大変長らくお待たせ致しました。最近は逆立ちすることに定評がある忠犬ハス公に送る小鈴短編。その最終話でございます。つい先日誕生日だったので、本当だったら当日に送りたかったけど、後天性サボり症候群が発動して今日まで書けませんでした。申し訳ない。
今回はある意味元凶のあの人が登場します。どうやら某兎さんも誕生日だったらしいんでその人にも届けと思いつつ。
では、どうぞお楽しみ下さい。
夜が降りる刻を知っている。
朝が昇る刻も知っている。
その間にある黄昏が、ひょいと顔を出す刻も知っている。
幻想を統べる私は、その全てを知っている。そして、それらを知る権利と義務がある。私に知らない事はないし、これからも現れる事はないだろう。
「…………」
私は今、人を待っている。その人は自分の娘について調べている最中だ。初めは稗田の娘、次は二ツ岩の頭領と、ツテや出会いを辿って真実に行き着こうと足掻いている。
ここに来るのは時間の問題だ。たった今、最後の貸本の回収を終えたところだ。早ければ申の刻にでも着くだろう。少なくとも、酉の刻暮れ六つにはここに姿を現わすはずである。
「…………」
先程、私は全てを知っていると言った。その権利と義務があるとも言った。だが、一つだけ例外がある。
それは、岐路に立たされた人間が、どんな決断を下して、どのように生きるのかという事だ。それはいずれ宿命となり、その人の人生となる。こればかりは私にも知る事は出来ないし、況してやそれを断定することも出来ない。そこが人間の面白いところである。紅い館に住み着く吸血鬼も、きっと同じような事を言うに違いない。
「……ふふ……楽しみね……」
彼は一体どのような選択をするのだろう。真実を知った時、どんな顔を見せるのだろう。知らない事を想像するのはいつだって楽しい。私の期待を更に上回れば、もっとだ。
さぁ、彼は一体どのような答えを導き出すのだろうか?
◆
虫の知らせと言うものを、私は信じた事がない。
魑魅魍魎が闊歩する幻想郷で何を、と大抵の人は笑って言うが、どうもそう言った感覚がピンと来ないのだ。
だが、そんな私でも、夕方のこの様子は何か変だという事は理解できた。
まず真っ先に感じたのが、異様なまでの静けさだった。普段のこの時間帯なら、買い物帰りの主婦や遊びや寺子屋から帰ってくる子供達で賑わっているはずなのに、今日は人はおろか野良犬の一匹すら外に出ている気配がない。凍結したように静かな街道を、私一人が歩いている状況だった。
次に感じたのが、夕焼けの色が妙に鮮やかに思えることだ。いくら夕日が赤く、美しいものであるとは言っても、春の夕焼けはもう少し淡く、柔らかい。しかし、それを真っ向から反逆したかのように光はギラギラと地を照らし、水平線に沈もうとする球は赤々と輝いている。まるで夏の夕暮れを見ているようだ。
理性が言う、これ以上は危険だと。
だが、本能がそれを阻む。それは私が足を止める理由にはならないと。
「……着いた」
数十間の距離を歩き、方々を回って本を回収して、ようやく私は里の門に辿り着いた。既に時刻は酉の刻を過ぎており、阿礼乙女のいう妖怪がいつ現れても可笑しくはない時間帯だった。
門をくぐり、外の入り口に立って、チラと振り返る。偶然か必然か、いつもなら警護に当たっている里の兵士が、今日は門前から姿を消している。
それを見て、私は少し不安を覚えた。いくら話が通じるとは言え、相手は妖怪。万が一があった時、私一人では到底逃げられない。もし話がこじれたら、命の保証はないだろう。
一抹の気がかりを胸に抱えながら、視線を再び外へ戻す。
目の前に、先程までなかった奇妙な物体が現れていた。
その物体は、両膝をついた人間のようだった。いや、人間の少女だった。周りを夥しいほどの花やつるが覆っていて一瞬分からなかったが、間違いなく人間の女の子だ。
だらりと下がった腕とは対照的に、顔だけは何かに釣られているかのように上を
一番恐ろしいのは、女の子の容貌であった。目と口。その他あらゆる顔の部位から花が咲いて……いや、活けられており、元の姿は見る影もない。身体にも無数の蔓が巻きつけられており、彼女を逃すまいと今も強固に締め付けている。
花に串刺しにされたと表現するのがあまりにも正しい、美しくも凄惨な少女の死体が目の前にあった。
一体、この女の子は何者だろう?
