私家版 東方鈴奈庵最終話補遺〜親の心子知らず〜   作:焼き鯖

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こんばんは。焼き鯖です。

最近はミーム汚染著しいとある忠犬に送る小鈴物短編。今回は第2部です。

ネタバレのへったくれもないですが、楽しんで頂けたら幸いです。

それではどうぞ。


二ッ岩マミゾウの証言

「……すみません店主さん、この勾玉は一体なんですか?」

 

 

 

「なんだ知らねぇのかい? これは噂に轟く魔除けの聖刻が施された勾玉さ!」

 

 

 

 昼時、稗田家を出た私は、人里の一角にある露天屋で、店に置かれた勾玉をしげしげと見つめていた。稗田阿求から聞かされた、娘の失踪事件を知る妖怪に対抗するため、身を守るためのお守りを買うためだ。

 紫水晶のように透き通った薄紫の勾玉。その内部には、何やら魔法陣のような不思議な模様の刻印が刻まれており、外部は中々に派手な装飾が施されている。

 職業柄、魔道書も数えるくらいではあるが見た事があるため、これが何かの本の類ならインチキだと疑う事も出来るだろう。しかし、いかんせん私はそれ以外の物にはとんと疎い。仮にこれが偽物だとしても、それに気がつくのはきっと買った後、それも妻に指摘されてこっぴどく叱られてからだろう。

 だが、そんな私でも、これが手の込んだ紛い物であるとは到底思えなかった。

 神聖さや厳かな雰囲気こそ感じられないが、魔法陣の複雑さを鑑みるにある程度の魔除けの効果はあると言えるし、紫水晶は厄災から身を守る力があると言われている。これに使われている石がもしも本物の紫水晶であるならば、その効果は倍になるはずだ。

 

 

 

「ご主人、疑うようで申し訳ないのですが、この勾玉にはどんな効果があるのですか?」

 

 

 

「何? 旦那、本当にこの有り難い勾玉の事知らねぇのかい? しゃあねぇなぁ、だったら一から教えてやるよ」

 

 

 

 耳かっぽじってよく聞けよ? と店主は意気揚々と説明を始める。

 

 

 

「いいか? この勾玉はな、妖怪の山のさる鉱山から採れた、霊験あらたかな紫水晶を材料に、命蓮寺のお坊さんが特殊な方法で中に魔法陣を書き込んだ、由緒正しきタリスマンだ!」

 

 

 

「た……たりすまん?」

 

 

 

「お守りの事だよ。これ一つあれば妖怪は勿論、あらゆる不幸から身を守ってくれるのさ! ここに命蓮寺のご加護が加わればもう百人力! 財運と仕事運が一気に上昇し、旦那一家は末永く幸せな人生を送ることが出来るんだ!」

 

 

 

 どうだ? と鼻息荒く私に迫る露天屋の店主。

 財運と仕事運はこの際置いておくとして、魔除けの効果がある紫水晶に命蓮寺の住職さんの加護が付いているのなら安心だ。もしもの時の備えになる。

 緊急用のお守りをと考えていたが、この際だから家族のために買っておいても損はないだろう。

 

 

 

「分かりました。それで、この勾玉は一体幾らで……」

 

 

 

「よくぞ聞いてくれた! いやぁ旦那なら必ず買ってくれると思ってたよ! 流石大将、お目が高い!」

 

 

 

「は、はぁ……」

 

 

 

「おおっとすまねぇ。あまりに嬉しくて困惑させちまった。えぇと、値段だったな。この勾玉、なんと一つたったの六十五円だ!」

 

 

 

「ろく……!?」

 

 

 

 驚いた。ある程度の値段は覚悟していたが、まさかここまでとは考えてなかった。

 すぐに財布を開き、今自分が幾ら持っているのかを確認する。

 一円七百三十二銭五厘。

 足りない。いや、この値段は今の自分の手持ちだけじゃなく、店の本や店そのものを売り払ったとしても届くかどうかは怪しい額だ。

 店主もそれを察したのだろう。安心しろと言わんばかりに更に言葉を続けていく。

 

 

 

「高いって顔してんな。でも大丈夫だ。旦那は見る目があるから少しオマケしてやるよ。そうだなぁ……初回限定割引に旦那の漢気と、専用の巾着も無料でつけて……三円飛んで三十五銭と五厘だ!」

 

 

 

