犬夜叉が封印されてからすぐの、苛々してる風牙さんの八つ当たりの話。
アニメオリジナルの回になります。
「なあああ、狼野干。」
その声が、狼野干は好きだった。
犬の大将の長子がひどい変わり者であることは、風のうわさで知っていた。
曰く、妖怪らしくないとそれを知る者たちは裏でこそこそと言い合っていた。
狼野干はそれに関して、さほどの関心は寄せてはいなかった。確かに、彼の住む場所は犬の大将の縄張りに当たる。
だからと言って、彼が別段そんな跡取り息子に会えるような立場ではない。だからこそ、関係ないことと、気にしていなかった。
そんな狼野干と噂の長子である風牙と会ったのは単純な話で、狼野干が過ごしていた森にふらりと訪れたためであった。
狼野干は、風牙のことが大好きだった。
良くも悪くも雑な狼野干の話を、風牙は面白いと言ってはきゃらきゃらと笑ってくれたし、どんなことをしてもにこにこしながら頭を撫でてくれた。
狼野干は、その顔の広さを買われて、風牙の使い走りのようなことをしていた。
どんな簡単な使いでもあっても、風牙はにこにこしながら、狼野干の頭をかあいいなあといいながら撫でてくれた。
かあいいという言葉には不服を感じないわけではなかったが、きっちりとした上下関係はある。狼野干には拒む術はない。
ただ狼野干としては、風牙にならばそう言われることは嫌いではなかった。
その上手い撫で方が好きだった。
何よりも、風牙は狼野干に対して仕事へのご褒美をくれた。
まるまるとした鹿だとか馬だとか。
時折、柔らかくて甘い、女の肉をくれることもあった。
(・・・・あの時は、不思議に思ったっけ。)
人間にもわけ隔てないという話の風牙がくれるものにしてはあまりにも場違いのように思えたからだ。
狼野干はあっけんらかんと言ってのけた。
「人間好きの変わり者って聞いたんですが、違ったんですかい?」
その言葉に、風牙はやはりきゃらきゃらと笑った。そうして、耳の後ろを掻いたりだとか、頭をぐりぐりと揉みこむだとか、狼野干は思わず喉をぐるぐると鳴らしてしまう。
そうして、撫でながら狼野干の疑問に応えてくれた。
「それなあ、俺を払おうとした巫女の肉なんだよ。いきなりだったもんだったうっかり殺してしまったんだが。でもなあ、勿体無いだろ?それに、殺しちまったんだから食って、無駄にしないことが一番の弔いになるしな!」
俺以外にそういう口きくのやめろよ、殺されるからな。
そんなことを聞いて、狼野干もなるほどと納得した。そういうこともあるのかと。
別段、それを狼野干が気にすることも無い。肉は旨いし、強者から可愛がられるのは悪くない気分だ。
所詮は、狼野干も犬なのだ。
群れを成すというその在り方には抗えない。そのために、狼野干は自分を可愛がってくれる強者である風牙をことさらに慕っていた。
自分に優しい、獣を慕っていた。
「この頃なあ、嫌なことがあってなあ。かあああいいい、かあああいいい、弟がなあ。眠ったまんまなんだよ。」
「はい。」
狼野干は取りあえず返事をした。
くんと、香ったのは血と腐敗の匂いだ。狼野干は、がたがたと震える体に必死に鞭を打った。
「好きな奴がいるからってさああ。だからなあ、見守るだけで辞めといたんだよ。妖怪嫌いの巫女でなあ。俺の事を、ゴミみたいな目で見るんだよ。」
「そいつは、むかつきますね。」
反射的に、狼野干は己の主人を貶めた存在にそう言った。それに、狼野干の周りにいた妖怪たちが軽くざわついた。
けれど、風牙は珍しく嘲笑する様にくつりと言った。
「ああ、むかついたがなあ。でもなあ、俺を見るとなあ、まるで野良犬みたいに喚きたてるとこがかああいかったんだよなあ。でもなあ、あのあばずれは間違えたんだよ。」
