ものすごいお久しぶりです。
今回は蘇った桔梗と、奈落の話です。
風牙さんが真面目です。
感想等いただけましたら嬉しいです。
「・・・・いやあ、思った以上に簡単に捕まえられたなあ。」
自分の前でにこにこと笑う男に桔梗は目を見開いた。銀の髪に、女にしては鋭く、男にしては美麗な顔立ちのそれは桔梗にとって忌々しい記憶の象徴のような存在だった。
奈落に囚われ、犬夜叉たちが厳格に囚われていたとき、好機だとも思った。
桔梗は死者である。生者とは違い、死んだ瞬間に囚われている。
犬夜叉という恋しい少年への感情はもちろん、自分が果たさなければならなかった役目にもまた囚われていた。
四魂の玉を浄化すること、そうして自分を殺した奈落を滅すること。そうして、憎い恋敵。
かごめを殺すまでには至らなかったが、四魂の欠片を奪うことに成功したため今回はそれでいいと思っていた。
死魂虫に乗り、空を移動していたとき。
何かに打ち落とされるまでは。
にこにこと目の前で笑う、男、いや妖怪に桔梗は目を見開いた。死魂虫を薙ぎ祓われ、宙に投げ出された桔梗はそのまま下に茂っていた木々へたたき付けられた。
枝が緩和剤となり、さほどの衝撃は来なかった。そうして、桔梗は自分が何によって地面に引きずり落とされたのか理解した。
「おうおう、久しいじゃないか。桔梗。」
倒木に腰掛け、自分を見下ろすそれに桔梗は反射のように起き上がり、距離を取る。そうして、何のためらいもなく破魔の矢を放った。
至近距離での矢は確実にそれを襲う。けれど、その妖怪は手に持っていた短刀であっさりとそれを弾き飛ばした。
桔梗は固まる。
相手は妖怪なのだ。それが、死人のために力が落ちたとは言え、霊力を纏ったそれを防いだことに驚いた。
妖怪は不思議そうに肘をついたまま桔梗を見つめる。
「私に何用だ、風牙。」
憎々しげにそう言い捨てれば風牙はきょとりと目を見開いた。そうして、うーんと首をかしげた。
「昔よりも、ずいぶんとねじくれたな。」
そこにはやはり、何もない。敵意もなければ蔑みもない。ただ、人好きのする笑みを浮かべた人でなしは何よりも薄気味が悪かった。
「久しぶりの顔見知りにするにはなかなかに厳しい対応だな。」
風牙はそう言ってゆっくりと倒木から立ち上がった。
風牙の言葉に桔梗は思わず嘲笑を浮かべる。顔見知りなど、そんな生ぬるい関係ではないはずだ。
桔梗は、その妖怪の本性を知った件について結局犬夜叉に話すことはなかった。話したところで何かが変わることはないと桔梗も理解したのだ。元より、犬夜叉の態度からして風牙の有り様というものを理解しているようだった。
だから、何も言わなかった。何かを言うことさえも厭うていた。
風牙は拒絶の言葉を一つ叫べば、それきり。
二度と、村にやってくることはなかった。ただ、まるで人間のように悲しげな顔を浮かべていた。
(また、会うことになろうとは。)
いや、わかっていたことだ。犬夜叉と関わるというならばそれは絶対的に会うことになる。
「・・・・破魔の矢をどうやって防いだ。」
「さあ。何故だろうなあ。」
明らかにからかいに満ちた声に桔梗は顔を歪めた。けれど、すぐに考えを変える。
今は逃げなくてはいけない。目の前の存在とは関わる物ではない。どんな考えで近づいてきたかはわからないが、けして桔梗にとってはろくでもないことには違いがない。
桔梗はちらりと自分の落ちてきた方向を見た。木々の隙間から死魂虫が覗いている。
すぐに離脱を考え、桔梗は頃合いを見計らう。
「私に何のようだ?」
時間を稼ぐためにそう言えば、風牙はにっこりとまた笑った。そうして、指を振る。その動作の意味を理解する前に桔梗の体に蔓のようなものが絡まり拘束をした。
桔梗は逃れようともがこうとするが、それよりも前に風牙がいつの間にか目の前に近づいており、その額に指で触れる。
針で刺されたような痛みが走る。
「動くことを禁ずる。」
その言葉と共に桔梗の体はまるで死魂を失ったかのように動かなくなる。指先までまったく動かないことに桔梗は動揺した。力を失った体はそのまま地面に横たわる。
「な、にを・・・・」
息も絶え絶えの桔梗は目の前の風牙を見上げた。風牙はにこにこと笑って腰を下ろして両手で顔を支えた。そうして不思議そうな顔をした。
「何をって。ふふふ、桔梗。お前さん、自分が本当に自由だなんて思っていたのかい?」
風牙はそう言って、何かしらの文様が刻まれてた桔梗の額を指で叩いた。
「お前は確かにそうそうでないほどの巫女の才を持っている。死人とは言え、かごめちゃんの魂を少しでも取り込んだお前なら下手な存在よりも巫女としての力を行使できるだろう。でもな、お前をこの世に止めるのは裏陶の術でしかない。」
術のイロハを知っていれば、自由を奪うことぐらい簡単だろう?
