まだAパートを読んでいない方は、先にそちらをお読みください。
セルリアンと同化していたともえちゃん。彼女を助けたのは、イエイヌちゃん達だけの力ではありません。プロングホーンちゃんやチーターちゃん、レッサーパンダちゃんやジャイアントパンダちゃんなどなど……たくさんのフレンズが力を貸してくれたおかげです。
それは、みんながともえちゃんを受け入れてくれたということに他なりません。
ともえちゃんはぎこちなく、笑顔でみんなに挨拶をします。
「みんな、ただいま……。」
イエイヌちゃんとゴマちゃんは涙を拭きながらともえちゃんを見ます。
「ともえさん!」
「おかえりともえ!」
三人は無事を喜び合って抱き合います。その姿はみんなの目頭を熱くするものでした。
「ともえさんよがっだでず~!」
「このまま目が覚めなかったらどうしようかと~!」
「カルガモさん、レッサーパンダさんどうか落ち着いてくださいね。」
涙の止まらないカルガモちゃんとレッサーパンダちゃんを、カリフォルニアアシカちゃんがなだめます。
「これで安心して眠れます~。ふわぁ~。」
「あの、お休みでしたら、ろ、ロッジ『キツネノアリヅカ』をごひいきに……。」
どこか眠そうにしているジャイアントパンダちゃんにロッジを宣伝するアードウルフちゃん。少しは宣伝がうまくなったのでしょうか。
「でも正直言って、ほんとよかった。あたいも戻ってこないかと思ったよ。」
「私は信じていたつもりでしたが、やはり少し……。また私は誰も救えないのかと。」
「決め手はやはりイエイヌとロードランナーと、あのビーストががんばったおかげだろうな。」
「あたし達は少し手伝いをしただけよね。」
気丈に振る舞っていたイリエワニちゃんとリョコウバトちゃんも内心は弱気だったようです。プロングホーンちゃんとチーターちゃんは、自分達はあまり役に立てなかったかのように述懐しますが、決してそんなことはありません。みんながいたからともえちゃんは帰ってこれたのです。
「おい、分かるか?ハイタッチ。」
「ガル……?」
「ほら、手を上げればいいのよ。」
ハブちゃんとカラカルちゃんに促されて右手を挙げるアムールトラちゃん。その手をハブちゃんは、ぱちーんと思いきり叩きます。ついでにカラカルちゃんも叩きます。
初めてのハイタッチ。アムールトラちゃんは、右の手のひらを見ながら少しドギマギしているようです。
「うぅ~……。なんだか、少し落ち着いてきました。あまり寒さも感じなくなりましたし……。」
「寒さが苦手でしたらこちらのダイコンをどうぞぉ。栄養をつけましょう~。」
「私はお肌かな~。」
「でしたら、こちらのカブはいかがでしょうか?」
「この野菜、うちのロッジでも取り扱いたいですねぇ……。」
ブタちゃんはメガネカイマンちゃんに持ってきたダイコンを、ロバちゃんはバンドウイルカちゃんにカブを振舞います。これで二人のお野菜のファンが増えそうですね。
経営と宣伝に手段を選ばないオオミミギツネちゃんもお野菜に注目し始めたようです。
……こんな風に、みんなは完全に油断しきっていました。いしを砕いたのだから、セルリアンはもう動かないだろうと。しかし、それは大きな間違いだったのです。
「まだだ!まだ舞台の幕は下りていないぞ!」
「みよ!セルリアンの立ち上がる姿!奴はまだ死んでなどいない!」
カンザシフウチョウちゃんとカタカケフウチョウちゃんが鋭く叫びます。みんなが振り返ると、そこにはゆっくりとぐらつきながら歩くセルリアンがいるではありませんか。
「キュルルー!サンドスターRよ!早くそれでなんとかしてよ!」
「分かってるよ、カラカル!」
キュルルくんは、セルリアンがふらつきながら踏み出した目の前の足に手をつけます。
「よしっ!」
そのままサンドスターRを送り込むキュルルくん。
後は注入が終わればそれで全ては解決です。拍子抜けするほどあっけない幕切れになりそうです。
「(おかしい……?)」
キュルルくんはふと気づきました。そう、あまりにもあっけなさすぎるのです。
いしを砕かれているのに、なぜセルリアンは動いているのでしょうか?その時点で他のセルリアンとは違うのではないでしょうか。
そもそも、たまたま自分の目の前にセルリアンが足を踏み出すこと自体が出来すぎています。まるで触って欲しくて差し出したかのようです。
「(まさか罠?)」
瞬間、キュルルくんは嫌な予感を感じ、手を離しました。
しかし、その頃にはもはや手遅れでした。
「しまった!」
サンドスターRが全身に回り、みるみる修復されるセルリアン。せっかく弱らせたセルリアンは再び蘇ってしまいました。いしも隠れてしまったらしく、どこにも見当たりません。なんということでしょう。
「あいつは元々、サンドスターRを取り込んで生まれたセルリアン。サンドスターRすらも吸収する方法を身に着けていたのかもしれない……。ぼくのせいだ!」
キュルルくんは自分の浅はかさを呪いました。今までこれでうまくいっていただけに、たかがセルリアンとどこかで慢心していたのかもしれません。
ですが、ここまでのことを全て計算に入れていたのだとしたら、恐ろしく頭の回るセルリアンです。これまでの知性の感じられる行動は、全てともえちゃんの知能を元にしていたものだったのでしょうか。
ところが、復活したセルリアンは、周囲を踏み荒らして暴れ始めます。先ほどまでは山頂へ一直線だったのに、どうしたというのでしょうか。
「みんなお願い!あの子を止めて!」
ともえちゃんが悲痛な声で叫びます。
