けものフレンズR 足跡を辿って   作:ナンコツ

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※これは第十話けんきゅうじょの続きです。
まだAパートを読んでいない方は、先にそちらをお読みください。

※この回はけものフレンズ2と性格が違っているキャラがいます。
そちらが好きな方は注意してお読みください。


第十話 けんきゅうじょ Bパート

 打ち捨てられたうら寂しい研究所の中。キュルルちゃんとカラカルちゃん、そしてボスに連れられてやってきたこの場所で、ともえちゃんの記憶が次々とよみがえってきました。自分がフレンズだったこと、キュルルちゃんの持ち物をだまって持ち出してしまったことなど。

 そして今度は、キュルルちゃんの謎を解くためにラモリさんが映像を見せてくれるようです。その映像に映っていたのは、青い髪の白衣を着た女性と、まだ幼いキュルルちゃん、そして架空のフレンズと思われていたナミチスイコウモリちゃんでした。

 

『あ、あなた達は……!?』

『パパとママが……ひっく。』

『この子のパパとママが、私達を逃がすためにセルリアンに……。』

『セルリアンに……。がんばりましたね。ここは安全ですよ。』

『うっ、ひっく、ひっ……うわああああああん!』

 

 ラモリさんの映像はここで途切れてしまいました。

 

「キュルルさん、今のは……?」

「これは昔の……小さかった頃のぼく。一緒にいたのはナミチスイコウモリちゃんと君達のラッキービースト……ラモリさん。そしてぼくらを迎えてくれたのは、真麻博士。」

 

 キュルルちゃんは目を伏せながら教えてくれました。その様子からすると、あまり思い出したくないことだったようです。

 ともあれ、この映像でともえちゃんは確信したことがあります。

 

「ラモリさん。あの映像の小さな子って、キュルルさんだったんだね?」

「……ソウダヨ。今マデ黙ッテイテゴメン。記憶ヲ失クシテ不安ガッテルコネコチャンニ、君ジャナイナンテ、言エナカッタンダ。」

 

 ラモリさんはともえちゃんを見上げながら教えてくれました。サングラスのせいで感情はつかめませんでしたが、その言葉には確かに優しさが感じられました。

 ラモリさんもラモリさんなりにともえちゃんのことを心配していたということでしょう。しかも、あの時は自分が過去にフレンズを拒絶していてショックを受けていた頃です。これ以上のショックを与えてはどんなことをするか分かりません。彼の苦悩と優しさを想像すると、ともえちゃんは彼への感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

「ありがとう、ラモリさん。心配してくれてたんだね。」

 

 ともえちゃんはラモリさんの頭をゆっくり撫でてあげました。

 その一方で、ゴマちゃんはこの映像に何か気になることがあったようです。

 

「なあ。キュルルとナミチスイコウモリは、どうしてセルリアンに襲われたんだよ?」

「それは……フレンズ狩りごっこ、とでもいうのかな。」

 

 フレンズ狩りごっこ……。狩りごっこならよく知っている遊びなのですが、フレンズを狩るとは一体どういうことなのでしょうか。ともえちゃん達は身震いを抑えながらキュルルちゃんの言葉に耳を傾けます。

 

「サンドスター火山が噴火したある時、セルリアンが大量発生したんだ。セルリアンはフレンズからかがやき……サンドスターを奪うことが目的。大量に現れたセルリアンは、フレンズ達からサンドスターを根こそぎ奪おうとしたんだ。」

「……なんだか覚えてる気がします。」

 

 イエイヌちゃんはふと、何かを思い出したかのように振り返ります。ご主人様を待っていた頃、外が騒がしかったような。その時、自分は震えながらご主人様を待っていたような……。昔感じた怖さに再び身を震わせながら、過去の思い出を振り返りました。震えるイエイヌちゃんの体を、ともえちゃんは優しく抱きとめます。

 

「ぼくは父さんと母さんと一緒に逃げた。ナミチスイコウモリちゃんをここにかくまうためにね。でもその途中で、父さんと母さんはぼくを逃がすためにセルリアンに踏まれて……。」

 

 キュルルちゃんは顔を伏せてしまいました。あの頃の記憶は苦い思い出として、強くキュルルちゃんの心に残っているようです。

 ここまでの話の衝撃に言葉も出ない三人に、カラカルちゃんは優しく声をかけます。

 

