進撃の飯屋   作:チェリオ

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第38食 お好み焼きと生姜焼き

 なんとも閉塞感の漂う世界なのだろう。

 物理的に巨大な壁によって囲まれ、権力者の思うがままに左右される不安定で不条理な私達が生きている世界。

 こんな狭苦しい世界で一生を過ごさねばならないのか。

 考えるだけで反吐が出る。

 胸の内に渦巻く感情を吐き出すようにトラウテ・カーフェンは大きな溜め息を漏らす。

 

 彼女は中央憲兵に所属する兵士だ。

 名前に“憲兵”と付いているが一般の憲兵団とは異なり、憲兵団の団長に命令権がないばかりか活動内容も知らされていない。その活動内容には拷問や暗殺、拉致監禁などなどとてもじゃないが表に出せないものばかり。

 憲兵団が王を護る盾であるなら、中央憲兵は国家を影ながら護る剣である。

 彼ら・彼女らに命令を下せるのは王、もしくは王近くに仕える貴族達。

 一般人以上にこの国の腐敗や裏事情を嫌でも知ってしまう。

 元々閉塞感を抱いていたカーフェンはさらに失望し、夢も希望も抱く事無く任務に従事し、対人立体機動兵器を取り扱う実働部隊の副隊長を任命されるまでに上り詰めたが、最早それになんら感情を抱くことも無かった。

 

 そこで転機は得た。

 自分の死んだような人生に希望を抱かせてくれた実働部隊の隊長。それと権力にしがみ付く貴族連中ではなく隊長に従っている同志諸君。

 今は彼らと共に夢を共有し得た事に充実すら感じている。

 仕事内容的には代わり映えはしないが心持が大きく異なって、日々が以前に比べて明るく見える。

 その事に関して隊長に恩義を感じている所でもある。

 

 まぁ、色々と癖のある人物ではあるが…。

 

 そんな彼女は今日、活動報告会に姿を現していた。

 先も書いたように彼女達は活動内容を公表できないので発表側ではない。

 ただの息抜きとして一般客に紛れて参加しているのだ。

 ふらりと歩きながら美味しそうな料理があれば食べようかなと言う散歩程度の気分転換。

 毎年ほとんど変わり映えしない事から然程期待はしていなかったが、今年は中々気になる店があった。

 調査兵団の露店だ。

 見た事も聞いた事もない料理を数種類販売しており、しかもすぐ近くに露店を構えたリーブス商会がその食材を売るという協力体制でだ。

 これではさすがの憲兵団の露店も客を逃して閑古鳥が鳴いていたよ。

 

 空腹も多少あった事から調査兵団の露店に惹かれはしたが寄る事はなかった。

 調査兵団の露店は人が多すぎて食べるには待つしかなくそれが面倒に思えた為だ。

 他にも広場にて安くケーキを扱っていた珍しい店もあったが、どうにも自分のキャラに合っていないと思って入り難かったので却下した。

 好みとしては客入りがほどほどで、ラフな格好で酔っても咎められるような気持にならないような店。

 そして今日は二件見てしまった為に、食べ慣れた料理以外を口にしたいという気持ちが強い。

 

 無いよ。そんな条件に合った店なんて…。

 

 澄ました顔でここから離れようとした矢先、妙な匂いが届いた。

 嗅いだことの無い香ばしい香り。

 スンスンと匂いの元を嗅ぎ取っておおよその方向を見つめる。

 露店が集中しているスペースから最も離れ、周りに他の露店がないスペースに一軒だけポツリと露店が建っている。

 

 その店は食事処ナオ店主の総司がユミル達にも内緒でエルヴィンに頼んで用意して貰った露店だ。

 ちなみに今日は家でゆっくりするよと嘘を言い、露店を行うユミル達と活動報告会を見て来ると言ったアニを見送ってここに来たのだ。

 ………忘れ物に気付いて戻ったアニに速攻でバレている事をまだ総司は知らない…。

 

