犬兄弟の適当な長男   作:丸猫

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あんまり、風牙さんの怖さがない回です。
この世界線の殺生丸さんは、たぶん刀々斎に刀を頼まなそうだなあと思って。
あと、アンケートあるので応えてくださると嬉しいです。


簡素な試験

「・・・・・うーん。」

 

白銀の髪に黄金の瞳をしたそれは、にこにこと人好きの笑みを浮かべていた。火山が近いそこは、地面の下から湯気が立ちこめている。大きな妖怪の死骸を利用したらしい工房には先ほどまで誰かがいたように物が散乱している。

うちかけの刀に火の落ちた鍛冶場。

 

「主様。」

「うーん?」

 

男、風牙はその場にしゃがみ込み頬杖をついて主のいない其所を見つめた。そこに、少女がやってくる。白縫はどこか気まずそうに、死骸に残った骨を見る。

 

「あの、こちらを。」

 

言われた方に目を向けると、そこにはでかでかと引っ越しましたという字が彫られている。その文字を見て数秒、風牙はゆったりと首を傾けて笑った。

 

「うーん、さすがに踏み倒しはいただけないなあ。」

 

 

 

 

 

 

「・・・・刀についてといでも構わん。ただ、一つだけ条件がある。」

 

その言葉に犬夜叉一行は顔を見合わせた。

彼らの目の前にいるのは、空を飛ぶ牛に乗って来た妖怪だ。痩せ細った翁の姿をしたそれは、神妙な顔で犬夜叉を見た。

突然やってきたそれは、刀々斎と名乗った。聞けば、彼は鉄砕牙をうった刀鍛冶だという。

刀々斎は鉄砕牙の現状についてぶつぶつと不満そうに呟いていたが、犬夜叉が顔をしかめて刀を研ぎにでも来たのかと問えば観念したかのように目を閉じた。

 

「条件だあ?」

「わしの、なんというか、命まではねらってる、かはわからんが。その、おそらく、良い結果にならんやつに、おわれとってえ・・・・」

「だーかーらー!はっきり言いやがれって!」

「刀々斎。」

 

刀々斎のはっきりしないそれに苛立ったように叫ぼうとしたが、それを遮るように高い声が被さった。

声の方に目線を向けると、そこには金の髪に袈裟を着た一人の少女が立っている。それは、しゃらんと錫杖をならした。

 

「刀々斎、我が名は白縫。知るであろう、わかるであろう。さあ、翁よ。我が主がお呼びであるぞ。」

 

見知った少女は、無機質な眼で刀々斎を見ていた。

 

 

「犬夜叉様、その老いぼれをお渡しください。それは、主様に無礼を働いたものです。」

 

白縫、己が兄に仕えている少女の存在に、犬夜叉は固まる。刀々斎は白縫のことを認識すると、怯えたように犬夜叉の背に隠れた。

 

「兄貴が、こいつを探しているのか?」

「ええ。その不届き者は主様との契約を反故にし、逃げ出したのです。犬夜叉様、それをこちらに引き渡していただけませんか?」

 

それに犬夜叉は迷う。確かに、長兄の風牙はお世辞にもまともと言えるわけではない。けれど、約束の一つを反故した程度で殺し殺されという結果に至ることがないことも知っている。犬夜叉は後ろにいる刀々斎を白縫に渡す決断をする。が、それを行動に移す前にがっと力強く肩を掴まれた。

 

「・・・・頼む、後生だから助けてくれ。」

「別に、殺されるわけじゃねえだろうが。」

「お前、風牙がどんなやつか知らんわけじゃないだろう!?」

「知ってるから言ってるんだろうが。」

「なら聞くが、ほっんとうに、何もならんと言えるのか?」

 

その言葉に犬夜叉は思わず黙り込む。刀々斎のじとりとした眼に、かごめたちも思わず確かに頷いた。確かに、殺されることなどそうそうないと言えるが、さりとて殺されないと断言もできない。

数年育てられた身としても、こうであると確信を持つことはできなかった。

 

「頼む、なんとか風牙への言い訳を考えるまでかくまってくれ!」

 

泣く泣くの見た目は哀れな老人の頼みに、さすがに犬夜叉も良心と言えるものが痛んだ。何よりも、そこまで風牙のことを畏れる気持ちもわからなくはない。

犬夜叉は諦めたかのようにため息を吐き、白縫に向かい合った。

 

