まだAパートを読んでいない方は、先にそちらをお読みください。
ともえちゃん達は記憶の手がかりを求めてロッジ『キツネノアリヅカ』にやってきた……はずでした。しかし、旅の途中でともえちゃんは熱を出してしまい記憶探しは中断、ロッジで静養することになりました。
ともえちゃんが休んでいる間、イエイヌちゃんとゴマちゃんはオオミミギツネちゃんの勧めによって薄暗い地下迷路に挑戦し、その途中でハブちゃんに出会います。しかし、ハブちゃんは道を忘れており、二人は自力で迷路を解く以外に方法はなくなってしまいました。イエイヌちゃんはなんとかハブちゃんのにおいを嗅ごうとしますが、そのにおいはなかなか見つかりません。
「ハブさんのにおい、だいぶ薄いですね。」
「まあ、においがしないように気をつけてるからな。」
「お前、何と戦ってるんだ。」
においを消しながら行動していたことをいばるハブちゃんにゴマちゃんの冷ややかなツッコミが入ります。においが残っていれば、それをたどってゴールまでたどり着けたかもしれないのですが……。
「まあイエイヌもロードランナーも。みんなゆっくりしてけよな。ここは俺のなわばりだし。」
「オオミミギツネとアードウルフのなわばりじゃないのかよ?」
「いいじゃん。俺が今いるところが俺のなわばりさ。」
迷路はすっかりハブちゃんのなわばりのようです。
一方ともえちゃんは、ロッジのベランダでリョコウバトちゃんと出会い、交流をしていました。しかし、リョコウバトちゃんはともえちゃんに何かを見せたがっているらしく、部屋に戻ってしまいました。再びここに戻るにはしばらく時間がかかるかと思われましたが、意外とすぐにベランダに戻ってきたようです。
「お待たせいたしました。」
リョコウバトちゃんが持ってきたのは一枚の絵。その絵には、イスに座るリョコウバトちゃんが黒い鉛筆で描かれていました。絵を見ると、今よりも少し若い印象を受けます。
「リョコウバトさん、これって……?」
「これは、私の大事な……友達が描いたものです。」
「友達?どんなフレンズですか?」
リョコウバトちゃんは首を横に振りながら答えます。
「分かりません。ただ、自分のことをマーサと呼んでいました。マーサは私のかけがえのない友達でした。」
「そのマーサさんは……?」
「亡くなりました。私と暮らしていた頃、病気を抱えていたそうです。」
リョコウバトちゃんは空を眺めながら、ぽつりぽつりと話し始めます。まるで、懐かしい思い出を振り返るかのように……。
「マーサは自分のことを話したがりませんでした。ですから私自身にはマーサと暮らした思い出が残っていますが、私はマーサのことをまるで知りません。ですから私は、マーサの過去を探して、ずっと旅を続けているのです。」
「マーサさんの過去は見つかったんですか?」
「いいえ。残念なことですが、このエリアに残ったヒトの痕跡の中にはマーサと思われるものがどこにもないのです。でも私は諦めません。これからもマーサを探し続けるでしょう。」
「一人でですか?」
「一人ではありませんよ。旅先で出会ったフレンズ達が私の孤独を埋めてくれます。」
「それって……。」
過去を探してジャパリパークを回り、旅先で出会ったフレンズと楽しい時を過ごして友情をはぐくむ。まさに、ともえちゃんの旅と同じではありませんか。
「あなたと同じですね。奇遇なことですが。」
「あたしと……。」
ともえちゃんは、戸惑いを隠せませんでした。それもそのはず、まさか自分と同じことをしているフレンズがいるとは思ってもいなかったでしょうから。
「あなたの場所はどこですか?思い出の中ですか?それとも、自分のなわばりですか?」
「あたしの場所は……。」
ともえちゃんは考えます。自分の心を休めてくれて、苦楽を分かち合うことができて、どんな辛い過去があったとしてもそれを一緒に受け止めてくれる……。そんな居場所を、今のともえちゃんは求めています。それははるか遠くに存在するものなのでしょうか?それとも近くにあるけど気づいていないものなのでしょうか?ともえちゃんは悩みました。答えを見つけるには、まだもう少し時間が必要なようです。
さて、迷路に四苦八苦していたイエイヌちゃん達はどうしているのでしょうか?