それに桔梗は歯がみする。そうだ、確かに桔梗は早々の妖怪に害されることはないだろう。けれど、彼女は所詮は理の外にある。彼女を生かす理、裏陶の術に逆らうことはできないのだ。
風牙はそう言いながら桔梗の懐を探る。そうして、彼女がかごめから奪った四魂の欠片を抜き出した。
「ほお、短期間にずいぶんと集めたな。いや、集めたんじゃないのか。集まった、のか・・・」
風牙が四魂の欠片の欠片をのぞき込むように見つめていると桔梗の絶叫が混じる。
「返せ!それは私のものだ!!」
「かごめちゃんから奪った物だろう。図々しい女だな。」
「いいや、それは本来私が持たねばならないものだ。あの女ではない!風牙、貴様それで何をする気だ?貴様もそんなものに頼るほどの願いがあったか!」
最後につれて混じる嘲笑に塗れた言葉に風牙はふふふとまた愉快そうに笑った。そうして、哀れむように目を伏せて地に倒れる女を見た。何かを見いだすように風牙は桔梗を見つめた。その目つきが腹立たしいのだ。
桔梗は死人の今を、そう悪いこととは考えていなかった。
生きていたこと、桔梗には多くのしがらみがあった。巫女としてのあり方、妖怪との因縁。
それに誇りは持っていた、不幸だとは考えなかった。
けれど、ずっと息苦しかった。だからこそ、桔梗は犬夜叉に恋したのだ。自分と同じ、あり方から抜け出せない少年。
彼ならば、彼と一緒ならば。
自分でも。幸せに、なれるのだと。
「桔梗、お前はずっと見当違いなことばかりだね。」
夢想の中で風牙の、やたらと優しげな声がした。風牙は桔梗の前で膝をつき、じっと彼女を見ていた。
「俺が?俺が、こんな訳もわからない物に頼らねばならないほどに脆弱であるなんてどうして思うんだ?桔梗、お前はずっと変なところでずれているな。自分が四魂の玉を浄化できると思っていることも、死人の分際でかごめちゃんにとって変わろうとしたり。本当に、お前さんは愚かだねえ。」
やたらと優しい声だった。まるで、きかん坊の子供に言い聞かせる母のような声だった。それが、その声音が告げる言葉は桔梗の神経を逆撫でる。
妖怪に、あんなにもおぞましい妖怪に道理を語られている今が、ひどく腹立たしい。
それが犬夜叉とかごめのこととなれば桔梗の冷静さなど簡単に奪われていく。
「とって変わるだと!?違う、あの女が私の代用品なのだ。犬夜叉は私を想っている!あの女が私にとって変わろうとしているだけだ!犬夜叉は私の物だ!」
たたき付けるような憎悪、ばちりとかすかな閃光が鳴る。それに風牙はきょとりと目を開いて、そうしてうわ言のように言った。
「桔梗、お前さん、犬夜叉のことを好きだと思っているのか?」
それはどこかおかしな台詞だった。桔梗が風牙を見上げればそれは口元だけを歪に引き延ばしていた。
次の瞬間だ、辺りにげたげたと哄笑が響き渡る。
「ふ、はははははははははっははははっはははははははっは!!!!!」
げたげたと、げたげたと、まるで壊れたおもちゃのように風牙は笑い続けた。これ以上のおかしさなどないように、ただ、ただ、桔梗を前に笑い続けた。
桔梗にはそれが何故かはわからない。
