魔法科高校の神童生   作:RAUL85

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EPISODE27:九校戦、開幕

 

 

一高がなぜ、前々日の昼間という早い時期に現地入りしたのか、それは夕方に開かれる立食パーティのためである。

これから競い合う相手同士で開催されるパーティは、やはり和やかさよりも緊張感が場を支配する。

 

「だから、本当は出たくないのよね、これ…」

 

という、真由美の生徒会長にあるまじき発言を近くで聞いていた達也と隼人は礼儀正しく聞かないことにした。

とはいえ、隼人自身、こういった華やかな会場にお客様のように扱われた経験があまりないため帰りたいと思っているのが本音である。少なくとも、目がチカチカするような場所でチビチビと飲み物を飲んで時間を潰しているよりはウェイターとして動き回っていたほうがいいと隼人は思っていた。

 

パーティのドレスコードは各学校の制服。そのためあれこれ悩まなくていいのは良かったのだが、如何せんなぜか今日は体調が悪い。

バス酔いはあまり尾を引くほどでもなかったのだが、なぜかこの場所に足を踏み入れてから気分が優れなかった。

 

「はぁ…」

 

いつもの生徒会メンバー+風紀委員の三人以外は既に会場に入っている。なにやら達也と深雪が雰囲気を作っているが、隼人はそれを溜息をついて見ないフリした。

 

「さあ、行きましょうか」

 

なにやら吹っ切れた様子の真由美を余所に、隼人はこれから数時間の間続く苦痛をどう凌ごうか思案するのだった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

結局、隼人がとった解決策は誰とも関わらず隅っこでおとなしくしていることだった。手に持ったグラスを弄びながら、普段の半分ほどまでに閉じられた瞳で周囲を睥睨する。

が、目に入ってくる活性されたサイオンの輝きに吐き気を覚えて目を瞑った。

 

(…無頭竜を警戒して少し視力を上げてたけど、コンディションを悪くするくらいならオフにしたほうがいいな)

 

次に見た世界に、目が眩むほどの輝きはなかった。

 

「あれ、隼人かい…?」

 

「……ん?」

 

少し残ったオレンジジュースを飲み干した時だった。左方向から聞こえてきた声に顔を向ける。

 

「おー、久し振りだねよっしー」

「僕の名前は幹比古だ」

 

あだなが気に入らないのか、顔を顰めて訂正したのは吉田幹比古。隼人の昔馴染みで、今は一年E組の生徒だった。ちなみに『よっしー』とは隼人がつけたあだなである。

 

「隼人が一人でいるなんて珍しいな。どうかしたのかい?」

 

「あー、うん。ちょっと体調が悪くてね。でも風邪とかではないから大丈夫かな」

 

苦笑いを浮かべて肩を竦めた隼人に、幹比古は不思議そうな表情を浮かべた。

 

「そうかい? 君はかなり注目されてるみたいだけど、無理はするなよ」

 

「注目? 俺が?」

 

キョトンとして首を捻る隼人に、幹比古は思わず額に手を当てた。

 

「そういえば君は朴念仁だったね……君の噂は色んなところから聞くよ。特に、三高はかなり警戒しているみたいだ」

 

「三高…ああ、一条の御曹司とカーディナル・ジョージがいるところだね。それは光栄なことだけど、あまり注目されるのもよくないかなぁ」

 

隼人が今回出場する種目は新人戦のモノリス・コードと男子アイス・ピラーズ・ブレイクの二種目。その内の二つともが三高のエースであり、十師族に名を連ねる『一条』の御曹司・一条将輝も出場するというのだ。

だから、隼人の考えとしてはなるべく地味に行って相手の意表を突くというものだったのだが、どうやらその作戦は既に実行不可能となっているようだった。

 

「…ま、最初からそんな作戦はアテにしてなかったけどね」

「ん? なにか言ったかい?」

 

幹比古の問いかけに首を振って、隼人は小さく溜息をついた。

 

「…ところで、幹比古はなんでここに?」

 

「いや、エリカに無理やりウェイトレスをやらされてね…」

 

げんなりした表情で言う幹比古に、隼人は思わず吹き出してしまった。

 

「似合ってると思うよー」

 

幹比古にとってはちっとも嬉しくない言葉を無邪気な笑顔で言って、隼人は背中を預けていた壁から離れた。

 

「あと、早く仕事に戻らないとエリカに怒られると思う」

 

慌てる幹比古の持つトレイからジュースの入ったグラスを取って、隼人は幹比古と別れた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

「大分気分はよくなってきたかな…」

 

痛みが引いてきた頭をペシペシと叩く。どうやらこの体調不良はそう長引くものではなかったらしい。俺の出場する新人戦が始まるのは四日目からだけど、早めに治しておくに越したことはないからね、良かった良かった。

よっしーから受け取ったグラスを傾けて、葡萄ジュースで喉を潤す。その、油断した時だった。

 

「九十九…隼人……」

 

「っ!?」

 

背後から掛けられた地を這うような低い声に、全身が総毛立った。脳が危険だと、振り向くなと警鐘を鳴らす。

 

「…お前が、九十九隼人か。貧弱、そうだな」

 