三人はとにかく夢中でさまよい歩きました。ハブちゃんが右と言えばゴマちゃんが左と言って聞かなかったり、なりふり構わずマーキングしようとするイエイヌちゃんをなだめたり……。あちらこちらに歩いているうちに、ようやく照明以外の明るい場所が見えてきました。差してくる光は小さく、出口がせまいことがうかがえます。
「明かりじゃない……ってことは。」
「出口ですよ!風が吹くのを感じます!」
「やっと着いた~!」
三人は仲良くゴール。人一人分の穴を通りぬけ、ついに目的地の蟻塚群にやってきました。ここは先ほどの山とは打って変わってカラカラに乾燥していて、短い草と木がまばらに生えているくらい。これが昼間だったら恐らく暑さに悩まされていたことでしょう。しかし、気がつけば今は夕方。日が暮れ始めています。
こんなところには誰もいないだろうと思いきや、どうやら先客がいるようです。
「あっ、イエイヌさんにロードランナーさん。」
「アードウルフさん。」
「なんでアードウルフがここに?」
「私はよくここへ蟻塚を見に来るんですよ。ほら、周りを見てみてください。」
アードウルフちゃんにうながされ、三人は周りを見回してみました。すると、そこにある蟻塚の多様さに目を奪われます。雄々しい山のようにどっしりとそびえるものもあれば、かわいらしい小山が並んでいたり、鍾乳石のようにトゲトゲしたものまで。見ていて飽きることがありません。
アードウルフちゃんは蟻塚について語ります。曰く、蟻塚とはシロアリがきびしい自然環境を生き抜くため、力を合わせて建てた住居なのだそうです。
「なわばりを探していた時にこの蟻塚に惹かれまして。それでこの辺りに住もうと思ったのですが、そこに穴があるでしょう?」
「入ってっちゃったのか?こいつみたいに。」
「穴があったら入りたくなるのがフレンズだろ!」
「まあ、気になってしまいまして。それでその先にいたオオミミギツネさんと出会いまして。あの人も蟻塚にみせられてここに来て、同じく穴が気になって、それでロッジを見つけて……。それで誰も住んでいなかったロッジに住み始めたそうですよ。」
アードウルフちゃんは懐かしむように語ります。話を聞いたイエイヌちゃんは、何かピンときたようです。
「あのぉ。ロッジを建てたヒトってひょっとして……。」
「シロアリを食べてたのか。」
ゴマちゃんの勘違いをアードウルフちゃんが訂正します。
「じゃなくって!蟻塚見学ツアーの参加者を『お泊めする』ためにあのロッジを建てたのではないか……と、オオミミギツネさんは言っていました。」
「『お止めする』……?シロアリを食べないように?」
「やっぱアリ食ってたのか。」
「じゃないってば!」
ゴマちゃんのボケに乗っかるハブちゃん。この二人、なかなかどうしていいコンビのようです。
三人がコントのようなやりとりをしていた時、イエイヌちゃんはもう一つ何かをひらめきました。
「あ……あの!ゴマさん!あの蟻塚、どこかで見たことありませんか?」
「どこって?初めて見たけど。」
「スケッチブックですよ!アレに似たスケッチがあったはずです!」
「マジかよ!早くともえに知らせなきゃ!アードウルフ、ロッジへの近道知らねーか?」
「でしたら、やはりこの地下道がよろしいかと。道なら私が知っているのでお送りいたしますよ。」
「ゴマさん、行きましょう。」
「おう。」
「あ、その前に。」
地下道に潜る気マンマンだった二人をアードウルフちゃんが止めます。何事かと思いきや、アードウルフちゃんはハブちゃんのパーカーをむんずとつかみます。
「オオミミギツネさんがあなたに話があるそうですよ。観念してくださいね。」
「ち……。スキ見て逃げ出そうと思ったのに。」
