犬兄弟の適当な長男   作:丸猫

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ざっと書いた短めです。


面影を憎んだ

 

「・・・・うーん。このモチモチとした触感。やっぱ、団子はあそこの辻の店が一番だな。」

 

風牙は、そう言いながら縁側に転がって団子を頬張った。

春の麗らかな日差しの中で、風牙はのんびりと寛いでいた。風牙がいるのは、彼が独り立ちした折に作った屋敷だった。彼の術によって作られたそこは、特殊な方法でしかいくことが出来ない閉じられた箱庭だ。

使用人も最低限しかおらず、屋敷の中は静まり返っている。屋敷の中の季節は、風牙の気分によって変わることもある。

 

「・・・・で、殺。お前さん、こんな旨い団子を前に、何をそんなに仏頂面なんだ?」

 

風牙は寝ころんだまま、己の隣りに座る殺生丸に目を向けた。殺生丸は、凍土のような殺気を出しながら、己の兄を睨み付ける。

 

「・・・・隣に座れば、鉄砕牙のある場所を教えると言ったのは貴様だ。」

「俺が言ったのは、話したいならまず腰を落ち着けろって言ったんだよ。つーか、お前は天生牙貰ったんだろ?兄貴なんだから、弟の貰ったもんぐらい我慢しろや。」

「貴様には分からんだろう!叢雲牙を受け継いだ貴様には!何よりも、何故、半妖風情を弟などと言えるのだ!?」

 

殺生丸は、苛々した中で放り込まれた風牙の言葉に激高したように叫んだ。殺生丸の瞳は赤くなり、本性が透けて見える中で、風牙は相変わらずまったりと団子を頬張っていた。

そうして、呆れたようにため息を吐いた。

 

「己が妖としての在り方を誇るなら、年端の行かない幼子のように本性を曝すな。」

 

風牙はそういって、とんとんと己の目元を指で叩いた。

叱りつける様な言葉に、殺生丸は思わず黙り込む。黙り込んだ己に対して怒りが湧いてくるものの、風牙の言っていることも事実であるために口を噤むことしか出来ない。

風牙にそんな情けない姿を見せたことに、そうして黙り込んでしまった己に、ぎりぎりと歯噛みする。

それを、風牙はやはり呆れながらため息を吐いた。

 

「お前な。駄々捏ねる餓鬼じゃねんだから。親父がてめえの持ちもん、てめえで決めた行き先だ。ガタガタいうなよ。まあ、お前は昔っから親父のこと大好きだったよなあ。毎日せっせと構った兄貴差し置いて、親父はいーっつもいいとこばっか取ってくんだもんなあ。」

 

後半になるにつれ、ぶつぶつと愚痴を吐き出す風牙に、殺生丸は青筋を立てて、手を払った。それによって、辺りをじゅううと溶ける様な音が広がる。

怒りに燃える殺生丸は、本気で己が兄を殺そうとした。

 

「・・・お前なあ。さすがに、人ん家で毒華爪はないだろう。」

「な!」

 

毒華爪の標的であった風牙はというと、殺生丸の掲げた手の上で逆立ちになって弟に呆れた様な視線を送っていた。

 

「ち!」

 

殺生丸は風牙を振り払うように手を払った。風牙はそれに軽々と宙がえりをしながら降り立った。そうして、周りを見回して、ため息を吐く。

 

「あーあー。たく、人ん家に何してくれてんだよ。お前も、修理を手伝えよ。」

「そんなこと・・・」

「あーあー!!殺生丸はケチだよなあ!短気だし。自分のやったことに責任が取れねえぐらい餓鬼のまんまなら、親父はおろか、俺にだって勝てねえだろうな!」

 

その言葉に、殺生丸は隠しきれない程度に、ぴくりと震えた。それが手に取るように分かり、風牙は言葉を続けた。

 

「まあ、いいか!お袋へのいい土産話が出来たと思うか!殺のやつが、未だに駄々捏ねて困るって・・・」

「ちっ!・・・・あとで、手を回す。」

「まあ、それでいいか。」

 

