「ねえ三玖、一緒にお風呂入らない?」
晩御飯を食べた後、一花はいきなりそう言ってきた。
「いいけど」
「あ、私も!」
いつものように元気な四葉の声も一花に便乗してきた。二人ともちょっと頬が赤い。そして目が爛々と輝いてる。さすがに何の事だろうととぼけるほど私は鈍感な人ではない。
「うん、決まり。早く入ろ」
と言うと、一花は私の腕を引っ張り四葉は後ろから押してきた。そんな私達を見ると二乃は呆れた顔で言う。
「こんな狭いお風呂で、すし詰めにならなくてもいいでしょ」
一花は軽く笑って受け流すと、脱衣所まで私を引っ張りこんだ。服を脱いでいると、じろりと視線が肌に突き刺さる。……脱ぎにくい。
シャツを脱いで洗濯機に放り込む。洗面台の鏡にそろりと近づいてくる一花が見えて、
「えい」
「ひゃっ」
指でつついてきた。
「ふっふっふ、三玖ちゃん、虫刺されの時期には少し早いんじゃないかな~」
「なんの事だか分からない……」
一花の指摘に私は知らんぷりをする。でも、どんなに口で言っても意味はない事は分かってた。
「わ、本当に赤い痕。これがキスマーク?」
体に隠しようのない痕が残っているのだから。
『三玖』
その赤い痕が残った時の事を否応なしに思い出される。胸がどくんと跳ねて、フータローがここにいない事に切なさが胸の内に広がる。
「まあまあ、湯船につかりながらゆっくり聞こう?」
ね、と一花はウィンクした。ここにあってもはや逃げることなど出来はしない。乙女の興味の大渦に飲み込まれてしまった私が悪いのだから。
ただでさえこのアパートの浴室は狭いのに、三人も入れば足を伸ばすことすら難しい。しばらくの協議の末、一人が体を洗い、二人は湯船に入る形に落ち着いた。まずは私から。
シャワーで髪を濡らしていると視線を感じる。一花と四葉がジロジロと私の体を舐める様に見つめていた。
「何?」
そう聞くと二人は顔を見合わせた。そして聞いてくる。こういう時先陣を切りこんでくるのは一花だ。
「どうだった?」
「だから何が……」
「とぼけても無駄だって。あんな熱いラブシーン見せつけておいて」
思い出すと恥ずかしさに震えそうになる。あんな強引なフータローは初めてだった。体が熱いのは温かいシャワーのせいだけではないだろう。
「本当に困ったんだから。ラブシーンの撮影見ると思い出しちゃって監督に『君、うぶで可愛いね』なんて言われちゃった」
ぽっと声に出して頬を一花が抑えた。大した役者ぶりである。
「で……三玖、どうだったの上杉さんとは?」
抑えきれない興味の光で四葉の瞳が光った。
「どうって……」
私は数時間前のフータローとの情事を思い出す。それだけで体がかっと熱くなり、もう一度あの腕に抱かれたい思いがよみがえってくる。とはいえ正直結果から言えば、
「次回に課題を残す結果となった」となる。
「えー何それ、負けた時のサッカー日本代表みたい。ミク・ナカノにならなくて良いから」
一花はそう言ってむくれて四葉と一緒にブーイングの構えだ。
「言っちゃえ四葉」
「ええ私!?」
四葉は先ほどまでの勢いはどこへやら、小さくなって恐々聞いてきた。
「でも、えっと……あの……した、んだよね上杉さんと」
四葉の質問は、その性格らしく直球だ。恥ずかしさに固まった心に食らえばひとたまりもない。余計な弁明も弁論も意味なく、
「……うん」
と言わざるを得なかった。二人は顔を赤くして指を絡ませキャーキャー言いながら湯船で跳ねている。
「ね、どうだった?」
グイグイと湯船から身を乗り出して二人が近づいてくる。怖い。
何とか言葉にしようと、フータローとのあの一時を時系列順に思い出して強く思った事だけ述べる事にした。
「……痛かった」
「「痛かった!?」」
「泣いちゃった」
「「泣いちゃったの!?」」
「でも……」
「「でも?」」
「優しかった」
「「ほほう」」
二人は顎に手を当ててしたり顔だ。……いや知らないでしょ。
「あー! 一花、三玖が『可哀そうだけどあなた処女なのね』って顔した!」
