犬兄弟の適当な長男   作:丸猫

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お久しぶりです。今回は、風牙さんと奈落の話。
すいません、前から言っていましたが、クロスオーバーの番外編はそれ専用のところに移動させました。


神様が微笑んだ

 

 

 

けたけたと、宴会が続いている。広々とした広間は、ふすまも取り払われて、皆が皆がそれぞれに酒を飲んでいる。

宴会の客人たちは、統一感というものが欠片もない。

人もいる、その合間には明らかに人ではない魑魅魍魎がうごめいている。

それでも、どれもが朗らかに、楽しげに笑っていた。この世で、これほどに楽しい時間などはないというように。

その中心、一際目立つ男の姿があった。

美しい男であった。白銀の髪に、満月のような瞳をしたそれは、まるでこの世の煮凝りのようなものたちを侍らせている。

手足の欠けた人間に、ぎざぎざの歯で笑う妖怪、美しい天女に、醜い子供。

それらは、寸分違わぬように幸福そうに、中心にある男に手を伸ばしていた。

男の姿をした、それはあやかしであろうと人であろうと、望まれれば平等に微笑みかけ、名を呼び、全てを愛でていた。

その時、廊下に通じる障子が開いた。そうすると、広間に少女と男が入ってくる。

少女は黄金の髪をしており、まるで坊主のように袈裟を着込んでいる。男の方はまるで老人のように腰を曲げており、体中を包帯で包んでいた。そうして、それを隠すように茶色く分厚い布をまとっている。

 

「・・・・・宴は終わりだ。休みなさい。」

 

腰の曲がった男が言えば、宴に興じていた者たちは素直に周りを片付け始める。手早く処理された広間は先ほどまで喧噪など嘘であったかのように静まりかえっている。それに、人の姿をした化け犬、風牙はつまらなさそうに頬杖をついた。

 

「もう、お開きか?」

「続けられても構いませんが。」

「いや、いい。お前らが来たって事は居場所がわかったってことだろう?それなら、早く動かなきゃなあ。」

「・・・・主様、御母堂様より伝言もございますが。」

「お袋から?また、珍しいな。母上の方から先にしてくれ。」

「はい、その、伝言自体は簡潔なのですが。孫の顔はいつ見せる、と。」

 

少女、白縫の言葉に風牙はうーんと首をかしげる。

 

「珍しいな、あの人がそんなことを言うとは。孫ねえ。子ができたことはあるが流れてしまったからなあ。俺の縁談の話でも出てるのか。そういえば、冬嵐はどんな様子だ?子が流れてだいぶ落ち込んでいたしな。」

「部屋に引きこもられております。」

「そうか、かあいそうになあ。俺が行くと、子のことが申し訳ないと泣いてしまうしなあ。」

「風牙様も、お子を亡くされてお労しいことです。」

「ああ、まだ見ぬ我が子だ。かあいそうに。きっと、犬夜叉や殺生丸のようにかあいいかったようになあ。だが、死んだのならばその程度であったのだろうさ。死者を気にしても仕方がない。」

 

冬嵐は、50年前に風牙が虐殺した豹猫族の生き残りだ。犬夜叉が封印された件で相当の八つ当たりをしてしまったと当時の風牙はひどく反省したのだ。そうして、自分の捕虜に当たる冬嵐のことを手当てし、それ相応に丁寧に扱った。

そうして、豹猫族に冬嵐を返そうとしはした。

が、豹猫族は酷なことにそれを拒否したのだ。今回の詫びとして、冬嵐については風牙に差し出すと。

風牙はそれに察してしまった。ああ、きっとこの娘は一族に捨てられてしまったのだと。

なんて、かあいそうなのだろうか。

冬嵐を風牙が引き取ることに関して文句を言う者は殺生丸以外にはいなかった。風牙としても、殺生丸が冬嵐を側に置くことを嫌がるのもわかる。自分たちに刃向かってきた存在に慈悲をやるのは不愉快かも知れない。

ただ、風牙は冬嵐のことがことさらに哀れであった。寄る辺もないならば、自分の側に置いてこれからの時間をゆっくりと過ごすのもいいだろう。

 

「子ができれば、元気になるかと思ったんだがなあ。なかなか上手くいかないものだ。」

 