「ショックよね。私だって、最初に聞いた時信じられなかったもの。」

「なんだよ……フレンズ狩りごっこって。あいつらにとってフレンズはごちそうで、ヒトは障害物なのかよ。」

 

 ゴマちゃんはやり場のない怒りを感じていました。自分達は仲良く楽しく生きているだけなのに、なぜそれを脅かされなければならないのでしょうか。そんな理不尽さに対する身を焦がすような怒りと憤りを感じていました。それはともえちゃんもイエイヌちゃんもカラカルちゃんも……ひょっとしたら、ラッキービースト達もそう感じていたのかもしれません。

 キュルルちゃんはゆっくりと顔を上げ、別の部屋へ行くようにうながします。

 

「みんなに知ってほしいのはここまで。もっとぼくやサンドスターRについて知りたければ、奥に入ってよ。見て欲しいものがあるんだ。」

 

 みんなは顔を見合わせました。確かに、生きていく上ではこの辺りまで知れば十分かもしれません。でも、ここまで知ってしまうと、やはりキュルルちゃんの壮絶な半生を知りたいという好奇心と、自分達も力になりたいというおせっかいにも似た親切心が頭をもたげてきました。

 ということで、みんなは無言でキュルルちゃんの後についてゆきます。それを見届けたキュルルちゃんは、憂いを込めたほほえみで奥の部屋へと案内したのでした。

 

 

 キュルルちゃんに案内された部屋、そこには丸くて動物のような耳の生えた、大きな石のような物が置かれています。それには大きな穴が空いているので中は丸見えになっています。中はきらきらと光っているようです。

 

「これは、ぼくが眠っていたカプセルなんだ。」

「へー寝床か。悪くないじゃん。」

「そりゃ、野宿に比べればどんな寝床もカイテキよね。」

 

 キュルルちゃんはともえちゃんにカプセルをよく見るようにうながします。

 

「この中を見て。キミなら何か気づくはずだよ。」

 

 ともえちゃんは不思議そうにカプセルの中をのぞきます。すると、そこにはあのかばんに入っていたあの四角い箱が、カプセルの半分を埋め尽くすほどたくさん詰まっていたのです。

 

「これ……これだよ!かばんの中に入ってたの!」

「これはサンドスターRを集めてキューブ化したものだよ。これに触ればサンドスターRの力を使える。」

 

 ともえちゃんに続き、イエイヌちゃん達もその中をのぞきこみました。サンドスターRはきらきらと幻想的に光っています。

 

「はぇ~。これが、サンドスターRってワケか。」

「そう。ぼくはね、博士に頼んで特別な装置を埋め込んでもらったんだ。」

 

 と、キュルルちゃんは自分の胸を指差し、その指を片方の目に当てます。どうやら、その瞳が装置を埋め込まれた証のようです。

 

「その上でこのサンドスターRと一緒にコールドスリープ……冬眠し続けた。長い間ね。その結果、サンドスターRを作れるようになったのさ。」

 

 キュルルちゃんはフレンズ達にも理解できるように言葉を選んで説明をします。

 その最中ふと、ゴマちゃんはカプセル内のサンドスターRに手を伸ばしました。

 

「これがサンドスターアレなら、こいつをセルリアンに投げつけてやれば……。」

「ダメだよ!キミ達フレンズにこのキューブは毒でしかないんだ!」

 

 キュルルちゃんは血相を変えて全力でゴマちゃんを止めました。その必死さを見るに、よほど触ってはマズイもののようです。

 

「サンドスターRってね。いいとこばかりじゃないのよ。セルリアンを見たでしょ?アレに触ったら、私達フレンズだってああなるんだから。」

 

 カラカルちゃんの言葉にみんなはびくんと震えます。あのセルリアンは、目をぐるぐると回し身をぶるぶると震わせながら、ぱっかーんと砕け散ってしまいました。あれがフレンズで再現されたら……目も当てられない光景が広がることでしょう。

 

「致死量とまではいかなくても、サンドスターRに長く触ったフレンズは、何かしらの後遺症が残っちゃうらしいんだ。例えば、触った部分が変色するとか……。」

「触った部分が……?」

 

 変色という言葉にともえちゃんは反応しました。それはちょうど、自分の手がその症状に近い状態になっているからに他なりません。

 

「この爪の色も……?」

「え、これマニキュアじゃなかったの!?」

「知らないよ!かばんの中のサンドスターRに触ったらこうなって……。」

「ヒトって元々こんな爪の色ではないのですか?」

 