殺気、殺意、それすらも感じられるほどのプレッシャーが背後から掛けられる。

このままだと奴の気に呑まれる。それだけは避けなければ。

 

「…随分とご挨拶だね。何者かはわからないけど、礼儀も知らないほど常識がないのかい、君は?」

 

背後にいるヤツはなにも言わないが、突き刺さるような殺気は影を潜めた。それを感知して、振り向く。

 

「……ク…その、自信あり気な顔を屈辱に歪めさせる時が、楽しみだ…」

 

色素が抜け落ちた白い髪、不気味なまでに黒い瞳、そして全身に纏った敵意と殺意のコート。

朱色のブレザーが翻る。僅かな笑い声と共に、ヤツは人混みの中に消えて行ってしまった。

 

「朱色の制服…三高か。というより、アレは本当に高校生なのか?」

 

ずっと突き刺さっていた殺意と殺気の量は、もはや異常だった。なにか俺に恨みでとあるのだろうか。正直、心当たりが多すぎてまるで絞り込むことはできそうにない。

 

「…第三高校一年生、紫道聖一。十師族でも百家でもありませんが、彼の魔法力はクリムゾン・プリンスとほぼ同等と言われています」

 

「市原先輩…」

 

さっきまで会長の側にいた市原先輩が、背後に立っていた。

 

「…どうやら目をつけられたようですね。気をつけてください」

 

「…了解です」

 

言われずとも、アレに対して油断などできるはずもなかった。今まで感じたことのないような濃密な殺気、いや、似たようなものを、俺は一度体感している。

十字の道化師(クロスズ・ピエロ)の一人、緑川佐奈を助けに来た漆黒の少年。

彼の殺気もまるで気そのものが質量を持っているかのように重かった。

 

(…紫道聖一か。用心しておこう)

 

ああ、なんだか嫌な予感がするなぁ。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

来賓の挨拶が始まった。こういった会食のようなものに慣れていない人達はみな食事や談笑を止め、体面だけでも話を聞こうとしているが、他の人達よりも場慣れしている隼人は無音で腹に食べ物を詰め込んでいた。体調が回復するのと比例して空腹になってきたのだ。

入れ替わりに壇上に上がってくる魔法界の名士たちとは、ほとんど顔を合わせている。たまに視線を向けられて会釈をすることがあるが、ほぼ暇であった。が、隼人にも唯一顔を合わせたことのない人物が一人いた。

かつて世界最高・最巧と謳われ、現在の十師族というシステムを確立した人物『九島烈』。蒼夜叉と畏れられる隼人の父である九十九櫂と同等か、それ以上の実力を持つ偉大な人物は、毎年この九校戦にだけ顔を出すのだ。

 

(さて、老師とはどんな人なのか)

 

来賓に来た名士たちの話は右から左に聞き流している隼人だが、九島烈にだけは唯一興味があった。

自分の父よりも上と評される人物は、一体どのような人物なのか。ただ純粋に知りたかった。

 

順調に激励、訓示と共にテーブル上の料理が隼人によって消化されて行き、いよいよ九島老師の順番になった。

司会者がその名を告げる。場が緊張感に満たされた。流石の隼人も食事の手を止め、壇上を見上げた。

 

現れた人物は、老師ではなかった。

光量を下げたライトに照らされているのは、パーティドレスを纏った金髪の女性。ざわめきが広がる。

もしや、老師になにかあったのだろうか。そして、その代役としてこの女性が出てきたのか。

 

(…違う。あそこにいるのは、女性だけじゃない)

 

制限していた視力を一気に引き上げる。視界から叩き込まれる多量の情報に少し頭が痛くなるが耐える。

隼人にだけ見える世界に、答えがあった。

 

(極微弱な精神干渉魔法。それがここら一帯を覆ってるのか)

 

大規模かつ最小効力の魔法。だが、目立つものに目を引かれるのは人間において普通の性質。目の前に金髪の女性がいれば、そのすぐ後ろに老人が立っていても気づく人は少ない。今発動している魔法は、その人間の性質を最小の出力で最大限に活かしていた。

ふと、老師の目が隼人を見、そして少し離れた所にいる達也を見て笑みを浮かべた。年不相応の、イタズラの成功した少年のような笑み。

 

(試されたってことかな?)

 

肩から力を抜き、皿に盛っていたプチトマトを口に運ぶ。

老師の囁きを受けて、金髪の女性が脇へどいた。そして今まで女性を照らしていたライトが一斉に老師へ向けられ、周囲に先ほどよりも大きなどよめきが伝播した。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

老師の発したその声は、隼人の予想よりもずっと若々しいものだった。

 

「今のはチョッとした余興だ。魔法というより手品の類だ。だが、手品のタネに気づいた者は、私の見たところ七人だけだった。つまり」

 

老師が何を言おうとしているのか、会場の高校生全員が注目する。

 

「もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのは七人だけだ、ということだ」

 

会場が静寂に包まれた。老師の言った七人という数字。確かにその人たちは老師の存在に気づけた。だが、テロを防ぐために本当に行動できたのはそれよりももっと少ないだろう。

