魔法科高校の神童生   作:RAUL85

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くっ、どうしても月一更新になってしまう…!


EPISODE26:出発と歯車

 

 

八月一日。あれから5日ほど、ほぼ毎日森崎の修行の面倒を見ていた隼人だが、彼が驚くくらいに森崎は成長を遂げていた。

勿論、肉体の成長に伴う魔法力の上昇よりかは伸び代が少なかったが、たったの5日にしては異様な成長ぶりだった。

 

「っ!」

 

木の合間を縫って飛来する透明の魔弾を、イデアの世界を介して視認して躱す隼人に、初日のような余裕はない。

 

森崎のみ攻撃可能というハンデをつけた最後の模擬戦ーー所謂、卒業試験は、早朝の隼人の修行場である森の中で行われていた。

 

攻撃手段は問わず、隼人に一本入れれば森崎の勝利。代わりに十分間隼人が一撃も被弾しなかったら隼人の勝ちというルールの基、二人は森の中を互いの機動力を最大限に発揮して攻防を繰り返していた。

 

「あっ、ぶな…!」

 

初日とは裏腹に、苦戦を強いられている隼人。

 

圧縮空気弾の被弾を受けて倒れてくる木を森崎に向けて蹴るが、拳銃の特化型CADではないブレスレットの汎用型CADから展開された自己加速術式を用いてそれを躱す。

 

森崎の最も成長した点。

それは、視野が広がったことだ。

 

今まで、愚直に敵だけを狙って魔法を行使していたのを、周辺の障害物に当てそれらを利用して攻撃を仕掛ける敵の裏をかく戦法。

そして、風槌による威嚇射撃の直後、ほぼ重なるようにして放たれるエア・ブリッド。

 

まだまだ戦術レパートリーが多いとは言えないが、たった5日でここまでの成長。隼人が合格点を与えるのは当然だった。

 

が、ここで黙って負けるのは釈というもの。

 

「これで…どうだぁ!」

 

森崎から放たれた約十発のエア・ブリッド。更にそれは、隼人の加えた改良により追尾性を有していた。

隼人の幼馴染である、エイミィの本家『ゴールディ家』に伝わる秘伝・『魔弾タスラム』を模倣して作られたものだ。

秘伝の魔法式をなぜ隼人が知っているというと、昔、一度エイミィのを見てそのたった一度きりで覚えてしまったからである。

 

四方を囲むように展開し、微妙な緩急をつけて襲いかかる空気の弾丸。

正に、この五日間の森崎の集大成の魔法だった。

 

だが、

 

「ふぅっ…摩天楼(まてんろう)!」

 

隼人の声を契機に、彼を覆い守るかのように、四つの竜巻が姿を現した。

圧倒的な風力の前に、空気の魔弾はその全てを掻き消されてしまう。

と、その時、試験終了のアラームが鳴り響いた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「いやぁ、すごく強くなっててびっくりしちゃったよ」

 

なんて呑気に言うのはどこからか取り出したうちわを扇いで汗を拭う隼人。

それに、森崎は苦い顔をした。

 

「それでも、僕は君に負けた。それも、手加減されて、だ」

 

「ふふん、弟子に負けたら師匠の立つ瀬がないからね。まだまだ負けるわけにはいかないよ」

 

自慢げに言う隼人はまるで小さい子供のようで、その姿に森崎は少しの呆れを覚える、と同時に喜びを感じてもいた。

『弟子』。本人はなにも意識せずそう言ったのだろうが、隼人のことを尊敬している森崎としてはこの言葉の意味はとてつもなく大きい。

 

「…いつか、絶対に超えてやる」

 

「ま、楽しみにしてるよ」

 

内心の喜びを必死に隠して、せめて悪態をつくが、隼人はどこ吹く風とその足を森の出口へと向けた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

八月一日といえば、九校戦へ出発する日である。

富士演習場南東エリアにて九校戦は行われるが、遠方から来なければならない八校や九校とは違い東京の八王子市に位置する一校は、例年通り前々日のギリギリに宿舎入りすることにしている。