「あたし、あの子の中でずっと感じてたの。あたしの願いを叶えてあげたい、友達を増やしてあげたい、あたしと一緒にいたいって……。」
「まさか!セルリアンに……あいつに心があるって言うの!?信じられないよ!」
「本当だもん!あの子はあたしのことばかり考えてたの!そう感じたんだもん!」
ともえちゃんはセルリアンに取り込まれている間、それの持つ感情を読み取っていたようです。
それによると、全ての行動はともえちゃんに根差しているのでしょうか。だとしたら、この暴れている現状もまた、ともえちゃんに関係があるのでしょうか。
「じゃあ、今暴れてんのはなんなんだよ!?」
「きっとあの子はね、遊びたがってるんだよ。でも、遊びたくても、あたしがいないから……。だからああして暴れるしか……。」
セルリアンの気持ちを理解しているともえちゃんは、セルリアンの今の行動をそう解釈しました。
誰かと遊びたくても遊び方が分からず、ともえちゃんを探して暴れているのでしょうか。
「要するに!」
カラカルちゃんがずいと前に出ます。
「あの子と狩りごっこで遊んであげればいいんでしょ!なら、負けないんだから!」
「待ってカラカル!」
キュルルくんが止めるのも聞かず、カラカルちゃんは野生解放をしながらジャンプ。セルリアンの足に攻撃をしかけます。
攻撃されたセルリアンは反撃とばかりに足を振り回しますが、カラカルちゃんは絶妙な動きでかわします。
「かけっこなら負けないんだが、狩りごっこか。」
「あら、弱気じゃない?それでもあたしは、負けないんだから!」
プロングホーンちゃんとチーターちゃんは野生解放した脚力で素早く後ろに回り、足を攻撃します。
「遊び方が分からないのなら、私達が教えてあげればいいんですよね?」
「狩りごっこで遊んであげればいいんですね~?なんだかたのしそ~。」
レッサーパンダちゃんとジャイアントパンダちゃんも野生解放し、セルリアンの足を攻撃します。
特にジャイアントパンダちゃんの一撃は効いたらしく、少し足元がふらつきました。
「イリエワニさん、私達も!遊び方を教えてあげるのも、きっとガイドのおしごとです!」
「ああ。放っておけないもんねぇ。きっちり遊んでやるよ!狩りごっこでね!」
メガネカイマンちゃんとイリエワニちゃんも野生解放、足を殴りつけます。元々ワニは力強いため、セルリアンに与えるダメージもかなり大きいようです。
「近頃、農作業ばかりだったけど……たまには思いきり遊んでみるのもいいかもね、ブタちゃん。」
「うん。作物を育てるすばらしさを、あの子にも伝えなきゃ~。」
ロバちゃんとブタちゃんは背負っていたリュックを下ろし、野生解放して参戦します。
「この夜のトバリの火山を、決して離れはしないぞ。ここにこうして、君の侍女のともえ達と共にいよう。」
「こここそ、とこしえの安らぎの場所と定め、この世に疲れた肉体を、不幸な星のくびきから解き放とう!」
カンザシフウチョウちゃんとカタカケフウチョウちゃんも野生解放し、フレンズをセルリアンの頭上に運んだり自らも攻撃に参加します。
「お客様を楽しませてあげるのが、私達の務めだもんね!」
「楽しませるには少々暴力的な気もしますが……。」
「私だって、たまにはゲンコツの一つや二つ、するんですよ~!」
ジャンプ力に優れるバンドウイルカちゃんと空を飛べるカルガモちゃんは野生解放でその機動性を増し、攻撃をしかけます。カリフォルニアアシカちゃんは足払い攻撃をしかけています。
「狩りごっこで遊び疲れましたら、ぜひともロッジ『キツネノアリヅカ』へ!」
「宣伝してる場合じゃねえだろ。」
「でも、その方がオオミミギツネさん……支配人らしいですよ。」
オオミミギツネちゃんは背中を丸めながら、アードウルフちゃんは黒いポニーテールを逆立てながら野生解放し、攻撃を加えます。
二人がツルから手を離してくれたので、ハブちゃんはどさくさに紛れて逃げてもいいはずですが、彼女も野生解放をして戦うようです。彼女もセルリアンと遊びたいのかもしれません。
「ケガをなさったら任せてください。私、こう見えてマーサの看護をするために色々覚えましたから。」
おもむろにリョコウバトちゃんがスーツケースを開けました。その中には、何を想定していたのか包帯や消毒薬などがたっぷり詰まっています。どうやら色んなスーツケースをいくつか持っているようです。
「ゴマさん、アムールトラさん。私達も!」
「おう!」
「グルゥアアアアアアアアアッ!」
イエイヌちゃんとゴマちゃん、そしてアムールトラちゃんも再び野生解放してセルリアンに挑みます。無茶は承知の上でしょう。
「みんな……。あたしと、あの子のわがままのために……。」
「それがフレンズ……動物なのさ。どんな人とも仲良くしてくれて。どんな形でも遊んでくれて。一緒にいて、退屈しなくて。だからぼくは動物が好きで、フレンズが好きで、みんなのことが好きで、好きで……だいすきなんだ!」
「お兄ちゃん……。」
キュルルくんはにっこりと笑いました。ともえちゃんもそれにつられて顔をほころばせます。
「さあ、ともえ。リョコウバトさんのお手伝いをしよう。傷ついた子がいたら助けるんだ。」
「うんっ!」
ともえちゃんとキュルルくんはリョコウバトちゃんの下に駆け寄り、簡単に救護の手ほどきを受けました。
ともえちゃんのために集まったフレンズ達が、今度はセルリアンと遊びと称して戦うなど誰が想像したでしょうか。しかし、彼女達は本気です。全力を尽くしてセルリアンと狩りごっこで“遊んで”いるのです。