そう思い、少女の死体に近づいていく。
周りにはオダマキ、マンサク、ミゾカクシにマンジュギクが咲き、更に進むとカンナ、アロエ、ホオズキ、ムシトリナデシコに、キョウチクトウ、キブシ、シャクナゲ、タネツケバナ、ザクロ、果てはウツボカズラまで群生している。
春と夏、その他様々な季節が入り混じった花畑はどことなく異様で、一歩ずつ足を踏み入れるたびに、花達が私をじっと見つめている感覚が強くなる。
それでも、私は足を止めなかった。いや、止められなかった。何かに魅入られたように足が前に行く。花の視線など気にせずにズンズンと、周りの草花をなぎ払い、草花の中に佇む少女の死体に近づいて行く。
リン、とかすかに聞き慣れた音が聞こえた。散々前に行きたがっていた足が、はたと止まる。
鈴の音だった。なんの変哲も無い、普通の鈴の軽やかな音だった。異様なのは、何故何もないところから鈴が鳴ったという事だった。
無論、私は鈴を持っていない。辺りを見渡してみても、鈴なんて何処にもかかっていない。
また、リンと音が鳴った。今度はもっと近く──それも、私の目の前で聞こえた。
恐る恐る足を運び、慎重に近づいてみる。
目に入ったのは、見慣れた亜麻色の髪と、いつか私がプレゼントした鈴の髪飾り。そして、いつも着ている市松模様の着物に、愛用のエプロン。
「こす──!」
驚き、名前を叫ぼうとした。瞬間に少女の姿が消える。周りにあった花々も、同時にパッと消える。
──おとうさん?
瞬間、娘の声が耳に入る。振り返ると、娘が俯きながら私に近づいていた。
「小鈴……お前……」
──なんで、ここにきたの?
また別の所から声。再び背後を見てゾッとする。同じような体勢の娘が、同じように私に近づいていたからだ。
「そ、それは、お前を助ける為に……」
──なにも、しらなかったくせに?
──そのばにいなかったくせに?
──ほったらかしてたくせに?
気がつけば、私の周りは娘で囲まれていた。
足が動かない。呪詛のような恨み言を呟きながら距離を詰めていく娘達に、私は完全に気圧された。
──おとうさんはね、おそかったんだよ。
「お……遅かった……?」
とうとう娘のうちの一人が、私の服を掴む。衣が擦れる音が妙に生々しい。
──だって、だってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだって! おとうさんがほったらかしてたせいで! わたしはこんなふうになっちゃったんだもん!
バッと娘が顔を上げた。
目が黒く潰れて窪み、口が裂け、血塗れになった娘の顔が、私の目の前に飛び込んできた。
「ひっ……!」
思わず尻餅をつく。周りの娘達もまた、同じようにその顔を上げ、口元に歪んだ三日月を浮かべながら私に纏わり付いていく。
──アハッ。ねぇおとうさん、みてこれ。わたし、こんなふうになっちゃった。
──わるーいようかいにころされちゃったんだ。
──いまいきてるわたしはわたしじゃない。わたしをころしたようかいがばけてるんだ。
「やめろ……」
──やめないよ? だって、わたしをこんなからだにしたのはおとうさんのせいだから。
──やめないよ? だって、ころしたようかいをわたしとかんちがいしてるから。
──やめないよ? だって、悔しいから。
──だから。
『お父さんを殺して復讐やる!』
瞬間、娘達が飛びかかった。全員狂ったような笑い声を上げながら、伸びっぱなしの爪を私に突き立てようとする。
──殺される。
本能がそう告げ、思わず体を背けた。そんな事をしても無駄だと分かっていても、そうせざるを得なかった。
狂った笑いは尚も続く。頭の中から響くような甲高い声は、脳神経を直接すり減らしているようで、私の心を確実に蝕んでいく。
そうだ。元はと言えば私の責任。私がもっとあの子を見ていれば、こんな事にはならなかった。全ては私の監督不行き届きが原因なんだ。
