魔法科高校の神童生   作:RAUL85

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いつもより早く書き上げることができた…! この勢いのまま更新スピードもアップ!…できたらいいなぁ…


EPISODE31:負けられぬ戦い

九校戦六日目 新人戦三日目

 

新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグ最後の舞台に、燕尾服の裾を靡かせ隼人は立った。

合計24本の氷柱を挟んで向かい合うのは、第三高校エース、十師族中、『一』の称号を賜る名家の跡取り、クリムゾン・プリンスの『一条 将輝』。

互いに負けられない理由を胸に、二人は試合開始の合図を待つ。

『血塗れの王子』と『執事服の魔王』の戦いが今、始まろうとしていた。

 

「………だ、大丈夫なのでしょうか?」

 

注目株であるこの二人の試合に、観客席は一般用と関係者用共に満員。更にVIP席にはあの世界最巧とまで謳われた魔法師、九島烈の姿さえあった。沸き立つ観客席の中、隼人とほのかのお陰で早く立ち直った雫や、他のいつものメンバー+英美と里美が、心配そうな表情で隼人を見ていた。

それはそうだろう。さっきから隼人は険しい表情で自分の腹を殴ったりしているのだから。

思わず不安げな声を出した深雪に、英美がプッと吹き出す。

 

「隼人は緊張に弱いんだよ。だから、こんな大勢の中で注目されたら胃も痛くなるって」

 

英美の解説になるほどな、と達也は頷いた。ならば大丈夫だろう、隼人はONとOFFの切り替えは出来る。緊張を試合に引き摺る彼ではないはずだ。

 

「そ・う・い・え・ばぁ」

 

と、そんな時今まで押し黙っていたエリカが耐えられないとばかりに前に座る雫を後ろから抱きすくめた。

嫌な予感が、達也の第六感を刺激した。

 

「アタシ聞いちゃったんだけどねー? 隼人クンってばこの試合、『雫の為に、勝ってくる』なんて言ってたらしいじゃない!」

 

ご丁寧に隼人の声真似まで交えて落とした爆弾に、雫は頬を赤らめ、英美はその表情を無にした。

なんつー爆弾を落としやがる、とレオが非難の眼差しを向けるもエリカはどこ吹く風。不穏な空気を感じた幹比古と美月はそっと体を安全地帯へと避ける。

 

「ほうほう、雫の様子からしてこの噂は本当、と。それでそれで!? ときめいたゃった?ときめいちゃった!?」

 

いつになく上機嫌だなと、達也は現実逃避気味の感想を胸の内で呟いた。しかし隼人も大胆なものだ。誰にとは言わないが、後ろから刺されかねないぞ。いや誰にとは言わないが。

そして雫は顔を赤らめるんじゃない、隣で赤い髪が生き物のようにうねっているのに気づかないのか。

妹からの救援信号が送られてくるがここは我関せずを貫かせてもらう。深雪には悪いが、三角関係の拗れとやらは根が深く厄介なのだ。なるべく関わりたくない。

せめて隼人に頑張れよという意味合いの眼差しを向けて、達也はお手洗いへと旅立って行った。

 

 

 

 

 

 

そんなやり取りが観客席で行われていることを露ほども知らない隼人だが、何故か最大級の胃痛を感じて思わず蹲る。しかしそこは気合の見せ所、既に何発目か分からない腹パンを叩き込んで胃痛の沈静化を図る。

 

胃痛ごときでへばっている場合ではない。この試合は、なんとしてでも負ける訳にはいかないのだ。

雫に勝つと言った。君の魔法は無力じゃないと証明すると言った。

その証明の為に、これ程に御誂え向きのステージがあるだろうか。

観客席は満員御礼、VIP観覧席には世界最高最巧と謳われる老師の姿。そして敵は十師族の跡取り、それも『血塗れの王子』の異名を冠する期待のホープだ。

 

ああ最高ではないか。だから静まれ俺の胃よ。我が闘志に水を差すでない。

 

さあ、俺の名が呼ばれるぞ。ここから先は九十九隼人ではなく魔王のステージだ。せめてこれまで倒してきた相手よりも激しく攻め立ててやろうではないか。

 

 

 

 

 

