ここは小さな山の中。「カイジュウエンマエ」から少し歩くと「ありづか群ハイキングコース」と書かれた看板があり、多少ゴツゴツしてはいますが道がちゃんと続いています。森は静かで小川のせせらぎもよく聞こえて、気分の落ち着くハイキングコースです。この先にロッジ『キツネノアリヅカ』が建っているはずです。
ともえちゃん達はジャパリバイクに四人乗り。アードウルフちゃんはイエイヌちゃんを抱っこする形でサイドカーに乗っています。道中はアードウルフちゃんの案内に従ってハイキングコースを進んでいきますが、山の中なのであまりスピードは出せません。徐行運転でハイキングコースを進みます。
辺りは真っ暗。そろそろ休んで朝を待ちたいところです。すると、アードウルフちゃんは遠くに見えるガケの上の方を指差します。
「見えてきましたよ。あれがロッジ『キツネノアリヅカ』です。」
「え?そうなの?」
「まあ、私は夜行性ですので……。」
夜行性とは夜になると活発になる性質。元々夜の生活に慣れていたために、アードウルフちゃんは夜目が利くのでしょう。
しばらく走ってロッジに近づくと、イエイヌちゃんにもそれが見えるようになってきました。
「大きいおうちですねー。」
「ここの他にもバンガローもいくつかありまして。そこも私達が管理しているんですよ。」
話によると、ロッジはオオミミギツネちゃんとアードウルフちゃんの共同で運営しており、アードウルフちゃんは夜中の管理を担当しているようです。オオミミギツネちゃんはロッジの支配人なので、基本的に彼女には頭が上がりません。ですが彼女は仕事が少しおおざっぱで、結局自分が後で仕上げる立場であることを不満に思っているようです。なぜショーの手伝いに行ったのがアードウルフちゃんなのか?それはこの辺りにも理由がありそうです。
イエイヌちゃんとゴマちゃんはそんなロッジの裏話を聞いていたのですが、ともえちゃんはなんだか目がうつろで心ここにあらずといった感じです。
「ともえ?どうかしたのか?」
「う……ん。えっと……あの……。」
タンデムシートでともえちゃんの後ろにいたゴマちゃんは、彼女の異常がすぐに分かりました。首がすわっておらずフラフラしていたのです。腰に手を回してみると、力が入っていないことが分かります。
「ともえ!止まれ!」
ともえちゃんの異常に気付いたゴマちゃんは、すぐにバイクを止めるように言います。しかし、その一言が決定打となったかは分かりませんが、ともえちゃんの体はふらりと横に崩れ、バイクから落下してしまいました。ゆっくり走っていなければ、大変なことになっていたかもしれません。
「ともえさんっ!」
イエイヌちゃん達もともえちゃんの異常にようやく気付いてバイクを止めます。
一方、飛行能力を持つゴマちゃんはみんなよりもいち早くバイクを降り、ともえちゃんを抱きかかえました。ともえちゃんの顔は熱があるのか赤みがかって火照っていて、息も苦し気です。
すると、運転席にいたラモリさんはサングラスを光らせながらしゃべり始めます。
「緊急事態発生ニツキ、フレンズトノ会話ヲ一時的ニ許可。イエイヌ、ゴマスリ、アードウルフ。」
「ひゃいっ!?」
「へぇっ!?」
「ロードランナー。」
急にしゃべったラモリさんに驚くイエイヌちゃんとアードウルフちゃん。ですが、ゴマちゃんは冷静に名前をロードランナーに訂正させます。ゴマちゃんの方がまだ落ち着いているようですね。
「早クロッジノ中ニ、病気ノコネコチャンヲ運ブンダ。」
「わかった!あれくらいなら、おれが飛んで運ぶ!」
「私もお願いします!オオミミギツネさんに事情を説明しないと!」
