「ねえ四葉ちゃん」
「はい、何ですか?」
「四葉ちゃんって上杉君と付き合ってるの?」
「ええ~お義兄さんと私が?」
「えっ」
「えっ」
「「えっ?」」
特に何もない平日、いつもの教室に、上杉さんが入ってくると一部の女子が色めきたつ。理由は分かってる。私のせいだ。
「ね~え四葉ちゃ~ん」
クラスメートの女子がくねくねとしなを作りながら話かけてきた。
「知らないよ」
「嘘だー。何にもないクラスメートをお義兄さんなんて呼ばないでしょ」
そうそう、と周りの女子も同調する。口々に私達の名前が飛び出てくる。それは野球ファンのペナント予想、サッカーファンのW杯予想のように止めることなんて出来ない。
「一花ちゃんかなー。化粧もばっちり決まってて可愛いし。ちょっと胸元開けてあざとい所も男子に効くんじゃないかな」
分かる―、と周りと理解を共有して盛り上がった。
「二乃ちゃんは?」
「えー、でも二乃ちゃん男子に当たり強くない?」
「そこが良いんじゃないの? ほら、ツンデレってやつ。俺だけに見せる顔ってやつに男はくらくらきちゃうらしいし」
キャーと喜ぶように声をあげた。……自分退席いいですか。
「どこ行くの四葉ちゃん」
「い、いやー皆さん盛り上がっているようなので邪魔しちゃ悪いかなーって」
私がそう言うと周りの何人かが押さえつけてきた。
「やっぱり隠してるんでしょ~」
「いやいや」
そう言って平静を装うが内心は汗だらだらだ。この流れだと次に出てくるのは……
「じゃあ三玖ちゃんかな」
正解。
「ああいうちょっと落ち着いてる子は意外と人気あるからね」
「分かるわー、男って清楚大好きだもん」
「あはは……」
大丈夫だろうか。顔に出てないかな私。
「それに落ち着いた子が実は……ってのも好きだよね」
「すごいねっとりイチャイチャしてそう」
キャハハハと甲高い笑い声が重なりあう。……笑えないんだよなぁ。もしかして知ってて遊んでいるんじゃないのかな皆。
「もしかして四葉ちゃんが付き合ってたりして」
「ええ!? 違いますよー」
「うんそうだよね」
「彼女にお兄さんって呼ばせる奴だったら、悪い事言わないからさすがに別れた方がいいよ」
うんうんと皆が頷く。確かに恋人にお兄さんと呼ばせる人はご遠慮したい。
「五月ちゃんは無いか。妹だから付き合ってたら弟だもんね」
「でも昔は後から生まれた方がお兄さんやお姉ちゃんだったって何かで聞いた事あるよ」
「なるほど、ちょっと捻ってる所が逆に特別感出てるね」
喧々諤々と言った様子の議論は終わりが全く見えない。それはそうだ。こういう議論は結論を出す事が目的じゃなくて、議論を戦わせる事自体が目的なのだから。イチローが日本球界復帰したら二千本打てたかとか、贔屓にクリロナが入ったら優勝できるかとか、結論の出ない事を永遠話しているこの状況自体を楽しんでいるんだ。あ、永遠じゃなくて延々?
