犬兄弟の適当な長男   作:丸猫

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犬兄弟の兄

「おーおー、親父殿。行くのか。」

それは、どこか弾んだ声だった。まるで酒に酔っているかのような陽気な声だった。それに、男は淡く微笑み、眺めていた空から視線を外して振り返った。

ちらちらと、真っ白な雪が降る。

二人の男は、雪景色の中に溶け込んでしまいそうなほどに色がなかった。

そこには男と、闘牙王と瓜二つと言っていいほどの男がいた。

男は豊かな銀糸の髪を一つに束ね、鎧を纏っていた。鎧の見た目の差異はあれど、まさしく鏡に映ったかのように二人の男は似ていた。

強いて言うならば、彼らは互いに浮かべた表情は違った。闘牙王の宿す感情が静ならば、男の宿す感情は動であった。

「・・・・・殺生丸よりも早かったのだな。風牙。」

「そりゃあ、親父の死に目だ。はやくだってなるさ。」

けろりとしたあけすけな言葉に、闘牙王は苦笑する。風牙は、雪の降り積もった地面に座り込み、酒を呷っていた。男の吐く息は、冷気の中でも白くなることはない。

その、親の死に目への立ち合いとは思えない出で立ちであった。

けれど、その言葉は確かに事実なのだ。

闘牙王は、満身創痍であった。血と、傷。それにまみれた男は、今にも倒れ込んでもおかしくはなかった。けれど、そんな傷さえも関係なく、男は誰よりも強いのだと、風牙は知っていた。

「止めぬのか?」

「そりゃあ、止めたいさ。お袋の事や、未だに親父離れできてない愚弟やら、この荒れてる状態ほっぽって、女の下に駆けてく薄情野郎になんて声をかけりゃあいいんだか。俺には、見当もつかないな。」

「・・・・嫌味なことを言う。」

「どうだ?死出の一杯に雪見酒でも?」

「魅力的だが、止めて置こう。すぐに、殺生丸が来る。」

苦笑交じりに、闘牙王は言った。けれど、それを気にすることはない。己の長子である風牙は、幼いころから良くも悪くも場を読まない子どもであった。

闘牙王も、時折、何を考えているかは分からなくなることはあったが。

それでも、災厄を振りまくようなものでないことは知っていた。

「まあ、だからって止めりゃあしないさ。あなたの最期の願いを否定するほど不躾である気はないさ。まあ、親父も分かってるだろうが。俺は、別に死に目の挨拶だけをしに来たわけじゃない。」

風牙は、そう言って立ち上がり、呷っていた酒壷を肩にかけた。そうして、闘牙王の背中や腰にある三本の刀を指さした。

「その厄介なものの処分をどうするか聞きたいんだ。」

「・・・これか。」

「死に方なんぞ、勝手に決めりゃあいい。殺生丸は置いといて、お袋も他の奴も親父の決めたことにガタガタいう奴はいない。だがな、その刀の処分はきっちり決めといてもらわにゃならん。」

闘牙王の持つ、三振りの剣。

一振りで百の敵を薙ぎ払う、鉄砕牙。

一振りで百の命を救う、天生牙。

一振りで百の亡者を呼び戻す、叢雲牙。

「どれもこれも、一つの国を潰すじゃ済まん戦いが生まれるほどのものだ。どうするのか聞いときたいんだ。下手すりゃ、俺がその処分を決めることになるぞ。」

「ほう、珍しいな。風牙。お前が、これを望んでいるのか。」

闘牙王は、風牙がどんな意味でそんなことを言ったのか分かりながら、あえてそう言った。風牙は、呆れたように言った。

「誰が、そんな扱いの面倒なものを望むやら。まあ、殺生丸は欲しがるだろうなあ。なんとつっても、あいつには親父の象徴で、形見になるんだし。」

「お前は、父の形見を欲しがりはしないのか?」

「形見なんぞ貰わなくても、親父からはすでにたんと貰ってるさ。まあ、くれるっていうなら貰うかもしれねえが。」

どうするんだ?

