今回は小鈴物を投稿致します。三部作の予定であり、これはその一部です。その他の物も執筆中ですが、今回はこちらを優先した投稿します。ご了承下さい。
この小説を、最近大学に受かった愛すべき忠犬に捧げます。
それではどうぞご覧ください。
娘が行方不明になったと聞かされた時、私は丁度外回りを終えて帰宅した後だった。
何時もなら夕方に帰る事が多い私だが、その日は丁度遠方へ本の貸し出しを行なっていたため、帰ってきたのが戌の刻と少々遅くなった。そのため妻からその話を聞いた時には、流石の私も腰が抜けそうになってしまった。
曰く、霧雨のお嬢さんを送ると出て行き、戻ってきたかと思いきやまた別の客を招き入れ、しばらく話をしたらしい。かと思えば、店の本を引っ掻き回すように取り出しては片っ端から読み耽り、やがて本を何冊も持って飛び出してそれっきりだと言う。詳しく聞くと、その時の娘は鬼気迫る表情を浮かべており、いつの間にか招いた客もいなくなっていたと言う。何か禍々しいものに取り憑かれた可能性が大変高いという事も分かった。
すぐに店を休業させ、私は娘の捜索を開始した。辿れるツテは全て辿り、探せる場所は全て探した。しかし、いくら探しても娘の姿はおろか痕跡すら見当たらない。村長に連絡して鴉天狗にも捜索をお願いしたが、状況は芳しくなく、三週間が過ぎても娘は帰って来なかった。
嫌な予感が頭をよぎる。悪い妖怪に攫われたか、それとも人攫いに連れ去られたか? もしかすると既に殺されていて、見るも無残な姿になってしまったのかもしれない……。
普段から妻の卒倒癖を揶揄っていた私も、今回ばかりは彼女と同じように倒れてしまいそうだった。同時に、自分が如何に娘の事を見ていないのかという事実も思い知らされた。
思えば、最近娘は少し変わった眼を持つようになった。私ですら解読が難しかった洋書を一目で翻訳して私や妻を驚かせた事もあるし、上手く隠しているつもりだろうが身に覚えのない本が積まれているのも見かけた事もある。そこに書かれている文字は恐らく里の人間には読む事の出来ない不思議な形をしていて、書を開こうとするだけでも言いようのない寒気が背中を駆け巡った。あれが原因で娘は攫われたのだろう。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
自己嫌悪に押し潰される寸前で、娘が保護されたという報告が耳に入った時は、本当に良かったと安堵の溜息が思わず出てしまった。
帰ってきた娘は大分ボロボロで、取り憑かれた影響が抜けてないのか目はとても虚ろだった。それでも冷たい水と十分な食事を少しずつ与えると、元の元気な娘の姿が戻ってきた。それだけでも私は嬉しかった。
私と妻はこの三週間どこに行っていて、何をしていたのかを娘に問いただした。しかし、娘は知らない、分からないと首を振るばかりで、それ以上の事を語ろうとはしなかった。嘘をつく素ぶりは見せていなかったが、あの子の事だ。私や妻の知らない所でまだ何か隠しているかもしれない。
それから三日経った後に、娘は博麗神社に出かけて行った。なんでも宴会に招待されたらしい。
娘は良く知った道だと言うが、昨日の今日であんな事が起こった後だ。また行方知れずになったりしたらどうしたものかと思ったが、護衛として博麗の巫女が共に向かうと言う。それなら安心だと送り出したが、不意打ちで襲われたらひとたまりもないのではないか等の不安はやはりぬぐえなかった。
そうした心配をよそに、娘は朝方に帰宅した。その時の様子は、何と言うかとても嬉しそうな表情を浮かべており、余程宴会でいい事があったに違いないと感じてこちらも笑みが溢れた。
これで漸く元に戻ったと感じた。だが、私の中で娘が何か異質なものに変化していっているのではないかという疑いが、この一連の騒動で浮かび上がっていた。
一見すると子供らしい爛漫な笑みを浮かべているが、その裏には、私では推し量る事が出来ない強大なものが潜んでいて、いずれ娘は
元々私は放任主義の姿勢をとってきたが、この一件でその考えを改めなくてはならないと分かった。それだけでは娘を、家族を守る事が出来ないと分かった以上は、何が起こっていたのかを知る必要がある。
私は、娘の--本居小鈴の身に起こった事を調べる事に決めた。
◆
「それじゃあ行ってくるよ」
いつものように朝食を終えた私は、仕事道具を背負いながらそう告げる。妻と娘は洗い物をしているのか、水音と共に遠くから「行ってらっしゃい」と二人の声が重なって返ってくる。
「……ん?」
ふと入口を見ると、営業再開の文字と共に、新商品追加という文言が書かれた貼り紙が目に入る。
また私に内緒で何かをしようとしているのだろう。妻の話を聞く限りでは、今まで集めていた本の貸し出しも始めるのだとか。「私も霊夢さんみたいに頑張らなくちゃ!」と、息巻いていたらしい。こういう所は我が娘ながらたくましく感じる。
さて、感慨に耽っている場合ではない。今日の目的は、この失踪事件の間、娘の身に何があったのかを調べる事。幸いにも、今日の貸本の件数はまばらで少ないので、調べる道中で回収していけば夕方の帰りには間に合うようになっている。