 色めき立つともえちゃんとキュルルちゃんを不思議に思ったイエイヌちゃんは、何がおかしいのかを聞きました。

 しかし、キュルルちゃんが爪を見せてくれたことですぐにはっきりしました。ともえちゃんは緑色なのに対し、キュルルちゃんは肌の色に近いピンク色。全然違います。自分達フレンズも大体キュルルちゃんと同じであるため、おかしいのはともえちゃんだけのようです。

 

「ともえさん、言ってくれればよかったのに……。」

「えへへ。……ごめんね。」

「まあ、サンドスターRがどんな怖い物質なのかは分かってくれたと思う。」

 

 確かに触れただけでフレンズの体質を変えてしまうこの物質は、フレンズにとっては危険なものです。

 しかし、これを体内で生成できる体にするということは、つまりフレンズに触ることもできなくなるということになるのではないのでしょうか。そうだとしたら、なぜキュルルちゃんはそこまでして自分の体質を変えようとしたのでしょうか。

 これ以上を知るのは怖いですが、イエイヌちゃんとともえちゃんは、勇気を振り絞ってキュルルちゃんに質問します。

 

「あの。だとしたら、どうしてキュルルさんはそこまでして……?」

「そうだよ。もうフレンズに触れなくなるかもしれないのに。」

「それはね……ラモリさん。」

「了解。」

 

 ラモリさんは再び映像を映し出します。今度は今と同じくらいのキュルルちゃんと、あの白衣の博士が出てきました。

 

『……どうしても、ですか?』

『はい、お願いします。ぼくのことは気にしないで。』

『私はやはり反対です。みんながああなってしまったのに、あなたまで……。』

『僕はヒトだから大丈夫です。それよりも、ぼくは許せないんです。ヒトやフレンズや……ジャパリパークをメチャクチャにしたセルリアンを。』

『それは私も同じです。だからこそ……ゲホッゲホッ。』

『博士!大丈夫?』

『こんな身体じゃなければ……。代わってあげられたのに……。』

『だとしても僕は志願したと思います。だからお願いします。ぼくを、セルリアンを倒せる体に……してください。』

 

 キュルルちゃんが頭を下げたところでラモリさんの映像は途切れました。

 

「入口近くの映像の数年後、この映像が撮られたんだ。」

 

 キュルルちゃんはぽつりと語り始めます。

 

「そこまで長い時間が経った。ぼくはこの研究所に残り、博士の助手として色んな研究を手伝った。でも、ぼくはやっぱり父さんと母さんを忘れることはできなかったんだよ。セルリアンはサンドスターRがあるこの施設を襲うことはできなかったけど、代わりに他のフレンズ達が犠牲になった。ぼくは遠くから見て見ぬふりしかできなかった……。」

 

 キュルルちゃんは硬く拳を握りながら語ります。その表情たるや、目には涙をうっすらと浮かべ、唇をぎりぎりと噛みしめるほど。それほどまでに強く怒りをあらわにしていました。

 

「あいつらは誰かをふみつぶして……かがやきを奪って……それでも何も感じないまま、平然と次の“餌”を探す。心を持たない奴らに、ぼくやフレンズ達の痛みは理解できない。分かるだろ?そんな奴ら許せるかッ!」

「キュルルさん……。」

「ガマンできなかった……どうしても!」

 

 この言葉が全てでした。キュルルちゃんがセルリアンに対して抱いた怒りと憎しみは相当なものです。それらに身をゆだねた結果、自らの体をセルリアンを倒せる体にしてほしいと志願するまでの精神状態に至ったのでしょう。

 しかし、その代償は大きいはずです。キュルルちゃんはもうフレンズにも触れない体になってしまったのでしょうか?

 

「あの……もうキュルルさんはフレンズには触れないの?」

「あ、そんなことないよ。だってほら。」

「あっ。」

 

 急にキュルルちゃんに手を握られて、カラカルちゃんは思わずほほを染めてしまいました。キュルルちゃんは気にせず両手でカラカルちゃんの手を包みます。

 

「サンドスターRを注入しようとしなければ、こんな風に握手だってできちゃうし。うまくコントロールすれば大丈夫みたいなんだ。」

「ちょ、ちょっと離してよ。ねえ、もういいでしょ?」

 