「だめだ、白縫。風牙には俺がそう言ったと伝えておけ。」

「・・・わかりました。」

 

白縫はそう言った後、錫杖で地面と数度叩く。しゃんしゃんと軽やかな音がした。

 

「歌えよ、うたえ。」

 

それと同時に、地面からまるで森が突然現れたかのように木々が生えてくる。蛇のように、のたうち回るそれを背に、白縫は深々と頭を下げた。

 

「申し訳ございません、犬夜叉様。」

何があっても連れてこいとの命なのです。

 

犬夜叉はぞわりと何かを感じ取る。そうして、本能のように鉄砕牙をかまえた。木々はまるで触手のように刀々斎へ向かっていく。

 

「この!」

 

犬夜叉は鉄砕牙でそれをのけるが、振り払うだけで精一杯だ。それの余波を喰らう形で、珊瑚や弥勒も木々に襲われる。

 

「あ、あの子、めちゃくちゃじゃない!?」

 

驚いたようなかごめの言葉に刀々斎に付いてきていた冥加が叫ぶ。

 

「当たり前ですぞ!彼女は、数年前に滅ぼされた葛の葉一族が生き残り!幻覚はもちろんですが、植物を操る有名な妖狐の一派なのですじゃ!おまけに、風牙様の気に入りで手ずから術を教わっているそうですぞ。」

「あの子、そんなにすごいの!?」

 

犬夜叉はそんなやりとりを聞きながら歯がみする。

風牙はそこまで誰かを連れて行動することはなかった。唯一、記憶にあるのは一坊だけだ。以前から、兄がつれている少女のことは気になっていたが、ここまでとは思えなかった。

 

(くそが、こいつ・・・・)

 

鉄砕牙一本で耐え忍ぶにはあまりにも木々が多すぎる。いくら振り払おうと、絶えずそれらは次々に芽吹き、茂っていく。

 

「・・・・仕方がありませんね。」

 

白縫はそう言うと懐から一つの花を取り出した。淡い桃色のそれを手のひらにのせ、そうしてふうと吹き飛ばす。風に誘われた花弁は、吹雪のように犬夜叉たちに降りかかる。

甘い、匂いがした。頭にたたき込まれるような強い芳香。ぐらりと体が傾いでいく。

 

「から、だに、ちからが。」

「かごめ・・・・!」

 

見れば弥勒や珊瑚、七宝も同じように脱力していく。それに、白縫が近づいて来るのが見えた。

 

「鎮静作用のある花です。咎めは受けますが、申し訳ございません。今は、それを捕まえるのが先なので。」

「・・・こりゃあ、だめだな。」

 

刀々斎はそう言い放つと、勢いよく炎を吐き出した。白縫はその場から勢いよく飛んだ。

熱風に思わず気を取られている間に、いつの間にか犬夜叉たちの姿は見えなくなった。

それに白縫は悲しそうな顔をして、錫杖で地面を叩く。

 

「眠れよ、ねむれ。」

 

それに辺りでうごめいていた植物は見る見るに時を早回しするかのように枯れ落ちていく。

何もなくなったその場で、白縫はしょぼくれるように肩を落とした。

 

「・・・・せっかく、風牙様に頼まれたのに。」

 

その後ろ姿を遠くから、じっとカラスが見つめていた。

 

 

 

「・・・・うーん、犬夜叉の方にいったのか、刀々斎は。」

 

風牙は己の住処の一室で、片目だけを閉じて頬杖をついていた。そんな彼の近くには手のひら大の木人形が置かれている。

風牙はそう言った後に木人形を指ではじく。それに、人型はあっさりと二つに折れた。

おそらく、カラスが一匹崩れ落ちたが、所詮は傀儡の一つだ。

 

「どうされるのですか?」

 

部屋の隅にいた一坊の問いに、風牙は少しだけ考えた後に立ち上がる。

 

「仕事を放り投げたのは刀々斎が悪いしなあ。それに、犬夜叉がちゃんと強くなってるか、そろそろ見に行っていいだろう。」

奈落も、色々と動いているようだし。

 

風牙そのまま立ち上がる。

 

「坊、出かけるぞ。」

 

 

 

「はあ、ここまで犬夜叉が弱いとは予想外じゃ。」

「だーれが弱いだあ!?」

 

逃げた先の河原でそんなことを嘆いた刀々斎を犬夜叉は睨んだ。それに、刀々斎は言い捨てる。

 