それに、闘牙王は淡く笑った。

「お前は、この刀を、力を求めぬのか?」

「特別には。」

風牙はそう言って、身の置き場がないというように空を見上げた。それに、闘牙王は頷いた。

彼の長子は、幼いころから何かを望むということが少なかった。

周りに流されて、鍛練や勉学を続けているという部分があった。だからといって、己がないというわけではなかった。

ただ、あるがままに。

ただ、そこにいた。

執着は見えず、さりとて薄情というわけではない。

望まぬがゆえの空虚さを抱えているわけではない。

芯がないというわけでないが。目指すべきものがあるというわけではない。

「・・・・お前は、何を望むというのだ?」

それは、闘牙王からすれば、初めての問いかけであった。

闘牙王は、慈悲の心がないわけではないが、だからといって所詮は妖怪だ。

彼の子は皆、幼いころから強く、そうして賢しかった。だからこそ、さほど表立って関わることはなかった。

彼らには、守る必要はなかったからだ。

殺生丸のことは、よく聞いた。彼の傘下の者たちは、殺生丸のことをまさしく長に相応しいと称えた。

情けというものはないが、彼はどこまでも人でないものらしい。

けれど、けれど、だ。

風牙のことになると、皆は何とも言えない顔をした。

闘牙王の子らしく、風牙は強い。強くは在れど、争い事を好まず言葉を携えて場を収めようとする彼を、皆は変わり者と言った。

直接的な強さではなく、妖術の収集を好んでいる部分もそれに一役買っていた。

闘牙王は、己が息子の望みを知りたいと思った。

殺生丸は、ある種、闘牙王にとっては分かりやすい。けれど、この長子はどうなるのか、ほとほとわからなかった。

風牙は、それにきょとりを目を見開いた。その顔が、ひどく殺生丸の驚いた顔にそっくりで、少しだけ可笑しくなってしまう。

風牙はふむと、頷いて少しだけ考えるような仕草をした。そうして、うんと言った。

そうして、まるで、幼子のように無垢な微笑みを浮かべて、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

そこには、焦土が広がっていた。

どうやら、大きな屋敷があったらしい残骸だけが広がっていた。そこには、三種三様の妖怪たちがいた。

一つは、まるで小さな蚤のような姿の冥加。もう一つは、痩せこけた翁のような姿をした刀々斎。そうして、最後は鞘という幽霊のような白髪に白い髭の妖怪だった。

彼らは、それぞれが全く違う妖怪であったものの、闘牙王という大妖怪を中心に集まったものたちであった。

彼らが現在いるのは、闘牙王が愛した人間の女である十六夜のために戦い果てた場であり、その子である犬夜叉の生まれた場所であった。

そんな場で、彼らは一つのことで困り果てていた。彼らの懸念とは、叢雲牙と呼ばれる刀のことだ。その刀は、他の刀とは違い、闘牙王がもともと持っていたものだ。太古の悪霊が取りついており、並の者であれば逆に操られてしまうだろう。

 

「・・・・どうするんだ?」

「そりゃあ、お館様の遺言通りにだろう。」

「じゃがのお。叢雲牙を、風牙様にか?」

 

彼らの間にある共通した感情は、何故なのだ、であった。

鉄砕牙を犬夜叉に残すのはまだ理解が出来る。半妖である赤ん坊には、守り刀が必要であるだろう。

けれど、何故、あえて天生牙を殺生丸に、叢雲牙は風牙なのか。

逆ならば、まだ納得がいくのだが。

彼らが信頼する主である闘牙王の遺言に戸惑いを覚えるのは簡単な話で、風牙という存在がどういったものなのか理解しきれていない部分があるためだ。

もちろん、風牙は強い。それこそ、誰よりも闘牙王の血を濃く受け継いでいると思える。闘牙王と瓜二つな容姿は、それこそその血を証明している。

けれど、その心根はどうかと言われれば、分からない。

三人から見て、風牙は陽気な男だ。飄々として、気ままで、殺生丸のことでさえ揶揄う様な男だ。

けれど、ただの気のいい男と思った瞬間に、底冷えのするような落差を感じることがある。

殺生丸ならば、まだいい。

彼は、揺るぐことなく、叢雲牙を使いこなすだろう。

けれど、風牙はどうなるのだろうか。

その強さから、叢雲牙に呑まれることはないだろうが。

何だろうか、面白そうという一言で叢雲牙に乗っ取らせて行いを傍観することさえ考えられるような危うさとも言えるものを彼は持っているのだ。

三人は、うーんと唸り声を上げて互いの顔を見た後に、ようやく頷き合った。

 

 

 

「ふん、ふんふん。」

 

ふらり、ふらりと、男は鼻歌を歌う。

豊かな白銀の髪を一つに束ね、ふかふかとした白い毛皮を纏っている。独特な様相の鎧を纏った男は、鋭利そうな見目麗しい容姿に、人好きのする笑みを浮かべている。

男の後ろには、黄金の髪を簡素にまとめた、十二、三歳ほどの少女がいた。僧衣に似た衣を纏い、錫杖に似た杖を持っていた。

 

