魔法科高校の神童生   作:RAUL85

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や、やっと入学編が終わった…二巻で24話分、この作品100話を越える気がしてきました!


EPISODE24:敗北と事の終わり

 

コツコツと革製の靴が床を打つ音のみが響く。

摩利に急用ができたと連絡し、龍舜秦の言っていた丘陵地帯にある廃工場の場所を確認して、隼人は端末の電源を落とした。

ポケットに端末を仕舞い込む隼人の目は、相変わらず暗い。

 

「……」

 

いつの間にか早歩きになっていたのか、足音はカツカツと忙しない。たかが言葉にここまで動揺している自分が情けなくて、隼人は唇を噛んだ。

 

それでも、達也の言葉がグルグルと頭の中を回る。

 

隼人が現在のように魔法が使えるのは、ある事件が切っ掛けとなっている。とあるパーティでの、まるで戦争のような争いの中で、隼人の魔法の才能は目覚め、そして、全てを消し去ってしまった。

 

あの時のことを、隼人は昨日のことのように思い出すことができる。

怒り、憎しみに身を任せ、なにもかもを消し去り、奪い去ったあの瞬間のことを。

 

その命を消してしまった罪を背負って、隼人はこれまで戦ってきた。だが、彼の中で奴らに対する憎しみが消えたわけがない。消えるはずがないのだ。

 

隼人は人殺しが嫌いだ。だが、九十九家への依頼で犯罪組織を潰した後、隼人はよく気づかぬ内に笑っていることがあった。

 

奴らと同じ犯罪者を殺すことに、悦びを感じている自分がいたのだ。

 

「……くそ…」

 

頭の中で否定しても、無意識のうちに隼人は自分に問いかけている。

『俺は所詮、奴らと同じなのではないか』と。

 

「違う……」

 

何度否定して、違うと叫んで、感情を拒絶しても、彼は、笑みを浮かべて人を殺してきた。

 

「違う…!!」

 

 

「九十九さん…?」

 

静かな声音が、隼人の耳に届いた。

 

「市原、先輩…?」

 

振り返った先にいたのは、冷静な表情の裏に心配の色を浮かべた鈴音だった。恐らく、偶然見つけた知り合いが苦しそうにしていたから声をかけたのだろう、と隼人はどこか冷静になった頭で分析した。

 

「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

 

「え、ええ……少し、気分が悪くなっただけなんで大丈夫です」

 

嫌なことを思い出して、と心の中で付け足す。無用な心配を、他人である鈴音にはかけたくなかった。

 

「……そうですか。それで、そのような状態でどこへ行くつもりですか?」

 

「…っ!」

 

まるで自分の行き先を知っているような口ぶりに、隼人の目が見開かれた。

だが勿論、鈴音がそんなことを知っているはずはなく。

存外、わかりやすい隼人に鈴音は溜息をつくのだった。

 

「まったく…今の状態で行ったら、無駄な怪我をするだけですよ」

 

「…忠告ありがとうございます。けど、約束があるんで行かなきゃならないんですよ」

 

いつの間にか、鈴音が一瞬見た彼の影は薄れて消えていた。自分を見つめる彼の瞳は、しっかりと自分を捉えている。

 

「なら、私に止める権利はありません。気をつけてくださいね」

 

「はい、了解です」

 

その様子に一先ずは平気だと判断して、鈴音は食い下がることにした。鈴音の言葉に薄っすらと微笑むと、隼人は足早にその場を後にした。

 

「……完成体(オリジン)。彼が、そうなのでしょうか…?」

 

隼人よりも、深い闇を宿した瞳で、鈴音は呟いた。

蘇る記憶は、両親に聞かされた非人道的な実験の数々。その常軌を逸した研究の成功体の中でも、最高傑作と言われている存在の名称(コードネーム)を持つ少年の姿が、隼人と重なっていた。

 

「…だとしたら、私には彼を見守る義務がある。彼には、決して償いきれない罪があるのですからね…」

 

自分に言い聞かせるように、鈴音は呟いて踵を返した。

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

「…さてと」

 

学校を出てしばらく。現在、隼人はブランシュの隠れ家と思しき廃工場の裏に身を潜ませていた。

短く息を吐き出し、端末で時間を確認する。

 

「…きたね」

 