風牙が冬嵐に子を生ませようと思ったのは、一人の彼女も子でもできれば心の慰めになると思ったのだ。

己が母も、子ができれば大抵のことは気にならなくなると言っていた。夫を探してやることも考えたが、豹猫族は自分に彼女を差し出してきたのだ。

化け犬と豹猫族の和解を取り持つ彼女を他人に差し出しては冬嵐の意味がなくなってしまう。

何よりも、周りからそろそろ跡継ぎについて五月蠅くなっていたこともある。

西国の大将については殺生丸で確定してはいる。風牙も父親の後については興味もなくそれで納得している。何よりも、弟を支えるという立場についてはおいしいと思っていた。が、その殺生丸は地位自体に興味はなく、諸国を武者修行で漫遊中だ。

今のところ、諸々の采配や部下たちの世話については風牙と母が行っている。

風牙の名は良くも悪くも有名で、彼が仮とは言え大将の立場にあることに関しては文句はなかった。

ただ、そうは言っても彼自体が暴走する可能性はあった。そのため、彼への抑止力として周りは子供を作らせようと考えたのだ。さすがに、ここまでの化け物はもう生まれてこないだろうという希望的観測も込めて。

冬嵐に子について話したが、特別拒絶もしていなかった。別段、子供の母が人であろうと構わないのだが、それだと自分よりもずっと早く死んでしまう。だからこそ、冬嵐は良くも悪くも母親として丁度良かった。自分の子供への興味と愛着、そうして状況により子を作ることを風牙は決めた。

今まで子がいなかったのも、ただ単に欲しいと思わなかっただけの話だ。ただ、周りから望まれるならば作っても構わないと思い至ったに過ぎない。

ただ、流れてしまったことに関してはひどく悲しいとも思う。

 

「冬嵐には何か、好物でも差し入れしてやってくれ。あと、お袋にはまた機嫌伺いに行くと伝えてくれ。」

「賜りました。」

「それで、坊。足取りは掴めたか?」

「はい、散らばっております配下や人にも探りを入れましたところ、この頃やたらと木々が枯れ落ち、人が病に伏せることが多くなった場所があると。」

「そうか、ならさっさと行こうか。なに、久方ぶりだが、あれのことはよく覚えているよ。あの子は、今、なんと名乗っているんだっけか?」

「・・・・奈落、と。」

 

 

 

その日、奈落はいつものように結界に守られた城の中、奥深くの自室にいた。

眠ることも、何かを食すこともない。

ただ、四魂の欠片を集めるために、思案を進めていた。

そうして、ざわりと背筋が震える。何かが自室に近づいていることを理解した。奈落は、それに気配の方に視線を向けた。御簾越しに、何かが立っていた。

それは、まるで旧友に話しかけるかのように朗らかに声を上げる。

 

「やあ、久しいなあ。鬼蜘蛛。」

 

そういって、それは微笑んだことがわかった。奈落は、自分を訪ねてきたそれが何かわからなかった。今まで接触してこなかったはずのそれに固まったが、それでも彼の本能と言えるもので理解する。

 

「せっかく会えたんだ。なあ、顔を見せておくれ。」

 

それに奈落は突然現れた侵入者への動揺よりも先に、操られるように立ち上がる。御簾を越えた先、そこにはまるで仏のように優しい笑みを浮かべたものがいた。

白銀の髪に、満月の瞳。そうして、勇ましくも美しいその美貌。それ、犬夜叉の兄である風牙はにこりと微笑んだ。

 

「・・・・せん、せい。」

 

奈落が絞り出した言葉に、風牙は久しぶりに聞いたなあと頷いた。

 

 

 

「何故、ここに?」

「うん、いや。犬夜叉から話を聞いてな。ああ、今は奈落と名乗っているのか。」

 

風牙はそう言いつつ、その場に腰を下ろした。それに伴って、奈落もまた同じようにその場に跪いた。あぐらをかき、頬杖をついた風牙は愉快そうに微笑んだ。

 

「何だ、今回は大分男前になっているな。いや、前も俺は好きだったが。手間のかかるやつは好きだぞ?」

 

そう言って風牙はすっと奈落に手を差し出した。奈落はその動作の意味がわからずに、その手をじっと見る。

 

「おいで。」

 

たった一言だ。それが発せられると同時に、奈落は従ってしまう。己の中の矜恃や、警戒心ががたがたと揺れているというのに、奈落はまるで操られるようにそれに従ってしまう。

風牙の近くまで這いずっていく。そうして、彼の前で正座をし、傅くように目線を下げた。

そうすると、風牙はまるで猫の顎を掻くように奈落の顔をすくい上げる。

そうして、上げさせた顔をのぞき込んだ。

 

