まだAパートを読んでいない方は、先にそちらをお読みください。
雪にすっぽり覆われたサンドスター火山。そこではセルリアンが活発に動き、フレンズ達に襲いかかります。
四脚の足を持つ巨大黒セルリアンに襲われたアムールトラちゃんは気を失い、しばらく眠りについていました。
自分の目の前に、昔見たヒトの姿……。どうやら、彼女は夢を見ているようです。夢で過去の自分を、誕生時から振り返っているようです。
その誕生は忌まわしいものでした。
『(なにがおこったの!?いたい!いたい!いたいよ!たすけてよ!)』
フレンズとして生まれた瞬間、体が焼けつくような感覚に襲われました。それはまるで、熱したはんだゴテを全身にあてがわれたかのような、絶望的な痛みと苦しみだったのです。
そばにいたキュルルくんは何もせずおびえるばかりで、博士は自分に何かをしようと体をつかんできます。
『(なんで、たすけて、くれないの……?わたし、こんなに、くるしいのに……。)』
数日暴れることでようやく冷めたものの、そんな感覚を与えたのは間違いなくあの時、自分の近くにいたヒトです。
アムールトラちゃんの体の痛みは不定期に訪れ、発作となってアムールトラちゃんを苦しめます。そうして苦しむたびに、アムールトラちゃんはヒトを憎むようになってしまいました。
『トラさん、ごはんだよ。』
『(無理して顔を作りやがって。あいつのせいで私は苦しいんだ。)』
アムールトラちゃんは、キュルルくんが持ってきて目の前に置いたジャパリまんをひったくるように奪い、不機嫌そうに口に運びます。
『ぐっ……グゥゥゥゥッ……!』
『トラさん……ごめんね。ごめんね。』
『(そうだ。謝り続ける限り、私はお前を憎んでやる。)』
アムールトラちゃんは発作に苦しみながらも大声で恫喝し、キュルルくんを追い出してしまいました。
また、博士が話しかけにやってきた時など……。
『アムールトラちゃん。あそこにある、サンドスター火山……見えるでしょう?きれいでしょう?』
『(何がきれいなもんか。)』
アムールトラちゃんは威嚇し、警戒を解きません。それでも博士は、怖気づくことなく話を続けます。
『いつか、あそこへ連れていってあげたいですね。きっと楽しいですよ。』
『(そんなこと知るもんか。)』
『ゲホッゲホッ……!そうだ、今日はこの、ゴホンッ!……ご本を読みましょう。きっとあなたも、気に入ってくれると思います。』
『(また読み聞かせか。一応、聞いてはやるよ。)』
キュルルくんも博士も誰も好きになれないまま時が経ち、アムールトラちゃんの思いはついに成就します。
クサリを引きちぎることに成功したのです。これで誰も自分を縛ることはできません。後はオリを破壊し、自由を求めて走るだけです。オリは念入りに破壊しました。これまでの恨みつらみを晴らすように。
しばらく走っていると、前から何やら青い球体のような小さなものと出くわします。ヒトでもフレンズでもありません。ということは、仲間なのでしょうか?