まずはどこに行くべきか。順当にいけば博麗の巫女が事の真相を知っているだろうから博麗神社に行くべきなのだが、その場合今日の回収が大幅に遅れる可能性がある。いくら調査が目的と雖も、最低限の仕事は果たさないといけない。
となると、行くあては一つしかない。
道行く人たちに挨拶を交わしながら、目的地へと向かう。こんな朝早くに伺うのはいささか失礼かもしれないが、事情を説明すれば納得してくれるだろう。
歩いて数十分後、私は大きくて立派な門構えの邸宅の前に立っていた。入口の先からでも分かる程大きなお屋敷は、娘が仰々しいと表現する程厳かで、里の人間からはあそこに仕えることが至上の喜びと感じる者が山ほどいる。
『稗田』と書かれた表札を一瞥し、私は扉越しから声をかけた。すぐに戸が開かれ、女中の一人が姿を現わす。
「あら、貴方は……」
「どうも、朝早くから申し訳ありません。小鈴の父です。娘がいつもお世話になっております」
「まぁ、鈴奈庵の……こちらこそ、阿求お嬢様と仲良くして下さってありがとうございます」
私は蓑笠を取り、女中は居住まいを正してお互いに丁寧にお辞儀をする。
「それで、今日はどのような御用件で……」
「はい、今日は阿求ちゃ……阿求様に用があって参りました」
「お嬢様に……ですか?」
「えぇ、娘の事について、少し聞きたい事がありまして」
「そうですか……お嬢様は昨日遅くまで縁起の編纂をしておりましたので、まだお休み中なのですよ。ですので時間をずらしていただくか、日を改めて……」
「その必要はありません」
奥の方から声が聞こえた。見ると、春らしい薄い羽織を着た寝間着姿の阿礼乙女が姿を見せていた。
「お嬢様……お身体の具合は大丈夫なのですか?」
「私の事なら大丈夫です。すぐにこの人を客間に通してください」
「かしこまりました……ですがお嬢様、いくらお知り合いとはいえ、流石にそのようなお姿では……」
従者の的確な指摘にハッと顔を赤らめる稗田家の乙女。バッと顔を伏せたがもう遅い。恥じらうその姿は私と女中さんの目にバッチリと焼き付いた。
「……客間に通したらお茶をお出しして下さい。すぐに着替えて来ますので」
娘と同じ年齢の子供なのに、何処か大人びて達観した様子の彼女。そんな御阿礼の子でも、やはり女の子らしい反応をするのだと安心した。短命という稗田家の運命を背負ってはいるが、その生を歴史の編纂だけで終わらせてしまうのは勿体ない。娘の父として、限りある命を娘と共に過ごして欲しいと思う。
なんて事を思いながら、女中に連れられ客間に通され、座らされる。流れるように別の女中がお茶を運んできて、また別の女中が茶菓子を用意する。
見事な連携である。役割を分担出来ているからこそ出来る技。少々見惚れてしまった。
「……お待たせしました」
待つ事数分、いつも見る若草色と黄色の着物に身を包んだ彼女が私の向かいに座した。
「……今日は朝から押しかけて申し訳ありません。それで、用というのは……」
「ちょっと待って下さい」
再びここを訪れた理由を説明しようとして、稗田の乙女が待ったをかける。その表情はちょっとむくれていて、拗ねるようにこちらを見つめている。
「……二人きりの時は、元の小鈴のお父さんでいて下さい」
……成る程、そういう事か。こういう所もやはり年相応の子供だなと感じる。
「コホン……ごめんね阿求ちゃん。つい気を遣ってしまったよ」
「そう、それでいいんです」
口調をいつも通りに戻すと、彼女は満足気に頷いた。笑顔が顔一杯にほころぶ。
自然とこちらも笑顔が溢れそうだが、今日は世間話をしに来たのではない。
「それじゃあ改めて……私がここに来たのは--」
「分かっています。小鈴失踪事件について、小鈴の身に何が起こったのか……それを確かめに、ここに来たのでしょう?」
驚いた。まさか既に知っているとは。
だが、それなら話が早い。
「うん。親として、娘に何が起こったのかを知る義務があると思ってね。阿求ちゃん、この三週間、一体小鈴はどうなっていたんだい?」
「……ごめんなさい、小鈴が行方不明になった事は知っていますが、その間に何が起こったのかは分からないのです。神隠しだと私は睨んでいますが……これと言った確かな確証はありません」
「そっか……」
抱いた期待が早くも崩れ去る。やはりここは博麗神社に出向くしかないのだろうか。
「ですが、この前の宴会の時の様子についてなら、お話する事が出来ます」
彼女はお茶を飲んで唇を潤すと、居住まいを正してゆっくりと語り始めた。
「まずはお聞きします。この幻想郷は、妖怪達が暮らすために作られた場所である事は知っていますか?」
「うん。それは何年も前から教えられている事だからね。知らない筈がない」
……尤も、娘は難しい話が苦手だから、それを知っているかどうかは危ういが。
「それなら話が早いです。結論から言いましょう。小鈴は、妖怪として生きていく事に決まりました」
「……えっ?」
耳を疑い、絶句した。私の娘はやはりこの世の物ではないものに変異してしまったのか?
