すみません。
最近の駐屯兵団はおかしい。
司令官のピクシス司令は仕事が終わるとハンネスを連れ立って、毎夜のようにどこかに飲みに行く。
別にそれだけなら酒好きの二人の事だから変わったとは思わなかったが、頑なに店名を明かそうとしないのだ。
以前ミタビが気になって問いかけたところ、両者ともにはぐらかされたとの事。
さらに真面目で所属している精鋭班の上司であるキッツ・ヴェールマンは一時間早く仕事を始め、朝の朝礼と連絡業務を終えると司令より許可を得たと言って朝食を食べに出掛け、昼食も夕食も同様に馬車で何処かへ行く。
司令であるなら仕事中に酒を飲もうが、飯を喰らおうが参謀たちが困るいつもの事で済ますが、真面目な事が取り柄な彼がこのような行動を取るなどよほどの異常事態だ。
よって俺―――イアン・ディートリッヒは調べることにしたのだ。
決して興味本位で探っているのではなく、業務や兵団の秩序に影響が出るのではと危惧してこその行動である。
事が事だけに同僚のミタビ・ヤルナッハとリコ・ブレツェンスカを巻き込みはしたが、自分達の業務に支障が出ない程度であるが案外簡単に彼らが入り浸っていた場所は判明した。
「ここが司令達が入り浸っている店か」
「路地裏にある割には結構繁盛してそうだな」
建物は周囲と異なってはいるが違和感はなく、ただ蝋燭にしては明るすぎる外に漏れている灯りに疑問を覚えるばかりだ。
窓から内部が見え、結構客入りは良いようだ。
店前に三人並んでいても始まらない。
いつも通りならキッツやハンネスらが訪れる筈なので、中で待っている事にする。
正直に言うとお腹が空いていたのが一番の理由であるが、それは誰も口にしない。
リコが先陣を切って扉を開けるとカランと鐘の音が響き、店員や料理人の視線が集まる。
「いらっしゃいませ」と言われた後に店員が空いていた席へ案内しようとした矢先、リコが調理場の方へ視線を向けて声を漏らした。
「あ!あの時の」
「え?……報告会でのお客さん?」
知り合いだったのかこちらを気にせずにカウンターへと向かい、話しかけながら自然に空いていたカウンター席についていた。
カウンター席で三人ならんで座れる場所は無く、どうするかと悩んだ末に店員に案内されるがままテーブル席へ。
受け取ったメニュー表を眺め、料理を何にしようか決めようとするが、どれもこれもが知らないものばかりで悩んでしまう。
「なぁ、酒って飲んでも良いよな」
「……目的忘れてないか?」
「いや、だってただ飯食いに来ているだけだろう?だったら酒飲んでたって良いだろ」
「それはそうだが…」
確かにその通りだ。
何かあってはと探ったがどう見てもただの飲食店。
怪しげな店だったりすれば対応も変わったが、ただ食事に来ているそうなので別にいう事も何もない。
仕事時間外だし酒を飲むのも彼の自由だ。
「酔い潰れるなよ」
「解ってるって。ちょっと知らない酒とかもあって気になったんだよな」
言われて酒のページまで捲ると料理と同じく知らない酒の名前が並んでいた。
“酒・売り上げ一番”とデカデカ書かれた“ビール”も聞いた事もないものだ。
目の前で飲んでいる姿を眺めると言うもの酷だな。
そうと決まれば自分もその“ビール”とやらを注文する。
料理は自分達で判断するには情報が少なかったので、周囲で酒を楽しんでいた客に話しかけ、これなんかどうだと勧められた料理を数点適当に頼むことにした。
店員を呼んで注文を済ますと、すぐさま店員は戻ってきた。
最初に届いたのは料理ではなく、ジョッキに注がれた“ビール”という黄色いお酒だ。
初めて目にするお酒に一気に飲まずに少しだけ口を付ける。
唇に当たった瞬間、キンキンに冷えたビールが振れ、口へ流すと独特の苦みと風味が広がり、飲み込むと気持ちの良い喉越しが過ぎていく。
美味いと感じたイアンはゴクゴクと飲み、勢いをつけながら味わう。
「ップハ、美味いなビールとやらは」
「ああ!こんなの初めてだな。しかも飲みやすい」
「珍しい酒だよな。これは料理も期待出来るか」
酒を飲んだだけで好印象を抱いた彼らは料理が来るのを待つ。
数を頼んだだけに少々待たされたけど、それでも他の店よりは早く感じた。