 店主がそろばんを弾いて出した金額は、私が今日の回収を全て終えれば、手持ちのお金を含めてギリギリで購入する事が出来る金額だった。これなら一度待ってもらって回収に向かって戻ってくれば、夕方の時間にはスレスレで間に合う……。

 

 

 

「言っておくが待ったはなしだ。ここまで安くしておいて待ったをかけられたら、こちらとしても商売上がったりだからな」

 

 

 

 そう考えた矢先、私の考えを見越してかのように店主が釘をさす。なんという事だ。安くしてもらったとはいえ、それでも必要な金額にはまだ届いていない。

 

 

 

「お願いします! お金なら、後から幾らでも払いますから……」

 

 

 

「そうは言うけどねぇ、こっちも商売なんだからさぁ、旦那みたいな客は迷惑なんだ。払えないなら払えないで帰ってくれよ。俺は売れそうな相手に売ればそれでいいし」

 

 

 

 確かに店主にしてみればそれでいいのかもしれない。だが、こちらとしては死活問題だ。自分自身の身の安全も考えなければならないし、何よりその妖怪が娘や妻、鈴奈庵を襲いに来る事も大いにありえる。なればこそ、家族をなんとしてもその勾玉は手に入れなければならない。

 

 

 

「……お願いします、お金はすぐに工面します! なんだったら借金してもいい! 私には守るべき大切な家族がいるんです! お願いします、どうかこの通りです!」

 

 

 

 だからこそ、私は頭を地面に落とす事も厭わない。私の頭一つで家族が守れるのなら、この安い頭を幾らでも土で汚そう。

 

 

 

「……あぁ全く、旦那もしょうがないなぁ」

 

 

 

 顔を上げると、根負けしたのか露天屋の店主が苦笑しながらこちらを見下ろしている。

 話の通じる人で助かった。すぐに回収を終わらせれば店主もそう怒ることは……。

 

 

 

「じゃあ俺の草履舐めてくれよ。その後で『貧乏な私のためにもう少し待って下さい』って言え」

 

 

 

 瞬間、店主は私の顔を草履で踏みつけ、したり顔で理不尽な命令してきた。

 

 

 

「だってそうだろ? 俺は最初、待ったはなしだと言っておいたはずだ。それを踏まえた上で待ってくれと頼んでいるのは他でもない、()()()()()だ。だったら立場をわきまえて、もっとへりくだった物言いをしてもらわないと此方もやってられないんだよ。ほら、言えよ。家族が大事なんだろ? 大事だから言えるんだろ? なぁ!」

 

 

 

 高慢な物言いのまま、ぐりぐりと草履を押し付けてくる店主。

 行いが行いだけに私も腹が立ちそうになったが、確かに店主の言い分には一理ある。無理を言っているのはこちらの方だ。

 もう買うのを諦めてしまおうか……そう思った時だった。

 

 

 

「これこれ、店の真ん前で何をやっとるか」

 

 

 

 深い黄緑色の羽織を纏った女性が、見兼ねたのか仲裁に入った。

 

 

 

「なんだ姉ちゃん、こいつの知り合いか?」

 

 

 

「いやいや、知り合いというわけではないんじゃが……ちと、客の方が気の毒になってのう」

 

 

 

「だったら引っ込んでろ! これは男と男の話だ!」

 

 

 

「まぁまぁ。仮にそうだとしても、こうして首を突っ込んでしまった以上、何もせずにはいさようならというわけにもいかん。ここはひとつ、ワシに任せてはみてくれないか。なぁに、お前さんの悪いようにはせん」

 

 

 

 戯けるように女性が取りなすと、露店の店主はあからさまに舌打ちしつつ、ここまでの事を説明し始めた。

 

 

 

「ここにいる客が、この勾玉を買いたいと言ったんで値段を伝えたんだ。それでお金が足りなさそうな感じだったんで割引したら、それでも足りないから少し待ってくれと言いやがる。この勾玉はウチの人気商品だから、待ったはなしだと突っぱねたら、こうなったわけだ。確かに俺も少しやり過ぎた部分はあったが、別に悪いことはしてないぜ? 当たり前の事を当たり前のように主張しただけだ」

 

 

 

「成る程のう……そちらさんも、この店主の言うことに間違いはないかの?」

 

 

 

「はい……間違いはありません」

 

 

 