みんなは野生解放し、セルリアンと戦い、ボロボロになりながらも立ち上がります。まるで、セルリアンとの戦いを遊びと考えて楽しんでいるかのようです。
セルリアンもまた、最初こそ暴力的に辺りを踏み荒らしていましたが、心なしか徐々にその動きに柔らかさが生じ始めています。あるいは、みんなが遊んでくれていることに気づいたのかもしれません。
しかし、健闘こそしているものの、残念ながらみんなの攻撃はあまりセルリアンに通じてはいません。このままではみんな食べられて元の動物に戻り、セルリアンは再び暴走してしまうでしょう。
「……。」
ボスはただ見守ることしかできませんでした。彼らも最低限自分の身を守ることが優先されます。
しかも、この状況のフレンズ達をサポートする手段は、一介のラッキービーストにはないのです。そう、普通のラッキービーストには。
「希望ハ強イ勇気デアリ、新タナ意志デアル。」
ラモリさんはジャパリバイクに乗りながら、つぶやきます。その体はいつぞやのような、燃え上がるような赤い色をしています。
「ドンナ絶望ノ中ニモ、希望ハアル。ミンナニソウ思ワセタノハ、トモエダ。希望ヲ信ジルニハ大キナ勇気ガイル。今、希望ト共ニ新タナ意志ガ示サレタ。」
その希望を、勇気を、新たな意志をついえさせるわけにはいきません。フレンズ達の希望を信じる心が、ラモリさんを動かしたのです。
ラモリさんは淡々とジャパリバイクを起動させます。
「ジャパリバイク最終形態ノ使用ヲ申請。」
ラモリさんのサングラスに様々なデータを示すウインドウが表示されます。
「…………完了。ファイナルジャパリバイク承認。」
一斉にウインドウが消えてゆきます。ただ一つのそれを除いて。
「アクセスコード入力。アクセスコードハ……。」
アクセスコードが順次入力されます。
「けものフレンズ。」
全ての工程を終了しました。
すると、ジャパリバイクとサイドカーはみるみる変形合体し、ドリルとロケットエンジンの付いた攻撃的なバイクにその姿を変えました。
変形を終えると、ジャパリバイクが……いえ、ファイナルジャパリバイクがスタートします。
東の空が白々と明け、朝が近づいています。この最終兵器は、果たしてセルリアンに通じるのでしょうか?
フレンズ達はいよいよ追いつめられてきました。
時間が経ってだんだん動きのキレが悪くなっていき、その割にはいしを露出させることすらできていません。
それでも、ここまで一人も食べられることなく、全員無事に生き残っているのは奇跡としか言いようがないでしょう。
「やっぱり強すぎる……。」
「もうあたし達じゃ無理なのかな……。」
ともえちゃんもキュルルくんも諦めかけたその時です。
突如、黄色い閃光がともえちゃん達の間をぬって走り抜けてゆきます。
「えっ……ジャパリバイク?」
一瞬見えたその姿は、ジャパリバイクのようでした。でも、今通過したそれは、この旅でずっと乗り回していたジャパリバイクとは全く違っていました。
ともえちゃんはわけもわからず混乱していましたが、バイクはロケットエンジンを唸らせ、ドリルのキュイーンという鈍い回転音と共にセルリアンに突っ込みます。
バイクがまず狙ったのは向かって右の前足。これを自慢のドリルで粉砕します。そしてそのまま後ろ足も破壊。セルリアンは大きくバランスを崩し、立っていられなくなりました。
次に旋回し、助走をつけて今度は逆の足を狙います。こちらも難なく粉砕し、残った足もその勢いで破壊してしまいました。
「きゃあ!」
「すっごーい……。」
次々と足を破壊するファイナルジャパリバイクに誰もが唖然とし、ロクな言葉も発せませんでした。
ここまでノンストップで走り続けたバイクは、ともえちゃんの前で突然止まります。
「トモエ。」
ラモリさんに呼ばれ、どきりとするともえちゃん。
「ラモリ、さん……?」
赤いだけではありません。ラモリさんのただならぬ雰囲気の理由がつかめず、ともえちゃんはどうするべきか分からずにいます。
「サヨウナラ。」
「えっ……?」
ラモリさんはそれだけを言い残すと、フルスピードでファイナルジャパリバイクをスタート。そのままセルリアンに向かって特攻をしかけます。
ようやく意味に気づいたともえちゃんは止めようとしますが、時すでに遅く……。
巨大なセルリアンすらも覆う爆風と、耳をつんざく大音響の爆発音――。
それと共に、バイクはこっぱみじんに砕け散ってしまいました。セルリアンとラモリさんを道連れに――。
ラモリさんがファイナルジャパリバイクで特攻をしかける直前、彼は夢を見ていました。
キカイが夢を?不思議な話ですが、確かにこの夢のような光景を目にしたのです。
彼の目の前には、一人の女性を形どったカゲが現れました。ラモリさんはそのカゲの正体を知っています。
「マ……ア……サ……。」
ラモリさんは懐かしむようにつぶやきます。
「分かってる。一緒にいこう……。」
すると、ラモリさんの電源は落ち、沈黙します。
それが、ラモリさんの最期の言葉と思考でした。
ファイナルジャパリバイクの特攻により、もうもうと黒煙を上げるセルリアン。
その頭には、大きないしがついています。ついにいしがその姿を現したのです。
「ようやくいしを見せたわね。」
「ともえ。キミがやるんだ。キミが幕を引くべきだ。」
「お兄ちゃん……。」
キュルルくんは持っていたストックをともえちゃんに渡します。ともえちゃんは無言でそれを受け取ります。