「風牙の部下にさえ勝てねえのにか?」

 

痛いところを突かれて犬夜叉は黙り込む。ほかの皆も思わずそれに頷いた。

 

「にしても、風牙のところにはそんなにも多くの妖怪が集っているんですか、冥加様。」

「・・・・・まあの。言っちゃあなんじゃが風牙様の勢力は跡継ぎになっておる殺生丸様より大きいしのお」

「そうなの?」

「殺生丸様は良くも悪くも自分の強さにしか興味がないからのお。お父上が亡くなられた後、宙ぶらりんになった西国を仕切っておるのは風牙様なのじゃ。元々、お父上に仕えておった奴らの大半は風牙様の預かりになっておるし。」

「それは、いつかは全て殺生丸に譲られるんですか?」

「そういう約束じゃし。何よりも、風牙様もそういうことにあまり関心がないからのお。大体、それとは別に風牙様の配下がたくさんおるよ。妖怪も人間も、それに半妖もなあ。」

 

その言葉に珊瑚はなんとも言えない顔をする。

 

「・・・すがりついた方が、気楽なこともあるかもね。」

「おまけに、その部下たちも有象無象というわけでもなく、そりゃあ忠誠心もすごくてなあ。」

「でしょうねえ。」

 

半端に野心があったりすれば近寄りたくない種類でしょうから。

弥勒のぼやきに皆が思わず頷いた。

 

「はあ、当てが外れたこれからどうしたもんか。」

「けっ!刀ぐらいうってやればいいだろうが。」

 

頭を抱えた刀々斎の言葉に、犬夜叉がそう吐き捨てる。それに刀々斎が首を振る。

 

「だってえ、うちたくないんじゃもん。」

「だもんじゃねえよ!」

「仕方がないじゃろ!?どーも、あやつへ刀をうつとなると恐ろしゅうて仕方がないわ。どんな刀ができてもいいと言ったがのお。」

あやつは、それで何をするんじゃろうか。

 

刀々斎の言葉に、何故かしんと辺りが静まりかえる。かごめは思わず、犬夜叉の方を見た。彼は、その幼い顔立ちに似合わない老いた瞳でじっと地面を見つめていた。

 

「刀々斎、お前さん、犬夜叉様の前でそんなことを。」

「だってよお。言いたくなるだろうが。大体、あいつだってすでに名刀を一口持ってるだろ?」

「そうなの?」

 

かごめがそう問えば、刀々斎は頷いた。

 

「さよう。元々、親父殿の持っておった刀は三口あっての。犬夜叉の持っておる鉄砕牙。そうして、殺生丸の持っておる天生牙、使いこせば百の命を救える。そうして、もう一口。元々、親父さんが持っておった叢雲牙。あれはなあ。」

「どんな力を持ってるの?」

「一振りで百体もの亡者を呼び戻す事が可能と言われておる。簡単に言えば、無限に湧き出る兵士を出現させるようなもんじゃ。おまけに叢雲牙の放つ獄龍破は、それこそ妖怪を数千も吹き飛ばせるほどの威力がある。」

「そんなに?」

 

皆は驚いたようにそういった。そうして、それを持っているのが風牙という事実に嫌に寒気がした。

 

「わしらとしては、あれは殺生丸に渡したかったんじゃがなあ。あの刀自体、使いこなせるのは犬の大将や殺生丸、そうして風牙くらいじゃろうし。まあ、色々と曰くがある刀なんじゃ。」

「・・・・一度、あの方が豹猫族相手に暴れたこともありましたが。悲惨でしたのお。」

「あれか。そういや、あれのおかげで大分小競り合いもなくなったぞ?小物は全員、風牙にびびって。」

「まあ、元から大物はあの方とは関わり合いになりたくないでしょうし。おかげですっかり平和ですがな。」

「ちょっと待て。風牙のやつ、何かしたのか?」

「知らないのか?あいつ、お前さんが封印されている間に一度、そりゃあ荒れてなあ。」

「こりゃ、刀々斎!」

 

冥加の叱りつけるような声に、刀々斎はやべと固まる。かごめはそれに犬夜叉の方を見れば、彼はどこか憂いを含んだ眼で地面を見ていた。

それに、かごめは思わず犬夜叉の手を掴んだ。犬夜叉はそれに、首を振る。大丈夫だというような仕草に、かごめは思わず黙り込んだ。

 