唐突に笑い出した理由さえもわからない。見上げた先で、風牙は唐突に笑うのを止めて桔梗の首を掴みあげた。
ぎちりと食い込んだ首元は桔梗は思わず空気を吐き出した。風牙はそんなことなど気にも止めずに彼女の見上げた。
「桔梗!桔梗!ああ、巫女として生き、人の守護者として生きた女!お前はまだそんな世迷い言を信じているのか!?」
「よまい、ごと、だと?」
桔梗の反論に風牙は彼女の顔を自分へと引き寄せた。吐息が当たるほどの距離の中で、風牙は口を頬に及ぶほどに笑みの形を作り、縦に裂けた虹彩で桔梗をのぞき込んだ。
「だってそうじゃないか。お前は犬夜叉に恋などしていなかったのに。」
「なに、を・・・・」
「そうか、桔梗。お前は信じていたんだな。自分が犬夜叉に恋していたのだと。共に幸せになると、信じているのだと、そう思っていたんだ。そんなことはなかったのになあ。」
「きさ、ま。何を、こんきょに。」
あらがう桔梗に風牙はうっとりとした顔で囁いた。
「だってそうじゃないか。お前が犬夜叉に信じ、そうして恋していたというなら。どうしてお前は犬夜叉の姿をした存在に疑いを持たなかったんだい?」
その声はひどく甘くて。まるで、子守歌を口ずさむように響いていた。耳を塞がなくてはいけないと思った。聞いてはいけない気がした。けれど、その言葉は否応もなく桔梗に囁かれる。
「そうだ、四魂の玉を持つお前と親しい犬夜叉は弱みと思っていた妖怪はいたはずだ。なら、あの子を策略に使うものもいたはずだと。お前には考える頭はあったはずだ。されど、お前は犬夜叉を矢で射った。」
お前は結局、最初から最後まで犬夜叉を滅ぼすべき妖としか思っていなかったんだ。欠片だって、恋しいなどと思っていなかったんだよ。
それに何かが崩れる音がした。
50年前、犬夜叉に襲われたとき、桔梗は裏切られたと強く思った。けれど、姿を自由自在に変えられる妖怪は存在した。
それは、果たして犬夜叉であったのか?
四魂の玉を持つようになり多くの妖怪から狙われた桔梗はそれに思い足らなかったのか。
とっくに憎しみに思い潰された記憶の中で、それがどうだったか思い出せない。
桔梗が覚えているのは、裏切られたという強烈な憎しみ、そうして悲しみ。
感情に飲まれる桔梗を見て、風牙は愉快そうにくすくすと笑う。
「そうだなあ、確かにお前は恋していた、焦がれていた。犬夜叉にではなく、ただの人のように何かに恋する自分に恋していたなあ。」
耳障りな、騒がしい声が桔梗を襲う。違うのだと拒否しようとしても風牙の声が耳から離れない。体に力は入らず、拒否しようにも巫女の力は行使できない。
憎しみも、怒りも、強い感情も、その声を聞いていると薄れていく。
違うのだ。
自分は確かに犬夜叉を想っていたのだ。その傷ついた心を癒やしてやりたかった。その孤独を自分ならば理解できると思っていた。
何者かでしかあれない自分たちだとしても。確かに。
振り払おうと、否定しようと口を開けようとするが、風牙の吐いた言葉に反論が浮かんでこない。
違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う!!