決心はついたようです。
「よし、みんなジャパリトラクターの上に!」
「いくぞ!」
ゴマちゃんは空を飛んでともえちゃんをジャパリトラクターの上に乗せ、イエイヌちゃんとアムールトラちゃんは自力で乗っかります。
ジャパリトラクターはそのまま前進。動きの止まったセルリアンに突っ込みます。
「せーのっ!」
「わんっ!」
「ガァウッ!」
イエイヌちゃんとアムールトラちゃんはともえちゃんをつかみ、息を合わせて、彼女を投げ飛ばします。
すると、ともえちゃんの身体は宙を舞い、軽々といしまで届きました。
「やあああああああああああああっ!」
ストックを振り上げ、渾身の一撃をいしにお見舞いします!
いしはぱっかーんと砕け、セルリアンもその力を失うかのように砕け散ります。
朝焼けの光の中に、セルリアンが砕けてサンドスターが散らばると、ともえちゃんは意識が遠くなっていくのを感じ目を閉じました――。
ともえちゃんが目を覚ますと、そこは降り積もった雪の並木道。
二つの足跡がありますが、一つは自分として、もう一つの足跡の主がどこにもいません。しかも、雪は冷たいはずですが、どういうわけか今のともえちゃんは何も感じませんでした。
「ここは……?」
辺りを見回していると、一人の白い格好のフレンズがふらふらと飛んできます。
「ここはね、ともえちゃん。あなたのゆめのなかだよ。キヒヒ。」
「あなたは……?」
「初めまして?いやいや、会ったことあるよね?覚えてる?」
「うん……。確か、ナミチスイコウモリちゃん。」
なんと、彼女は以前ともえちゃんに悪夢を見せたナミチスイコウモリちゃんだったのです。
でも、このナミチスイコウモリちゃんはあの時の姿とは少し違います。あの頃は真っ黒なコーデだったのに、今は白を基調としたコーデになっているのです。
「あの時はごめんね。イタズラなんかしちゃって。」
「ああ……それならもう、いいよぉ。」
「その罪滅ぼしってわけじゃないけどさ。もうとことん話し合ったら?二人で。」
「二人?」
すると、ナミチスイコウモリちゃんはともえちゃんの後ろを指差します。
振り返ってみると、そこにはともえちゃんの姿をした、黒いセルリアンがいました。
何もなかったところから突然現れたセルリアンに一瞬、驚きましたが、ともえちゃんには彼女に聞きたいことがたくさんあります。ナミチスイコウモリちゃんはそれを叶えてくれたのでしょうか。
「ともえセルリアン……略して、ともリアン。なんちゃって。キヒヒ。」
「ナミチスイコウモリちゃん……。ありがとう。」
ともえちゃんはともリアンちゃんと向き合います。それはまるで、自分と向き合っているかのようでした。
「ねえ。あなたは、あたしの友達、なの?」
ともリアンちゃんはこくりとうなずきました。
「あたしが友達を作りたいってお願いしたから、それを叶えようとしてくれたの?」
ともリアンちゃんはこくりとうなずきました。
「記憶を失くした後のあたしは、どこまでがあなたで、どこまでがあたしなの?」
ともリアンちゃんは小首をかしげたまま、特になにもしゃべりません。少し難しい質問だったのでしょうか。
「ともえちゃん。『はい』か『いいえ』で答えられる質問にしてあげて。」
「う、うん。じゃあ、今までのあたしはあなただったの?」
ともリアンちゃんはふるふると首を横に振りました。
「もしかして……あなたはただ、あたしの背中を押してくれた、だけ……?」
ともリアンちゃんはこくりとうなずきました。
ともリアンちゃんは、ともえちゃんを完全に意のままに操っていたわけではありませんでした。それどころか、どうしたらともえちゃんの願いを叶えてあげられるか、どうしたらともえちゃんは一歩を踏み出せるか……そればかりを案じていたのです。そういう意味では、ともえちゃんの一番の理解者だったのです。
「モウ、サビシク、ナイヨネ?」
ともリアンちゃんは一つ目をニコリとほころばせ、おずおずとした感じで話しました。
「うん、うん……。あたし、もう寂しくないよ。」
ともえちゃんの目には、いつしか涙が浮かんでいました。ともリアンちゃんのその一途な優しさが、ともえちゃんにはうれしかったのかもしれません。
ともリアンちゃんはそれを見届けると、うれしそうに手を振ります。すると、体が少しずつ、ぼんやりと消え始めてゆくではありませんか。
「待って!どこへ行くの!?」
ともえちゃんは思わず彼女の手を取りましたが、それでも体は少しずつ消えてゆきます。
このまま、ともリアンちゃんは消滅してしまうのでしょうか。
「行かないで!消えないで!一緒に行こうよ!ずっと二人で!これからも二人で!」
ともえちゃんは必死で叫びます。
彼女はともリアンちゃんにお世話になりっぱなしでした。臆病風に吹かれ、一歩を踏み出せなかった自分の背中を支え、押してくれたのです。
今、彼女がたくさんのフレンズと友達になれているのは、彼女自身の努力もあるのですが、同時にともリアンちゃんのおかげでもあるのです。
そんなともリアンちゃんに、まだ十分な恩を返せていない。ともえちゃんはそう感じているのです。
でも、ともリアンちゃんは首を横に振ります。
「アソンデ、クレテ、アリガトウ。」
それだけを言い残し、ともリアンちゃんはゆっくりと、消滅してゆきました……。
「あんまり気に病まないで。あれが、あの子の望んだことなんだから。」
「うん。さよなら、もう一人のあたし……。」
ともえちゃんは虚空に向かって手を振り続けました。届いているかは分かりませんが、ただ、思いが届くことを願って……。