これは戦術的な意味と言うより、現地の練習場が遠方校に優先割り当てされる為である。

本番の会場は競技当日まで下見すらできない立ち入り禁止なので、あえて早めに現地入りする必要もない。

 

と、摩利の説明を脳内でまとめた隼人は、うだるような暑さから逃れるように白い生地のパーカーのフードを目深に被った。

 

暑いのなら冷房の効いたバスの中に入ればいい話なのだが、風紀委員として出席チェックを担当している隼人と達也、そしてそれを監督する摩利はそれを許されていない。ちなみに、摩利はちゃっかり日傘の中に入っている。

 

集合時間から遅れに遅れ約一時間三十分。

 

端末に表示されるリストは一人を除いて全員の名前にチェックが入っている。

 

と、隼人と達也の鍛えられた聴覚は遠くから鳴るサンダルのヒール音を捉えた。

事前に遅れると連絡を貰っていたものの、いつ来るかわからず、やっと来た、と二人は顔を見合わせて苦笑いをする。

 

「ごめんなさ~い!」

 

やっと涼しくなれる、と安堵の溜息をついてフードを外す隼人。無言で汗一つかかずに、というか汗を発散させる魔法を使って、リストにチェックをいれる達也。摩利は溜息混じりの笑みを浮かべた。

 

「真由美、遅いぞ」

「ごめんごめん」

 

「んじゃ達也、俺はバス内の点呼をとってくるよ」

「ああ、頼む」

 

最終チェックをしている達也を置いて、大型バスに乗り込んで行く三人。

と、なにかを思い出したのか真由美はバスから降りて達也の元に向かっていった。

 

「まあ、いっか」

 

点呼とは言っても一旦はバスの搭乗前にしたこと。隼人の仕事は人数を数えることだけだ。

 

「えーと…」

 

選手41名、作戦スタッフ4名、技術スタッフ8名。うち、技術スタッフは作業車両に乗り込んでいるため、このバス内にいるのは真由美を除けば44名だ。

全員を数え終え、チェックを済ませた隼人がバスの外を覗き見ると、達也と真由美はまだなにやら話している様子だった。

まあ、もう少しすれば達也が切り上げてくれるだろうと判断し、バス内をぐるりと見回す。

 

「私服の人多いなぁ」

 

今日は宿舎に入るだけで、公式行事は一切ない。そのため、制服の着用は義務付けられていない。

まだ一年生は初ということで制服の生徒が多かったが、隼人を含め私服の生徒も少なからずいる。また、二、三年生は半数以上が私服であった。

 

ちなみに隼人は、青い半袖のTシャツに白いノースリーブのパーカー、下は黒のハーフパンツという装いだ。

 

「そういえば…」

 

もう一度バス内をぐるりと見回してみる。まずい、と隼人の顔が青褪めた。

エイミィはスバルや紅葉と固まって座っている。また、雫やほのか、深雪も三人で。森崎もA組の生徒と。鋼は選手ではないためここにはおらず、他のB組生徒は散り散りとなり各々の友人達と談笑している。

 

「……一人」

 

ぽつり、と呟いて隼人は絶望した。

そう、いないのだ。これから二時間、バスの中で共に語らい、思い出を作り合う仲間が、友が。これほどの絶望感があるだろうか。これから二時間以上、彼は一人でなにをすればいいのか。脳裏に「おめぇの席ねぇから!」と誰かに言われた気がするくらい、隼人は絶望に打ち拉がれた。

と、そんな時。

ツンツン、と隼人の肩をつつく手。

 

「よろしければ、隣どうですか?」

 

そう言って指し示されたのは、鈴音の隣の席。その誘いに隼人は歓喜し、二つ返事で頷いた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

の、だが。

 

「………ゔぅ…」

 

バスが走り始めてから十分程。あまりバスに乗らないせいで慣れてないからか、早くも隼人はバス酔いに陥っていた。もはや、思い出をつくるどころではない。

喉元までせり上がってくるものを必死に押しとどめながら苦しげに呻き声を漏らす彼の姿は、恋する青年(服部)を真由美と共に一頻り弄り倒した鈴音の目に留まった。

 