「ふむ……ワシも昔商売をしていたから分かるのじゃが、確かに値下げをしておいて待ってくれと要求するのはいささか虫が良すぎるかな。そういう客は買わない事が殆どで、待ってるうちにこちらが損を被ることもまま多いからの」

 

 

 

「そんな……」

 

 

 

「だろ? 俺には正当な理由がある! 難癖つけてんのは旦那、アンタの方だ!」

 

 

 

「まぁまぁ、店主の方も落ち着いて。しかし……それほどまでに客を魅了する勾玉か。どんなもんか一目見てみたいもんじゃのう」

 

 

 

「えぇ、是非是非! ささ、どうぞこちらへ」

 

 

 

 女性が自分の味方だと分かった瞬間、店主はころっと態度を変え、媚びた笑顔を見せながら露天の方へ案内する。その様子を、私は奥歯を噛み締めて見ていることしか出来なかった。

 

 

 

「ほほぅ……これがその勾玉か」

 

 

 

 そんな私を知ってか知らずか、女性は店に置かれた勾玉を手に取り、興味深そうに見つめていた。横の方で店主が先程と同じように商品の説明をしているが、彼女はそれを無視し、何処から取り出したのか煙管を吹かし、眼鏡を外して眇めで観察を続けている。

 余程あの勾玉を気に入ったのだろう。即決で購入するに違いない。

 

 

 

「成る程のぅ、店主が強く勧めるわけじゃ。この石だけでも十二、三円の価値があるが、魔法陣が加わることでその価値を底上げしている。これなら六十五円という値段も納得いく。魔除けの効果も絶大だろうしな」

 

 

 

「だろう!? いやぁ話の分かる姉ちゃんで助かったぜ!」

 

 

 

「確かにこれはいい商品じゃ。()()()()()()()()()()()

 

 

 

「あ? 何を言って……」

 

 

 

 言うが早いか女性は煙管を加えたまま大きく息を吸い込むと、その煙を勾玉に向かってふうと吐き出した。辺り一帯に煙は広がり、私も堪らず口元を押さえ、目を閉じて煙から身を守る。

 然程長く煙は留まらなかったが、私が目を開けた時には勾玉はもう彼女の手にはなかった。

 唯一あったのは、枯れてボロボロになった木の葉と、何の変哲もない土くれだけだった。

 

 

 

「やはりのぅ。この勾玉からは嘘の匂いがプンプンしとったわい」

 

 

 

「ど……どういう事だ!」

 

 

 

「そりゃあこっちの台詞じゃ」

 

 

 

 ダンッ! と女性は足を踏み鳴らし、大見得を切って店主を睨みつけた。

 

 

 

「こんなちゃちな幻術でワシの目を欺けるとでも思ったか。確かに魔法陣は命蓮寺の物じゃが、人妖平等を謳うあの尼が、誰か特定の人物や妖怪にだけ物をやるというのはあり得ない。仮にそうだとしても、それをワシが知らないわけがない。ワシは命蓮寺の連中と知り合いじゃからな。そういう話はいくらでも耳に出来る。それに、ワシの部下の一人が妖怪の山に住んでいるが、鉱山があるとか開発が始まったという話も聞かない。あるとしても河童が隠しておる筈じゃ。そうそう人間に情報が渡る事はない」

 

 

 

「そうだよ! 俺はその河童から仕入れて……」

 

 

 

「それも無理じゃ。奴らは自分の儲けにはとことん気を使う。あの勾玉が本物なら、それを独占して自分達だけで売ろうと本気で考えるはずじゃ。少なくとも、人間に取引を持ちかける事はまずない。天狗か、最低でも妖怪の山に住んどる奴にしか持ちかけない筈じゃ。となると、必然的に勾玉は偽物となる」

 

 

 

 違うかな? とその女性は不敵な笑みを浮かべて尋ねる。しかし、それでも認めないのか、店主は更に抵抗を続けた。

 

 

 

「聞き捨てならねぇなぁ! 俺はちゃんと真っ当に現物を用意した! 在庫だってあるんだ! その土クズと葉っぱはアンタが自前で用意したんだ! 煙で目を眩ませている隙にすりかえたんだろ! 出鱈目言ってると女でも容赦しないぞ!」

 

 

 

「ほう、ならばその在庫とやらを確認させてはくれないか?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「お主がそこまで言うのなら、本物は大切に、それも大量に保管されとる筈じゃろう? ならそれを見せておくれ。それなら納得する」