 

(これが、トリックスターの魔法…)

 

圧倒的な魔法力と手数の多さでゴリゴリ攻める『蒼夜叉』櫂と、必要最小限の魔法で的確に敵を制圧する『トリックスター』烈。対極に位置するこの二人はよく対比される。

 

「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。そのことを思い出して欲しくて、私はこのような悪戯を仕掛けた。私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクの魔法でしかない。だが君たちはその弱い魔法に惑わされ、私がこの場に現れるとわかっていたにも拘わらず、私を認識できなかった。魔法を磨くことはもちろん大切だ。魔法力を向上させる努力は決して怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じて欲しい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。魔法を学ぶ若人諸君。

私は諸君の()()を楽しみにしている」

 

だが、彼らは共通して魔法の使い方を誤ったりはしなかった。

彼らは魔法を『道具』として認識しているから、自分の力に溺れることはない。彼らの魔法行使は思考と共にある。それこそが今の自分に足りないものだと隼人は自覚していた。

 

(まだまだ、俺は強くなれる)

 

みんなが疎らに拍手を送る中、隼人は拳を握り締めた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

懇親会であるパーティが前々日に催された理由は、前日を休養に当てるためだ。大会を翌日に控えた今日の夜、エンジニアの生徒は準備に余念がないかチェックしているが、選手である生徒はほぼ就寝しているだろう。少なくとも、廊下で騒ぐなどという行為はなかった。

とはいえ、一年生である彼女たちの出番は四日目の新人戦から。明日はまだ観戦するだけのため、年頃の女の子たちが寝るにはまだ早い時間だった。

そのため、夕食を終えた一高一年女子である深雪、ほのか、雫、英美、スバルやその他のメンバーは、明日に備え既に消灯している先輩とは違い、英美の計らいによって地下の温泉施設にいた。

ほのかが英美に着ていた湯着を剥かれそうになったり、深雪が入ってきてアブノーマルな雰囲気になったりしたが、現在は比較的穏やかな様相を保っていた。

魔法という神秘を学んでいるとはいえ、彼女達もお年頃の少女。集まれば、会話の内容は自然に恋やそっち方面の話となった。

やれ、ドリンクバーのバーテンさんがステキだったとか、五十里先輩は包容力があるだとか、しかし婚約者持ちだとか、十文字先輩頼りになりすぎだとか、三高の一条くんが深雪のことを熱い眼差しで見つめていただとか。

 

「深雪、どうなの?」

 

なにやら勝手に一条と深雪の関係を想像しているようだが、雫が大真面目な口調で深雪に問いかけたために一同の視線は深雪へ向いた。

 

「……真面目に答えさせてもらうけど、一条くんのことは写真でしか見たことはないわ。会場のどこにいたのかも気がつかなかった」

 

溜息交じりに答えた深雪に、ワクワクしながら聞いていた少女たち(特に英美)は揃って肩を落とした。しかしやはりというか、めげないキャラは相変わらずいるのだった。

 

「じゃあ、深雪の好みってどんな人? やっぱり、お兄さんみたいな人が好みかい?」

 

スバルの質問に、ほのかの肩がピクリと動いたのに雫は気づいた。

対する深雪は、むしろ呆れた表情を浮かべていた。

 

「何を期待しているのか知らないけど…わたしとお兄様は実の兄妹よ? 恋愛対象として見たことなんて無いから。それに、お兄様みたいな人が他にいるとも思ってないわ」

 

深雪のその答えを聞いて、スバルと英美はガックリと肩を落とした。どうやらお気に召さなかったらしい。ならお返しにと、深雪は黒い笑みを浮かべた。

 

「それはそうと、エイミィは随分と九十九さんと仲がいいのね?」

 

深雪の反撃に、エイミィの顔が瞬く間に赤くなった。どうやら当たりみたいだと笑みを浮かべる深雪は、ピクリと肩を揺らした雫に気づくことはなかった。

 

「い、いや。隼人はただの幼馴染だよっ?」

 

珍しくエイミィが攻められる側になり、以前彼女に散々弄られた経験のある周囲が笑みを濃くしていく。

 

「そうなのかい? この間は二人で遊園地に行ったそうじゃないか」

 

「すっ、スバル!? 今そういうこと言ったら…!」

 

スバルによって齎されたスキャンダルは、深雪によって肩透かしを喰らった少女たちの興味を爆発させるには十分な威力を持ってた。

たちまち包囲されて質問攻めにあっているエイミィを、雫は暗黒オーラを発しながら見ていた。

 

「し、雫! 抑えて抑えて…!」

 

長い間友人をやってきているほのかにとってでさえ、これほど感情を露わにする雫は珍しかったのだが、このまま放っておくと、次は雫がまるでハイエナのような乙女達の標的にされてしまいかねないために必死で宥める。

 

「でも、九十九くんって可愛いよね」

「あ! そうそう、なんか弟みたいな感じでほっとけないっていうか」

「顔もかなり童顔だし、声も高いもんね。年下の男の子みたいで、そそる」

「九十九くんと十三束くん、どっちが攻めだと思う…?」

「いつも見てる感じだと九十九くんが攻めよねぇ、十三束くんは嫌がりながらも受け入れてそう」

「逆にベッドの上じゃあ、十三束くんが積極的かもしれないわよ?」

 

