進撃の飯屋   作:チェリオ

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第104食 晩餐…

 街を行く人々の表情は活気に満ち溢れていた。

 それをぼんやりとエレン・イェーガーは眺め、一日を気の向くままにぶらついて過ごした。

 誰にも声を掛けられる事も無く、誰にも見られる()もなく、二度目(・・・)であるこの世界を当てもなく歩く。

 多くの子供達と遊びながら農園を運営しているクリスタとアルミン。

 ミカサやルイーゼ、マーレで会った少年達と共に飲食店を営んでいるエレン(・・・)

 その店で楽し気に食事や酒を味わうハンネスさんにジャンやコニー達。

 ライナーが料理長を務める店ではベルトルトが働き、店内ではヒストリアやハンジさん、ダイバー家などが食事をしながら会談を行う。

 他にも見知った多くの奴らを見て回り、夜には故郷であるシガンシナ区でパーティが行われ、集まった皆が心の底から楽しみ喜んでいた。

 誰も彼もがそこに居て、活き活きと生を謳歌している。

 

 それはとても尊いもので、俺にとっては羨ましいあまり地獄に感じられる。

 こういう未来もあったのだろうか僅かに期待を抱くも、アレ(・・)以外の道を探せなかったし選べれる訳もなかった…。

 自分ながら情けなく往生際が悪いとは思う。

 アルミンには格好悪い所を見せちまったが、それだけ俺も生きていたかった。

 アイツ(・・・)と一緒に…。 

 

 「ナァオウ」

 

 想いのあまりに俯いて足を止めると、今日一日付き合ってくれた黒猫が見上げてひと鳴きする。

 動く気力ももはや消え失せつつあった俺に、歩けと裾に噛みついて必死に引っ張る。

 あまりの必死さにため息を漏らして再び足を動かし始めた。

 

 この黒猫だけは俺を認識できる(・・・・・)のか、視認するや否や一時も離れず案内してくれた。

 おかげで幸せそうな皆を見れだが、見せ付けられて心が酷くざわついたがな。

 

 「ここ…か」

 

 大地を照らしていた太陽も、色々と巡っていれば地平線の向こうに引っ込み、空には星々と月が昇り切っていた。

 暗い人通りの無い夜道を先導されるがままに歩き、到着したのは以前にも訪れた店―――“食事処ナオ”

 

 あの時(・・・)も、そして今回も気が付けばこの店の近くに立っていた。

 以前は事を起こす前に訪れ、懐かしさとシチューを味わった。

 けど今日はそんな事はないだろう。

 もう時間は深夜であり、閉店の看板が扉に提げられ、灯りは薄っすらとしか見えない。

 

 「ナァーオウ」

 

 かりかりかりと閉まっている扉を掻き始めた黒猫。

 閉店している上、こんな遅い時間では鍵も閉めているだろう。

 どうしたものかと引っ掻き続ける黒猫を眺めていると、ガチャリと鍵が開く音がして扉が開かれた。

 

 「ンナー」

 「早いお帰りでしたね。他の皆さん……は…」

 

 下準備しながら待っていたであろう飯田 総司が扉を開け、黒猫―――ナオが一匹で帰ってきた事に首を傾げたが、後に続いて一緒に居た人物に(・・・)キョトンと驚きを顔に出してしまう。

 軽く会釈すると何かしら察してすぐに微笑を浮かべた。

 

 「いらっしゃいませ。簡単な物ならお出し出来ますが如何なさいますか?」

 「あ…あぁ、お任せで…」

 

 カウンターにどうぞと勧められるまま、腰をかけるとおしぼりとお水が出される。

 軽くおしぼりで手を拭くが後悔と罪悪感で、目には見えない拭いきれない程の汚れがこびり付いている気がして、無意識に何度も何度も強く拭う。

 全てを終えた今更何をしていると言うのか…。

 罪悪感交じりの記憶が過っては、心が深く沈んで行ってしまう。

 

 「温まりますよ」

 

 一人思い悩んでいると澄んだ琥珀色のスープに野菜とソーセージがたっぷり入ったポトフが置かれた。

 ふわっと漂う優しい香りに誘われるままにスプーンですくい、ゆったりとした動作で口に運ぶ。

 匂い通りの優しく馴染みのある味わい。

 温かなスープは身体を温めるばかりか心に安心感を与え、口から胃まで熱を伝えながら浸み込んで行く。

 

 「落ち着く味だ」

 