 かなり会場より離れている事から客入りはほどほどで、提供しているのは鉄板で焼いた料理をその場で提供すると言ったラフな感じがある。

 先の嗅ぎなれない匂いの事もあるしここにしようかとカーフェンは空いていた席に座った。

 いらっしゃいと挨拶をされるとメニュー表と水の入ったコップを差し出される。

 まだ頼んでいないと口にするとサービスだと答えられて驚く。

 こんなに澄んだ水がただで提供される。しかも置いてあるピッチャーからおかわり自由となれば値段の心配をするのは間違っていないだろう。

 が、そんな心配事は無用のようで料理の値段は一般的より安いぐらいだ。

 この値段で提供できるなら中央あたりで店を構えれば大行列は間違いなしだったろう。

 

 メニューを開けば聞いたことの無い料理名がでかでかと書かれていた。

 

 “お好み焼き”

 

 名前を見たところでまったく料理が想像できない。

 下に“シーフード”やら“チーズ玉”などが並べられているが種類を書かれたところで元のお好み焼きが分からなければ手が出し難い。

 一応“豚玉”がおすすめと書いてあることからとりあえずそれにすることにする。

 さっさと注文を済ますと目の前で焼くらしく、早速材料を手にした総司が軽く鉄板をタオルで拭いて作り始める。

 鉄板の上にとろりとした液体をお玉で垂らし、底で円を描くように薄く広げていく。

 ジュワ~と焼ける音を立てて液体から生地へと焼き固まり、大量の千切りキャベツにネギに紅ショウガを乗せる。

 生地に対して千切りキャベツが山のようになっていて多すぎるのではと眺めていると、熱が加わって水気が出てふにゃりと柔らかくなったキャベツは当初の多さの三分の一ほどの厚みに縮んでいった。

 客が食べていた形に近づいたなと思った矢先、キャベツの上に豚バラ肉を一枚ずつ並べたのだ。

 まさか生肉で食べていた訳ではないだろうに。

 眉を潜めながら眺めていると総司が両側より生地の下へ鉄ヘラを刺し込むとジッと見定める。

 まるで狩人が獲物を狙う様に……。

 タイミングを見計らってヘラに力が入り、持ち上がった料理が宙で一回転して上下が入れ替わり、何事も無かったように鉄板に戻った。

 見ていたカーフェンは目を見開いてその技術に感心し、遠巻きに見ていた客は歓声を挙げる。

 少し上から鉄ヘラで押し付けて底になった豚バラの焼ける音と香ばしい匂いが伝わってきた。

 空腹感が強まってきた頃に上になった生地にソースを塗りたくり、木の皮のようなナニカ(かつお節)緑色の粉(青のり)を振り掛ける。さらにその上に網目のように白い液体(マヨネーズ)を垂らす。

 

 「お待たせしました」

 「あ、あぁ…」

 

 差し出された楕円状のお好み焼きに戸惑う。

 調理するさまを眺めていた訳だが全くもって味の予想がつかない。

 さらにフォークやナイフではなく、ひっくり返したのよりは小さめな鉄ヘラが置かれた事で困惑する。

 すでに総司は別の客の注文を受けて焼き始めて聞くタイミングを逃してしまった。

 カーフェンはさり気なく視線を動かして周囲を観察する。

 周りの客達はヘラでガシガシと切り分けて、ヘラに乗せて齧り付いていた。

 ああやって食べるのかと理解し、同様に切り分ける。

 鉄ヘラの先は刃物のように切れ味があるものではない。よって切り分け方は先端を刺し込んで前後や左右に動かして鉄板と鉄ヘラ先で擦切る感じだ。

 ふと、鉄板に傷がつくのではと擦った辺りを見るが鉄板が普通のものより硬いのか、鉄ヘラの方が弱いのかそれほど目立つ傷はついていなかった。

 これなら心置きなく擦り切れるなとヘラを動かす。

 切り取ったお好み焼きをヘラに乗せて、口元まで運ぶとはむっっと齧り付く。

 含んだ瞬間に濃厚で滑らかなマヨネーズに甘辛くも香ばしいお好みソースの濃い味わいが広がってきた。

 噛み締めればしんなりとしながらもシャキシャキとした食感の千切りキャベツにさっぱりとした酸味が良い味を出している紅ショウガ、カリッと焼き上がった豚バラが正直に濃すぎると思ったソース類の味が程よく絡まる。