などと、実際に隼人と鋼が聞いたら全力で否定されるようなことを話す乙女(腐)を見て、雫は隼人の意外な人気を実感していた。

 

「……負けない」

 

まだ恋心とは言えない、だからと言って、隼人が他の人と一緒になるのを黙って見ていられるかと問われれば、雫は否と答える。

小さく呟いた雫は、気怠げな瞳に闘志の炎を燃やしていた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「ぶぇっくしょい! …うぅ、やっぱり風邪ひいたのかな?」

 

夏の夜。昼間の茹だるような暑さが和らぎ、かなり涼しくなった宿の外の森林で、俺は盛大にくしゃみをした。

暗がりで精神力向上のため座禅を組んでいたのだが、続けること一時間ほどでギブアップのようだった。

 

「ん~。夏の夜は幾ら外にいても体が冷えないからいいよねぇ」

 

固まった体を解すために柔軟体操をしながら、昨日のパーティのことを思い出す。

自分に向けられた、かつて感じた中でも最上級に危険だと思ったほどの殺気。それを放っていた紫道聖一という男。今日一日調べてみて分かったが、どうやら彼には一度出兵した経験があるようだった。それも、俺と同じ戦場で。

 

(あの時の記憶って…結構覚えてないんだよね…)

 

それは今から三年前にあった新ソ連による佐渡侵攻戦のことだった。確かに思い出そうとすれば断片的には思い出せたが、完全に思い出すことはできない。まあ、三年って結構長いから、忘れてしまうのは仕方がない。けど、もし紫道聖一と俺がその時に出会っていたのなら、その時になにかがあったのだと考えられる。

 

「…まったく、行く先々で問題ばっかだなぁ」

 

紫道聖一が俺に殺気を向ける理由。それが分かれば、対処のしようがあるけど。まあ、思い出せないものは仕方がない。ああいう一見冷静に見えるタイプの人は怒らせると意外とぽろっと本音を漏らすことが多い。そうじゃなかったら、いつも通り、九十九隼人がよくやるお話し(肉体言語)で語り合えばいいだけだ。

そのためにはまず、コンディションを整えなければならない。粗方筋肉を伸ばし終えて、立ち上がる。

 

「…ん? あれは……」

 

全開にしていた視力が、複数の人間の姿を捉えた。随分とコソコソしているなぁ、バレバレだよ。あと、その集団に近づいていく一人と、更にその後ろから近づく一人。

 

「…行ってみよう」

 

大体こういうトラブルの渦中にいる人は想像できるけど、まあ人手が多いに越したことはない。丁度やることもなくなって暇になったところだったしね。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

基本、隼人は世界の心眼(ユニバース・アイズ)で見たことのある人のサイオンの特徴を記憶している。そして、今見た三人の賊を追う二人のサイオン質を、隼人は知っていた。

一番賊に近いのは、落ち着いた雰囲気のあるサイオン質の幹比古。そしてそれを追うように近づいていくのは、一滴も無駄に零さずクッキリとした輪郭を持つサイオン質の、達也。

二人の友人であり、その力量を知っていた隼人は、賊の対処に参加することを辞め、観察を行うことにした。

減重・加速の魔法を使って宙へ飛び、木々の枝を飛び移って絶好の観察ポイントまでショートカットで向かう。

隼人が目的の木に辿り着いた頃には、幹比古が魔法行使の体勢に入った。彼が懐から取り出したのはCADではなく、三枚の短冊状の呪符。幹比古は、現代魔法ではなく古式魔法を使うつもりだった。

 

(けど…よっしーはあの時の事故のせいで、満足に魔法が使える状態じゃないはずだ)

 

かつては吉田家の神童と呼ばれるくらいに才能のある魔法師だったのだが、幹比古はある時の魔法事故の後遺症で魔法をスムーズに発動できなくなっている。それに加えて、現代魔法よりも発動スピードで劣る古式魔法だ。あれでは、間に合わない。

 

『古式魔法』は、現代魔法と『存在』に付随する『情報』に干渉し、『事象』を書き換えるという基礎構造に違いはないが、現代魔法と違い、伝統的な道具を用いて発動する。幹比古の場合はそれが呪符であるのだが、彼の魔法構造には無駄が多いことを隼人は見抜いていた。

幹比古が発動した魔法のシステムは、大まかに三つに分けられる。

1、呪符にサイオンを流し込み情報を書き足す

2、その呪符を利用して『独立した非物質存在』通称『精霊』と分類されるプシオンを支配下におく

3、『精霊(プシオン)』を使ってイデアにあるエイドスを書き換え、魔法を発動する

 

現代魔法は、この内の二構成を不要としている為、速度的には古式魔法を圧倒しているのだ。それに対して古式魔法はプシオンで構成された精霊を使って間接的にエイドスを改変するため、現代魔法よりも他からの対抗を受けにくく、また強力な魔法を扱うことができる。

 