「まあ、わしはそろそろ行くぞ。ともかくは、時間を稼げ・・・・」

「おうおう、どこに行くんだ、とーとーさあい?」

 

間延びした声がした。それに、皆が声のした方に視線を向けると、そこには河原にあった岩の上に腰を下ろして笑っている風牙がいた。

皆は、いつの間に近づいてきたのか、風牙へ警戒するように向き合う。風牙は、刀々斎へじっと視線を向けている。

 

「仕事を放り出して何してんだ?とっくに納期は過ぎてるはずなんだがなあ。」

 

刀々斎は犬夜叉の背中に隠れてもごもごと言葉を発する。

 

「・・・そのお、なかなか、納得ができるのが作れなくてなあ。あれだ、その、い、犬夜叉と戦って、勝つぐらいしたら、ひらめきみたいなものが、くる、かも?」

 

刀々斎の言葉に風牙はゆったりと眼を細めた。そうして、次にまるで石でも背負い込んだかのように体が重くなる。

かごめは、思わず風牙を見た。

そうして、見てしまった。

赤く光る、らんらんとした眼。頬まで裂けるように笑みを作った口元。

それは、殺意ではなかった。今まで感じた、殺意や悪意はなかった。それに名はつけられない、ただ、例えばどれだけ美しくとも火に触れることを厭うように、どれだけ芸術品でも刀を抱きしめることがないように、ただあるだけで忌避してしまう何かを感じ取った。

それぞれが固まるように、己に向けられる何かが過ぎ去るのを待っていた。

 

「・・・・刀々斎、何を言うかと思えば、てめえ、俺に犬夜叉と戦えと?」

「あ、その・・・・」

 

刀々斎は時間稼ぎにと思わず口にしたそれを心底後悔する。が、その威圧感はすぐに霧散してしまう。

 

「はっはっは!そこまでびびるなよ。別に、怒ってるわけじゃねんだから。ただなあ。」

「おい、風牙。もう、諦めたらどうだ?」

 

悩むような仕草をした風牙の横に、突然、白いひげを蓄えた仙人のような小人が現れる。おまけによくよく見れば薄く、幽霊のように向こうが透けている。

 

「鞘!おぬし、生きとったのか。」

「勝手に殺すな!こちとら、ピンピンしとるわい!」

「冥加じいちゃん、あの人、は?」

「あやつは鞘。叢雲牙を封じる役目のやつじゃよ。風牙さまの所に行ってから行方がわからんかったんじゃが。」

 

鞘の方を見て風牙はどうしたものかと肩をすくめる。

 

「そうはいっても、俺もなかなかに困っているんだぞ?親父の残した叢雲牙がこれまた使いにくくてなあ。だから、もう少し威力の弱いものが・・・・・」

 

ふううううがああああああああ!!

 

気だるそうに風牙は頬杖をつきながら考え事を始めると同時。どこからか、低い絶叫が響き渡る。それが風牙の方からしたと理解した犬夜叉たちは視線を向けた。

風牙は心の底からめんどくさそうな顔をして、己の刀を引き抜いた。

龍の意匠があしらわれたそれから、声がしているようだった。

 

「風牙、貴様!あろうことか、この叢雲牙がいるというのに、ほかの刀にうつつを抜かすだと!?そんなことが赦されると思っているのか!?」

「だって、お前使いにくいんだよなあ。いちいち威力もでかいしよお。」

「お前が滅多に!使わぬから!どれほど!この叢雲牙が!優秀か!しかと!見せて!いるのだ!」

「お前、当分物干し竿な。」

 

それに悲痛な、風牙という絶叫は響き渡る。刀々斎はなんとも言えない顔で、叢雲牙を見た。

 

「知っとるか。あの刀、下手なやつが持てば操り人形になって国がいくつか滅ぶような妖刀なんだぞ?」

 

それを聞けば、目の前で相当ぞんざいに扱われている刀への哀れみは一押しになっていく。

 

「風牙、そのなあ、そいつだって刀じゃし。もうちっと使ってやったらどうだ?大体、お前さんが刀を振って戦うってそうそうないだろうに。お前さんが封印については全部やっとるから楽させてもらっとるが、いうてのう。やっぱし、叢雲牙が物干し竿にされとるのを見ると、なあ?」

