魔法科高校の神童生   作:RAUL85

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はい、更新スピードアップなんて幻でした。ごめんなさい。


EPISODE32:モノリス・コード

 

 

 草木も眠る丑三つ時。闇とは無縁の人ならば眠りについている時間であろうこの刻は、しかし闇に生きる者にとっては最も動き易い刻である。

 九十九隼人子飼いの情報屋である九十田エリナもまたその例に漏れず、主人から待機命令が出ているにも関わらず行動を続けていた。

 彼女の目下の目的はこの九校戦の舞台で最も警戒すべき男、紫道聖一の監視である。

 常にばら撒くように発し続けている殺気や、これまでの監視の中で見つけた怪しい動き、そして彼女の記憶から引き出した彼の異常性。それらを総合した上での結論は決して間違いではなかった。

 故にその監視は今まで以上に慎重に行ってきた。

 

 だから今回の結果は、まだまだ彼女のツメが甘かったということだろう。

 

「久しぶり、だな。五十嵐エリナ」

 

 腕を捕まれ壁に叩きつけられたエリナは、目の前で歪な笑みを浮かべる男を睨みつけた。

 透過の魔法ですり抜けようとしても、サイオンが改変される兆しは訪れない。彼の前ではそういうことになってしまう。

 

「五十嵐の名は捨てたって言ったでしょ、今は九十田よ。狂信者」

 

 口から出る言葉は自然と棘のあるものとなる。そうでもしなければ紫道の発する気に呑まれてしまうのだ。

 

「そういえば、そうだったな」

 

 闇夜に輝く漆の瞳。狂気にも似た濁った光を帯びるその瞳から、エリナは目を逸らした。

 

「アンタ達が私を連れ去ったのが原因だって、忘れたの?」

 

「いいや、忘れる、はずがないだろう。なにしろ、透過の法を唯一、宿した実験体、なんだからな」

 

 思い出すのは苦痛の過去。

 痛みと恐怖、悲鳴と嬌声の入り混じる地獄のような地下施設。

 そこで、エリナは五十嵐の名を剥奪された。

 

「ああ、やっと会えたよ、九十田エリナ。さあ、俺と共に来い。()()()も、お前が戻るのを、待っている」

 

「……まさか。私は、あの地獄には戻らない」

 

 間違いなくあの場所は地獄であった。数年振りに外の世界に出て、遥か空に照り輝く日の光を浴びて、エリナは誓ったのだ。『もう二度とあの場所には戻らない』と。

 

「……そう、か。残念だ、よ。お前ならば効率良く、九十九隼人を殺せると、思ったのだが、な」

 

「…それこそまさか。私が先輩を殺す? そんなはずないじゃない。理由がない」

 

 そこまで言って、エリナは自分の失態に気がついた。病的なまでに青白い紫道の唇が弧を描く。

 

 紫道聖一という男の本質。それを知っていたはずなのに、彼女は選択を誤った。

 紫道聖一は、この男は根拠のない話は決してしない。彼の発する言葉には全てに意味があり、そして裏がある。

 彼の言葉を真に受けてはいけなかったのだ。

 

「理由なら、あるぞ」

 

 やめて。

 きっと彼は私をその気にさせてしまう事実を知っている。

 

 知りたくない。

 私は移り気な人間だ。あの地獄でそう上書きされてしまったから。でもだからこそ、先輩への想いだけは唯一だと決めていたのに。

 

「お前、のーーー」

 

 

 ーーああ、心がクロくなっていく

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 また、夢を見ていた。

 

 日の光が届かない地下施設。今にも消えそうに点滅する電球の光しかない薄暗い空間に設置されている幾つもある檻、その中の一つに俺はいた。

 周りを見れば俺よりも年下の子供が何十人もいる。

 

 その子達に共通するのは、質素な服、こびりついた汚れ、目新しい傷、光を失った瞳、恐ろしく細い腕や脚など。幾つもの共通点があり、それは総じて、この場所が決していい場所ではないことを物語っていた。

 

 ガチャリと音が鳴って檻の入り口が開く。虚ろな目を動かしそちらを見ると、一人の傷だらけの少女がこちらへ放り投げられた。慌ててその子を抱き止める。

 本当ならば綺麗に輝く緑がかった銀髪はすすけて汚れ、幼いながらも端正な顔は痛みに歪んで固まっていた。意識を失っているのだろう。この奥で行われているコトで、正気を保っているのは容易な事ではない。