『(ちがう、あいつはちがう。)』
アムールトラちゃんはセルリアンから無機質な敵意を感じました。それは、憎しみでも怒りでもありません。自分を何とも思っていない、生物とすら認識せず機械的に処理しようとするものです。
そんな、1ミリの心も感じない生物が自分の味方になどなるはずがありません。あれは自分に襲いかかってくる敵です。仲間などではないのです。
こうして彼女は、フレンズともセルリアンとも関われない中途半端な存在になってしまいました。セルリアンに襲われる上にフレンズとも交流できない。そんな彼女の居場所などどこにもあるはずがありません。この腕につけられた腕輪とクサリは、まだ自らを自由に表現できる場所を与えられていないという何よりの証拠なのです。
『(いいんだ、あんな連中。一緒にいるだけで、身体じゅうが痛くて、ムカムカしてくる。)』
自分を苦しめておきながら善人面をして近づいてくるヒトが憎くてたまらず、それに似た姿のフレンズを見るたびに憎しみと闘争本能がとめどなく湧き上がりました。それに従って暴れているうちに彼女の心はさらにすさんでゆき、どんどん一人ぼっちになっていきました。
誰とも関わらないと決めたはずのアムールトラちゃん。ですが、その中にも例外となるものが一人いました。
『あれって……フレンズ?めっちゃ絵になる~!』
ともえちゃんです。
ヒトもフレンズも、見ているだけで闘争本能をかき立てられる、憎むべき存在です。しかし、ともえちゃんは別なのです。
見た目はどう考えても自分があれほど憎んでいたヒトです。現に一度、あの子に襲いかかったことがあります。あの子はもう忘れているようですが……。しかし、今のあの子には何か自分と同じニオイを感じるのです。そのせいでなぜかともえちゃんを憎むことができないのです。
『(どうして、あの子は私を怖がらないんだろう?どうして、あの子はあんなに明るいんだろう?なぜあの子は、ヒトでもフレンズでもないのだろう?)』
アムールトラちゃんはヒトとフレンズにとてもビンカンです。自分の中から湧き上がるけばたつような感覚がそれを教えてくれます。
でも、ともえちゃんからはそれをあまり感じません。なぜかは分かりませんが、それの視界の中にいると、あの自分を不安にする感覚が消え失せてしまうのです。
『アムールトラちゃん!』
ともえちゃんの顔の屈託のない笑顔……。
『アムールトラちゃん……。』
ともえちゃんのほっとした顔……。
『アムール……トラ、ちゃ……!』
ともえちゃんが自分のことを本気で心配してくれた顔……。
「アムールトラちゃん!」
アムールトラちゃんははっと目覚めました。彼女は気を失った後、ジャパリバイクのサイドカーに乗せられ、ともえちゃんの介抱を受けていたのです。
「気がついた?もう安心して!ジャパリバイクで安全なところまで連れてってあげるから!」
「ともえー!ここ意外と落ち着くんだなー!」
目覚めるやいなや、アムールトラちゃんは暴れ始めました。彼女はバイクに乗るのは初めてです。慣れないバイクに怯えているのでしょう。
「ガァウッ!ガアアァァウッ!」
「だ、だめだよ暴れちゃ!おっこちちゃう!」
「落ち着けよ!」
アムールトラちゃんは聞く耳を持ちません。腕をケガしているようですが、分かっていないのでしょうか。
自分のケガもかえりみずに暴れ、降りようとするアムールトラちゃんを、ともえちゃんは放っておけません。
「アムールトラちゃん!あたしはあなたを助けたいの!もう一人ぼっちになんてさせない!絶対助けるの!」
「ガウッガウウッ!」
「絶対離さないもん!あたし、ずっとアムールトラちゃんと一緒にいる!ずっと一緒だもん!」
ともえちゃんは強く抱きしめ続け、何度も説得を続けます。粘り強く説得を続けたおかげで、アムールトラちゃんはようやく落ち着きを取り戻しました。
「……。」
「アムールトラちゃん、無茶しないで。あたし達と一緒に逃げよ?ね?」
「がう……ぐぅぅぅぅぅっ。」
アムールトラちゃんの発作が始まりました。ケガもあってかだいぶ苦しそうです。
「大丈夫!?そうだ、ばんそうこう貼ってあげる!」
ともえちゃんは頭からすっかりばんそうこうのことが抜けていました。急いでばんそうこうを取り出し、患部に貼り付けてゆきます。大きな傷はタオルを巻いて止血をしました。
「大丈夫、大丈夫……。もう痛くないから。あたしが守ってあげるから。ね?」
「う……うぅんっ……。」
ともえちゃんの腕に抱かれ、アムールトラちゃんは少しずつ彼女に対して安心感を抱くようになりました。こんな気持ちになったのはおそらく、生まれて初めてかもしれません。
そうしているうち、バイクはジャパリトラクターとセルリアンを追い抜き、ようやく両者を先行することができました。
セルリアンはトラクターの前方を踏みつけ、道をふさぎにかかります。
しかし、ジャパリトラクターは止まりません。セルリアンの足をショベルで持ち上げ、旋回して足をどかし、無理やり前に進んでしまいました。
「ジャパリトラクターすげーな。アイツを無理やり引きはがしちゃったぞ。」
「お兄ちゃんの言った通り、すごいパワーだよねー……。」
トラクターのパワーを目の当たりにしたともえちゃん。それだけのパワーがあれば何かできるかもしれない。
すると、ともえちゃんは一つの作戦をひらめいたようです。
「ねえラモリさん?あのボスと連絡取れる?」
「デキルヨ。」
「じゃあさ、試してみたいことがあるんだけど。」
ともえちゃんは作戦の内容を軽く説明します。その作戦を聞いたゴマちゃんは、その荒唐無けいさにびっくり!