店員が料理を置きながら料理名を伝えて来るが、どれもこれもが予想外過ぎた。
一通り聞いて店員が離れたところで二人はどうしたものかと唸る。
「とりあえず適当に頼んでみたが…」
「大丈夫なのかこれ?」
テーブルに並んだ料理にイアンもミタビも険しい表情を浮かべる。
料理名は解からないがとても美味しく、おつまみは小皿が多いとの聞いて幾つか注文してみたのだが、思いのほか多かったようでテーブルの半分が料理で埋まった。
中には魚物から肉類、さらに見た事の無い野菜類などなど本当にメニュー表の料金内で収まるのか怪しいものばかり。
「とりあえず食ってみるか?」
「そうだな」
腕を組んで悩んでいても料理が冷めるだけだ。
食べようとフォークを手にする。
この丸いのは確か“チーズのフライ”だったか。
フライと言うからなにかと思えばフリッターだったのかと思うのと同時に、チーズを揚げてそれが美味しいのかと疑問符を浮かべる。
フォークで刺してガブリと齧る。
「あっつ!?」
齧って千切ろうとすると中のチーズがアツアツでとろーりと伸びる。
火傷するほど熱いという訳ではないが、熱くないと思っていた分だけ熱く感じ、ビールで冷やそうとゴクリと飲む。
冷やす目的で飲んだのにグビリグビリと飲み干すように一気に煽る。
一口でなく全部飲み干してプハァって息を吐き出す。
甘く考えていた。
チーズを揚げた事で外側の衣はサクサクと香ばしく、中は熱で蕩けて濃厚なチーズの味わいを際立たせている。
外と中で変わる食感に濃厚な味わい、さらにアツアツなので冷たいビールが進む。
フォークに刺さったままだった残りを齧り、ビールを流し込もうとするが先ほど飲み干してしまってジョッキにビールは一滴も残ってはいなかった。
「すまない!ビールのおかわりを」
「美味かったのかソレ?」
「美味いってなもんじゃないぞ!良いから食ってみろ」
なんでビールを確認せず俺は喰らい付いてしまったんだと後悔しつつ、ビールのおかわりを口にしたイアンにミタビは興味を示す。
語るよりもこれは食べて貰った方が良い。
勧められるままに齧ったミタビは目を見開き、ビールをグビグビと煽る。
「うまっ!」
「だろ。これは良いなぁ」
求めていた同意を聞きながら、もう一つ齧ってビールを飲み、二人してビールのおかわりを注文する。
そのままチーズボールを食べていくのも良いが、これだけ種類があるのだからまずは一通り味わってみたくなり、チーズボールから次の料理に移る。
「これなんだっけ?」
「あー…確か“レンコンの挟み揚げ”とか言ってたっけな」
名前を聞きながら観察する。
上下には穴が複数空いた野菜らしきものがあり、その間には練り物が挟まれてタレが掛かっている。
レンコンの挟み揚げと言うからには聞きなれないレンコンとやらは上下の野菜の事を指すんだろうな。と、当たりをつけながらフォークで口へと運ぶ。
初めての料理であったが躊躇いはない。
一品目が予想以上に美味しかったのもあったが、何と言っても漂う匂いが食欲を刺激しているのが大きかった。
レンコンのザクザクとした歯応えが出迎え、野菜類や調味料を混ぜた肉の練り物のしっとりとした食感の違いを楽しみ、濃い目の甘辛いタレを味わう。
これもまた美味い。
そして酒も進む。
料理も酒も美味いのだが、イアンは飲みながらここの問題点に気付く。
酒が圧倒的に足りないのだ。
ジョッキで頼んでも一口で結構飲んでしまう事もあって、料理に酒が追い付いていないのだ。
料理を食べる際に酒がどのくらい残っているかを一々確認して飲むなど、楽しもうにも楽しめない。
「すまない。これを瓶ごと貰えないか?」
「俺も瓶ごとで頼む」
注文するとジョッキを空にしていたミタビが反応した。
どうやら同じ想いを抱いていたのだろう。
店員より瓶が大中小の三種類に分かれているとの事で、説明を受けながらとりあえず中のサイズで注文しておいた。
するとすぐにキンキンに冷えた酒瓶が運ばれ、コルクではなく栓抜きという器具を渡される。
使い方を聞くとすぐさま蓋を開け、ジョッキに並々継ぐと料理を心行くまで楽しもうと小さいが鳥らしき肉――“手羽先”を摘まむ。