「・・・・・ふふふふ、お前は変わらずにかあいいねえ。」

 

久方ぶりに聞いたそれは。頬を撫でる指にぞわりと背筋が震える。それが危機感によるものか、それともまったく別のものであるのか。

奈落にはとんとわからない。

 

(・・・・ああ。神様とは、変わることなく美しいのか。)

 

頭の隅で遠い昔の愚かな男が嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

奈落の元となった人間、野盗の鬼蜘蛛は桔梗によって命を救われた。確かに、桔梗によって一命は取り留めたものの鬼蜘蛛は死んでいてもおかしくはなかった。

いくら、体が頑丈であろうと火にかけられ、谷に突き落とされた彼を治すには桔梗たちの使う薬草だけでは足りなかったのだ。

奈落の中にある鬼蜘蛛の記憶の中でも、最初の頃はほとんど意識など無かった。

けれど、その時のことだけはよく覚えている。

喉の通る、甘くて冷たい何か。頭がくらくらとするような、旨い何か。

かすれた視界が、その時だけはよく見えた。

そうして、その先には光り輝くような何かがいた。

 

「・・・・へえ、昔かっぱらった霊薬だけど。ふむ、お前さんには丁度良かったのだな。」

 

輝くような白銀の髪、夜にぽっかり浮かんだ満月のような眼。上等な着物を来たそれは、まるで仏のような笑みを鬼蜘蛛に向けた。

 

「だ、れ?」

 

かすれた声でそういえば、人ではないとはわかる彼はゆるりと笑った。

 

「俺かい?俺は、風牙。今はお休み、人の子よ。そうしたら、たくさん話をしような。」

 

今まで欠けられたことのないような甘やかな声の後に、硬い手が自分の目を覆った。それは、信じられないほどに優しい手つきだった。

 

それから鬼蜘蛛はなんとか命をつなぎ止めることに成功した。桔梗は薬草が効いたのだろうと言っていたが、鬼蜘蛛はなんとなく自分がなんとか命を繋いだのは違うものであると理解していた。

それでも、鬼蜘蛛はそれを口にする気は起きなかった。言ってはいけないと言われていたのだ。

自分の世話をする女が去った後。草木さえも眠る丑三つ時だ。

 

どうせ、眠っていることしかできないのだ。昼間にたんまりと眠って、夜はずっと起きている。鬼蜘蛛は今日は来るだろうかと、じっと出入り口を見つめていた。

そうして、人影が見える。

 

「・・・・よう、こんばんは。」

「せんせー、来たのか?」

「ああ、来たよ。鬼蜘蛛。」

 

それは、にこりと笑った。

 

 

鬼蜘蛛が時折やってくる妖怪を先生などと呼ぶようになったのはいつからだろうか。

ただ、いつの間にか鬼蜘蛛はその妖怪をいつの間にか慕っていた。

きっかけは何だったろうか。鬼蜘蛛は考えるが、よく覚えていない。ただ、風牙という存在は良くも悪くも賢しく、けれど優しい存在だった。

 

「鬼蜘蛛、どうかしたか?」

「いいや、先生。なんでもねえよ。」

「そうかい。そうだ、前の話の続きを聞かせてくれるか?」

「ああ、わかったよ。前に、ある村を襲ったときの話なんだがな。」

 

鬼蜘蛛は嬉しそうに話を始めた。

風牙は鬼蜘蛛の話をにこにこしながらよく聞いてくれた。自分がどれほど見事に盗みを働いたのか、どうやって周りを殺したのか、とうとうと話した。

風牙はそうかいそうかいといいながら、それを聞いてくれる。嫌な顔もしない、すごいなあと笑ってくれる。

 

お前は強いねえ。ああ、ここで命を繋ぐほどにお前は命にあふれているんだ。素敵だな。よしよし、鬼蜘蛛。いい子だ、いい子。

 