機嫌を直した風牙は、ふんふんと鼻歌をうたう。それを見て、殺生丸は苛々と腕を組んだ。昔から、殺生丸は風牙という存在が好きではなかった。

嫌いや軽蔑などには至らないのが、風牙という存在が殺生丸にとって父同様に超えるべき存在であったからだ。

皮肉なことに、風牙は闘牙王に匹敵するほどの力だけは持ってはいた。

けれど、中身ははっきりいってお粗末なものだった。殺生丸が知る中で、誰よりも、闘牙王と似通っているというのに、その陽気さは殺生丸の苛立ちを増幅させた。

また、風牙は殺生丸が一等に苦手な母親と仲がいいのもまた、彼にとっては不利になる理由の大半を占めていた。

その、兄にあたる男はいつだって、殺生丸にとって無価値なものに価値を置いた。何をそんなに楽しいのか、まるで虫のように消えていく命を愛でて、淡く笑っていた。

殺生丸には、風牙の愛でるその感情を理解できなかった。

弱者に価値はない。けれど、風牙はよく弱者を拾って来た。

殺生丸はすんと、鼻を鳴らす。

そうすれば、風牙の拾って来た半端な何かの臭いを感じることが出来た。

ざわり、ざわりと、微かな声が聞こえた。

そこには、風牙が作った箱庭には、どこにも行けない者たちの安寧があった。

気に入らない、気に入らない、気に入らない。

自分にとって価値のあるものを、風牙はまるでどうでもいいというふうに放り投げる。

それが、それが、ひどく、父とダブって見えて。

殺生丸の奥底で、ふつふつと、父にさえ感じたことのない怒りを感じるのだ。

その男の目を覚まさせてやりたいと、いつか、その感情を踏みにじってやりたいと、そんな燃える様な何かを感じるのだ。

それでも、殺生丸はその男に勝てたことがない。どこか、ぼんやりとして、ふらりふらりと何もかもを受け流す。

殺生丸が必死に吠えたてても、風牙はいつだって興味がないと土俵にだって上がってこない。

それが、負けに至ったとしても、少しだって興味を持たない。

何故だと、殺生丸はいつだって思う。

同じ腹から生まれ同じように育っても、兄はいつだって殺生丸の見えない何かを見ていた。いつだって、殺生丸と風牙の視線は交わらない。

 

(・・・・鉄砕牙を手に入れる前に、叢雲牙を手に入れる方が先か。)

 

そんな思考を察したのかまではわからないが、風牙は呆れたように言い捨てた。

 

「お前の場合、鉄砕牙を欲しがる前に、俺に勝てるようになるこったな。つーか。鉄砕牙は、たぶんお前さんじゃ手に入らんと思うが。」

「・・・どういう意味だ?」

「親父がお前の考えを読まないわけがないだろ。ぜってえ奪いに行くって分かるもんそのまま放置するもんか。」

「何故だ。」

 

殺生丸は、けして声を荒げることなくそう言った。けれど、風牙はそれが怒りに満ちたものだと何となく察した。

 

風牙は自分よりも少しだけ背の低い弟を見た。それは、まるで駄々をこねる子どものようにぎらぎらとした目をしていた。

 

「何故、あのような生き物のために。」

 

それは、風牙への言葉ではなかった。きっと、殺生丸自身への言葉だった。

風牙はふうとため息を吐いた。

 

「駄々をこねる子どもと言える歳でもないだろうに。」

 

風牙はそう言って、思いっきり伸びをした。

それは、殺生丸にとって図星以外の何物でもなかった。黙り込んだ殺生丸に、風牙はにやりと笑った。

庭に立ったその男は、まるで全てを知っているかのような、柔らかで泰然とした笑みを浮かべる。

 

「なぜ、理解できんのだ?」

「・・・どういう意味だ?」

「なぜ、誇りが服を纏って歩いている様なお前が、人の力に執着する?」

 

蜜よりも、甘い声で兄は囁いた。それに、殺生丸は頭痛に似た鈍い痛みを感じた。神経という神経を逆なでされるような、甘い声。

風牙は、緩慢な仕草でまた、笑みを浮かべる。

 

「強くあることに拘るというならば、なぜ、お前は己の牙で刀を打たない?」

「・・・・有効に使えるならば、それを使うことに理由はない。」

「はははははははははは!!」

 

風牙はけらけらと笑って、殺生丸を愛らしいものを見るかのような目で見た。それに殺生丸は神経を逆なでされるような感覚がした。けれど、それよりも前に冷静に殺生丸は自覚する。

目の前の男には勝てない。

少なくとも、今の自分では。

 

「お前の、そういうとこ、本当に可愛いなあ。」

 

あり得ないことを言って風牙は笑う。

愛おしいものを見る様に、愛らしいものを見るかのように。

 

「お前はもう少し、自分の知らないものを理解する努力をしないとなあ。己を理解してもらいたいというならば、なおさらに。」

 

殺生丸はそれに何かしら、反論をしようとした。けれど、それよりも前に、その風牙の微笑みがあまりにも似ていたから。

本当に、父とよく似ていたものだから。

 

それに、殺生丸は歯噛みする。

何時だって、その男はまるで殺生丸さえ知らない殺生丸のことを知っているかのような表情をする。

だからこそ、殺生丸は心底、兄が嫌いだった。

そこで、風牙は小さく肩をすくめて、くすりと笑った。

 

「・・・まあ、確かに気になるのは確かだな。」

 

会いに行ってみるか?俺とお前の弟に。

 

そう言って風牙は何もかもを知っているかのような笑みを浮かべた。

 

 

 


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