ロッジはガケの上で、歩いていくと回り道になりますが、幸いにもゴマちゃんが飛べば届く距離のようです。
そこでラモリさんは、まずアードウルフちゃんを運び、その後で戻ってともえちゃんを運び、自分とイエイヌちゃんは当初の予定通りにバイクでロッジに向かうという段取りを立てます。
「ゴマスリ。」
「ロードランナー。」
「大変ナコトヲ頼ンデ申シワケナイ。デモ、今コネコチャンヲ助ケラレルノハ君ダケダ。頼ンダヨ。」
「おう!任せろ!」
ゴマちゃんはサムズアップでラモリさんに返事をします。やがてゴマちゃんがアードウルフちゃんをガケの上に運ぶの見届けると、ラモリさんもすぐにバイクをスタートさせました。
一足先にロッジに到着したアードウルフちゃんは、すぐに受付にいる哺乳網ネコ目イヌ科オオミミギツネ属のオオミミギツネちゃんのところに駆け込みます。
オオミミギツネちゃんはショートボブの髪型で、前髪と耳は白と黒、後頭部は薄いベージュ。尻尾の色は全体的にグレーで先端は黒くなっています。服はグレーの半袖スーツと黒いロンググローブ、首には黒いリボンを巻き、だいだい色のネクタイを締めていてごちゃごちゃした感じですが、それと同時に、黒いプリーツスカートに合わせた黒いブーツでかわいらしさをアピールします。
「あら、アードウルフさん。どうしました?そんなに慌てて。」
「大変です、オオミミギツネさん!お連れしていたお客様が急に熱を出してしまいまして!」
「まあ大変!早く医務室へお連れして!」
「はい!」
先ほどまでのほほんとしていたオオミミギツネちゃんの顔は一転、真剣な表情になりました。アードウルフちゃんの必死な顔を見れば、事の重大さは一目りょうぜんでしょう。
オオミミギツネちゃんはすぐさま医務室のベッドを整えます。一方でアードウルフちゃんは、ゴマちゃんと一緒にともえちゃんを医務室へ運びます。医務室に着いたともえちゃんはすぐにベッドに寝かされ、冷たい川の水で冷やしたタオルが頭に載せられました。
これで、ともえちゃんの熱が無事に引いてくれればよいのですが……。
ようやくロッジにたどり着いたラモリさんは、ゴマちゃんに誘導されて医務室へ向かいます。ロッジは板と丸太で作られた自然味溢れる建物なのですが、医務室は真っ白なベッドに消毒薬のにおいなど、他の部屋とは一線を画しています。
着くや否や、ラモリさんはともえちゃんを観察し、病気の原因を探ります。しかし、ともえちゃんの様子が気になって仕方がないイエイヌちゃんはラモリさんに病状の説明を求めます。
「ラモリさん、いかがでしょうか。」
「解析完了。原因ハ心理的ナ要因、ツマリ心労ニヨル、一時的ナ体調不良ト思ワレルヨ。少ナクトモ、命ニカカワル病気デハナイネ。」
ラモリさんの一言に、みんなはほっと胸をなでおろします。もし命に関わるような病気でしたら、旅どころではありませんから。
しかし、ともえちゃん達の旅の細かい部分を知らないアードウルフちゃんは、「心労」という部分が少し引っかかったようです。
「でも、心労ですか。ともえさんって今までそんなに大変な旅をしてきたのですか?」
「さぁ……。少なくとも、おれ達が旅をしてきた間はそんなことなかったと思うけど。」
「私達の知らない所で何か無理をなさっていたのでしょうか……?」
二人は心配そうな表情でともえちゃんを見ました。ともえちゃんといるといつもピンと立っているイエイヌちゃんの尻尾も、今ではすっかりしょげかえってしまっています。
ところが、一連の様子を見ていたオオミミギツネちゃんは不謹慎にも目をきらりと光らせます。