「安心してください。妖怪そのものに変質してしまったわけではありません。あくまでも、霊夢さんや魔理沙さん、守谷神社の風祝といった、
さらりと言ってのける御阿礼の子だが、聞かされた方はちんぷんかんぷんである。
確かに博麗の巫女や霧雨のお嬢ちゃんは、様々な技や道具を使い、人里や幻想郷を守っている。弾幕ごっこというのが一体どんな物かは私には分からないが、その力は間違いなく妖怪に匹敵するだろう。
だが、私の娘はあくまでも一般人であり、とても弾幕ごっこが出来るような子供ではない。また、そういう風に鍛えてもいない。不思議な目を持っているのが関の山で、それを理由に魑魅魍魎渦巻く世界に身を投じている人間と同じとされるのはいささか無理がある。何故娘はそのような分類をされたのか、不思議で仕方がない。
などと考えていると、察したのか稗田の子が更に続ける。
「順を追って説明しましょう。事件が起きるずっと前から、小鈴は妖魔本という本を集めていました」
「妖魔本……だって?」
「はい。知っての通り、小鈴はあらゆる文字を読む事が出来ます。それは妖魔本でも変わる事はありません。彼女はそのゾクゾクするような感覚に魅せられ、沢山の妖魔本を蒐集しました。結果、鈴奈庵には妖気が充満し、一時は様々な妖怪に目をつけられる程危険視されていたのです」
私の店がまさかそんな事になっていたとは……管理不足もいいところだ。
「しかし、言ってしまえばそれまで。確かにトラブルは何度か起こしましたが、小鈴自体に悪気はなく、霊夢さんもあくまでも普通の人間として認識していました。しかし、今回の事件が起こった事で、そうも言っていられなくなった。今まで行っていた対応が……小鈴を妖怪の世界から遠ざけるために核心を隠していた事が、仇になったのです。ならばいっそ、
ひとしきり喋り終えたところで、彼女はお茶を啜って一息つく。
成る程、先程言っていた妖怪というのは単なる分類だけでなく、敢えてその表現を使う事で危機意識を持たせると共に、万が一の時に博麗の巫女達が守れるように配慮する、所謂方便みたいな扱いになる。これは戦う術を持たない娘には大きな事だ。
しかし……娘の目がここまでの事になるとは思っても見なかった。少し不思議な力だなとは感じていたが、その為に周りの人全員が振り回されるとは考えても見なかった。こちらとしても誇らしいやら何やらで複雑な気分である。
ともあれ、これで何故娘が妖怪という位置付けについたかは分かったが、気になる点がもう一つある。
「事情は分かったけど、いきなりそれを聞かされて、小鈴は驚かなかったのかい? 話が壮大過ぎて私ですら最初は理解出来なかったくらいだから、あの子に至っては怖がって卒倒していたんじゃ……」
「いえ、確かに最初は驚いていましたが、説明を全部聞いた頃には『こういう刺激のある生活に憧れてたわー!』と、飛び上がって喜んでいました」
もう少し警戒心を持っても良いはずなのに……と、呆れる彼女につられて、私もつい苦笑いが浮かぶ。
帰ってきた時の嬉しい表情は、これが理由だったからか。平時から好奇心が旺盛なのは知っていたし、トラブルが起こった際は妻から色々愚痴として聞かされていたが、まさか人ならざる者の世界に憧れを持っていたとは想定外だ。もう少し危険に対してのあれこれをこれから教えておかなければならないだろう。
「……ただ、友人として言える事は、小鈴はこの件を通じてまた一つ成長しました。なのでこれ以上の無茶をする事は殆どないでしょう」
「阿求ちゃんにそう言って貰えると嬉しいけど……私としてはやはり心配かな。まだまだあの子は子供だし、知らない事、知らなければならない事は山程ある。また今回みたいな事が起こったら、それこそ妻と一緒に倒れてしまいそうだよ」
「それも大丈夫です。私が幻想郷は妖怪の為にあると話した時、彼女は自分で考え、自分なりの答えを出しました。小鈴のお父さんが思っている以上に、あの子は大人になりましたよ」