「そ、そんなのうまくいくのかよ!?」
「できるよ!あたし、みんなの力を信じてるから……絶対できる!」
「……ヘタヲスレバ、アノボーイガ悲シムカモシレナイ。デモ、ヤル価値ハアル。向コウノラッキービーストモ、ソウ判断シタミタイダヨ。」
「だいじょーぶ!め~っちゃ、任せて!」
ともえちゃんはぽんと胸を叩いて自信ありげな様子です。この自信たっぷりな態度を見て、作戦に懐疑的だったゴマちゃんも、アムールトラちゃんさえも一応納得してくれたようです。
ジャパリトラクターはジャパリバイクと並走し、ライトでセルリアンを誘い込みます。走光性を持つセルリアンは、当然夜の雪原を照らす光を追いかけます。
「おいでおいでー。こっちだよー。」
「大丈夫かな~。ちょっと心配になってきたぜ。」
「がう。」
二台の車はセルリアンを追いかけながら着々と下山し、とうとう湖の近くへやってきました。
すると、トラクターはライトを消し、バイクにのみ集中するように仕向けます。ライトを照らしているバイクの方向には湖。ここに落とせば、さしものセルリアンもたまったものではないでしょう。
ライトは凍り付いた湖を照らしていますが、それでもそこに飛び込もうとはしません。さすがのセルリアンも、この薄い氷の下には水があることを察知しているのでしょうか。
「想定通り!みんな、二手に分かれて!」
「やぶれかぶれだっ!」
ラモリさんがライトを消すと、運転席のゴマちゃん、サイドカーのともえちゃんとアムールトラちゃんは、それぞれ二手に分かれて飛び出します。
しかし、サイドカーから降りる際、ともえちゃんは足を引っ掛けてしまいました。
「あ……!」
「ともえ!」
この作戦はタイミングと距離感が大事です。ともえちゃんが転んだことで、セルリアンは近くにいる彼女に狙いを定めてしまうでしょう。
このままでは、セルリアンがともえちゃんの方を向いてしまいます。でも、まだ彼女は起き上がれません。万事休すです。
「ガウウウウゥゥゥッ!」
アムールトラちゃんは歯を食いしばって素早く身をひるがえし、ともえちゃんを背負いました。そして、ゴマちゃんと等間隔になるように距離を取ります。
「あ、ありがとう。」
等間隔で距離を取ったゴマちゃんとアムールトラちゃん。目移りしたセルリアンは迷った挙句、両足を振り上げ、両方を狙いに来ました。
「よしよし、よくばってくれたね。えらいよ!」
これがともえちゃんの作戦です。両足を振り上げたということは、今のセルリアンは転びやすい状態なはずです。
「発車シマーーース!」
セルリアンの真後ろにいたトラクターは、全速力で体当たり!ショベルがセルリアンの足元にぶち当たります。
計算された体当たりで足を崩され、バランスを欠いたセルリアンは振り下ろした方の足の重力に従って湖へ転がり、氷を破壊しながら湖の中へ沈んでしまいました。
湖は深く、セルリアンの体は流されてどんどん沈んでゆきます。足を岸へ引っ掛けようにも、ともえちゃん達とトラクターが邪魔をして掛けられません。
あわれセルリアンは、なすすべもなく沈み、ぱっかーんと砕け散り、残骸を湖にまき散らしてしまいました。
「や。」
「や。」
「が。」
黒い塊が点々と浮かぶ湖。それはみんなの力でセルリアンをやっつけた何よりの証拠です。
「やったー!」
「がうっがうぅっ!」
自分達でつかんだ勝利に、三人は飛び上がり、手をつないで喜び合いました。
「よかったともえ~!もし失敗してみんなアイツに食べられたらどうしようかと……ぐす。」
「あたしもね、ちょっぴりヒヤッとしちゃった。でも、アムールトラちゃんが助けてくれたんだよ。」