顔を青褪めさせる隼人の姿を見て状況を察した鈴音は、仕方ありませんねとでも言いたげな表情を浮かべてから隼人の隣の自席へと腰を下ろした。

 

「辛かったら眠ると楽になりますよ」

 

「う…先輩…?」

 

「まだ時間はあります。無理に起きていても、辛いだけだと思いますが」

 

それを聞いて、隼人はぐったりとしていた体制から起き上がって息を長く吐いた。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。なにか用があれば起こしてください」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

そして、ゆっくりと目をつむる隼人。

彼が寝息をたてるまで、そう時間はかからなかった。

 

「……っ」

 

しばらくバスに揺られているとコテン、と隼人の頭が鈴音の肩に乗った。思わず赤面しそうになるのをなんとかいつものクールフェイスに押し留めて、鈴音は体から力を抜いた。

ニヤニヤとこちらに笑みを向けてくる真由美から目を背けるように、鈴音もまた、目を瞑った。

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

「市原は九十九にデレデレだな、まったく」

 

溜息混じりに呟いたのは、肩を寄り添って眠る隼人と鈴音の斜め後方に座っている摩利。

三年間の付き合いで磨かれた摩利の目は、無表情ながらニヤついている鈴音をバッチリと確認していた。

 

「へぇ…なんか意外ですね?」

 

摩利の呟きにそう返したのは、彼女が最も目をかけている後輩である千代田花音であった。

彼女は先ほどまで許婚であり、今回の九校戦では技術スタッフとして参加している五十里啓が作業車両の方に乗り込んでしまったため、彼女が期待していたバス旅行ができないということから、かなり不機嫌だったのだが、延々と愚痴を吐きまくって満足したのだろう。

心の整理をつけた花音は自身の持つイメージにそぐわない鈴音の姿に疑問を覚えた。

 

「確かにな。あいつは、魔法理論と学校貢献以外のほとんどには興味を持たないからな」

 

しかし、花音が何故と真っ先に思ったのとは裏腹に、摩利はなにか裏があるのだろうかと探っていた。

()()鈴音が、出会ってまだ半年も経っていない少年にあそこまで心を開くものなのかと。

もしかしたら、鈴音と隼人は昔なんらかの形で知り合いであったという可能性もなくはない。だがそれでは、隼人のまるで初対面ですといった態度が不自然だ。となると、人違いか、あるいは--

 

「摩利さん?」

「っ、あ、あぁいや。すまない、少し惚けていた」

 

考えすぎか、と摩利はこれまでの思考を全て破棄することにした。

どうにも暑さにやられて思考が正常に働いてないらしいと自己判断を下した摩利は、気分転換も兼ねて窓の外を眺めた。

 

だから、それに気づいたのは摩利が最初だった。

 

「危ない!」

 

彼女の声につられ、バス内のほぼ全員が対向車線側の窓へ目を向けた。流石と言うべきか、その中には隼人と一緒に眠っていたはずの鈴音の姿もある。

対向車線を近づいてくる大型のオフロード車が、傾いた状態で路面に火花を散らしていた。

 

「パンクだ!」

「脱輪じゃないか?」

 

しかし、一校生の乗っているバスと、そのオフロード車の間には堅固なガード壁が築かれている。対向車線の事故でこちらが被害を受けることはありえない。故に、その声に危機感はない。この事件は彼らにとってはただの見世物に過ぎなかった。

しかし、バス内に流れた興奮気味な空気は、一瞬で緊迫したものへと変化した。

 

突如として、今までただの見世物だった対象がスピンを始め、ガード壁を宙返りしながら乗り越えてこちらに吹き飛んできたのだ。

 

バスに急ブレーキがかかり全員が体制を崩す中、たった一人、慣性の法則を無視するようにバスの窓へ駆け寄る一人の生徒がいた。

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

俺がそれに気付いたのは渡辺先輩よりも早くのことだった。微かに、感覚的に魔法が使用された空気を鋭敏に察知して目を覚ましたのだ。

その後俺がすぐさま行ったのは、イデアを見ることだった。

 

(微弱だけど、魔法発動の予兆が三つ…対象は対向車線の車。まさか、こっちに吹き飛ばすつもりなのか?)