 ポツリと独り言を零して具材を口にする。

 人参もだけどブロッコリーは芯まで柔らかく、ジャガイモに至っては崩れると言うよりは(ほぐ)れる程。

 ソーセージに齧り付けば中からハーブの香りに肉汁が溢れ出る。

 温かく美味い食事を無心で続け、身体が温まった頃には器は空になっていた。

 

 まだ何か食べたいな。

 メニューを見れば前回同様色んな料理名が書き連ねてあり、中にはシチューやハンバーグなどもある。

 何にするかと悩んでいると唐突に食べたい物が記憶の片隅から浮上してきた。

 

 「…ハム」

 「ハムですか?」

 「あぁ、縛ったままの塊とか…ないかな」

 「ありますよ。お酒も一緒に飲まれますか?良いワインが入ってますよ」

 「ワインはちょっとな…」

 

 ワインはジークに用意して貰ったあのワイン(・・・・・)を思い出して、罪悪感がぶわりと湧き上がる。

 必要だったからと言って片付けて良いモノではない。

 じわりと心に来る痛みを感じ、ワインではなくアルコール無しの果実水を頂く。

 ナイフとフォークと共に出されたハムの塊。

 それにフォークを突き刺し、ナイフで一枚切り分ける。

 薄く切るつもりが結構厚めに切ってしまい、どう見ても口に収まりきらない。

 フォークを突き刺したまま持ち上げてガブリと齧り付く。

 

 『上官の食糧庫からお肉盗って来ました』

 

 上着の下に隠していた肉を取り出したサシャ。

 あの頃の俺達は自分達は何でも出来て、英雄譚に出てくる英雄のように果敢に戦い、巨人を殲滅どころか土地も俺達で奪還できると無邪気に夢を見ていた。

 壁の向こうや世界がどうなっていたのか、壁内の真実さえ知らずに。

 思い出と懐かしさからくる想いに涙腺が刺激される。

 

 肉厚で食べ応えがあり、肉の旨味に薄っすらと酸味があるハムの味で口いっぱいに満たす。

 美味いのだが一人で喰らっているという現状が寂しく、零れ落ちる涙で塩気が増してしょっぱい。

 ガツガツと獣のように噛み千切り、声が漏れないように頬が膨れるほど詰め込む。

 

 大きなハムの塊も勢いのまま食い散らかし、置いてあった果実水を煽るように一気に飲み干す。 

 泣いて目は腫れ、腹も幾分か満たされた俺は呆然と綺麗になった皿を眺める。

 食べきった事で総司は皿を片し、代わりに真っ白な飲み物を差し出す。

 

 「甘酒です。落ち着きますよ」

 「…ありがとう」

 

 受け取るとコップから温かさが伝わってくる。

 口を付けるとまったりとコクと緩やかな甘味が広がり、じんわりとした温かさが喉を伝って胃に落ちる。

 甘過ぎず、熱すぎず、とろりとした滑らかな口当たりが程よく荒れる精神をそっと落ち着かせる。

 ほう…と息を吐き、ゆっくりとゆったりとコップに口を付けた。

 

 静かな時間…。

 子供の頃から慌ただしく、進み続けた俺にはあまり無かった時間…。

 あの選択をせず、ミカサと共に逃げる道を選べばこういうのもあったかも知れない。

 全ては“かも知れない”…。

 今更考えたところで答えなど出る事はない。

 

 「みぁ~う」

 

 甘酒を飲み干し、コップの底が顔を出した辺りで店外より猫の鳴き声が聞こえてきた。

 総司が寂しげな表情を浮かべて扉を開けると、丸々太った三毛猫が座っていた。

 

 「お迎えが来たようですね」

 「迎え…か」

 

 物語ではローブより髑髏を覗かせ、大鎌を持った死神が描かれるがそうではなかったんだなとどうでもいい事を思う。

 内心行きたくないなと思うも、そう言う訳にはいかないと無理やりに立たせ、出入り口前に立つ。

 

 「お代は…」

 「構いませんよ。ご来店ありがとうございました」

 「また…いや、最後にありがとう」

 

 エレンは総司とナオに言い、店外へ踏み出した。

 その瞬間、周囲は真っ暗闇となり、見えるのは目の前を歩いている三毛猫のみ。

 このまま付いて行けば死んでいった奴らに会うのかなと思うとどういう顔をすればいいのかと不安が過るも、それ以上に最期と思うとどうしてもアイツら(・・・・)にひと目だけでも会いたいなと欲が渦巻き、ちらりと後ろを振り返って―――しまった(・・・・)

