少し加筆修正をしながらぽちぽち投稿していけたらなと思います。
雨が地面に、そして背中に打ち付けられる音がする。
車が地面を、力強く走り去る音がする。
心臓がまだ諦めてたまるかと、鼓動を続ける音がする。
肺が止まるわけにはいかないと、呼吸を続ける音がする。
身体が凍えてしまわないようにと、身震いを続ける感覚も残っている。
けど、もういいんだよ。俺の理性は生きることを望んでなんていないんだよ。本能なんて知らない…そんなものに従ってものちのち後悔するだけだ。あの家に俺は戻りたくないっ。──それは確かに逃げだ。妹を置いて死んでしまうなんてなんて妹不孝なんだろうと思うけれど、もう…耐えられないんだよっ!頼む──死なせてくれ…。
そう必死に言い聞かせていると、俺を尊重してくれたのか、鼓動も呼吸も身震いも弱くなっていく。
もう、何もかも、信じられない。
信じていた親も、信じていたかったあいつらも、俺を見捨てたんだ。
俺を、俺だけを、必要とする人は、いない。代わりがいるなら、もう…いいよな。きっと妹も、将来的に、幸せな家庭を、築いてくれるはず…。
せめて最後に、この残酷でくそったれな世界に、生まれ変わらないように、目に焼き付け覚えようと、開けていた目も泥で汚れてきた。さて、目を、瞑ろうか。
くすんだ視界を暗転させようとした時に見えたのは、少女が駆け寄る姿だった。
*****
次に目を開けた時には、俺はベッドの上に寝ていた。
しかしそれは、助けられてすぐの事じゃないし、知らない天井だと言うのは夢の日の翌日にやった。
定期的に見る、あの日の夢。もうあの日から四年と半年くらい経ったのか。今日までその夢を見た回数は、百を優に超える。
それを今日見れたことに運命じみたことを、らしくないと分かっていながら感じていた。
寝起きで気怠い体をよっこいせと起こす。そのまま軽く伸びをしてあたりを見渡した。
一年前からあてがわれた自分だけの部屋には、特に特別なものは何一つなく、現代にはよくある光景だった。
カーテンから指す光があまりに平面的で、それもまたカーテンかと幻視する。きっとまだ、しっかり目が醒めてないのだろう。自嘲的に苦笑を浮かべてベッドを降りる。
部屋を出て洗面所へ歩く。すると、正面から俺よりもそこそこ背の低い少女が歩いてきた。
お互いの顔がはっきり視認できた頃に朝の挨拶を投げかけられる。
「八幡、おはよう」
「おう。おはよう、雫」
「早く顔洗ってきてね、今日はなんと言っても──」
「分かってる、一高の入学式──だろ?」
満足そうに彼女が頷き、俺の横を通り過ぎていった。
その背中を少し見送って、洗面所へ歩き出す。
北山雫。
いわばこの家のご令嬢。父が資金家で、母が魔法師というめぐまれた環境下にいながら、不当な理由なしに人を蔑むことをしない、優しくも強かな少女。
洗面所のドアを開け、誰もいないことを確認しセンサに触れる。確認した理由はただなんとなく恥ずかしいだけだ。深い意味は無い。
清らかな水が流れ出し、それを手に掬って顔に浴びせる。再三するうちに、完全に目が冴える。いつもはしないけれど、一度パシンと頬を両の手で叩いてみた。
なんだか気合が入った気がする。鏡に映る自分の顔も普段より少し凛々しい。それでも目は腐ったままだけど。今日だけでも一日頑張るぞいっ。今日だけかよ。
洗面所を出て向かうはダイニング。毎朝の決まり事として、この家に住む皆で朝食を摂るためだ。
補足しておくとこの家には、雫とその御両親、そして弟の四人。それに俺、俺の妹。さらには住み込みのお手伝いさん──所謂メイドが四人と執事が五人の計十五人が住んでいる。日もそこそこになるとさらにお手伝いさんが増えるが、それは今話すことではないだろう。
なんて思っているとそこは既にダイニング。両開きのドアの片方に右手をかけてゆっくり引く。
広がる空間に、既に人がそれなりに集まっていた。みんなせっせと朝食の準備を進めていた。俺に気づいた人から挨拶をしてくれる。もちろんその挨拶を返しながら、最愛の妹にして最年少のお手伝いさんの背中に声をかける。尤も、身に纏うは通う中学の制服だが。
「小町」