「んが……!」
アムールトラちゃんははっと正気に戻りました。自分は何故フレンズと共に喜びを分かち合っているのでしょうか。正気に返った彼女は、手を離すとそっぽを向いてしまいました。
「ありがとうね、アムールトラちゃん。」
「……。」
アムールトラちゃんは返事をしませんし、振り返りもしません。ですが、その顔は少し照れているようです。
そこへ、イエイヌちゃんの声が聞こえてきます。
「ともえさん、大丈夫ですかー!?」
声のした方を向くと、そこにはイエイヌちゃんに背負われたキュルルくんと、カラカルちゃんがいました。
「あらら。キュルルの奴、おぶさっちゃってまぁ。」
「トロいから、おぶって連れてきたのよ。」
「キミ達の足が速すぎるんだよ……。」
イエイヌちゃんはキュルルくんを下ろすと、いの一番にゴマちゃんに問いかけました。
「皆さん、ご無事ですか?セルリアンはどうしましたか?」
「ヘン!聞いて驚くなよ!このおれが、こてんぱんにやっつけてやったのさ!」
「へー。ロードランナーちゃんすごいね。」
「正直に言った方がいいんじゃない?」
「なんだよ、少しは信じてくれよー!」
みんなのシラーっとした目にゴマちゃんはちょっぴり憤慨してしまったようです。ゴマちゃんの怒り方を見てみんなの顔に笑顔が生まれました。
「あ、そうだ。ジャパリトラクター役に立ったぜ。これのおかげでセルリアンをあそこに落としてやれたんだ。」
と、ゴマちゃんはトラクターと湖を交互に指差します。すると、これに目を輝かせたのがやはりキュルルくんでした。
「ほら見ろ!やっぱりジャパリトラクターのパワーが役に立ったじゃないか!乗り物だからってスピードばっかじゃない!こういう荒れたとことかセルリアンに対処できるジャパリトラクターは、いつか絶対役に立つって信じてたんだよ!」
「あー、そうね。すごいすごーい。」
「なんか、厄介な奴を調子づかせちゃったな。」
キュルルくんの興奮冷めやらぬ様子に、みんなは気を取られてしまいました。いえ、気を取られすぎたのです。その間にともえちゃんはかばんを、そしてストックを落とし、少しずつ湖に近づいていました。
ともえちゃんの異変に気付いたのはイエイヌちゃんでした。湖に向かって立ち尽くすともえちゃんを見て、様子がおかしいことに気づいたようです。ラモリさんとボスもそれに気がつき、ライトの光をともえちゃんに向けます。
「ともえさん?どうかなさいましたか?」
「あたし……この風景、見覚えある……。」
すると、ともえちゃんは頭が割れるようにズキズキと痛み出し、背中がカーッと熱くなってゆくのを感じました。
「あっ、頭が……いたい!背中が熱い……!」
「ともえさん!」
苦しそうにもがくともえちゃんの様子に、他のみんなもようやく意識が彼女に向いたようです。
「あっ、くぁっ……あああ……!」
苦しみにあえぎながら、ともえちゃんはとうとう最後の記憶を取り戻します。どんなことを思い出すのでしょうか。
――裸のような岩肌のサンドスター火山。その頂上にはサンドスターの結晶がサンゴのように枝分かれしながら、静かに佇んでいる。
ともえは火山の見える湖で珍しいものを見つけた。湖に浮かぶ黒い島である。土のようだが違う、石のようだが微妙に違う。そんな見たこともない奇妙な風景を、ともえは余すことなくスケッチした。
ここまでの旅を経て、ともえはふと思ったことがある。自分はフレンズを怖がりすぎたのではないか。フレンズは自分と同じで悪い存在ではないはず。なら怖がる必要なんてない。勇気を持ち、真心を持って交流すれば、きっと応えてくれるはずだ。これまでの旅を振り返り、セルリアンを倒したことで自信をつけ、心に余裕が生まれたのだ。