大型のオフローダー、それに乗車している知り合いを見つけて追い越してから数分。先程聞こえた何かを破壊したような音に、重いエンジン音。達也たちが到着したことを悟る。ちなみに隼人の移動手段は加速魔法で全力疾走だった。

 

「表の処理は達也に任せることにして…俺は約束通り、あの男女の相手をすることにしよう」

 

恐らく、勝っても負けても、丁度いい時間になるだろう。

 

「……行くか」

 

小さく呟いて、隼人は裏口と思われるドアを蹴破った。そこに敵が潜んでいることは事前に把握済み。急に吹き飛んできたドアに、二人のブランシュ構成員は為す術なく押し潰された。

 

その結果を見ることもせず、隼人は足早に施設の奥へと足を運んだ。

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

(…キャストジャミング波が至る所から発生してる。まだあいつは見つけてないし、先に潰しておこう)

 

施設内に入った途端にイデアの世界の至る所でサイオンを妨害するジャミング波の存在を感知した隼人は、未だ見つけられない龍舜秦のことを後回しにすることにした。それは、今回の目的が龍との約束を果たすことではなく、ブランシュの殲滅だと自らに意識させるための行動だった。

 

いつもより冷静でいられない自分に憤りと情けなさを覚え、それを溜息として吐き出す。

来なければよかったかな、と若干後悔するも、既に遅かった。

 

「…!」

 

奥の曲がり角の向こう側からの会話が耳に入り、隼人は素早く壁に体を押し付けた。

懐から金属製の腕輪を取り出し手首に嵌め、金具にワイヤーを通して、ゆっくりと距離を詰める。

 

勝負は一瞬でついた。

 

角を曲がってきた二人の男。隼人はまず奥側にいる男にワイヤーを射出し巻き付け動きを止めると、手前にいた男が銃を構える前に側頭部に膝を叩き込み昏倒させる。そのまま動かなくなった男の頭を踏み台に、隼人は驚きで動けなくなったもう一人の男の顔面に回し蹴りを放った。

しなる右足をモロに喰らった男は、勢いそのまま壁に頭をぶつけて地面に倒れこんだ。頭部からの出血量から見て、ほとんど死んだだろう。

 

だがそんな事はどうでもいいと笑みを浮かべる。下っ端でも悪党は悪党。殺してもいい人間……

そこまで思考して、隼人は思い切り壁を殴った。

 

「…違う。俺は、アイツらとは…!」

 

また、自分は笑っていた。人を殺して。奴らと同じことをして、なぜ、自分は笑えるのか。

 

「…ッくそ!」

 

だが、現実は隼人に考える時間を与えてはくれない。隼人の眼に、急に活性化したサイオンの輝きが鮮明に写る。

 

「龍舜秦…!」

 

間違いなく、彼のサイオン光だ。そしてそれは、達也たちへと向かおうとしていた。

 

「させるか」

 

今ここで龍に達也の邪魔をさせる訳にはいかないと、隼人は動きを鈍らせる思考を一旦廃棄して一直線に龍の元へ向かった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

硝煙と僅かな血の匂いを頼りに、龍舜秦は駆ける。自身の中の人格と入れ替わって、かなりの時間が経つ。そろそろあの馬鹿娘が痺れを切らして体の主導権を奪いにくるだろう。その前に、何人か殺しておきたかった。

 

大亜連合特殊工作部隊に所属する龍舜秦は、軍人であるにも関わらず自他共に認める殺人狂である。いや、軍人で、戦争に駆り出されることが多かったからこそ、殺人狂にまで龍舜秦という男を昇華させることができたのだろう。

噂でしかないが、大亜連合は思想教育という名の洗脳によって殺人狂を生み出しているという。軍事拡張が激しい今の大亜連合において、積極的に戦争に参加してくれる存在が多い方がいいのだろう。だがそれは、余りにも人道から逸れた行為である。勿論、諸外国からの非難の声は大きい。大亜連合以外の国で連携し、早急に滅ぼすべしという意見も出たほどである。

 

だが、『噂』は『噂』でしかなく、洗脳を施しているという証拠を掴めなかった諸外国は次第に大亜連合討滅を諦めて行った。

 

