ノリと勢いで書ききったもの。小分けされた狂気というものにピンと来なかったので、こんな感じですかね。
弥萢という男は、その日、それに会ったことをどんなことよりも後悔した。いっそ、会わねばよかったと、幾度もそう思った。
弥萢は、開けた道を歩いていた。
年若い法師である彼は、人づてに頼まれた妖怪退治の帰りのことであった。
法師と言えど、生活していくには金がかかる。もちろん、貧したものに何かを求めるということはない。けれど、富めるものからはきっちりといただくスタンスだ。
幸いなことに、今の弥萢の懐はほこほこと温まっている。
(・・・今回は当たりだったな。)
ホクホクしながら、彼は道行きにある森へと足を踏みいれた。
それは、よくある光景と言えば光景だった。
打ち捨てられ、焼き捨てられ、未だ煙の微かに立ち込める村。森の中に、まるで隠された様に存在したそこに、弥萢は顔をしかめた。
別段、泣き叫ぶようなことではない。
よくあることだ。
弱者がそんなふうに蹂躙されることなど、よくあることだ、見知ったことだ、当たり前のように世に溢れていることだ。
それでも、弥萢は、顔を歪めずにはいられなかった。
悲しや、悲しやと、嘆かぬだけ、彼はこの世を受け入れていた。
弥萢は、ゆっくりと、散らばった肉塊に祈る様に目を閉じ、弔いのための念仏を唱えた。
時折、燃え尽きた家が崩れ落ちる音だけがした。
弥萢は、妙に達観して気分で、ゆっくりと村を歩いた。
ああ、きっと、ここに生者はいないのだろう。弔うことしか、出来ぬのだろうと。そう、高をくくって。
けれど、その村は、ひどく可笑しかった。
不思議と、村の人間は安らいだかのような顔をし、そうしてきっちりと衣服が整えられ、まるで眠る様に横たわっていた。
もしかすれば、彼らを憐れんだものがいたのかもしれない。
けれど、村をかける風は、未だに何かが燃え落ちる臭いを纏っていた。そんなものがいたのなら、弥萢に既にあっているはずだ。
ふと、彼の耳に何か、音が聞こえた気がした。
彼は、それに弾かれた様に走り出した。まだ、息がある者がいるならば。
そこまで広くない村の中、彼は音の正体が何であるのかを理解した。
「・・・・おや。」
まるで、月がそこに立っているかのようであった。
弥萢が見たのは、焦土に立つ、人影だった。
人の姿をしていたが、人でないことはすぐに察せられた。
それは、人にしては、あまりにも美しかった。そう、それこそ、まさしく、月のような男だった。
上等そうな着物に、変わった形の鎧。そうして、背負った大剣。
けれど、それ以上に目を引いたのは、その美しいかんばせと、色彩だった。一番に目を引いたのは、白銀の髪。陽の光を浴びて、煌々と輝くさまはそれこそ、言葉通り月光を背負っているかのようだった。
ゆるりと、薄く微笑みを浮かべたかんばせは、まるで高名な彫刻家が彫り込んだ如く美しかった。白磁のような肌はまるで深窓の姫君が如くであった。
そうして、その眼。
まるで、黄金を埋め込んだかのような、瞳。満月を埋め込んだかのような、瞳。
全てが、それが人でないことを示していた。
男は、まるで幼子に向けるかのような、柔らかな笑みを弥萢に向けた。
「おや、おや。死人の村に、生者が来たか。」
ゆるゆると、謳う様な声音に弥萢は逃げる様に体勢を整えた。
人の姿に、人のように振る舞う妖怪ほど警戒しなくてはいけない。そんな常識に弥萢は駆け出そうとした。けれど、彼の瞳に飛び込んできたとある事情のために、叶わなかった。
その、白銀を纏った妖怪の腕には、幼子が抱かれていた。妖怪は、まるで赤子を抱く様に、柔く、幼子を抱えていた。矢が背に刺さったその痛ましい姿ではあれど、確かに息をしているのが見えた。
「・・・・その子をどうする気だ?」