予鈴が鳴った。皆は議論の熱を抱えたまま自分の席に戻って行った。
朝のショートホームルームは一時間目が体育という事もあり、担任の先生は時間に余裕を持って着替えできるようにと早めに終わらせてくれた。
授業の用意をしないといけない体育委員は、いの一番に飛び出して行った。私は急ぐことなくのんびり歩いて行こうとすると、
「四葉ちゃん」
捕まってしまった。女子の恋愛に対する興味は尽きないんだなあ。
捕まりながら話していると、視界の端っこに三玖が見えた。三玖はゆっくりと歩き出すと上杉さんとぶつかって少しふらつく。あ、絶対わざとだ。だって上杉さんは道を十分に空けていたのに。
「フータロー、ごめん」
「いや、大丈夫だ」
と、二人は短く言葉を交わすと微笑みあった。わわ、そのままキスしそう。
「何熱心に見てるの~?」
「あ、上杉くん。おいおい、実は好きなんじゃないの~」
両サイドを固められた私はつんつんの波状攻撃に晒されてしまった。
冤罪です裁判長。さっきのがイチャイチャ、イチャイチャですぞと言いたくなる胸の内を抑えて誤魔化すように笑った。
そもそもなんだけど、三玖と上杉さんが好き好きを普段からしきり行動にしている事が分からないのかな。それは絵に隠れた動物を見つけなさいってクイズの、答えを見てから問題の絵を見るくらい簡単に思っちゃうけど。
「四葉ちゃん危なーい!」
「え? アパーッ!」
頭にガツンと固い感覚。よそ見をしていたら防球ネットの支柱にぶつかってしまったようだ。
「大丈夫!? 今女の子が出しちゃいけない声出してたけど」
私は頭を押さえて、心配して駆け寄ってきてくれた友達を見上げる。
「うぅ……大丈夫、致命傷だよ」
「全然大丈夫じゃなーい!」
「笑ってやってください……」
「そんな体張らなくていいから。ほら、氷貰いに行こ」
手を貸してもらって立ち上がると、男子の最後尾を走っていた上杉さんがのろのろとやって来た。
「四葉、ぶっ倒れてどうした」
「あ、委員長。四葉ちゃんの事よろしくね」
そう言うと彼女は下手なウィンクを飛ばして走って行ってしまった。
「歩けるか」
「は、はい」
上杉さんが私の手をとって歩き出した。
「三玖に悪いですよ」
「怪我した妹を放っておけと言うほど、三玖は冷たい女じゃない」
知ってます。だから好きになったんですよね。
「すみません上杉さん」
「怪我なんてするときはするんだ」
「いえ、そっちではなくてですね」
私は昨日から一部の女子達を沸かせる話題について話した。
「四葉……」
「すみませんすみません」
とりあえず私は平謝りするしかない。
「からかいの種でお前がからかわれてどうする」
「面目次第もございません」
上杉さんはため息を吐いて前髪をいじる。何か考えているんでしょうか。
「……四葉、こういう手はどうだ。一定の効果はあると思うが……」
「なんですか?」
「これだ」
……
クラスメートは頭に冷えピタを張った私に、心配の声をかけながらも、その目は興味の色でキラキラ光っていた。
「やっぱり上杉くんと仲いいよね」
いままでなら違いますよと言っていたが、ここはあえて同調する。
「そうなんです。仲良くなりたいんですよ」
今までと違う反応に皆は驚いた。しかしすぐに獲物を見つけた肉食動物のようにニヤリと口元が歪んだ。
「やっぱり『お義兄さん』だから?」
「そうですよ」
と言って私はポケットからスマホを取りだした。そしてギャラリーから一枚の写真を表示して皆に見せた。
「わ、かわいい~。誰この子?」
「らいはちゃんです」
上杉さんが授けてくれた技は、皆の中にあるお兄さんの意味を上書きするという技だ。
「らいはちゃんの『お兄さん』が上杉さんなんです」
何人の口からため息が出てくる。どうやら姉の誰かと付き合っているから『お義兄さん』という頭から、らいはちゃんの『お兄さん』という頭に切り替わったようだ。
しかしそうなってくると問題は……
「え、じゃあ家族で仲いいの?」
「たしかに妹ちゃんは可愛いけど、それだけで仲良くなりたいってなる?」
「やっぱりもっと別の意味が……」