「恋をしらない、妖怪が。私の何を語るというのだ・・・・・!?」
せめてもの反抗にそう言えば、風牙は幼子のように首をかしげた。そうして、当たり前のように告げた。
「いいや。俺は知っている。恋を知っている。」
断言するようにそう言って、光の消えた目で桔梗をのぞき込んだ。
「恋とはな、他人を思い続ける心だ。他のために全てを捧げて、それのことを思い続ける健気さだ。お前はどうだ?死ぬ最後まで、犬夜叉に裏切られたと、なにゆえと問うこともなく死んだお前にそんな心などあるはずがない。」
桔梗は呆然とそれを見つめた。自分に覆い被さるように言葉を吐き捨てた風牙の喉からはまるでうなり声のような獣のそれが聞こえてくる。
「貴様が恋を語るな。十六夜の抱えた情が、そんな脆く、利己的で、破れかぶれな物であるはずがない。」
掠れた声が喉の奥から漏れ出した。恐怖、などと言える感情はとっくに潰えたはずだというのに。体は固まり、裂けた口から漏れ出る、赤いそれから目が離せない。
けれど、それはまるで夢であったかのように消えてしまう。気づけば、そこには麗しい美丈夫がいるだけだった。
それは今までの激情など夢であったかのように、にこにこと上機嫌に笑った。
「ほら、かごめと犬夜叉を見てみろ。健気で、幼くて、淡い心で互いを思っているじゃないか。ああ、そうだ。確かに、お前がいたから、犬夜叉はようやくお前のような不義理の存在よりも、あんなにも愛らしいかごめちゃんに出会えたのだな。」
そうして、彼はまるで幼子にするように桔梗を抱き上げた。
その手つきはまるで今までの乱雑さが嘘のように優しい。それがひどく気味が悪い。けれど、桔梗の体に力が入ることはなくされるがままに、人形のように抱き上げられた。
風牙は、それこそ愛らしい何かにするように桔梗の髪に頬を寄せて少女のように笑い声を立てた。
怒りがこみ上げてくる。先ほどのすくむような感情を押しのけて、死人のあり方として憎しみに苛まれる。
その妖怪の言うことが腹立たしい。自分の存在がまるで、最初から幸福なることなどなく、ただかごめのためにあるような台詞が、ひどく憎い。
けれど、桔梗の体は少しも動いてはくれない。
その時だ、風牙はまるで愛おしいものを見るような目で桔梗を見た。
「ふふふ。そうか、そうかあ。桔梗、だがお前は愚かでとても、かあいいねえ。」
甘く、どろどろとしたそれに吐き気さえこみ上げてくる。
幼い少女にするがごとく風牙は桔梗の頬にすり寄り、そうしてその額にまた何かを書き込んだ。
「なにを、する気だ。私を・・・・・」
「安心しろ。なあ、なあんにもしない。そうだな、本当は邪魔になるなら壊してもよかったんだが。気が変わった。」
自分をのぞき込む、懐かしいとさえ感じる金の瞳。欠片だって似ていないのに。なのに、同じ色。
「殺しはしないさ。殺すには惜しいしな。」
甘い声の後に、意識は薄れていく。
「そうだな。気が変わった。お前は四魂の玉を奈落に渡す。そうしたと、思わせておこうか。安心するといい。桔梗、愚かで、哀れなお嬢さん。幸せな夢をお前に見せてあげよう。」
それは、忌々しいことに。きっと、桔梗が知っている中で誰よりも優しい声だった。
ただ、幼子にかけるような、守られるべき物にかけるような優しい声だった。
「・・・・これは?」
「うーん?四魂の、確かに欠片っていうにゃあでかいか。」
奈落は己が拠点としている城にて風牙を出迎えていた。そうして、彼の手元には欠片と言うには大きな紫の結晶が握られていた。
奈落はそれをどう受け止めればいいのかわからなかった。結晶の大きさからして、それはかごめが持っていたはずの物だ。
彼らが集めていた物を奪い、何故自分に渡すのか。
ころりと手のひらの中に転がしてもわかるはずはない。そんな疑問は風牙の口からあっさりと告げられた。
「いや、桔梗の奴がかごめちゃんから奪っていた物をかすめ取ってきたんだがな。」
「桔梗が?」
「ああ、どうもお前さんに渡そうとしていたようだし。」
それに更に疑問が残る。何故、桔梗がわざわざ自分にそれを渡そうとしていたのか。