 

 

 

「それは……」

 

 

 

「見本の費用を浮かせる為に術を使っていたのなら、悪いのは早とちりしたワシじゃ。だからその時は本来の値段の倍……百三十円を支払おう。尤も、もし勾玉に紫水晶が使われているのなら、あの時点でワシは消滅していただろうがな」

 

 

 

 言いつつ彼女は懐から小瓶を取り出し、蓋を開けた。強烈な酢の匂いが、私の鼻に強く突き刺さる。

 瞬間、店主の顔が驚嘆と焦りの色に染まった。

 

 

 

「や、やめろ! 俺はその匂いが嫌いなんだ! 鼻が利かなくなる!」

 

 

 

「ほぉ? それなら早く現物を持ってくればいい」

 

 

 

「今日はもうないんだ! 全部売れちまったんだよ!」

 

 

 

「見え透いた嘘じゃな。ワシには通用しない」

 

 

 

 そう冷たく言い放った時には、小瓶の中身は地面に振りまかれていた。店主の叫びが、里中に響き渡る。

 俄かに店主の体から煙が上がった。身を隠す程の煙が晴れると、痩せこけた小さな鼬が、震えるようにして女性を見上げていた。

 

 

 

「やはりな。こんな小悪党な詐欺を働かせるのは鼬しかおらんわい……まぁ、お前さんもあの蟒蛇と同じように教育してやろう。これに懲りたら、二度と人を騙すような事はするんじゃないぞ」

 

 

 

 何が何やら分からないまま、鼬は小さく鳴き声を上げて、里の外へと逃げ出していった。出ていた露天はつゆと消え、木の葉の山が風に吹かれて飛んで行った。

 

 

 

「まったく……何が貂九化けじゃ。ワシらの方がよっぽど上手く化けられるわい」

 

 

 

 女性のボヤキが耳に入る。と、私の姿に気がついたのか、やや苦笑気味にこちらへ話しかけた。

 

 

 

「いやぁ、お前さんも災難じゃったのう。買う前に気付けて良かった。ああいう手合いもおるから、これからも気をつけて過ごすんじゃぞ」

 

 

 

「あ……はい」

 

 

 

「それじゃあ、ワシはこれで」

 

 

 

「あっ、待って下さい!」

 

 

 

 ハッと我に返って、呼び止める。危なかった。あのまま夢見心地のままだったら、失礼にも程がある。

 とはいえどうしたものか。呼び止めたはいいものの、言う言葉を決めていなかった。

 

 

 

「えっと……助けていただきありがとうございます。何かお礼がしたいのですが、この後お時間ございますか?」

 

 

 

 悩んだ末、一番無難な言葉を使って尋ねる。

 

 

 

「いやいや、礼には及ばんよ。ワシもお前さんを騙して利用したしな。おあいこじゃ」

 

 

 

「いえ、貴方が通りかからなかったら私は騙されて買ってしまっていたでしょう。貴方は私の恩人です。大した事は出来ませんが、それでもお礼をしなければ、私としてもわだかまりが残ります」

 

 

 

「ほほう、殊勝な心がけじゃな。それでは団子を奢って貰おうかの。いい店を知っておるでな」

 

 

 

「ありがとうございます。ええと……」

 

 

 

「マミゾウじゃ。ワシのことはそう呼ぶといい」

 

 

 

 では、付いて来てくれ。

 言いつつ彼女はくるりと背を向け、ゆっくりと歩き出す。後から私も追いかけるように歩き始め、団子屋に向けて歩を進める。

 ……はて。そういえばマミゾウという名を、何処かで聞いたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 馬鹿囃子。

 それが、マミゾウさん行きつけの甘味処の名前だった。

 納屋のような小屋一軒に外の座椅子が一つというとても小さな店だが、団子の味は中々のものであり、特にみたらし団子は絶品だった。

 ここまでの出来であるならば人が多くてもおかしくはないのだが、入り組んだ路地の更に裏という場所であるため、人が来ることは殆どない。正に隠れた名店と言えるような店だった。

 

 

 

「……なんと、鈴奈庵の店主じゃったか。という事は、小鈴殿のお父上になるのかな?」

 

 

 

「はい。外は私が、店は小鈴と妻がと分けております……そういえば、娘が貴女と似た人の事を仕切りに話していたのですが……もしかして」

 