本音を言えば、さっさと逃げ出してしまいたかった。賢しく、上手く化ける妖怪などと誰がやり合いたいものか。
それでも、彼は、幼子の姿を見てしまった。これから、異形に何をされるのか、考えたくもない。
彼は、若かった。未だ、幼かった。
守られるべきものというものを夢見てしまった。
妖怪は、それに、ゆるりとやはり微笑んだ。
「そうさな、食うてやりたかったのだ。」
弥萢は、それに妖怪からの何かしらの攻撃の手が来るのだと予想した。護符を構えようと、懐に手を入れたが妖怪はそんなことも気にせずに、あやす様に子どもの頬に擦り寄った。それは、まるでいとし子を抱く、母の様だった。
「喰らえば、血となり、肉となる。らうたし、これを永劫共に。されども、分かっているのだ。人には、永劫は長く、苦しかろうとなあ。ゆえに、夢の内に殺してやろうと思っているのだよ。」
妖怪の言っている意味が分からずに、弥萢は身を固くした。けれど、妖怪は気にしたことも無く、ただ悲しむように目を細めていた。
「妖の身では死を悼む言葉を知らず、祝詞を口にせず、念仏を唱えることは叶わぬ。それ故に、苦しみの少ない眠りの内に送ったのだ。そうして、これが最後。」
その言葉で、弥萢はなぜ、今までの村の者たちらしい遺体のものがあんなにも安らかな顔をしていたのかを察した。妖怪は息の荒い子どもにうっすらと微笑んだ。
「これは、走ったのだ。村の誰よりも、生きるべく足掻いたのだ。されど、もうこれも長くはないだろう。ゆえに、送ってやるのだ。父母のいる場所に。」
「・・・・殺したのか?お前が、この村のものたちを?」
「それは、是であると同時に否だ。殺したのは、人だ。それ以上でも、それ以下でもない。共食いに巻き込まれたにすぎんのだ。ただ、苦しみもがくさまが哀れであった。それ故に、出来る限りの幸いを与えた。」
妖怪はそう言って、子どもを抱いていた手の反対の手に、何かを持っていた。それは香炉であった。くんと、そこで弥萢は微かに甘い香りがした。
弥萢は着物の袖で口元を覆った。
「安心しろ。これは、ただ、眠りへ誘うだけだ。善き夢をもたらしてくれるだけだ。ただ、弱ったものは永遠に目が覚めないが。」
それに弥萢は妖怪に向けて破魔の札を投げつけた。妖怪はそれを容易く払いのけた。けれど、妖怪は変わることなく笑みを浮かべて弥萢を見つめた。
「どうした。まるで駄々をこねる幼子のように。」
「・・・・黙れ、その子を離せ!」
そう言い話しても、弥萢はどうしようもなく目の前の妖怪が気味が悪くて仕方がなかった。
妖怪とは、ある種その願いの在り方が分かりやすいものだ。
それは、人を食らうだとか、そういった弥萢にも理解しやすいものだ。けれど、目の前の妖怪の目的というものがなんなのか見当もつかない。
死者の弔いをするなどという妖怪、聞いたことも無かった。だからこそ、弥萢は気味の悪さでいっぱいであった。何を望んでいるのか分からない。
それでも、幼子を殺そうとしているそれに、彼は立ち向かわずにはいられなかった。
「・・・・何もせずとも、これは死ぬ。矢に射られた傷は膿み、すでに熱を持っている。幼子ではけして耐えられるものではない。ゆえに、安らかな終わりを与えてやるのもいいだろう。」
そう言って、妖怪は徐に幼子を地面に横たえた。弥萢は思わず目を丸くした。妖怪の行動の理由というものが全く分からなかったのだ。
「・・・好きにするといい。助けられるのならばそれもいい。救えるというなら、それもいい。されども、人では人が救えぬゆえに、貴様らは神と仏を縋り、浄土を夢見、徳を積み上げるのだろう。」
生を夢見るだけでは救われぬからこそ、死した後の快楽を夢見るのだろうに。何をそこまで忌避するのか。
妖怪は、人でなきものは、するりと滑るように幼子から離れた。そうして、消える様に森の暗闇に溶けていった。