「五つ子格差がこんな所に……。あー熱くなってきた。三玖、こうたーい」
派手な水しぶきを上げて一花が湯船から出た。後で二乃に怒られそう。
「四葉、つめて」
「はーい」
四葉が作ってくれたスペースに体を入れる。隣からの視線が痛い。
「あんまり見ないで……」
「ごめん、でもやっぱり気になって」
四葉はバツが悪そうに笑って頬を掻いた。今まで姉妹から色恋色恋した話は聞いたことがなかったが、やっぱり皆気にはなっていたのだろうか。
「でもそんなに痛かったの? 泣いちゃうくらいに?」
思い出すと体が熱くなる。フータローが私に『好きだ』『愛してる』と言ってくれた言葉の震えが呼び覚まされて、心が震えて胸が嬉しい気持ちでいっぱいになってきた。この日の事を、きっと忘れないんだろうな。
「うーん……痛かったのもあるけど、一番は情けないからかな」
「情けない?」
首をかしげてはてなの意思を示す四葉に、私は恥ずかしいが訥々と説明した。
「フータローの……えっと、あれが入ってくる時に股から裂けそうなくらい痛くなって、フータローはすぐ抜いてくれたんだけど、そのとき私はなんてダメな女なんだろうって思ったの。こんなに大好きな人を受け入れられないなんて、私はなんて情けないんだろう、フータローにふさわしくないんじゃないかって思って、それが悲しくなって涙が止まらなくなって、でもフータローが……フータローが……」
あれ? 私は何を言っていたっけ。頭がぐわんぐわんして……
……
三玖―!?わー大変三玖がのぼせた!二乃―二乃―!三玖がのぼせちゃった氷持ってきて!あんたたち何やってんのよー!持ってきました三玖は大丈夫ですか!五月なんでそのまま持ってくるの!?袋に入れてもってきなさーい!……
……
……
ん……
「あ、起きた?」
う……ん。だれ?
「あーあ、これは相当まいってるわね」
「ごめんねー三玖」
「疲れていたのでしょう。話では泣くほど自分を責めたそうですし」
「ごめん三玖~」
ぎゅっと何かに抱きしめられた。
「明日にしましょう、明日に」
「そうだねー。明日もフータロー君来るし、その時でいっか」
「楽しみだわ~。どんな顔して話すかしら」
「今はゆっくり休んでください、三玖」
ん? おやすみ……
昨日の今日で中野姉妹宅に赴くのは、気まずいというか気恥ずかしいというか。だが俺はお金が貰える実利の面と、三玖に会いたい気持ちの面から言っても約束をすっぽかすなどありえなかった。
中野のネームプレートのはまった扉の前に立つ。昨日の記憶が蘇ってきてどくんと胸が大きく脈打つ。
『フータロー……大好き……』
…………
いやいや、今はとりあえず忘れよう。
……頑張って忘れよう。どうにかして忘れよう。何としてでも忘れよう。
よし。
チャイムを押す。中から誰だろうか、どうぞと言う声が聞こえた。扉を開けると、
「うぅ……フータロー!」
なぜか若干涙目な三玖が俺の下へ駆け寄ってきた。そのまま三玖は抱き着いてくる。柔らかい胸が当たってきて……
だから今だけは忘れろって。
「どうしたんだ三玖」
「今日からフータローの家の子になる」
「はあ!?」
突然の告白に頭が追い付かない。何が、と思って顔を部屋に向けると、三玖以外の四人がなんとも言えない笑顔をしてこちらを見つめてきた。
「あーあ、いじめすぎちゃったかしら?」
「丁度いいところにフータロー君も来たし、選手交代ってことで」
言った順に二乃、一花がじりっとにじり寄ってくる。俺は完全に理解した。色恋沙汰に興味津々な女子らしく根掘り葉掘り三玖から聞き出そうとしたのだろう。
「今日は忙し「おっと逃がしませんよ」
いつの間にか四葉が扉を閉めて鍵をかけていた。え、怖。
「せめて三玖は置いて帰って下さい」
五月は三玖を引き戻そうとしてくる。しかし三玖は俺の服にしがみついて離れない。
「往生際が悪いわね、さっさと入って来なさい」
ここに来て今度こそ理解した。
どうやら俺はとんでもない渦中に飛び込んでしまったらしい。