あぁ、何故今頃になって理解したのだろう? 今更になって失踪の原因を探そうとしていたのがそもそもの間違いだった。ただ、娘が戻ってきた事を喜ぶべきだった。それだけで良かったんだ。
──すまなかった。小鈴……
後悔と死の絶望に浸りながら、最期にありったけの贖罪を込めて、逝ってしまった小鈴への謝罪を心の中で呟いた。
◆
「フフフフ、やっぱり人間をこうやって揶揄うのは面白いわね」
不意に、クスクスと忍び笑いが聞こえてきた。閉じた目を開くと、襲いかかっていた娘達の姿はそこにはなく、代わりに道士のような中華服に身を包んだ一人の女性が、空間の裂け目のような部分に腰掛けている。
「驚かせちゃったかしら? ごめんなさいね、貴方の事が面白くて。つい正気と狂気の境目を弄ってしまったの。気を悪くしたのであれば謝るわ」
女性の表情は扇子の裏側に隠されており、私には分からない。だが、目を細めて尚もクスクスと体を揺らすその様から、申し訳ないという気持ちは微塵もないであろう事が容易に想像できた。
「……こちらこそ、取り乱してしまって申し訳ありません。何分いきなりの事であったので……お眼鏡に叶ったようであれば何よりです」
立ち上がり、服についた埃を払って女性を見つめる。立ち上がりながら貴女に眼鏡なんてないけど、と心の中で皮肉を呟く。それすらもお見通しだと言いたげに、女性は口元を扇子の影に隠して不敵な笑みを絶やさない。
「……それで、見ず知らずの私にこんな事をするという事は、貴女が稗田様の仰っていた妖怪という事でよろしいでしょうか?」
私の問いかけに、女性は微笑むと、扇子をパチンと閉じた。黄金の瞳が、妖しい光を帯び始める。
「……はい、その通りです。私は八雲紫。この幻想郷を作りし賢者の一人であり、幻想郷を守るゲートキーパーであります」
以後お見知り置きを。と、八雲紫は地面に降り立ち、仰々しくお辞儀をする。どこか芝居がかった、胡散臭く慇懃なお辞儀だった。
「賢者様……では、娘が……小鈴が行方不明になっていた間、あの子の身に何があったかもご存知なのでしょうか?」
「……えぇ。稗田のお嬢様が言っていたように、犯人から動機、何が行われていたかについてまで、その全てを知っていますわ」
強い風が私達の間を駆け抜けた。近場にある雑草が揺れる。
「……では、その全てを教えて下さい。父として、私は知らなければならないのです」
「フフ……貴方は本当に父親として立派ね。さぞ小鈴ちゃんも鼻が高いでしょう。えぇ、教えて差し上げます。その前に……貴方に一つ、尋ねておきたい事があるわ」
「尋ねておきたいこと?」
「えぇ……と言っても、貴方程の大人であれば、答えられるような質問でしょうけれど」
そこで八雲紫は言葉を切ると、真っ直ぐに私を見つめつつも、扇子で顔を隠して再び言葉を紡ぎだした。
「貴方は……この世界の真実は一つであると思いますか?」
「ふむ……真実、ですか」
難しい命題である。正しいと考えていたものが実は嘘であったり、その逆もまた有り得る事ではある。
つまり真実というのは──。
「いいえ、一つではありません。箱庭のように小さなこの幻想郷でも、無限に世界は広がっています。況してや妖怪や人間が居座るこの地に、たった一つの真実程不確かなものはありません」
「……そう、それを聞いて安心したわ」
パチンと扇子を閉じた八雲紫の表情は何処と無く満足気で、私は内心でホッとため息をつく。
「その通り。例え幻想郷と雖も、その答えは膨大。無限に等しいと言えるほど、真実というものは存在しています。今回の一件もそう。私の口から語る真実も、貴方から見ればそれは虚構のものとなる可能性があります。それを踏まえた上で尚、貴方は私の口から真実を聞きたいのでしょうか?」
試すような彼女の視線が、私の体を貫いてくる。しかし、私はここで退く気はない。
「お願いします。どんな形であれ、私は全てを受け止めます」