「見ていてやろう。その様を。安心しろ。我らは、神仏よりも、より、お前たちに近しいものなのだから。」
甘い声だけが、しんと静まり返った、焼け焦げた村に響いていた。
弥萢は、その残された幼子を罠か疑いながら、それでもなお子どもを医者に見せるために駆けた。矢を抜き、手当てをし、その熱に苦しむ身を抱えて男は走った。
背負ったその身の小ささと、その熱さよ。
命が燃えているのだと思った。
そう幻想するほどに、その身は熱かった。
妖怪の、甘い声が耳に響いた。
救えぬだろうという言葉が、耳に響いた。
(・・・・・遠すぎる。)
弥萢はその土地の全てに通じているわけではない。彼の知る、一番に近い、医者のいそうな町はあまりにも遠いのだ。そこを目指していては、幼子の体力が持たない。
かといって、闇雲に走っていては絶対にたどり着けない。
「・・・・かあちゃん。」
背から聞こえた、微かな声。もう、意識ももうろうとしているのか、ぼんやりとした声は縋りつく様に母を呼んだ。
それに、弥萢は泣きたくなる。
ああ、ああ、呼んだところで母はいない。母は、もういない。
もしも仮に生きていれば、母である、父である存在たちは幼子を探したことだろう。けれど、あの村にいたのは死者だけだ。おそらく、文字通り、父母はこの世にいないのだろう。
(・・・・それとも、あの妖怪に殺されているか。)
あの妖怪。弥萢はそれを思うだけで、頭が痛くなった。何とも言えない、気持ちの悪さを感じた。
何がしたいのか分からない。何を目的としているのか分からない。
それが、ここまで気持ちの悪いものであるなんて。
弥萢は、妖怪の微笑みを思い出した。
優しくて、柔らかで、穏やかで。それは、なんて。
(・・・・・まるで、仏像に刻まれた、仏が如く。)
そこまで考えて、弥萢は首を振る。何を馬鹿なことをと、首を振る。
それは、愚かな考えだ。あんな悍ましいものが、仏であるはずがない。仏であっていいはずがない。
そう思って、それでも、弥萢は何となしに察していたのだ。その妖怪からは、一欠けらとて悪意と言えるものを感じることが出来なかった。
それから、目を背ける様に弥萢は道を進んだ。
けれど、彼は悟っていた。このままでは、幼子の命は持たぬのだと。
彼は、覚悟を決めた。
自分の持てる知識の範囲での薬草を集め、煎じ、幼子に施した。ちょうど、川に近い洞窟を見つけ、そこで野営の形を取った。
荒い息をする幼子に、必死に川の水で冷やした布を当ててやった。
「・・・・・あ。」
「大丈夫だ。もっと、熱が下がれば・・・・・」
「か、ちゃん、どこ?」
掠れた声に、弥萢は泣きたくなった。幼子は、苦しみにもだえる中、唯一、母の幻覚をよすがにしていた。
分かるのだ。幼子の命が、少しずつ、薄れていくのが、まざまざと。
目は虚ろに、体の力は弱く、そうして、声も小さくなっていく。
弥萢は少しずつ、苦しみの中に命を薄れさせてゆく存在に、歯噛みした。
正しかったのだろうかと、そう思ってしまったのだ。
こうやって、苦しみを長引かせ、死に向かわせる事しか出来ぬ自分は、何がしたかったのだろうか。
死を、受け入れさせることは出来なかった。妖怪の手に、その命を委ねさせることを赦しておけなかった。弱きものの命を、見捨てることが出来なかった。
けれど、その、救われることなく、無為に消えていく幼子を前に、弥萢はその手を握ることさえできなかった。
正しかったのだろうか。
弥萢は、川辺で水を汲みながらそんなことを思う。ざばりと、そんな音がした。
ゆるゆると流れていく水を見て、弥萢はぼんやりと賽の河原を思い浮かべた。
一つ、積んでは父の為。二つ、積んでは母の為。三つ、積んでは故郷のきょうだいわが身と回向して。
(・・・・あの幼子は、賽の河原に行かなくて済むのか。)