「んん?あーっ、お兄ちゃん!おはよう!」
こちらにぱっと振り返り俺の右手を取り両手で大切そうに包み込む。少し経って手を離してから満面の笑みを返してくれる妹、今日の夢で思ったことを心苦しく思う。
あのことがあってから今でも小町は少し精神的に安定していない。これはきっと、俺が背負わなければならない、兄としての責任なのだと思う。
気持ちを切り替えて、朝の挨拶を返すことにした。
「おはよう。で、俺は何すればいい?」
「んー、それじゃあこの箸を全員分配ってくれる?あ、あそこだけ逆でお願い」
了解を返して、十五膳の箸の入ったカトラリーケースをワゴンからひったくって配ってまわる。そうして俺が一つの仕事を終えるあいだにプロのみんなはすべての仕事を終わらせていた。
みんなそれぞれ自分の席に座る。逆に置いた場所は左利きの人が座る場所だからで、一応記憶にはあるのだが間違えてしまうかもと不安なので、こういうことは毎回言ってもらうよう小町に頼んである。
入口から一番遠い、上座に座った雫の父の潮さんが恒例の音頭をとる。
「それじゃ、今日も一日楽しくいこう。頂きます」
『頂きます』
十四人分の声を部屋に響かせるのも、毎朝のこと。潮さんの意向であるが、この決まりが俺は密かに好きだ。始めの頃はこうして大人数で楽しく食べるご飯に救われていたな。
いかんいかん、節目の日だからすこし感傷的になってしまっている。
今日も絶品だと舌鼓を打っている時、隣の小町が話しかけてきた。
「ついに今日、入学式だね!お兄ちゃん、雫さん!」
「うん、楽しみ」
「少し面倒だけどな」
「うふふ、一高の一科生でそんなこと言ってるのは八幡だけじゃないかしら」
雫の母の紅音さんのその一言で、皆一同笑う。なんとなくいたたまれない気分になった俺は、味噌汁を一口啜った。
うん、やっぱり美味い。
場の笑い声がある程度収まったってところで、雫の隣にいる彼女の弟、航が大きい声で俺に言った。
「ねえ八幡。八幡はやっぱり魔法師?」
「ん?まあ、一応はな。でも忘れたのか?俺は魔工師も視野に入れてる、ちゃんと魔工師についても色々聞いてくるから、心配すんな」
「別にそんなこと言ってないけど…でもありがと」
またもこの場にいる人が笑顔になるも、今回のは航が微笑ましいって感じの笑みで笑い声が漏れることは無かった。場の雰囲気に充てられ頬を赤く染める航を、実の弟のように思ってきた俺としては将来を考えていることを嬉しく感じた。
実のところは、将来は魔工師になりたいと思っている。ただ俺はまだ迷っているということにしている。
魔工師として一流と言える腕を持つ俺だが、それを知るのはこの場では北山夫妻と北山家専属の魔工師である『師匠』だけだ。この場にいないものの紹介はまたいつか。誰もが優しくこの家の人を好きでいるから、とても居心地がいい──以前とは違う。
ここで簡単に俺と小町の境遇について説明しようと思う。
前述から分かると思うが、ここは北山邸。俺と小町はだいたい四年半前からここに居候している。実の親は、まだ刑務所のはず。まあ気にしてないから本当のところは分からない。あんなくそ野郎どものことなんざ忘れてしまった方が精神衛生上いいからな。
ある事情で勘当された俺は脇目も振らず街を走り回り、ある公園で行き倒れてしまう。気絶する直前に公園の前を車で通った雫が偶然俺を見つけ、そのまま介抱される。その後はとんとん拍子、虐待で起訴された俺の両親は有罪となりそのまま刑務所へ。引き取ってくれるような親戚がいない俺と小町を潮さんが後見人として家に入れてくれたって流れだ。
その後色々ありながらも、俺たちはここまで成長してきた。北山家の人たちには頭が上がらない。こうやって中学や高校に通うための必要経費をすべて出してくれてる。出世払いで返してくれればいいさと言ってもらえてるが、きっとその時になったらなったでまた言い訳を言われてしまい受け取ってもらえないのだろう。その愛情がむず痒いけど、とても嬉しい。
こうして俺たちはいろんな人に支えられながら、叶うことのなかったかもしれない成長を続けるのだろう。願わくば、せめてその成長が恩返しに繋がりますように。