故に、後遺症がなく、今よりもスムーズに魔法を扱えていた頃の幹比古は自然現象を無制限に発生させることのできる隼人と魔法の撃ち合いにおいて互角くらいには渡り合えるほどだった。

 

だからこそ、幹比古はいまの現状に苛立っている。彼が、この九校の代表が集う場所にやってきたのは十中八九、彼の父親の指示だろう。

本来の幹比古の力ならば、九校戦の舞台に代表選手に選ばれるのは確実。本来お前がいたはずの場所を見てこいと、そう考えたに違いないが。

 

(発破をかけようとしたのかもしれないけど、それは悪手だ…)

 

眼下では、拳銃を達也によって分解された三人の賊が、幹比古の放った雷の魔法に撃ち抜かれていた。

 

(よっしーは結果を欲して焦ってる。そんな中、自分の無力さを痛感するようなこの場所だ。余計に焦るんじゃないか?……いや)

 

もしかしたら、彼ならばと思い、隼人は眼下で幹比古と話している青年を見た。

 

(司波、いや…()()達也。そして、トーラス・シルバー…彼なら、幹比古を救ってあげられるかもしれない)

 

自分ではダメだと理解している。幹比古よりも隼人が強いのは周知の事実。そんな自分に、なにができるのだろうか。同情?慰め? 駄目だ。どれも、彼を傷つけることになってしまう。

 

(だから、俺は見守ることにするよ。頑張れ、幹比古)

 

幹比古の怒声が下から聞こえてきた。だが隼人は、それを聞かなかったことにして、その場から離れた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

草木も眠る丑三つ時、とはいえ夜更かししている高校生ならばまだまだ起きていられる時間。穏やかな風が吹く林の中で、二人の魔法師が睨み合っていた。

色素が抜け落ちた真っ白な髪と、光を宿さぬ漆黒の瞳。

蒼くたなびく長髪と、強い意思を宿した紅蓮の瞳。

 

逆手に握った短刀。

順手に握った長刀。

 

振り撒くような殺気。

鋭く束ねられた殺気。

 

『紫』と『蒼』が、互いに殺意を向けて睨み合っていた。

 

「まさか、アンタが高校生の真似事をしてるなんて…意外ね」

 

先に沈黙を破ったのは蒼だった。挑発するような物言いに、紫は肩を竦める。

 

「あの方の、命令だからな。仕方、あるまい」

 

蒼が浮かべる表情を険しいものへと変えた。紫を睨む瞳に、更なる光が灯っていく。

 

「…アンタは、いつまであのクソジジイの言いなりになっているつもりなのかしら。紫道聖一」

 

「クク…なにを、今更。オレの、存在意義は、あの方を手助けすることに、ある。お前が、九十九隼人を守る、ようにな。九十九、スバル」

 

説得は不可能、とスバルは闇に刃を隠した。消えた刀身に、紫道聖一は目を細めた。

 

「最期よ。紫道聖一、今すぐあの組織と手を切りなさい」

 

「さもなくば、斬る、と? クク…相変わらず、だなッ」

 

開戦は唐突だった。白髪が揺れ、尋常ならざる速度を持ってスバルの喉笛に向かって短刀が突き出される。完全なる不意打ち。だがスバルは、それを首を右に捻るだけで躱すとそのままの勢いで掌底を繰り出した。

突き出した右掌が脇腹を抉る、その寸前に紫道聖一は右へステップすることでそれを回避していた。

 

持ち主が右回転するのに合わせて、長刀が翻る。袈裟に振るわれた白刃は、標的を断つ前に短刀に防がれる。

 

重圧剣(グラビティ・ソード)壱の段」

 

スバルのBS魔法、圧神(プレッシャナー)が発動し、重力増加による唐竹割が紫道聖一を襲った。

対する紫道聖一は、それを受け止めることはせずに移動系魔法で距離を取る。

開いた距離。だがスバルはそれを詰めることはせず、振り切った状態から刀を逆袈裟に振り上げた。

 

「振動剣《ヴィブレイト・ソード》音戟《フォノン》」

 

「っ!?」

 

紫道聖一が驚愕に目を見開いた。パサリ、と黒色のコートのフードが目の前に落ちる。なんの刺繍もない無地のフードは、根元から焼き切られていた。

スバルの使用した魔法は振動系魔法『フォノン・メーザー』の応用。フォノン・メーザーが超音波の熱線なのに対して、『ヴィブレイト・ソード・フォノン』は超音波の熱斬撃だ。超高温の斬撃は、例え鋼であろうと溶かし斬ることができる。

その分析を一瞬で行った紫道聖一は、自身が圧倒的に不利なのを悟った。そもそも、得物を持って来ていないのだ。例え武器があっても互角程度の実力差なのに、武器なしで紫道聖一に勝ち目がはるはずもなかった。

 

「ク…不利、だな。撤退、させて、もらおう」

 

「撤退? できるとでも?」

 

「できる、さ。逃げるだけならば、得物は、必要ない」

 