ぶわりと、広がった風牙の殺意に、狼野干はがくがくと震える体を縮こませた。狼野干の後ろでは、どたりと倒れる様な音もした。
狼野干の目の前で、適当にあった石の上に腰を落ち着けて、膝を立てていた。肩には、父親の形見だという大剣を立てかけている。
「でもなあ、あの女もなあ、かあいんだよなあ。今でもなあ、かあいんだよ。だってなあ、哀れな奴だったんだよなあ。半端になあ、聖人の振りしてなあ、揺るがないふりしてなあ。結局なあ、人並みの幸福に振り回されてなぜーんぶおじゃんにしてなあ。かあいいだろお?だからなあ、抱きしめてやりたいんだよ。赦してやりたいんだよ、甘やかしてやりたいんだよお。結局、恋さえ出来ていなかった、あの女。妖怪を払う巫女のくせに、半妖に恋した愚かなおんなあ。ああ、かあいいねえ、かあいくてなあ、かあいくてなあ。殺してやりたいんだよ。でもなあ、生きてないんだよなあ。死んだんだよなあ。でもなあ、苛々してなあ。あんな下らない戯言に嵌ったあばずれがなあ、本当に気に入らなくてなあ。最後の最期まで、おきれいなままに死んだ女が反吐が出るほど嫌でなあ。でもなあ、哀れで可愛かったんだよお。だからなあ、今日はなあ、楽しみにしていたんだよ。だってなあ。丁度いい、八つ当たりが出来ると思ってたんだけどなあ。」
つまらんなあ。
そう言って、ゆっくりと風牙は崖下を見下ろした。
そこには、一言でいえば、地獄絵図が広がっていた。
猫がいた。
狼野干は豹猫族を殺すためにやってきた。けれど、彼らは狼野干たちになど目もくれずに、身内でひたすらに殺し合っていた。
豹猫族と戦をすると聞いた時、狼野干はもちろん風牙について行く気であった。犬の大将に恩が在るのは事実であったが、それ以上に主人の争いに顔を出さぬ理由などなかった。
けれど、戦いは、ほんの一瞬で終わってしまった。
目に見えて不機嫌そうな風牙は猫たちがやってくる方向に向けて背負った大剣をおもむろに振った。それと同時に黒い龍が戦場を駆けた。
それだけならば、まだいい。
けれど、それ以上に恐ろしいのは、斬られた者たちが物言わぬ屍としてよみがえり味方であったものたちを殺し始めたことだった。
群れを成す狼の性を持つ狼野干から見て、それはむごいの一言に尽きた。
「なああああああああ、叢雲牙あああああああ?お前さあ、言ったよなあ?力に酔えばよお、少しは気も晴れるってなああああああ?どこがだ?覇者にしてやる?力に酔う?てめえさあ、本当につまんねえよなあ。お前は、所詮、悦楽を知らんのだ、愛憎を知らんのだ、咆哮を知らんのだ。快楽を知らんのだ、憐れみを知らんのだ、美しいを知らんのだ、恍惚を知らんのだ。ああ、叢雲牙、お前は本当につまらんよ。世界なんぞ、手に入れずともこの世は面白おかしく、俺を楽しませるだろうに。殺して何になる?それは、いつか、俺の楽しみを生み出すかもしれんというのに。だめだなあ、やっぱり、お前を使うのはだめだなあ。当分は、洗濯竿だなあ。」
つまらん。
一言だけ、そう言い捨てて、風牙は気だるそうに息を吐いた。
それが、狼野干はひどく恐ろしかった。
別に、相手を皆殺しにする勢いが恐ろしかったわけではない。
所詮、彼らは敵だ。どんな目に遭ってもさほどの興味はない。
ただ、今の風牙が、狼野干は恐ろしかった。
狼野干は、これでも自分が風牙のお気に入りで、愛でられていると思っていた。
かあいいなあ、と、自分を撫でる手の感触も、声もよく覚えている。
けれど、だ。
今になって思うのだ。
風牙の中に、誰かとの区別というものが存在していたのだろうか?