そんなことを一瞬考えて、そうしてたまらなく、自分のことが嫌になった。
「正しかったのか。俺は・・・・」
それは、幼子のような声だった。泣く寸前の幼子のような、声だった。
「・・・・・何を後悔することがある。」
するりと、いつの間にか、己の頬に手が滑りこんだ。びくりを、弥萢は体を震わせ、そうして嗅いだばかりの甘い匂いに、身を固くした。
ぶん、と振り切った腕を、後ろにいたはずのものはやすやすと避けて見せた。
それは、変わることなく、うっすらと宥める様な笑みを浮かべていた。
「あの地獄を見ただろう。まるで狩られる獣が如く、無意味に、無慈悲に、無造作に殺されゆく同胞を見たであろう。この世に幾多もある当たり前の帰結をお前は見ただろう。死者はしゃべらず、見ず、祈らず、そこにあるは肉の塊にすぎぬ。それでもなお、祈ることをお前は選んだのだ。」
もう一度現れた妖怪に、弥萢は固まった。それでも、妖怪から、不思議と悪意だと、殺意を感じることはない。まるで、凪いだ海のような目を、妖怪は弥萢に向けた。
「分かっていただろう。死に触れたことがない処女でもあるまいに。あの幼子がすでに死に魅入られているのだと。分かっていながら、それでもなお、お前はあの子の生を祈ったのだろう。例え、叶うことがない願いであろうと、祈りを持つことが人の持ちえた美であろう。」
「・・・・何を貴様は、したいんだ。」
掠れた声に、妖怪はまるでそこにいないかのように。確かにそこにいるはずだというのに、まるで霞のように薄れて行くような感覚がした。
「・・・・・あの子は死んだよ。」
弥萢の目が、見開かれた。妖怪は、己の手をじっと見た。
「この、節くれた手に縋り、母よ母よ、泣いて微笑んで死んだのだ。されどな、勘違いしてはならん。」
望まれ、祈られ、手を尽くされたあの子を不幸と謳うのはあまりにも傲慢だ。
妖怪は、己の手に残る何かを見つめる様に、目を細めた。
「何がしたいと貴様は問うたな。そうだな、ただ、情があった。その情を、どうにか報わせたかった。悼む祈りというものを、してやりたかった。」
「人を食い物にする、相容れぬ妖怪が情を語ってなんとするのだ!?」
弥萢は吠える様にそう言った。
何を語る、そんな戯言をどうして語る?
妖怪と人は相容れぬ、ありかたが違う、食らうものが違う、世界が違う、何もかもが違う中、交わることなど叶わぬ人ならざるものが、まるで仏のような、穏やかな笑みを浮かべてなんとする。
「貴様が殺したのだろうが!救われるそれは、ただ、手折ることしか出来ぬ妖怪が!」
「それでも、この身は人と交わり、子をなすこととて出来るのだ。」
突然の言葉に弥萢は目を丸くした。
「人の女と交わりて、子をなすこととて出来るだろう。妖の女が、男と交わり子を孕むこととて出来るだろう。生まれくるは、どちらでもない半妖であれど。それでも、我らは、子をなすことができるのだ。繁栄の道を託すことが叶うのだ。それは、人でなきものと、人であるものが情を交わす術であり、証明だ。」
法師よ、人の終わりに祈りを抱く者よ。
お前は知らぬのだな。子を失い、嘆きに狂う妖の狂気を。お前は知らぬのだな、親を失い、途方に暮れた化け犬の遠吠えを。
人の子よ、人の子よ、それを情と言わずして、お前たちは何を情というのだろうか。
笑う、笑う、まるで神仏が如く、妖怪の男は微笑んだ。
「何がしたいと、お前はいったな。そうだな、ただ、あの幼子が救われたことを教えてやりたかった。情を孕んだその事実を、知らせてやりたかった。法師よ、お前は間違っていなかった。終わりゆくことを恐れ、生き続けることを賛美することは間違ってはいないだろう。」
ただ、お前が己を責めることが忍びなかったのだ。
「俺が、自分を責めるだと。」
「お前は、法師だ。医者ではない。生かすのではなく、お前の本業は祈ることだ。せいぜい、祈ってやれ。」