 

 ーーああ、酷く現実味のある夢だなと、俺はどこか遠くで思った。

 ーーなんで俺はこの場所を知っているのだろう。分からない。

 

 けど、また、守らなくちゃって思った。俺はこの中で一番年上だから、俺はみんなを守らなくちゃダメだと思った。この中で戦える力を持っているのは俺だけだし、俺はまだ、この子たちよりも酷い事をされていない。

 醜くても構わない。この子たちが助かればと、この子たちを守れればと。気づけば俺は傍にあった鉄の柵を握りしめていた。

 

 少女を放り投げた男は訝しげにこちらを見ている。

 握りしめた鉄が軋みを上げる。いつからか拳を電気が覆っていて、更に力を込める。あと、少しで鉄柵が外れーーー

 

「がッ」

 

 意識が飛び掛けた。蹴り飛ばされたのだと認識できたのは少し経って。その時には俺の体は男に持ち上げられていた。

 

 男の口が動く。黄色く変色した汚い歯が覗く。やめろ、俺に近づくな。その汚い顔を俺に近づけるな。

 

 ーー正義のヒーローにでもなったつもりか?

 

「……ぁぁ」

 

 それ以上、何も言うんじゃねぇ。

 ああ醜い。その顔も、酒臭い息も、俺の首を絞めて持ち上げる腕も、だらしなく肥えた腹も、こいつの存在全てが汚い。

 その汚い存在が、俺の理想を笑う事は許されない。

 その汚い口で、俺の理想を語る事は容認できない。

 俺の抱く理想、子供たちを守りたいと思う感情、『僕』の存在意義を、お前如き悪党が軽々しく口にする事は、万死に値する。

 

「ブッ殺すぞ、クソデブ」

 

 俺のものとは思えない程に嗄れた声で、僕はその罵倒を口にした。

 そんな事を言えばどんな目に遭うかもわかっていたはずなのに。それ程僕は、この男に腹が立っていた。

 

 聞きたくもない金切り声が耳に、頭に響く。振り上げられた右拳が頰に叩き込まれ、口内に鉄の味が広がる。

 

 何度も。何度も。何度も。

 

 数え切れない程殴られた。血が足りなくなって逆に冷静になってしまう程殴られた。

 痛みに眩む視界に、見下ろした視界に、一人の少女が写った。

先程放り投げられた銀髪の女の子だ。いつの間に意識を取り戻したのだろうか。今にも泣き出しそうな顔で僕を見ている。

 

 ああ、なにをやっているんだ僕は。この子達を助けたかったのに、なに泣かせているんだろうか。これじゃダメだ。

 ああそうだ、力だ。力がいる。

この状況を打破する、目の前のコイツを倒し得る力が。

 

 でも、僕にそんな事ができるのか?

 僕は、魔法なんて使えないはず。

 

 いや、俺は知っている。

 俺は、魔法を使うことができる。

 

 女の子を泣かせたこいつを黙らせる魔法を、僕は知らない。

 

 エリナを泣かせたこいつを黙らせる魔法を、俺は知っている。

 

 大人を倒す魔法、そんなのは、まだ僕は教わっていない。

 

 素人を殺す魔法、そんなのは、もう俺は幾つも知っている。

 

 僕には、できない。

 

 俺なら、できる。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「………はぁ」

 

 目が覚めて、俺は溜息をついた。

夢にしては随分とリアル過ぎるものだった。いや、アレを夢と判断するには少し異常だ。

 未来視はないと断言しよう。あそこにいた俺は間違いなく幼少の頃だ。

 ならば過去、つまり俺の記憶だという仮説が出てくるけど、あんな体験をした記憶はない。

 

 幼少の頃の俺は魔法を扱う事ができなかったため、普通の学校にいって普通の勉強をして、魔法とは無縁の暮らしをしていたはずだ。

 ただ、記憶というものは総じてあやふやなものだ。少しの衝撃が加わればすぐに忘れてしまうし、なにしろ魔法による記憶改竄すらもできてしまう。

 