 

即座に現状を理解した俺は素早くシートベルトを外し、慣性を無効化する魔法を発動。急ブレーキがかかりつんのめる生徒を尻目にバスの窓を開ける。

 

俺たちの乗っているバスは、運良く直撃は避けたものの、こちら側の車線に落ちてきたオフロード車は炎を上げながらこちらに向かって迫ってくる。

 

「やめろ!」

 

背後で魔法を発動させようとしている生徒を、渡辺委員長が一喝して止めてくれた。

魔法の発動体制に入っていた人数は4人程。ここまでの人数が一斉に魔法を発動すればキャスト・ジャミングに似た状況--相克を起こす可能性があったから、すごく助かる。

 

「わたしが火を!」

「お願い深雪さん!」

 

窓際で立ち上がった深雪さんに頷きを返して目の前の魔法行使に集中する。一応、カモフラージュとして突き出した左手だけにシルバー・フィストを装着しているが、まあ、他の人はオフロード車に夢中だからちょっと魔法式よりも早く魔法が発動してしまってもバレないだろう。

 

深雪さんが魔法を発動する。

炎上していたオフロード車を凍らすことなく、ドライバーを窒息させる空気遮断でもなく、常温へ冷却することにより瞬時に消火を果たした鮮やかな魔法。

その素早くも華麗な手際に、渡辺先輩は思わず感嘆していた。まあ、俺は深雪さんの実力を知ってるからそれ程のことでは驚かなかったけど。

 

「ファランクス」

 

俺が発動したのは、十文字先輩の十八番でもある多重障壁魔法。4系統8種、全ての系統種類を不規則な順番で絶え間無く作りだす、鉄壁の防御魔法だ。

オリジナルである十文字先輩のものとは少し劣るけど、まああれくらいの車を止めることなんか造作もない。

 

深雪さんによって消火された車は、勢いそのままファランクスに激突し、ボンネットをひしゃげさせて停止した。

 

「ふぅ、なんとかなったかな?」

「ええ、流石は九十九さんです」

「いやいや、深雪さんこそ」

 

実際、深雪さんが消火をしてくれなきゃ俺は更に耐熱障壁をも発動しなければならなくなってただろうから、かなり助かった。

 

さて、と。

 

「俺は外に出て車内の様子を見てくるよ」

 

「了解しました」

 

今回も、また厄介なことになりそうだ。

 

 

 

 

ほぼ原型を留めていないオフロード車の内部は悲惨なものだった。

車内にいたのは一人の男。勿論、車の出火や諸々の行為で既に息はしていない。

 

(これは、女子が出てこなくて正解だったかな)

 

スプラッタすぎる光景に、現場処理を担当している男子の技術スタッフでさえ顔色が優れていない。

それだけ、惨い死に様だった。

 

(…恐らく、この男は魔法師で、俺が感知した微弱な魔法は自分でやったのだろう……つまり、自爆。どこの組織かは知らないけど、酷いことをするものだ)

 

残虐にして非道。そういった組織は大体がそれだが、一つ、過剰なまでに残酷な組織に心当たりがあった。

 

(確証はないけど、これをやらせたのは恐らく無頭竜(No Head Dragon)…)

 

姉さんからの連絡で、無頭竜の動きが九校戦に合わせて急激に活発化していることは事前に知っていた。もし奴らが九校戦、または魔法師を狙っているのだとしたら、この車の男に命令したのが奴らだということにも頷ける。

 

無頭竜(No Head Dragon)

俺は、以前に二人の無頭竜の魔法師を殺害している。

魔法協会の本部を襲った大罪人、五十嵐修也と、無頭竜執行人であるラファエル・ロドリゲス。そしてその際に五十嵐修也と約束をしたのだ。

彼の仇敵である無頭竜を潰すと。

 

(五十嵐…アンタの妹さんの仇は、俺がキッチリ執る)

 