九十九隼人の名が呼ばれ、彼が深々と一礼する様子を将輝は注視していた。

隼人とは違い、将輝は先程の二高の選手との試合があったためこれで連戦ということなるが、二高選手戦を最短手段で負かしたために疲れの色はない。それ以上に、ラスボスと戦う前のいい準備運動になった程度としか認識していなかったのだ。哀れではあるが、隼人と将輝と比べればそれ程の実力差は当然であった。

 

それにしても、と将輝は再び隼人を見る。

先程セルフ腹パンしていた奴だとは考えられない程の闘志。恐らく彼にも自分同様に負けられない理由があるのだろう。

だが自分の思いはそれ以上だ。三高の為、十師族としての立場の為。そして何より、一人の魔法師として負けたくないと思った。

 

敵は魔王。これまでの試合の全てを完封で勝ち進んで来ている正真正銘の強敵だ。

ああ、だからこそ負けられない。負けたくない。背負えるモノは背負ったんだ。その重荷ごと、次は魔王を超えてみせよう。

血塗れの王子(クリムゾン・プリンス)の名を、奴に刻み込んでやろう。

 

 

 

互いに負けられない思いを背負って、二人は魔の法を解き放つ。

片や一人の少女が無力ではなかったと証明する為に、片や自校の期待に応える為に。思いの大きさに違いはあれど、それを叶えんとする意志になんら差はない。

 

これより始まるは大会史上最高にして最巧の魔法合戦。

互いの得物を構える。空気は既に振動を始め、観客は二人の迫力に呑まれている。息が詰まりそうな時間が流れ

 

そして試合開始の合図が鳴った。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

開戦の合図と同時、張り詰めていた空気を切り裂くかのように二人が動き出した。

 

将輝が拳銃タイプの特化型CADを氷柱に向け、隼人が漆黒のグローブに包まれた左手を掲げ伸ばす。

 

魔法式が投射され、魔法が発動ーー

 

「っ!?」

 

驚きの表情を浮かべたのは隼人。

将輝の魔法は彼の予想よりも早く、そして大規模な振動となって隼人の陣地を襲っていた。

 

発動しようとしていた魔法を破棄し、自陣の守りを固める為に氷柱12本全てに情報強化を施し、そして反撃に移る。

 

将輝が事前に隼人対策として紫道聖一に教えられた作戦は極単純なものだ。

隼人に反撃の間を与えず、手数と種類の多さで押し切る。いくら隼人の防御が堅牢だとしても、系統化された現代魔法四系統八種、その全てを駆使しての攻撃は防ぎきれまい。

しかし、その作戦の難度は規格外のものだ。そもそも将輝の得意とする魔法は発散系統のもの。勿論CADもそれ用に特化してある。故に将輝は、特化型CADと汎用型CADの同時操作が余儀なくされた。

CADの二機同時操作自体が高難度であるのに加え、扱う魔法は八種類の系統で更に枝分かれしている。必然的に、将輝にかかる負担は尋常ではないが、流石は魔法の名家といったところか。時折表情を歪めるものの、演算自体に狂いはなく魔法は正常に発動し、隼人を襲っている。

 

反撃に移ろうにも将輝の攻撃の苛烈さに防御を疎かにすることはできない。その事を瞬時に判断した隼人は、情報強化の上から更に氷柱の周囲をファランクスの防壁で覆った。

 

ファランクスとは四系統八種、全ての防壁を同時に展開させる多重防壁魔法。直接氷柱に魔法をかけない限り、将輝の放った魔法はその全てを悉く阻まれるだろう。持続時間が短いという欠点も、『ループ・キャスト』 というシステムで補っている。

 

更に、氷柱そのものに魔法をかけたとしても隼人の尋常ならざる干渉力を以て付与されている情報強化によって生半可な攻撃は全て無に帰される。

 

それは正に鉄壁。いかなる攻撃も通さない堅牢な城壁。

だが、一の名を冠する者はそれを打ち破る術がある。

ならば、守りに徹するより少しでも相手の攻勢を緩める為に何か仕掛ける方が得策。

 

(ちょっとアンフェアかもしれないけど、まあ仕方ないよね。これが俺の魔法なんだから…!)