「鞘、鞘!よく言ってくれた!」

「でも、五月蠅いのは変わらないし。大体、使い手の好きにさせられない刀の時点で使いにくい。新しい刀は必要だな。」

「風牙ああああああああああ!?」

 

コントのようなそれの後、風牙はさっさと叢雲牙をしまい込む。そうして、岩から降りる。

 

「・・・さて、犬夜叉。それを渡してくれるか?それは俺に刀をうつと契約を交わしている。別段、危害を加えるだとかしないさ。ほら、いい子だから。」

 

軟らかく微笑んだ兄を前に、犬夜叉は顔をしかめた。優しい声音が、耳に付く。

 

「ほら、かあいい、いい子。ほら、何もしやしない。兄ちゃんの言うことを聞こうな?」

 

犬夜叉はその時、改めて自分の無力さのようなものが腹にたまっていた。風牙の部下であるという、幼い少女に負けたこともまた無力感に膨らんでいたというのもある。

何よりも、鉄砕牙を作った刀々斎に再三、刀をたたき折ると言われていることに苛立っていた。

強くなりなさい。

もう一人の、兄の言葉を思い出す。

これでいいのか、無力さが腹にたまっていく。

自分の背後にいる少女。いつか、自分を矢で射って、そうして死んだ女。

ダブって、かき混ざるように苛立ちが募っていく。

 

「断る。」

 

吐き捨てるように犬夜叉がそういった。そうして、風牙をにらみつけた。

 

「刀々斎を渡して欲しけりゃ、俺に勝て!」

 

鉄砕牙を抜き、構えた犬夜叉に風牙は驚いた顔をする。それは、周りの存在も同じだった。

 

「い、犬夜叉!?」

「そうか、ふむ。」

 

犬夜叉は大きく息を吐いた。

以前から、思っていたのだ。

殺生丸は強い。鉄砕牙がなくとも、次兄は自分を凌駕している。けれど、風牙はどうなのか。風牙が戦っている所など、一度だって見たことはない。

戦う必要がないほどに、彼は強いのか?

けれど、たった一つだけわかるのは、今よりも強くならなければ奈落に勝つことさえもできないと言うことだけだ。

何よりも、風牙も動きは見えないところがある。もしやすれば、敵対する可能性も犬夜叉は

考えていた。

風牙は犬夜叉を傷つけぬだろう。彼はどこまでも犬夜叉の幸せを願うだろう。

けれど、それだけではだめだ。

それだけではだめだと、わかるのだ。

 

「こっちから行くぞ!」

 

犬夜叉はそのまま大剣を振りかぶり、風牙に向かった。風牙は困ったような顔をして、それを躱す。

 

「犬夜叉、やめるんだ!」

 

弥勒の静止の言葉を振り切って、犬夜叉は変わることなく鉄砕牙を振う。かごめはそれに、おすわりと叫ぼうとするが、それよりも先に犬夜叉が後方へと吹っ飛ばされた。

自分の近くへ転がった犬夜叉へかごめは駆け寄った。犬夜叉は腹を押さえて、げほげほと咳き込む。

誰もが驚いた顔をした。

何故って、それをしたのは風牙だった。誰も思ってさえもいなかった、あの風牙が犬夜叉に手を上げるなど。天地がひっくり返るような心地だった。

風牙は肩をふるわせて、けらけらと笑いだした。

 

「あっはははは!そうかあ、犬夜叉、お前ももう大人になったんだなあ。」

 

風牙はうっとりと恍惚的な笑みを浮かべた。頬に手を当て、蠱惑的な笑みを浮かべるその様は、いっそ女よりもよっぽどに艶やかだった。

 

「ああ、そうだなあ。ああ、仲間を守るために強くなりたいんだな。ようし、ようし、健気で、愛おしくて、かあいいねえ。ようし、わかったぞお。兄ちゃんがお前に稽古をつけてやろうか。お前は半妖だからなさあ。弱っちくて、本気で稽古したら嫌われるかもって不安だったんだが。もう、本気でやってもいいんだな。よしよし、殺す気で行くが。安心しなさい。」

腕、足、一本程度ならつなげてやるから。

 

にこりと笑った、無邪気な笑みを見てかごめの背に冷たいものが流れ落ちた。

 

「ま、まって、犬夜叉は・・・・」

 

かごめがなんとか取り繕おうとする。けれど、それよりも先にかごめのすぐ隣を何かの衝撃波が通り過ぎていく。見れば、何かが通り過ぎたように荒れていた。

 

「でも、お前に俺も甘くしすぎたからな。きっと、心のどこかで俺が誰も傷つけないと甘えを出すかも知れない。それじゃあ、成長もできんだろう?だから、お前が少しでも甘えを出したら、ほかの奴らが怪我をする。安心しろ、痛いだろうが死にはしない、四肢もかけさせない。」

さあ、しっかり鍛えてやるからな?