「・・・主様。」

「なんだ?」

「今日も、犬夜叉様の許に?」

「まあな。嫌か?」

 

少女の言葉に、男はまったりと微笑んだ。それは、己の異母弟が封印された場所に行くにしては、あまりにも気楽な様子であった。

けれど、少女は男が五十年という年月の中でずっと弟を解放する術を探し続ける程度に情のある存在であると知っている。

 

(・・・・皆は、主を恐ろしいというけれど、そんなことはない。)

 

少女は、幼いころに命を助けられたのだ。誰よりも、彼女は男の情を知っていると思っている。

 

「風牙様が望まれるならば。」

 

少女は、ゆっくりと目を伏せて、粛々と男の後を追った。

 

 

「は?」

 

男の驚きの声が、辺りに広がった。風牙の前には、まるで夢のような美しい花畑が広がっていた。

それは、彼の弟からすれば憤死ものなのだが、犬夜叉が封印されてから少しして手持無沙汰な彼がせっせと貢いだ供え物の花が自生し、そうして繁殖した結果だった。

おかげで、とある少年少女の出会いが中々にファンシーな光景になったのだが。それは、風牙の与り知らぬところだ。

そうして、風牙の目線の先には、花畑の中心である大木だった。風牙は大木に駆け寄り、封印されていた犬夜叉の姿がないことに辺りを見回す。

 

「・・・・白縫。」

「ありえません!あれは、封印した当人でなければ解けるはずがないものです!そんな、桔梗が、生き返りでもしない限りは。」

 

茫然と呟く白縫に、風牙はため息を吐いた。

 

「・・・まあ。手がかりがないわけじゃないな。」

 

風牙はそう言って、ゆっくりととある方向に目線を向けた。それは、桔梗が生まれた村の方向だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かごめ!早くしろ!」

「分かってるわよ!もう、何をそんなに苛々してるの?」

「・・・早くしねえと、あいつが来るかもしれねえだろ」

「あいつって?」

 

かごめが不思議そうにそう聞くが、犬夜叉はゆっくりと視線をそらしてしまう。

ちょうど、二人は四魂の玉のカケラを探すために先に行こうとしていた。

そうして、またせかせかと先へ急ごうとする。そこで、ぴくりと体を震わせた。次の瞬間に、かごめの体を攫うように抱き上げて走り出した。

 

「え、ええ!?な、なに?」

「いいから、黙って・・・・・」

「いーぬーやーしゃ!!」

 

かごめの耳には、そんなエコーがかった声が耳に入った。そうして、急にぐるりと視界が回り、浮遊感に襲われた。

何が起こっているのか分からずに、身を固くした。

それと同時に、彼女の体は宙に放り投げられる。思わず身を固くしたが、予想に反してかごめの体は誰かに受け止められた。

 

「・・・・・大丈夫でしょうか?」

「え?」

 

かごめが見たのは、自分と同い年ほどの金の髪をした少女だった。かごめがそれを確認すると同時に、ぼすんと白い煙と共に、少女は十二、三歳ほどの存在に変わっていた。

 

「え?ど、どういうこと?」

「驚かせたのならば、すみません。ただの変化です・・・・」

「犬夜叉!あああああ!この時をどれほど待ったろうなあ!目覚めたのなら、なんで言わないんだよ!兄不孝な奴め!」

「があああああああ!放しやがれ!愚兄が!」

 

かごめはきょとんと眼を瞬かせた。

目の前には、なんとも不思議な光景が広がっていた。

そこには、犬夜叉に頬ずりをする一人の美丈夫がいた。

 

「つれないなあ、育ての親の兄に向かって。ほんとに、お前も殺生丸もすっかり可愛くなくなった。」

「だーれがあのやろうと一緒だって!?」

「いや、でもやはり、お前の方が可愛いな!」

 

そう言って、犬夜叉への頬ずりを続けようとする猛者の男に、かごめはなんと言葉を掛けていいか分からなくなる。

そこで、ふと、男の顔がかごめに向いた。

 

(わあ、綺麗な顔。)

 

状況に戸惑っているとはいえ、かごめからしてもその顔立ちは美しかった。いや、それに加えて精悍さも感じられたその見目はなんとも魅力的だった。男は、そのどこか冷たそうな顔立ちには少々不釣り合いな、陽気そうな笑みを浮かべた。

 

「君がかごめちゃんかな!?」

 