どうやら、ハブちゃんの素行の悪さにオオミミギツネちゃんはやはり腹を立てていたようです。
四人は仲良く……かどうかは分かりませんが、とりあえず例の迷路に行くために穴の中に入っていったのでした。
西の空に日が沈み始めた頃、リョコウバトちゃんは一つの問いをともえちゃんに投げかけます。
「あなたの場所はどこですか?思い出の中ですか?それとも、自分のなわばりですか?」
「あたしの場所は……。」
ともえちゃんは、ついに意を決したように言葉をしぼり出します。
「友達です。」
かみしめて、反すうするようにもう一度。
「友達のいるところです。」
リョコウバトはふっとほほえみます。
「お友達ですか。」
「はい。イエイヌちゃんと、ゴマちゃんと、ラモリさん……。みんながいるところがあたしの場所です。」
ともえちゃんははっきりと確信しました。ジャングルで自分の記憶を取り戻した時、三人は自分をとても心配してくれました。他にも、フレンズを助ける時にいつも三人は自分に協力してくれました。
その場の流れと言ってしまえばそれまでです。しかしそれだけではない、もっと大事なものでみんなは繋がっているはず。それこそが友達なのだとともえちゃんは確信したのです。
「友……?あたし、覚えてる……!」
ともえちゃんは何かに呼ばれたかのようにベランダから身を乗り出し、周りの木を見回します。すると、記憶がよみがえるあの感覚が湧き上がってきました。ともえちゃんは何かを思い出し始めたようです。
――山の中のハイキングコース。木漏れ日の美しい森の中をとさらさら川が流れる。水の音、風の音、鳥の声。森のオーケストラの演奏に耳を傾けながら小道を歩くともえ。
ふと、ガケの上を見上げる。そこには板と丸太で造られた大きなロッジが建っている。素朴で大きな家が気になったともえは木に登ってロッジの様子を見てみる。するとそこでは、フレンズ達が笑顔でロッジを後にしたり、待ち合わせをしたり、ベランダで談笑する様子も見られた。
ともえはその様子を寂しそうに見続けている。ともえはこれまで色んなフレンズを遠くから見てきた。彼女らの暮らしを見て、自分も輪に入りたいと思わなかったわけではない。ただ、怖かったのだ。勇気を出して声をかけて、もし否定されたら……それが自分を油断させる罠だったら……。様々な不安がともえの頭を支配する。フレンズに声をかける、たったそれだけのことさえ、怖くてできなかった。
「ほんと……臆病だよね。」
ともえはため息をつく。でも、せめて自分の絵の中ではフレンズ達と一緒に暮らしたい。笑い合って、遊んだり走り回ったりしたい。そんな願望をいつしか、スケッチブックの中にぶつけていたのだ。いつものように、自分の世界に逃げ込むようにスケッチブックに絵を描き込んでいるとふと、ともえの頭に一つの言葉が浮かんだ。
「友、絵……とも、え……ともえ……。」
ともえはなんとなく、スケッチブックの裏表紙に『ともえ』と刻んだ。いつかこの絵の中で友達と遊べる日がくるように。――
「友……絵……。それが……あたしの名前……。」
『ともえ』という名前は誰かにつけられたわけでも、別の誰かの名前でもありませんでした。これは紛れもなく自分が考えた言葉。いつか誰かと友達になれるように、という願いと祈りが込められた言葉だったのです。
ともえちゃんの目からは涙があふれます。なぜかは分からないけど、後から後から湧き上がってくる感情を抑えきれず涙が流れてしまうのです。
「ともえさん。あなたには素敵なお友達がいるのですね。その子達は苦しんでいるあなたを放っておく子でしょうか?きっと、あなたの苦しみも悲しみも辛さも、みな受け止めてくれるのではありませんか?あなたは決して一人ではありません。だから思い詰めないで。自分の気持ちを正直におっしゃってみて。」