再び二人の間に緊張感が漂う。スバルは逃がさぬように身構え、紫道聖一は余裕の笑みを浮かべて短刀を弄ぶ。

仕掛けたのは、スバルが先だった。一足飛びの要領で一息に距離を詰めて、力強い踏み込みで刀を抜き放とうと腰を落とす。狙うは、首。

刀身が半分程鞘から抜かれて、紫道聖一が動いた。短刀が、銀光を放つ。

 

「くっ…!」

 

月の光を短刀で反射させ、それを増幅させることで擬似的なスタングレネードのような効果を生み出していた。

隼人のように視界を絶ってイデアの世界を見ることのできないスバルでは、視界を潰されてしまっては打つ手がなくなってしまう。

光が収まった頃、紫道聖一の姿はその場になかった。

 

「…チッ。これ以上、抜け出すのはマズいわね…ごめんなさい、隼人。また、迷惑かけることになるわ」

 

悔しげに舌打ちを漏らして、スバルもその場を後にした。

無人になった林の中、スバルに焼き切られた紫道聖一のコートのフードが、風に飛ばされた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

昨日の深夜になにがあったのかも知らず、九校戦は何事もなかったかのように開幕した。

九校を代表する魔法師の卵たちが集う場所だけあって、観客の数はかなり多い。述べ10万人。それ程の人数が、興奮気味に観客席に座っていた。

完全に体調を元に戻すことが成功した隼人だが、今度はサイオン酔いになりそうになって慌て視力を下げるのだった。

 

「あ、隼人!こっちこっち、会長の試合が始まるよ!」

 

手を振って呼んでくるエイミィに苦笑いを浮かべながら、隼人は競技場に目を向けた。

今から始まるのはスピード・シューティング、通称『早撃ち』の女子予選。一校からは、生徒会長である真由美が出ることになっている。

 

(七草真由美…エルフィンスナイパーとも呼ばれる貴女の実力、見させてもらいますよ)

 

真由美の魔法力の高さは知っているが、実際に魔法を使っている所を見るのは初めてだった。

エイミィの隣の席に腰を降ろして、手に持っていたペットボトルの水を煽る。

 

「ねね、会長ってどんな魔法使うと思う?」

 

少し興奮気味のエイミィの質問に、隼人はふむ、と顎に手をやった。

スピード・シューティングという競技は、要は動く的を素早く正確に撃ち落とす競技だ。三十メートル先の空中に紅色と白色のクレーが射出され、自分の決められた色のクレーを撃ち抜く。もし相手のクレーを撃った場合は減点となるのだから、かなり正確な射撃能力が要求されることになる。

スピード・シューティングにおける基本戦術は空気弾による単純射撃。これが一番リスクが少なく安定した戦術だ。真由美の魔法力は他の選手と比べて頭一つか二つ飛び抜けているため、単純にクレーを一発ずつ撃っていっても後れを取ることはまずないだろう。ただ、今のルールは準々決勝以降より適用される。

スピード・シューティングは予選と準々決勝以降では形式が異なっているのだ。準々決勝以降が、破壊するクレーを指定された対戦型。

対する予選は、五分の制限時間内に破壊した標的の数を競う、クレーを指定されていないスコア型。

故に、予選だけならば高威力の広域魔法で以ってまとめて破壊するという戦術もとれる。

従って、予選と本戦では使用する魔法と戦術を変えるのが主流なのだが。

 

「確か、七草会長は戦術を変えないことで有名なんだよね」

 

「うん。多分、予選から大魔法は使わずにお得意の精密射撃をしていくんじゃないかな?」

 

里美スバルの言葉を隼人は肯定する。エルフィン・スナイパーの名を取るくらいだから、やはり精密な射撃を得意としているはずだ。

 

(森崎君、ちゃんと見てるかな? 彼にとってこれは良い刺激になると思うんだけど…)

 

森崎は隼人のアドバイスを受けてクイックドロウを極めようとしている。早撃ちには威力は必要ないが、命中力は重要だ。いくら素早く魔法行使ができても、当たらなくては意味がない。

だから、真由美の精密射撃は必ず森崎にとってプラスになる。そう思っての心配だったのだが。

 

(あ、いた。どうやら心配はいらなかったようだね)

 

後列中央、一番見やすい席に森崎とその友人の数名が陣取っているのを見て隼人は笑みを浮かべる。まだ少し傲慢さは残っているようだったが、彼なりに強くなろうとしているらしい。

 

「それにしても、会長って凄い人気よね」

 

「そうだね。会長をネタにした同人誌があるくらいだし」

 

どーじんし? と聞きなれない言葉に首を傾げる隼人に、英美は知らなくていいわよと呆れ声で言った。彼はわざとではなく素でそれを言っているのだから、健全な男子高校生よりも少し遅れているらしい。

ちなみに、隼人と鋼を基にした薄い本も出回っているとかいないとか。

 

「始まる」

 

隼人の声を合図としたかのように、会場が静まり返った。二人の選手が構えるのは、単発小銃のように細長い競技用CAD。

 

(さて…)

 

隼人が視力を引き上げるのと、開始のシグナルが点ったのは同時だった。

軽快な射出音と共に、クレーが空を舞った。

 

「速い…!」

 