 楽しそうなキュルルちゃんをよそに、カラカルちゃんはなんだか迷惑そうです。でもその割には、あまり強い物言いをしていませんね。

 とにかく、今のキュルルちゃんはフレンズに触れない、というわけではなかったようです。ともえちゃん達はほっと胸をなでおろしました。

 カラカルちゃんから手を離すと、キュルルちゃんはまた別の部屋へ案内します。

 

「さあ、まだ見せたい映像があるんだ。こっちに来て。」

「ラモリさんばっかりで、こっちのラッキーさんかわいそうだね。」

「オ気遣イ、ドーモ。」

 

 ラモリさんと違ってほとんどほっとかれているボスですが、あまり気にしていない様子です。

 

 

 キュルルちゃんが次に連れてきた部屋は穴の空いた大きなガラスビンの置かれた部屋でした。

 

「さあ、ラモリさんよろしく。」

「了解。」

 

 今度のラモリさんの映像に出てきたのは、ビンの中に入ったナミチスイコウモリちゃんと、幼いキュルルちゃんと白衣の博士。今度はどんなことが起こるのでしょうか?

 

『コウモリちゃん。調子はどう?』

『うん、何ともないよ!やっぱ大したことないじゃん、サンドスターRって。キヒヒ。』

『博士、これならきっとフレンズにも使えるようになるよね?』

『ええ、そうだといいですね。調子がいいのなら、もう少し注入してみましょう。』

『どんどんきてよ、キヒヒ!』

『サンドスターR……これがフレンズにも使えたら、きっとセルリアンにだって負けないよね。』

『ええ……。でも、『過ちて改めざるこれを過ちという』という言葉もあります。先人の危惧した通り、これが災いにならなければいいのですが……。』

『キヒヒ。これが終わったらそろそろお昼かぁ。ジャパリまんいく……つ……。』

『……コウモリちゃん?』

『あっ……あっ……あぁっ……くっ……く……くうぅぅ……。』

『コウモリちゃん!しっかり!』

『コウモリちゃん!コウモリちゃん!』

『あっ、くっ、あっ……あああぁぁぁ……。』

 

 コウモリちゃんの姿が薄れていき、同時にラモリさんの映像も途切れてしまいました。

 その壮絶な姿に、ともえちゃん達は息を呑みます。

 

「改良したサンドスターRを摂取させた結果、ナミチスイコウモリは消えてしまった。元のコウモリごと。思い出すら残してくれなかった。」

 

 キュルルちゃんの声が辺りに冷たく響きます。その声はどこか悲しさや寂しさをはらんでいました。

 

「ぼくもバカだったんだ。博士が白紙にしようとしたのに。危険なのは知ってたはずなのに。コウモリの言うことを真に受けて、大事なフレンズを実験台にして……。」

 

 キュルルちゃんの目からはぽたりと涙が流れます。きっと、ナミチスイコウモリちゃんのことをそれだけ大事に思っていたのでしょう。『コウモリの言うことを真に受けた』ということは、ナミチスイコウモリちゃんが自分から志願したことが想像できます。

 傷心のキュルルちゃんをカラカルちゃんとイエイヌちゃんがなぐさめます。

 

「気を落とさないで。ナミチスイコウモリも、アンタと博士が好きだったから協力したのよ。」

「そうですよ。ナミチスイコウモリさんも、きっとキュルルさんと博士のお役に立ちたかったから実験を……。私には分かります。」

 

 イエイヌちゃんはヒトの役に立つことを何よりの喜びとしています。それだけに、ヒトが喜ぶようなことならなんでもしたい、してあげたいと思う気持ちがよく分かるのです。

 二人になぐさめられ、涙を拭いながらキュルルちゃんは話を続けます。

 

「こんな風にサンドスターRは危険な物質なんだ。必ず信用の置けるところに置いておかなければならない。かばんの中のサンドスターRがバラまかれたりしたら大変だ。それを取り返すことが、冬眠から覚めたぼくの第一の目的だった。」

「第一のってことは、まだあるの?」

 

 キュルルちゃんは無言でうなずきました。

 

「もう一つは、アムールトラだよ。」

「アムールトラ!?」

 

 ともえちゃん達はひどく驚きました。

 そのフレンズ……いや、ビーストについてともえちゃん達はよく知っています。なんらかの原因によって闘争本能が暴走したフレンズ、それがビーストです。この旅で何度か遭遇し、そのたびにともえちゃん以外が怖い思いをしてきました。

 

「アンタ達も知ってるわよね。ビーストって。あれは、サンドスターRのせいらしいわ。」

「うえええええっ!?」

 