 

 

「おぉ、そうじゃ。それはワシの事じゃ。前々からちょくちょく交流を重ねておるが……そうか、()()あの娘はワシに憧れておるのか」

 

 

 

 満更でもない表情のまま、ポツリとマミゾウさんが呟く。遠くを見るようなその両目は、呆れとも憐憫とも取れるような気がした。

 

 

 

「いやしかし……仮にも一つの店を構えるお前さんが、どうしてあんな事をしていたのじゃ? 何か入り用でもあったのか?」

 

 

 

「いえ、それとはまた別の用事でして。実は……」

 

 

 

 私は簡単にではあるが、マミゾウさんに事の経緯を説明した。

 

 

 

「成る程のう。大体の事情は分かった……お主、いい父親じゃな」

 

 

 

「いえいえ、店の事は任せきりですし、あまり父親らしい事もしてやれていないので……」

 

 

 

「そんなに卑下する必要もなかろう。我が子の身を案じない親程馬鹿なものはない。その点で言えばお主は立派な父親じゃ」

 

 

 

「そうでしょうか……」

 

 

 

 マミゾウさんはそう言ってくれるが、私はそうは思わない。あの子の危機を、あの子の置かれた状況を、知ろうともしなかった私は父親失格だ。父親と名乗るのすらおこがましい。きっと娘も、そう思っているに違いない。

 

 

 

「そうじゃのう……」

 

 

 

 などと考えていると、マミゾウさんがポツリと頬を掻きつつ呟いた。

 

 

 

「ほんの少しではあるが、ワシも失踪事件の調査をしておった。小鈴殿が救出されたあの日も、ワシはその場に居合わせておった」

 

 

 

「えっ……それは本当ですか?」

 

 

 

「あぁ、本当じゃ。その時の事なら、話してやっても良いぞ? ただし--」

 

 

 

「お願いします! 私が出来る限りのお礼はしますから、どうかあの子に何があったか教えて下さい!」

 

 

 

「分かった分かった! 話してやるからちと落ち着け! 全く……前のめりな性格は父親譲りか……」

 

 

 

 ……しまった。つい悪い癖が出てしまった。感情が先走ってしまうこの癖は、しっかり娘にも遺伝している。なんとか矯正できるように努力しなければ……。

 一度謝罪を挟み、居住まいを正して改めてマミゾウさんへ向き直る。

 

 

 

「落ち着いたか? ……よし、それなら話そう」

 

 

 

 一連の動作を見届けたマミゾウさんは、コホンと咳払い一つして語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 ワシが失踪事件を知ったのは、事件から三日経った後のことじゃった。

 その日も丁度鈴奈庵に立ち寄ろうと考えていたところでな。何を借りようかと店先を覗こうとしたら、臨時休業と看板が貼ってある。

 直感でワシは、あの娘の身に何かあったと悟った。すぐに踵を返し、部下を呼んで捜索を開始した。

 ……どうして赤の他人のワシが捜索をしていたか、じゃと? まぁ、色々あるのじゃ。そこは追々話すとしよう。

 ともあれ、ワシと部下は人里の至る所を捜索した。じゃが、何処を探してみても手がかりの一つすら掴めぬ。まるで狐につままれたようじゃった……ちと癪な表現じゃが。

 埒があかぬと考えたワシは、()()()()を証明する意味も込めて博麗神社に向かった。あの巫女も血眼で探しているに違いないからのう。何か知っておるかと考えたのじゃ。

 結果として、ワシの期待は空振りに終わった。そればかりかお仕置きと称して大幣で頭を叩かれてしまった。あれは痛かったのう……。

 ともあれ、そこからは霊夢と手分けしてもう一度調査を始めたが、やはりなんの進展もなかった。じゃが、霊夢は有益な情報を掴んだようで、一先ず神社に戻ってから話すと言い、ワシも付いていく事にした。