 

深めた笑みはどこまで、御仏のように優しくて、子供のように無邪気だった。

ああ、違う。そうではないはずだ。

かごめは、また、感じる明らかな齟齬にぞわりぞわりと背筋が寒くなる。

畏れて仕方がない、怖いと、明白に思う。

体に残らずとも、心に傷は残る。死ななければいいわけではない、問題なのは何が起こったかなのに。

それなのに、その笑みはやっぱり神様のように優しかった。

 

 

「があ!」

「ほら、だめだぞ、犬夜叉。足場を崩されればそれだけ攻撃も弱くなる。そうして、防御だってとりにくくなる。ふむ、下半身が弱いな。」

 

まるで蹴鞠でもするかのように犬夜叉が吹っ飛んでいく。

風牙は全くといっていいほど殴る蹴るだけであっさりと吹っ飛ばしていく。何よりも、やっかいなのは。

 

「そうら、自分のことばっかりじゃあだめだな。」

 

その言葉と共に風牙は手を一閃する。すると、小さな竜巻のようなものがかごめたちに向かっていく。

 

「くそが!」

 

犬夜叉は急いで竜巻の前におどり出る。そうして鉄砕牙を振えば、竜巻自体は消えた。犬夜叉は血だらけでぜえぜえと息を吐く。

風牙は全くといっていいほど疲労を感じない。まるで子犬とじゃれ合うように安易で楽しげだ。それに、犬夜叉は改めて目の前の兄の強さを理解した。

 

(風牙から甘い匂いがしやがる。くそ、おかげであいつの居場所がわかりやすいはずなのに。)

 

擦り傷だらけのせいか、血の臭いが己から臭っていた。まるで、境のように甘い匂いと鉄くさい臭いが漂っていた。

どれだけ踏み込み、鉄砕牙を振おうとまるで全て見えているようにいなしていく。何よりも、鉄砕牙もなかなかに重い。空ぶった瞬間に、腹に打撃がやってくる。

 

「ねえ、犬夜叉死んじゃうわよ!?」

 

かごめが慌てたようにそう言うが、刀々斎はあーあとため息を吐いた。

 

「こりゃあ、風牙のやつ、わしのことどうでも良くなってるな。」

「お嬢さん、まあ、落ち着け。あの竜巻もそこまでダメージがあるわけではないし。犬夜叉が気でも失えば攻撃はやむじゃろう。」

「それまで犬夜叉のこと、ほっとけって言うの!?」

 

かごめが叫ぶ中、弥勒が戻ってくる。

 

「だめですね。結界が張られていて出られません。」

「風牙が張ってるのか。」

「でしょうね。」

 

そんな会話の中で、風牙は変わることなく犬夜叉をいなしては吹っ飛ばしていく。

 

「うーん、だが、風の傷が使えないのは痛いなあ。」

 

風牙は何を思ったのか、一気に犬夜叉に向けて距離を詰めた。そうして、おもむろに犬夜叉の左腕を切り落とした。

 

「あああああああああ!?」

 

絶叫が辺りに響き渡る。それに、かごめは目を見開いた。

 

「犬夜叉ああ!」

 

名を呼ばれた彼はその場にうずくまる。それに、風牙はやっぱり淡く笑った。

 

「ほら、あんまりにも弱いから腕を一つもらったぞ。どうしたものかなあ。犬夜叉。少しは強くなったかと思ったが全然だな。」

 

犬夜叉は風牙を見上げた。彼は、少しだけ呆れた顔をしていた。それに、犬夜叉は喉の奥に何かがつっかえるような感覚がした。

そんな顔をしないで欲しい。兄様、なあ、違う。俺は、ちゃんと一人で生きていける。だから、だから。

 

「仕方がない、家から出すのは、やっぱり早いか。なあ、犬夜叉。帰ろうか?そんなんじゃあ、誰のことも守れないぞ。」

 