 ともえちゃん達、またしてもビックリ!ビーストになった原因にサンドスターRが絡んでいたなどとは、夢にも思わなかったのですから。

 

「でもでも!ラモリさんはなんらかの原因があってって……あ。ひょっとして……?」

「そういうこと。元々フレンズだったものがサンドスターRに触れると、大変なことになるってのは分かったよね?なら、フレンズじゃない動物にサンドスターRを与えるとどうなるか。結果は、あの通りさ。」

「またサンドスターRか。どんだけ悪いことしてんだよ~。」

 

 口をとがらせるゴマちゃんの一言にキュルルちゃんは苦笑いしつつ、またみんなを別の場所へ案内します。

 

「ついてきて。外にアムールトラがいたオリがあるから。」

 

 今度は外へ出るようです。忙しいですが、アムールトラちゃんのことは気になります。彼女のことを知るためにもともえちゃん達は頑張ってついてゆくのでした。

 

 

 研究所の外の裏庭。例によって草木が伸び放題になっていましたが、コンクリートに鉄格子、クサリが引きちぎられたアトが残っています。しかし、鉄格子はグニャグニャになっていて使い物になりそうにありません。経年劣化なのかコンクリートもひびが入っています。

 

「ひゃあ……。ベコベコじゃん。」

「これ、アムールトラちゃんが壊したの?」

「分からない。ぼくが眠る前まではずっとここにいた。ほら、あのクサリで繋いでたんだ。」

 

 キュルルちゃんはクサリのアトを指差します。引きちぎったか壊れたかのようなアトが生々しく残っており、相当暴れたことが伺えます。

 

「アムールトラちゃんも実験のために?」

「それに関しても映像があるよ。ラモリさん。」

「了解。」

 

 ラモリさんは慣れたように映像をコンクリートの壁に映し出します。最初はみんな驚いていた記録映像ですが、もう見慣れてしまったのか無反応です。

 そこに映し出されたのは、幼いキュルルちゃんに白衣の博士、そしてフレンズではない本物のアムールトラです。横腹に傷を負っており、息も絶え絶えで苦しそうです。暴れないようにするためか手足がクサリで拘束されています。

 

『ねえ、きっと治るよね?まだフレンズじゃないもん。』

『これは賭けですね。きっと治ると思いますけど、動物に与えても大丈夫かどうかは……。』

『早く治そうよ!かわいそうだよ!』

『そうですね……。お願い……。』

『ウゥゥ……。』

 

 博士は持っていたキューブをアムールトラの横腹に当てます。すると、その姿がみるみるフレンズに変化してゆきます。みんなは、動物がフレンズに変化する瞬間を初めて間近で見てしまったのです。

 

『グアアアァァァッ!ガアアアウッ!』

『と、トラさん!?』

『大変!早くこっちへ!』

『ガウゥゥッ!ガアウウゥゥッ!』

 

 アムールトラちゃんが暴れた辺りでラモリさんの映像が途切れます。

 

「これがビースト誕生の瞬間。これでサンドスターRにも動物をフレンズにする力があることが確認されたけど、ヒト以外の動物に触れさせると暴走を引き起こすことも分かった。」

 

 誰も言葉を発することができませんでした。どうやら、フレンズになった後の、あのアムールトラちゃんの苦しむ姿が目に焼き付いてしまったようです。サンドスターから生まれた自分達と違って、アムールトラちゃんは苦しみながら生まれました。あの好戦的な性格は、今もその苦しみから逃れられていないことを表しているのでしょうか?

 

「なんだか……かわいそう。」

「ケガは一応治ったのか?」

「それは、会ったことのあるキミ達が一番分かってると思う。」

 

 確かにあのアムールトラちゃんには何度か出会いましたが、傷らしいものは見受けられず、五体満足で動いていました。動物の時はひどいケガをしていたようでしたが、すでに完治しているようです。

 その後のアムールトラちゃんの行方については、まずカラカルちゃんが証言します。

 

「私はここでキュルルと会ったんだけど、少なくともその頃にはビーストはいなかったわ。」

「ぼくが眠った後、あの子がどうなったのかは分からない。クサリを引きちぎって力ずくで逃げたか、それともセルリアンがオリを壊したのか。ともあれ、このオリを見た時、早くあの子を保護しなきゃいけない。そう思ったよ。」

 

 キュルルちゃんは遠くを見つめながら話します。出会いから暴走までを見届けたキュルルちゃんのアムールトラちゃんへの思いはいかほどのものか。想像するに余りあるでしょう。