毅然として彼女の問いかけに答える。ここで退けば、私の望むものが手に入る事はないと、直感的に察したからだ。
それを彼女も感じ取ったのだろう。私の答えにニコリと微笑むと、見つめる視線を少しだけ和らげ、口を開いた。
「……貴方の覚悟、十分伝わりました。ならば語りましょう」
──この事件の真実を。
◆
事の発端は、本当に何気ない事だった。単なる気まぐれと言ってしまっても良いかもしれません。
仮に、今回の犯人をYとしましょう。
夏に行われた、博麗神社での百物語。小鈴ちゃんが、魔理沙や霊夢とともに開いた、あの百物語に、実は私とYも参加していたのです。あれは楽しかったわ。月も星も何一つとしてない真っ黒な空に、各々持ち寄った選り取りの怪談噺。最後の仕掛けも、それを出すタイミングも完璧。あの催しは大成功と言った所でしょう。
あの子との出会いはその時だった。人間も妖怪も巻き込み、百物語を通して納涼をしようという面白い人間に興味を持ったの。折角だからお話も用意しておめかしもして、いざ神社に行ったらその主催者はまだほんの子供。その時は流石のYもびっくりしていたわ。精々が物好きな男性で、女性だとしても十分に成長した大人かと思っていましたもの。少し怖がりで無鉄砲だけど、それでも実現に向けて動いた事は変わらない。Yは彼女の行動力と好奇心に感心し、同時に面白いと興味を持ったわ。
そこからYは、あの子の観察を始めた。それはそれは面白かったそうよ。あの子の好奇心は留まる事を知らなかったから、見ていて飽きないとも言っていました。例えば去年の台風の時。本来なら台風と聞いたら人間は部屋に入って安全にしているでしょう? でもごくたまに、台風と聞いたらはしゃいで外に出ようとする人間もいる。
あの子もその典型ね。博麗神社に本を回収しに行こうとしたら台風に当たって、よせばいいのに調子づいめそのまま行っちゃった。案の定足を滑らせて気絶しちゃったから、Yは連れ帰って治療して、翌朝人里に帰してあげたわ。正体をバレたくなかったから、少しだけ細工を施したらしいけどね。
……ちょっと話が逸れちゃったけど、そんな感じでYは観察を続けていた。続けていくうちに、本居小鈴の危うさというものに、徐々に気づいていった。
それは、人ならざる物への好奇心。聞けば、降霊術や胡散臭い易学なんかにも手を出したらしいわね? 何よりも貴方の運営する鈴奈庵には、人里ではありえない程の妖気が漂っている事が何よりの証拠。妖魔本蒐集家のあの子は妖怪の部分に近づきすぎていたのよ。
これはいけない。何故ならそのまま人妖になる可能性があるから。
Yはすぐに警告しようとした。だけど、それを実行するタイミングがなかった。何も考えずに警告すれば、変に怖がらせてしまうか受け流されて終わってしまう可能性があったから。
このままたたらを踏み続ければ、取り返しのつかない事態になる。そう考えた矢先に、稗田の乙女が彼女に二ツ岩の頭領の正体を明かした。彼女は随分動揺したわ。事実、その後の対応が少しだけギクシャクとしたものになってしまったもの。
だけど、これはまたとないチャンスだった。数日の間をあけて、Yはあの子に接触した。人間と妖怪の関係やあり方をあの子はどう考えているかを問い、そして彼女が本居小鈴を助けるために来たという事を伝える為に、ね。
結果として、数十分の問答は成功だった。本居小鈴は自分なりの
さて、長々と語ったけど、ここからは行方不明中の事を話しましょう。
大きな荷物に大量の妖魔本を持って人里を離れた彼女に、Yはすぐに接触した。その上でYは、本居小鈴に今後どうしていきたいかを尋ねた。
帰ってきた答えは、幻想郷のパワーバランスを正す事。彼女が言うには、私家版百鬼夜行絵巻最終章補遺を用いて、人里を妖怪による支配から脱却させること。それが、あの子が導き出した真実だった。
──そんな事、出来る筈がないって?