触った感じからやはり見た目通り骨が多い。
食べ辛いどころか食べるところかなり少ないようだ。
量的にがっかりした半面、鼻孔を擽るピリッとした香りに口が吸い寄せられるように近づき、小口で肉のある部位を齧る。
予想通り肉の量は少量だが、少ないにしては鳥の旨味がしっかりしており、さらに噛み応えも充分。
なにより表面に沁み込んだ甘さもあるものの、ピリッとした刺激のある若干辛めのあるタレが良い。
これならパンに挟んでも食べても十分すぎるほど美味しいだろう。
そしてパンやライスに合う濃い目の味わいの料理は、大概が酒に合うと決まっているのだ。
またジョッキの中のビールを飲み干し、ビール瓶を傾けて注ぐ。
さて、三品とも味が濃く、中には脂っぽいものもあって口の中をさっぱりさせたくなってきた。
頼んだ料理の中には野菜類もあって、それに今度は手を出した。
ただこの料理だけは何かの手抜きとしか思えない。
楕円形のお皿にスライスされた長細い瓜らしきものが乗っているだけ。
“胡瓜の浅漬け”と店員は言っていたが、どう見てもそのまま切って出したようにしか見えない。
ま、何でも良いからさっぱりさせたかったので、ひょいっと一つ摘まんで頬張る。
瑞々しいが硬さがあり、噛む度にぼりぼりぼりと心地よい歯応えから音が響く。
味付けは薄っすらと浸み込んだ塩味がメインであっさりしている。
格別美味しいという訳ではないのだが、この触感と塩気が癖になる。
口にするとついつい食べちゃう美味さがあり、中々運ぶ手が止まらない。
このままでは先に胡瓜の浅漬けだけ食べきってしまうと無理にでも手を止め、次の料理へと変える。
唯一分かり易かった料理“肉巻き”も手を出す。
肉巻きは名前の通りに薄い肉で野菜を巻いた料理。
薄くスライスした人参にピーマン、それと細く切られた
味付けはコクのある甘味の強いタレをメインに、肉と野菜の旨味が合わさって深いものになっている。
人参やピーマンは薄くスライスされていたのに加え、タレが浸み込んでしんなり柔らか。
逆に肉は薄くも噛み応え十分だし、
これなら野菜が嫌いだった子供の時分でもすんなり食べれただろう。
今更知った事に後悔を覚えながら、その分しっかりと味わいながら堪能する。
後味をビールで流したら、牛肉ではなく牛筋を使った“
小鉢に脂がぷかぷかと浮かび、テラテラと輝いている汁に見た目堅そうというか分厚そうな牛筋と、灰色っぽい
そもそも牛筋というのを食べた事がないので味や食感が想像できない。
確かめるべくもゆっくりと味わう。
口に入れると見た目に反して蕩けた。
柔らかくもジューシーで、噛めば牛肉の旨味とまた違った濃い目の味が溢れ出す。
これは汁だけでパンが食べれるのではないかと思う程、好みの味わいに舌と脳が喜ぶ。
ビールで流し込むのも良いけど、このままゆっくり味わうのも良い。
悩みながら自然と伸びた手はジョッキを掴んでおり、辛抱堪らずグビリと飲む。
個数こそ少ないが一つ一つがゴロゴロと大きく、ひと噛みすれば濃厚過ぎる味付けなので量以上に酒が進む進む。
濃い目の味わいで酒の摂取が進み、アルコールが回り始めたのでペースを落とす事にする。
最後に手を付けるのは“ほっけ”という大きな焼き魚だ。
この辺りで魚とは珍しい。
それも小皿ではなく大皿を埋めるような大きいものとなると余計にだ。
フォークとナイフで切り分けてパクリと頬張ると、脂がしっかりのった魚の旨味と引き立てる塩気が程よく酒を欲せさせる。
一口分を食べても一向に減っている気が全くしない。
二人で来てよかった。
これを一人で注文していたらこれだけで腹を満たしていた可能性すらある。
中々口にする機会の無い焼き魚を堪能しながらビールに口を付ける。
三人が贔屓にしているのも良く分かる。
値段は安いし、料理や酒は美味しいし、雰囲気も良い。
注文した料理は一通り味わったイアンは、笑みを浮かべながら何気なく肉巻きを摘まんでビールを流す。
これなら少し遠いが通いたくなるな。
毎日は無理だがほどほどに来ることにしよう。
そう思っているイアンを他所に、ミタビは首を捻りながらテーブルを見渡す。