「…それに、あの牢屋にはエリナもいた。クソ、なんなんだ一体」

 

 俺の上に放り投げられた銀髪の少女。あの子はどう見てもエリナに無違いはなかった。

 ああ、もう訳がわからない。

 考えても分からない事で悩み続けるのは良くないか。明日からモノリス・コードが始まるのだし、寝なければ。

 

「……あれこれ考えるのは、目の前に迫った問題を片付けた後にしよう」

 

 じわじわと迫る焦燥感を振り切るように、俺は眠りにつくのだった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「お、おい…大丈夫なのか?」

 

「…はぇ?」

 

 九校戦七日目・新人戦四日目。

 モノリス・コードの作戦の確認のために集まったメンバーの中に、明らかに寝不足なのが一人いた。

 

「あのなぁ、今日は試合なんだから早めに寝ておけって僕はあれほど言ったんだぞ?」

 

「あ、ああ。ごめんごめん、緊張して眠れなくって」

 

 勿論それは隼人であり、言い訳は嘘である。奇妙な夢を見て眠れなかったなんて言った暁には森崎の鉄拳が飛んでくるだろう。まあ躱してしまうのだが。

 

「まあ心配しなくって大丈夫だよ。まだ時間はあるし、それまでにコンディションは整えてくるから」

 

 まだ疑いの目を向けてくる森崎の視線を躱し、隼人は作戦の内容を冴えない頭に叩き込む作業に意識を落とした。

 

 

「おい隼人、お客さんだぞ」

 

 しばらくして、モノリス・コードのメンバーに名前を呼ばれて隼人は端末から目を離した。

 半ばまで開かれた扉の先には見知らぬ男の姿。

 

(俺に客? 一体誰だろう?)

 

 取り敢えず無視する訳にもいかないので、隼人は端末をテーブルの上に置いて席を立った。

 

「やぁやぁ、君が九十九隼人君だね?」

 

 ボサボサの燻んだ黒髪に、趣味の悪い瓶底眼鏡、少し痩せた体躯。大凡魔法師とは思えない男の姿に、隼人の疑問は一層深くなった。

 

「そうですけど、貴方は?」

 

 そう問うと、男はなにかに気づき慌てた様子でショルダーバッグを漁り出した。

 こういう者です、と手渡されたのは一枚の名刺だった。

 

「…魔法ジャーナル編集長、木場(きば)則武(のりたけ)…って、もしかして」

 

「ええ、エリナの上司にあたります。よろしくお願いしますね、九十九隼人君」

 

 そう言って微笑む木場に、隼人は曖昧な返事しか返すことができなかった。

 隼人自身、エリナの上司は気になっていたし、取り敢えず去年のストーカー紛いの密着取材の謝罪をさせたいと思ってはいたが、向こうから出向いてくるとは一体なんの用なのだろうか。

 

「実はですね、昨日の夜からエリナの姿が見てなくてですね…」

 

「エリナが?」

 

 エリナには単独行動を控えるようにと忠告したばかりである。隼人なりにキツく言ったから大丈夫だとは思っていたが。最悪の展開が隼人の頭に浮かぶ。

 

「…俺、探してきます」

 

「ああいや、大丈夫だよ。エリナがいつも君の話をするもので、また君の所にお邪魔していると思っただけだから。君はこれから競技があるんだろう? 後は僕が探しておくから。これでも僕は人探しが得意でね、任せてよ」

 

「けど…!」

 

 エリナがいなくなったのなら、それは無頭竜に捕らわれたか、最悪抹殺された可能性がかなり高い。いくら物質透過のBS魔法が使えるとはいえ、彼女が相手するのは世界的犯罪組織だ。なにをしてくるか分かったものじゃない。

 それに、エリナが隼人の手伝いとして諜報活動をしているのは恐らく木場には伏せている。これ以上木場を踏み込ませると、彼も巻き込まれる可能性まで出てきてしまう。それはどうしても避けなければならない。なんの関わりもない一般人が、魔法師社会の闇に殺される事はあってはならないのだ。

 

「大丈夫大丈夫。()()()くらい、僕でもなんとかなるよ」

 

「……へ?」

 

 ほのぼの顔でサラッと言われた言葉に、隼人は耳を疑った。

 無頭竜くらい、なんとかなる?