 

並列思考がフル稼働を開始する。ファランクスと情報強化は汎用型CADに任せ、残る十六の並列思考を以て敵陣地を蹂躙すべく『想像』を始める。

 

『想像』が創造され、世界に投射されたのは幾つもの炎の弾丸。凡そ三十の炎弾が、将輝の陣地を襲った。

攻撃に傾倒していた将輝はその反撃に反応できず、前列二つ、中列一つ、そして後列一つの合計四本の氷柱が抉られた。

 

予測を遥かに超える魔法に観客が驚き沸き立つ。そしてその驚愕は、魔法に精通する者程大きかった。

 

空中に現れた無数の炎の弾丸。あれは自然現象での再現はほぼ不可能だ。

炎は火種がないと燃えることはできない。しかし隼人の放った炎弾は火種がなく、炎自体が弾丸として質量を持っていた。古式魔法である、精霊魔法ならば炎弾を作り出し射出することも可能だろうが、勿論、隼人は友人である幹比古のように精霊魔法を扱うことはできない。

 

世界の法則を超越した力。そう結論付けられたのは一体この場に何人いただろうか。

ただ少なくとも、魔王に相対した王子に、それは理解できなかった。

 

(なんだ今のは!? 炎の弾丸? 冗談にも程があるぞ…!)

 

事前に予定していた作戦が早くも瓦解してしまったことよりも、将輝は今の炎弾に気を取られていた。思考に乱れが生じ、隼人の陣地を襲っていた猛攻の一切が止まる。

それを好機と見てか、隼人はファランクスと情報強化を解除し、全ての思考・技術・能力を攻撃へと向けた。

 

(クソっ、耐え切れるか!?)

 

一斉攻撃を読んだ将輝は急ぎ全ての氷柱にありったけの情報強化を施し備える。

 

「…行、けぇ!」

 

十六の並列思考、一機の汎用型CADから放たれた魔法の数は六つ。

振動が、炎の渦が、氷の弾丸が、空気の圧縮炸裂が、無色の防壁が、轟く雷撃が、その総てが将輝の氷柱全てを飲み込んだ。

 

その光景は正に地獄そのもの。その余りの高威力に、自陣前列の氷柱をも融解させながら、隼人は焼き切れそうになった思考を無理やり引き止めていた。

 

さあ、どうだ血塗れの王子よ。圧倒的魔法力で敵陣を蹂躙する、これが魔王の戦い方だ。

ああしかし、これで終わってしまっては面白くない。こっちは久々に力一杯魔法を使えるのだ。なによりまだ、こちらは切り札を切ってはいない。

 

「まだだァ!」

 

巻き起こる煙の向こう側。煌めく朱色の魔法式。普段は使わない十六もの並列思考を駆使し消耗している隼人の前で、彼の自陣中列の氷全てが順に内部から爆散した。

 

思わず口角が吊り上がる。

流石はクリムゾン・プリンス。あの猛攻を凌ぎ切り、更に自分の切り札を使えるように微弱な振動を氷柱に与え続けていたとは思わなかった。

 

隼人の中列の氷柱を軒並み崩した魔法は一条家が得意とする発散系の系統魔法『爆裂』だ。

内部にある液体を瞬時に気化させる事によりその外側を爆散させる魔法で、人間に使えば血液が気化して人体を破裂させる殺傷性ランク『A』に相当する実戦用魔法。

将輝は新ソビエト連邦による佐渡侵攻事件において、『爆裂』により多くの敵兵を屠り、そしてその『敵と味方の血に塗れて戦い抜いた』ことへの敬意を表して『クリムゾン・プリンス』の渾名を賜っているのだ。

 

しかし爆裂を発動させるには氷柱の内部に液体が必要だ。急ピッチで作り上げられた粗悪な氷とはいえ、それは個体。いきなり爆裂を使うことはできない。

そのため、将輝は隼人に気づかれないよう微弱な振動魔法を試合開始直後から氷柱に掛け続けていたのだ。開始直後の苛烈な攻撃もこれを隠すため。

紫道聖一の作戦だけでは心許ないと考えた吉祥寺からの提案である。

弱い振動とはいえ長い間掛け続けていればいずれ効果を発揮するもの。

 

そして今、切り札を使うのに相応しい舞台が整った。

 

「なるほど、魔王というのは伊達ではないな」

 