「あれ?肉巻きがない」
「ん?あぁ…今俺が食べたな」
「おいおい、肉巻きは三つずつだろ!?」
何気なくフォークを伸ばして食べた為に偶数だった肉巻きを一個多く食べてしまった。
悪気も無かったので軽い気持ちで「すまない」と謝るが、この時俺は食べ物の恨みというものを甘く考えていたらしい。
軽い反応が癇に障ったのかぎろりと睨み、テーブル上に視線を走らせる。
「そっちがその気なら!!」
「俺がとっておいたはさみ揚げを!?」
「さっきのお返しだ」
それを言われたら言い返す事は出来ない。
不注意とは言え先に一個多く食べたのは俺なのだから―――などと、思って自分を諫めるのが一番波風を立てずに済むのだろう。それはよく解っているのだが、アルコールが入って感情的になり、食べ物の恨みから諫めるどころか怒りが限界突破した。
とはいえさすがにミタビに手を出す事はすることはしない。
違う意味で手は出させてもらうが…。
「お、おまっ!?」
ミタビの方が近かった牛筋煮込みを器ごと引っ手繰るように取って口を付けて掻き込む。
一瞬何が起こったのか理解できずに膠着したが、すぐさま理解して大声で抗議の声を挙げようとする。が、それを遮るようにこちらが被せるように発する。
「早い者勝ちだ」
残っていた牛筋煮込みを食べきり、ビールを一気に流し込む。
二重の意味で得た爽快感から吐き出す息も大きくなった。
勝ち誇ったように笑みを浮かべるとミタビもそう来るならと料理に手を伸ばす。
胡瓜の浅漬けを手掴みで三切れを口に放り込むと、もう一方の手でジョッキを煽って食べながらもビールを飲み、片手は次の手羽先を掴み、ジョッキが口から離れると同時に齧り付く。
あの勢いで食べられたら自分の分が無くなってしまうと出汁巻きを喰らいビールで流し込み、チーズのフライをガブリと食らう。
ガツガツと食い意地が張り、水の様にビールを飲み干す様はマナー的に汚いが、何処か豪快で美味そうにも見え周りの客の視線も集まる。
そんな周囲の目線など気にせず二人はテーブルにあった料理を粗方食い切ると、メニュー表を開いておつまみ欄を睨む。
僅かな休戦を経て二人はまたも料理とビールを注文して競い合う様に食べる。
途中周りよりオススメと称して勧められたおつまみを聞き、それを注文して舌鼓を打ったり、あまりの飲みっぷりに同乗してきた連中と意気投合して飲むペースを上げたりとちょっとした喧嘩の様な雰囲気から馬鹿騒ぎへと変わり、いつの間にか笑顔で飲み食いを楽しむのであった。
リコはカウンターでリーブス商会のレシピでなく、総司が作ったトマト煮を食べて満足し、忘れかけていた同僚の下へ向い、目の前に惨状に頭を痛め大きなため息を漏らす。
そのため息を耳にした客達は彼女に同情はするが、大概が苦笑するだけで関わろうとはしない。
彼女の視線の先にはお腹を膨らませ、顔をアルコールで真っ赤に染め上げ、穏やかな寝息を立てて食い散らかしたテーブルに突っ伏している同僚が二人…。
「何をしてるんだか…」
見なかったことにして立ち去りたい現状に再度ため息を漏らす。
これは店主である総司に声を掛け、そのままカウンターで一人食事をとってしまった私の落ち度なのか?
違うと断言したいが、二人の存在を忘れて料理に走った事は事実。
酔い潰れた二人をどうするべきかと悩んでいると、キッツが夕食を食べに訪れた事で連れて帰れる人手が出来、駐屯兵団の宿舎まで運べたのである。
ちなみに酔い潰れた二人は店での様子を聞いたキッツより長い説教を食らう事になったのであーる。
●現在公開可能な情報
・駐屯兵団出の謎の馬車
ほぼ毎日になるが駐屯兵団本部より、就業時間になると一台の馬車が出るようになった。
駐屯兵団の大半が何なんだろうと思いはするも、誰一人として聞く事は無い。
何故なら面子がピクシス司令にハンネスだけならまだしも、キッツに精鋭班の三名が居るのだ。
前者二名だけなら飲みに行くのだろうと予想が付く。
しかし真面目なキッツに精鋭班も加わればそういう予想は弾かれる。
何か真面目な、または重要な案件で動いているのだろうと誰もが疑いもせず考えるからだ。
実際は食事や飲みに行っているだけなのだが…