「心労ということは、心のリフレッシュが必要……ですね!リラクゼーションをご要望でしたら、こちらのロッジは特におすすめ!なんといってもこのロッジの周りは自然が豊富!美しい森、清流……自然豊かな場所での森林浴は、リラックス効果が期待できますよ!さらに今なら朝昼晩3食ジャパリまんを提供いたします!お部屋もたくさんご用意してございます!いかがですか?旅の思い出にこちらで2、3日宿泊してみては!?」
「な、なんかグイグイくるな。」
「アードウルフさんとは逆ですね。」
アードウルフちゃんは顔を真っ赤にしてしまいました。同じ宣伝なのに支配人の方がうまくて恥ずかしいのか、それとも空気の読めない支配人が恥ずかしくなったのかは分かりません。
「今夜ハココデ泊マロウ。大事ヲ取ッテ3日ハココニイタ方ガイイ。」
「そりゃそうか。」
「2泊3日のご利用ですね?かしこまりました。さ、アードウルフさん。葵の間のお部屋をお掃除しておいて。私は宿帳を取ってきますから。」
「かしこまりました~。」
アードウルフちゃんは快く返事をし、二人で医務室を後にします。
一方イエイヌちゃん、ゴマちゃん、ラモリさんは、少し熱が引き息が整い始めたともえちゃんに寄り添います。その表情はやはり暗いままです。
「ともえさん……どうか目を覚まして。」
イエイヌちゃんは祈りながらともえちゃんに寄りかかりました。
次の日の朝。
ずっと寝ていたともえちゃんがふと目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の見知らぬベッド。傍らにはイエイヌちゃんがいます。
そういえば、いつからか寝ていたような自覚はありましたが、その後何があったのかさっぱり分からず戸惑います。
「……あれ?あたし……。」
「あっ!気が付きましたか?」
「イエイヌちゃん……?なにかあったの?」
「なにかどころじゃないですぅ~!てっきり死んでしまったかと~!」
イエイヌちゃんは泣きながらともえちゃんに抱き着きました。
「死んだ……?そういえばなんか身体がふわふわする感じ……。」
「ラモリさぁ~ん!ゴマさぁ~ん!ともえさんが目を覚ましましたよぉ~!」
イエイヌちゃんは医務室を出てどこかへ行ってしまいました。きっと、ラモリさんとゴマちゃんを呼びに行ったのでしょう。
それにしても、ともえちゃんが目を覚ましただけでこのあわてぶり。彼女がどれほど自分のことを心配していたのかがよくわかります。
「イエイヌちゃん、オーバーだなぁ……。」
イエイヌちゃんは今頃大騒ぎしているのだろうなと考えると、ともえちゃんはおかしくてくすっと笑ってしまうのでした。
ともえちゃんはラモリさんから事情を聞き、見舞いに来たイエイヌちゃん、ゴマちゃん、そしてオオミミギツネちゃんに改めて感謝をしました。アードウルフちゃんは他に用事があるらしく、ここにはいません。
それにしてもともえちゃんは、自分の倒れた原因を聞いて驚きを隠せません。今まで抱えていたものがここへ来て爆発してしまったということなのですから。
「心労……かぁ。」
「1日か2日、ユックリ静養スルベキダヨ。一人デ考エルモヨシ、体ニ影響ヲ及ボサナイ範囲デ散歩スルモヨシ。」
「そっか。」
「何かしてほしいことがありましたら、いつでも受付いたしますよ。お部屋もおもちゃもございますので。」
オオミミギツネちゃんはずいっと身を乗り出してきました。彼女は親切ではあるのですが、少々お節介焼きなところがあるかもしれません。
とりあえずともえちゃんはお言葉に甘えてリクエストをします。
「なら一人になりたいかな。ちょっと景色を見ながらぼーっとしてたい。」