風牙は、謳う。
弟たちのことを、かあいいと、かあいいと、そう謳う。
気に入りの者たちを、狼野干を含めて、かあいいと笑う。
弱者である人を、その無力さの中の足掻きをかあいいと愛でる。
けれど、だ。
風牙は、憎悪の中にあるはずの、あばずれと呼んだ女のことさえもかあいいというのだ。
そうだ、そうなのだ。
(・・・・風牙さまにとって、この世の全てに区切りがついていないのだ。)
妖怪とて、人とて、特別なものはある。
狼野干にも、よく酒を飲み交わすものはいる。風牙のことをことさら慕っているし、彼が幸せならある程度のことはどうでもいいかと割り切れる。
けれど、風牙は違うのだ。
愛らしいもの、健気なもの、安らかなものも、賢いものも、美しいものも、憎いものも、下らないもの、災厄を運ぶものも、愚かなものも、醜いものも、区別などなく、等しくかあいいものなのだ。
それが、狼野干には恐ろしい。
あの、頭を撫でる手も、褒美を取らせる言葉も、なんだか全てが無意味で、味気なく、ぞんざいなものになってしまったような気がする。
彼にとって、狼野干も敵もさほどの区別がないのだ。
分かるだろうか、この感覚が。
昨日まで、自分をかあいいと褒めた手が、何の前触れも無く刀に伸びるかもしれないという、そんな理不尽。
理由があるならばまだいい。前触れがあるならば、なおいい。
そう言った時に近づかなければいい。けれど、憎しみも、苛立ちも、かあいいと塗り潰してしまう風牙は、いつか狼野干のことを殺すかもしれない。
(いや、風牙様が俺を殺すことはない。)
彼の思考からして、おそらく興味をなくすだけだろう。二度と、話すことも、会うことも、なく。
ただ、切り捨てられることへの、長に捨てられることを狼野干は徹底的に恐れた。
分からない。
今まで、ただ、優しいだけだと、甘いだけだと、そう思っていた男への自分が持っていた無理解が恐ろしい。
これはなんだ。
この、全てに対して、平等すぎる男は何なのか。
(・・・・殺生丸様のほうがよほど恐ろしくない。)
彼の人は、まだ、憎悪というものの、蔑みというものの、境がはっきりとしている。区別がある、自分の存在が彼の中でどこにあるのかを理解できる。
けれど、風牙は違う。
全てが平等であるからこそ、特別なものなどない。
分かるだろうか。
先ほどまで、楽しく酒に酔っていた同胞が笑みのままに刀を振り下ろすような、気味の悪さ。
妖怪であるならば、そんなこととてないわけではない。
貶めることも、優位に立とうとすることも、ないわけではない。
けれど、風牙には、決定的に、悪意が、敵意が足りない。
それがないというのに、いつか、敵に向けた切っ先が自分たちに向けられる可能性があることが恐ろしい。
それとて、妖怪であるならばないわけではない。ただ、優しいと思っていた男の顔に透けて見えた、その落差が恐ろしいのだ。
「やっぱりなあ、つまらんなあ。そうだろお、冬嵐?」
そう言って、甘い声が掛けられたのは、冬の空のような髪と瞳をした美しい女だ。といっても、それも化けただけの姿だ。
冬嵐と呼ばれた女は、それぞれ逆方向にねじ曲がった四肢を必死に縮こませてがたがたと震えた。
「ほうら、見てみろよおおお。お前らがさあ、大手を振って一族集めた結果がこれだぞお?大事な存在が殺されて、そいつらに自分も殺されるなんて、かあいそうだよなあ。でもなあ、俺、百五十年前も、言ったよなあ。もう、来るなって。」
どろどろとした、腐敗臭がしそうなほどに、その声は甘い。
けれど、そこに慈悲という感情は欠片とて存在しなかった。
狼野干も哀れになってくるほどに、その冬嵐という女は震えていた。
「あの時さあ。親父がさあ、お前んとこの大将殺したからさあ。慈悲出して逃がしてやったけどなあ。」
風牙はきゃらきゃらと笑った。
