」

 唇が触れ合うと、どくんと心臓が大きく跳ねた。いや、くっつけた胸から伝わった相手の鼓動かもしれない。

 自分と相手との境目が曖昧になるほど熱く繋がると、唇を離すことがおかしい事のように思えてくる。

「すみません! 本当に二人ともすみません」

 玄関から五月のぴしゃりと芯の通った声がした。名残惜しくも体を離すと、半身を失ったかのような強烈な寂しさが胸の内に広がる。

「ええと、持っていく本を忘れてしまって……」

 バツのわるい五月はそそくさと机の上に置いてある本を手に取る。もう一度謝罪を述べようと二人を見ると、そのことを後悔した。

 風太郎は人相の良い人とは言い難いが、それでもこんなに険を持って何事かを見る事はなかった。その敵意を持ったような鋭い目に見られるとさしもの五月も縮こまる。

 そして姉は普段の凪のような穏やかな表情は面から消え、恋人への愛で赤い頬をして、海さえも沸き立たせるような火が瞳に灯っている。

 ああ、これが恋する人の顔なんだ。

少しかもっと先か分からないが、自分もこんな顔を見せる人と出会うのだろうかと胸がときめいた。しかし今の状況を思い出した。自分はとんだお邪魔虫だ。ここは自分の出る幕ではないと思い、小走りに玄関から出ていく。

「ごめんねフータロー」

「いや、ここはお前達の家なんだから、帰ってくる奴をとやかく言う資格は俺にはない」

 とは言うものの、風太郎の胸の内では不完全燃焼の黒い煙がむくむくと膨れ上がり、事ここにおいては武断的行為もやむを得ない、と某北の国の放送の様な物騒な事を考えた。つまりは開き直る事にしたのだ。

 火にかけたヤカンからシューとお湯が沸く音がすると、三玖は慌てて火を止めて急須と湯呑を準備し始めた。お茶を飲むつもりらしい。

 風太郎は体の芯に残った熱から目を反らすように頭を振って歩き、いい加減片付ければいいのにと思いつつコタツに足を入れた。

 お盆に湯呑と急須を乗せて来た三玖はそのお盆を机に置いて彼の隣に座った。

 三玖はこなれた手つきでお茶を淹れ始めた。一つの湯呑に少し注ぎ、もう一つにも同じように少し注ぐ注ぎまわしという手法だ。

 彼女が淹れてくれたお茶に口をつける。温かい苦みが舌にじわりと広がり、ゆっくりと味わいながら飲んだ。

「見てフータロー」

 三玖は微笑みながら自分の湯呑を見せてきた。そこには茶の茎が浮いていた。茶柱だ。

 ふわりと朗らかに笑う彼女を見て、風太郎はいたずら心が一つ芽生えてきた。

 三玖の湯呑を取ってお茶を一口含む。あ、と言って彼女は風太郎から湯呑を取り戻すが、もうそこに茶柱はなかった。

「フータローのいじわる……」

 三玖はいつもの様なふくれっ面で、目を細めて彼を睨んだ。

 風太郎そのふくれっ面の真ん中、唇に人差し指を当てた。三玖はその人差し指に噛みついてでも文句を言おうとしたが、彼の指に込められた意味を考えて赤面した。

 まさかそんな。あのフータローが? そんな……少女漫画でもえっちな方の漫画でしか見たことのない、あんなことをしようとしているの?

 三玖はその未知の行為に対する興味と、不思議な高揚を覚えた。ドキドキとうるさい心臓を落ち着かせようと唾を飲み込む。

 三玖は風太郎を見るために少し顎を上げる。彼はいたずらが成功した子供のように口の端を釣り上げた。それを見て彼女は、可愛い所もあるなと胸の奥がきゅんと甘くうずいた。

 風太郎は唇の上に置いた指を滑らせて下り、三玖の顎先に当てた。その指をくいっと引いてこちらを向かせる。見上げる形になった三玖はおずおずと口を開く。

 期待に潤んだ三玖の瞳が風太郎を見つめる。彼はそっと近づいて彼女に唇を重ねる。

 風太郎は口に含んだ緑茶を三玖に流し込んだ。

「ん……んくっ……」

 初めての口移しに戸惑いながら、必死に飲み込もうとする。人肌ほどにぬるくなった緑茶が、恋人の口によって甘くなったように感じた。飲み込み切れなかったものが三玖の口から一筋零れた。

「はっ……はぁ……」

 風太郎からもたらされる奔流に弄ばれて息も絶え絶えになる。足りない空気を求めて浅い息を繰り返した。それでも尚ぼうっとする頭で三玖は求めるままに口を開いた。

「もっと……」

 言ってから自分が何を言ったか理解して、やっぱり今のなしと言おうと思ったが開いた口に風太郎は口付けてきた。今度は先ほどよりもゆっくり丁寧に、そんな配慮を嬉しく思う。