「ま、こんな幕切れになっちゃったけどさ。あの子のこと、許してあげてね。あの子はともえちゃんのことが大好きで、みんなよかれと思ってやったことだから。」
「うん……。そういえば、ナミチスイコウモリちゃん。あなたはお兄ちゃんの……?」
「まあね。私は体こそ消えちゃったけど、心だけはね。まだ生きてるんだ。サンドスターRのおかげで。」
サンドスターRによって消えてしまったと思っていたナミチスイコウモリちゃん。でも、実はそれのおかげで心だけは生きていました。
いわば、幽霊や概念のような存在となったのでしょう。それが色んな夢に現れ、架空のフレンズとして有名になったということでしょうか。
「実はね、ラモリさんの中にも博士の恋人の心が宿ってたんだよ。アレを作ったヒトがそういうシカケにしてたみたい。」
「そうだったんだ。じゃあ、今でも生きてるの?」
「ううん。気づいた博士がサンドスターRを注入して残したけど、今はもう残っていないみたい。気配が感じられないから。」
やはりラモリさんの性格は、博士の恋人がモチーフになっていたようです。誰かは分かりませんが、粋なことをしてくれたものですね。
サンドスターRを使うことによって、完全に心が蘇ったようですが、残念ながら今は消滅してしまったようです。
ということは、博士はサンドスターRの本質に気づいていたということでしょうか。
「サンドスターRはね。確かにセルリアンやフレンズを消しちゃうこわいものだよ。でも、あれは心だけは残してくれるし、心を与えてもくれるの。」
「あの、もう一人のあたしみたいに?」
「うん。体がなくても、サンドスターRがある限り、心だけは生きてられる。でも、役目を終えたって思ったら消えちゃう子もいるみたい。」
「それがもう一人のあたしだったんだね。」
理解してくれたことを喜んでいるのか、ナミチスイコウモリちゃんは満足そうにうなずきます。
「ナミチスイコウモリちゃんは、役目を終えてはいないの?」
「うーん、私は今が一番楽しいからなぁ。ほら、見てみて。」
そう言うと、ナミチスイコウモリちゃんはふわふわと飛び、あるいはアクロバティックに宙返りを披露したり、水平に円を描きながら飛んだりして見せます。
「こうやって自由に飛ぶこともできるし、今みたいに誰かに夢を見せて、その中に遊びに行ったりもできるし。私、とっても幸せ!サンドスターR満喫中!キヒヒ!」
不幸な事故でこんな体になってしまいましたが、それでもナミチスイコウモリちゃんは全く気にしていないようです。むしろ、より確かな自由を手に入れて、それを満喫すらしている様子です。
「だからさ……。キュルル、だよね。あの子がまだ気に病んでるようだったらさ、言ってあげてよ。『コウモリちゃんは元気でやってるから』って。」
「コウモリちゃん……。」
ナミチスイコウモリちゃんは湿っぽくお願いしました。キュルルくんが彼女のことを気に病んでいたように、彼女もキュルルくんのことを心配していたのです。
「さ、そろそろ起きる時間だよ。夢にばかり気を取られてちゃダメだからね。」
「うん。色々ありがとう、ナミチスイコウモリちゃん。」
ともえちゃんは手を振り別れを告げます。すると、世界がうすぼんやりと、白黒に変化してゆきます。いよいよ目覚めが近いのでしょうか。
「あ!あとそれと!」
ナミチスイコウモリちゃんが慌てて付け加えます。
「ゴマちゃんにもよろしくね!」
「えっ?ゴマちゃん?」
唐突に出てきた名前に困惑しながら、ともえちゃんは夢の世界から抜け出しました。
ともえちゃんははっと目を覚ましました。そこは見知らぬ部屋、というわけではなく、以前泊まったことのあるロッジの一室でした。
そばにはイエイヌちゃんがいます。
「ともえさん!気づいたんですね!」
「イエイヌちゃん?ここロッジ?」
「そうです。あの後ともえさんが寝てしまったので、みんなでここまで運んだんです。」
ともえちゃんは身体を起こそうとしましたが、まだうまく力が入りません。イエイヌちゃんの補助のおかげで、何とか上体を起こすことができました。
「今、皆さんを呼びに行ってきますね。心配していらっしゃいましたから。」
イエイヌちゃんは手を振りながら部屋を後にします。
一人残された部屋で、ともえちゃんは色んなことを考えました。ともリアンちゃんのこと、ナミチスイコウモリちゃんのこと、サンドスターRのこと……。
今度は全てを、包み隠さず話そうとともえちゃんは決心しました。
ふと、ともえちゃんは隣にかばんとスケッチブックが置かれていることに気づきました。お守りとして置かれていたものでしょうか。
ともえちゃんは、イエイヌちゃんが戻ってくるまでの間なんとなく、かばんをぎゅっと胸に抱きしめていました。
ともえちゃんは先ほど決めた通り、全てを洗いざらい話しました。
突拍子もないことですが、イエイヌちゃん、ゴマちゃん、キュルルくん、カラカルちゃん、ついでにボスは真剣に耳を傾けてくれました。
「そっか。サンドスターRにそんな力が……。」
「うん。だから、どうか気に病まないでほしいって。」
「そうだね。あの子は今も生きてるんだから!」
キュルルくんの顔が少し明るくなったのを感じました。今まで、罪の意識がどこかしらにあったからなのかもしれません。
「そういえば、ラモリさんは?」
すると、周囲の空気が一変して暗く変化します。
そうです。ラモリさんは巨大ともリアン撃破の立役者。それがどこにもいないのはなぜでしょうか?