だが、その噂は真実である。殺人狂育成計画……それは確かに大亜連合の中で行われ、そしてこの『龍舜秦』が最初の成功体であった。いや、この場合、『龍舜華』に洗脳が成功し、『龍舜秦』という人格が生まれたというべきか。

 

元からあった龍舜華の人格に、新たに生まれた殺人狂の人格。それが、龍舜秦である。

 

故に、龍舜秦の意識がこの世界に存在している時間は短い。猶予はない。取り敢えず、己の欲求を満たすために走り抜ける。誰でもいいから、殺す。

手に持った刀型のCADが、血濡れ色に煌めいた、刹那---

 

「っ!?」

 

側面の壁が何者かによって砕け散り、瓦礫が龍舜秦へ降りかかる。それを一刀の元に斬り伏せると、青い影は龍の懐に潜り込んでいた。

 

「ラァッ!」

 

気合い一閃。流れるように繰り出された正拳突きが、龍を殴り飛ばした。

 

「くっ…はっ」

 

体中の空気を吐き出し、龍は奥の壁に激突した。だが、勿論そんなことで倒れるはずもなく、龍は追撃に備えて素早く立ち上がった。

そこに、突っ込んでくる青の影。

 

「九十九、隼人…!」

「シッ!」

 

雷を纏って繰り出される上段蹴りを体を屈めて回避。そのまま、隼人の蹴りは背後の壁を粉砕した。

 

そのあまりの威力に絶句するも、体は長年の戦闘経験によって動く。

 

左回転して突き込まれる右拳を最小限の動きで躱して、龍は口を歪に歪ませた。

 

「獲った」

 

思い浮かべたのは、自身の刀が隼人の首を一太刀で撥ねる光景。そして、手に残る快感の余韻。

 

だが、

 

「ッ!」

 

龍の刃は、隼人の首に届く前に黒いナニカに受け止められた。驚きに目を見張る龍を、途轍もない悪寒が襲った。

 

全てを凍てつかせる斬撃(デュランダル)

 

軽く人間数人を飲み込む氷剣は、瞬く間にその体積を増し龍を飲み込んだ。

 

「…くッ…ハッ、ハァ」

 

氷剣の中に囚われた龍の姿を認めて、隼人は安堵の溜息をついた。同時に、途轍もない疲労感に膝を折る。

もう、精神的に酷く消耗していた。そこに雷帝(ライズ・カイザー)と砂鉄操作、そしてデュランダルの三魔法同時発動という荒技によって、隼人は体力すらも大幅に奪われていた。

 

隼人はCADを必要としない。それは、常人離れした魔法発動スピードがあるからという途轍もないアドバンテージによるものだが、隼人のBS魔法にもしっかりと欠点はある。

それは、疲労するのが早いという点だ。

 

普通の魔法師が魔法を発動する場合、彼らは座標を指定し、CADにサイオンを流し込む。後はCADが指示された座標へ勝手に魔法を発動させるが、隼人は違う。

隼人は、CADを必要としない代わりに、CADが行う処理の全てを自身で行わなければならないのだ。

 

座標、規模、そして魔法の種類、そして勿論、サイオンを書き換えるのも隼人の役割だ。隼人の場合、意識して行うのに細かな計算は必要ない。ただ、膨大な想像力を必要とする。例えば、全てを凍てつかせる斬撃(デュランダル)を発動させる場合、この場所(座標)にこれくらいの大きさ(規模)氷の剣(種類)を作り出すということを、まるで現実で見ているかのようにイメージしなくてはならない。

普通ならば、CADという精密機器に頼り計算させる作業を、隼人は一瞬の内に、計算の代わりにイメージを並列思考(マルチタスク)という技術を使って処理する。

 

並列思考とは即ち、同時に複数の思考を頭の中ですることだ。隼人が魔法を発動する場合、『座標』に一つ、『規模』に一つ、『種類』に一つ、そして『サイオンの書き換え』に一つずつマルチタスクを使用する。

つまり、隼人は一つの魔法を使用するのに合計四つ以上の思考を同時にしていることになる。

そして、先程同時使用した魔法は三つ。合計、12個の思考を同時にして、かつ元々精神的にダメージを負っていた隼人が膝を折るのは仕方のないことだった。

 

「…後は、達也たちに任せれば平気、かな?」

 