フフフフ、それが出来ちゃうのよ。それも驚くほど簡単に、ね。
Yは彼女の決断に大いに賛同を示した。それと同時に、それでは足りないとも否定した。妖怪の力だけを是正すれば、霊夢や魔理沙のような超人的な人間が残り、幻想郷のパワーバランスは崩壊するから。それを聞いたあの子はかなり不満そうだったらしいわよ。まぁ、折角考えた自分の意思を否定されちゃったら嫌な気分になるわよねぇ。
そこで、Yはあの子にある提案をした。
それは、外の世界へ一時的に滞在し、力を蓄えてから幻想郷へ赴く事。
そうすれば、そのまま百鬼夜行絵巻を使うよりも何倍もの力を使うことが出来る。だけど、これにはリスクもあった。増幅した力に、小鈴ちゃん自身が耐えられないの。妖気を生身の人間の人間のまま体に留めておく事は、大人ですら不可能に近い。それを、まだ年端もいかない子に実行させるなんて、無謀にも程がある。
だから、Yは本居小鈴を、一時的に妖怪化させることにした。
髪飾りをほどき、ごく微弱の妖力を流して、外の世界に送る。
成果はYの予想以上だった。絵巻に封じ込められた妖怪も活性化し、本居小鈴に取り憑いても何ら問題はなかった。
後は二ツ岩の頭領が話した通りよ。それはそれは綺麗な満月の出る日に彼女を博麗神社に行かせ、事の成り行きを見守った。
これが、行方不明中に起こっていたことよ。
ところで、ここまでの話を聞いて解らないことがあるわよね。
そう、犯人のYとは一体誰か。
四六時中監視していながら気づかれない程の隠密性を持ち、おおよそ人間では思いついても到底出来ないことを平気で行い、外の世界と幻想郷をつなぐ力を持っている。
そんなことが出来るのは、幻想郷において賢者以外ありえない。
貴方も薄々気づいているんじゃないかしら?
そう、犯人はこの私。八雲紫なのです。
◆
「フフフ、どうかしら? 目の前の人物から自分が犯人だと告白され、しかも堂々と犯行の自供をさせられた気分は」
ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら、八雲紫はぬけぬけとのたまう。
正直に言えば、驚いたというほかない。
まさか事の真実を知っているという妖怪が、実はすべての事件の犯人であったと、一体誰が想像できただろう。まるでシェイクスピアも驚きの展開。いや、アガサクリスQでもここまで滑稽なことは出来ないだろう。
確かに、犯人は行方不明中の話を聞いた時点で予想はしていたが、ここまで堂々と自白されるとなると、また話が変わってくる。彼女が犯人だと告白したら怒鳴るつもりでいたのだが、その気もすでに失せてしまった。もう彼女に対して言うことは殆どない。
だが、最後にこれだけは知っておかなければならない。
「……では、小鈴は、私の娘は、妖怪に変化したわけではないということですね?」
「フフフフ……貴方はさっきからずっとそればっかりね? 自分の娘が人間であることがそんなに大事かしら」
すべてを見透かしているような目つきで、八雲紫は顔を覗き込んでくる。したり顔をそのまままっすぐ見つめていると、つまらなさそうに扇子で顔を覆った。
「はぁ……安心なさい。一時的と言ったでしょう? 二ツ岩が絵巻の妖怪を倒した時点で、あの子の妖力は殆ど消えていたわ。霊夢が一週間かけて除霊したから、下手なことをしない限り、あのようなことにはならないでしょう」
それを聞いて、ほっと溜息をつく。
「しかしまぁ……人間というのは奇特なものね。身内の一人が妖怪になっただけで、どうしてそこまで取り乱すのかしら。何百年も、何千年も生きているけど、こればっかりはよく分からないわ」
しれっと言い放った彼女の一言に、私はカチンと来てしまって、つい彼女に向かって一言言い放ってしまった。
「当たり前です。この心配をしない親など、この世に存在するはずがございません。仮にいたとすれば、それは人でなしです。血の通った、たった一人の人間だからこそ、強く思うのは当然です。貴女は妖怪だから分からないかもしれませんが、親にとって子とは、それほどまでに守らなければならない存在なんですそれを奇特と言う貴女こそ、奇特なのではないでしょうか?」
まくしたてるように一息で言い放って、ハッと我に返る。期限を損なわせてしまったかと思ったが、私の心配とは裏腹に、八雲紫は一瞬だけポカンとした後、面白がるようにけらけらと笑い出した。