「あれから探してみたのですが……。」
イエイヌちゃんは悲しそうな目でキュルルくんを見ます。
キュルルくんはポケットから、カメラのレンズのようなものを取り出します。これには見覚えがあります。ラモリさんについていたパーツの一部です。
「これ、しかなかったんだ。」
「そんな……ラモリさん。」
ともえちゃんはラモリさんのなれの果てを手に取り、哀しみに暮れます。
ラモリさんはあの時、自分とフレンズ達のために体を張って助けてくれました。でも、ずっとここまでついてきてくれた友達がこんなむごたらしい姿を晒してしまうなんて……。ともえちゃんにはショックが大きすぎたようです。
ともえちゃんは再びラモリさんに呼びかけます。
「ラモリさん……ラモリさん!どうしてこんなになってまで……。」
「ヤアベイビー。元気カイ?」
「ひゃあ!」
ともえちゃんは驚いて、パーツをぽぉんと投げ捨ててしまいました。
その様子を見たキュルルくん達は何やらニヤニヤ笑っています。
「ぷっ、あははは!」
「フフフ……。」
イエイヌちゃんも、ゴマちゃんも、この場にいる誰もがおかしそうに笑っています。
これはつまり、みんなラモリさんが生きていることを知っていて黙っていたということでしょう。
「みんなしてあたしをだましてたの!?ひどいよー!」
「ごめんごめん!ラッキービーストはね、このパーツが中枢になってるから、ここさえ無事なら復元もできるんだよ。」
「デモ、緊急時ノモードチェンジハ、モウデキナイヨ。一部ガ、欠損シタラシクテネ。」
その欠損は、もうみんなには心当たりのあるものです。中に入っていた心が消えてしまったということですから。
「ただ、サンドスターRではこのラモリさんは直せないんだ。こっぱみじんになってるから、埋め合わせが追いつかなくって。」
「じゃあ、ずっとこのままなの?」
「みたいだぜ。かわいそうに。」
「だったら……。」
ともえちゃんは肩掛けかばんのベルトにラモリさんをくっつけます。これならいつでもラモリさんと話ができますね。
「ほら、こうすればずっといっしょ!」
「おぉー!」
「さすがともえさんですぅ~!」
ともえちゃんのアイデアにみんな拍手します。
「……さて。みんなこれからどうするの?」
カラカルちゃんが頃合いを見計らって話題を切り替えました。
そうです。みんなやるべきことがひと段落ついたのですから、次に何をするのかを考えなければなりません。
「あたしは、まだ旅を続けたいかな。この世界にはまだまだ色んなフレンズがいるんでしょ?あたし、会ってみたい!」
「そうだよ、ともえ!ジャパリパークはとても広いんだ!例えば、トムソンガゼルちゃんには会った?タヌキちゃんとかパフィンちゃんは?」
「え~!全然知らないよ!まだまだたっくさんのフレンズがいるんだね!」
「もう記憶探しとかはいいんでしょ?気が楽じゃない。」
「うん!やることはいつもと同じ。風景をスケッチして、色んなフレンズと友達になって……。う~ん、ワクワクしてきた!」
ともえちゃんは、今にも部屋を飛び出して出発したそうにウズウズしています。ようやく、いつもの調子が戻ってきたようです。
「私はともえさんについてゆきます。最初にお供すると決めましたから。」
「おれは……プロングホーン様のとこに戻ろうと思ったんだけどさ。」
ゴマちゃんは頭をぽりぽりとかきながら、恥ずかしそうにつぶやきます。
「なんか、おれはまだ未熟だって言われて……。このまま、ともえと一緒に修行の旅に行ってこいって。」
「うわぁ。なんだか責任重大……。」
「き、気にすんなよ!いつも通り楽しくやるだけだって!」
ゴマちゃんは慌てて空気を和やかにしようと努めます。あまり湿っぽくされるのは苦手なようですね。
「ぼくはサンドスターRの研究かな。ともリアンみたいに、セルリアンにも心を与えられるんじゃないかと思って。」
「セルリアンが心を持ったらどうなるんですか?」
「分からない。でも、友達になれたらいいなって思わない?」
「うんっ!すっごいステキ!めっちゃ絵になりそう!」
ともえちゃんはうれしそうにキュルルくんの意見に賛同します。
セルリアンは確かにフレンズを脅かす存在ですが、仲良くなることができれば、きっともっとジャパリパークを楽しい場所にしてくれることでしょう。
「だからぼくは、サンドスターRをサンドスターリディムと呼べるように、もう一度研究してみようかなって。呪いをもたらすだけじゃない。願いや祝福をもたらすものになれるように。」
「なら私は、そのお手伝いね。」
「あと、ロバちゃんブタちゃんのお手伝いもしたいなぁ。ジャパリトラクターに興味持ってたみたいだしね……うひひ。」