氷剣に囚われた人間の末路は、凍死か衰弱死か、とにかく生きている可能性はほぼないだろう。どうにかして、内部から氷を壊さない限りは。

 

そう考えて、隼人は嫌な予感を覚えた。萎える足に喝を入れて、半ば無理矢理に立ち上がりながら、氷剣を見る。

 

ピシリ、と常であれば芸術作品にすら見える氷剣に罅が入った。

 

「…振動か……」

 

よく見てみれば、氷剣が小刻みに振動していた。

氷剣の弱点、それは魔法師であれば簡単に使用可能な振動系単一魔法で氷を砕かれてしまうことだった。

 

パキン、と遂に氷剣は砕け散った。パラパラと落ちる氷の粒を払って、龍は笑みを浮かべた。

妖しく光る刃に、隼人は苦い顔をする。

 

「ふむ…氷の中に囚われるとは。中々味わえない経験をしたな」

 

「そのまま一生体験してもらっててもよかったんだけどね」

 

軽口を叩くが、隼人は今立っているのが精一杯の現状だ。正直、このまま戦闘を続ければいずれ追い込まれることは目に見えている。

だが、逃げるというわけにもいかないだろう。いや、それ以前に、目の前で獲物を見つけた虎のように目を光らせる男から、逃げられるなどという愚かな考えは起こりもしなかった。

 

「やるしかない、なッ!」

 

ならば隼人の取る策は短期決戦のみ。最初から手加減なく全力でぶつかり、自分が力尽きる前に目の前の男を倒す。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

風切り音を鳴らして振り抜かれる白刃を、砂鉄を操作して防ぐ。もはや何度目かも分からなくなってきたこの交錯。砂鉄を操る青髪の少年は、限界を迎えていた。

 

「ぐっ…!」

 

龍の鋭い一閃が、砂鉄の防御よりも早く隼人の右肩を浅くだが切り裂いた。痛みに呻き声を漏らしつつ、間に合わなかった防御用の砂鉄を攻撃用にチェンジして龍に向かわせる。

 

「ふんっ!」

「く…!」

 

だが、どこか上の空の状態の隼人の魔法は精彩を欠いており、津波のごとくのしかかる砂鉄は龍に簡単に回避され、逆に切っ先での一撃をもらうことになった。

 

「消えろ…!」

 

頬を走る白刃を睨み付け、隼人は消失(デリート)を発動。刀ごと龍の腕をも消し去ろうとして、

 

「っ!?」

 

腹部に激痛。見れば、隼人の腹に短剣が深々と突き刺さっていた。地の白い一校のブレザーに赤い痕となって血が広がる。

痛みに集中が乱され、消失も不発に終わった。口内までせり上がってきた血を口端から垂らしながら、隼人は懸命に龍の体を蹴り飛ばした。短剣が引き抜かれ、血が溢れ出る。

 

「ぐっ…」

 

なんとか龍を引き剥がすことに成功したが、隼人は明らかに限界だった。

自身の抱えるトラウマとマルチタスクの過剰使用による精神的疲労、これまでの戦闘での肉体的疲労。そして、トドメに腹部の傷と少なくない出血。

 

 

「チィ…」

 

対する龍にも、限界がきていた。怪我や疲労ではない。もう一人の自分が体の主導権を取り返そうとしてきているのだ。このままでは、結局誰一人殺せずに終わってしまう。

焦りを覚えて、龍は次で終わりにしようと膝をついた隼人を見据えた。

 

「終わりだ」

 

出血のせいか、意識が朦朧として動けない隼人に、宣言通り龍が繰り出したのは確実に死に至るであろう一撃。

 

幾人もの人間を殺してきた刃を前に、隼人はどこか達観した面持ちだった。

 

(俺が今まで殺してきた人達も、こんな光景を最期に死んだのか……)

 

どんな気持ちで死んだのだろう?最期に思ったのはなんなのだろう?それとも、恐怖でなにも考えられなかったか?