甘い声がする。いい子だと、まるで子供のように扱われるそれが心地良かった。

孤児、いらない子、生まれて奪うことしか知らない子。

その言葉には、鬼蜘蛛を蔑むような色は欠片だって無かった。その妖怪には、どこまでも鬼蜘蛛への蔑みはなかった。

桔梗という存在へ焦がれていた。彼女は最初に鬼蜘蛛を見つけてくれた。見ず知らずの自分を拾い上げ、死にかけの自分をいやしてくれた。

己に与えられた無償のそれに焦がれていた。そうして、柔らかな手が自分に触れてきた。

欲しいなとそう、自分に与えられたその女の慈悲にきっと焦がれていた、太陽に手を伸ばすかのように暖かなそれを求めていた。

女を愛するなんて、肉欲でしか知らなかったけれど。それでも、その男は確かに恋をしていたのだ。

けれど、その目にはいつだって憐憫がある、悲しみがある。湿りきった感情がよく理解できなかった。

けれど、その妖怪の眼は違った。

満月の眼は、いつだって柔らかに細められていた。

その目に、哀れみはなかった、悲しみはなかった。からりと晴れたその感情はいつだって鬼蜘蛛の心を柔らかに慰めた。

それはいつも、鬼蜘蛛のなしたことを責めなかった。そうして、哀れまなかった。いつだって、鬼蜘蛛の頭を撫でてそうかいと頷いてくれた。

何よりも、彼は鬼蜘蛛にわかる程度に賢しく、それと同時におごりを持たなかった。鬼蜘蛛自身は気づいていなかったが、風牙は良くも悪くも誰に対しても平等であったこともある。先生、とそう呼んだのは何故だったろうか。

ただ、昔、偉い物知りをそう呼んでいた誰かを覚えている。だから、先生と呼んだ。

桔梗は鬼蜘蛛にとって自分とは違う、遠い昔に与えられなかった美しい何かの象徴だった。だからこそ、欲しいという渇望があった。

けれど、その妖怪は違った。

その妖怪は、やけどの痛む日によく現れた。体が、ずくずくとうずくような感覚に

襲われる時に限っていつの間にかするりと近くにいた。

 

いてえ、いてえんだ。

よしよし、そうか。ほら、痛み止めだ。飲むといい。

なあ、手を握ってくれよ。

いいぞ。ほら、眠るまで握っていてやろう。

なあ、眠れるまで何かを話してくれよ。なんでもいいからよ。

そうだな。なら、この国の神様の話をしてやろうか。昔、国を作った神の話だ。

 

それはよく、桔梗のいない時にやってきた。

仲が良くないから、あまり会えないんだ。言わないでくれな。

そう言っていたのを覚えている。

 

なあ、あんた。

ああ、なんだ?

なんで俺によくしてくれるんだ。あんた、人じゃないのによ。

不思議なことを言うな。なら、人はお前に優しくてくれたのか?

でも、わかんねえ。なあ、あんたはどうして。

かあいいからさ。

 

それは、笑っていた。遠い昔に見た、仏像のように笑っていた。

鬼蜘蛛は、昔聞いた坊主の話を思い出した。

昔、讃岐国にどうしようもない暴れ者がいた。それは、坊主にこんな話を聞いた。

西の果てには仏がいて、阿弥陀仏と唱えれば応えてくれると。

それは、誰も憎まない、どんな人間だって受け入れてくれる。

その後は、どうなったのだろうか。結局、その坊主のことも鬼蜘蛛は殺してしまった。

 

なあ、あんたはどうして俺に会いに来たんだ?

きっかけは単純だ。桔梗が世話をしていたのを見てな。このままでは死んでしまうから薬を与えたんだが。

生きていて良かったよ。

そう言って、それは変わることなく鬼蜘蛛の手を握ってくれた。

 

きっと、と。その時の鬼蜘蛛は思ったのだ。

神様というものが、仏というものがあるのなら、目の前のこれのことを言うのだろうと。

だって、神様だって、仏だって、鬼蜘蛛のことを助けてくれるものはいなかったから。

己で探さなくては会えない仏なんてどうでもいい。

それは、自分を見つけてくれた。鬼蜘蛛を見つけてくれた。生かしてくれた、苦しい日に手を握ってくれていた。桔梗のいない時、一番に苦しいとき側にいてくれた。

美しい妖怪は、鬼蜘蛛の神様になった。見上げた先、何の迷いもなく甘えというものを出せるそれは、愚かな男にとって何よりも慕い続ける神様に成り果てたのだ。

 

 

 

「すっかり様変わりしたな。この城の人間を取り込んだのか?」

「はい。」

 

あぐらをかいた風牙の膝の上に、奈落は頭をのせていた。膝枕のような格好のそれは、べつに奈落が望んだことではない。ただ、風牙は奈落を愛でるためにそうさせているだけだ。

逃げなくてはいけない。

滅びを何よりも畏れる奈落は、畏れに身を震わせる。

早く、逃げなくては。

その男がどれだけ犬夜叉を溺愛しているのか、伝え聞いた話で知っていた。自分の行った所業を知れば、すぐにでも殺しにかかるだろう。

 

(今更、私に何のようだ!?)