優しい声がする。まるで、神様みたいな声だ。昔に聞いた、きっと何ものからも守ってもらえる。ただ、守ってもらえるだけで、愛されるだけ、慈しまれるだけの、そんな安寧。

初めて兄から受けた痛み。いくら表面上は邪険にしていても、犬夜叉にとって兄はまさしく神様のようだった。

父の代わりで、戦いの基礎の師匠で、勝つなんて考えてもいなかった絶対的な存在。それからの否定の言葉は確かに、犬夜叉の中に亀裂を生む。

 

「ほら、犬夜叉、帰りませんか?かごめちゃん、桔梗みたいになっても嫌でしょう?」

 

それはある意味で決定的だ。今を生きている彼女、自分の憎しみによって長らえているあの人。

ぐらつく心に、絶対的であった兄からの否定の言葉は、思った以上に効いた。

このままではと足掻いた末に、思う以上の実力差に犬夜叉は嫌な汗が垂れる。どくどく、と、血が流れる。掠れた視界の中で、弱った心に、甘い声が響いた。

 

「犬夜叉、兄ちゃんと帰ろうか?」

 

甘い声に、心がぐらついた。思わず頷いてしまいそうな何かが、その声にはあった。

その時だ、犬夜叉に話しかけていた風牙を矢が襲う。紫の光をまとったそれは、風牙を襲う。

 

「ありゃ。」

 

風牙はそれを慌てて避けた。突然のことに驚く犬夜叉の後ろから少女の怒りの声がかかる。

 

「風牙、あんたいい加減にしなさいよ!いっくらなんでもやりすぎってわかんないの!?これ以上やってみなさい、破魔の矢ぶっ飛ばすわよ!?」

「わあ、桔梗より怖い・・・・でもなあ、別に死んでるわけでもないしなあ。これぐらい追い込まないと強くはなれんだろう?結果的に治るなら同じようなもんじゃないか。」

 

かごめはそれに思わずひるむ。けれど、それよりも先に怒り狂うように叫んだ。

 

「犬夜叉、あんたも何してんの!?自分でやるって決めたくせに諦めてんじゃないわよ!?」

 

発破の言葉に、犬夜叉は歯を食いしばり、起き上がる。

 

「うるせえ!わかってんだよ、そんなこと!」

 

強くならなくては。強く、強く、そうしなければなくしてしまうものがある。何よりも、弱ければ、どこに行くかさえも選べない。

だから、犬夜叉は妖怪になりたいと思った。強く、強くなって、兄にもう大丈夫だと言って欲しかった。

 

視界はかすんでいる、左腕はない。けれど、痛みで冴えた頭と、過敏になった精神でようやく理解した。

風牙の妖力の渦、そうして、風のこすれるにおい。風牙の放つ甘い匂い、自分からする血の臭い、その境。

 

(風の、裂け目!)

 

犬夜叉はそれに鉄砕牙を振り下ろした。

 

風が、逆巻く。まるで、何かの力があふれ出したかのような衝撃波が風牙を襲った。衝撃波の中に風牙は消えていく。

辺りに残ったのは地面がえぐられるほどの衝撃の後だった。

 

「犬夜叉!」

 

かごめは犬夜叉に駆け寄っていく。体力がなくなった犬夜叉はその場にうずくまった。

 

「あに、うえ・・・・」

 

意識がもうろうとしているらしい犬夜叉はうろうろと兄の姿を探す。それに、皆が黙り込んだ。

あの衝撃で風牙が生きていると断言できなかったのだ。

 

「動かないで、あんた、ひどい傷よ!?」

「そうです、今は傷の手当てを。」

「さすがに無傷じゃないだろうが、死んじゃいねえよ。ともかく風牙のやつはわしらが探しに・・・・」

「いやあ、よかった。犬夜叉、風の傷成功だな!」

 

弾んだ声が前方からする。それに、皆が視線を向けた。そこには、かすり傷一つない風牙が満面の笑みで犬夜叉の腕を片手にひょっこりと立っていた。

 

 

 

 

「・・・・犬夜叉、あんた、腕なんともないの?」

「ああ。」

 

風牙は颯爽と現れるとさっさと犬夜叉の腕を繋ぎ、そのまま立ち去った。そうして、刀々斎に刀は諦めると言い捨てて。

 

「あーいつ、まじで化けもんだぞお?」

 