 

そう考えて、死を覚悟した時。隼人の意識は勝手に途切れた。

 

 

「………っ!!」

 

ぞわり、と言いようのない悪寒が龍の背中を撫でた。思わず、隼人に振り下ろしていた刀を止めてしまう。だが、その直感は間違いではなかった。

 

パァン!という破裂音が、至る所で響き出した。

 

「なに…っ!?」

 

隼人から距離をとることすら忘れて、周囲を見渡した龍は、驚きに言葉を失った。

 

「ァ…ぁぁぁあああああッ!」

 

隼人が叫び声を上げる。その度に破裂音は激しくなり、そして、周囲のものが空間の歪に消えていく。

 

明らかに魔法が暴走していると、龍は冷静に分析した。この場に留まっていては危険だと判断し、撤退しようと踵を返す。その時、パタリと叫び声が止み、まるで糸の切れた人形のように隼人が倒れた。

 

「一体、なんだったというのだ……いや、そんなことよりも」

 

危険だ、と、龍は隼人をそう評価した。このような存在を放置していれば、明らかに祖国への脅威となる。ならば、自分のやるべきことは一つ。

 

「死ね、九十九隼人」

 

刀を隼人へと振り下ろす。これで終わりだと、意識のない隼人へ言うようにゆっくりと。

だが、

 

「させると思うか?」

「っ!」

 

腹にズンと来るような重い声が、龍に届く。見れば、己の刀は透明ななにかに防がれていた。

 

「ふん!」

 

「ぐぉっ!?」

 

刹那、龍はなにかに突き飛ばされた。なんとか受け身をとって、すぐに新たな侵入者を見据える。

 

「…十文字、克人……」

 

その存在は大亜連合の魔法師である龍でも知っていた。日本の代表的な魔法名家、その最強の一角を担う十文字家の長男にして、次期当主。まだ高校生にして、戦争に兵士として出兵した過去もありそれなりの警戒を上は促していたと龍は記憶している。

そんな男が、今、目の前にいる。そんな男と、これから戦うことができる、殺すことができる。目先の脅威を排除することを忘れて、龍の体は悦びで震えていた。だが、そろそろ限界のギリギリでもあった。

 

「…ふむ、仕方あるまい。今回は撤退するとしよう」

 

今ここで精神が入れ替わってしまったとして、果たしてこの男からあの甘々な娘が逃げられるのだろうか。そう判断してのことだった。

 

全身から悲しみのオーラを出しながら背を向けた龍に、克人はしかし追うことはしなかった。

それよりもまず、隼人の保護のほうが先だった。

去って行った龍の背中が見えなくなって、克人は自身の端末に手をかけた。

 

「…真由美か。ああ、俺だ。九十九が倒れているのを発見した。俺は病院へ寄って行くから、すまないが少し遅れる…ああ、大丈夫だ。出血はまあまあだが、命に関わるほどではない。ああ、ではな」

 

端末で真由美に報告してから、克人は隼人をゆっくりと抱き上げた。

 

意識を失った隼人の表情は、とても苦しげだった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

今回の一連の事件の全貌は、ほぼ全てが十師族である十文字家によって握り潰された。

勿論、その十文字家の次期当主が在学している一校が不利になる報告もされておらず、一校を襲ったテロリストの中に、一校生はいなかったことになった。また、紗耶香のスパイ未遂も、同様に公になることはなかった。

 

そのことを、隼人はぼーっとしながら鈴音から聞いた。

あの一件から、三日が経っていた。隼人の怪我は思ったよりも酷かったようで、今週までは入院生活が続くことになるようだ。

 

「…それで、なぜ九十九さんが倒れていたのか。教えてくれますか?」

 

その言葉に、隼人の意識は現実に引き戻される。

そう。自分は、あの男に負けたのだ。既に疲労していた、精神的に不安定だったなど、言い訳はいくらでもあった。だが、隼人の心の中には悔しさしかない。

そもそも、精神が不安定だったのは確実に自分の落ち度だ。あの程度の言葉で揺らいでしまっているようでは、いつ弱みに付け込まれてしまうか分かったもんじゃない。

 

だが、隼人が抱えるこの問題が、隼人自身が思うよりも根深く、そして多くの人の思惑が絡み合っていることに気づくのは、まだ先のことであった。

 

「…ブランシュの複数の構成員と戦闘したんですよ。なんとか全員倒せましたけど、流石にキャストジャミングまみれの中で戦うのは骨が折れました」

 

鈴音の問いに、隼人は嘘で返した。恐らく、この事件に立ち会った中で、大亜連合が介入していたことを知るのは隼人しかいないだろう。克人は龍と少し交戦したようだったが、気づいた様子はなかった。