 神社に戻ってみて驚いたよ。何せ何処かで感じた妖気が濃く立ち込めた境内で、あの白黒魔法使いが倒れていたのだから。

 じゃが、運良く息はあったようで、霊夢と二人でちょいと脅かしたら、バッと立ち上がって「勝手に殺すな!」と飛び上がって叫んだんじゃ。あれは中々傑作じゃったのう。

 そこからは軒先で話を聞いておった。魔理沙が……あの白黒が言うには、()()の持つ百鬼夜行絵巻という巻物に封じられた妖怪にやられたらしい。

 それでワシは妖気の正体が分かった。ただ、何故痕跡が残らないかが疑問だった。霊夢は何か心当たりがあるようだったが、ワシには最後まで皆目見当もつかなかったな。

 そうして夜になった。狂おしい程の満月が煌々と輝いていた夜じゃったよ。ワシは社殿の外で見張りをしておった。闇を切り払うように、小鈴は目の現れた。

 その時の小鈴の様子は、今でもよく覚えておる。絵巻の妖怪に完全に取り憑かれ、人ではなくなった目。包むように体を取り囲む瘴気。

 一目見て駄目だと分かった。あんなに強力な妖気にあてられて、無事でいられるわけがない。良くて半妖化が関の山。どちらにしろ人としては生きられないと……じゃから落ち着け! あくまでもこれはワシの見立てじゃ! まだそうだと決まったわけじゃない!

 ……話を戻そう。これを見た霊夢は、ワシに妖怪退治と小鈴救出を一任し、スキマの中へと消えていった。丁度絵巻の妖怪も姿を現し、ワシ自身も臨戦態勢を整えた。

 詳しい事は割愛するが、この妖怪の能力というのがまた厄介で、長く戦うとこちらが不利になるものだった。じゃから部下を呼び寄せて短期戦に持ち込もうとしたが、これが予想外に手こずった。

 長く続く攻撃で部下は疲弊し、逆に妖怪の方は強くなるばかり。これは別の案を考えようとしたところで、部下の一人が小鈴と絵巻を取り返した。これを合図にワシは太陽に化け、妖怪を退けた。

 こうして小鈴は助け出されたというわけじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

「……で、これがその絵巻じゃ」

 

 

 

 話を一通り終えたマミゾウさんは、袖の下から一巻の巻物を取り出し、私に見せた。

 墨のように黒く塗られたその巻物は、確かに小鈴が所持していたものだったが、いつか感じたあの禍々しい気配は感じられなかった。

 

 

 

「話した通り、絵巻に宿っていた妖怪はワシが退治したからもういない。本来ならこれは返すのが筋というものじゃが、これはワシにとっては宝の山。いずれ必要になる代物じゃ。お主には悪いが、これは貰い受けるぞ」

 

 

 

「あぁ……それは構いません。貴女は私達家族の恩人ですから、お礼代わりに差し上げます」

 

 

 

 そうか。と、マミゾウさんは口を緩める。あの子には悪いが、心配かけた罰として、これくらいはしても文句は言われないだろう。

 

 

 

「それで……小鈴はその後、どうなったのですか」

 

 

 

「勿論保護されたよ。じゃが、予想よりも妖怪の残滓が小鈴の体に残っておった。あのままだと危険だと言うことで、一度博麗神社に置いてお祓いを行なったよ。それでも全てを祓いきるのに一週間はかかったがな。何故早くに帰さなかった、なんて質問はするなよ。下手をするとお主らだけでなく、人里も壊滅する可能性すらあったからな」

 

 

 

「そうですか……それでは、やはり小鈴は妖怪に変異したと言うのですか?」

 

 

 

 私の質問に、マミゾウさんは首を捻り、うーむと唸った。やがて、彼女は難しい顔をしながらも、ゆっくりと答えた。

 

 

 

「分からぬ。さっきも言ったが、少なくとも半妖になっていてもおかしくはないじゃろう。何せ取り憑かれていた妖怪が妖怪じゃ。完全な妖怪に変化しなかっただけでもありがたいと思った方が良い」

 

 

 

「そんな……」

 

 

 

 あまりの事に頭を抱えてしまう。もしかすると本当にあの子は妖怪に変わってしまったのだろうか。もしそうなら、私は……。

 肩にほのかな熱が伝わった。身体を温めるような熱ではない、心を温めるような温もりのある熱が、私の頭に少しずつ冷静さを取り戻していく。

 

 

 

「落ち着け。親であるお主が、あの娘を信じんでどうする。さっきも言ったが、妖怪化云々の話はあくまでもワシの推測じゃ。可能性の話であって、まだ確定されたわけじゃない。こんな不安定な推論に翻弄されて、娘のことを信じようとせんのは正に愚の骨頂じゃ。お前さんは愚か者か?」

 

 

 