ギュッと握り締めた拳の中で、痛い程爪が食い込んでいた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

事故の後、警察からの事情聴取や現場清掃の手伝いなどで大幅に時間を取られたものの、なんとかバスは昼過ぎには宿舎に到着することができた。

ちなみに、九校戦のメンバーの泊まる宿は軍の施設を貸し切って利用している。

故に、ホテルといえど専従のポーターやドアマンなどはおらず、荷物の積み下ろしは各人たちでやることになっている。

 

ささっと荷物を下ろして、ホテルの中へ入っていく青髪の一年生と、荷物を押す一年生技術スタッフ、その隣を笑顔でついていく女子生徒を見て、二年生生徒会副会長ーー服部は沈んだ面持ちで頭を振った。

 

「どうした、服部。随分不景気な(ツラ)だな」

 

見るからに意気消沈している彼に、背後から気さくな声がかけられた。

 

「桐原…いや、そんなことは無いさ」

 

振り返った服部は、そこから予想した通りの友人の姿を認め、反射的に否定の言葉を返していた。

 

「そうかぁ? 少なくとも、好調って顔はしてないぜ」

 

基本的にこの友人はそういった人の感情に敏感だ。自覚があるのだろう、服部はそれ以上誤魔化すことはせず、自虐的な笑みを浮かべた。

 

「チョッと…自信をなくしてな」

「おいおい、明後日から競技だぜ。こんな時に自信喪失かよ?」

 

今回の九校戦で、桐原は二日目のクラウド・ボールにのみ出場する。だが、服部は一日目、三日目のバトル・ボードと九日目、十日目のモノリス・コードにエントリーしている。

 

そのため、彼の不調は一校チームの戦略に多大な損害をもたらす。そのことを、服部は客観的に理解していた。だが、さっきの()()を見せられてしまえば、気落ちしてしまうのも無理はないと、また客観的に認識していた。

 

「いったい何に落ち込んでるんだ?」

 

桐原の知る服部刑部という男は、たゆまぬ努力の果てに成った自信家だ。

森崎のように弱者を見下し過信するわけではなく、冷静に、自分の能力を客観的に理解し、他者より努力しているという自負があるからこその『自信家』なのだ。

ただ、森崎に似て少し傲慢な部分が少なからずあり、誤解されがちだが。

 

『努力』と『才能』と『実績』、この三つに裏付けされたものであれば、そう簡単に自信をなくすということはないはずだが。

 

「お前は感じなかったんだな。羨ましいよ…」

「なんだぁ? そりゃ、俺がバカだって言ってるのか?」

「いや? 鈍いとは思っているが」

「おい!」

 

少し、いつも通りの調子に戻ってきたようだ。服部の口元に浮かんだ皮肉っぽい笑みを見て、桐原は内心で溜息をついた。

 

「…似合わないぜ? いったい何をクヨクヨしてるんだよ?」

 

これまでも、桐原に何度か相談に乗ってもらったこともあったし、逆に服部が桐原の相談に乗ることもあった。

だから、桐原の不器用な気遣いに服部が気づかないはずがなかった。

観念したように、口を開く。

 

「さっきの事故の時……」

 

「あ〜、ありゃあ、危なかったな」

 

「そう、何もしなければ重症者が何人も出ただろう。死人が出たかもしれない」

 

「だが九十九を始めとして上手くやってくれたじゃねえか。現実にならなかった被害で悩むのは『たられば』の一種だぜ? ベクトルが逆向きでも、不健康なことに変わりはねえよ」

 

相変わらずの友人の発言に、服部は小さく笑った。

 

「お前のそういう割り切ったところは、本当に羨ましいよ、桐原。だが俺が考えていたのはそういうことじゃない」

 

そう言葉を切って、服部はまた小さく頭を振った。

 

「…あの時、俺は結局何もできなかった」

 

「そりゃ、あの状態で下手に手出ししたら、収拾がつかなくなっちまうおそれがあったからな。渡辺委員長が止めてくれたから良かったが、あそこで魔法を発動しようとした奴らはまだまだ未熟ってことだ。その分、お前はまともな判断力を残していたと思うぜ」

 

桐原の発した言葉は慰めであっても気休めではなかった。

客観的な状況分析による適切な指摘、服部も、それについては文句もなかった。

それでも、服部の表情は変わらず暗い。

 