 

「いやー、これでも僕は軍属だったんだよね。引退しちゃったけど、そこそこ頑張ってたんだよ?」

 

「え、そ、そうなんですか?」

 

 とても信じ難いが、それでも発動した隼人の眼はしっかりと木場の纏うサイオンの波動を捉えていた。

 あながち虚勢というわけでもないようだ。

 

「……すみません、よろしくお願いします」

 

 この際、なぜ木場が今回の無頭竜の存在を知っているのかという疑問は置いておくことにする。

 そんな事よりも、エリナの方が優先だ。

 

「うん、任せて。君は、体調を万全にしないとね」

 

 そう言って、木場は走り去っていってしまった。

 

「……木場則武…一体何者だ…?」

 

 寝不足でハッキリしない頭で幾ら考えても、思考は空回りするだけだった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 今年のモノリス・コードは去年とは違い『(ルアー)』と呼称されるメンバーが一人増える。

 大元のルール改変はないものの、ルアー自体には幾つかのルールが存在する。

 一つ。ルアーであるメンバーはチームとは隔離されたランダムの場所から、更に五分後からのスタートとなる。

 

 二つ。ルアーは敵チームに倒されるとペナルティとして自チームがモノリスへ打ち込まなければならないコードが増える。

 

 三つ。ルアーが味方チームにより撃破された場合は上記のルールには従わない。

 

 これだけを見れば、ルアーは圧倒的に不利であり、常に敵チーム、状況によっては味方チームにも狙われることになる。だが、それを逆手に取る作戦もある訳で。ルアーの加入により、中々に戦略の幅が広がったのだった。

 

 それに頭を悩ませるのはどこの高校も同じ。隼人がルアーに選ばれたことで代理として一高チームリーダーとなった森崎は、体調を整えるためにサウンドスリーパーで熟睡している本来のリーダーの代わりに作戦を練っていた。

 

(…基本的には僕達が動かなければならないけど、ウチの(ルアー)は囮って器に収まりきらないからな)

 

 しかし、隼人は良くも悪くも前日のアイス・ピラーズ・ブレイクで目立ち過ぎてしまった。試合相手となった高校はまず真っ先に隼人を狙っていくだろう。

 

(…九十九には揺動として動いてもらうのがベストか。つまり、主だって戦うのは、僕達の役目……)

 

 知らず、森崎の唇は笑みを形作っていた。

 

 彼は楽しみなのだ。隼人との特訓で磨いた自分の技を披露するのが。そして、その技がどこまで通用するのかを試すのが。

 勿論、何れ負ける時は必ず訪れる。

 だが、それはそれ。しっかりと反省して自分の糧とすればいいだけのこと。

 

(…楽しみだ、と感じるのは九十九のクセが移ったのか?)

 

 前を向いて歩き出した優等生の歩みは、止まることはないだろう。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 中東の紛争地域。日夜銃弾や魔法が飛び交う戦場が、絶え間なく続いていた轟音の一切を止めた。

 耳が痛い程の静寂。視界の閉ざされた暗闇の世界。そんな世界で、かつて夜叉と呼ばれた男はその能力を遺憾なく発揮していた。

 発動した硬化魔法がすべての敵の動きを完全に停止させる。全身の相対位置を完全に固定されてしまえば、自力で動くのはもう不可能だ。すぐ様魔法を解除しようとするも、そもそも端末型CADのキーを打てず、起動式を読み取れない上、並みの魔法師では彼の魔法の支配から逃れることは叶わない。

 

 身動きがとれない敵の前で夜叉が取り出したのは小型のナイフ。月明かりを反射して輝くその小さな刃は、既に血に塗れ赤く光っていた。

 死への本能的な恐怖に身を竦ませる『十字の道化師(クロスズ・ピエロ)』の構成員へ、彼はゆっくりと尋問を開始した。

 

 肉を削り眼球を抉りだす生々しい音が静寂を破る。

 中々口を割らない構成員を前に一人ずつ尋問しては殺すのを繰り返して、そして最後の一人となった。

 

「貴様に問う。貴様らピエロの目的はなんだ?」

 