「ほんとあのトラクター好きなのね、キュルル。」
キュルルくんのトラクターへの思いは人一倍なようです。
「よーし!じゃあ今日は新しい旅立ち記念日ってことで!みんなで遊ぼうよ!」
「わんっ!」
「いいじゃん!プロングホーン様達もここにいるから、呼んでこようぜ!」
「何も考えずに遊ぶの、久しぶりかも。」
「よーし、遊ぶわよ~!」
みんなは部屋を飛び出し、ロッジにいるフレンズ達に声をかけ、みんなで遊び回りました。
あるいは狩りごっこをしたり、あるいは歌って踊ったり、あるいは絵を描いたり……。楽しい時間はあっという間に過ぎてゆきました。
次の日の朝。
いよいよ各々の旅立ちの日です。
「じゃあ、ここでお別れだね。お兄ちゃん。」
「ぼくはジャパリトラクターで、気ままに旅をするよ。リディムの研究をしながらね。」
「近クニイタラ、僕ガ合図ヲスルヨ。ボーイノラッキービーストト、通信ガデキルカラネ。」
「ありがとう、ラモリさん。」
ともえちゃんはラモリさんのパーツに手をやり、ねぎらうようになでました。
「あたしはとりあえず、海にでも行ってみようかなって。」
「イルカさんやアシカさんに会いに行くんですか?」
「それに、久しぶりに海が見たいんだ。波しぶきを見てたら、モヤモヤも吹き飛ぶかもって。」
「確かにありゃすごかったよなぁ。見てて飽きなかったぜ。」
ここまで、ともえちゃん達には辛い出来事がたくさんありました。
昨日はそれを吹き飛ばすような楽しい一日でしたが、新しい旅に備えてさらに頭を切り替えていきたいようです。
「そういえば、アムールトラちゃんはどこかなぁ?」
「アムールトラさんなら確か……あっ!」
イエイヌちゃんはロッジの近くの大岩を指差します。
その後ろでは、アムールトラちゃんが気持ちよさそうに寝ています。
「アムールトラちゃん!よかった、ここにいたんだ!あなたもあたしといっしょに……。」
「ガルルルッ!ガウウウッ!」
「えっ……?」
ともえちゃんがアムールトラちゃんの下へ駆け寄ると、急に目を覚まして威嚇をはじめてしまいました。
ともえちゃんが戸惑っている間に、アムールトラちゃんは素早く木に登り、やがて見えなくなってしまいました。
「あらら。おれ達と同じ反応になっちまった。」
「今まではきっと、セルリアンとくっついてる中途半端な状態だったから、トラさんもどうしたらいいか困ってたのかもね。」
「じゃあ、もう仲良くできないのかな……。」
ともえちゃんはしょんぼりとした様子です。
「……そうでもないみたいですよ。ずっと見ていらっしゃいますし。」
そう言うとイエイヌちゃんは、アムールトラちゃんが消えた木をよく見るようにうながします。
するとそこには、ともえちゃん達の様子をじっと見ているアムールトラちゃんの姿がうっすら見えました。
「素直じゃないヤツ~。」
「ありがとうね~、アムールトラちゃーん!」
ともえちゃんが手を振ると、アムールトラちゃんは恥ずかしそうにさらに奥へと引っ込んでしまいました。
「じゃあ、またね!ともえ!イエイヌちゃん!ロードランナーちゃん!ラモリさん!それに、トラさん!ともえをよろしく!」
「また会おうね、お兄ちゃん!カラカルちゃん!ラッキーさん!」
ともえちゃん、イエイヌちゃん、ゴマちゃんとキュルルくん、カラカルちゃんは手を振りながら別れを告げ、それぞれの道へ進んでゆきました。
ジャパリトラクターに乗り、まずは農業コンビの所へ行くキュルルくんとカラカルちゃん、そしてボス。
その道すがら、カラカルちゃんは声をかけました。
「……ねえ。本当によかったの?」
「何が?」
「本当の名前。本当はキュルルなんてふざけた名前じゃないでしょ。教えなくてよかったの?」
カラカルちゃんは、仮の妹であるともえちゃんに本当の名前を告げなかったことを気にしているようです。
キュルルくんはふぅと息をつき、遠い目をしながらそれに答えます。
「カラカル。ぼくはね、もう他のヒトとは違うんだ。帰る場所もないし、本当の家族もいないし。リディムを使う力なんて、人里に行ったら絶対目立って静かに暮らせないよ。」
「それは……そうかも、しれないけど。」
話はとても深刻なのですが、キュルルくんはあまり気にしてないという風に、努めて笑顔で語ります。
「だから名前だって捨てちゃった。もうぼくは人里に未練なんかないんだ。ずっと、このジャパリパークで暮らしてくつもりだよ。」
キュルルくんは気丈に、けれども少し寂しそうに言いました。