スケッチを終え、水を飲んだら出発しようとかばんに手をかけると、彼女はその違和感に気づいた。軽い。重さを感じない。
中身を見てみると、それは黒い石があるのみで、サンドスターRはカケラも存在しない。おやと思いながら、黒い石を取り出そうと触るが……。
「あつっ!」
ともえはうっかり石を落としてしまった。
ともえは手を冷ましながら黒い石に目をやると、それはものすごい風圧を出しながら黒い島を吸い込み、吸収し始めた。何が起こっているのか……?ともえは風圧にひたすら堪えるのに精一杯で、目を開けることすらおぼつかない。
全ての黒い島を吸い込み終えると、石は粘土のようにぐにゃぐにゃと形を変え、やがて一人のヒトに姿を変えてゆく。その姿は……。
「あたし……?」
黒い石は黒いともえに姿を変えた。ともえを形作ったそれの顔の部分から、一つ目がギョロリとともえをにらみつける。この一つ目は見覚えがあった。
「セルリアン!」
何度となく自分を襲ってきた変なヤツ……。今度は自分と同じ姿に形を変え、また襲ってくる気なのだ。それを察したともえは当然逃げ出す。
「たっ、たすけ……。」
ともえが叫び終わるよりも早く、セルリアンは自分の手を掃除機のコードのように長く伸ばす。伸ばした手は布をすり抜け、背中に沁み込んでゆく。
「あっ、あぐっ、あがああああ……。」
背中にセルリアンが沁み込むごとに、そいつの姿も小さくなってゆく。さらに、自分の意識もどんどん混濁してゆくのを感じていた。
「(あたし……あたし……だれだっけ……?)」
ともえの意識はどんどん薄れていく。セルリアンは自分に何をしたのか?ただ一つ感じたのは、背中にじんわりと広がる人肌のようなぬくもりだった――
ようやく全てを思い出したともえちゃんは、思わず背中を見ました。今までなんとも思っていなかった背中ですが、今にしてみれば何か違和感を感じます。
まさか……でも、もう間違いない。あまりのショックに、ともえちゃんの心は崩壊寸前です。
「あは……あはは……あははは……。」
「ともえさん?」
背中を押さえ、こわれたように笑い始めるともえちゃんの様子に、一同は身を震わせます。
「全部……思い出した……。あたし、ここであの黒い島を見たんだ。あれみたいに。」
ともえちゃんは湖に浮かんだ黒い塊を指差します。確かに、これが湖に浮かんでいれば島に見えるかもしれません。
「黒い島……そうか!昔倒された黒いセルリアンがあそこに浮かんでたんだ!」
「今みたいにってことね。でも、さっきは見なかったみたいだけど。」
カラカルちゃんの問いに答えるように、ともえちゃんは再び話し始めます。
「それで、今度フレンズと会ったら話し合ってみようって思って……。そしたらかばんが変だから見てみたら、サンドスターRがなくなって黒い石だけになって……。」
「黒い石?なんだよそれ?」
「キャベツ畑で拾ったの。遠くからショーを見た時も、偶然かばんに手を突っ込んだんじゃない。石を落っことして、しまった時に突っ込んじゃったの。サンドスターRは、たぶんあの石に全部吸い込まれちゃった。」
イエイヌちゃんもゴマちゃんも、誰もが絶句しました。
ともえちゃんはまだ自分達に隠しごとをしていました。よく分からなかった、サンドスターRに触った理由も消えた理由も、これなら一応納得ができます。でもそれならば、今、黒い石は一体どこにあるのでしょうか?そして、それを隠していたということは、まだ自分達を信用しきれていなかったということなのでしょうか?