 瞳には明確な殺意を、語調には強い強制力を乗せて、夜叉はこれまで幾度もしてきた質問を男に問うた。

 これまで何十人という人間が、この男にされるがままに殺されてきた。大した忠誠心も抱いていない組織の情報を喋らなかったのは、まだ金に目が眩んだままだったのか、それとも恐怖で舌が回らなかったのか。

 

「…そうだな。喋れば見逃してやろう。俺は今後一切、貴様に干渉しないことも誓おう」

 

 口から出る言葉は全てが嘘だ。これ程までに深い闇を湛えた瞳を持つ人間が簡単に見逃してくれるはずがない。男が裏世界に身を窶しもう長い。それくらいの事は、頭で理解していた。

 

「…じ、自分達の存在証明だと、り、リーダーは…言っていた」

 

 だが、それでも。

 命が助かる望みがあるのなら。目の前の男が見逃してくれると言うのなら。

 死にたくないという本能から、男は理性が齎した結論を破棄した。

 

「…そうか。それだけ知れればいい。どこへでも逃げればいいさ」

 

 途端に全身を縫い止めていた拘束が解ける。震えながらも、思い通りに動く体に僅かに喜色をその表情に浮かべ、そして男は夜叉に背を向けて走り出した。

 もうこんな所にはいられない。どうせ自分はただの下っ端だ。故に逃げ出しても組織にバレることはないだろう。ただ今は、すぐ近くにある恐怖から逃れるのが先決。

 

「そうだね。俺()、アンタに干渉しないよ」

 

 直後、夜叉の背後から打ち出された雷光が、背を向けて逃げる男の脳天を貫いた。衝撃が地面に伝い、そして男は糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏す。恐らくは即死だろう。

 

「随分時間がかかったわね」

 

「…まあ、な。だがこれで、奴らの目的がはっきりした」

 

 得意の雷撃で残る一人を感電死させた女性ーーセラは夫の見せる表情に溜息をつく。

 そんな辛そうな顔をするならば、こんな事やめて全て軍に任せてしまえばいいのに。しかし彼は、この国の為ならばと、退役した今でさえも蒼夜叉として危険の芽を摘み続けている。

 

「…それで、何か分かったの?」

 

 ならば自分は傍にいてこの人を支え続けなければならない。愛するこの人が、全てをくれたこの人が壊れてしまわないように。

 

「ああ」

 

 静寂が戻った街に、冷たい風が吹き抜ける。

 

 

「…近々、戦争が起こる」

 

 

 荒れ果てた街並みを、細められた深紅の眼が睥睨していた。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

「んぁーっ! よく寝た!」

 

「九十九、緊張してるからってわざと大声を出さないでくれ」

 

「なんか最近森崎君、俺に冷たくない?」

 

 隼人が仮眠から復活を遂げて一時間。そろそろモノリス・コードの試合が始まるということで、隼人含めたチームメンバーは試合会場に立っていた。

 最初の相手は六高。そして岩場ステージに決定しているようだ。

 

 岩場ステージは、平原ステージに続いて遮蔽物のないステージである。故にこそ、求められるのは選手自身の技能と知恵。地力で勝っている方が、この試合を制する。

 

「ん、呼ばれた。じゃね皆、行ってくるよ」

 

「ああ、頼むぞ」

 

  (ルアー)である隼人は他のメンバーとは離れた場所からのスタートとなる。

 その為、予め係員に招集されランダムで決定されたポイントに向かうのである。

 

  森崎や他のメンバーに手を上げて激励に答えて、隼人は係員の元へ向かった。

 

(さて、参戦開始まで一切の魔法行使は禁止されてるんだったよな)

 

  公平を期すことを第一としているのか。試合開始の合図から(ルアー)がステージに降り立つまでの五分間、彼らは一切の魔法行使を禁止され、そして目隠しをされている。勿論、隼人の世界の心眼(ユニバース・アイズ)も、そのルールに則る。

 ついこの間考案した瞳の制御法を実践して、そして隼人は自分の体が勝手に動くのを感じた。

 

 擬似瞬間移動。

 物体の慣性を消し、その周りに空気の繭を作り、それより一回り太い真空のチューブを作って、その中を移動する魔法。

 

 恐らくこれでルアーを所定の位置にまで送り届けるのだろう。よくこんな事を考えつくものだと、隼人は心中で感心していた。

 