「アハハハハハ! まさか人間に説教されるなんて! 長く生きてみるもんねぇ! フフフ……貴方、気に入ったわ。だけど、だったら尚更自分の娘は信じてあげなさい。親の心子知らずとはよく言うけれど、子の心親知らずとも言われるからねぇ。二ツ岩の頭領にも同じ事を言われたでしょう?」
したりといったように微笑む八雲紫。心の奥底まで見透かされたような物言いに、再び声を上げようとしたが、それすらも見透かすように裂け目に腰掛け、空へと浮き上がった。
「まぁ、あの子を縛るのも放すのも貴方次第。私にはどちらでも構わないことですもの。ゆめゆめ忘れないでね。真実というものは一つではないということを」
それでは、ごきげんよう。
そう言い残し、八雲紫は裂け目の向こう側に消えた。いつの間にか門前には門番が立ち、大きな欠伸を掻きながら伸びをしていた。
全てが夢かと思わせるほど、一瞬の出来事。私はただ茫然と、その場に立ち尽くすばかりだった。
◆
予想以上に、面白い結末だった。まさか霊夢以外に説教される日が来るとは夢にも思わなかった。
茫然と立つ本居小鈴の父。その間の抜けた顔を見るたびに、彼の前に現れてよかったと思う。
「フフ……あの子たちを見守るのが楽しみになったところで……」
残った面倒を片付けるとしましょう。
飛んでくる数枚のお札を指で挟みこみ、クルリと振り返ると、紅白のおめでたい色をした博麗の巫女が、殺気をまき散らしながら私のことを見つめていた。獣も素足で逃げ出すような禍々しい殺気。伊達に博麗の巫女を名乗ってはいないようで安心した。これなら今後の幻想郷も安泰だろう。
「あら、霊夢。どうしたのかしらそんな怖い顔をして」
「どうしたもこうしたもないわよ! 途中から全部聞いていたわ! あんたの話、まるっきり出鱈目じゃない!」
早口で強引にまくしたてた霊夢は、再びフーッ、フーッと鼻息荒く私を睨みつける。木っ端な妖怪、半端な悪役には通用しそうなこの眼光も、私には小動物の威嚇にしか思えない。博麗の巫女として立派にやるならば、私をも畏怖させ恐怖させなければならない。
「何の話かしら? 私は確かに、あの店主に本当のことを話したわよ?」
「とぼけたこと抜かしてんじゃないわよ! あんたが小鈴のお父さんに話したことは、私に語った事と丸っきり違うじゃない!」
態度を変えずに霊夢に尋ねると、更に激高した霊夢が怒鳴り、再びまくしたて始めた。
「アンタは最初からあの子になんて興味がなかった。私の立場や姿勢を正すためだけに、あの子を利用したじゃない! 接触したのは妖魔本の妖気が彼女を覆っていて利用しやすかったから。わざわざ外の世界に引っ張り出してまであの子を隠し、絵巻の力を増幅させたのも、わざと私たちの動揺を誘って裏で嗤うため! それもこれも全部、私という『バランサー』を調整する為だけに! あんたは沢山の人を巻き込んだ! 騒動の後、アンタが自分で言ったことよ! それをこんなくだらない嘘で煙に巻こうってつもり? 小鈴ちゃんのお父さんは騙せても、この私だけは騙せないわよ!」
全てのことを話し終えて、どうだ参ったかと言わんばかりの表情の霊夢。だけど、そう返されることも予想して、私は霊夢にこう返した。
「さぁ? 確かにそう言ったかもしれないわね」
「はぁ!?」
更に霊夢の殺気が上がった。
「ふざけんじゃないわよ! 私をおちょくることがそんなに楽しいかしら? お望みなら今すぐにでも閻魔のもとに送っても──」
「曖昧にしたのなら、最後まで覆い隠す」
「あー? 何適当なことを言ってんのよ! いいわ、そこまで言うなら私があの人に教えてくる!」
そのまま突進しようとする霊夢の空間の境界をいじり、再び元の場所に戻す。それでも諦めずに同じ場所をクルクルと回るうちに、とうとう霊夢の怒りは頂点に達したらしい。
「アアアアアアア! 何なのよアンタは! 私の邪魔をして何をしたいのよ!」
顔を真っ赤にして怒る霊夢を尻目に、私はけらけらと笑いながら言葉を続ける。
「これはね、私のポリシーなの。白と黒の境界も、虚構と真実の境界も、時に隔てきれない曖昧なもの。中にはそれを強制的に決定させるどこかの閻魔もいるみたいだけど、そんなの、私にとってはつまらない。だから、私は真実をぼかして、最後まで隠し通すのよ。こと、今日みたいな状況の時はね」