「あの時はなあ、楽しかったなあ。お前らさあ、確かに機動力はあるけどなあ。連帯は無理だからさあ、犬らしく追い詰めて、弄って、たーくさん、殺してなあ。不評だった、木天蓼の罠にさあ、ばかみてえに引っかかってなあ。でもなあ、年若い奴は、上に従ってただけだろうって逃がしてやったのになあ。勝てるって思ってたのか?」
笑う、笑う、風牙は、笑う。何が楽しいのか。分からないけれど。
「死ぬなあ、お前のかあいい弟や妹が、お前の馬鹿な復讐心で、死ぬんだなあ。」
「・・・やめてくれ。」
掠れた、蚊の鳴くような声だった。冬嵐の言葉に、風牙は等々、げらげらと笑った。
「やだ。」
単的で、分かりやすい言葉だった。
風牙はにたああああと笑って、冬嵐の髪をひっつかんだ。
「だあああれが、赦すって思うんだよお?てめえの傲慢と、無知さ、その愚かさよ!それが、てめえの弟妹と殺すんだ!なあ!?どうして勝てると思ったんだ?お前、俺が、お前らをどんなふうに潰して回ったか、知らないわけじゃねえだろ!?今回も、俺の仕掛けた幻覚と、特製の木天蓼で捕まってよお!痛い目見たくせに、なあああんにも学んでねえなんて。本当に愚かだなあ!?」
けらけらと、風牙は笑う。まるで、壊れたおもちゃのように、全てがどうだっていいと言っているかのように、今でさえ、冬嵐を弄っている様で、実際の所はどうだっていいとおもっているかのようだった。
「・・・・むかつくなあ。俺を見てるみてえだ。犬夜叉、かあいい、犬夜叉。やっぱり、あんな中途半端な女に任せるんじゃなかった。あんな、結局、巫女としての在り方に縋るしかない、哀れな、女。ああ、やっぱり適当な理由で殺しとくべきだったのかなあ。でもなあ、あいつもなあ、かあいいかったんだよな。」
変わることなく、甘ったるい声音に、誰も動くことが出来ない。自分の行いが、今の風牙の気を引くことを誰もが恐れたのだ。
「あああああ、残念だなあ。お前も、ものすごいかあいいのになあ。そんなに、弟妹たちのこと、大事に思って、泣き叫んで。ああああああああああ!かああいいいなあああああああ!?でもなあ、殺さなくちゃいけねんだよなああああああ!?」
げらげらと、風牙は笑って、目が赤く染まる。耳まで割けた口が、彼の本性を現しているようだった。
とうとう、彼の後ろに控えていた妖怪たちはがたがたと震えて、地に伏せ、逃げ出した。何がおかしいのか分からない。
分からないことが、恐ろしい。
自分たちが、何を恐ろしがっているのか分からない。
その、敵を屠る残虐さも、無慈悲さも、自分たちには馴染み深いというのに。恐ろしくてたまらないことが、何を恐れているのか分からないことが恐ろしい。
「・・・・・おい。」
その時、まるで天からの声のように、その無愛想で冷たい声が響いた。
声の方向には、不機嫌そうな顔をした殺生丸が立っていた。
まるで、時間が止まったかのような、静まり返った空気が辺りを包む。
「うーん、どうしたんだ、殺生丸。お前、敵の本体取りに行ったんだろ?」
「・・・・・すでに屠った。」
「そうかあ、さすがは、殺だなあ。ちょいっち待っとけ。もうすぐ、全部殺せる。」
ぐりんと、頭を殺生丸に向けた風牙に、弟はふうとため息を吐いた。
「帰るぞ。」
「・・・・・どうしたんだ。少し待て、もうすぐで、全部殺せるんだよ。」
ぼんやりと、光をともさない瞳に、殺生丸は無言で近づきおもむろにその腹に突きを一つ加えた。
無防備であった風牙は、それに掴んでいた冬嵐を離し、崩れ落ちた。それを見守っていた妖怪たちは、ひゅっと息を飲んだ。
「帰るぞと、私は言ったんだ。」
「・・・・どうしたんだよお、殺生丸、らしくねえなあ。」
ゆらりと立ち上がった紅い瞳をぎらぎらとさせた、認めたくはないが、兄に殺生丸は言った。
「酒が飲みたい。」
「は?」
驚いたような声に、殺生丸はくるりと踵を返した。そうして、もう一言付け加える。
「酌をしろ。」
風牙はそれに目をきょとりとした後、陽気そうな声を出した。