 

そう思うというのに、その膝の上で愛玩動物のように頭を撫でられると心地よさで頭がゆだるようだった。まるで親の膝の上に居座る子供のように、そこは心地が良かった。そうして、それの言葉はまるで呪いのように奈落の身を従わせる。

己の心の奥に残った鬼蜘蛛の感情は、いつにも増して奈落の行動を縛り付ける。

元々、鬼蜘蛛に妖怪との契約についてを教えたのは風牙であった。それを鬼蜘蛛は選択し、そうして奈落が生まれた。

 

「・・・・先生、何用なのでしょうか?」

 

なんとか喉の奥からひねり出したそれに、風牙はふむと頷いた。そうして、とんとんと肩を叩く。奈落はそれにようやく風牙の膝から解放された。

 

「いや何。お前の噂を聞いてな。少し、様子を見に来た。」

「様子を、ですか?」

「ああ、お前さん。犬夜叉相手に色々やっているらしいな?」

 

それに奈落の体は固まる。目の前で、変わることなく慈しみに満ちた微笑みを浮かべたそれを見る。

殺されると、そう思った。けれど、体は固まって動かない。目の前の存在は、それを望んでいる。ならば、ここにいなくていけない。何故か、そんなこと考えてしまう。

 

「私に、罰を下すのですか?」

「何故だ?ああ、そういえばお前さんが桔梗と犬夜叉の仲を引き裂いたのか。もしや、犬夜叉のことを気にしているのか?」

 

風牙は、変わることなく微笑んだ、いつものように、御仏のように、柔らかに微笑んだ。

気にして無くていい。お前をとがめる気はないしな。

あっけらかんとした返答に。奈落は目を見開いた。

 

「そりゃあ、当時はそれ相応に怒っていたがなあ。だが、八つ当たりは散々したしな。もう、すっきりしてる。いや、それ以上に俺はお前に礼を言わなくていけないな。」

 

風牙はそう言った後に、うっとりとした、恍惚的な顔をする。

 

「俺は、あのとき、怒るという感覚を知れたからな。」

 

楽しいも、嬉しいもわかるんだ。悲しいも、まあわかるんだ。でもなあ、昔っから怒りってのがわからなくてなあ。

犬夜叉が封印されたときも、何だろう。自分でどう思ってんのかわからなくてな。それで豹猫族との戦いが来て、叢雲牙のやつに怒りを解き放てとか言われたからさ。

 

「初めてだ!ほかの奴らは、あんなにものをいつだって抱えてんだろ?頭がゆだるみたいで。それと同時に、熱くなって、叫び出したくなるような激情!ああ、何という悦楽か!爆発するようなそれを振り回すあれを、俺は初めて知った!」

 

まあ、相手が弱すぎて不完全燃焼だった部分もあるがな。

 

奈落は固まって、目の前の存在を見る。にこにこと、にこにこと、それは心の底から嬉しそうに笑っていた。

そうして、奈落の頬を撫でる。

 

「そうだ、お前にも褒美を与えなくてはいけないな。」

 

おぞましいと、奈落でさえも思った。

それは確かに犬夜叉を愛しているのだと思う。封印された当時のことを語るそれは、確かに悲しみに満ちていた。けれど、目の前で、その敵を前に浮かべる慈しみのそれは何なのか?

笑っている。それは、心の底から愛おしいと言うように奈落に笑っていた。

だというのに、頬に添えられた手への心地よさを感じずにはいられない。

 

「あ、あなたは。」

「ああ?」

「わしに怒りはないのか?」

「どうしてだ?お前は何も悪くないだろう?」

 

悪いのは桔梗じゃないか。

心の底から意味がわからないというように、それは不思議そうな顔をした。

わからない。わからなかった。

奈落の中にある、鬼蜘蛛の記憶の中で仏のように笑っている男を知っているが故に。

それのことがわからなかった。

 

(いや、違う。わしは、鬼蜘蛛ではない。奈落だ。わしの目で、これを理解しなくては。)

「お前をとがめる気はない。大体、犬夜叉も死んでないしな。妖怪同士ならよくあることだ。ああ、だが。確かにあの子が死んでいたらそれ相応に咎は受けさせたが。なんだかんだで生きているしな。」

 

奈落の中で、仏のように優しい妖怪の影が揺れている。

そうして、目の前で喋る、意味のわからぬそれ。自分は何を見ていた、あの男の感じていた優しさは、どこにある?