 これは美味しい。

 味もさることながら食感も良い。

 特にねっとりとしながら柔らかくもっちりとした生地の食感は今まで体験した事がない。

 クレープの生地ともホットケーキの生地ともまったく異なる食感が癖になる。

 最悪この生地とソースだけでも満腹になるまで食べれるだろう。

 そして上のかつお節の味もだが青のりと共に鼻孔をくすぐる香りがなんとも言えない。

 

 一口分を食べきると次の分を求めて擦り切ってヘラに乗せて齧り付く。

 ハフハフと齧り付いて熱せられた口内を冷やそうと温まった空気をお好み焼きと入れ違いに吐き出す。

 よく噛み締んで味わい、ゴクリと飲み込むと一口目も相まって熱せられた身体に冷えた水を流しいれて冷やす。

 ひと息吐き出してまた次を擦りきり口へと運ぶ。

 周りでは水ではなくキンキンに冷えたビールを飲んで声を漏らしていたりする。

 ここが外でなければと悔やんで仕方がないが、今は目の前にお好み焼きを味わう事だけに専念しよう。

 

 何度もヘラが往復し、半分以上を口にしたカーフェンはそこまで冷めない事に気付いた。

 熱せられた鉄板より熱がお好み焼きより逃げても移り、口に運ぶ最中も鉄ヘラに熱は移ってそこからも熱を得る。

 この冷めにくい工夫というか食べ方はいいな。

 

 「ふぅ…美味しかった」

 

 温かいうちに食べきったカーフェンは満足げにコップに注いだ冷えた水に口を付け、何と無しに周りを眺める。

 自分が食べたお好み焼き以外にも種類があり、リーブス商会の露店で売られていた焼きそばが入った物やとろ~りと熱で蕩けているチーズが乗せられている物もある。

 他にもお好み焼き以外にも一品ものとして目の前で生魚を軽く焼いたり、肉を焼いたりもしていた。

 値段と料理の質があってないような気がするのだが…。

 

 珍しい料理にこの味わい。

 予想であるが他にも色々と美味しい料理があるのだろう。

 もしかしたらあの隊長(・・・・)も満足できるのではないか?

 ふと思ってしまった以上確かめずにはいられない。

 他の客の料理を作って手隙になった総司に声を掛ける。

 

 「すまない」

 「はい、追加の注文でしょうか?」

 

 ここでカーフェンは迷った。

 メニューを注文するのも良いが、ここにある品の大半が名前だけで把握し辛い物である。

 隊長が喜びそうな品が無かった以上、それに近いナニカを探すのは至難の業だろう。

 少し悩んだ結果、そのまま聞く方が早いだろうとメニュー表を閉じて注文する。

 

 「肉料理を一つ頼む。出来れば変わった味付けのものが良い」

 

 注文と言うよりリクエストのような言葉に悩む様な仕草を見せる。

 断られるかと思いきやすぐさま頷いて返して来た。

 

 「変わった味付け……メニューにないものでも?」

 「構わない」

 

 早速と言わんばかりに動く総司にカーフェンは感心する。

 どんなものが出来上がるのかは分からないが、短時間でここにある食材のみで方針を決めて動いた行動力と決断力は優れていると思ったからだ。ただ結果()が伴っていなければ意味は無いが…。