そんなことを語ったのは、刀々斎だった。風牙が風の傷を受けても平気な顔をしていたのは、簡潔に言えば犬夜叉のためらいと、そうして風牙の技量によるものだった。

元々、風の傷は妖力のぶつかり合う部分に衝撃を与えることで爆発的な力を繰り出す。風牙はそれを利用し、風の傷が発生する寸前に自分の妖力の流れを操り、衝撃の方向をずらしていたのだ。

 

「あんな器用な芸当、犬の大将でも不可能だぞ?まあ、名で体を表すなんて言うとおり、あいつは風の扱いが得意だったがな。」

 

それが刀々斎の感想だった。

犬夜叉は沈んだ顔で、今では綺麗に繋がっている左腕を見た。そうして、恐る恐る呟いた。

 

「・・・なあ、風牙に近づかねえ方がいいのかな。」

 

犬夜叉は気を遣った珊瑚と弥勒、そうして七宝が離れて歩いているせいか、やけに幼い声でそういった。

それにかごめは、一瞬だけ、言葉を詰まらせる。

確かに、風牙は恐ろしい。今日のことだってそうだ。

元に戻るからと言って、行いが無に変えるわけではない。おそろしいと、ぼんやりと思った。けれど、それ以上に、かごめは犬夜叉の幼い顔を見て思うのだ。

 

「でも、嫌いにはなれないんでしょう?」

 

こくりと、犬夜叉は頷いた。それに、かごめは微笑んだ。

 

「なら、それでいいじゃない。どんなことがあっても、あんたのお兄さんだもの。育ててくれたんでしょう。なら、嫌わなくたっていいわ。ただ、間違ったら止めてあげなくちゃいけないけど。」

 

それに、犬夜叉は頷いた。うん、うんと、幼い子供のようにこくりと頷いた。

強くなろうとそう思った。

強くなって、兄と対等になって、そうして今度こそ正面から兄と向き合いたい。

妖怪でもいいから、半妖でもいいから、ただ、強くなって。

犬夜叉は願うように、かごめの手を掴んだ。

 

 

「あの、主様。刀、よかったんですか?」

 

かごめたちを拘束していた結界を解いた後、急いで風牙の後を追ってきた白縫はてとてとと後を追っていた。

 

「うーん。まあ、対価は払った後だけど、かまわんさ。元々、俺はそこまで刀での戦い方は主にしてないしな。」

「おつかい・・・」

「それについてはかまわないっつたろ。どうせ、あいつがだだをこねるのはわかりきってたんだ。それに、犬夜叉が風の傷を使えるようになっただけでいいことだろう?」

 

にこにこと機嫌のよさそうな風牙に、白縫は不安そうではあったが、安堵するように頷いた。

 

(元々、刀々斎を犬夜叉に会わせるのが目的だったしな。まあ、殺生丸の元に行ってもそのときはそのときだ。)

 

刀々斎はきまぐれで自分が気に入った相手にしか刀をうたないというのは知っていた。だからこそ、今回、無理矢理に刀をうたせようとしたのは自分から逃れるために、風牙が甘い弟のどちらかに助けを求めるのは明白だった。

鉄砕牙とて道具だ。専属の研ぎ師が必要になる。が、正面からそんなことを刀々斎に望んでも素直に頷くはずもない。

ああやって目の前で実力を見せるのが最短であったのだ。

 

(これから、鉄砕牙を強化する上では良い助言役になるだろう。でもなあ、殺生丸の刀は考えてやらねえと。あいつ、元々の身体能力だけで戦ってるからな。さすがに、手数を増やしといた方がいいだろう。)

 

四魂の玉のせいか、この頃妖怪が活発になっている。それだけではキツいだろうと、風牙は殺生丸に新しい武器を与えることを考えていたのだ。

 

(まあ、それについては追々だな。犬夜叉と違って、すぐに殺されるようなやつじゃないし。だが、四魂の玉なあ。)

「奈落に言って玉の件は言っておくとして。調べてみた方がいいだろう。」

「え?」

 

風牙がぼそりと呟くと、白縫はそれに反応する。それに、風牙はにこりと笑い返した。

 

「白縫、殺生丸の所に行こうか?弟の成長について話さないとな!」

 

弾んだ声に、白縫ははいと頷いた。

 




今回は人外度は薄めです。

感想、いただけると頑張れます。

参考までになんですが風牙さんのヒロインていると思いますか?もしも、具体的なこの人がいいなっていうのがあるなら活動報告の方に言っていただけると嬉しいです。

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