「かしこまりました。では、眺めの良い部屋をお取りいたしますので。」
「オオミミギツネのお節介が、今はありがたいぜ~……。」
すでに部屋を取っていたのに、快く新しい部屋を用意してくれるオオミミギツネちゃんには感謝してもしきれません。こんな心細い状態だからこそイエイヌちゃんとゴマちゃんには、人の親切がとても温かく感じられました。
ところで、感謝と言えば昨日一番がんばっていたゴマちゃんへのお礼がまだ十分ではありませんね。
「お節介と言えば、昨日一番がんばってたのはゴマさんだったんですよ。」
「や、やめろよ恥ずかしい。」
「そうなんだ。ありがとうゴマちゃん。」
ともえちゃんに面と向かって感謝されて、うれしいやら恥ずかしいやらなゴマちゃん。ところで、一歩引いた意見を言うことの多いゴマちゃんは、なぜ友達であるともえちゃんをあんなに必死に助けたのでしょうか。
「G・ロードランナーコトオオミチバシリハ、生涯一組ノツガイシカ組マズ、自分デヒナヲ育テテ、ナワバリモペアデ守ルヨ。ソレガフレンズ化シタ時ニ、義理堅イ性格ニ転化シタノカモシレナイネ。」
「冷静に解説すんなよラモリ~。」
ゴマちゃんはずっと顔を真っ赤にしています。恥ずかしさのあまり気絶してしまうかもしれませんね。
ともえちゃんは二階のベランダ付きの豪華な部屋に案内され、さらに窓際にゆったりとくつろいで寝ることのできるソファを用意してもらいました。これなら景色を見ながら眠ることができるでしょう。
「ではごゆっくり。」
「ありがとうございます。イエイヌちゃん、ゴマちゃん、ごめんね。わがまま言って。」
「お気になさらないでください。一日でも早く病気を治していただけることが大事ですので。」
「たまにはお見舞いに来てもいいよな?」
「うん。ありがとう二人とも。」
こんなに心配してくれるイエイヌちゃんとゴマちゃんに、ともえちゃんは深く感謝しました。
ところで、先ほど医務室にいたラモリさんが今は見当たりません。ひょっとしたら、自分のことを気遣ってあえて一人にしてあげているのかもしれません。今のともえちゃんにも、みんなの親切がとても温かく感じられていることでしょう。とにかくゆっくり体を休めて欲しいですね。
ともえちゃんの静養のために部屋を後にしたイエイヌちゃんとゴマちゃん。暇を持て余した二人はどうするかを考えます。
「ゴマさん。私達、どうしましょうか?」
「ま、ともえの邪魔にならないようにしないとな。」
と、二人がどうするか悩んでいると、後ろから突如迫ってきた子が一人。
「お困りのようですねぇ?」
「ヒッ……!」
現れたのはオオミミギツネちゃん。唐突に後ろから出てきたため、イエイヌちゃんとゴマちゃんはすっかり怯えてしまいました。
「す、すみません。私、地獄耳なものでして。」
「いきなり出てこないでくれ~……。」
まず自身の非礼をわびつつ、オオミミギツネちゃんは二人にレクリエーションの案内をします。
「実はですね。このロッジの地下にレクリエーションがございまして。昔のヒトが作った迷路になっていまして。出口はこのロッジの名物、蟻塚付近まで、です。」
「めいろぉ?苦手だな。」
「私は好きです。」
「興味がおありでしたらどうぞこちらへ。」
他にすることのない二人は、オオミミギツネちゃんの言うレクリエーションに参加することにしました。
二人が案内されたのは、薄暗い地下室。「ようこそ」だの「めいろにちょうせん!」だのと書かれた看板がありますが、あまり楽しめそうな雰囲気ではありません。
照明のおかげでなんとか視界は確保できていますが、土の中だからかジメジメとしていてなんだか落ち着かないところです。