 そんな考えを向けられているとは知らない総司は冷蔵庫より持って来ていた調味料と生姜を取り出した。

 肉を焼く前にタレ作りを始めようと、生姜の皮を剥いて擦り下ろす。

 多めに擦り下ろすとボウルに移し、醤油、みりん、日本酒、蜂蜜、そして手早くする為に片栗粉も加える。

 タレが出来たところで鉄板を濡れタオルで拭き、油を敷いてお好み焼きでも使っていた豚バラ肉を軽く炒める。

 完全には火は通さず、表面が薄っすら白くなり始める程度で片栗粉で多少とろみの付いたタレを掛け、鉄ヘラでザっと混ぜると半円状の蓋を被せて蒸す。

 その間に皿を取り出してお好み焼きにも使っていた千切りキャベツを敷き(・・)、火が通った豚バラ肉をタレごと乗せて行く。

 

 「お待たせしました。簡易ですが生姜焼きです」

 

 聞きなれない料理名以上に独特かつ食欲を擽る香りに惹きつけられ、お好み焼きで半分ほど満たされた胃が鳴き始める。

 恥ずかしさから若干頬を染めながら、受け取って目の前に置く。

 さらに強くなった香りに再び腹の虫が鳴き出しそうになったので、鳴き出す前にフォークで刺して口にする。

 

 初めての味わいだった。

 生姜の風味がガツンと広がるが濃過ぎず、はちみつのまろやかで優しい甘さや醤油のコクのある塩気が混ざり、生姜の風味を殺さず生かした味に仕上がっていた。

 タレだけでも非常に美味しいのに今回使われたのは豚バラ肉。

 噛み締めれば食感は柔らかで熱が入り過ぎてパサつくところはなく、脂と一緒に豚の濃厚な旨味が溢れ出る。

 二つの味わいが合わさって一口食べるともう一口と食欲を刺激してくるのだ。

 こんな料理があったとはと驚くが味付けの生姜でさっぱりするが豚バラの濃厚な脂がそれ以上にまとわりつく。

 あまり食べ過ぎては脂でダウンしてしまうかも知れない。

 一緒に乗せられていたキャベツで口直しをしようと一口含む。

 

 …美味い。

 シャキシャキと歯応えの良いキャベツに生姜焼きのタレが掛かり、そこいらのドレッシング以上に合っていた。

 草食動物になったかのように無心でタレの付いたキャベツを食べ続ける。

 タレとキャベツでこれだけ美味しいのだ。

 なら生姜焼きと一緒に食べたのならどうなるのだ?

 ふと浮かんだ考えに即座に手が動き、豚バラ肉でキャベツを巻いて口へと運んだ。

 ガツンと広がる生姜メインのタレに濃厚な豚バラ肉の旨味、そして脂っぽさをすっきりとさせながら良い歯応えを与えて来るキャベツ。

 美味過ぎる。

 キャベツと豚バラの…否、生姜焼きの相性は抜群だ。

 

 「これは本当に美味しいですね」

 「お気に召して頂けたようでなによりです」

 「しかし簡易と言ったな?」

 

 一旦手を止めて総司を見つめる。

 総司は若干俯きながら困ったような表情を浮かべる。

 

 「えぇ、本当なら玉葱を漬けて味を染み込ませたり、肉を柔らかくさせたりするのですが、生憎と時間も無かったので」

 

 非常に申し訳なさそうに言われ、カーフェンの期待はさらに膨らんだ。

 簡易でこれだけ美味いのだ。

 ちゃんと作った場合にはどれほど美味しくなるというのか…。

 食べているというのに期待から食欲が刺激される。

 

 「聞きたい事があるのだが―――」

 

 表情は凛として涼やかに。

 雰囲気は熱意で周囲を燃やさんが如くに猛る。

 そんなカーフェンに気圧された総司は店の場所などを話した。 

  

 次の楽しみに心を躍らせ、生姜焼きを食べきって腹も満たされたカーフェンは何処か嬉しそうに帰路についた。

 ………隊長の気に入りそうな料理があるかを聞くをの忘れて…。




●現在公開可能な情報

・お好み焼きについて
 活動報告会の後にある客が食べに来たのだが、材料はまだしも鉄板の用意や掛かりっきりになるので通常メニューでなく、お好み焼きの日(鉄板焼きの日)を設ける事に。
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