「……ありがとう、ございます。少し、気が動転してしまいました。お陰で落ち着いて考える事が出来そうです」

 

 

 

「うむ。それでいいんじゃ。まぁ仮に妖怪化していても、すぐにあの巫女は動かないと思うぞい。あやつも鬼ではないはずじゃからのう。何かあればすぐにワシか霊夢に相談するといい。いつでも受け付けておるからの」

 

 

 

 笑顔を浮かべ、満足そうにマミゾウさんは頷く。

 確かにそうだ。あんな事があった後だからそうに違いないと決めつけてしまったが、そうでなくても私があの子を信じないで誰が信じようと言うのだ。

 しっかりしろ。あの子の父親は私だ。

 

 

 

「さて、これで全て話終わった。ワシはそろそろ行くとするよ。団子、ありがとうな」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 後一つ聞きたいことがあるんです!」

 

 

 

 立ち上がり、そのまま店を出ようとするマミゾウさんを、再び私は呼び止める。「手短にな」と少々ぶっきらぼうに言いながらマミゾウさんは足を止め、私の方に振り向く。

 

 

 

「あ……貴女は一体……何者なんですか? 取り憑かれた小鈴の様子を知っていたし、何より露店屋でのあの立ち回り。どう考えても貴女はこの世のものでは--」

 

 

 

 瞬間、私の口は固く閉ざされる事になった。目の前に、妖しい目をしたマミゾウさんが、私の唇に人差し指を立てていたからだった。

 

 

 

「何者か……か」

 

 

 

 彼女の口が横に避けた。目に宿る妖しい光が、一層深くなる。

 

 

 

「それを聞くということは、お前さんは覚悟を決めたということじゃな? 今この場でワシに殺される覚悟が出来ているのじゃな?」

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 マミゾウさんが指をパチンと鳴らした。さっきまでいた路地裏の団子屋から一転して、大通りの団子屋へと景色は変わっていた。

 

 

 

「滅多な事は言うものじゃないぞ。ここは人里じゃが、ワシらは正体を隠しているだけで、その本質は何も変わっちゃいない。ワシは自分から正体を晒すのはなんとも思わんが、正体を嗅ぎ回られるのは少々苦手でな。誰であろうと()()()()ようにしておるのじゃ」

 

 

 

 例えそれが常連の店の店主でもな。

 思わず私は腰を抜かした。彼女の言葉から発するあまりの冷酷さに、立っていられなくなったのだ。

 

 

 

「まぁ、さっきのはお互いに忘れる事にしよう。それよりお前さん、仕事の方は大丈夫なのか?」

 

 

 

 ハッとして空を見上げた。陽は既に未の刻と申の刻の間を少し過ぎており、少し急がないと夕方には間に合わない時刻になっていた。

 

 

 

「じゃあの。お前さんの調査が上手くいくことを祈っておるよ」

 

 

 

 そう言い残して、いつの間にかマミゾウさんは消えていた。最初からその場にいなかったかのように。

 

 

 

「……もしかして」

 

 

 

 蓑笠を被り直し、埃を払って立ち上がる。頭に思い出されたのは、いつか見た改訂版幻想郷縁起の記憶だった。

 曰く、化け狸の総大将が、外の世界から呼び寄せられたという。

 その名は、二ッ岩マミゾウ。

 今は命蓮寺を拠点とし、様々な場所に赴いては勢力を拡大しているらしいが……どうやら娘はとんでもない妖怪(ヒト)に憧れていたらしい。

 しかし、仮にそうだとしたら、先程話した事は全くの出鱈目という可能性が高くなる。まさか私に近づいたのは、あの巻物を名実共に自分の物にする為ではないだろうか。或いは……。

 そう考えて、すぐさまそれを打ち消す。

 やめよう。あの人がそんなケチな事をする筈がない。どちらにせよ、真相は阿礼乙女が言う妖怪が知っている筈だ。この話は参考程度に留めておいた方が無難かもしれない。

 だけど、実際に助けて貰ったのは事実だ。もしマミゾウさんが来店したその時は、お詫びも兼ねて割引とオマケをいくつかつけてさせても罰は当たらないだろう。

 そう考えながら、次のお客様の元へと歩き出す。

 陽は、見上げた時よりも少し傾いていた。

 

 

 

 




引き伸ばし過ぎた上に地の文が少なかったです。

もう少し文章を削れるように精進します。
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