 移動が止まるのと同時、試合開始のブザーが鳴った。会場の空気が変わるのを敏感に感じて、隼人も意識を集中させる。

 行方を眩ませたエリナの事も気になるが、ここは木場に任せることにした。後は、エースである自分の役割を果たすだけ。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 試合開始直後、すぐにディフェンスの一人を残して、アタッカーである森崎と遊撃であるもう一人は行動を開始した。

 チームリーダーを務める森崎は、打ち合わせ通り、単身で岩場に身を隠しつつ前進していた。

 岩場ステージは所々に設置された10個の岩以外に遮蔽物のない地形だ。足場はゴツゴツしていて悪いものの、それが有利に働くも不利に働くもお互い様だろう。

 つまり、地形によって勝敗が分かれることは少ないということだ。

 

(…と、そんな風に相手が思っててくれると助かるんだけどね)

 

 手頃な岩場に身を隠して、森崎は太腿のホルスターから拳銃形態の特化型CADを抜いた。

 そのままなるべく岩に体を隠して、敵陣地の様子を観察する。

 

(ディフェンスが二人、モノリスの近くに陣取っているな。あと一人はアタッカー…僕と同じで姿を隠しているか)

 

 敵情の観察を終えて気になるのは、やはりルアーの存在である。

 敵の配置を見る限り、六高のルアーは恐らくアタッカーの役割を担っているだろう。そして、それが本命。序盤は守りに徹して時間を稼ぎ、ルアーが参戦したところで一気に叩くつもりなのだろうか。

 

(まあ、それはこっちも大体同じなんだけど…)

 

 一高のエースは疑いようもなく隼人である。森崎達は最低限、隼人が参戦するまでの5分間を凌ぎきることが仕事なのだが。

 勿論、森崎にも隼人にもそんなつもりはなかった。

 

(可能な限り削る…!)

 

 意を決して、森崎は岩の影から飛び出した。そのまま手首にあるブレスレット形態の汎用型CADで加速魔法を使用。

 加速の恩恵をフルに使って、森崎は敵モノリスまでの道を駆けた。

 

「やらせるか!」

 

 途中、恐らく岩場に身を隠していたであろう六高のアタッカーが突貫する森崎へ攻撃を仕掛けた。

 圧縮空気塊を相手にぶつけるポピュラーな魔法。それを、森崎は上空へ跳ぶことで回避する。

 

 圧縮空気塊から身動きの取れない上空へ逃れた森崎を見て、六高のアタッカーはほくそ笑んだ。幾ら魔法とはいえ、空を自由に飛び回ることのできる魔法はまだ開発されていない。

 故に、上空へ逃れた森崎はもはやただの的だ。

 勝利を確信し、再び空気塊を森崎に向け放とうして、しかしそれは失敗に終わる。

 

「ぐぁっ!?」

 

 六高アタッカーの背中に、空気塊が着弾していた。

 自体が飲み込めず思わず上空の森崎に目を向けた六高アタッカーの目に写ったのは、落下しながらCADの銃口をこちらへ向けている森崎の姿。

 

 森崎が隼人との修行で会得した魔法、『追尾型圧縮空気弾』。それを、得意のクイック・ドロウで六高アタッカーが攻撃を仕掛けてくる前に発動したのである。

 

 比較的ポピュラーな魔法攻撃とはいえ、ポピュラー故にこそその威力は折り紙付き。

 背後から碌な防御もできずに森崎の魔法を喰らった六高アタッカーは、そのまま地に倒れ伏した。

 

(よし、一人倒した…! このまま突っ切る!)