何も言葉をかけられないみんなを尻目に、ともえちゃんは話し続けます。
「触ってみたら熱くて、びっくりして落っことしちゃって……。そしたら、石が黒い島を吸い込んで……それが、もう一人のあたしになって。」
「もう一人のともえさん?黒い石がですか?」
「黒い島?黒い石?まさかそれ、セルリアンだったんじゃ?」
かつてセルリアンだった黒い石がサンドスターRを取り込んだのなら、無機物がサンドスターRを取り込んだことになります。それが復元したら……。そういえば、ともえはさっきから背中を押さえている……。キュルルくんの脳裏に不安がよぎります。
「ともえ!その服の下……!」
「やっ……!」
「アッ……!」
キュルルくんはともえちゃんの制止を振り切り、シャツの背中をめくります。その背中を見たみんなは思わず短い悲鳴を上げてしまいました。
それはあの巨大黒セルリアンのように黒ずみ、さらにあの特徴的な一つ目がギョロリとこちらをにらんでくるではありませんか。それはまさしく寄生したセルリアンです。
あまりのことにみんなは絶句し、思わず後ずさりしてともえちゃんと距離を取ってしまいました。
セルリアンは熱を発し、ともえちゃんを苦しめます。
「み、みないで……みんなみないで……。」
全てがつまびらかにされたともえちゃんは、脱力し、崩れ落ちてしまいました。
「も、もうダメだよあたし……もうダメ……。」
「何、弱気になってんだよ!」
「あたし、全部わかっちゃった。あたしが記憶を失くしたのも、体質が変わったのも……ぜんぶ、セルリアンのせいなんだ。いままでのじぶんをすてて、あたらしくうまれかわったのも……セルリアンのしわざ。フレンズからサンドスターをとるために……。」
ともえちゃんは真実に恐怖し、涙声で推理します。
記憶を失くす前のともえちゃんは一人ぼっちで、引っ込み思案な性格でした。底抜けの明るさ、ポジティブ思考、フレンズ思いの優しい性格は、全てセルリアンに寄生された後のものです。
だとすれば、あの性格の変わりようはセルリアンに操られていたからということなのでしょうか。でも、今までのともえちゃんは心の底からフレンズと一緒の時間を楽しんでいたはずです。それもみな、嘘だったのでしょうか?
「みんなから少しずつサンドスターをとってきたけど……今のあたしの中のセルリアンは、サンドスターロウを吸収しちゃった……。もう、めざめちゃう。もう、あたしじゃなくなっちゃう。もう、とめられない……。」
「ともえさん……。」
イエイヌちゃんがともえちゃんを励まそうと近づきます。すると、ともえちゃんは恐ろしい形相で、足元にあったストックを拾い、ぶんぶんと振り回しました。
「こないで!近寄らないで!」
「あれ、ぼくのストック!?」
「ごめんキュルル!ともえに貸してあげちゃったの!」
せっかく貸したストックをこんな風に使うなんて……。カラカルちゃんは余計なことをしてしまったかもしれません。
ともえちゃんは震えながらヒステリックに叫びます。
「フレンズなんて……嫌い!みんなあたしをだまそうとするんだもん!」
「そんなわけないだろ、ともえー!」
「ともえさん、落ち着いてください!」
どうやら記憶が戻ったことで、今まで忘れていたフレンズへの恐怖心が蘇ってしまったようです。今の彼女には、フレンズは全て敵にしか見えないのです。
イエイヌちゃん達フレンズではともえちゃんを刺激させてしまうため、近づくことができません。しかし、キュルルくんは唯一この中でフレンズではありません。彼はゆっくりとともえちゃんに近づきます。
「お兄ちゃんたすけて……!たすけてよお兄ちゃん!セルリアンもフレンズも、みんな追っ払ってよ!」
「しっかりして、ともえ!ぼく達はキミが心配なだけなんだ!」
「お兄ちゃんまで、あたしのことだますの……?もう、あたし、誰をしんじたらいいの……?」
ともえちゃんはストックを握りしめ、呆然としています。もはや誰も信じられない。彼女の顔は深い絶望と疑心に満ち満ちています。