「なんだか気味が悪いですね……。」
「そ、そうですかね~。私は元々夜行性ですから落ち着くんですけど。」
「ここもきれいにした方がいいんじゃねーか?」
「そうですね。今度アードウルフさんに言っておきますか。ではイエイヌさん、ロードランナーさん、ごゆっくり。私は仕事がございますので。」
ごゆっくりと言われても、二人はゆっくりしたいとは思いませんでした。二人はこの先の道から、夜の森をさまようような心細さを感じています。でも、立ち止まっていては何も始まりません。
「ごめんイエイヌ、先に行って。」
「分かりました。」
ゴマちゃんはすっかり腰が引けてしまい、イエイヌちゃんを先に行かせます。
二人はどんどん先へ進みますが、しばらく歩いたところで何かやわらかい感触が足に当たったのを感じました。
「あれ?何かふんだ……?」
「いってえな!足上げろ!」
いきなり怒鳴られ、驚いたイエイヌちゃんはすぐに足を引っ込めます。足元に転がっていたのは、爬虫網有隣目クサリヘビ科ハブ属のハブちゃん。
髪はネズミ色で、長い尻尾が生えています。迷彩を思わせる緑のまだら模様が描かれたグレーのパーカーを着込み、ヘビの頭を思わせるフードが非常にワイルド。同じ模様の描かれたハイソックスとシューズもよく合います。しかし、ワイルド一辺倒ではなく、緑のスカートでかわいらしさもさりげなくアピールしています。
「す、すみません。まさか寝そべっていたとは思わなくて。」
「やれやれ。俺がフレンズじゃなかったら、噛まれて死んでたぞ。」
「噛む?死ぬ?」
ハブをよく知らない二人のために、ハブちゃんは自己紹介をします。
「俺はハブ。ハブは毒を持ってるから、ちょっとくらいの動物ならオダブツにできちまうんだ。」
「私はイエイヌです。そんなに怖い動物にもフレンズさんがいらっしゃるんですね。」
「おれはロードランナー。ハブ……。なんかそんな動物で遊んでたことがあったような。」
G・ロードランナーことオオミチバシリはヘビを食べます。ゴマちゃんにはその頃の記憶がわずかに残っているのかもしれません。
「ハブさんはどうしてこちらで寝ていらしたのでしょうか?」
「いや、向こうの方からたまにここに来るんだけどさ、ここ暗くてしっとりしてて、なんか居心地いいんだよ。だから、昼間は向こうやロッジで日向ぼっこして、ヒマになったらここに来るんだ。」
と、ハブちゃんはイエイヌちゃん達が来た方向とは反対の方を指しながら答えます。
どうやらこの子は、この迷路を通ってオオミミギツネちゃんの許可を取らずに勝手にロッジに遊びにきているようです。
「いつから?」
「1か月前から。」
「そろそろ怒られるぞ。」
「隠れ家にもいいんだよ、ここは。」
ひと月もロッジで勝手に我が物顔をされては、さすがの支配人もご立腹でしょう。しかし、本人は全く悪びれる様子はありません。元々ヘビは臆病な性質ですが、彼女はなかなか図太い性格のようです。
しかし、この迷路に詳しいフレンズがいたのは二人にとっては渡りに船。そこでイエイヌちゃんは道案内をお願いします。
「あの、ハブさん。よろしければ、道案内をお願いできますか?」
「案内?無理だな。」
「なんでだよ。まだふまれたこと気にしてんのか?」
「道順忘れたからな!」
ハッキリきっぱりと分からないと言われ、二人はずっこけてしまいました。
「じゃあどうやってロッジまで行くんだよ。」
「運がよければ着くんだ。そうすると今日はいいことありそうな感じがして、昼寝が捗るんだぜ。」
ゴーイングマイウェイなハブちゃんにたじたじな二人。こんな調子で迷路をクリアすることはできるのでしょうか?