口移しするものがなくなっても、口付けは終わらない。風太郎の舌が三玖の唇を割って入ってきた。熱い、自分と全く異なる体温の舌がお互いを舐める。二人は夢中になって口の中を舌でまさぐりあい、甘美な唾液の交換をし続けた。体の奥から溶けていくような強烈な快楽を手放したくなかった。

「四葉~台本どこ置いたんだっけ?」

「えっとー、テレビ台の一番下のはず」

 玄関から二人分の声がした。三玖は呆けたように回らない頭で考える。四葉、台本。帰ってきたのは一花と四葉だ、と他人事のように思った。

 足音が一歩ずつ近づいてきても風太郎は不思議と焦りも怒りも湧いてこなかった。もう開き直ることにしたのだから、この愛する恋人との触れ合いを止めるつもりなどさらさらない。

「ごめんねふた……り……」

「一花―、一番し……た……」

 一花と四葉の足音が止まり、会話が止まる。

 三玖と風太郎が行っているたわむれに恥ずかしさを抱きながらも、憧れてもいるから目を皿のようにして見入った。三玖の口の端から涎だろうか、きらりと光る跡がある。普段は冷たく見える目元の目じりが下がり、とろんとした瞳は女である二人もどきりとさせられるものがあった。

 一花と四葉は普段はどちらかと言うとクールな三玖の痴態に驚いていた。

平たく言うと「うわ三玖エッロ」と思ったのである。

「フータ……」

 三玖は風太郎が気付いていないのかと思い、目線を二人に向けて一言告げようとしたが、その言葉は風太郎に飲み込まれた。彼は三玖の後頭部に手を添えて引き寄せ、強引にキスをしたからだ。

「え……フータローくん?」

「わわ……」

 一花と四葉、二人を見ていた三玖の目が驚愕の色で彩られたまま見開かれた。しかし恋人からの熱いキスに、全身が粟立つほどの気持ちよさと心地よさに、三玖はうっとりと目を閉じた。

 一花と四葉はそれにシンクロするかのように片目を閉じる。二人は奇妙な感覚に捕らわれた。いまさら言うことでもないが、一花と四葉、そして三玖は同じ顔である。それ故にこの三玖が風太郎とたわむれている姿を、まるで鏡に映る自分がそうされているかのような錯覚を覚えた。それはある意味倒錯的な快感で、溺れるように目の前の「鏡」に夢中になった。

 三玖がキスされる。二人はしたこともないキスを幻視する。風太郎は三玖の口に指を入れ、それを嬉しそうに彼女は噛む。がじり。二人は自らの指に噛みついた。風太郎は三玖の頭に添えた手の指で彼女の頭皮に爪をたてる。

「やっ……あんっ……」

 三玖の口から、聞いたこともない甘い女の声が漏れた。二人の口から熱いため息が零れる。

 風太郎は意地悪く笑い、二人に流し目をくれた。一花はどきりとする。それは彼女が好きだった彼の笑顔だから。

――いつまで見てるんだ?

 目を離せない魔法から解かれたのか、それとも風太郎の言葉に従う魔法にかけられたのか、いずれにせよ二人は客観性を取り戻した。

 妹の(姉の)情事を覗き見て興奮しているなんて、こんなの変態じゃないか!

「「ごめんなさい!」」

 二人は今更だが恥じ入って赤面し、目当ての物をとって風のように駆け抜けて行った。

 そんな二人をみて、三玖も自分は何てはしたない姿を姉妹に晒したんだと赤くなった。

「フータローのばか……」

 三玖は体の芯が熱で溶けてしまったように力なく風太郎にもたれかかった。彼は胸に寄りかかる三玖の頭をなでる。二人の胸の内に先ほどまでの灼熱のようなキスとは違って、陽だまりのような温かさがこみ上げてきた。

「フータロー……えっと……」

 風太郎の胸に抱かれながら三玖は彼の顔を見上げた。恥ずかしさに決意の火が揺らぐが、三玖は勇気を振り絞って言った。

「あの……布団……敷いてる……」

 言ってしまった! 三玖はまともに風太郎の顔を見られない。風太郎が来る前から、『そういう事』を期待して待っている自分がとてもいやらしい女に思えてきた。

 風太郎は涙目になっている三玖の頬にキスを落とした。

「三玖、愛してる」

 風太郎は精一杯の心を込めて愛を謳う。彼は三玖を見ているだけで爆発しそうなこの思いを彼女に受け取って欲しかった。そばにいて、手をつないで、笑いあってキスをして、そして……

 三玖は今の状況が夢ではないかと疑うほどに幸せを感じていた。彼女は風太郎を見ているだけで張り裂けそうなこの胸のときめきを彼に知って欲しい。そばにいて、手をつないで、笑いあってキスをして、そして……

 三玖はにこりと笑う。風太郎は思わず息を呑んだ。

 彼女があまりに綺麗に笑うから。

「私も愛してる、フータロー」




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