その顔に見覚えのある者が一人いました。アムールトラちゃんです。彼女も自分以外のものを信じられなくなっていました。動物ではなくフレンズとも呼べない存在。ヒトを憎み、それに似た姿のフレンズも憎み、セルリアンと敵対し、味方などこの世にいないとさえ思っていました。
でも、ともえちゃんだけは別でした。彼女はヒトでもフレンズでもセルリアンでもない半端者です。けれども、彼女はこの世界を憎んでなどいませんでした。優しく、明るいともえちゃんとふれ合うことで、彼女はフレンズを信じてみようと考えたのです。そのともえちゃんは今、自分と同じような顔をして、さらに自分以外のものすべてに敵意を向けている。他人事のようには感じられなかったのです。
アムールトラちゃんは無言のまま、ゆっくりとともえちゃんに近づきます。
「こないでってば!」
ともえちゃんは必死でストックを振り回します。しかし、その一撃はアムールトラちゃんにとっては蚊が飛ぶスピードにも及びません。
苦も無くストックを押さえながら近づき、嫌がるともえちゃんをぎゅっと抱きしめました。
「こ、こないで……。たべないで……。」
「…………た、べ、な、い、よ。」
それは、アムールトラちゃんにとって初めての会話でした。
アムールトラちゃんは目から涙を浮かべています。ともえちゃんの変心を悲しんでいたからでしょうか?ようやく誰かと向き合うことができたことに対する喜びでしょうか?なぜ涙が流れたかは分かりません。
「ともえさん!」
「ともえ!」
アムールトラちゃんに続き、イエイヌちゃんとゴマちゃんもともえちゃんを涙ながらに抱きしめました。
「ともえさんおっしゃってくれましたよね?私とあなたは家族だって……。あの時、私、とてもうれしかったんです。ご主人様に会えなくて寂しかった私の心が、ようやく埋まって、心がぽかぽかしたんです。この想いはぜったい……嘘なんかじゃないはずです。私のことは嫌いになっても構いませんから……だから、いつものように笑顔で、私に命令して、もふもふしてください……。」
「おれ、このままじゃいけないって思ってた。プロングホーン様についていってるだけじゃ、ただの腰巾着で終わっちゃうって。そんなんでいいのかおれって……。ともえに連れ出された時はちょっと嫌だったけど……。でも、ともえと旅して、色んなもの見て色んな事覚えて……自分のこと見つめ直して、みんなを好きになれたんだ。だから、嫌いだなんて言わないでくれよぉ……。」
「これからもどうか、一緒に歩き続けてください……。」
「おれ達、もう覚悟はできてるんだよぉ……。」
イエイヌちゃんもゴマちゃんも、ともえちゃんと出会えたことをこんなに感謝しています。それはきっと、アムールトラちゃんも……。
確かにともえちゃんはセルリアンに操られていたのかもしれません。でも、寄生される前にフレンズに話しかけてみようと思ったのだから、フレンズが好きという気持ちは嘘ではないはずです。
心を込めて接したからこそ、ともえちゃんの痛みを自分の痛みと感じ、こんなにも必死でともえちゃんを救おうとしている。四人は心で繋がった友達になることができたのです。
ともえちゃんはみんなに抱かれながら、心がぽかぽかしてくるのを感じました。同時に、背中が焼けるように熱くなるのも……。
「みんな……。」
ともえちゃんは安心したようにみんなに身を委ねます。
「ありがとう……。」
そう一言つぶやくと……。
ともえちゃんの背中は、湖に浮かぶセルリアンをみるみる吸収します。その際の風圧は、アムールトラちゃん達を吹き飛ばすほどのものでした。
全て吸収し終えると、ともえちゃんの体は黒ずみ、やがて黒い球となって膨張。そこから四脚の足が生え、さらによく見た一つ目と、いしと同化したともえちゃんが浮き出てきました。
セルリアンは復活してしまいました。
終わり
次回で最終回です。
お楽しみに。