一方ともえちゃんは、ベランダのロッキングチェアに腰かけ、景色を見ながら考え込みます。
今まで取り戻した記憶は一人ぼっちだったこと、謎の黒い石を拾ったこと、かばんの中に不思議なパステルカラーの立方体が詰まっていたことなどで、肝心の自分の素性に関することは全く思い出せません。フレンズなら当然なのかもしれませんが、ラモリさんがたまに見せてくれる映像には自分そっくりなヒトの子どもが出てきます。性格も天真らんまんで自分にそっくりです。あの子どもは誰なのでしょうか?
「(あたしってなんなんだろ……?)」
自分のことが一向に分からず、自分の居場所もつかめず、ともえちゃんはこの旅のむなしさを感じ始めていました。
「(なんか、何もしたくなくなってきちゃったな……。)」
景色を見ても気分は晴れず、深いため息が漏れてしまう始末。これではリラックスどころか逆効果になってしまっています。
そこへ、隣のベランダの窓を開けて誰かがやってきたようです。
「うーん、いいお天気。」
パッと見た感じはカルガモさんのような大人びた女性です。しかし、お尻に生えた白い尾羽を見ると、鳥のフレンズと見受けられました。
髪は暗い緑青と水色と黒の三色で、側頭部の髪が羽のように見え、二つに束ねられた黒髪は尾羽のように見えます。スチュワーデスのような赤と白の半袖スーツとスカートを着ています。黒い帽子と青いリボンもスチュワーデスっぽさが出ています。
「どうもこんにちは。」
「あら?お隣さんがいらしたのですね。」
「あ、あたしともえって言います。」
「私はリョコウバトと申します。どうぞよろしく、ともえさん。」
「こちらこそ、リョコウバトさん。」
彼女は鳥網ハト目ハト科リョコウバト属のリョコウバトちゃんだったようです。大人びていて落ち着いた物腰がなんだか新鮮で、ともえちゃんは好印象を受けました。
リョコウバトちゃんはどうやら旅行中にここへ立ち寄ったようで、名物の蟻塚群を見に来たそうです。ともえちゃんも自分のことを軽く説明します。リョコウバトちゃんは、もう一脚あったロッキングチェアに腰かけながら、ともえちゃんの話を聞きます。
「なるほど。それでともえさんは、こちらで静養をしていらっしゃるのですね。」
「でも、早く手がかりを探しにあっち行ったりこっち行ったりしなきゃいけないのに……。こんなところでみんなを足止めしちゃって申しわけないなーって、」
「なるほど。」
「早く記憶を取り戻さなきゃいけないのに、早く色んな景色を見たり色んなフレンズに会いたいのに……。」
「そうですか。」
リョコウバトちゃんはともえちゃんの言葉を静かに、にこやかな表情を浮かべながら耳を傾けていました。しかし、彼女はともえちゃんの言葉の端々に何か焦りを感じたようです。それは自分の出自が分からないことからくる焦りなのか、悩みを切り出せないことへの焦りなのか。リョコウバトちゃんにはそんなともえちゃんの心の悲鳴が聞き取れたようです。
「ともえさん。今度は私のお話に少しお付き合いいただきたいのですがよろしいでしょうか。」
「え……はあ。」
「ありがとうございます。では少し準備をしてまいりますので……。」
と、リョコウバトちゃんは、椅子から立ち上がって部屋に繋がる窓を開けます。
「失礼いたします。」
「あ、どうも……。」
ともえちゃんにうやうやしくお辞儀をしたリョコウバトちゃんは優雅にベランダを後にします。
「(なんか不思議なフレンズさんだなぁ……。)」
会って間もありませんが、彼女のどこか達観した不思議な魅力にともえちゃんは惹かれ始めていました。
リョコウバトちゃんは、傷心の彼女の心をいやすことはできるのでしょうか?
続く
一度気を失って医務室に運ばれたことがあります。なんか貧血で倒れて担ぎ込まれたらしいです。
けっこうビビりますよ。「あれ?ここどこ?」って感じで。