男は犬夜叉のことを放すと、つかつかとかごめに向かって来た。

 

「いや、楓からは聞いてたんだけどな?俺、風牙っていう。まあ、犬夜叉の異母兄に当たるんだが。昔、こいつがガキの頃世話した身でな。これが封印されてからも何かと会いに行ったんだが。こいつもひどいだろ、目が覚めたっていうのに俺に会いに来ないなんて薄情だよなあ。まあ、弟なんてそんなもんだろうけど。にしても、いやあ、可愛い子だな!なるほど、確かに桔梗に似た匂いだなあ!いやでも、お前さんの方が愛らしい。そういえば、四魂の玉のカケラをぶちまけたのも君だっけ?大変だけど、頑張るんだよ?俺も手伝って良いが。まあ、これでも俺も忙しいこともあってな。」

「だああああああ!うるせえぞ!風牙!」

「はあ、昔のように兄上と呼んでくれないのか。」

「だーれが呼ぶか!この、くそ兄貴!!」

 

また始まる目の前の喧嘩に、かごめは分からない状況に嫌気がさし、叫んだ。

 

「もう!いい加減にして!」

 

それに、二人はきょとりと目を瞬かせた。

 

「もう、どういう状況なのか説明してよ!」

「そ。」

「そうだな。俺も、犬夜叉に会うって目的を果たしたし。そうだな、次に移るか。」

「え?」

 

それと同時に、辺りに霧が巻き起こる。

 

「風牙!」

「案ずるな。ただ、少しだけ話がしたいだけだ。」

 

辺りが白い靄で包まれると同時に、犬夜叉の声も遠く、姿も見えなくなる。

そこには、風牙と呼ばれた男と、かごめだけが残った。

 

「な、なに?」

「安心しなさい。これは、さっきお前さんを助けた白縫の力だ。あの子の幻覚は天下一品だからなあ?」

 

目の前でにこにこと笑う、犬夜叉の兄だという存在にかごめは身を固くした。けれど、先ほどの様子を思い出して、そこまで危険ではなさそうだと少しだけ気を緩めた。

 

「さて、そうだな。聞きたいことは?」

「えっと、あなたは、犬夜叉のお兄さん?」

「ああ、そうだ。さっきも言ったが、俺はあれの異母兄でなあ。」

「お母さんが違うんですか?」

「ああ。俺の親父は西国を制した化け犬でな。俺の母親は、同じ化け犬だったんだが。あれの母は人間だったんだ。いやあ、親父が気に入るのも納得な美しい女だった。まあ、兄弟が、俺にとっては同じ母を持つ弟が一人いるが。ああ、かごめちゃん、弟の殺生丸には近づくなよ。機嫌を損ねたら殺されるかもしれないから。」

「こ、ころ?」

「おう、軽く死ぬからな。」

 

かごめは、良く分からない犬夜叉の家系に混乱していると、それを見ていた風牙は心の底から嬉しそうに笑った。

 

「いやあ、よかった。」

「え?」

「桔梗の生まれ変わりだって聞いたから、心配してたんだけど。」

「・・・・どういう、意味ですか?」

 

一瞬だけ、かごめは、何故かその陽気そうな、人好きのする笑みに怯えを感じた。それと同時に、その言葉に何か、寒気のようなものを感じた。

聞かない方がいい。

そう思うのに、何故か、一瞬の戸惑いに言葉が口から漏れ出てしまった。

 

「お前さんが、もしも、桔梗と似ていたら、殺そうと思ってたんだ」

 

ぞわりと、かごめの背筋に今度こそ寒気が広がった。そんなかごめを気にすることなく、風牙は話す。

 

「あの時は、犬夜叉の選択だからって見守ってたけど。やっぱり駄目だなあ。清く在ろうとして、自我を薄くしてたから、あんな分かりやすい策略で全部崩壊させるんだよ。今度もあんなつまらない結末になるんなら、そうなる前に終わらせようと思ってたんだけど。よかったなあ。」

 

お前は、違うと信じているよ?

 

柔らかな声だった。陽気そうな微笑みだった。優しそうな瞳だった。美しい顔立ちだった。

けれど、けれど、かごめは、ああと。

ガタガタと震える体を必死に支えた。

そこにいたのは、優しそうな男だった。美しい、男だった。

けれど、そこにいたのは、どこまでも人間ではなかった。

 





一応、叢雲牙を洗濯竿にしたり、殺生丸とばとったり、ショタの犬夜叉を引き取ったり、いろいろ拾ったりする予定だった話です。

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