どこから、音がした。
ほーほーと、どこか間抜けで、そうして、寂しくなるような音だった。
声のする方に目を向けた。
そこには、どこか赤子のような妖怪と、その周りでくるくると笑う幼子たち。
ほーほーと、音がする。
「たたり、もっけ・・・・・」
そうして、その幼子の中で見つけた、助けたかった幼子。
笑っていた。
痛みも、苦しみも知らぬというように、ただ、無邪気に笑っていた。それと同時に、くんと強く、甘い匂いがした。力が抜け、どさりとその場に崩れ落ちた。
起き上がることも叶わない、声を発することも出来ない。あるのは、心地の良い眠気だけだ。
「・・・・あの子は、少なくとも解放されたのだ。痛みも、苦しみももうない。満足するまで遊んだら、あるべき場所に行くだけだ。あの子のために、祈っておあげ。それは、お前の救いだよ。」
頭を撫でられた。今まで、知る中で、一番に優しいだけの手だった。それに、何故か、弥萢はぼたぼたと涙があふれ出した。
赦されたのだ、ただ、漠然と思った。
『お前さん、何がしたかったんじゃ?』
「どういう意味だ?」
のんびりとした言葉に、鞘は顔をしかめた。
叢雲牙の封印をしている鞘に宿るその老人の姿の妖怪は珍しく外に出ていた。
それも、風牙が話し相手がいないためという適当な理由であった。
たたりもっけと共に在る幼子の霊たちを遊び始めた時は、さすがにもう気にはしなかった。それの気まぐれはよくある話であったためだ。けれど、唐突に、夜盗か何かに襲われたらしい村で生き残りたちの弔いをし始めた時は何がしたいのかと困惑した。
『だってよ。お前さん、別に、あの死にかけた人間たちを生かすことだって出来ただろう?』
「生かしたところでどうにもならないだろ?というか、めちゃくちゃ手間だろう?」
『まあ、そうじゃけど。』
さすがに風牙とて人を生き返らせる手段は持っていない。まあ、完全にでなければ、死人に生きている振りをさせることは出来るだろうが。さすがに完璧な蘇生となれば、殺生丸の天生牙を使うぐらいしかできないだろう。
(殺生丸は、まだ天生牙を使いこなすことは出来んし。)
『でもよお、息がある奴らを生かすことは出来ただろう?』
「生かせた奴らだけで村を存続させることは出来なかっただろうさ。生かすだけ。残酷な結果になるだけだ。」
風牙は気だるそうに息を吐いた。それを見ながら、鞘は一番に気になることを口にした。
『・・・・だいたいよお、あの村、お前さんが作ったようなもんだろう?』
森の中に、隠された様に作られた村は、元々、何を考えていたかは鞘にも分からないが、風牙が各地で焼け出されたりしていた人間を集めて作った村だった。
けれど、代表をしていた人間が、人でないものの力を借りることは出来ないと高尚な事を言ったために一時的に関係を切っていた場所だ。
といっても、風牙は何くれと村のことを気にしていたが。
それでも、分かっていたはずだ。
村が無事であったのは、所詮は、風牙が手を加え、夜盗を、妖怪を排除していたためだ。守護の手がなくなれば遅かれ早かれ、滅びていたはずだ。
『お前、あの村が滅びるって分かっててどうして手を引いたんだ?』
別段、鞘は村が滅びることに関しては特別なことは考えていない。今の時代ではよくあることだ。けれど、そこそこに手間のかかった村をどうして手放したのか、それは気になった。
「人がそう決めたからだ。」
簡潔な答えに、鞘は眉を顰める。それに、風牙は付け加えるようにった。
「あの場所は人が生きるために作った場所だ。そこでどうやって生きていくかは、中身の奴らが決めればいい。まあ、さすがに責任はあるからな。だから、どうやって滅びるかは確認したし、後始末もしたんだ。」
骨が折れた。わざわざ、弔いの出来る人間を呼び寄せてやったんだぞ?