慈しみ深かった、優しい、野盗にさえも分け隔てのないあの人は。

人でなしが、そこで笑っていた。

 

「わしがうごけば、多くの人が死にますが。よろしいのですか?」

 

奈落は、そう問うた。

何故、そんなことを聞いたのだろうか?

ただ、記憶の中の男ならば、きっとそれを否とすると、そう。自分の中で巻き起こる落差をなんとか埋めようとした。

壊れていく幻想を、必死につなぎ止めようとした。

 

「何故?」

 

不思議そうに、妖怪は首をかしげた。

 

「おかしなことを言うな。お前が殺さずとも、人は死ぬだろうに。」

 

病で、偶然で、そうして戦で。お前さんが何をせずとも人は好き勝手に死んでいくぞ?

触れてはならない、してはいけない、己だけで生きていけぬ弱さを抱えて、人は結局愚かな選択肢の内に死んでいく。

いくら、俺がやめよと言っても、あれらはそれを無視して死んでしまうと言うのに。

今更、お前が何がしようと結果は変わらないだろうに。

 

「まあ、死んでしまっても人も、妖怪も新しく生まれてくるからな。死んだそれに執着してもしょうがない。新しいものを愛してやればいいだろう。」

 

そうだ、四魂の欠片を集める上で利用できるかも知れない。何か、ここで媚びでも売れば、もしかすれば。

ぐるぐると考えていたそれは、風牙のそれでがちゃりと壊れる。

必死に奈落として思考を始めようとするが、それよりも先に飛び込んできた単語に持って行かれる。

 

「鬼蜘蛛、どうかしたか?」

 

自分を呼んだ、それ。その名前、それに奈落は初めて自分を縛る何かかを引きちぎった。

べり、だとかぐちり、だとか。嫌な音が部屋に響く。

 

「・・・・わしは、鬼蜘蛛ではない。」

 

奈落は人の身を解いて、自分に取り込んだ妖怪たちを解き放った。下半身はすでに人ではなく、幾多の妖怪たち一部がうごめいている。

奈落は脅すように、風牙を囲うように自身の一部で覆う。

蟲のようなそれ、ぐちゃぐちゃとしたミミズのような何か、龍に似たうろこで覆われたそれ。

何をしても心地が良いとは思えない、おぞましい奈落の様子に風牙は変わることなく微笑んで見せた。

 

「すごいな。昔とは大違いだ。これでもう、どこにでも行けるな。」

 

優しい声だった。その状況とは、あまりにも場違いな声だった。けれど、それでも、奈落は思わず固まってしまった。

似たようなことを、風牙は鬼蜘蛛にもかけていた。

元気になったら、そうだな。一緒に行くか。何も考えない旅というのもなかなかに楽しいぞ。

 

そうだ、そんなことを言っていたから。だから、元気になって、妖怪と契約をしてでも。

桔梗をなんとか手に入れて、そうして、その神様の元で。ただ。

 

とらわれた思考の中で、自分の頬に、また手が触れた。

 

「ああ、そうだな。すまない、奈落。そうだ、お前は奈落だったな。」

 

それに、崩れ落ちるように強ばった体から力が抜けた。それに、風牙は心の底から楽しそうに笑っていた。

 

「ようし、ようし。そうだな、名前を間違われるのは悲しいな。ようし、ようし、それでもお前は本当にかあいいねえ。」

 

昔と変わることなく、仏のようにそれは笑った。そうして、奈落の頬にそっとあやすように口づけをした。まるで、幼子を抱くように、奈落のことを抱きしめる。

 

「ようし、ようし、かあいいねえ。一人で、何も手に入らない、鬼蜘蛛の影に怯えて。奈落、お前も本当に。」

かあいいねえ。

 

遠い昔に見た、仏のようなそれは確かに自分と同じ化け物であることを奈落は理解した。

それでもなお、己を写す満月の瞳は変わることなく美しかった。

桔梗でさえも、浮かべたことのない、敵意も、蔑みも浮かばない、優しいだけの瞳をしていた。

 

 

 