「だが…司波さんと九十九は、正しく対処してみせた。司波さんは自分の得意な分野から分担すべきことをキチンと判断して、言葉を発して九十九とコミュニケーションを取ることも忘れていなかった。対して九十九も、誰よりも早く危険を察知して、尚且つあの場面で冷静に十文字会頭の魔法であるファランクスを以ってして突っ込んでくる車を止めてみせた」

 

「あん時は渡辺委員長も手出しできなかったんだぜ? 司波妹は冷却系が得意みたいだし、九十九だって十文字会頭と同様に防御系の魔法が得意だったって可能性もあるだろうし、魔法の向き、不向きの問題なんじゃね?」

 

ちなみに、桐原はブランシュのアジトに隼人が潜入し、戦闘を行っていたことを知らない。だから、彼は隼人の戦闘方法を知らないのだ。

 

「渡辺先輩の得意分野は対人戦闘に偏っているから、あの場面で手を出さないのはむしろ自制心の賜物だ。ああいう状況なら、俺の方ができることは多い。

 

……いや、魔法力だけの問題じゃない。渡辺先輩は、あの場面で自分が手を出すべきではないと瞬時に判断して、相克という最悪な事態の回避を優先した。それに、十文字会頭も九十九の次に事態を判断して、すぐにでも魔法を行使できる状態にあった。尚且つ、自分ではなく九十九が対処することを見抜いて、慌てて魔法を放ったりはしなかった。司波さんは、自分にできることを冷静に判断した上で、声に出すことで協調をとっていた。そして、九十九の誰よりも早かった危機の察知能力。

 

それは単に、魔法力が大きいとか小さいとか、多彩な魔法を使えるとか強力な魔法を使えるとか、そういう技能的な問題じゃなくて、魔法師として、魔法を使わなければならない場面で正しく魔法を使えるかどうかーーそう、()()()資質ではなく、()()()()()()()資質の問題だ。

確かに司波さんと九十九の魔法力は飛び抜けている。多分、単純な力比べでは、俺は彼らに勝てないだろう。だがその点については、さっきのことがあるまで、それほど気にしてはいなかった。魔法師としての優劣は魔法力の強さだけで決まるものではないからな。しかしーー魔法の資質だけでなく、魔法師としての資質まで、年下の、それも一人は女の子に負けたとあっては……自信を失わずにはいられんよ」

 

口に出すことで、更に消沈してしまった服部に、桐原はまるで手のかかる弟をあやす兄のような表情を浮かべた。

 

「あ〜、そういうのは場数だからなぁ。その点、あの兄妹と九十九は特別だと思うぜ。特に、九十九はな」

 

「兄妹? それになぜ九十九を強調する?」

 

桐原が評価したのは、深雪を指す彼女ではなく『兄妹』だったのと九十九を強調することが予想外だったのだろう。服部は桐原に怪訝な顔をして問い返した。

 

「兄貴と九十九は…多分ありゃ、殺ってるな」

「ヤってる?」

 

「ああ、実際に人を殺しているな。それも、一人や二人じゃない」

 

「…殺人、という意味じゃないよな? 実戦経験があると言いたいのか?」

 

「雰囲気が、な……。俺の親父が海軍の揚陸部隊にいたのは知ってるだろ?」

 

「ああ。対馬海域で何度も交戦された経験がお有りなんだよな?」

 

桐原の唐突な話題転換に、服部は戸惑うことなく相槌を打った。

 

「下士官だけどな。まあ逆に、下っ端だからこそ、最前線を経験したりもするし、実際に命のやり取りをくぐり抜けて来た知り合いも多い。親父の戦友がたまに俺ん家でワイワイ騒いでたりするんだが、俺たちとはやっぱ、雰囲気が違うんだよ。どんなに剣術とか射撃とか、戦う為の技術、人を殺傷する為の技を鍛えてても、実際に人を殺したことのある兵士とそうじゃないアスリートじゃ、殺気の質が違う。四月の事件の顛末は知ってるか?」

 