確かにあの一斉攻撃は肝を冷やした。あの炎弾だって未だに理屈は分からない。

しかし、勝てないわけではない。

 

現に彼の氷柱は残り後列の四本、対し将輝の氷柱は懸命の防御もあって中列後列合わせて五本残っている。

そして、爆裂の準備も整っている。チェックメイト、魔王の伝説はここまでだ。

 

「ーーああ、楽しくなってきた」

 

しかし魔王は笑ってみせた。野性的で、好戦的な獣の笑み。魔法を惜しみ無く放つ事が楽しいと、将輝と戦うのが楽しいと魔王は笑う。

 

「だから簡単に終わらせはしないよ、クリムゾン・プリンス」

 

再び、残り四本の氷柱に情報強化が施される。今度のは先程よりも氷柱の数が少ない為に、その分一本一本にかかる情報強化はかなりの密度だろう。それを貫くのは例え将輝の爆裂でも容易ではない。

 

「君が切り札を切ったというのなら、俺もそれに倣うとしようか」

 

「敵の切り札が出てくるまで待つような殊勝さは持ち合わせていない!」

 

かつてない程に強固となった氷柱に爆裂を発動するが、やはり内部の液体は気化することなく氷柱は元の形を保っている。

 

(さあ、証明しよう)

 

隼人が燕尾服のホルスターから取り出したのは、雫から受け取った拳銃タイプの特化型CAD。雫用に調整されているはずだが、隼人に限っては問題ない。なにせ、彼がCADに合わせればいいのだから。

 

「君の魔法は無力じゃないってことを!」

 

放たれたのは緑光のレーザー。超音波振動を極限まで引き上げられた音の閃光は、情報強化を施された将輝の氷柱を一本を貫通し二本を一瞬で溶かし尽くしてみせた。

 

(くっ、フォノンメーザーか…! まさかここまでの威力とは思っていなかった!)

 

雫の魔法が無力ではないと証明すると宣言したが、勿論、隼人と雫の地力の差はある。今の雫ではここまでの威力を出すことはできないだろう。だが今この場に限って、それは関係のないことだった。

隼人が証明するのはこの魔法であの一条将輝に挑み、打ち勝ったという事実のみ。

 

「くっ!」

 

隼人の氷柱の一つが爆裂によって砕け散る。これで両者の残り氷柱は三本。会場のボルテージは最高潮に達した。

互いに譲れぬモノがある。だからこそ二人は吼えた。

 

氷柱が爆散し、緑光に焼き尽くされる。互いに残り二本。

将輝の放った圧縮空気弾が隼人の張ったファランクスに遮られ、隼人が撃った炎弾が将輝のエア・ブリッドに撃ち落とされる。

攻撃を仕掛ければ防がれ、反撃に移れば叩き落される。フィールド場には幾つもの魔法の軌跡が光として残り、それはすぐ様フィールド全体を覆い尽くす。

炎弾と圧縮空気弾のぶつかり合いによって巻き起こった爆風によって視界が塞がれるが、二人は自身の標的を見失う事はなかった。

 

煙を吹き飛ばしながら爆裂とフォノンメーザーが放たれ、そして互いの氷柱は残り一本となった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「…なんつー試合だよ」

 

今まで呆然としていたレオが、放心気味にそう漏らした。これは全員の総意であったらしく、皆が皆頷いてみせる。

 

「…流石にこれは予想以上だ」

 

達也にここまで言わしめたのだ。この試合がどれ程高度で、そして白熱したものなのかが分かる。

これまで隼人が魔法を使っている所をあまり見たことがないレオ達の驚きようは当然だと言えよう。

 

「しかし、あの炎の弾丸は一体なんだったのでしょうか…? 火種もなく燃え続け、氷柱を抉るなんて」

 

「それは俺にも分からないよ。恐らくは俺たちの知らない古式魔法かなにかなんだろうな、現代魔法であれを再現するのは不可能に近い」

 

達也ですら知らない魔法。未知のものとはそれだけで人に言い知れない不安を覚えさせるものだ。

だからそれを扱う隼人に、少しの恐れを抱いてもおかしくはない。思わず不安げな表情を浮かべたほのかだったが、隣に座る雫や、その隣にいるエイミィにそんな表情はなかった。

 

「まったく、隼人ったら雫の魔法ばっかり使って! ちょっとは私の魔法も使いなさいよ!」

 

「ダメだよエイミィ。隼人は私の為に勝ってくるって言ったんだから」

 

そりゃ好きな人(片方はまだ否定しているが)を恐れるはずはないだろう。ほのか自身がそうであるように、彼女らもまた、隼人の事を信頼しているのだ。

 

(隼人さん、頑張ってください!)