日本の主要機関と言っても過言ではない魔法科高校を襲った事件に、他国の魔法師が介入していたとなると、それはもはや国家間の問題だ。それこそ、高校生の分を超えている。それを、態々広めるわけにはいかなかったから、隼人はその事実を自身の中に仕舞うことにした。

 

「…キャストジャミングの中での魔法行使、よくできましたね」

 

「まあ、干渉強度には自信があるんで」

 

入院生活が三日目になって、お見舞いに来る人も疎らになっている今、鈴音の見舞いは隼人を多少驚かせたのだが、事件の顛末を聞きに来たとなれば不思議ではなかったと思い直す。

 

学校はもう終わっていたのだろう、そういえばと、隼人は生徒会の人が交互に見舞いに来ていることに気づいた。

初日は、真由美と深雪。昨日は、服部に、生徒会ではないが、摩利。そして今日は鈴音。明日はあずさだろうかと考えて、それはないかと考え直す。

そもそも、隼人にとってあずさは生徒会の中で最も接点のない人だった。あまり話した記憶がないため、それは間違いない。

 

脈絡もない思考に、溜息を一つ。

 

「ああ、それと。九十九さんの一週間の欠席は教師陣の提案で公欠扱いになるそうです」

 

「へぇ、それは助かります」

 

現在、学校側に隼人の怪我はテロリストとの戦いで負傷したと申告している。そこで、隼人含めた負傷者の待遇を先日職員会議を開いて決めたらしい。

隼人としては、成績など色々気になるので公欠扱いになるのはありがたかった。

 

恐らく、教師陣にとっては未来ある魔法師の卵を怪我させたなどという事故を、少なくはないにしても、なるべくなら、なくしたいのだろう。

学校内での魔法事故は、そのまま学校側の信頼に直結する。幾ら魔法に安全などないと知りながら魔法科高校に入学したとはいえ、子を思う親としてはやはり不安なのだろう。

 

一校生徒の怪我は、学校側が隠蔽した。これにより外部からの信頼は落ちることはなく、また怪我人の家族には特別保障として治療代の約3割を学校側が負担することで保護者会も納得させたようだ。

 

どうやらそのことで生徒会もバタついていたらしいが、態々日替わりでお見舞いに来てくれるとは律儀な人達だ、と隼人は思った。

 

「それでは、私はこれで」

 

「あ、はい。今日はありがとうございました」

 

立ち上がった鈴音に、まだ少し痛む体を無理やり起こして微笑む隼人。

 

「い、いえ。なにかあればいつでも言って下さい。少しはお役に立てると思いますので」

 

「? はい!」

 

少し慌てた様子の鈴音に首を傾げつつも、元気良く返事を返す隼人。それに満足気に頷いてから、鈴音は病室を後にした。

彼女の頬が薄っすらと紅くなっていたのは、誰も気づかなかったという。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

その日の夜。九十九スバルはとある人物から呼び出されて廃墟に足を運んでいた。

今回は暗殺者としての依頼ではなく、ただ出身高校の後輩からの呼び出し。勿論普通なら、お前が出向いて来いという筈なのだが、内容が内容だけに今回ばかりはそういうわけにはいかなかった。

薄暗い廃墟の中に足を踏み入れると、そこには呆れるほどに濃い存在の男が一人で立っていた。

 

「十文字家の次期当主ともあろう人間が、こんな夜中に一人でほっつき歩いていていいのかしらね?」

 

少し皮肉気に言ってみるが、もちろん彼からおもしろい返答が返ってくるわけもなく、予想通りの答えが返ってくる。

 

「賊程度ならば、負けはしません。それより、先輩の方こそ、あの九十九家の代理当主がこんな時間に出歩いていてよいのですか?」

 

「構いやしないわ。それに、賊程度なら叩き潰せる」

 

目の前の後輩、十文字克人よりもより過激な表現を使って彼の質問を一蹴する。

 

「それで、態々こんなトコに呼び出したんだから、それなりに重い話なんでしょうね、十文字会頭殿?」

 

「ええ、あなたの弟についてです。九十九前風紀委員長殿」

 

スバルの雰囲気が変わった。今までの飄々としたものから一転、戦闘時のような威圧感を発するようになる。

 