再度の話題転換に、今度は服部は訝しげな表情を浮かべた。

 

「何だ、いきなり…反魔法派のテロリストの仕業だったらしいな。テロ組織は十文字家が潰したらしい、という程度しか聞いていないが」

 

四月の、差別撤廃有志団体と生徒会による公開討論会を突如襲った反魔法組織。学校内に侵入はされたものの大きな損害もなく、工作員は速やかに拘束され、また近くの丘陵地帯にあるアジトに残っていた残りのメンバーも十文字家によって潰された。

と、世間には公表されている。

 

が、それは実際とは少々異なる。

まず、学校自体には確かに大きな損害はなく、工作員も生徒らの活躍によって見事拘束された。が、丘陵地帯のアジトを潰したのは十文字家ではなく、司波兄妹を始めとする一校生徒であり、(これは隼人のみが知っていることだが)大亜連合の特殊工作部隊も今回の事件に関与していた。

流石は十師族の一角ということか、一校にとって不利な情報は全て十文字家によって握り潰されていた。

 

「そうか…だったら詳しい話はできねえな…。ま、お前にだったら、この程度は話してもいいだろ。俺はあの時、テロリストを掃除した現場にいた。司波の兄妹も、な」

 

「……本当か?」

 

「そう言いたくなる気持ちは分かるが、事実だぜ。そしてその場で、俺は多分、司波のーー兄貴の方の、本性を見た」

「本性?」

 

珍しい、桐原の戦慄を含む声音に服部は反射的に問い返していた。

 

「ああ、本性、あるいはその一端。ありゃあ、ヤバいな。前線ぇ殺し合いをして生き延びた兵士と同質で、何倍も濃密な殺気をコートでも着込むように身に纏っていやがった。何であんなヤツが高校生やってるんだ、ってゾクゾクするくらいヤバかったぜ」

 

口ではそう言って、声には畏れが混じっていたが、服部の目には桐原が舌なめずりしている様が写っていた。

 

「……歳を誤魔化したりはできないはずだが」

 

ボケたわけではなく、本心からそう言った服部はかなりのショックを受けているのだろう。

 

「経験、イコール年齢じゃねえってことだろ」

 

一度自分も服部と同じ思いをしたから、桐原には彼の気持ちがよく理解できた。だから、服部のボケたセリフにツッコミを入れることもなかった。

 

「……司波さんもか?」

 

戸惑うところに「信じたくない」という思いがあるのだろう。服部の声は揺れていた。対し桐原は、そんな心理が作用しなかったのか(春に彼女ができたことが大きく影響しているのだろう)、彼は友人の問いにあっさり答えた。

 

「妹の方は直接見たわけじゃねえけどよ。あの兄貴が、荒事の現場に連れて行ったんだ。ただの女の子のはずねえよ。今日のあの様子を見るてると、綺麗なバラには刺がある、どころか、鋭い爪と獰猛な嘴で毒蛇を喰らう孔雀ってとこじゃねえか?あんなのにちょっかい出そうなんて、随分と命知らずだと思うがね。まっ、無知は幸いなりってとこか?」

 

桐原の最後の部分は、服部ではなくバスの中で深雪に群がっていた男子生徒へ向けられたものであった。

 

「しかし()()服部の口から、あんなセリフが聞けようとはな」

 

落ち込んでいる時に、更に与えられた衝撃的な情報を齎されて混乱している服部に対して、桐原は人の悪い笑みを浮かべた。

 

「……何のことだ」

 

「魔法師の優劣は、魔法力だけで決まるものではない、か。そのセリフがお前の口から飛び出したって会長が聞いたら、大喜びするんじゃねえの?」

 

「っ!」

 

服部は、ニヤニヤと笑っている友人を鋭く睨んだが、真っ直ぐに桐原が自分の目に視線を向けてくるのを見て、顔を背けた。

 

「優劣はともかく、強い弱いは魔法力だけで決まるもんじゃねえよなぁ」

 

ニヤニヤと人の悪い笑みを向けてくる友人を無視して、服部はそのばを立ち去ることにした。が、桐原はその服部の態度に逆に楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ブルームだ、ウィードだなんて、