「はい……はい……。ありがとうございました……リョコウバトさん……。」
大事なことを思い出させてくれたリョコウバトちゃんに、ともえちゃんは涙ながらに何度も感謝の気持ちを伝えました。
すっかり日が暮れて暗くなったロッジの中。ともえちゃんが部屋でおとなしく寝ていると、突然イエイヌちゃんとゴマちゃんが部屋に駆け込み、照明をつけました。
「ともえさん!」
「ど、どうしたの二人とも?そんなに急いで。」
「あの!スケッチブックを見せてもらってもいいですか?」
ともえちゃんは勢いに押され、スケッチブックを見せてあげます。
イエイヌちゃんがめくったページには、林立した黒い岩のようなものの中に星のような光がまたたいている絵が描かれています。
「ゴマさん、見てくださいこれ!」
「ホントだ!似たようなもん見たぞ!」
「えっ、そうなの!?」
「ともえが喜ぶかもと思って、急いで知らせに来たんだよ!」
「二人とも……。」
ともえちゃんは目頭が熱くなるのを感じました。自分が落ち込んでいる間にも、二人はともえちゃんを喜ばせることを考えていたのです。みんなそれだけ、ともえちゃんが大好きなのです。彼女はそれをはっきりと心から感じることができました。
自分のためにここまで奔走してくれた二人に感謝を込め、ともえちゃんは二人の体をぎゅっと抱きしめました。
「ほんっとうにありがとう!」
「ともえさ~ん。」
「いきなり抱き着くなよもう……。」
イエイヌちゃんは当然いつものように尻尾を振りながら抱き返しますが、ゴマちゃんはややどぎまぎしながら抱き返します。
ともえちゃんの前にどんな困難が立ちはだかろうとも、この三人とラモリさんで力を合わせれば、きっと何かを成し遂げられるでしょう。集団で力を合わせることは、すぐに結果がでなくとも、いつの日か大きな結果を出します。何せちっぽけなシロアリでさえ、力を合わせればいつか巨大な蟻塚を造ることができるのですから……。
おや?ところで、リョコウバトちゃんはどこへ行ったのでしょうか?安心してください。ちゃんとロッジを後にしていますよ。
「ともえさん。またお会いしましょう。その時まで、この絵……大事に取っておきますね。」
リョコウバトちゃんは一枚の絵を見やります。そこにはロッキングチェアに座ったリョコウバトちゃんの姿が色鉛筆で鮮やかに描かれていました。そう。この絵はともえちゃんの絵。マーサの絵と比べると少し粗さがありますが、なかなかの力作です。
リョコウバトちゃんはその絵を大事そうに、運んでいたスーツケースの中にしまい込みました。
「また一つ……大事な思い出が増えましたね。」
リョコウバトちゃんのスーツケースの中にはその土地で拾ったものやもらったものが、たくさん詰まっています。ともえちゃんの絵もその中の一つに加わったようです。
たくさんの思い出と共にリョコウバトちゃんの旅はまだまだ続いてゆきます。
一方、近くの作業場でメンテナンスを終え、ロッジにバイクを走らせるラモリさんは、少し不穏さを感じていました。
ともえちゃんの体を軽くスキャンした結果は、心身状態の不安定さが原因と思われました。しかし、それにしてはやはり急な発熱である。ヒトのデータを照合してみた結果、そのような結論に至ったのです。
「急ナ発熱……本当ニ心労ノセイダッタノカナ……?」
終わり
最初はアードウルフちゃんが熱を出して、代わりにロッジで働くお話にするつもりでした。
が、ポケットの中の戦争のEDを聞いていて、ともえちゃんの掘り下げがまだ十分ではないことに気づきました。
ありがとう、バーニィ……。