スバルが思わず唸ったのは、そのクレーの速度か、それともそれを打ち砕いた真由美の技能故か。

クレーの射出数の平均は、三秒に一個。その上、それが緩急をつけて選手を翻弄する、のだが、真由美は動揺することなく全てを撃ち抜いている。

 

(ドライアイスの亜音速弾に、知覚魔法のマルチスコープ、ね。あの四次元の射撃はマルチスコープの恩恵によるものか)

 

真由美の使用している魔法は、ドライ・ブリザードを応用した減速・加速系統のもの。

そして非物質体や情報体を見るのではなく、実体物をマルチアングルで知覚する、視覚的な多元レーダーの様な『マルチ・スコープ』。

この技能は先天性スキルであるが、隼人の『マルチ・タスク』のように努力すればある程度ならば取得できるものだ。

と、隼人が分析している間に試合は進み、五分間という時間はあっという間に終わりを告げた。真由美の、パーフェクト勝利という結果を以って。

 

「やった!パーフェクトだよ隼人!」

 

「見てた! 見てたから揺らすのはやめてくれぇ!」

 

興奮してか、肩を掴んで揺らしてくるエイミィに、隼人はただ耐えるしかなかったのだった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

九校戦一日目である今日は、先程真由美の出番が終了したスピード・シューティングの男女予選から決勝トーナメントと、バトル・ボードの男女予選が行われる。

『バトル・ボード』とは、選手達から波乗りと称される競技だ。元々は、海軍の魔法師訓練用に考案されたもので、選手はサーフィンのような一枚のボードに乗り、加速魔法などを駆使して全長3kmの人口水路を三周し、勝者を競う。バトル・ボードのルールとして、他の選手やそのボードに攻撃することは禁じられているが、水面に魔法を行使することはルールの範囲内だ。最大速度は時速約55~60キロに達する上、風除けは全くないため向かい風を正面から受ける。そういう面があり、この競技は相当な体力を消耗する競技として知られている。

まだ残ってスピード・シューティングを観戦するという英美とスバルと別れた隼人は、達也たちのグループと合流していた。

 

「女子には辛い競技だ。ほのか、体調管理は大丈夫か?」

 

「大丈夫です。達也さんにアドバイスしていただいてから体力トレーニングはずっと続けてきましたし、選手に選ばれてからは睡眠も長めに取るようにしていますから」

 

今回、ほのかは新人戦のバトル・ボードとミラージ・バットに出場することになっている。というのを、配布された各選手の出場種目一覧データに目を通しながら確認し、隼人は自分の出場種目をもう一度確認した。

 

(アイス・ピラーズ・ブレイクと、モノリス・コード…どっちも一条がいる…あ、紫道聖一もモノリス・コードに出るのか)

 

「ほのかも随分筋肉が付いてきたんですよ」

 

「やだ、やめてよ、深雪。私はそんな、マッチョ女になるつもりはないんだから」

 

と、雫の向こうで交わされる会話に、隼人と達也は思わず噴き出してしまった。

 

「ほら……達也さんにも九十九さんにも笑われちゃったじゃない」

 

「笑われたのは、ほのかの言い方がおかしかっただけだよ」

 

「雫まで。いいわよ、どうせ私は仲間外れだし。二人と違って、達也さんに試合も見てもらえないし」

 

いきなりいじけ出したほのかに、達也は困惑し、笑っていられなくなった。対して女心の分からない隼人は、なぜほのかが急にいじけ出したのか分からずに首を傾げた。それに、雫は溜息をつく。

 

「……ミラージ・バットは、ほのかの調整も担当させてもらうんだがな」

 

自分が気になっている人の鈍感ぶりに溜息をついた雫と、なぜか急に溜息をつかれてショックを受ける隼人。

そして、取り敢えず、言い掛かりと思しき部分は反論する達也だが。

 

「バトル・ボードは担当してもらえませんよね。深雪と雫は、二種目とも達也さんが担当するのに」

 

どうも逆効果くさかったのを、達也は悟る。

と、その後ろでは雫が小声で隼人に種明かしをしていた。

 

(ふんふん…ほのかが、達也を、ラブ、と…ええええ!?)

(静かに…! バレる)

(ご、ごめん…でも、そうなんだぁ)

 

「……その分、練習も付き合ったし、作戦も一緒に考えたし、決して仲間外れにしているわけでは…」

 

言い訳しながら、どんどん泥沼に嵌っていくような気がして口ごもる達也と、友人の諸事情を知って驚く隼人にそれを諌める雫。

幾ら鈍感な隼人でも、種明かしをされればほのかがいじけている理由も理解できた。ついでに、達也はそのことに気づいていないということも。

 

「達也さん、ほのかさんはそういうことを言ってるんじゃないんですよ」

 

と、ほのかを不憫に思ったのか、美月が口を挟んだのを皮切りに、

 

「お兄様…少し、鈍感が過ぎると思いますよ?」

 

深雪が、

 

「達也くんの意外な弱点発見」

 

エリカが、

 

「朴念仁」

 

雫が、次々と達也を責めたてた。

 

「雫さん…? あの、なんで俺は足を踏まれているのでしょう?」

 