「聞かせなさい」

 

命令するような口調に、克人は苛立ちではなく若干の懐かしさを覚えた。スバルの高校時代、よくこんな風にこき使われていたものだと感慨に浸る。

だが、この状態のスバルの場合、待たせすぎると碌なことにはならない。それは三年間の付き合いで分かり切っていた。だからこそ、克人は回りくどい言い方をしないことを選んだ。

 

「この間のブランシュの拠点を叩きに行った時のことです。九十九が正体不明の魔法師と戦闘していたのを見ていたのですが。一度、殺されかけたとき、九十九を中心として破裂音が響き渡り、周囲のものが空間の歪に消えていくのを見ました……その現象はすぐに止まったのですが。あれは一体、なんなのですか?」

 

「……」

 

ある程度予想できていた事態に、しかしスバルは歯噛みした。

破裂音が鳴り響き、辺りのものを消し去った。これは、明らかに暴走だ。しかも、隼人の持つ最も特異で、厄介な消失(デリート)の。

 

隼人は生まれつきのBS魔法師として、櫂とセラの能力を受け継ぎ、そして新たに自分の能力も宿していた。その内の一つが消失(デリート)だ。

 

消失(デリート)は、隼人が設定した対象を消し去るという、魔法と言っていいのかすら微妙なもので、その本質はほぼ全てが謎である。

わかっているのは、隼人の意識がある場合は隼人の意思でのみ、隼人に意識がなければ、自己に害が迫れば勝手に発動すること。そして、空間に歪が生まれてそこに対象が消えていくということだけだ。

 

なぜ、無意識下で発動するのか、また、消された対象はどこに消されたのか、歪はどこに繋がっているのか、など大部分のことが本人でさえも分かっていない。

 

通常ならば、この異能は秘匿されるべき能力なのだが、隼人の無意識下で発動してしまうことから完全な隠蔽は無理だと結論づけてきた。しかし、それでも今までは隠し通せてきた。

そう、今、この瞬間までは。

 

スバルの纏う空気が、更に険しくなった。

 

「…もう隠し通せないから教えるわ。それは隼人の魔法、消失(デリート)よ。仕組み、無意識下での発動条件、ほぼ全てが謎の、魔法とは呼べない魔法。一応言っておくと、消失は分解でも腐敗でもないわ。正真正銘、存在そのものをどこかへと消される」

 

スバルの言葉に、克人は表情を険しくした。常であれば他人に恐怖を覚えさせかねないほどの表情だったが、それでスバルの心に波風が立つわけではない。

どこから取り出したのか、刃渡り20cm程のダガーが克人の首筋に添えられていた。

 

「無駄な抵抗は諦めなさい。この密接した距離じゃあ、アンタの魔法が発動するより私が首を切り裂くほうが早い」

 

例え、克人が万全な状態でもスバルは克人を下すことはできただろう。だが、それでは克人に無駄な怪我を負わせることになってしまう。なるべくなら戦わないように、それがスバルなりの優しさだった。

だがまあ、克人には最初から抵抗する気などなかったようだが。

 

「アンタら十師族が隼人を玩具にしようとしているのは聞いてるわ。具体的になにをしようかなんて知らないし知りたくもないけど…そうね、もしアンタが消失のことを四葉なんかに言ってみなさい……その喉掻っ切る程度じゃ済まないわよ」

 

スバルが今日ここに来たのは、このことの牽制も含めてだった。

克人が束ねる十文字家も席を連ねている十師族。日本における魔法組織の最上位に位置するそれが、隼人の存在に目をつけているというのは少し前にスバルの個人的なツテで知っていた。

勿論、それを聞いて隼人の守護を請け負っているスバルが黙っているはずもなく。

今、彼女はかつての後輩に刃を突き付けているのだった。

 

「…安心してください。俺は、九十九のことを誰にも言うつもりはありません」

 

バチリ、と克人とスバルの視線が交錯した。スバルは克人の真意を計るため、克人は信頼させるために二人はしばらく睨み合っていた。

しばらくして、スバルの溜息が漏れた。

 

「…分かったわ。今はアンタを信じましょう。けど、もし隼人の情報がバレていると分かったら、一切の容赦もせずにアンタを殺すわ」

 

「了解しました」

 