 ところで、アムールトラちゃんに関することでずっと謎だったことがあります。ちょうどいい機会ですので、それについて聞いてみましょう。

 

「ビースト……いえ、アムールトラさんはともえさんの前だとおとなしくなるんです。なぜでしょうか?」

「ええ?なんでだろ?マタタビでもまいてるの?」

「し、してないよぉ。」

 

 すぐさまイエイヌちゃんはともえちゃんのニオイを嗅ぎ始めました。念入りに嗅いでいますが、特に怪しいニオイはありません。

 

「大丈夫ですともえさん。マタタビのニオイはしません!」

「か、嗅がなくていいから!」

「大体、ともえからマタタビのニオイがするんだったら、会った時に気づくから。」

 

 確かにカラカルはネコ科の動物。マタタビのニオイがするなら、まずカラカルちゃんに何か反応がありそうなものです。

 

「とにかく……アムールトラを見つけて保護することがぼくの第二の目的。三つ目は当然、セルリアン退治。」

「そのために寝てたんだもんな~。」

「今までぼくらはあいつらに逃げ惑うしかなかった。でも、もう逃げない。ぼくがあいつらへの呪いの使者になる。」

「のろい?」

 

 イエイヌちゃんとゴマちゃんは首をかしげました。呪いとは恨みのある誰かに災いが起こるように祈ることですが、そんな概念はフレンズにはありません。

 

「まあ……危ないヤツってことじゃない?」

 

 イマイチピンとこない二人に、カラカルちゃんが意見を出してあげました。

 

「キュルルさん。サンドスターRって、あの博士が作ったの?」

「博士……真麻博士だね。元々サンドスターRは、サンドスターの研究をしている時に偶然できた代物だったらしい。でも、使い方次第でジャパリパーク特有の生物を脅かす危険な物質なのが分かった。だから正式な名前は与えられず、呪いの物質と呼ばれて見向きもされなかったんだ。」

「リディムっていうのは?」

「その性質からつけられた仮の名前だよ。マズイものだって分かったらすぐに消されたんだ。」

 

 キュルルちゃんはクサリに触れながら語ります。すると、クサリはみるみる修復され、あの映像に出てきたものと全く同じものになったではありませんか。これがサンドスターRの力なのでしょう。

 

「博士が分かりやすく教えてくれたことだけど……モノっていうのはいちいち自分の姿の記憶があって、サンドスターRを注入するとそれに従って足りない部分を復元するんだって。」

「へえ……このスケッチブックにもそんな記憶があるのかなぁ?」

「たぶんね。」

 

 キュルルちゃんはほほえみました。

 

「これをヒトに応用できたら……そう考えた博士はコイツをもう一度研究し始めたんだ。大事なヒトを生き返らせようとしてね。」

「大事なヒト?」

「うん。博士の恋人。ジャパリパークの職員だったんだけど、突然死んでしまった。博士はひどく悲しんで、なんとか彼を生き返らせたいと思ったらしいんだ。」

「生き返らせたい……ですか。」

 

 博士には大事なヒトがいたそうです。キュルルちゃんがやたら過去形と伝聞を使っていることからすると、そのヒトはキュルルちゃんがここへ来る前に亡くなっているようです。

 一度凍結された物質の研究を再開する決意をさせるほど、博士にとってそのヒトは大事な人物だったようです。

 

「なんでも、イヌを飼っていて、キザでノリがよくて、動物と格言をこよなく愛するヒトだったらしい。誰かを口説く時に『ベイビー』って呼ぶのが鼻についたってよく聞かされたよ。」

「ベイビーねぇ……。」

 

 この特徴……ともえちゃんには、なんとなく思い当たる人物に会ったことがあるような気がします。いや、果たしてそれは人物なのでしょうか?

 

「最後にぼくがここで目を覚ましてからのことを振り返ってあげる。そこからともえちゃんの記憶も辿れるんじゃないかな。」

 

 キュルルちゃんは研究所の中に再び戻るようにうながします。この研究所の足跡を辿る冒険もいよいよ終わりを迎えようとしているようです。

 

 

 

続く




2パートでまとめるには長すぎましたので3つに分けました。それでも非常に長いですが。
こうならないように、ここへ来るまでに小出しに伏線を明らかにするべきだったかもしれません。
が、走りながら考えた部分もありますのでなんとも……。

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