「だからそれが問題だって言ってんの!」
「いいえ、それは間違いよ。よく考えなさい? 真実というものは、得てして残酷なもの。それを、直接聞かされる身にもなってみなさい。事実に打ちのめされて時に立ち直れないことだってあるのよ?」
「それは……」
「それに、無限に広がっているこの世界に、たった一つの真実というものほど信じられないものはないわ。誰もが自分にとって都合のいい真実を探し、最適な真実を選んで今日という日を生きているの。それがたとえ作り出された虚構であっても、本人がそれで納得していればそれでいいじゃない。迷いながらでも自分で選んだ新真実ほど、尊いものはないわ。あの子の父親は、自分の娘は妖怪化していない、万事無事に終わったという真実に到達した。それでいいじゃない」
ねぇ、霊夢? と私は顔を覗き込む。迷ったような、納得していないような顔つき。無理もないと言えばそれまでだが、この子もまた一つの真実に固執するタイプの子らしい。
だから、最後の一押しで私は更に言葉を向ける。
「それとも、あの子の父親に無理やり真実を告げて絶望の淵に沈めたいというのかしら? それでも構わないけど、そうなったらそうなったでもっと厄介なことになるかもしれないわねぇ」
「ちょっと! 人聞き悪いこと言わないでよ! あーもう分かったわよ! 黙っていればいいんでしょ! 黙ってれば!」
「フフフ……それでいいわ。今は見守りましょう。それが、あの子達にとっての安寧になるのだから」
むきになる霊夢の頭をなで、私は人里に目を向ける。通りを行きかう人々は私たちの存在に気にも留めない。きっと、ここを通る一人一人が、それぞれに真実を選択し、運命に変えて生きるのだろ。
「ふふ……今日も幻想郷は平和だったわ……」
そう独り言ちた視線に、真っ赤な夕日が重なって、私は眩しさに目を細めた。
◆
もうすぐ今日という日が終わる。
長かったようで短かった今日が、日暮れとともに終わりを告げる。
帰路に就く道すがらで、私は八雲紫に言われたことを反芻していた。
子の心、親知らずにならないように。
何が何だかと思いながら顔を上げると、少し古びて、見慣れた我が店。ほかの家と同じよう窓からは灯りが煌々と漏れている。
その時にふと、マミゾウさんの言葉が頭に思い浮かんだ。
娘のことを信じないのは、まさに愚の骨頂じゃ。
……あぁ、そういうことだったか。
ここへ来てようやく理解できた。彼女たちが何を伝えたかったのか。それが漸く分かった。
「ただいま」
笠を脱ぎながら帰宅すると、「おかえりなさーい!」と、奥からよく通る声が返ってくる。同時にどたどたとあわただしい足音を立てながら、娘が私の前に現れる。
「ただいま。今日はどうだった?」
「うん! あのね、私今日から妖魔本を売ることにしたの! それでね……」
腕をバタバタと振り回しながら興奮気味に話す娘を見て、私は確信する。
娘は既に、私よりも成長していたのだ。妖魔本や博麗の巫女、その他の妖怪等との交流を経て、あの子なりに成長していたのだ。
今までの私は、小鈴を心配しすぎるあまり、人間であるという事に固執し過ぎていた。だが、稗田家や二ツ岩の頭領、八雲紫との対話を通じて、考えが変わった。子の心親知らずと思っていたところが、実際は親の心子知らずだったらしい。
まんまと見透かされていたが、これで分かったことが一つある。
それは──
「……お父さんどうしたの? 私の話、ちゃんと聞いてる?」
「──ああ、聞いているよ」
たとえこの子が──
「ホントに? ……まぁいいや。続きはご飯食べながら話そう!」
「分かった。すぐに行くからお母さんの手伝いをしてきなさい」
「はーい!」
妖怪になっていたとしても──
「お父さーん! あんまり遅いと全部食べちゃうよー?」
私達のたった一人の大切な娘であるという事実に──
「落ち着きなさい。すぐに行くから」
変わりはない、という事だ。
さて、これにて半年くらい続いたこの短編も終了です。皆さま、今日までお付き合い頂きありがとうございました。
色々語りたい事は山ほどありますが、詳しい事はツイッターなり活動報告なりで書きたいと思います。
まずは読んでくれた皆さまに感謝を込めて。またお会いしましょう。
……何気に初の完結作品なんだよね。これ。