強がってはいるものの、やはり自分と同じヒトのいない場所で一人ぼっちで生きていくのは寂しいはずです。ましてや、大人ならばともかく、キュルルくんはまだ子ども。その心細さは想像するに余りあります。
そんな心情を推し量ったカラカルちゃんはぽつりとつぶやきます。
「……覚えてるから。」
「え?」
「みんなが忘れても、私だけはちゃんと覚えてるから!あなたの本当の名前!絶対忘れないから!」
カラカルちゃんは涙声で、自分のありったけの気持ちをぶつけました。
「だから……ずっと一人ぼっちみたいなこと、言わないでよ。」
「カラカル……ありがとう。」
カラカルちゃんはキュルルくんに寄り添いました。
キュルルくんは、いつの間にか溜まっていた目の涙をふいています。キュルルくんも彼女の存在を頼もしく感じていることでしょう。
「ずっといっしょだからね。アソヒコ……。」
キュルルくんは小さくうなずきました。
ともえちゃん達はようやく海に到着しました。
ずいぶん久しぶりに見た気がする海に、みんなは大興奮です。砂浜の砂に足を取られながらも、海を満喫します。
「お~!やっぱり海ってすごいね~!めっちゃ絵になる~!」
「コネコチャン、波ニサラワレナイヨウニ、気ヲツケテネ。潮ノ流レニノマレタラ、帰ッテコレナイコトモアルカラネ。」
「いや~、間近で見るとすっげ~しか言葉が出ないや。」
「アムールトラさーん!一緒にいかがですか~?」
イエイヌちゃんが誘っても、アムールトラちゃんは遠くの木から眺めているだけです。きっと彼女はそれだけで十分なのでしょう。
「素直じゃないヤツ~。」
「フフフ。あれ?あそこに誰かいるみたいですよ?」
「ホント?行ってみようよ!」
ともえちゃん達はイエイヌちゃんが見つけた人影の下へ駆けてゆきます。
ともえちゃんが見つけた人影は、四人の少女。
それぞれが仲睦まじく歩いています。
「わあ~!やっとついたね、かばんちゃん!」
「ここにはどんなフレンズがいるのかな?」
「ドウヤラ、コノエリアニモ、サンドスター火山ガアルミタイダヨ。ドノ地域モ暖カイカラ、キョウシュウトハ違ウフレンズニ、会エルカモネ。」
かばんちゃんと呼ばれた少女は、腕にボスのパーツをつけています。
ともえちゃんのようにボスを持ち運んでいるようです。
「とってもあったかいのだ!こんなにあったかいと、走り回りたくなるのだ!フェネック!急ぐのだ!」
「アライさ~ん。あんまり突っ走ってまた迷惑かけちゃだめだよ~。」
アライさんと呼ばれた少女は慌ただしく砂浜を駆け回っています。
一方で、フェネックと呼ばれた少女は、口では小言を言いつつも、その様子を微笑ましく見つめているようです。
「ここでも友達がたくさんできるといいね、サーバルちゃん。」
「できるよ!かばんちゃんはすっごいもん!」
「うん!」
「ほらいこっ!」
サーバルちゃんと呼ばれた少女は、かばんちゃんの手を引きながら走り出しました。このやりとりから、二人は強い絆で結ばれていることがうかがえます。
すると、かばんちゃん達は、前から誰かがこちらへ向かって走ってくるのに気づきました。
その人影は三つ。もう一つの人影もそれに追従するように遠くから近づいてきます。
「あっ……。」
「あっ……。」
こうして、ともえちゃんとかばんちゃんは出会いました。
これでともえちゃんの、足跡を辿る冒険の物語はおしまいです。
ここから先の物語は、ともえちゃん達が自ら作ってゆきます。
もうともえちゃんは、過去の足跡を辿り、過去の埋め合わせをする旅はしません。これからは、自分の進みたい道を、進みたいように進んでゆくことでしょう。
足跡を辿る冒険が終わった今、その語り部となっていた私の役目も、もう終わりを迎えます。これからは私も、新しい道を進んでいくことができそうです。
ともえちゃん達フレンズの行く先々に幸運が待っていますことを、心から祈っています。
それでは、さようなら――。
終わり
これにてけものフレンズRedeemは完結です。後はおまけのお話をちょっとだけ書いて終わりです。
ちなみにキュルルの名前ですが、これは早い段階で決めていましたが、裏設定に留めるつもりでした。ですが、元のキュルルとは性格はもちろん設定まで全く違っていたため、これは別人の可能性を匂わせなければまずいかもと感じ、使うことにしました。
もし、けものフレンズで次回作をやるなら、サーかばアラフェネだけでなく1期のフレンズも出したいですね。
それでは、このような大きなムーブメントの土台を築かれましたたつき監督と、素晴らしい着想を発案された祝詞兄貴と、ここまでお読みくださいました読者の皆様に、心からの感謝の意を述べまして終わりたいと思います。
本当にありがとうございました。