ため息を吐く風牙に、鞘は思わず言った。
『あの法師、お前さんのこと、神でも見るよう目だったぞ。妖怪だろうに。』
「ははは、おかしなことを。神も妖怪も、しょせんは、紙一重だ。ただ、崇め奉られた存在を神と呼び、縛られぬ強き何かを妖怪と呼んでいるにすぎんだろう。まあ、あの法師に関しては、無力さを赦されたがっているようだったからな。望まれた振る舞いをしてやったんだよ。」
語られることを聞きながら、鞘はぶるりと背筋を震わせた。
風牙のおかしなところはそこだ。
それは、多くの情を語るくせに、未練というものがないのだ。
幼いころのこと、彼はある時、弱い鼠の妖怪を拾って来た。もちろん、知性も無い獣同然のそれだ。彼はそれを愛玩動物のようにして飼っていた。
その偏愛ぶりは確かなもので、何くれと世話をしていたように思う。部下のものたちは甘すぎると影で言っていたものの、鞘はそれを嬉しく思っていた。
彼の慕う大将の長子に、彼と同じように慈しむ心が在るのだと。
けれど、それは、鞘の酷い見当違いであった。
ある時、彼の母、御母堂にその鼠の妖怪を見せた事があった。けれど、彼の母に怯えた鼠は、その着物に尿を引っ掛けてしまったらしい。
それに、風牙は、その鼠の頭を握りつぶしたそうだ。彼は、美しい母になんてことを怒り、侍女たちに母を着替えさせるように言った後、鼠の墓を作ったそうだ。
そうして、悲しそうな顔をしていたと、聞いた。
鞘は、それに、どうしようもなく薄気味悪い気分になる。
鼠を慈しんでいたのも、母が好きであったのも、そうして、死んだことを悲しんでいたのも本当だろう。
けれど、それを一緒くたに、ぐちゃぐちゃに見せつけられる気分はまるで、血に濡れた花を見ている様な、歪な何かを見出すのだ。
分からない、その、慈しんだ顔と、容易く気に入らない者を壊す顔が、どれが本当か分からないからこそ、恐ろしい。
(・・・・風牙、お前さん。)
村を態々、滅ぼしたんじゃないだろうな?
そんな言葉が口から出そうになった。けれど、鞘はそれを口にすることはなかった。真実を知るには、あまりにもその、慕った男の息子の本性を信じていたかった。
(・・・・駄目だな。)
鞘の考えていることなど露とも知らず、風牙は考える。
(・・・・・手間をかけて、慈しんで、情を持てばいいとおもったんだが。)
大事にしていた箱庭が壊れても、風牙は感じたかったそれを見いだせなかった。
(十六夜が死んだときの、あの、激情は訪れなかった。)
それを残念に思いながら、それでも今日、見いだせたかあいいものを想って風牙は微笑んだ。
人の死を嘆き、生を願う、かあいいかあいい、男を想って、風牙は微笑んだ。
結論、神様っぽい風牙にチャレンジした。
めちゃくちゃ難しかった。神様っぽいってなんだろと思いつつ、多分そうそう書けない。語彙力が試されて難しかったです。
弥萢、弥勒さまのおじいちゃんを出したのは、語り継ぐのにちょうど良さそうな立ち位置だったためです。あんまりキャラ付けが出来なかった。
ただ、書き手としてはお兄さんはただ生きるのを楽しんでるだけのバケモノなのでこういったノリのは書いて行く頻度は少ないと思います。というか、自覚のない狂気を振りかざす風牙さんを書くのが楽しいだけなんですが。
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