 

 

「いいじゃない! 減るものじゃないでしょ!?」

 

「そういう問題じゃない。これは気持ちの問題だから」

 

そしてどうか早く一触即発のこの二人を止めて下さい。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

ほのかの願いが通じたのかどうかは不明だが、隼人と将輝の試合は最終局面を迎えていた。

互いに限界が近いのだろう。額には汗が滲み、時折表情を険しく歪めている。

だがそれでも魔法を放つ手を、そして意識を手放さないのは背負った思いがあるからだろうか。

 

自分は無力だと嘆いた少女の為に。

 

逆転を願う仲間たちの為に。

 

互いに譲ることなどできない思いがあるからこそ、己が勝つと信じて吼える。

 

頭に走る痛みを無視して放たれたムスペルスヘイムが、灼熱の業火となって将輝の残り一本の氷柱を溶かし始める。

 

ふらつく足に鞭を打って発動した爆裂が情報強化ごと食い破らんとその氷柱を軋ませる。

 

「終わりだ!」

 

将輝が放ったのは自信が最も信頼の置く『爆裂』ではなく、極限まで圧縮した空気弾。それが氷柱にぶつかれば、爆裂によって亀裂の入った隼人の最後の氷柱は間違いなく砕け散るだろう。

勝利を確信した笑みが漏れた。

俺はあの魔王を打ち破ったのだと、まだまだ自分たちは逆転できるのだと、諦め掛けていた自校に期待が満ちる幻想を見てーー

 

 

 

「そうだね、終わりにしよう」

 

 

ーーそしてそれは、緑の極光に呑まれた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

かつてない程に巨大な緑の閃光が、最後の氷柱を一瞬で蒸発させた。

試合を終わらせた最後の魔法、その輝きの美しさに、将輝は声を出すことができなかった。

 

「ーーーーっ」

 

これまで、魔法に美しいなどという感想を抱いたことがあったであろうか。戦場に立ち、そして敵を屠り続けてきたこの魔法に。

否、有るはずがない。将輝にとって魔法とは敵を斃す手段。銃や剣などと同類の道具だ。

道具に美しいも醜いもない。有るのはただ、敵を斃せるかどうかのみ。

 

だがしかし、隼人の放ったフォノンメーザーの輝きに、将輝は『美しい』と思った。見惚れていた。

 

膝から崩れ落ちる。ああ、負けた。完全敗北だ。しかし、負けたというのに気分は不思議とスッキリしている。きっと自分の持てる全てを出し切ったからだろう。負けたのにいっそ清々しい。

 

観客達の歓声が聞こえてくる。万雷の喝采の中、将輝はゆっくりと櫓から降りていく。

 

「一条将輝!」

 

その背にかけられた思いもよらない声に振り返ると、向こう側で自分を打ち果たした魔王が手を振っていた。

 

「楽しかった! またやろう!」

 

「ーーーーー!」

 

楽しかった。ああ、そうだ。確かに楽しかった。彼との試合中、ただ三高の為に負けられないと思っていたけれど、しかし終わってみればまず最初に楽しかったという感想が出てくる。

だから、自分の返す言葉は勿論決まっていた。

 

「ああ! またやろう!」

 

そして再戦の約束は交わされる。近い内にその約束が果たされることを予感しながら。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「おめでとうございます! 九十九さん、やりましたね!」

 

「おわっ! な、中条先輩!?」

 

将輝と再戦の約束をして天幕に戻ってきた隼人を出迎えたのは、感極まった梓のタックル及びハグであった。

恐らく興奮していて自分がなにをしているのか気づいてないのだろう。

そのことでからかってやろうかなどと益体も無い考えをしていて、そしてやめる。

梓の後ろ、丁度天幕の入り口らへんに、二人の修羅を見たからだ。

 

「……隼人」

 

「どういうことかな?」

 