「何だ、殺生丸、兄ちゃんと酒が飲みたいのか!?」
先ほどまでの本性のにじみ出た顔は鳴りを潜め、にぱっと微笑んだ。それは、狼野干の見知った、いつも通りの風牙だった。
「そうだな、勝利の美酒を味わいたいよなあ。よし、兄ちゃんがとっておきの、親父も好きだった秘蔵の酒を出してやろう!」
風牙はそう言って、剥き出しにしていた叢雲牙をさっさとしまった。それによって、まるで地獄のように広がっていた亡者たちの軍は、まるで夢であったかのように消えていく。
そうして、今までなぶっていた冬嵐のことなど目もくれずに、歩き出した殺生丸を追っていく。
そうして、まるでじゃれ付く様に殺生丸の肩を抱く。
「そうだなあ。せっかくお前が手柄を立てたんだもんなあ、お祝いせにゃならんな!よしよし、兄ちゃんに任せとけよ、とびっきりの美酒と、料理を用意してやろう。酌だってちゃんとしてやっからな!殺も、俺に酌してくれるよな!?いいなああ、かあいい弟からの酒なんて、どんだけ旨いんだろうなあ!」
きゃらきゃらと笑った風牙はいつも通りの、優しい彼の人のままだった。
殺生丸は、それに無言で歩いて行く。そこでふと、風牙は今気づいた様にくるりと集まっていた妖怪たちに振り返った。
そうして、無言で狼野干に近づいた。
「今日は良く集まってくれたな!」
風牙はそう言って、集まったものたちに軽い労いをした。狼野干に対しても、ぐりぐりと頭を撫でた。
「まあ、つって、俺と殺が全部しちまったんだが。まあ、集まってくれたんだし。あとで酒でも届けてやるよ。ただな、あれの処理頼めるか?焼いてくれりゃあ、いいからよ。」
そう言って、指さしたのは、夥しいほどに広がった豹猫族の死体の山だ。妖怪たちは無言で、刻々と頷くだけで終わった。
「それに、狼野干、駈けつけてくれたんだなあ。かあいいな、お前は。よし、そうだ、特別におまえにはいい酒をやろうか。」
その顔が、あまりにも、いつも通りで。いつものように、優しい手つきで、頭を撫でて。
だからこそ、分からなくなる。
あの、先ほどの全てはなんであったかと。
くるりと踵を返した風牙に、狼野干が思わず声を掛けた。
「あの・・・・」
「うん?どったの?」
「あ、あの。その。あの、猫はどうしますか?」
何を言えばいいの分からなかった狼野干は、ぼろ雑巾のように転がった冬嵐を見た。それに、風牙は今気づいたかのように頷いて、冬嵐を抱えた。
「そうだな、こいつは俺が持って帰ろう。かあいいし。まあ、戦利品だし。なんて、適当に手当てして返してやるさ。」
風牙はそのまま、殺生丸を追っていき、じゃれ付く様に弟に擦り寄った。殺生丸はそれを微動だにせず、無視をする。
遺された妖怪たちは、何も話すことなく、命じられたことのために手を動かし始めた。何かを、話す気にはならなかった。
そうして、ぽつりと誰かが言った。
「・・・・犬の大将の後を継ぐって、どっちだろ。」
それに妖怪はぶるりと背筋を震わせた。なぜ、噂で殺生丸の方が支持されているのかという理由を、今、察したのだ。
ああ、そうだろう、無慈悲で、冷たい殺生丸の方が、あれよりも数倍はましなはずだ。
そんな中、狼野干だけが、じっと己の主人の歩いた後を見送った。
結局のところ、嘘ではないのだ。
風牙がいつもする顔も、先ほど見た、恐ろしい顔も、全てうそではないのだ。
狼野干は、それでも、風牙を恐ろしいと思うし、慕っている事実に途方に暮れた。
殺生丸としてはただ単に、酒が飲みたかったのも本当ですし、兄貴がめんどくさくなってるのでさらにめんどくさくなる前に止めただけの話だったり。
ちなみに、殺生丸はお兄ちゃんの特別枠に入っているので、彼の平等さに関してあんまり理解出てきてない感じです。
鞘が出てこないのは、お説教がめんどくさくて、風牙に封じられているためです。眠ってても支障がないので楽ですが、自分まで洗濯竿にされて不満気味。