姉妹に散っていた注意の矢印が、私一人に集中してしまうことだ。
『この作戦の問題は、四葉、お前の言ったお兄さんの言葉の意味を塗り替えるだけで根本的な解決にはならないという事だ。この手を使うかどうかはお前に任せる』
うう……大丈夫です後は何とかできます、なんて安請け合いするんじゃなかった。
私のせいなんですけどね……
放課後。なんとかしのぎ切った達成感と話し疲れから、私はぐったりと机に突っ伏した。あの後らいはちゃんの可愛らしさを熱を込めて喋って、そうしてでも仲良くなりたいという気持ちを伝えた。そうして何とか「ならしょうがないね」という空気を作り出す事に成功したのだ。
「四葉、大丈夫?」
机に何か固い物を置く音がして顔を上げた。
「三玖……」
そこには抹茶ソーダを机に置いた三玖がいた。
「今日は皆にもみくちゃにされてた」
普段は美味しいとは思えないそれを、疲れに任せて流し込んだ。
「はあ~美味しくない」
「そう?」
憮然というか、納得いかないような顔で三玖は小首をかしげた。
「ねえ三玖」
「なに」
「いつまで隠しておくの?」
「どういう事?」
「えっと……」
私はもみくちゃにされた理由を話した。
話しているうちに頭に上っていた血が引いたように思う。私が勝手に口を滑らせて、勝手に困って、それなのに勝手に三玖達に怒って、何て自分勝手だろう。スケートでこけて氷に怒るような滑稽さだ。
「……ごめん、私のせいだからやっぱりこの話は忘れて」
「四葉」
三玖はそっと私の頭をなでてくれた。不思議だ。あのどこか臆病だった三玖は何処に行ってしまったのだろう。
決まっている、上杉さんが三玖に勇気を与えて臆病を吹き飛ばしてくれたんだ。
「四葉が困るんだったら、いつでも言って良い」
「でも、秘密にしたいって」
「あれは、そうした方が楽しいかなって思いつきだから。でも四葉がこんな大変な目にあうなら、そんな秘密いらない」
三玖の瞳が蒼い星のように強く輝いた。その強い意志の力が宿った瞳に、思わず気おされそうになる。かと思えばその瞳は水の面のように凪いで、穏やかな光を湛えた。
「ねえ四葉」
「なに、三玖」
「私はフータローと結婚する」
「……うん」
それは男慣れしてない乙女の戯言なんかじゃないってことが、その目から痛いほど伝わってくる。いつになっても、二人は手をつないで歩いているだろう。たまにケンカもしちゃうかもしれないけど、上杉さんはぶっきらぼうだけど心にある優しさで、三玖は少しづつでも前に進むひたむきさで、きっと元通り仲良く暮らしていくんだろうな。
「だから皆が笑ってくれるような、そんな付き合いをしていきたい」
三玖は私の手を包むように握って言う。
「四葉、私達の事で迷惑かけてごめん」
「ううん。三玖の真剣な気持ちが聞けて良かった。迷惑した甲斐があったよ」
私は笑って三玖を見た。三玖もくすくす笑って答えてくる。
「帰ろう、三玖。そろそろ日誌を先生に出してきた上杉さんが……」
言葉を続けようとした所で扉がガラガラと音を立てて開いた。上杉さんが夕日に眩しそうに目を細めながら教室に入ってくる。
「四葉。三玖も一緒か」
「フータロー」
三玖は待ちきれないという風に上杉さんに歩み寄ると、ぎゅっと抱き着いた。
「三玖、どうした?」
そう言いつつ、上杉さんも三玖の背中に手を回す。そんな二人の姿に、私は未来を見た気がした。上杉さんがスーツ姿で、三玖がネクタイを直している姿を見る。あるいは二人の間に子供がいて、愛を込めて抱きしめている姿だ。
そうなったら素敵だな。なんだか私も嬉しくなって二人まとめて抱き着いた。
「四葉、いきなりどうした」
「三玖の事、大切にしてあげてくださいね。お義兄さん」
「お前、今日はそれで散々苦労したんだろ」
「三玖も言ってくれましたけど、もう嘘を吐くのはやめます。だって大好きな姉さんとお義兄さんの二人に、嘘なんて似合いませんから」
三玖の目がうるうるして私に抱き着いてきた。
「でももうしばらく三玖は私達のものですからね!」
可愛い三玖を取ってっちゃう上杉さんなんて、あっかんべー!です。