 

 CADを握り直して、再び森崎は疾走を開始した。

 だが、やられっぱなしで黙っていられる程、六高選手は穏やかではなかった。

 

「喰らえっ!」

 

「っ…!」

 

森崎を十分に引きつけてからの、ディフェンス二人がかりの『陸津波(くがつなみ)』。

 掘り起こされた砂の奔流を前に、しかし森崎は冷静だった。

 加速魔法をキャンセルして前方向への勢いを止めると、自身に移動魔法を発動。砂の津波から逃れるように後方へ下がりながら、CADの銃口を前に。

 

「撃ち抜け…!」

 

 全力の集中力を以って放たれたのは、人一人分の大きさに絞った圧縮空気塊。やがてそれが砂の津波に触れると、一気に膨張。壁のような津波に、風穴が空く。

 

 それを確認してすぐに森崎は移動魔法をキャンセルし、加速魔法を発動。風穴が空いた場所を潜り抜け、一気に敵モノリスの眼前に躍り出た。

 

「馬鹿な…!?」

 

 必勝パターンであったはずの攻撃をたった一人、それも初見で破られた六高の二人のディフェンスの表情は、驚きに彩られていた。

 

 そんな彼らを嘲笑うかのように、広範囲に座標を指定した風槌がその身を吹き飛ばした。

 

(あとは…!)

 

 目の前に設置された黒色の立方体に向けて専用の魔法式を打ち込む。

 モノリスが割れ、後は文字列を打つのみ。

 

 そこで、一つのブザー音が鳴った。

 

「……くそ!」

 

 このブザーが意味するのは一つ。

 両チームの切り札の、参戦が許可されたのだ。

 

 ルアーが配置された場所は、運営以外誰も知り得ない。ルアー自身でさえ目隠しをされ連れて行かれるのだ。

 

 だからこそ、最後の強敵がどこから来てどこから攻撃を仕掛けてくるのか分からない。

 そんな中で、モノリスの中に隠された五百十二文字のコードを打ち込むのはかなり危険な賭けだ。

 そんな賭けに挑むよりも、森崎は残る最後の敵を倒す方が楽だと判断を下した。

 

 直後、轟音が鳴り響く。

 

「なんだ!?」

 

 音のした方を慌てて確認すると、そこにはプロテクターに覆われた見知った背中があった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 参戦許可のブザーが鳴って、すぐ様隼人は行動を開始した。目隠しを引きちぎるように剥ぎ取って捨て、そして世界の心眼(ユニバース・アイズ)を発動。

 

 それが、幸運だったのだろう。すぐ横で発動した魔法の痕跡。それがなんなのかを判断するよりも早く、隼人は自身の体の前にファランクスの防壁を貼っていた。

 

 直後、ファランクス越しにも伝わる衝撃を受け、隼人は後方へ大きく下がった。

 

「あらら…六高にこんなやばい人いたのか。全くのノーマークだったなぁ」

 

 油断は禁物だったと隼人は笑う。しかしその視線は依然として、自分を吹き飛ばした存在へ向けられていた。

 

「チッ、あの不意打ちでも無理か!」

 

「悪いね。そう簡単にやられる訳にはいかないんだよ」

 

 遮蔽物のない岩場ステージで、二人の切り札が相見えた。

 状況は圧倒的に六高が不利。しかし相対する男の瞳に臆したものがないのを読み取ると、隼人もまた目の前の敵に集中を始めた。

 

 目の前の敵の評価を上方修正。どうやら一筋縄ではいかないと判断して、『手加減』という選択肢を破棄する。

 

「行くよ」

 

 告げ、隼人の動きが加速する。彼の常人を遥かに超える干渉力による加速は既に神速の領域。残像すら伴って、そして攻勢に出る。

 目にも留まらぬ高速移動の途中、狙い澄まされた無色の弾丸が六高エースに襲いかかる。サイオン改変の兆しをなんとか読み取った六高エースは間一髪でそれを躱すも、既にそこは隼人の包囲網の中であった。

 

「チェック」

 

 主人の指示が下され、周囲に滞空していた無色の弾丸総数十発。その全てが膨張した。

 響く轟音の果て、煙が晴れて現れたのは、意識を刈り取られ倒れ伏した六高エースの姿であった。

 

 試合終了のブザー音が鳴った。

 

「やったね森崎君、まずは一勝!」

 

「あ、ああ。やったな…」

 

「どうしたの? テンション低いよ?」

 

 君の人外っぷりに驚愕しているんだ、とは言わなかった。例え言ったところで理解しないのが目に見えているからだ。

 

 とはいえ、無難に初戦を突破することができた。誰一人として欠けなかったというのも大きい。しかしそれ以上に、六高のメンバー三人を一人で倒したことの方が、森崎にとって重要なことだった。

 