片方は静かにCADを構え、片方は赤い光沢のある髪を生き物のようにうねらせる。

 

待って欲しい。これは不可抗力なのだと全力で弁明させて欲しい。これは俺の意志ではないのです、何かの事件なのです。

 

なんてアイコンタクトが通じるはずもなく、二人の修羅はこちらに向かってくる。

後ろで傍観している達也達を見るも、達也はサムズアップ、深雪は口に手を当て微笑み、レオとエリカは楽しそうに、幹比古と美月は少しあわて気味に、そしてほのかは雫を、里美はエイミィを応援している。

どうやらこちらに味方はいないようだ。しかし中条先輩から飛び込んできたのにとばっちりを喰らうのはこちらだいうのは、これ如何に。

 

何処かに救いの神はいないものか。なんて周囲を見渡すと、不意に梓の重みが消えた。

 

「何をしているのですか、中条さん?」

 

梓を隼人から引き剥がしたのは鈴音だった。先程までの自分の行動を思い出してアワアワしている梓を尻目に隼人は安堵のため息をつく。

 

「九十九さん、今回の試合の反省をするので奥の部屋へ行きましょう」

 

「え、でももう試合ない…」

「行きましょう」

「了解であります」

 

それきり、鈴音に引っ張られる形でカーテンで仕切られた奥の部屋へ連れて行かれる隼人。

 

「ねえ雫…まさかとは思うけど…」

 

「…市原先輩も警戒人物」

 

どうやら二人の恋時は前途多難のようであった。

 

 

 

 

 

「さて、先ずは優勝おめでとうございます。九十九さんのお陰でこの後の試合は余裕を持って行えます」

 

「いえいえ、役に立てたんならよかったです。結構ギリギリでしたけどね」

 

鈴音に案内されたのは、作戦立案した時の狭い部屋だった。鈴音が二人の間にあるテーブルにコーヒーの入ったカップを置く。

 

「確かにギリギリでしたが、一条選手に勝てたというのはとても大きいです。よくもまあ、あんな無茶苦茶をやってくれました」

 

「…あの一斉攻撃は市原先輩が隙あらば狙えって言ってたやつですけど?」

 

「はてなんのことでしょう」

 

しらばっくれる気だこの人。

首を傾げて惚ける先輩に隼人は白い目を向けるも、当の本人はそんな事を気にせず話を進めた。

 

「それはそうと九十九さん、()()は一体なんなのですか?」

 

あれ、とは勿論のこと隼人が使ったあの『炎弾』のことだ。事前の打ち合わせで、彼は古式魔法が使えるとは言っていなかった。

ならばあの炎弾はなんなのか。そして貴方は一体、何者なのか。

 

「……あれは精霊魔法ですよ。俺の友達に精霊魔法を使う人がいて一時教わっていたんです。今回は一条くんを驚かせる程度の効果を期待してたんですけど、予想以上の働きをしてくれました」

 

まず古式魔法は少し教わった位で習得はできないというツッコミを飲み込むことにする。

だがまあ、それならば良い。鈴音自身も、可愛がっている後輩が()()の関係者であって欲しくはないのだから。

 

そうして鈴音は、隼人に感じた違和感から無理矢理目を背けることにしたのだった。

 

「そうですか…兎も角、今日はお疲れ様でした。明日からすぐにモノリス・コードが始まりますので、今日はゆっくり休んで下さい」

 

「了解です。市原先輩、ありがとうございました!」

 

頭を下げる後輩に微笑んで、鈴音は思考に蓋をする。

わざわざ忌まわしい記憶を掘り返すことはない。彼はまだ、あの少年だと決まったわけではないのだから。

 

 

 

† †

 

 

 

「ああ、一条は、負けた。まあ、あの九十九、隼人によく、戦ったと、いうところ、だろう……」

 

深夜、ホテル裏の林にて。

 

「ああ、あまり喚く、な。貴様らの、金切り声は耳に、響くん、だ」

 

独特なイントネーションで、彼は通信端末越しに今回の契約者に報告をしていた。

 

「わかっている、さ。契約、だからな。一高の好きには、させん」

 

交わされるは負の密約。

ゆっくりと蛇の毒牙が、迫っていた。

 

 

 

 

ーーto be continuedーー




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