奈落はわざと風牙を見上げるために低くした姿勢のまま風牙を見た。
彼は変わることなく、奈落にさえも慈愛に満ちた、甘やかな視線を寄越す。それを見ていると、体がどこかぐずぐずと溶けていくような心地がした。
何かを考えることもなく、その妖怪から与えられる物を享受してしまいたいと考える。けれど、そんなことを奈落自身が赦すはずもない。
「・・・・何故、儂に?」
「ああ。さすがに犬夜叉たちに持たせておくのは少し危険だしな。お前さんに持たせておいた方がいいだろう。」
あっけんからんとしたそれに、奈落は目尻をひくつかせた。
四魂の玉は元より、汚れることも、浄化されることもある。どちらにも転ぶそれを過保護な風牙がするとは確かに思えない。
けれど、と。
奈落は四魂の欠片をぎちりと握りしめた。
ならば、自分はいいのだろうか。
元より、四魂の欠片を望んでいたのは自分だ。都合がいいはずだ。これで奈落はまた自分の願いに一歩進むことができる。
なのに、なのに。
手のひらに握られた紫色のそれが、ひどく疎ましくてたまらない。
それは風牙にとって奈落というそれがどうだっていいという証のようだった。欲していたというのに、今はそれが無価値に思えてたまらない。
儂のことなどどうでもいいのですね。
そんな皮肉が口から漏れ出そうになる。けれど、奈落はそれをなんとか飲み込んだ。
そんなことを言って何になる。自分の感情さえも、目の前の存在にとってどんなものになるかわからない。
何よりも、奈落は確かに風牙にとって従順な態度を取っているが確かに犬夜叉にとって敵なのだ。
けれど、風牙は犬夜叉について気にもとめていない様子だった。確かに何くれとお守りを持たせてはいる様子ではある。けれど、この世に絶対など無いことは理解しているだろう。
奈落にとって理性の部分で、目の前の存在から距離を取るべきだと理解している。奈落にさえも何を考えているのか理解しきれないそれ。
けれど、どうしようもなくそれの前から動くことができない。微笑まれれば嬉しいと思う。四魂の欠片へ嫉妬がある。
今でさえも、犬夜叉と自分を比べている。
(どんな、顔をするだろうか。)
もしも、ここで。犬夜叉と自分を天秤にかけたとき、風牙はどんな顔をするだろうか。
選ぶだろうか、選べないだろうか。
それで、彼は傷つくだろうか。
そんな想像に薄暗い笑みが漏れ出そうになる。けれど、奈落はその考えを鼻で笑った。
比べたところで無駄なのだ。鬼蜘蛛であったときでさえ、風牙にとって犬夜叉と殺生丸以上の存在などないだろう。
わかっているのだ。わかっている。
自分が彼ら以上になることはない。風牙は、血族と言うだけでその二つを一等に特別視する。生まれたときから、絶対的な違いに奈落は苛立ちを込める。
けれど、何を言ったところで変わることがないことも理解していた。
そういう人だ。
血族を別にして、他に対して徹底的に平等であるが故に彼は鬼蜘蛛を愛したのだから。
(いっそのこと、犬夜叉を殺してみれば。)
などと考える。いつか、殺すことを考えているというのに、目の前のそれに嫌われることを考えると嫌だと考える自分がいる。
その愚かしさに奈落は笑いをこぼした。
「どうかしたか?」
「・・・・いいえ。ただ、先生は本当に犬夜叉を大事にしているのですね。」
自分の考えを飲み込んで、奈落はごまかすようにそういった。それに風牙はああと頷いた。
「ああ。それはな。だって俺の血を分けた兄弟で。何よりも、犬夜叉は十六夜の息子だからな。」
今まで何よりも弾んだ声に、奈落は思わず風牙を見た。彼は、まるで仏に夢を見る僧侶のように澄んだ目をしていた。
そうして、十六夜という人間がどれほど美しく、優しく、かあいいかを熱っぽく語った。
奈落はそれを見て、思わず笑った。
だって、そうだろう。
ああ、なんだ。そうなのか。
犬夜叉さえも、結局は誰かの身代わりに過ぎないのではないか。
いや、風牙は犬夜叉を心底大事にしているのだろう。けれど、彼の語る十六夜というそれへの熱弁に奈落はそんなほの暗い楽しさを見いだした。
嬉しい、嬉しい。
だって、風牙が本当に愛した物がいないなら。彼の一番は、一生埋まることがないのなら。