奈落は呆然と、自室で風のように去っていった風牙を見送った。彼は、また来るといって言ってしまった。

そうして、奈落の好きなようにするようにと。

四魂の欠片を集めるのも好きにするがいいと、そういって。

奈落は犬夜叉と敵対する旨を伝えはしたが、風牙は心の底から不思議そうな顔をした。

 

変なことを言うな。あれとて俺の弟だ。この程度生き残らなくてどうする?それに、この頃上の弟にも甘やかすなと散々言われているし。まあ、少しは試練を与えてもいいだろう。

まあ、何かあれば助けてやる手段はいくつもあるしな。好きにしなさい。

 

 

奈落は、何故、それを殺せなかったと考える。桔梗にでさえも、害そうという意志は持てたというのに。

風牙を前にした瞬間、全ての意識が縛られたかのように機能しない。それにすがり、それに甘え、神を見上げるかのように慕わしいという感情が止められない。

忌々しいと心から思う。今でさえも縛られる己の心に、そうして未練たらしい人である部分に。

殺さなくてはいけない。自分を、何よりもあれは邪魔するだろう。

けれど、心のどこかで風牙は自分を否定しないと無邪気に思っている節がある。

彼は自分の味方であってくれる。彼は自分を守ってくれる。助けてと言えば、きっと、きっと。

 

(あれは、わしを、愛している。)

 

身の毛もよだつ考えに、奈落はかんしゃくのように畳を殴りつけた。

 

「くだらん!」

 

絶叫のようなそれ。

なんて愚かな考えだろうか。なんて浅ましい心だろうか。

あんなにも笑っていても、結局あれとて畜生の化生に過ぎない!

 

(あれとて、どうせ、犬夜叉を選ぶ。)

 

吐き気がする。

犬夜叉、犬夜叉、犬夜叉!!

人であったいつかが、奈落の中でわめき立てる。最後は、いつだって、選ばれるのはあればかり!

 

「・・・・桔梗。」

 

自分を振り返ることなく、日の中に出ていく女の名を呼んだ。暗い洞穴の中で、日差しの中で少年と逢瀬をする女のことを考えた。

 

そうして、暗闇の中で自分に微笑んだそれ。

 

「先生・・・」

 

無意識に紡いだそれは、まるで子供のようだった。

 

 

 

「面白いと思わないか?」

「何がでしょうか?」

 

風牙は奈落の城からの帰り道、一坊を連れていた。白縫は丁度、風牙の母への使いに出していた。

 

「妖怪ってのは、何かの象徴なのさ。俺は、犬。白縫は狐。大抵の妖怪はな、己が生まれた概念ってものにとらわれる。」

 

奈落はな、引き離せると思ってるんだよ。己が生まれた起源から。

 

妖怪は、自分の生まれた起源にとらわれる。犬であること、狐であること、母であること、群れをなし、人に畏れられる。

そうあることにとらわれる。

奈落は、永遠に桔梗というものに囚われる。奈落は、永遠に桔梗への憎しみに囚われる。

それが、彼の生まれた理由だから。

そうして、奈落は一生、風牙への信仰心を持ち続ける。彼は一生、風牙へ逆らうことはできない。

 

「まあ、子は一生親を振りほどけない。俺が奈落を作ったようなものだから。」

 

風牙は、奈落の浮かべた子供のような顔を思い出す。

すがるようなそれ、呆然とした、無防備なそれ。

 

「ですが、放っておいてもよろしかったので?殺すことも考えておられたのでは?」

「いいや、あれは俺を慕っているしな。俺に愛されたいやつを、どうして殺せるものか。それにあれは生かしておいた方がずっと面白いだろうからな。」

 

風牙の脳裏には、弥勒法師と珊瑚のことを思い出す。

喜劇はもちろん楽しい。だが、そればかりでは飽きてしまう。悲劇ももちろん、愛おしい。そこには、誰かの激情が隠れているから。だが、人と人同士のそれでは単調すぎる。

 

「いやはや、やはり。一人ぐらいは舞台回しも必要なのだ。」

 

そういって、それはにんまりと笑った。

 




風牙さんとしては桔梗さんがこっそり飼ってた野良猫が気に入って餌を槍に言ってただけの話で。
あと、大事なものが死んだらそれはそれで悲しがりますが、引きずるわけではないかなあと。
書いてて、ワンチャン奈落もヒロイン枠に入れるんじゃないかという幻想を持ちそうです。


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