その言葉に、スバルは刃を引いた。そして溜息をもう一つつくと、克人に背を向けて歩き出す。

 

「信じてるわよ、十文字家当主殿」

 

そう言い残して、スバルは廃墟から姿を消した。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

「お世話になりました」

「はい。これからは無理はしないようにしてくださいね」

 

医者の忠告に頷いて、俺は一週間ほどお世話になった病院を後にした。入院中は何もできなかったから暇で仕方なかったけど、今となっては少し寂しく感じてしまう。でもまあ、戦いの中に身を置いていればまた来ることにもなるだろう。

……来ないのが一番なんだけどね。

 

そんな自分のバカな考えに苦笑いを浮かべて、帰路につく。今まで俺が入院していた病院はいつも通学のときに使っている駅に程近い場所だったから、一人で帰るのに苦労しないのはいいことだ。

 

(それにしても、今は丁度放課後かぁ…なんか、誰かに会いそうで嫌だなぁ)

 

一人で私服でいるところに同じ学校の制服着た人達に会うと気まずいよね。正に今そんな状況です。

キャビネットが一昔前の『電車』なるものじゃなくてよかった。

 

「あれ?隼人?」

「!」

 

駅について、急に話しかけられて体がビクリとしてしまう。ああ、そういえば最近会ってなかったなぁ。

 

「や、久しぶりだねエイミィ」

 

「うん、久しぶり!ああ、そっか。今日が退院の日だったのね」

 

「うん。明日からはもうバリバリ学校にも行けるよ」

 

俺とエイミィの家は、最寄り駅こそ一緒なものの結構な距離がある。というのも、九十九家の情報をなるべく秘匿するために、十師族からの命令で都会から離されたのが原因だ。

まあ、結構自然豊かでいいところだったから特に文句はない。修行場所にも困らなかったしね。

 

「それにしても、隼人がやられるなんてね。相手はそんなに強かったの?」

 

「あー、うん。強かったよ」

 

確かに、一筋縄ではいかない相手ではあった。けど、入院するほどの怪我を負わされるほど実力に差があった訳ではない。

やっぱり、全てはコンディションが最悪だったことだろう。それ自体は言い訳にはならないし、するつもりもない。全ては精神的に弱い俺が悪いのだから。

ただ、今回の戦いで得たものもある。それは、俺はこれから、自分の抱える葛藤と正面で戦うことになりそうだということを自覚できたことだ。

 

「けど、負けないよ…」

 

「……そう」

 

言葉に含んだ内情に少し感付いたのか、エイミィの声は少し暗かった。そのまま、会話はなくなってしまった。

 

「あ」

 

ふとエイミィが声を上げると、そこはもう分かれ道だった。

 

「じゃあ、また明日ねエイミィ」

「…うん。また明日」

 

そう言い合って、俺は真っ直ぐに道を歩み始めた。エイミィの家は、右に曲がって更に奥の一軒家だ。

 

 

 

「はぁ…エイミィに暗い顔させちゃったなぁ」

 

彼女は、かなり昔からの付き合いだ。幼馴染み、というには少し出会いは複雑で血生臭いものだったけど。

いつもは天真爛漫という言葉が似合う彼女だけど、なぜか俺が絡むとその明るさに影がかかる。嫌われている、ということではないらしいけど。

 

「やっぱり、心配させてるんだよね…」

 

エイミィは、俺の葛藤は知らないだろう。当たり前だ、そうしないように振舞っているのだし、そもそも俺が人殺しをしていることすら知らない。だけど、俺がなにかに悩んでいることは気づいている。

エイミィはああ見えて心配性だから、必要以上に心配してくれているのかもしれない。

 

「なら、これからは心配かけないようにしなくちゃねー」

 

例えそれが己の葛藤を己の中に塞ぎ込むことになってもだ。

俺の葛藤を、引いては俺の殺人行為を彼女に知られてはならない。だって俺は、彼女の中では正義の味方でなくてはならないのだから。

その誓いを守る為ならば、俺は幾らでも仮面を被ろう。彼女の前では、俺という存在を、殺そう。

 

「そうでなくちゃ、彼との約束は果たせないからな」

 

俺の呟きは、誰に聞かれることもなく、暗くなり始めた空に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

----to be continued----




そういえば、九校戦での隼人の出場種目どうしよう…
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