「そうだといいんだけどね……他には変わったところはなかったかい?」
私の問いかけに、彼女は首を捻った。
「そうですね……特に変わった事はありませんでした。強いて言うなら、参加者の一部が妖怪だと知って更に喜んでいた事と、調子に乗って霊夢さんに怒られた事くらいでしょうか」
……頭が痛くなってくる。何かトラブルが起こるたびに人に迷惑をかけてはいけないとあれほど言っているのに……。
「分かった、その件は後でじっくり話し合うとして……本当に変わった事はないんだね?」
「はい、あの場で見た限りでは、立ち振る舞いや言動もいつも通りの小鈴でした。妖怪の影響はもう消えていると言ってもいいと思います」
それなら大丈夫だ。これ以上ここに長居いる理由もない。
「ありがとう阿求ちゃん。朝から私の身勝手に付き合って本当に助かるよ」
「そんな、頭を上げてください。私の方こそ何にも有力な情報をお教えする事が出来ませんでしたし、謝るのは私の方です」
深く低頭して感謝する私に対し、慌てた様子で頭を上げさせようとさせる阿礼乙女。つくづくよく出来た娘だと思う。
「そんな事はない。阿求ちゃんが語ってくれた事は、今後私の指標になるものだ。最初に来たのがここで良かった。あんな危なっかしい娘ではあるが、これからも仲良くして貰えたら嬉しいよ」
「ですが……」
「阿求ちゃん、こういう時は素直に分かりましたって言えばいいんだよ。元々勝手に押しかけてきたのは私の方だから、君が謝るのは筋違いも良いところだし、小鈴の父として接して欲しいと言ったのは、他でもない君自身だ。私は娘の友達に、然るべきお礼を言う義務がある。これは稗田の娘さんでも変わらない事だと思うんだが……違うかな?」
そう尋ねると、私の言葉に折れたのか「小鈴のお父さんがそう言うなら……」と、ため息混じりに彼女は呟く。
「うん、よろしい。これからもよろしくね。阿求ちゃん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
さて、これで一通り話は終わった。だが、ここに来て気になった事がある。
「そういえば、どうして私がここに来るって分かったのかな。何やら初めから知ってたような口ぶりだったけど……」
この問いかけに、御阿礼の子は神妙な顔つきになった。
「……ここから先は、私と貴方、二人だけの秘密にしておいて貰えませんか?」
この口ぶりから察するに、余程外部から漏れたくない事なのだろう。私が静かに頷くと、彼女はゆっくりと語り始めた。
「今朝、女中さんは私が昨日遅くまで縁起の執筆をしていると言っていましたが、それは嘘なんです。確かに夜遅くまで起きていましたが、この部屋にある人が訪れていて、そのお相手をしていたんです」
「ある人?」
「はい。その方曰く、明日の早朝に鈴奈庵から人が来る。もし来たら宴会の事を話してあげなさいと言われました。結果、その通りに事が運びました」
「まさか……その人が小鈴の身に何かあったのか知っていると言うのかい?」
「……えぇ。恐らく、犯人からその動機まで、全てを知っているはずです」
ここに来て急に有力な情報が出てきた。私は血相を変えて更に質問を続ける。
「阿求ちゃん、それはどんな人なんだい?」
「……申し訳ありません、これ以上は言うなと口止めされていますので」
「そっか……」
「ただ、その人は同時に、こう言い残していきました。『真実を知りたければ、黄昏時に里の門前まで来なさい』と……」
黄昏時。
夜と昼が交錯する時間帯ということは即ち、相手は妖怪だと言う事か。
私は静かに窓の外を見つめる。日の高さから察するに、現在辰の刻朝五つを過ぎたあたり。夕刻までは時間がある。何が起こるか分からない分、準備はしっかりとしなければ。
私は心の中で覚悟を決めた。
描写が薄いのはご愛嬌。もっともっと精進します。