 

 横っ腹に衝撃が走って身体がくの字に曲がる。

 動揺から受け身を取る事も出来ず、倒れ行く中でエレンは衝撃の正体である三毛猫を睨む。

 何故と口にする前にどさりと転び、視界の先には薄っすらと星空が浮かんでいた。

 

 疑問に駆られるエレンは立ち上がろうとするも、両手を付いたまま立ち上がる事が出来ない。

 どれだけ力を込めても両手は地面から離れず、何時まで経っても四つん這いのまま。

 困惑から混乱へと変わり、先の三毛猫を探そうと視線を動かすも辺りは見知らぬ建物ばかり(・・・・・)

 助けを求めようと声を上げるも、言葉にならずに鳴き声のような音が口から洩れるだけ。

 おまけに視線が異様に低く、一向に何が起きているのか微塵も理解出来ない。

 

 そうか、これは自分への罰なのだろう。

 静かにそう悟った()は静かにその場に横たわり、先程食事を口にしたにも関わらず空腹感から鳴いた(・・・)

 

 

 

 

 

 

 遠くから猫の鳴き声がする。

 昔、祖父に懐いていた三毛猫が居たけれど、今となっては懐かしい思い出だ。

 飯田 総司は亡くなった祖父との記憶を思い返しながら、くたくたな身体に鞭打って自転車を走らせる。

 

 幼い頃はぼんやりとした料理人への夢。

 飲食店を経営する両親のお手伝いから徐々に色んな技術やレシピを習い、中学校からは様々な飲食店のバイトで多少でも学びつつお金を貯め、高校卒業した後に両親の店で下積みを十分に詰んでから自身の店を持つ。

 …なんて思っていたのが父の知人に店仕舞いを考えている方が居り、私の話をしたところ幾らか休めで店を譲っても良いとの話が出ているとの事。

 飲食店を一から構えるとなれば資金は莫大で、少しでも抑えれるなら有難い話である。

 しかし、そうなると自分の技量不足や準備不足が深刻化してしまう。

 食品衛生責任者の資格を取る為の勉強に幾らか“貸し”と言う事で資金を出してくれるのだけど、なるべく自分で用意したくバイト数を増やし、休日は両親の下で料理技術を学ぼうと必死で正直心身ともに疲れ切っている。

 けれどもこれも料理人になり、自身の店を持つ夢の為と思えば多少和らぐ。

 

 「……ナァオウ」

 

 自宅への帰路を進めば進むほど、遠くに聞こえていた猫の鳴き声が近くなる。

 近所の飼い猫か野良猫でもいるのだろうか?

 そう疑問を浮かべていると自転車のライトが自宅の数メートル近くで横たわる猫を照らした。

 

 「どうされましたか?」

 

 怪我でもしているのかと自転車を止めて近寄ってみるとまだまだ幼い子猫。

 近くには親猫の類も見られないし、首輪やリボンと言った飼っていた証拠らしき物が一切見当たらない。

 横たわっていた黒猫はこちらに気付いてゆったりとした動作で見上げ、宝石の翡翠を嵌め込んだような綺麗な緑色の瞳を向けて来る。

 目付きが悪いのか睨む様な視線は一瞬、ギョッと見開いて驚いた様な気がしたがそれどころではない。

 もう日は沈んで暗い時間。

 こんなところに放置していれば車に轢かれかねないし、自由気ままに動くには身体が幼過ぎる。

 それにお腹も空いているようだ。

 

 「放ってはおけませんね」

 「ナゥ…」

 

 今にも壊しそうな小さく幼い体躯を優しく抱き上げ、客人――客猫を自宅へと招く。

 高校最後の年、飯田 総司と後に“ナオ”と名付ける黒猫との出会いであった。




 ご愛読頂いた皆々様、ありがとうございました。
 この回を持ちまして《進撃の飯屋》は完結とさせていただきます。
 
 多大な高評価に膨大なお気に入り登録、感想の数々に読んで下さった方々には本当に嬉しく、今日までの励みとなりました。
 心の底から感謝致します。
 そして度々誤字報告で誤字脱字の指摘には大変助かりました。
 同時に何度もミスをしてしまい申し訳ありませんでした。

 投稿から四年と半年。
 長きに渡ってお付き合い、何度も繰り返すようで申し訳ありませんが、本当にありがとうございました。
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