そう隼人が言うと、雫に複数の同情の眼差しが向けられた。それに、首を傾げるしかできなかった隼人。結局、競技開始まで達也は女性陣からの集中砲火に耐え、隼人は雫に足を踏まれ続けるのだった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

コースの整備が終わり、選手がコールされた時、達也はようやく解放された。隼人はまだ踏まれたままだったが。

なんか、もういいやという気持ちになった隼人は、雫の発するオーラに気圧されながらもスタートラインにたゆたう四人の選手に目を向けた。

少々狭めのコースの中側に、他の選手が膝立ちでいるのに対して、摩利は真っ直ぐに立っていた。

 

「うわっ、相変わらず偉そうな女…」

 

エリカの呟きを聞きながら、隼人は苦笑いを漏らした。摩利の性格はよく知っているつもりなので、少しだけエリカに納得できる部分があったためだ。それに、エリカと摩利の間に何か確執があることも知っている。好意には疎いが、因縁や負の感情には鋭いのが九十九家の男だ。

と、選手紹介のアナウンスが摩利の名を呼んだ途端、黄色い歓声が特に最前列付近の客席を揺るがした。手を挙げて応える摩利に、黄色い絶叫が更に音量を増した。

 

「……どうもうちの先輩たちには、妙に熱心なファンが付いているらしいな」

 

「だね…しかもなんか会長も委員長も対応に慣れてるよね」

 

「分かる気もします。渡辺先輩は格好良いですから」

 

異論はない、と隼人は浅く頷く。だが、確かに格好良いが、それを言ってしまったら深雪さんは大変なことになるんじゃ…? というのが偽らざる本心だったが、敢えてそれは言わなかった。

 

『用意』

 

スピーカーから、合図が流れる。空砲が鳴らされ、競技が始まった。

 

「自爆戦術?」

 

呆れ声で呟いたのはエリカで、声も出なかったのは達也、そして隼人は苦笑いを浮かべていた。

スタートの直後、四高の選手がいきなり後方の水面を爆破したのだ。恐らく、波を作ってサーフィンのようにして推進力に利用し、ついでに他選手を撹乱しようとしたのだろうが、自分も巻き込まれるような大波を作ってどうしようというのか。

 

「あっ、持ち直したぜ」

 

どうやらボードから落ちるということにはならなかったようだが、スタートダッシュを決めた摩利とはかなり差がついてしまっていた。

 

「硬化魔法の応用と移動魔法のマルチキャストか」

 

魔法式ではなく、摩利の姿勢やボードの動きを見て達也は摩利が何をしているのかを見抜いた。

 

「硬化魔法?」

 

問いかけてきたのはレオ。自分が得意とする魔法だけに、興味を持ったようだ。

 

「なにを硬化してるんだ?」

「ボードから落ちないように、自分とボードの相対位置を固定しているんだ」

 

それだけで、隼人も摩利がなにをしたのかを理解した。

要は、十字の道化師(クロスズ・ピエロ)の魔法師が隼人の動きを止める為に用いた硬化魔法と同じことだ。

隼人と地面を一つのオブジェクトとして、その相対位置を固定することにより、隼人の体と地面を一つの『もの』と定義している。摩利の場合は、摩利とボードを一つの『もの』と定義し、それに移動魔法を掛けている。

更に、摩利は常駐ではなくコースの変化に合わせて持続距離を定義し、前の魔法と次の魔法が被らないようにうまく段取りしている。隼人も中々に硬化魔法を扱うため、それが高度な技術なのだと理解できた。

 

「隼人…?」

 

「ん? ああ、ちょっとボーッとしてた」

 

どうやら考え込んでいたのだろう、心配そうな声で自分の名前を呼ぶ雫に、意識を思考から水路に向ける。

摩利の姿は、少し目を離した内にスタンドの陰に入って見えなくなってしまっている。視線を大型ディスプレイに移す。

水路に設けられた上り坂を、水流に逆らって摩利は昇って行く。

 

「加速魔法だね」

 

どうやら、外部から受けた加速のベクトルを逆転させる術式のようだ。

 

「振動魔法も併用しているのか」

 

同時に、逆位相の波を作り出して造波抵抗を弱める魔法も使われている。

 

「凄いな。常時、三種類から四種類の魔法をマルチキャストしているとは」

 

達也の口から、自然に称賛の言葉が漏れた。それに隼人も同意だった。

摩利の使用している魔法の一つ一つは、それほど強力なものでない。ただ、その組み合わせが絶妙だった。

臨機応変、多種多彩。

 

(まったく、うちの先輩方は高校生じゃないみたいだ)

 

近く、自分もそう認定されることも知らず、隼人は内心で先輩たちの評価を繰り上げた。

 

坂を上り切って、滝をジャンプ。着水と共に作り出された大波は、彼女のボードを前方へ押し流すと共に、二番手で飛び降りた選手を飲み込み、落水寸前へ追い込んだ。

 

「戦術家だな…」

「性格が悪いだけよ」

 

達也とエリカの会話に、苦笑いを浮かべる。

一周目の、コース半ばも過ぎないうちに、摩利の勝利は確実になっていた。

 

 

 

 

ーーto be continuedーー




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