 恐らく、自分の小さな才能に溺れていた頃のままだったならばここまで上手い結果はでなかっただろう。少なくとも、あの陸津波を潜り抜ける事はできなかったはずだ。

 しかし、それができた。

 隼人にとってはそれは当たり前のことなのだろう。しかし森崎にとって、今回の試合は大きな進歩だ。確実に自分が強くなっているという実感が、彼の胸中を満たしている。

 

 もっとだ。もっと戦いたい。戦って戦って、そして自分の強さを証明したい。いずれ、憧れたあの背中に追いつく為に。

 

 優等生は、進化を続ける。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 新人戦モノリス・コード予選第二回戦。

 完勝という形で先の六高を倒した一高は、次の試合が行われる市街地フィールドのスタート位置である廃ビルの中で、作戦の最終確認を行っていた。

 とはいえ、作戦の大きな変更はなし。ルアーである隼人以外は全員、先程同様の役割だということを確認しただけだ。

 

「よし、九十九にだけ頼る訳にはいかないんだ。アイツが出てくる前に試合を終わらせるくらいの勢いで行こう」

 

「おうよ」

 

「了解」

 

 三人の集中力は高い。一回戦で勢いに乗れたのが大きいだろう。更に、相手は現在最下位の四高。遅れを取ることはない。

 

「行くぞ」

 

 そして、試合開始のブザーが鳴る。

 彼らの頭上にある天井が崩れたのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 試合開始のブザー音が鳴った瞬間に改変されたサイオンに、隼人は疑問と微かな不安を覚えた。

 

 世界の心眼(ユニバース・アイズ)を封じているとはいえ、隼人のサイオン感知能力は発動者と発動対象の座標を大まかに把握出来るほどである。

 

 隼人が魔法の発動者の場所を感知したのは市街地フィールドの西の廃ビルの中。そして発動対象の座標は、東の廃ビルだ。

 明らかにこの魔法はそこに敵がいることを前提としたものだ。なにせこの規模はビルが倒壊するレベルのもの。

 しかし、敵チームのスタート位置を事前に知らされることはあり得ない。開始直後に敵の存在を察知するか、それとも開始以前から索敵を初めていないと不可能な芸当。

 

 恐らくは後者だろう。隼人や達也の眼を以ってしても、今回の廃ビル同士の距離を一瞬で視る事は不可能なのだから。ならば、試合開始前から何らかの魔法で索敵を行っていたに違いない。

 それはつまり明確なルール違反。そして胸に募った不安からか、隼人は眼の封印を解いた。

 

 崩れ行く廃ビル。その中に、見知ったサイオン波が三つ。

 

「みんな!?」

 

 攻撃を受けたのは一高であった。

 そして、廃ビルの天井から圧し潰す魔法ーー、恐らく『破城槌』は屋内で使用した場合に限り、殺傷性ランクAという数値を誇る。つまりこのままでは、三人の命が危険になる。

 

「間に合え…!」

 

 消失(デリート)は肉眼で視認しているもののみに効果が発揮される。イデアから世界を視ている今では発動できない。

 

 故に隼人は、瓦礫の破壊を試みた。流石に全てを破壊するのは不可能だが、少しでも多く数を減らすためだ。

 

 引き絞った力を解放する。弓道の要領で打ち出した雷は四条に別たれ、今正に崩れている瓦礫を灰燼へと消し去る。

 

 だが、それだけだった。既に崩れていた瓦礫を消すことはできず、また新たに崩れ落ちた壁がその上に積み重なる。

 

「ーーッ!!」

 

 試合中断のブザーが鳴る前に、隼人は目隠しを取るのももどかしく、仲間達の元へ向かった。

 無事でいてくれと、叶わない願いを抱きながら。

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

「クク…やはり流石、だ。九十九、隼人。奴を殺、すのは手間、がかかり、そ、うだな……」

 

 薄暗い部屋の中。テレビにたまたま映っていた隼人の放った雷撃を見て、紫道聖一はくつくつと笑った。

 

「なぁ……()()()

 

 緑がかった銀の髪はそれに答えず、黒く濁った瞳は、どこも見ていなかった。

 

 ーー悪しき牙が、胎動を始める。

 

 

 

ーーto be continuedーー




なんか森崎くんが主人公みたいになってる!?


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