それはとっても嬉しいじゃないか。
「奈落、どうして?」
「・・・・いいえ、何も。何もありませんよ。」
「そうか。にしても勝手に話し続けて悪かったな。それよりも、お前にはもう一つ話があるんだよ。」
「何でしょうか?」
「奈落、四魂の玉以外で完全な妖怪になる気は無いか?」
「・・・・それはどういう意味でしょうか?」
奈落の言葉に風牙はふむと彼に顔を寄せた。
「この世に代価の存在しない物がないと、言いたいことはわかるな?四魂の玉は確かに力を与える。だが、無から有は生まれん。本当に危険が無いと思っているわけではないだろう?」
奈落はそれに少しだけ心を動かされそうになる。けれど、すぐに首を振った。
「私は、すぐにでも完全な妖怪になりたいのです。先生も、今すぐに私を妖怪にする術など知らないでしょう。」
まるでおもちゃを取られることを恐れる子供のように奈落は四魂の欠片を握りしめた。それに風牙はそうかと頷く。
「そうか、まあ、そうしたいならそれでいい。」
風牙はゆっくりと立ち上がり、奈落の頭を撫でた。
「奈落、ただ覚えておけよ。何かあれば俺に頼れ。助けてやる。だから、ちゃんと俺を呼ぶんだぞ?」
「・・・はい、先生。」
幼いものへの態度にどこかくすぐったさを覚え、そうして居心地の良さを覚えて奈落は目を伏せた。
けれど、彼は四魂の欠片を握りしめたままだった。
早く妖怪になるのだ。完璧な妖怪に。
今度こそ、今度こそ。
誰にも置いていかれないように。
「・・・よろしかったのですか?」
風牙は奈落の城から帰り道、一坊に話しかけられてああと頷いた。
「大方、あいつは四魂の欠片を手放さないだろうからな。それなら持たせといた方がいいだろう。」
「犬夜叉様に危険が及ぶのでは?」
一坊の言葉に風牙はそうだなと頷いた。50年前の遺恨により、彼らが争うのは必然だ。だが、風牙としてはそれで構わないと思っていた。
犬夜叉もそろそろ鍛えねばならんと思っていたため、奈落は鍛錬のために丁度良いと思っていたのだ。
「それに、おそらく、犬夜叉は死ぬ確率は低いのやもしれんしな。」
「と、いうと?」
風牙は自分よりも一歩下がって歩く一坊に返事をした。
「四魂の玉にまつわる物語には、巫女と妖怪、そうして女に恋する男が出てくる。あまりにも都合がいいと思わないか?」
「物語を繰り返している、と?」
「そうそう。何だって周りの奴らはおかしいと思わないんだろうな。翠子の物語、桔梗の物語、そうしてかごめちゃんの物語。全部が似通っている。が、犬夜叉という存在だけが異端だ。」
風牙はずっと疑問であった。四魂の玉の話はもちろん昔から知っていた。けれど、対価の存在しない願望器などあるはずがない。なのに、それを持つ物は欠片だって四魂の玉を疑わない。それを風牙はずっと薄気味悪いと思っていた。
けして愚かではない奈落でさえも、四魂の玉について疑いを持たない。
(四魂の玉は物語を繰り返している。なら、犬夜叉たちの話の結末は?)
それの応えを得るにはあまりにも材料が足りない。ただ、風牙は犬夜叉が
死ぬ確率は低いのではないかと考えている。
桔梗、かごめのあり方を見るに、犬夜叉は巫女の欲を煽るための餌のような位置づけの可能性がある。
「さてさて、しばらくは観察か。それとも。」
風牙は奈落に渡す前に少しだけ砕いておいた四魂の欠片をじっと見つめた。
風牙さん目線だとだいぶ桔梗へは辛口になります。弟を手ひどく扱った相手なので。
ヒロインへの投票、嬉しく思います。誰かしらについて考えようとは思っています。
ただ、一つ疑問なんですが、風牙さんて誰かを幸せにできるような妖怪なんですかね。
参考までになんですが風牙さんのヒロインていると思いますか?もしも、具体的なこの人がいいなっていうのがあるなら活動報告の方に言っていただけると嬉しいです。
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いる
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いらない