たかが入学前の実技試験の結果じゃねえか。一科の中にも、伸びる奴もいれば伸びない奴もいる。千代田なんて、才能だけに胡座かいてた去年の夏から比べれば別人だぜ。二科の連中だって、自分で諦めちまわなきゃ、強くなれる奴は一杯いるんじゃねえの? ……いや、将来性だけの話じょねえな。現に、二科生にだって『できる』奴は少なくない。今年の一年は特にな。おっと、別に、自分が司波兄に負けたから言うんじゃないぜ」

 

桐原の最後の言葉に、服部の肩がビクっと震えた。

 

(ああ、そう言えば、コイツもあの野郎に苦杯を嘗めさせられた口だったな)

 

「まっ、現時点では俺より奴の方が強い。それは認めるさ。だが、アイツがいくは詐欺みたいに強いからって、負けっ放しにしとくつもりは無しだ。腕を磨いて磨いて磨き抜いて、次に立ち合うときは勝ってやる。今、劣ってるからって、諦めちまったら、負けたままだからな。

今までの二科の連中は、過去に劣ってたからって、今を諦めていた。だから強くなれなかったし、そんな奴等なら対等に認めてやる必要もなかった。だが、強くなろうとして、実際に強くなった奴なら逆に、バカにする理由はないだろうさ」

 

服部は変わらず答えず、さっさと貸し与えられた部屋へ向かっていってしまった。

 

 

 

「……そういえば」

「ん?」

 

自分の部屋についたのだろう、扉の前に立ち止まった服部は思い出したかのように呟いた。

 

「桐原…お前はなぜか九十九のことを強調していたよな。あれはなんでだ?」

 

「あー、あれな…」

 

何故か言いづらそうに桐原は頭をかいた。それに対して服部は疑問符を浮かべる。そしてその疑問を口にしようとして、しかしそれよりも桐原が口を開くほうが早かった。

 

「司波兄妹に対しては俺がこの目で見たんだから間違いねえ。けど、九十九に関しては言い切ることができないんだが……」

 

そこで言葉を切り、桐原は複雑そうな表情を浮かべた。そこから、彼が何を思っているのか、服部に理解することはできなかった。

 

「…アイツは、司波とは別の意味でやべぇ。アイツ…いつもはボケ面だが、ふとした時にゾッとするほどの殺気をバラ撒いてやがんだよ」

 

「…あの九十九がか…?」

 

服部の脳内で思い浮かぶのは、いつもヘラヘラと笑みを浮かべて、しかしやる時はきっちりとやるという掴み所のない後輩の姿。本人と話したことは多くないが、生徒会の間では達也と同じくらい話題になる少年だ。

 

「ああ。それに、さっきの事故った奴の死体を見ても、九十九は眉一つ動かさなかったぜ? ありゃ、もしかしたら死体に慣れてんのかもな」

 

「…今年の一年は、異常が多いな」

 

「そいつはどうだろうな? 先輩たちの中でも十文字会頭とかは実戦を経験してるしな。けどまあ、確かに、やべぇ奴が多いのは確かだな」

 

三年生がいなくなったら一体どうなってしまうのか、そう思って、服部は重い溜息をついた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「……ふぅ」

 

貸し与えられた部屋について、俺はすぐにベッドに横になった。同室になったもう一人の生徒ーーまあ、森崎君なのだがーーはまだ部屋に来ていない。

 

「…くそ、頭痛い……」

 

ズキズキと痛みを訴えてくる頭に歯噛みしながら、手を上に掲げる。

 

「無頭竜か…さて、一体なにをどう仕掛けてくるのやら」

 

奴らの卑劣さはエリナからの定期連絡でよく聞いている。だからこそ許すことはできない。奴らが仕掛けてくるのなら、全力で抵抗しよう。危害を加えてくるのなら、殺すことも厭わない。きっと、それが()()に繋がるはずだから。そのためになら、俺は、幾らでもこの身を差し出そう。

 

「…平和……?」

 

思えば、この時から、俺はゆっくりと壊れていったのかもしれない。

 

 

 

 

 

ーーto be continuedーー




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